事実は一つ
真実は人の数ほどに
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第一話 独立都市と聖銀の製法
全ての生物は魔力を持っている。なぜなら魔力とは生命力と同義なのだから。より詳しく言うのなら、「魔力とは生命活動以外の用途に用いられる生命力」となる。普通に魔力を使っている分には命を削るようなことにはならない。もっとも命を削るような「禁忌の法」も確かに存在しているが。
人間は魔法を使うことができない。炎を生み出したり、風を操ったりという奇跡の技を人は行うことが出来ない。人にできるのはただ魔力を外に放出することだけだ。
だからこそ人は「魔道具」を作り上げた。魔力を注ぎ込むことで魔法を再現するための道具を作り出したのだ。
いつの時代も同様であるが、華々しい注目を集めるのは魔道具を扱う「魔導士」と呼ばれる人々である。戦乱の時代に名をはせた英雄たちや勇名轟く剣豪・用兵家。こういった人たちは皆魔道具を扱う側の魔導士であった。
一方、魔道具を作る側の人間のことを「魔導職人」あるいは単に「職人」といったりする。ちなみに魔導士と魔導職人の境目はひどく曖昧である。同一人物が製造と使用の両方に秀でていることが良くあるからだ。まあ、どちらを名乗るかは本人の自己申告といったところだろう。
ところで、華々しい注目を集めるのは魔導士であるが、その影で魔導士以上に保護され厚遇されそして管理されたのが魔導職人であった。
当然といえば当然である。1人の魔導士どれだけ強い力を有していようとも結局それは個人の力であり、極端なことを言ってしまえば死んでしまえばそれまでだ。しかし魔導職人は違う。より厳密にいえば彼らが造る魔道具は違う。強力な魔道具はそれを持つもの全てに力を与える。しかも使用者が死んでも彼らの「作品」は残るのだ。強力な魔道具が反抗勢力や賞金首の手に渡り甚大な被害が出る。それは権力者にとって当然想定されるべき事態であった。
強力な魔道具を作り出すことのできる優秀な職人達。権力者にとって彼らは武力を支える魔道具を生み出してくれる存在であると同時に、なんとしても囲い込み飼いならしておかなければならない存在であった。
さて、そんな世界に「アバサ・ロット」という流れの魔道具職人がいる。年齢性別一切不詳。恐らくこの世界で最も有名な流れの魔道具職人である、かの人の造る魔道具は全て一級品で、しかも気に入った相手にだけ譲ることで知られている。
千年の昔からアバサ・ロットはこのエルヴィヨン大陸を流浪し続けている。それは「アバサ・ロット」という名前が一種の称号として親から子あるいは師から弟子に受け継がれているためだと考えられている。
卓越した魔道具製作の技術と知識を持つアバサ・ロットという職人を、これまで幾人もの権力者が探し出して召抱えようとした。しかし成功したものは未だかつて一人もいない。
そのくせかの職人が作る魔道具は、いつの時代も歴史を作り、あるいは塗り替えてきた。
かの人が魔道具を与えた王は、後に大陸を統一した。またある王女は与えられた魔道具を手に亡国を回復し「救国の聖女」と呼ばれた。かつて砂漠であったある土地は、かの職人が水を引いたことで一面穀倉地帯になり、その土地をめぐり流血の交渉がもたれたという。
本人が表舞台に出てこないにも関わらず、これほどまでに歴史に関わった職人は他にはいるまい。
この大陸で「アバサ・ロット」の名は、既に生ける伝説と化している。
とはいえやはり、アバサ・ロットという職人は例外的な存在であると言わざるを得ない。魔道具職人たちは工房に所属し黄金色の鎖で縛られる。そして優秀であればあるほど、その鎖は太く長くなる。それが一般的であるし、またそうでなければならなかった。
そのため多くの人は「アバサ・ロット」という存在は知っていても、どこか別の世界のことのように考えるのが常であった。かの人はあくまでも「伝説」なのだ。
それはここ「独立都市ヴェンツブルク」においても同様であった。魔道具職人たちは工房にいるのが普通で、魔道具は工房で作られる、というのが人々の常識であった。
ヴェンツブルクにおいて魔道具はそれぞれの種類で区別され取引が規制されている。また特に危険と判断された魔道具は個別に所持・使用・売買などの面で規制される。
特に規制が強いのは当たり前だが武器であり、職人は認可を受けた商人や資格(免許)を持った魔導士にしか売却が許可されていない。
だからこそ、リリーゼ・ラクラシアが魔導士ギルドの魔導士ライセンスを取ったお祝いのプレゼントとしてもらった「水面の魔剣」は父がヴェンツブルク最大の商会「レニムスケート商会」から買ったものだと、とくに深く考えずそう思っていた。