「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
翌朝の食堂。朝食を取りに来た一夏とラウラは丁度鉢合わせした。
結局昨日の戦いは両者痛み分けという事になったらしいが、その瞬間の記憶が無い2人からしてみれば納得いかないやら気が済まないやら。
・・・・・・だったのだが、ラウラは一夏とキス(?)をしてしまった事から、一夏は(当人には)身に覚えの無い事で箒と鈴とおまけにセシリアに追っかけ回されたお陰でその場ではうやむやになってしまった。
無言で見つめ合う。どう声をかけるべきかどう反応すべきか、今の一夏には思い浮かばない。食堂まで一緒に行動を共にしていたミシェルが『早くどうにかしろ』と目で言っている気がした。
先に動いたのはラウラの方だ。おもむろに距離を詰めると、そっと一夏の制服の端を掴む。小さな手だな、などと一夏は考えてしまう。
彼女は片方だけの紅い瞳でたっぷり一夏を見つめてからこう言った。
「私の『初めて』を奪った責任・・・・・・・・・取ってくれるんだろうな?」
その瞬間。周囲の音が消えたと後にミシェルは述懐している。
一夏にその記憶は無い。何故ならラウラの言葉の意味を理解した瞬間、意識が飛んでしまっていたからである。
たっぷり十数秒後、背筋に浴びせられる禍々しい気配の集中砲火によってようやく一夏は我に帰る。とてもぎこちない動きで気配の先を見る。すぐに見なきゃよかったと後悔。
手の中の強化プラスチック製の箸と粉砕している箒と鈴に鉄製のフォークをグニャグニャにへし曲げているセシリアがそこには居た。3人をシャルロットが慌てて収めようとしているが効果無し。一夏としては箒と鈴なら分かるけどセシリアまでそこまで怒る辺りが理解できない―――やっぱり一夏は女性関係に関してはまだまだ問題点が多そうだ。
さて、ここで動いたのは朝っぱらから面倒は御免なミシェルである。このままじゃ埒が明かないし食堂で暴れられては朝食が取れなくなってしまいかねない。
「・・・・・・なあラウラ。その言い方、誰から教えてもらった?」
「クラリッサからだ。日本では男に唇を奪われたらこう言うのだと教えてもらったのだ」
やっぱりあの人が原因か、とミシェルは文字通り頭を抱えた。
「・・・・・・だからなラウラ、そういった事はもう少し、こう、上手い表現が思いつかないが・・・とにかく少し重過ぎる意味合いに取られかねないから、別の言い方にした方が良いぞ」
「そうなのか?だがクラリッサが嘘を言うとは思えんのだが」
「意味は間違ってないんだよね意味は。だからもう少し言うタイミングを考えようねって事なんじゃないかな」
「とりあえず俺はそのクラリッサって人に文句を言ってやりたいよ・・・・・・」
局地的混乱も収まり朝食タイム。フランス人のシャルロットはクロワッサン、ラウラはドイツ人らしくソーセージにライ麦入りパンとお国柄のハッキリした献立である。
その点で言えば大盛りご飯に味噌汁、生卵に塩鮭に焼海苔と純和風な朝定食セットを頼んだミシェルは少し変わっているのかもしれないが、まあ好みは人それぞれである。これで納豆があれば完璧なのだがキスの時シャルロットに不快な思いをさせたくないので泣く泣く外してもらった。贅沢な悩みである。
今日の朝食は上のやり取りから分かる通り、いつもの面子にラウラが追加されていた。最初に比べ一夏達に向けられていた敵意混じりのラウラの気配が少し緩んでいる。1度ぶつかり合って心境が変化したのだろうか。
一夏も何となくラウラをもう受け入れてしまっている感じだが、ラウラが同席していて面白くないのは一夏の恋人達+1だ。鈴と箒とセシリアはしきりに色々言いたげな視線を一夏とラウラに送っている。
それに気付きながらもあえて無視してラウラは続けた。
「昨日はあ・・・・・・あのような不本意な決着となったが、今度こそ私が勝つ。首を洗って待っていろ」
「それはこっちのセリフ。次こそ絶対勝ってやる。学年別トーナメントも近いし、いい機会だから決着はそれでつけようぜ」
「そういえば一夏、その事なのだが――――」
丁度良いとばかりに箒が話に加わり、昨日の決闘後知らされた内容を告げる。
簡単に説明すると、今回の学年別トーナメントはルールを変更してタッグマッチにするのでサッサと組む相手を見つけておけとの事。最後まで決まらない時は抽選で決めるそうな。
一夏は決闘と3人に追いかけ回されたのに疲れてぶっ倒れていたので知りそびれていたのだった。
「1対1でやれないのは残念だがまあいい。貴様が組んだ相手もろとも叩きのめすまでだ」
コップになみなみと注がれていた牛乳を一飲みしてから自信満々に言い放つラウラであったが、
「そんな事言うのは構わないけど、口の周り牛乳まみれじゃカッコつかないぞ」
「むう、う、うるさい!」
「ダメだよラウラ、制服で牛乳拭いたら染みになっちゃうよ」
顔を赤くして制服の袖で拭い取ろうとしたラウラを隣に座っていたシャルロットが止めると、テーブルのスタンドに重ねて置いてある紙ナプキンを抜き取るとラウラの口元に手を伸ばした。
甲斐甲斐しく優しい手つきで口の周りの汚れを取っていくその様子は何処か手慣れていた。それに釣られたかのように妻とは反対側に収まっていたミシェルも、
「・・・・・・寝癖も付いているな。ラウラも女の子ならば、もう少し髪型に気を使うべきだ」
「寝癖程度で死にはせん。私としてはいい加減お前(ミシェル)位の長さまで刈り落としたいのだが、クラリッサ達に強く止められていてな」
ミシェルの髪型はクルーカットより若干長い程度。髪型もまたミシェルが軍人か傭兵か何かに間違えられやすい一因なのかもしれない。
「それはちょっとやり過ぎではないか・・・・・・?」
「いやあ、流石に女の子でその髪型は問題あると思うわよ?」
これには一夏絡みでラウラを良く思わない箒や鈴も同じ女としては止めざるをえない。もったいないではないか、自分達でも羨ましいと思ってしまう位綺麗な髪なのに。
「・・・・・・ほら、動くな」
「むう、くすぐったいぞ。だがやはりミシェルに髪を梳いてもらうのは気持ちが良いな」
ミシェルの手櫛がラウラの髪を丁寧に整えていく。何度も擦りむけて固く太くなった指でありながら手つきはとても繊細で、指の間から銀そのもの糸にしたような美しい髪がこぼれ落ちる。
目を細めてミシェルに触られるがままで居るラウラの様子は、まるで猫の様だ。思わず一夏達まで口元を緩めてしまう。
「ミシェルさん、何だか手慣れていらっしゃいますわね」
「・・・・・・シャルロット相手にこうしてやる時も多いからな」
「合同演習の時にラウラ達と一緒にご飯とか食べる時もよくしてあげたりしてたしね。ラウラってば髪とかオシャレとか無頓着過ぎるんだもん」
演習時の高速機動の際に髪型が乱れても指摘されるまでほったらかしなんだとか。その度に部隊の部下達だったリミシェルやシャルロットに整えてもらっていたりする。
「それにしても、そうしてるのを見るとなんか親子みたいね。ちっとも似てないけど」
「あー確かにそれっぽいな。シャルロットもどっちかって言うと母性溢れてるし、ミシェルも頑固親父って雰囲気だし」
そう言われてきょとんとした表情を浮かべたのはラウラ。
「・・・・・・本物の親子というのはこんな事をするのか?私は優秀な遺伝子を元に人工子宮から生み出されてからこの方、教官達に育てられてきたからそういった『家族』についてはよく知らないのだが」
一気に空気が凍りついた。食事の場であっさりとそんな過去を何でもない様に―実際ラウラは特に考えて言ったつもりではない―告白されて、「へぇそれで」と流せるような一夏達ではなく、揃いも揃って非常に気まずそうな顔で視線を巡らせている。
ラウラの出生を大体は本人から聞かされていたデュノア夫妻はいきなり爆発した地雷にどうしようといった様子でこちらも互いの顔を見合わせてから、話題転換を試みる。
「そ、そういえば一夏のお父さんはお母さんはどんな人?一夏や織斑先生ってどっち似なのかな?」
「――――――俺と千冬姉、捨て子だから」
どうやら逃げた先もトラップ地帯だったようだ。更に重苦しさをが増す空気。今度は聞かれた一夏の方が空気の入れ替えを行おうと、
「り、鈴の家の中華料理屋にはいつも世話になったっけな!また鈴の親御さん、店とか再開するのか?楽しみなんだけど俺」
「・・・・・・ウチ、離婚したから」
踏み込んだ先は脱出不可能な底無し沼だったらしい。どんどん場の空気がダウナー的な方向に悪化していっている。
次に裏返った声で発言を試みたのは箒である。
「ま、前から気になっていたのだが、セシリアの御実家は名のある名家だと聞き及んでいるがどの程度のものなのだ?」
「え、ええ箒さんの仰る通り、オルコット家はイギリスに数多く存在する貴族の中でも名門中の名門ですわ!特に私の母は殿方の権力が大きかった時代から自ら企業などを運営しオルコット家の発展に尽力した偉大な方でしたのよ」
「そうか、1度お会いしてみたいものだな」
「ええわたくしもそう思いますわ・・・・・・数年前の列車事故で、母も父も亡くなってしまいましたから」
残念、後半が余計だった。更にドツボに嵌っていく場の空気。今やその重さはマリアナ海溝の水圧並みの圧力である。幾らなんでも家族問題が1ヶ所に集中し過ぎじゃなかろうか。
ミシェルはふと思う。
類は友を呼ぶとか言うけれど、もしかしてこういうのもそういうのに含まれるんだろうか。エスプリが利き過ぎだろう、と突っ込む他無い。
結局、いっそ質量さえも得てしまいそうな位重苦しい雰囲気が払拭されるには再度一夏が話題転換にチャレンジして成功するまでかかった。その時の一夏の声もどこか、引き攣ってはいたのだが。
「箒や鈴はもう組む相手決まったのか?」
「ああ、昨日の内にな。特に別のクラスの相手と組むのも禁止されていなかったので私は鈴と組む事にしたぞ」
剣道で全国制覇の経験ありの箒と代表候補生で専用機持ちの鈴。接近戦にやや偏ってはいるが中々良い組み合わせだと一夏は分析する。
「今度は負けないんだから、覚悟しときなさいよ一夏!」
「鈴の言う通りだ。全く最近ときたらボーデヴィッヒばかりに夢中になりおって、今度のトーナメントでその性根を叩きのめしてやるぞ!」
「そうだそうだー!そんなに他の女が気になるかー!!」
「別にそんなつもりはないんだけどなあ・・・・・・」
恋人達は恋人を他の女に盗られたと思ってご立腹の様です。
勿論一夏にそんな感情は毛ほど持っちゃいない。ラウラに対して抱いているのは云わば実力者同士のシンパシーとライバル心であり、高みを目指す者同士性別なんて関係無いと考えている。多分ラウラも似たようなものだろう。
さて、実はもし箒と鈴がまだ組んでないようだったらどっちかと組むつもりだった(その点で2人は大きなチャンスを逃したと言えなくもない)一夏は他に誰と組もうかと頭を悩ませる。やはり気心が知れてどんな戦い方なのかお互いよく知っていて、尚且つ実力者であればもっと良い。
そんな相手は他にも目の前にいてくれていた。
「でしたら一夏さん、このわたくしなどは肩に並べて共に戦うに相応しい相手だと思いますg」
「ミシェルとシャルロットは?やっぱり夫婦だから一緒に出るのか?何ならどっちか俺と一緒に組まね?」
すぐ隣で盛大にずっこける音が響いたが、こっちの方が気になるので質問を優先する事にする。
「それなんだけどね――――――今回、僕はラウラと組もうと思ってるんだ」
「それはありがたい。私もこの学園内で組むに足る人間が居るとしたらミシェルかシャルロットのどちらかだと考えていた所だ」
「(むしろ僕達以外ラウラと組んでくれそうな人が居なさそうからなんだけどね・・・・・・)」
多分ミシェルかシャルロットが居なければ最後まで取り残されて抽選に廻されてたと思う。だって授業とかで必要な時以外ラウラと接してる相手は自分達ぐらいだし。
せめてもっとラウラが丸くなってくれれば友達が出来そうなのに、とシャルロットは痛切に願う。
「んじゃミシェルは俺と一緒に組もうぜ。模擬戦とかでもしょっちゅう一緒だから丁度良いし」
「・・・・・・俺は構わないが、良いのか?」
「何が?」
「ま、またわたくしだけこんな目に・・・・・・」
1人テーブルを涙で濡らすセシリアであった。
「―――――でも結局皆で特訓とかやるのは変わらないんだよなあ」
「・・・・・・別に良いんじゃないか?お互いの手の内をよく知っているのに変わりはないからな」
放課後のアリーナである。ミシェルの言ってる事も尤もなので一夏はその事に関して深くは考えない事にしたのだが、
「で、どうしてアンタも何食わぬ顔して加わってんのよ!?」
「私はシャルロットと組むのだ。仲間と共に訓練をして何が悪い?」
鈴の抗議に対し至極まっとうなラウラの返事であったが、だからといってあっさり納得できないのが人情ってもんである。
「一夏もなんか言ってやりなさいよ!」
「いや別に?ミシェルも言ってたけど手の内が分かるのはお互いさまなんだし」
「それとも陰でコソコソやらなくては勝てないのか?数しか能の無い国なだけある、器が知れるな」
「にゃんですってぇー!?」
「はいはい鈴落ち着いて。ラウラも煽っちゃダメだよー」
ふとアリーナを見回した一夏は金色が1つしかない事に気付く。
「あれ、セシリアは?」
「セシリアならば共にペアを組んでくれる相手を探す為に今日の特訓は休むとの事だ。申し込みの締め切りも近いからな」
「あちゃあ、セシリアだけハブらせるとか、悪い事しちまったな」
今更過ぎる言葉である。
とにかく、今日は学年ベーつトーナメントでのペアごとに分かれて特訓を行う事にする
「でさ、単刀直入に言ってこん中じゃどっちが強いと思う?」
「・・・・・・やはりシャルロットとラウラだろうな」
「やっぱり?ラウラが強いのは身に沁みてるけどシャルロットもかなり巧いもんな」
「・・・・・・当たり前だ。俺の嫁だぞ」
「はいはい分かってるって」
遠・中・近、どの距離でもそれぞれ対応出来る兵装を手足の様に使いこなす上に停止結界という切り札を持つラウラもさる事ながら、シャルロットもまたかなりの実力者である事は周知の事実である。
特筆すべきなのはその器用さだ。専用機<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>の特徴である大容量の拡張領域に収めた大量の武器を高速切替(ラピッド・スイッチ)でもって最大限生かし切ってみせるその器用さは驚異的で、ミシェルほど圧倒的かつ暴虐ではないものの攻撃密度も高い。
攻めは退き、退いては攻める戦い方は本人曰く『砂漠の逃げ水』という攻防一体の手堅くもいやらしい戦法であり、一夏も得意の接近戦に持ち込めれなかったり、時にはその接近戦で押されたりと翻弄されっ放しにされたものだ。
一夏としては『砂漠の逃げ水』は相手のリズムをずらして攻め手を崩す『打ち拍子』と、逆にリズムを合わせて相手を自分の意に誘導する『当て拍子』を彼女なりに組み合わせた技術だと読んでいる。流石代表候補生の看板は伊達じゃない。
「武装が<雪片弐型>しかない<白式>ではシャルロットの戦い方には対応し難いからな・・・・・・やはり主に俺がシャルロットの相手をすべきだろう」
「俺もそう思う。流石にショットガンとか連射されると散弾は全部斬り落とせないし」
「・・・・・・避けるんじゃなくて斬り落とすのが前提なのか」
最近はセシリアのビット一斉射撃も回避するよりも全弾刀で迎撃してしまうし、そろそろ一夏も常人からかけ離れて行ってる気がしないでもない。
「・・・・・・だが、いい加減ラウラも一夏の動きや戦い方に慣れている筈だ。昨日は意表を突いて格闘戦に持ち込んだお陰で良い所までいっていたが、流石に次も通じるかは分からないぞ」
「そっちは考えてあるんだよ。ミシェルかシャルロットと一緒じゃなきゃやれない手だけどな」
そして一夏はミシェルに耳打ちした。
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今回は切りの良い所で終わらせたつもりなのでちょい短め。
ラウラは主人公とシャルの娘ポジと当初から決めてたり。2人の影響で性格も原作よりちょっと丸いです。だって黒猫だし見た目も1番幼いs(ギャー
そろそろセシリアも少しは良い目を見せた方が良いのか・・・でもこれ以上くっつけるのもあれだしなぁ・・・・・・
匙加減が難しいですハイ。