※ちょっとアンチっぽい・・・かな?
・・・・・・こういう出だしも久しぶりな気がするな。具体的には数週間ぐらい。
只今の状況。大広間に俺を含めた1年の専用機持ち連中―鈴を除けば全員1組な訳だが―が呼び出されて千冬先生から事情説明中。
内容は――――ハワイ沖で試験稼働中の軍用第3世代IS<銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)>が原因不明の暴走。近々この旅館近くの海域を通過予定との事。俺達が集められたのはこの暴走機を強制停止させる為。
<銀の福音>は元々アメリカとイスラエルが合同開発した機体で、実家と軍の知り合いの伝手で噂程度には聞いていた機体だ。織斑先生の説明にもあったが新開発の特殊エネルギー兵器による広域殲滅を目的とした性能だという。
フランス軍所属の俺や(言い方がアレだが)生まれも育ちもドイツ軍謹製なラウラ―本来制作元の国が行うべき事柄に余所者の俺達が出張るのも問題な気もするが―はともかく、専用機持ちとはいえ一応学生で民間人である筈の一夏達まで動員される理由は、ありきたりだが現場に暴走機を止めれるような人間は俺達しか居ないから、である。
さて、此処で話を変えさせてもらうが。
自分でも半分以上忘れかけだしもはやどうでもいい事なんだが、一応俺は『インフィニット・ストラトス』という物語が存在する世界からの転生者だったりする。
とはいえその知識は存在を知った時期がベッドから殆ど動けなくなった頃だった為原作本を手にする機会が無く携帯でネットの二次創作を呼んで知った程度の内容でしかない。だから在って無いも同然だしそもそも生まれ変わってからこの世界が『創作が元になっている世界』と気付くまでウン何年もかかった。
しかし徳川の埋蔵金や宇宙人の存在並みにあやふやな知識とはいえ、俺が読んだ幾つかの『インフィニット・ストラトス』の二次創作において、大体が共通していたが故に印象に残っている内容も僅かにだがある。
そう、例えば。
「待った待ーった、その作戦はちょっと待ったなんだよー!」
――――学園の襲撃事件やこの<銀の福音>暴走事件における黒幕が篠ノ之束なる人物である事、とか。
2日目の実習直後から姿を現した彼女、篠ノ之束は妹の箒とは似ても似つかない・・・・・・いや、所々顔立ちなどは似ているがやはり雰囲気が違い過ぎるな。
無理に似ている部分を挙げてみるとしたら、思い浮かぶとしたらやっぱり胸―――すまんこれも男の性なんだから口に出してもいないのに殺気を放たないでくれシャルロット。やっぱりお前のおっぱいが俺は1番好きなんだからさ。
俺とシャルロットの事はさておき、束博士は彼女謹製の最新鋭機であるIS<紅椿>を携えて俺達の前に現れた。妹に直接機体を手渡すべく。
どうも箒自身が博士に頼んで作ってもらったらしい。周囲は不平等どうのこうのとか言っていたが、俺はその点に関して別にどうとも思わない。コネがあるなら最大限利用してナンボだろうに。俺だって実家がISを開発して企業なのをいい事に趣味に溢れた機体と武装を作ってもらったりしたんだから文句も言えない。
にしても噂には聞いていたが、束博士が『身近な人物以外他人の存在をまったく受け入れない』ってのは本当だったのか。傍目に見て居る限り彼女が『身内』として認識しているのは一夏と箒、そして千冬先生だけか。セシリアが話しかけたらけんもほろろに罵倒されて涙目になっていたし。
・・・・・・というか博士が最初に登場した時人参型のロケットに乗って現れたんだが、そのロケットには大いに見覚えがあった。
クラス対抗戦に乱入してきた謎の無人機。それが撃破された直後、上空を警戒した時に偶然発見した謎の飛行物体――――思いっきりアレにそっくりだった。
そして束博士が現れて妹に新型気を手渡したその矢先に今回の事態ときたもんだ。でもって思いだしたのが束博士に関する前述の二次創作知識。
率直に言わせてもらおう。そういう『原作(?)』の前知識があろうがなかろうが、間違い無く俺は篠ノ之束を疑っていた。
マッチポンプにも程がある。妹へのプレゼントのお披露目を更に派手にする為の当て馬によりにもよって演習中の軍用ISを暴走させてわざわざご丁寧に自分達の近くを通る様設定した、ってか?
間違いない。決めつけが過ぎるが、篠ノ之束は間違いなく愉快犯だ。それも自分の思い通りの結果の為ならどんな事態だろうがどんな犠牲だろうがお構い無しの、最悪の部類に違いない。
そうでなければ何故、自分の家族が出撃しなければならないかもしれないのにこうも楽しげに自分の作った作品を嬉々として自画自賛できる?そもそも触れて数時間も経たない機体なのにいきなり『実戦』に放り出そうってか?
その昔、銃の扱いその他諸々を最初に教えてくれた人達であるレームさん達に、雇い主の命令で使っていた武器を新型に変更する事になった件(くだり)の話をしてもらった時がある。
レームさん達は普通にその事を受け入れたけど、それに対して逆に雇い主の方が驚いたという話。『彼女』は武器商人であり、つまり本物の兵器に関するプロであるが故にそれなりの批判を受けると考えていた。
つまり、試験と経験を積み重ねていない新技術てんこ盛りの最新兵器を崇め奉るのはスペックシートしか見みようとしない、とどのつまり現実を知ろうとしない馬鹿でしかないという事。結局使ってみなければ何処まで行っても机上の空論でしかないからだ。
<白式>も新型機ではあるものの、何度も模擬戦とかやってそれなりの実績は積まれてきているからまだいい。実弾兵器メインの俺やシャルルが使う兵装も大半は既存の銃器/兵器をIS用に転用した物ばかりで信頼性は高い。
なら<紅椿>はどうだ?試運転の様子を見た限りでは確かに高性能ではありそうだが、現実的な耐久性は?エネルギー消費速度は?戦闘機動でどれだけの時間稼働出来るのか?
どのデータもない、ない、ない、ないない尽くし。おまけに第4世代?展開装甲?スペック上では最強?
――――それがどうしただ、馬鹿野郎が。与えられたばかりの兵器をまだ完全に使いこなせるかも怪しい新兵、それも自分の家族をいきなり修羅場に放り込むつもりか。
何より最悪なのは、<紅椿>を与えられた箒と一夏が主軸となって<銀の福音>迎撃作戦が行われる流れになりそうな事だ。
誰が好き好んで、こんなロクでもないトラブルに友人が放り込まれるのを喜ぶものか。これ以上無い位眉間に皺が寄るのを自覚したが、抑えるつもりはない。
「――――――尚、迎撃時の援護とバックアップ役としてデュノア夫を加える事にする。この決定に対し異論は聞かん」
「・・・・・・何?」「へっ?」
イラついた思考に没頭していた時にいきなり俺の事が出てきたので驚いたが、俺も一夏達と出撃する事になったらしい。
この決定は意外だったのか、束博士も驚いた様子だ。
「何言ってるのさちーちゃん、あんなただ全身に装甲つけただけのダサい機体じゃ役に立つ筈無いよ?」
「<ラファール・レクイエム>の基本兵装の幾つかは対空砲として用いられていた代物の改良型だ。元は超音速で飛来するミサイルや戦闘機を迎撃する為に使われてきたんだ、撃破とまではいかなくとも<銀の福音>相手でも牽制や足止めには期待できる。それなら例え<白式>による初撃が失敗してもまだチャンスはあるだろう」
「でもでも!あのドンガメじゃいっくんと箒ちゃんには追いつけないし!」
「追いつく必要はない。<白式>同様作戦空域まで運ばれてからは<白式>と<紅椿>よりも低い高度から対空射撃を行ってもらうだけだからな。お前が見せた<紅椿>のデータならばもう1機増えても大丈夫だろうし、あの機体ならFCSなどの調整にも然程時間もかからんだろう」
「う~仕方ないなぁ。でもでも、あくまで主役はいっくんと箒ちゃんなんだし、ちーちゃんがそう言うなら構わないけど・・・・・・」
明らかに間違った部分で拗ねるその様子が、束博士の感覚の子供っぽさを引き立たせている気がする。
戦う事は好きだ。自分の『生』を痛いほど実感できるからな。
だが今回ばかりは全くもって楽しむ気にはなれそうにない―――――明らかに選考の判断基準がおかしい上に、自分1人の命をかけるだけならまだしも、友人達の命がかかってるとなれば尚更だった。
―――――――この2人は、いや、この部屋に居る人間のうちどれだけが、その事に気付いているのだろうか?
何だかミシェルの様子がおかしい・・・・・気がする。
ハッキリそう表現し難いのは既にISを展開し終えて顔がフルフェイスのヘルメット部分に隠れているから。その代わり気配は案外分かりやすい。
最初はやっぱりミシェルでも作戦を前にして緊張しているのかとでも思っていたけれど・・・・・・・・・それにしては刺々しいというか、重苦しいというか。
「(様子がおかしいのは箒もだけどな)」
「どうした一夏、心配そうな顔をして?安心しろ、お前は私がしっかりと運んでやるからな」
こっちはこっちで専用機、それも束さん謹製の超最新型を送られたお陰でかなり浮かれてるっぽい。不安だ。箒には悪いがかなり不安だ。浮かれ過ぎて暴走しなきゃいいけど。
一夏が抱く不安をミシェルも感じ取っていたのか、いつも以上に重々しい声が耳朶を打つ。
「・・・・・・感情が昂ぶっているようだが、もう少し落ち着いた方が良い。興奮の余りいざという時事を仕損じかねないし・・・・・・そのせいでもし女の箒が傷物になってしまっては大事だからな」
本物のスカーフェイスたるミシェルが言うとこれ以上無い位説得力に溢れている。これには流石の箒も気圧されたように「う、うむ、そうだな、自省せねば」と表情を引き締める。
「(サンキューミシェル。助かったぜ)」
「(何、純然たる本音だ・・・・・・)」
プライベート・チャネル越しに礼を言う。けれどやっぱりミシェルの様子に違和感を覚えてしまって、一夏の方が落ち着かなくなってしまう。
「(でもミシェルも大丈夫なのか?何だか何時もと違うっぽい気がするんだけど。やっぱミシェルも緊張してるのか?)」
「(・・・・・・否定はしない。一応『実戦』だからな、それなりに気も引き締まる)」
「(まあ確かにそうだよなぁ――――だけど何ていうか、別の事で悩んでる感じがするんだけど)」
「(・・・・・・その鋭さをもうちょっと女性関係で発揮していれば箒と鈴の事もややこしくならずに済んだのではないか?)」
「(へ?)」
「(ただの独り言だ・・・・・・)」
「(とにかくさ、もうすぐ作戦も始まるし、悩み事があるんなら今の内にさっさと吐き出した方が楽だと思うぞ。言ってくれよ、友達じゃんか)」
気配が揺らぐ。強いて言えば、胸中がモヤモヤする余り頭を掻き毟り出しかねない雰囲気を放った後、チャネル越しに深く深く息を吐き出すのが伝わってきた。
「(・・・・・・こんなタイミングでこんな事を言い出すのは拙い事は重々承知している。これには一夏だけではなく箒にも関わる事だが、彼女には是隊に言わないと誓えるか・・・・・・?)」
「(あ、ああ、分かった)」
ミシェルの只ならぬ気配の重さに半ば反射的に安請け合いしてしまう一夏。悩んだ様子でしばし呻きを漏らしてからミシェルは躊躇いがちながらも自身の考えを友人に告げる。
「(・・・・・・俺は、今回の軍用機暴走の犯人は束博士だと考えている)」
すぐ隣の箒に悟られないようにするのに苦労した。彼女が諌められながらもそれでも内心浮ついていなければ一夏の驚愕を悟られていただろう。
――――確かにあの人ならやりかねない、と理性の一部分が納得の声を挙げていた。それでもミシェルに迫り寄ろうと動きそうになる肉体を必死に自制しつつ通信で抗議を送る。
「(な、何でそんな事になるんだよ。幾ら束さんでもこんな大事件を起こすなんて事・・・・・・やりかねないけどさ!でもだからって――――)」
「(タイミングが良過ぎる・・・・・・この状況がお膳立てされ過ぎていると思わないか?まるで白騎士事件の再来だ)」
白騎士事件―――――日本に飛来した2千発以上のミサイル、そして各国が送り込んだ戦闘機・巡洋艦・空母・衛星までをたった1機のISによって迎撃された事件。
この事件により発表当初は全く注目されていなかった―それどころか開発者の幼い少女の戯言としか認識されていなかった―ISの性能と価値が世界中に知らしめられた、『極一部』にはあまりにも都合が良過ぎた事件。
「(ミサイルは暴走機、そのミサイルを迎撃する白騎士が――――)」
「(箒の、<紅椿>だって言うのかよ!?)」
[(・・・・・・友人の家族を疑いたくはない。此処まではただの俺の勝手な推論にしか過ぎないかもしれないが・・・・・・これならどうだ?)]
プライベート・チャネルで画像データが送られてきた。束さんが人参型ロケットで現れた時の写真と、もう1枚は。
「(クラス対抗戦で襲撃を受けた直後、アリーナ上空を映した画像だ・・・・・・これはどう説明すれば良い?)」
あの日、謎の無人機に襲われた。鈴と一緒に襲われ、アリーナは大パニックになって、箒が撃たれそうになって、代わりに鈴がやられた。
そんな時に何故、“束さんのロケットが同じ場所を飛んでいた?”
喉が干上がり、声が出なくなる。それで良かったのかもしれない、もし何か言っていたら、今度こそ箒に悟られてしまっていたかもしれないから。
まさか、そんな、とは思う。何で、とも思う。それでも頭脳の片隅はミシェルが提示した内容が指し示す結論を冷静かつ冷徹に、一夏の精神に叩きつける。
無人機で学園を襲わせ、箒や鈴を手にかけようとしたのも束さんなのか?
『織斑、篠ノ之、デュノア、聞こえるか?今回の作戦の要は一撃必殺だ。短時間の決着を――――織斑、バイタルに異常が見られるぞ。どうかしたのか』
「・・・・・・・・・・・」
『おい織斑、聞こえているのか?』
「一夏、どうしたというのだ一体」
「―――――――えっ?な、何でもない!やっぱり俺も緊張してるのかな、ははっ・・・・・・」
「驚かせるなまったく。何なら一夏はここで休んで私1人でも構わないぞ?」
『調子に乗るな篠ノ之。本当に大丈夫なんだな、織斑』
大丈夫なんかじゃない。だけど、このまま退けない理由がある。
「俺も大丈夫だよ、千冬姉。選ばれてここまで来ちゃってるんだ。箒やミシェルだけに任せてちゃ意味無いって」
『・・・・・・織斑先生と呼べ、まったく。それでは作戦を開始するぞ』
一夏だけなら箒の背中にしがみつくだけで済んだが、ミシェルも途中まで一緒の為<紅椿>の腰の後ろの装甲に2本のワイヤーが追加されていた。これに掴まって2人は牽引されるのである。
少しでも重量を減らす為ミシェルの武装は展開されていない。彼が戦闘態勢に移るのは切り離されてからだ。
「(・・・・・・すまない。よりにもよってこんな時に動揺させるような事を言ってしまって)」
「(いや、ミシェルが謝る必要はないんだ。教えてくれてありがとうな)」
今俺はちゃんと箒や千冬姉を誤魔化せてるか?顔は見えなくてもミシェルは本当に申し訳なさそうに項垂れている。
よりにもよってこんな事教えてもらいたくなかった、とも言いたい。でもそもそも教えて欲しいと頼んだのは一夏からだし、今は作戦に集中しなければ。
「束さん、一体アンタは何を考えてるんだ・・・・・・」
「何か言ったか一夏?」
「・・・・・・何でもない、さ」
一夏の動揺をよそに作戦は始まる。
<銀の福音>をハイパーセンサーで捉えてすぐにミシェルの<ラファール・レクイエム>がワイヤーごと<紅椿>から切り離される。1機分の重しを減らした第4世代機は未だ一夏を引っ張ったまま猛然と加速。
見えた。資料にあった通り、スラスターと兵装を組み合わせた複合ユニットを頭部に備えた特徴的な形状の白銀色の機体。あれが目標。
<銀の福音>は急接近する一夏と箒の存在に気付き、一旦前後反転したかと思うとそのままの体勢で2人を振り切ろうと急上昇・急加速を試みる。
「箒、このまま押し切る!」
『頭を押さえる。射撃開始』
ミシェルからの通信の直後、超音速で上昇していた暴走機の鼻先で爆発の花が連続して咲いた。<レインストーム>の空中炸裂弾だ。暴走機の動きが鈍る。
一夏は箒の背を蹴り、同時に瞬時加速を発動。元々の<紅椿>の推進力に加え負けず劣らず高出力な<白式>のブースターが吠え、瞬きする間に<銀の福音>との距離が縮む。
「うおおおおおおおおおおおっ!!!」
裂帛の気合と共に放たれた一振りは――――――あと1cm、いや僅か5mmの差で届かない。
それだけ暴走機の機動が誰の手にも操られていないにもかかわらず髪が勝っていたのか、今まで身を置いた事のない超音速の世界に呑まれたか。それとも直前のミシェルとの会話に心乱され微かに刃が鈍ったか、どれが原因かは分からない。どっちにしろ貴重なチャンスを失ってしまった事に変わりは無く、一夏は自分の未熟を罵る。
その代償をすぐさま払うかの如く、<銀の福音>の特殊兵装<シルバー・ベル>が起動・展開。誰が目標かなど考えるまでもない。
「一夏っ!」
そこへ箒のカバーが入る。<紅椿>の刀剣型兵装の1つ<空裂>が振るわれ、そこから放出された光波が<銀の福音>の攻撃を中断させる。ミシェルの対空砲火も加わり、暴走機は回避に専念する事を選んだ。
「すまん箒、ミシェル!」
「礼は己の失敗を挽回してからだ!」
『動きを止めるな、食らいつき続けろ・・・・・・!』
更に大きな、今度は単発の爆発が花開く。こちらは<ネイルシューター>による大口径砲弾の炸裂だ。足が止まった所へ<零落白夜>で再度斬りかかる。が、駄目。
「(機械だからか?反応が速い!)」
「La―――――――!」
<銀の福音>が歌った。少なくとも一夏にはそう聞こえるような音と共に、<シルバー・ベル>が発動される。
それは<ラファール・レクイエム>の全兵装一斉射撃とは趣の違う弾幕だった。向こうが数個の砲門からの継続連射なら、<銀の福音>のそれは数『十』の砲門の一斉発射。
おまけにエネルギー兵器でありながら誘導機能付きときたもので、回避しようとした一夏と箒の後に食らいついてきた。
逃げに移る2人を逃すまいと迎撃から追撃に転じる<銀の福音>・・・・・・だがそれはもう1人が許さない。
『これならどうだ?』
暴走機の戦術システムがロックオン警報を鳴らした。自動的に自らを捉えている元凶の現在地を探り出し、拡大する。
自分達より数百m下の高度に浮いているフルスキン型のISを発見。その右手には腕部装着型の長大なミサイルポッドが取り付けられ、こちらに向けられていた。中身は携行型地対空ミサイルを対IS用に転用した<ISスティンガー>であると判断を下す。
シュパパパパッ!と連続して直径7cm、全長1mオーバーの対空ミサイルが発射された。一気にマッハ2オーバーに達した鉄の杭が<銀の福音>へと牙を剥く。
高性能爆薬の炸裂による煙と爆炎に暴走機の姿が包みこまれた。爆発音が青空に響き渡る。
「やったか!?」
『箒、それはフラグだ・・・・・・』
「La――――」
まだまだ撃破には至らなかったようだ。まあミサイル自体が信頼性と命中率は高いものの肝心かなめの威力が低いので、あの程度の数では従来よりもよりハードな運用に耐えうるだけの軍用ISのシールドバリアーを貫いて一度に行動不能に陥らせるには威力不足だったのだろう。
ミシェルは全弾撃ち尽くした手持ちのミサイルポッドを無造作に眼下の海へ投棄する。今は一々量子化して拡張領域に戻す手間も惜しい。
その時ミシェルはある物体の存在に気付く。その正体に悟るまで数秒費やし、認識するのと同時気付かなきゃよかった、とも考えてしまった。
『Merde(クソッタレ)!!』
「ど、どうしたんだよミシェル?」
『あれは・・・・・・船か?見た目の割に船足が早い・・・・・・おそらく密漁船の類だ。封鎖してる教師達は何をしていたんだ!!』
「構うなミシェル、巻き込まれても自業自得だ、放っておいて暴走機に集中――――――」
気がつくと一夏は箒の言葉に被せて言い放ってしまっていた。
「こっちが押さえてる間に船をこの海域から離れる様何とか誘導してくれ!頼む!」
「一夏!奴らは犯罪者だぞ!」
「ああ、かもな」
一夏の言葉に従い離れていくミシェルと密漁船の反応を見送りながら、呆れ混じりの苦笑を一夏は浮かべる。その呆れは自分に対し向けられたもの。
箒の気持ちも理解出来る。土方さんがこれを知ったら「甘い」とでも言いそうだ。千冬姉ならどうだろう?だが一夏は後悔はしていない。
これがもし、自分や箒やミシェルに危害を加えようとしていたのなら一夏だって容赦はしない。でも彼らはそんなつもりでやってきた訳じゃないんだと思う。
「だからって、死なせて良い理由にはならないさ!」
その決断に箒の動きが止まる。彼女の動揺を見逃してやるほど<銀の福音>は甘くもなく、そもそも感情という人間的な判断基準も持ち合わせていない。
ただ自分を阻む『敵』を殲滅するのみ。複数の砲口が発射態勢に移行。
「・・・・・・・っ!!」
光弾が雨となって一夏と箒に降り注いだ。回避、回避、着弾、爆発。エネルギー量が一気に2桁吹っ飛ぶ。
特に箒の<紅椿>の方がエネルギーの消費が激しいのを一夏はデータリンク経由で見て取れた。あれだけの高性能と機動力を考えれば合点がいく。<紅椿>の燃費は<白式>以上の大飯食らいに違いない。予想以上に速過ぎる。
「逃げろ箒!このままじゃエネルギーが持たない!あんだけの数、纏めて食らったら危険だ!」
「何を言う、私はまだやれ――――」
<紅椿>の肩部に着弾。エネルギー量がレッドゾーンを示し、その衝撃で飛んでいった刀が光の粒子となって消えたのを目の当たりにしてより事態が切迫している事を悟る。兵装を維持しておく事すら限界に達してきているという証拠だからだ。このままの<紅椿>ではまともな防御機構も働いてくれるかどうか怪しくなってくる。
「頼む箒、俺が持ち堪えている間に退いてくれ!箒に何かあったら、俺はっ・・・・・・!」
「――――分かった一夏、すまない」
箒にとっては苦渋かつ無念の決断ではあるが、一夏に泣きそうな顔をされてまで懇願されては従うしかない。高度を下げ、作戦空域外を目指す。
その判断も遅かったと言いたげに、<銀の福音>は離脱の途につこうとしていた箒の背中を追いかける。そうはさせまいと一夏も瞬時加速で後を追うが、速度を維持したまま最初同様機体を前後反転させた<銀の福音>は、バック飛行を行いながら光弾をばら撒く。斬り払って直撃は免れるが足が止まり、距離は縮まらない。
「避けろ、箒ィィィィィ!!」
「しまった!」
箒が気付いた時にはもう遅く、彼女に向き直った<銀の福音>の頭部に集束したエネルギーが大量の光弾を解き放った。
連射した機関銃みたいな爆発音が連続した。幾重にも重なった衝撃波が青空を震わせ、遥か下の海面にまで波紋を生じさせる。一夏の顔色が蒼褪める。
「・・・・・・ギリギリで間に合ったか」
「ミシェル!」
潮風に掻き消されていく煙のベールの中から現れたのは、箒ではなくミシェルであった。密漁船を追いやってからまた戻ってきた後、彼もまた瞬時加速を発動させて<銀の福音>と箒の間に割り込んだのだ。
その代償は大きく、直撃を避ける為実体盾として用いた<シールド・オブ・アイギス>の表面が両方とも大きく亀裂が生じている。AICはエネルギー兵器に効果が薄いので直接受けとめるしかなかったのだ。もうAICは使えまい。それでも<ラファール・レクイエム>のシールドエネルギーはハッキリと目減りしてしまっている。
「こちら以上の弾幕、しかもエネルギー兵器だからAICも通用しない、か・・・・・・もしかするとこちらの天敵かもしれないな」
<白式>や<紅椿>のように機動力で回避し続けるなんて真似など、この機体には到底無理な相談だ。最強の盾も使い物にならない以上ミシェルのアドバンテージは格段に低い。
残るこちらの切り札は一夏の<零落白夜>だが・・・・・・
「・・・・・・あとどれだけやれそうだ?」
「何回も外したのと、さっき瞬時加速を使ったせいでエネルギーがかなりヤバい事になってる」
「・・・・・・なら俺達も退散するか?殿は受け持とう」
「冗談、仲間にそんな事させてたまるかって。箒だってまだちゃんと逃げ切れたか分からないんだしさ。人手は多い方が良いだろ?」
男2人、顔を見交わす。
これ以上言葉にしなくても2人の結論は決まりきっていた。両者の顔に浮かぶのはある種の悲壮な覚悟を決めた者にしか浮かべる事の出来ないであろうシニカルな笑み。
分が悪い賭けになるだろうが―――――生憎、そういうのも嫌いじゃない。友人を、自分の女を逃がせるだけの時間を稼ぐ為とでも考えれば、幾らでも賭けに出てやろう。
手負いの、それでも戦意の衰えない男達に機械仕掛けの天使が牙を剥く。
箒は涙が溢れるのを抑え込む事が出来なかった。滴は風圧に飛ばされ青空と大海に消えていく。
ごめんなさい、ごめんなさい一夏。何てザマだ、ようやく手にした自分の機体に浮かれて、結局一夏に重荷を押しつけて、自分は無様にこうして逃げ帰る事しか出来ないでいる。
一夏は、一夏は無事なのか。ミシェルにも庇われてしまった。彼も大丈夫なのか。2人共無事に、生きて帰って来て――――――
轟く爆発音。自分が先程間近で受けた物よりも一層盛大で、一層恐ろしくて。
居ても立ってもいられず、足を止めて一夏とミシェルに通信を繋ぐ。
―――――聞こえてくるのは雑音のみ。悲痛な声で名を呼び掛けても、返事は返ってこなかった。
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何とか中国から帰還しました。ええ案の定向こうで腹が痛くなりましたとも。
でも原因はどちらかというと向こうのホテルのレストランで毎日食べさせられた韓国料理っぽい気が。食べ物の半分以上が紅くて紅くなくても激辛ってどういうこっちゃ!