ようやくこの時が来た。
長かった、と思う。意外と早かった、気もする。
アリーナの中心部、10m程の距離を置いて睨み合う白と黒の機影。外気に曝け出される互いの瞳は、相手を捉えて離さない。動かない。
「遂にこの時が来たな」
「ああ・・・・・・待ち侘びたぜ」
「ふん、それはこちらのセリフだ」
決闘の立会人として集められたのは常に一夏と行動を共にしているミシェル達に加え、織斑千冬と山田先生もまた相対し合う2人を静かに見つめている。
一夏は<雪片弐型>を下段に構え俊足の踏み込みを何時でも発動できるよう足に力を溜めこむ。それだけで一夏の放つ気配はその手に握る刃もかくやな鋭さを孕んでいた。
ラウラは両腕からプラズマ手刀を展開。飛び道具を有しながら敢えて一夏の得意―というよりもISの都合上それしか出来ない―である接近戦で相手をしてやろう、という無言の挑発が滲み出ている。
「――――織斑一夏、参るぜ」
「何処からでもかかってこい。このラウラ・ボーデヴィッヒ、逃げも隠れもしないぞ」
それだけで十分。同時、2人の口元を微笑みが過ぎった。
――――笑みとは本来攻撃的なものであり、獣が牙を剥く行為が原点である。
「いざ!」
「尋常に!」
「「勝負!!」」
白と黒の弾丸が激突した。
――――――観客達の会話:
「えらいノリノリですわねあのお2人は・・・・・・」
「っていうか一夏はともかく、相手の方もあんな口上何処で知ったのかしら?」
「・・・・・・・・・・(多分クラリッサさんだろうなぁ)」←心当たりがあるけど実は間違ってる人
「・・・・・・・・・・」←教官の生まれ故郷について詳しいからとしょっちゅう話を聞かれた&海外独特の日本の勘違いっぷりに耐えかねて知ってる範囲で侍とか武士道とか色々語ってしまった奴
一瞬の交錯。それだけで2人は相手の技量を悟り直す。
「(いっぺん生身で戦って分かってたけど!)」
「(1度拳を交えて理解していたつもりだが)」
「「(やっぱりコイツ(この男)、できる!)」」
擦れ違ってからすぐさま反転し、互いに相手へと斬り込む。
ラウラのプラズマ手刀は超高音で主力戦車の装甲すら溶断するが、代わりに<雪片弐型>の様な実体刀を受け止めて防御する事は出来ない。それは一夏の方も同じ条件なの弾いたり受け止めたりしようとしてもそのまますり抜けてしまうのだ。
そもそも普通は大抵の金属相手だと触れた途端に蒸発させられるのだが、<雪片弐型>に限ってはどんな素材に出来ているのか焦げ跡1つつかないのである。
なので2人は相手の攻撃を受けるのではなく避ける事に専念する。
一夏の剣捌きが緩急織り交ぜた一陣の風なら、ラウラの2刀流は竜巻の如く激しさ。プラズマ手刀そのものに重さはほぼ存在しない為身体の動きが鈍る事はない。それを生かした連続攻撃。
負けじと一夏も怒涛の斬撃を繰り出す。突き、そこから刀を傾け斬り払い、決して大振りにせずコンパクトな斬撃で隙を作らない。攻撃の手を緩めない。
ラウラがバックステップで距離を取ろうとした。そうはさせまいと一夏は大きく踏み込み、シールドごとラウラも貫かんとする勢いで裂帛の突きを――――
「っ、ヤベェっ!」
逆に自分からラウラから距離を取った。まだ完全に重心を前に載せる直前だったから間に合ったが、もしあのまま突っ込んでいたら、
「フン、やはり停止結界に気付いていたか」
「ああ、しっかりとミシェルから話は聞いてたからな」
ラウラは右手を突き出して悠然と仁王立ちしていた。
AIC、アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。ラウラは『停止結界』と呼んでいるらしいそれは、対象を任意に停止させられるという無敵の盾。
ミシェルのISには<シールド・オブ・アイギス>としてビットに搭載されている存在だが、ラウラの場合は<シュヴァルツェア・レーゲン>の腕部に内蔵されている。
まずは敵を知る事が戦いの基本中の基本。この日の為にラウラをよく知るミシェルから話を聞いておいた。
「お前の停止結界の弱点も聞いてるぜ?エネルギー兵器や操縦者が反応し切れない攻撃には効果が無いんだってな」
「それがどうした?こちらも貴様のISの弱点は聞かせてもらっているぞ。貴様のISには、その刀1本しか武装が無い事だとな!」
アリーナで宣戦布告されたあの日、一夏に向けてきたのと同じ大型のレールカノンがラウラの右肩に展開される。
「吹き飛べ!」
チャージ、発射、着弾。避けた一夏の背後から衝撃波が砂交じりの追いかけてきた。連射速度は遅いが、その見た目に相応しい威力を持っているようだ。
「逃げ回るだけか?ならば精々無様に這いずり回れ!」
「ご生憎様、やられっ放しは嫌いなんだよ!」
弾幕を張るタイプでなければなんとかなる。
アリーナの壁沿いに砲撃から逃げ続けていた一夏は方向転換し、真正面からラウラへの元へ飛んだ。
それを逃すラウラではない。真っ直ぐ一夏へレールカノンを照準し――――発射。直撃コースだとラウラは確信する。
だが当たらなかった。砲口から大口径の砲弾が飛び出すと同時に、斜め前へと軌道変更。瞬きする間よりも速く飛来した砲弾がすぐ横を通過し、衝撃波に<白式>装甲が震えた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「小癪な!」
ラウラは更に砲弾を連射。機動予測に加え照準を微妙に下へ向け、直撃狙いから地面への着弾による破片効果と衝撃波で一夏の足を止めようと試みる。
一夏は止まらない。しっかりと砲口の向きと発射のタイミングを見定めた一夏は、踏み込みを加速させる事で着弾の効果範囲外へと逃れ続ける。
既にラウラとの相対距離は<雪片弐型>の射程までISを用いた踏み込み3回分。瞬時加速を使えば最早零に等しい近さ。これならきっと、一太刀は入れれる筈。
ちょっと待て、と一夏の本能が囁いた。ラウラの顔を見ろ、ここまで近づかれて慌てている相手が浮かべる表情か?
思い出せ、ラウラの<シュヴァルツェア・レーゲン>の基本兵装はAICにプラズマ手刀、レールカノンに――――――
「甘いな」
両肩部と腰部パーツにも搭載された3対6個の誘導式ワイヤーブレードが広がるように飛び出した。包み込むような軌道を描いて一夏に襲いかかる。
横は塞がれた。後退すればレールカノンの餌食。逆に前に突撃?向こうは迎撃する気満々だ。
「舐めんなぁっ!」
一夏は今度こそ跳んだ。扇状に広がるワイヤーブレードの間、ラウラの頭上を空中で一回転しながら飛び越える。直後、一夏の立っていた地点に6個のワイヤーブレードが次々突き刺さった。
ラウラの背後に着地。気配を頼りに<雪片弐型>の切っ先を反転させると左脇から通して強引に後方へと突き出した。更に並行して大きく身を屈め頭の位置を低くする。
振り返りざまに一夏の首を撥ねる勢いで振り抜かれたプラズマ手刀が一夏の頭部から数cm上を通り過ぎ、実体刀の刃はラウラのISの肩部パーツに一筋の浅い傷跡を刻むに止まった。
すぐさま構えを戻しながら敵と向き合い直す。2人の顔に張り付いているのは、やはり不敵かつ愉しげでさえある獰猛な微笑だった。
「期待通りの強さで嬉しいぞ、織斑一夏」
「そっちも思った通り結構強いじゃねぇか」
「「だが――――勝つのは俺/私だ!!」」
再び接近戦に持ち込む。一夏の振るう刃はより鋭さを増し、ラウラの攻勢はより激しさを増す。生半可な者ではもはや目で追いきれない程の攻撃が交錯し合い、徐々に徐々に相手のシールドをに被害を与え出していた。
一夏の一撃の威力の差をラウラは手数の多さで補う。今の状況はどちらかといえば一夏にとってありがたい状況であった。これだけ激しくやり合っていれば停止結界を発動させる余裕もないからだ。
しかしここでラウラはプラズマ手刀以外にもワイヤーブレードも接近戦に用い始める。途端に一夏の攻撃の激しさよりもラウラの手数の方が上回るようになった。攻勢に出るよりも回避に専念せざるを得なくなる。
「だーっ、うっとおしいなそれ!そんな武器あるんなら俺にも1つよこせ!」
「欲しいのならばくれてやろう。1つだけと言わず全部貰っていけ!」
「そいつは勘弁!」
ワイヤーブレードは個々がまるで空中でのたうち回る蛇のように複雑な機動で一夏に食らいつかんとしてくる。とにかく厄介なのは一旦弾いてもラウラの命を受けてすぐに別の方向から襲いかかってくる点だ。
チクショウ、よくもまあ1度にこれだけの数をこんなに上手く操作できるもんだ。こっちは刀しか得物が無いってのによ!本当に羨ましいぞ!
しかもこうして距離を取れば、
「ほら撃ってきやがった!」
回避先を塞ぐように先回りしてくるワイヤーブレード達に足止めされた所で、今度はレールカノンの砲弾が一夏に牙を剥いた。目前に着弾、砲弾が爆発を起こし衝撃波に一夏は吹き飛ばされ、シールドエネルギーを一気に消費する。
両手足を使った四つん這いの体勢で着地する一夏。動きを止めたその瞬間をラウラが見逃す訳もなく、次弾に対ISアーマー用特殊徹甲弾を装填。今の状態なら直撃すれば一撃で勝敗は決する。
針で突き刺されるような一点に集中されたラウラの殺気を感じる。それが風船のように膨れ上がった。回避は間に合わない。だが、唯一の武器で魂でもある刀はこの手に握ったまま。
なら選ぶ手段は決まっている。
レールカノンの砲口から噴き出す強烈なマズルフラッシュ。
不安定な体勢から一夏は刀を下から上へ振り抜いた。その瞬間、両手を強烈な衝撃が襲う。一瞬後一夏の斜め後ろで砲弾が地面にめり込む。
セシリア戦で見せた弾丸切りを一夏は見事に成功してみせたのだ。正確には<雪片弐型>に当てて弾いたのだが結果は変わらない。直撃を免れた一夏は体勢を立て直す。
しかし代償もあった。
「(マズイ、衝撃で腕が―――)」
セシリアの時のレーザーとは違い、今回受け止めたのは超音速の大口径砲弾。比較的重い砲弾を超音速で撃ち出されて生じるその威力は戦車すらも正面から撃破出来てしまうのである。
そんな砲撃をISの手助けがあるとはいえ刀1本腕2本で受け止める方が無茶なのだ。砂の上に立てた木の棒と同じで、物が当たれば棒は折れなくても土台が破壊されてしまうのと同じ原理だった。
電撃でも浴びた様な腕の痺れと鈍痛が一夏の両手から肘までを支配している。大して徹甲弾を受け止めた筈の<雪片弐型>には刃こぼれの1つも見受けられない。本気で何で作られているのか気になってきた。
「(あんな砲撃もう1回か2回弾くので精一杯だ。せめて腕が回復するまで時間を稼がねぇと!)」
「どうした、もう1度その曲芸を見せてみろ!」
ワイヤーブレードと砲撃の多重奏はより激しさを増す。ラウラの攻撃は巧みで、ワイヤーブレードで逃げ道を塞ぎ気を取られればレールカノンが飛んでくる。着弾の衝撃波に動きが鈍ればワイヤーブレードが絡みつこうとしてくる。
動きを止めるな。動け。動け。動け。動け。動いて足掻いて逃げ続けろ。
・・・・・・いや、それだけじゃダメだ。このままずっと逃げたら追い込まれて負ける。攻めろ!
「(相手の空気を読み取れ。虚を突くんだ)」
狙い目は砲撃の瞬間だ。威力は高いが連射は利かないのは身を以って知った。1発目を避ければ勝機はある。
狙いは砲撃の引き金を引くその瞬間。それは気配で分かる。何度か回避していく内に砲撃する瞬間のタイミングも覚えた。このまま近づけずにジリ貧のままよりは短期決戦に持ち込んだ方が良いだろう。
降り注ぐ雨の様に飛んできたワイヤーブレードを回避。地面に着地し、一瞬動きが止まる。
――――そうだラウラ、お前ならこれで十分だろ?
鋭さを増す気配。それが最高潮に達した瞬間、一夏は前方へ身を投げた。予想通り放たれた砲弾は僅かに一夏から外れ遥か後方へ消える。瞬時加速発動。世界が遅くなる。
身体を僅かに捻じり、半身になって居合いの型を取ると峰側の刀身の根元に左手を添えて鞘に見立てる。
握力が完全に戻っていないが、<零落白夜>を展開した状態で高速抜刀による切れ味に瞬時加速の速度を上乗せして刃を押しつけるようにして斬れば、間違い無く絶対防御を発動させれる―――それが一夏の狙いだ。
勝負は一瞬。絶対に外せない。
「――――見えているぞ」
『金色』の瞳と目が合った。
いつの間にか外されていたラウラの左目を覆う眼帯の下、そこに隠れていた月の様に黄金色の光を秘めた瞳がしっかりと一夏を見据えていたのだ。
そう、特別なのはISだけじゃない。ラウラ本人も特別なのを一夏は失念していたのである。
<ヴォーダン・オージェ>。ナノマシンを用いた疑似的なハイパーセンサー。ミシェルの話では常日頃から着けているあの黒い眼帯はリミッター代わりだという。
超高速で真っ直ぐ向かってくる白の弾丸と化した一夏の動きをラウラは完全に把握し、余裕すら漂わせる緩慢な動作―そう一夏からは見えた―で右腕をゆっくりと持ち上げる。不可視の筈の停止結界、そのありとあらゆる物体を空中に縫い止めてしまうエネルギーが右の掌に集まっていく様子が、何故か一夏には感じ取れた。
もう方向転換は間に合わない。左右どちらへ方向を転じても加速が付き過ぎて停止結界の範囲内に飛び込んでしまうだろう。さっきみたいに上に跳んでも、しっかり動きを読まれているんだから絶対に捕まる。
どうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうする・・・・・・・・・・・!!
「はあああああああああああああっ!!!」
一夏は投げた。
匙ではなく、<雪片弐型>を。鞘から刀を抜くまでを居合い同様に、ただし握る手を途中で離す。
結果、全長が1m半を超える<雪片弐型>は切っ先の方をラウラの方に向けて一直線に突き進む。
「小癪なぁッ!」
投じられた刀は停止結界に絡め取られラウラには届かなかった。すぐに無手となった一夏の姿を探す。
停止結界を完璧に発動させる為に刀に意識を集中させたのが仇となった。一夏は投擲するとすぐ身を低くしたまま足を止めず、ラウラの意識が<雪片弐型>に奪われたその隙を突いて彼女の背後に回り込んでいた。
ラウラが気が付いた時には一夏の両腕は彼女の臍の下をガッシリ捉えていた。腰を出来る限り落としながら後ろから抱きついたので一夏の顔はISスーツの食い込み激しいラウラの小さなお尻に埋める格好になっているのだが、その時一夏の顔に浮かんだ笑みはその感触を楽しんでの物ではない。
ようやくラウラに一矢報いれる事への、歓喜の笑みだ。
箒の道場に通っていた頃は剣術以外にも無手でも対応出来る様古武術も仕込まれてきたし、誘拐されてからは千冬姉から、加えて山籠りでは稲葉先生や兄弟子からも一緒に習いに訪れていた少女と共に鍛えてもらいもした。
更に戦い方の幅を広めようと他の格闘技にも手を出し、不良相手に『テスト』を繰り返す事で実戦に足るレベルまで技を磨いた。この組み技もその1つ。
「どぅおりゃああああああ!!!」
そのまま豪快に後方へとぶっこ抜く。ラウラの視界が一瞬で反転、そして後頭部から背中へ突き抜ける衝撃。鍛えられたラウラが反応できない程の高速バックドロップである。
まさかIS同士の戦闘でこんなプロレスの大技が見られるとは思わず唖然となる観客を余所に、ホールドを解くと高々天に伸ばされたラウラの足が地面に落ちるよりも速く今度は右腕を取り、手首と肘を捻じり上げる。
おまけとばかりに関節を極められた腕の根元、右肩を一夏は思い切り踏みつけた。元より腕の3倍の力を持つとされる脚力をISで強化した上に、踵という人体でも特に硬い骨をそれだけの力で叩きつけるのだ。まともに入れば絶対防御すら発動してもおかしくない。
右肩を踏みつけられる直前、ラウラは自由だった左腕で右肩を庇った。足と肩の間に左腕を割り込ませ、前腕の装甲で踏みつけを防ぐ。装甲が小さくひしゃげ左肘から先が軋み、吸収しきれなかった衝撃が身体を揺さぶった事でねじ曲げられた右腕が悲鳴を上げた。
だが耐える。この程度、訓練で散々してきた痛みだ。肉体の痛みよりも精神の痛みの方が1万倍強烈で苦しい事をラウラは身を以って味わってきた。だから耐えられる。
「私の上から、どけぇ!!」
荒々しく足を振り上げ、無防備な一夏の背中を蹴った。思わずバランスを崩してどいてしまう。足を下ろす反動と腹筋を生かして地面から跳ね起きる。
一夏が後ろ回し蹴りを放つ。それをラウラは地面に這いつくばるようにして避けると同時に、その体勢から前後反転して一夏の軸足を払う。足払いというよりは草を刈り取る鎌の様に鋭い変則的な下段回し蹴りだった。
今度は一夏の方が背中から倒れ、ラウラが馬乗りになった。マウントポジションから殴る。殴りまくる。一夏も両腕でガード。金属の拳と装甲が何度もぶつかり合って耳障りな音色を奏でる。
「貴様は、いい加減、私に、やられろっ!」
「誰が、あっさりっ、負けを、認められっか!」
「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!!」
「んぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ!!」
ラウラの拳を一夏が両方とも受け止め、また殴られまいとそのまま離さない。ラウラが一夏にのしかかる体勢のまま、2人はアリーナの中心で睨み合う。
拳はお互い封じられた。しかし武器を失おうとも、拳を封じられようともまだ手段はある。
―――――人間の頭も、十分鈍器に相応しい固さを誇っているのである。
「一夏あああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「ラウラあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
2人は大きくのけ反って、ほぼ同時に額を相手に叩き込んだ。
ぐわあぁ~~~~ん・・・・・・と、誰も聞いた事もない奇妙な打撃音が空間に響き渡り。
観客が目の当たりにした光景は、額同士が激突した体勢のまま固まった2人の姿だった。
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
5秒経過。動かない。10秒経過。未だ硬直したまま。
やがてどういう事なのか最初に思い至った千冬は、やれやれと額に手を当てながらこう宣言した。
「――――終了だ。山田先生、グラウンドに入れるようにして下さい」
「えっと、どういう事ですか・・・・・・?」
「あの馬鹿ども、2人揃って気絶しています」
「えええええっ!?あっ、本当です!」
ISから送られてくる2人のバイタルが表示された手元の端末を見ながら素っ頓狂な声を上げた山田先生を放って、観客の一部は額をぶつけ合った体勢のまま気絶している2人を黙って見つめ続ける。具体的には箒と鈴とセシリア。
何故かといえば、仲良く意識を失っている一夏とラウラの姿勢が理由である。
「何をしている!早く目覚めんか一夏!」
「近過ぎよバカー!さっさと起きろー!」
近い。近過ぎる。額と額が完全に密着状態のまま器用に固まっているせいで一夏とラウラの顔は鼻と鼻がしっかり触れ合う位の近さなのである。
顔と顔の距離が近過ぎて、少し離れてしまえば何かもうラウラが一夏を押し倒して唇を奪っているようにしか見えない。マジでキスする5秒前通り越して5mm前ってなもんである。どちらかが少しでも身じろぎすれば確実に唇が触れ合うだろう。
そしてこんな時に限ってそれが現実になるのがお約束ってもんである。
「んっ・・・・・・・」
ラウラが、目を閉じたまま悩ましげな声を漏らした。意識が覚醒しかけなのかほんの僅かに無意識に身体を揺らし。
絶妙なバランスで触れ合っていた額の位置がずれ、化粧っ気が無いにもかかわらず桃のように瑞々しい小さな唇が一夏の口元に触れた。
「な」
「え」
「あ」
「む?」
時が凍る。少女達も凍る。ラウラの意識が完全に覚醒する。ぶちぶちぶっちん、と何かが切れる音をミシェルとシャルロットは確かに聞いた。
文字通り人間兵器として育ってきた少女の視界にまず飛び込んできたのは目を閉じたにっくき男の顔のどアップであった。
「な、何をするだあー!?」
「はぼっく!?」
顔面にめり込む手加減なしの右ストレート。面白いように地面と平行に飛んでいく一夏の身体。
強制覚醒させられた0.1秒後に今度は永眠させられそうになった一夏は状況が掴めないまま、拳を振り抜いた体勢からして頬の激痛の下手人であろうラウラに抗議をしようとして、
「のわあ!!?」
横合いから飛んできた衝撃砲とレーザーをかろうじて回避。そっちの方を見たら鬼神が3名ばかし居られましたよ?
約1名は自前の機体が無い代わりに真剣を構えている。一体何処から出した。
「分かっている、分かっているのだ。今のは単なる事故なのだと・・・!」
「でもねえ、だからって納得いかないのよ。目の前でそういう事されちゃうとさあ!」
「恨めしいですわ妬めしいですわどうしてわたくしばっかりあんなポッと出にまで唇を許しているのにどうして私だけ(ry」
「何だかよく分からないけど、不幸だ―!」
砲撃爆発悲痛な悲鳴。
「―――――ねえ、どうする?」
「・・・・・・とりあえず、止めに入るぞ」
「やっぱり。だと思ったよ、はあ」
大きな溜息を吐きながら専用のISを展開するデュノア夫婦の背中は、諦観と心労が滲み出ていたという。
――――――織斑一夏VSラウラ・ボーデヴィッヒ・第1回対戦成績:両者ノックアウトによる引き分け
==================================================================
後半が格闘戦になっちゃったのは某映画の影響大です。
ドニー・イェンは神。