「ねむねむ~・・・・・・でもケーキあむあむ~・・・・・・」
「・・・・・・ほら」
「ミー君ありがと~・・・・・・はむっ・・・・・・えへへ~、おいひ~」
「あらあらデュノア君、本音とは仲が良いのね」
「むふふ~、その通り~。私はミー君ともシャルシャルとも仲良しなのだ~」
「・・・・・・まあ、この顔で普通に接してくれる相手というのは貴重ですから」
「ねーミー君、もう一口ちょーだい」
「こら本音、仲が良いからって甘えすぎたらダメよ」
「・・・・・・あーん」
「あーむっ♪ケーキおいしっ♪」
「まったくもう・・・・・・はいデュノア君、紅茶のおかわりをどうぞ」
「ありがとうございます・・・・・・」
「(こうしてみると、のほほんさんって生まれたばかりの子猫っぽいよなぁ)」
ケーキを一口サイズにカットして口に運んでくれるミシェルの手によって日頃の6割増しで眠そうにしつつも餌付けされているのほほんさんの姿(一夏はついさっき知ったのだが本名は布仏本音。どっちにしたってのほほんさんだ)にそんな感想を抱く。
いつも以上にほにゃほにゃにゃふにゃふした雰囲気を放ちつつ、ケーキを口にするたび満面の笑みを浮かべるその姿に心が癒される。
だってほら、さっきからケーキをあげ続けてるミシェルを見てみればハッキリ分かるぐらい目元も口元も緩みきっているではないか。見た目からは決して想像できないが可愛い物も好きなのだこの男。子猫とかも大好きである。
ついには我慢できなくなったのか、フォークを置くとその手をのほほんさんの頭に乗せてナデナデさえし始める。ごつごつとした指先が見かけに反して繊細なタッチで梳かれていく、やんちゃな子猫の毛並みたいにちょっと癖っ毛なのほほんさんの長髪。
のほほんさんの顔が更にふにゃふにゃになった。ミシェルの内心はこのまま持ち帰ってシャルロット共々思う存分じゃれ合って可愛がりたいぐらい萌え狂っていた。
ミシェルの反対側に座るのほほんさんのお姉さんである布仏虚(うつろ)さんも穏やかに笑っている。のほほんさんとは対照的にかなりきちりとした印象の委員長タイプの先輩だ。
「そろそろ本題に入っちゃってもいいかしらー?」
―――――少なくとも、一夏の目の前に居るIS学園の生徒会長様よりは、虚さんの方がよっぽど生徒会長っぽい気がする。
「ひっどーい、これでも正真正銘この学園の生徒会長なんだから、敬意を払わなきゃダメだぞっ?」
「サラッと人の考えた事読まないで下さいよ・・・・・・」
今一夏とミシェルが居るのは生徒会室。職員室から出た所でこの部屋の主である楯無に連行されてきたのだ。ここに辿り着くまでに数度会長狙いの襲撃に遭ったのだがそれは置いておこう。
あと同じくここに居るクラスメイトののほほんさんとそのお姉さんが生徒会役員だと知って驚いたりもした。主にクラス1ぽやぽやしたのほほんさんがちゃんと生徒会の仕事をこなせるのか、そんな意味で。
多分その場に居るだけで癒しのオーラを振りまく生徒会のマスコット担当なんだろう、とさりげなく酷い評価を下す野郎2人。でも実際可愛くて癒されるから許す。
「一応最初から説明するわね。一夏君が部活動に入らない事で色々と苦情が寄せられていてね。生徒会は君をどこかに入部させないと拙い事になっちゃったのよ」
「それで学園祭の投票決戦ですか・・・・・・あれ?でもミシェルはどうなんですか?一応ミシェルもどの部活に入ってないみたいなんですけど」
「・・・・・・あー、うん。彼は良いのよ、うん」
「・・・・・・見当はつきますよ」
やっぱりこの顔は多感な思春期の少女達の好みでない、という事だろう。やっぱり世の中顔なのである。もはや納得する以外にないので、これにはミシェルも苦笑い。会長も一夏も苦笑い。
しかし微妙にミシェルの肩が落ちているし一夏の口元も引きつり気味だった。
「いいこいいこー♪私はちゃんとミー君がいいこだって分かってるからしょんぼりしないの~」
「・・・・・・ありがとうのほほんさん・・・・・・」
小動物系の少女に慰められる、見た目歴戦の兵士な学生服姿の男。
――――――目の前で繰り広げられるとかなりシュールだ。
「でね、交換条件としてこれから学園祭の間まで――――――」
「あ、でも俺剣道部に入部する事にしたんで、もう投票とかする必要とかはないと思いますよ。どうもご迷惑をおかけしたみたいで、すみませんでした」
「えっ」
ニコニコ笑って続きを言おうとした楯無の声は、一夏の告白によって途切れる事になった。それと同時に美しくはあるが掴み所のない笑顔が一瞬消える。
「えーと、聞き間違いかな?今一夏君が入るクラブを自分で決めちゃったって聞こえたんだけど」
「はい。だから剣道部に入部する事にしたんですけど。もう千冬ね・・・・・・じゃなくて織斑先生にもついさっきその事は伝えておきましたし」
「そ、そう。ふーん、そうなんだ」
笑顔を張り付け直してそう取り繕いはしたが、楯無の内心は芳しくない。
学園祭の終了まで自分がマンツーマンで彼を鍛え上げる計画だったのだが、そもそもそれは彼がどの部活にも所属していないのが前提だ。
今彼が入部してしまえば放課後の空き時間が部活動で潰れてしまい、楯無が一夏を鍛える時間が大きく削れてしまう。そうなれば彼のレベルをより一層高みへ引き上げるという楯無の思惑が無駄になってしまう。
これは予想外の展開だ。あわよくば一夏を生徒会に所属させる為の企みも張り巡らせていたというのに――――『織斑一夏争奪戦』も実はその一環だったのだが、もしやそれが逆に自分から彼が部活動に関わるきっかけになってしまうとは。
織斑先生にも剣道部への入部を決めたと伝えてしまったとなれば、幾ら生徒会長の楯無でもなかった事には出来まい。
自分は“IS学園最強の生徒会長”だが、向こうは“世界最強の乙女”なのだから。
「(それに彼のお姉さん以外にも噛みついてきそうな人がいるしね)」
楯無は一夏と一緒についてくる事になったミシェルが、自分の方を冷めた目で見ている事に気付いていた。どうやら彼は私の事をあまり快く思ってくれてないみたいね、と漠然と悟る。
織斑千冬の弟が誘拐され、その際にデュノア社の御曹司が死にかけるという事件は『裏』の世界ではかなり有名な事件だ。IS学園で再会してからは親友であり戦友として友情で固く結ばれた上、各国の代表候補生と友好を結び、果てにその中の1人と更に篠ノ之束の実妹と恋仲になったと聞かされれば注目しない方が難しい。
男性IS操縦者でありフランスの代表候補生であり世界トップクラスの大企業の御曹司である彼の機嫌を損ねれば、IS学園の枠を飛び出す国際問題に発展しかねないのだ。第3次世界大戦の発端になど御免こうむる。
「(だけどまさか2人揃って簪ちゃんとも仲良くなっちゃうなんてなあ)」
初対面で簪ちゃんを泣かせておきながら一緒に妹の機体を組み立てたり一緒にご飯を食べたり楽しそうにお喋りしたり!!
自分なんか簪ちゃんが学園に入学してきてからも避けられたり逃げられたりで全くと言っていいほど会話の1つも出来ていないのに、ああ妬ましいああ羨ましい妬ましい・・・・・・・・・・・・ゲフンゲフン。
「(でもこの子達に下手な対応をしたらそれこそ簪ちゃんに嫌われちゃうかもしれないし、せめてそれだけは避けないと!)」
『織斑一夏争奪戦』なんて発表した時点で、本人とその友人達への申し訳なさのあまり姉への好感度が更に下落している事を楯無は未だ気づいていない。
さて、と思考を仕切り直す。
――――一夏が入学以前から強さを求めて鍛錬を続け、専用機を手に入れてからも日々鍛錬を積み重ねているのは周知の事実。その辺り織斑一夏という少年はかなりストイックだ。
ならば遠まわしに気取った言い方で煽ったりするよりも、単刀直入に申し出て自分の力を見せつけた方が彼が申し出を受け入れてくれる可能性は高い。そう楯無は読んだ。
「ねえ織斑君」
「は、はい」
「――――私が鍛えてあげよっか?」
井の中の蛙、大海を知らず。
胴着に袴姿と身なりを変えて、畳道場にて年上の少女が放つ機関銃の如き連打を受け続ける一夏の脳裏にその一文が過ぎる。
「ほらほら、受けてばっかりじゃジリ貧だぞっと」
――――生徒会長は最強であれ。
最初に聞いた時はどういう意味だと言いたくなったが、少なくとも生徒会長である楯無がかなりの猛者であるというのは紛れもない事実だと、今一夏は身を持って味わっていた。
『鍛えてあげる』という彼女からの申し出。自分の実力を知らしめる為に楯無から手合わせを願われた一夏。会長を1度でも床に倒せば一夏の勝ち。一夏が行動不能になったら彼女の勝ち。酷過ぎて怒る気にもなれないハンデ。
最初は腕を取ろうと試みて・・・・・・すぐに大きく後ろに飛びのいた。あれ以上不用意に踏み込んでいたら即座に投げ飛ばされていただろうと一夏は確信していた。僅か1度の接触で、一夏の全身には汗が噴き出していた。
一夏の背筋を震えさせたのは、楯無の纏う雰囲気が曖昧だという事実。この一点に尽きる。
隙が存在するのかそれとも存在しないのか。どんな攻めを警戒しているのかしていないのか。悪戯な猫を連想させる不思議な笑顔の下に全てが隠れていて、相手の気配を感じ取る事で弾丸の両断すら可能な一夏ですら楯無の気配は殆ど読み取れない。
そんな現実に自らを縛ってしまって身構えたまま動かなくなってしまった一夏に対し、今度は楯一瞬で彼の懐に飛び込みんだ楯無が竜巻のような攻勢を開始した。
掌打、貫手、手刀の雨あられ。ガードの隙間をぬって的確に急所に突き刺さる。蓄積されていくダメージ。
「このっ!」
「甘~い」
苦し紛れの反撃に爪先を伸ばした前蹴りを繰り出す。が、あえなく避けられ、それどころか伸ばした足を楯無が肩に背負ったかと思った次の瞬間には軸足を刈られ、喉に掌を当てた状態で背中から畳に倒される。
「がっ、はっ、くっ・・・・・・!」
追撃の掌打が鳩尾に打ち込まれる寸前、押さえ込まれていない軸足を振り上げる事で身体を後転させ楯無の下から何とか逃れる。立ち上がりながら押し込まれた気管のダメージが回復するまでの時間を稼ごうと試みつつ、楯無からは視線を離さない。
「そんなに熱い視線で見つめられるとお姉さん照れちゃうぞ♪」
落ち着け。軽い言動に乗せられるな。何がまやかしで何が本物か見極めろ。
これまでの彼女が繰り出した技や身のこなしからして複数の格闘技に精通しているのは確実だ。前蹴りに対する返し技は空手で序盤の猛烈なラッシュは多分詠春拳辺りの中国拳法。他にも色々隠していそうな予感。
徒手における一夏の戦闘スタイルは昔篠ノ之道場で仕込まれた古武術を数年の間を空けて路上での喧嘩という『実戦』を経て変化させつつ磨き上げたものだ。学校の格闘技系クラブや近所のジムなどでさわり程度に教えてもらったボクシング・キックボクシング・レスリング・柔道・空手等の技術に加え、最近ではミシェルやラウラから特殊部隊流の軍隊格闘術もミックスされつつあるから、もはや『織斑一夏流』という独自の体術を構築していると表現しても過言ではない。
だが技術そのものの洗練され具合は楯無の方がかなり上だ。これまで受けた攻撃の数々から分析するに、彼女の戦い方は速度のある攻撃で急所を正確にかつ矢継ぎ早に叩く事で一方的に叩きのめしてしまうという戦法。回避スキルも高く、尚且つカウンターの打ち方も巧妙。
一夏が彼女に対して上回っているのは体格と純粋な筋力、後は打たれ強さぐらいか。だが一撃の威力が有利でも昔の偉い人が『当たらなければどうという事はない!』と言い放ったように、そもそも当たらない攻撃に意味は無い。無駄な体力を消耗するだけだ。
他にも分かっている事は・・・・・・彼女は間違いなく手を抜いている。少なくともこれだけ正確に急所に当てれるのであればもっとダメージが蓄積し、何度もダウンさせられていてもおかしくない。つまりは本気の威力を込めて殴ってはいないという事だ。舐めやがって。
「最初は中々信じられませんでしたけど、本当に強かったんですね会長って」
「あら、ようやく分かってくれたのかしら」
彼女は汗1つかかないでにこやかに笑う。あまりににこやか過ぎて背中を悪寒が這い登ったぐらいだ。
千冬姉や兄弟子とは全く違う強者。あの2人を業物の刀と例えるならこの先輩は暗器。笑みという一見人畜無害な皮に命を奪う為の牙を隠す存在。
もしくは深く濃い霧。全てを包み隠し見えるものの姿を曖昧し、振り払おうとしてもまとわりついて衣服を湿らせて動きを鈍らせ、やがて疲れ果てさせて体の自由を奪ってしまう。
――――一夏の口元が獣が浮かべる類の笑みの形に歪んだ。
「(だからって、あっさり白旗挙げられるかよ)」
例え霧のようだと思ってしまったって、正体はこうして目の前に立つ2本の足を持った人間だ。
ならば必ず触れる。追いつける。捉える事だって出来る。
彼女に勝てたのならば、それはまた1つ己が強くなれた事の証。大切なモノを守る為の力を求め続けている一夏にとってそれは無上の喜びの1つだ。
大体、1回畳に倒すだけで自分の勝ちだなんて信じられないハンデをつけられときながら、散々フルボッコにされた挙句KO負けなんて無様にも程があるじゃないか。
意表を突け。自分のペースを貫け。彼女のペースに引きずり込まれるな。向こうの思惑を上回れ。己を鞘に収まった刀とし、居合のイメージを脳裏に思い描き精神集中。
一夏の気配の変化を感じ取った楯無が面白そうに口を開く。
「む、本気だ――――」
彼女が言い終わる前に一夏は動いた。相手が己のリズムで動きだすよりも更に早く先手を取る事で隙を突くという篠ノ之流古武術ガ裏奥義、『零拍子』。それを用いて一気に距離を詰める。
自分が喋っている最中に一夏が行動を起こした為に、楯無は驚いた風に目を僅かに見開く。それでもしっかり反応して後方へ飛ぶが、小さなものであってもそこには確かに一夏が付け入れるだけの隙が生じていた。
彼女が着地する前に一夏は楯無の腕を取ろうと手を伸ばすが―――それはフェイク。更に踏み込んでから素早く低空タックルに切り替え。1度押し倒せばそれで勝ちと言ったのは向こうの方だ。それに乗らない手はない。
だが、しかし。
「あっまーい」
あっさりとタックルを捌かれ、危うく顔から畳に強烈なキスをする所だった。咄嗟に手を突いて身体を支えるも、今度は自分が致命的な隙を晒す羽目になる。
顔を上げた瞬間、目の前で火花が散った。額に叩き込まれたのは楯無の膝。ワザとずらされていなければ鼻が潰れていただろう。
でもまだ動ける!
「まだまだぁ!」
「あら」
手を伸ばし、楯無の袴の裾を引っ掴むとそのまま思いきり引っ張り上げた。楯無が大きく後ろにのけぞった所で立ち上がった一夏は追撃を試みる。
が、何と楯無はそのまま体勢を立て直さず逆に自分から後ろに倒れ込んだかと思うと、両手を突いて逆立ちの態勢から足をしならせて側頭部めがけ蹴りを放ってきた。
「か、カポエラぁ!?」
「引き出しは多く持っておくものよ」
「くっ!」
ガードが間に合わないと瞬時に判断し、反射的に顎を引き頭を傾けて頭部を出来るだけ固定する。バットで殴られたような衝撃に視界が一瞬横へぶれる。
それでも一夏の体勢は左程崩れない。一夏の咄嗟の反応にほんの少しだけ驚いたような感心したような表情を楯無は浮かべた。
先程の考察の通り、彼女は筋力差から生じる打撃技の威力の弱さを技の速度と的確に急所へ撃ち込む事で補っている。逆に言えばどれかが欠ければ威力は大きく減じてしまうのだ。
一夏が顎を引いて頭を傾けた事で彼女が狙っていた打点がズレ、頭部を固定した事で脳への衝撃も最小限に抑える事に成功したのだった。
逆立ちという不安定な体勢のままの生徒会長の両腕狙いのローキック。上下反転しているのだから下手すれば顔面直撃コースにもかかわらず手加減無しの一撃。ぶっちゃけもう相手が(一応)女である事もお構いなしだ。
ローキックをバネよろしく両腕の力だけの跳躍により回避して日本の足で立ち直す彼女の元へ、再度全脚力を注ぎ込んだ踏み込みでもって掴みかかる一夏。
――――予想外の展開はここからだった。
唐突に、踏み込んだ足から力が抜けた。威力は減じたといってもやはり脳はそれなりに揺らされていたらしい。手を突きだしたまま前のめりに傾ぐ。
その指先が楯無の胴着・・・・・・ではなく、更にその奥に隠れていた物を引っかけていた。
ぶっちゃけると、高級なシルクとレースで構成されたそれなりに露出激しいブラジャーに。色は薄紫色。
それを指先に引っ掛けたまま、更に一夏の身体は前のめりに崩れ落ちた。
結果は言うまでもない。
あっさりとホック部分どころか肩紐の部分まで引きちぎられて、楯無のブラは彼女の身体から分離した。
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・へっ?」」
奇しくも重なる2人の間抜けな声。
手には無残に破壊された残り香どころか温もりすらしっかり残る下着・・・・・・の残骸。目の前にはブラを剥ぎ取られた拍子に大きく胴着も肌蹴てしまった先輩。
乱暴に下着を奪われたせいで大きく震えていた双丘の先端、色鮮やかな桜色の動きをしっかり追いかける一夏の目。つんと重力に逆らうようにやや上を向いていて視覚だけでもその信じられない柔らかさを容易く想像できた。
うん、最低でも箒クラスこれから更に成長したらシャルロットクラスにも到達するかもってそんな事考えてる場合じゃねぇ!?
長い間未点検で放置されたからくり人形よりもぎこちない動きで視線を上にずらすと会長と目が合った。彼女は黙って胸元を正して外界に晒された乳房をしっかり胴着の下にしっかり押し込んでから、清々しい笑顔を顔に張り付けた。
但し頬は僅かながら朱色に染まっていたし、目元なんか猫っぽい雰囲気から猛禽類のそれに変貌していたが。
「うん、下着を見られるぐらいのハプニングは想定してたけど、下着を奪われた挙句直接おっぱい丸出しにまでされちゃうのは予想外だったわ」
「一応言っときますけどワザとじゃないんですホントウニモウシワケアリマセン」
途中から合成音声じみたぎこちない喋り方で平謝りし始める一夏。その手には未だ無残な屍を晒す下着。
楯無の笑みが更に深まる。
「ダ・メ♪おねーさんの裸体は高額すぎて鑑定不能なんだから、勝手に見ちゃった不届き者にはお仕置きだよ」
「ですよねー!!!」
残像すら見えそうなぐらい最初を遥かに上回る速度で繰り出される生徒会長のオラオララッシュを、一夏はもはや涙目になりながら必死に捌く。
「ぜえ、ひぃ、ぶはぁ~・・・・・・・・・・・・」
太陽がその輝く球体を半分以上地平線の向こうに隠れてしまった頃、道場の畳に大の字になってぶっ倒れている一夏の姿があった。
長きに渡って繰り出され続けた楯無の猛攻を受け続けたために両腕は青痣まみれ。顔の所々にも打撲の跡や擦り傷を拵えていて、呼吸は熱中症寸前の犬よりも荒い。
楯無の方はと言えば、一夏と比べれば断然に落ち着いているが若干息が乱れてはいる。彼女からしてみればむしろここまで本気になっておきながら一夏をKOに持ち込めなかった事に驚いていた。
いくら自己流のトレーニングを数年間続けていたといっても、それは軍などの専門機関における過酷な訓練からはかけ離れた素人の趣味の延長線に位置する類だった筈だ。
『実戦』と呼べる経験だって精々不良相手の喧嘩程度。頻度そのものは異常なぐらい多くはあるが左程手こずるまい――――そう楯無は考えていた。
だが彼は、対暗部用暗部の大家の跡取りとして物心ついた頃から毎日過酷な鍛錬を続け、決して日の当たらない『裏』の実戦にて更に磨き上げてきた戦闘技術の持ち主である楯無の攻勢を受けてかわして耐え凌いで、見事ここまで意識も失わず耐え切った。殺す気で襲いかかった訳ではないとはいえ、だ。
ブラジャーを剥ぎ取られてしまったのだってそれは予想以上に一夏の戦いぶりが巧みかつ反応速度も踏み込みも速かったからだ。おまけに、
「あー・・・・・・大分マシになってきたな」
あまつさえそう言いながら呼吸を整え終え、あっさりダメージから回復して起き上がる始末。予想以上にタフ過ぎる。
「いやー、ここまで頑丈だとはお姉さんちょっと予想外だったかな」
「そうですか?いやまあ千冬姉とか護さんに稽古つけてもらった時は毎回大怪我しない一歩手前まで散々叩きのめされたりしてましたから、ボッコボコにされるのは慣れっこだったりするんですよね」
どことなく虚ろな笑いを漏らす一夏。彼の発言に何気に聞き捨てならない人物名が含まれていた事に気付いた楯無の額に、一筋の冷や汗が垂れた。
土方護。織斑一夏の兄弟子と目される人物であり、その正体は裏社会でも史上最高の懸賞金をかけられた盲目の剣鬼。懸賞首となった最初の頃に夜中の新宿御苑に懸賞金狙いの悪党共を誘き寄せて一網打尽に退けたという逸話は、少し裏世界に詳しい者達の間では語り草である。
その背後で彼を秘密裏に支援しているといわれる組織――――通称エレメンタル・ネットワークについての情報は、名称以外は更識家でも大まかな概略程度しか手に入っていない。それほどまでに秘匿性の高い組織、という事か。
少なくとも対犯罪者用非合法組織という話らしいので、学園に害を及ぼす可能性は低いと読んではいる。
「(学園の近くに国家機関以外の未確認勢力が紛れ込んだって情報が伝わって来てるけど、まさか一夏君の知り合いとかじゃないわよね)」
とにかく一夏の実力の程が実際に知れただけでも十分意味のある時間だったのは間違いない。
「どうしよっか?一夏君もまだまだやれそうだからお姉さんももっと相手してあげてもいいけど」
「だけどもう日が暮れちゃってますし・・・・・・あ!そういや皆の事ほったらかしのまんまじゃんか!?」
大慌てな様子で畳道場から飛び出しかけた一夏はしかし、壁際からかけられた声にその足を止める。
「・・・・・・皆には連絡して俺達抜きで訓練しといてくれと伝えておいた」
「あれっ、そういえば居たんだデュノア君」
「・・・・・・ああ。一応最初からずっとな。一夏、これ」
「ああサンキュ」
上手そうに手渡されたスポーツドリンクをあおる一夏から視線を外すと、ペ○ちゃんよろしく舌を出しながら笑いかけてくる生徒会長と目が合った。
「おねーさんも欲しいなっ」
「・・・・・・悪いけどこのスポーツドリンクは1人分なんだ」
どこぞの前衛的な髪形のお坊ちゃんみたいなセリフである。
「ああそれだったら俺の分飲みます先輩?」
「・・・・・・止めておけ一夏。ああいう類はな、1度甘い顔を見せると骨までしゃぶりつくすようになるぞ」
「あれー?どーしておねーさんそんなに嫌われちゃってるのかな?出来たら教えて欲しいんだけど」
返答はとても簡潔かつ辛辣だった。
「・・・・・・・ぶっちゃけ、胡散臭さばっかり鼻について気に食わないし・・・・・・それに、アンタみたいな愉快犯は俺が最も嫌う類の人間だ」
「うん、思いっきり直球な答えだね。おねーさん傷つくなあ」
「知った事か。自業自得だ」
それに中身はこっちが遥かに年上だしな、と声に出さず心中で付け足すミシェル。彼からしてみれば楯無の事が迷惑ばかりかけてまともに責任を取ろうとしない筆頭―――――篠ノ之束と同じ人種にしか思えず、臨海学校での事も相まってムカムカしたものがこみ上げてきている真っ最中なのである。
むしろ友人の妙に刺々しい雰囲気に一夏の方が慌ててしまい、何とかこの場をフォローしようと名案を捻り出そうと試みる。
が、その前に一夏を引きずるようにしてミシェルは道場から立ち去ってしまう。
「・・・・・・もうちょっと一夏君と友好を深めたかった所だけど、これは思わぬ障害の登場って感じねぇ」
これは意外と一筋縄に行きそうにないわねと、楯無は彼女には珍しい重い溜息を吐いた。
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うーん、やっぱり会長を書くのは難しい。
最近普通のエロばっかりだったので、久々に一夏にはラノベ主人公らしいラッキースケベな目に遭ってもらいました。むしろ悪化してます。
会長フルボッコ計画はまだまだ続きます