いいぜ、決着をつけてやる――――――
その瞬間。一夏とラウラ、双方が浮かべる表情はとても似通ったものに変貌していた。
すなわち、獲物を前にした獣の浮かべる凶暴な笑み。
「お、おい一夏!?」
「皆は下がっててくれ。巻き込まれないようにな」
一夏の右手には既に展開された<雪片弐型>が握られている。ラウラも似たようなもので、身の丈ほどもある大型のレールカノンを右肩に載せ、真っ直ぐ一夏に向けていた。
周囲に広がる緊迫した雰囲気に、他にアリーナに居る生徒達が睨み合う2人の方を一斉に見た。明らかに危険な空気にどうすればいいのか分からず、顔を見合わせて不安げに立ち尽くしている。
・・・・・・そんな周囲の様子を見て、溜息を吐きつつ動く存在が1人だけ居た。
「・・・・・・ストップだ、2人共」
「ミシェル?」
「何のつもりだ、ミシェル・デュノア」
「・・・・・・時と場所を考えろ。この場に居る全員がISを持っている訳じゃないんだ。巻き添えを食って何かあったらどうする。ラウラも軍人なら、コラテラル・ダメージ(付随的被害)を考慮したらどうだ」
「む・・・・・・」
一瞬だけ自分達の間に割り込んできたミシェルを強く睨んだラウラだったが、ふんと鼻を鳴らすとISの装着を解除する。
「ふん、今日は退こう。また次の機会に決着をつけさせてもらうぞ」
「俺は何時でも良いぜ」
言い返した一夏に何処か満足げな猟犬の笑みを向けて、ラウラは立ち去る。
バトる気満々な友人の様子に、2度目の溜息を漏らしながらミシェルは振り向くとおもむろに一夏の額にデコピンをお見舞いした。
バチィン!という空気が破裂したような炸裂音は最早デコピンのレベルじゃない気がするが。いきなりの友人の暴挙に不意を突かれた一夏は悶絶中。
「・・・・・・一夏も、あっさり挑発に乗るんじゃない。周囲の事も考えて行動するべきだ」
「め、面目ない。それにしてもあー痛ぇ」
「当たり前だ・・・・・・痛くしたんだから、な」
男同士のやり取りを見ている内に調子を取り戻した少女達も口々に喋り出す。
「何を考えているのだまったく。そう簡単に刀を抜いてやり合おうとしてどうするのだ」
「そーよ一夏。アンタってばしばらく見ない内にまた喧嘩っ早くなってない?」
「しかし相手も相手ですわ。転校してからこの方一夏さんを敵視してばっかりで、何を考えていますのやら」
「うーん、やっぱりそう簡単には直らないかぁ・・・・・・」
1人シャルロットだけが、ラウラの事を心配そうに気遣うのだった。
アリーナでの訓練が終わった後。
箒と鈴は千冬に呼び出しを受けて寮長室に引きずり込まれていた。早くも険呑な気配を放って仁王立ちしている千冬の姿に箒の額には冷や汗が浮かび、鈴に至ってはカチンコチンに固まってしまっている。
それだけ2人にとって今の千冬は恐ろしいのだ。なにせ目の前にあらせられるは世界最強の乙女である。
それ以前に一夏の姉というだけで本能レベルで頭が上がらない。というか、2人にとってはそっちの方が重要だった。
「貴様ら2人を呼びだした理由は理解できているな?」
「・・・・・・一夏との事、ですね」
重々しい雰囲気を纏って千冬は頷きを返す。
四角いテーブルを挟んで向かい合い、千冬はそのテーブルに両肘を突いて組んだ手で口元を隠す格好の一方彼女に真正面から見据えられる箒と鈴はとても肩身が狭そうだ。
何だか雰囲気が往年の刑事ドラマの取り調べっぽくなってきた。一夏がこの場に居れば後は古いスタンドライトとカツ丼さえあれば完璧だな、などと考えたに違いない。でもって姉に内心を読み取られて引っ叩かれる所までが容易に箒と鈴には想像出来た。
「何か余計な事を考えてないか?」
「「いいいいいえ別に!?」」
何時の間に読心術スキルなんて身に付けたんだろうこの人。『千冬さんなら仕方ない』の一言で片づけれそうな辺りがまた恐ろしい。
「単刀直入に聞くぞ―――――貴様ら2人、既に一夏とは肉体関係に至っていると見て間違いないな?」
「ち、ちちちちちちふゆひゃん!?」
「にゃにゃにゃにゃにゃ、はにゃー!?」
直球ド真ん中な発言に箒と鈴の言語機能がエラーを起こす。
何を今更、と言いたげに首を振りながら千冬は椅子の背に身体を預けた。
「2日連続で一夏の部屋から出されたシーツに残された血痕・精液その他諸々の痕跡を見れば誰でも理解できるに決まっているだろうが」
「「あうあうあうあうあうあうあうあう」」
熱病患者の様に真っ赤な顔でうわ言を繰り返すようになってしまった2人の様子に千冬は大きく息を吐き出した。
千冬の顔からは不純異性交遊に対する怒りなどは感じられず、むしろ安堵の念さえ見え隠れしているのだが、パニクった2人はまだ気付いていない。
「落ち着かんか2人共。別に取って食おうなどとは考えていない。ただお前達の口から直接確認したいだけだ」
落ち着いた物腰の千冬の言葉に、少しづつ箒と鈴の思考能力が回復していく。
やがてチラチラとお互いを見交わしてから、どもりつつも口を開いた。
「そ、その通りです・・・・・・我々2人共、一夏とは恋人同士です」
「あ、あの、あのですね千冬さん、一夏が悪いんじゃないんですよ?一夏は本当は箒の方を選ぼうとしてたのに私が割り込んじゃったというか、ととにかく一夏と箒は悪くないんです!」
「何を言う鈴。そちらも一緒で構わないと決めたのは私の方だ。鈴も一夏も悪くはないぞ」
「私が聞きたいのは別にそういう事ではない。さっきも言っただろう、私はただ『確認がしたいだけ』だと。勿論、教師として色々と風紀を乱している事にも注意しなければならない立場なのも分かっているがな」
千冬は何処からともなく急須と人数分の湯呑みを取り出すと、順繰りに緑茶を注いでいった。
緊張の余り喉が渇いていた箒と鈴は、差し出された熱いお茶をありがたく頂く事にした。渋みの中に隠れるほのかな甘みが硬化しかけていた心を解してくれる。
2人がホッと安堵の吐息を漏らした所で千冬は続ける。
「どちらかといえば、今回お前達を呼んだのは教師としてではなくあの鈍いにもほどがあるあの馬鹿の姉として話を聞きたかったからだ。箒は実際にその現場に出くわしたからまだ分かっていたとはいえ、まさか鈴まであの朴念仁が捕まえてしまったのを信じかねてな」
IS学園で再会する以前から既に箒と鈴が一夏に抱いていた想いはとっくの昔に千冬も気付いていた。正確には気付いていないのは想いを向けられていた一夏本人だけであり周囲には丸分かりだったりしたのだが。
当初の学生寮の部屋の組み合わせで弟と箒が同室になったのに関しては、完全に単なる偶然だった。
本来もう1人の男性であるミシェルと同じ部屋にしてしかるべき筈だったのだが、その辺りは出来る限り自国の代表候補生兼男性IS操縦者に対し他の女子からの干渉を押さえたいフランス政府(&当人達)の強い要請を受け、夫婦揃って同じ部屋にされた経緯がある。
千冬が組み合わせに反対しなかったのは弟の相手が自分の友人の妹で幼馴染同士だったから、というのもある。弟への悪戯心も少しはあったし、弟を好いてくれている友人の妹への餞別、なんて考えもあったのは否定できない。
元よりその組み合わせは一夏の入学によって色々と学園の運営が混乱してしまい、一夏と箒の同居はそれが収束し学生寮の部屋の調整が完了するまでの一時的なものだというのはその時点で判明していた。
だから千冬はこうも考えてしまっていたのだ――――それが自分の最大の誤算と気付かないまま。
あの弟の事だ、たかが数週間同居したって箒には悪いが、彼女の気持ちに気付く事はないだろう、と。
箒自身、千冬から見るからに中々自分の感情を表に出さず怒って誤魔化すタイプのままだと思い込んでいたせいもある。
・・・・・・・・・・まさか1週間ぐらいで色々段階をすっとばす関係に至るとは思いもよらなかった。
げに恐ろしきは思春期の性のへ目覚めである。弟か、それとも幼馴染の方からなのかは千冬には分からなかったが、この分だとどうやらきっかけは箒の方かららしい。
そもそもの発端がどこぞのバカップル通り越した熱々夫婦のイチャイチャに当てられたと知ったら頭を抱えるだろう。
実際そうなった。
「きっかけは、ですね―――――――」
一夏と再会した初っ端から胸を揉まれ、それからも日頃デュノア夫妻のアレなスキンシップとか夫婦漫才とか見ている内に羨ましくてムクムクと衝動に駆られて結果自分から一夏に迫ったという一連の経緯を聞いて、千冬は頭痛に襲われた。
これは果たして誰の責任なのやら。ラッキースケベに定評のある弟なのか、場を弁えずベッタリしているデュノア夫婦なのか、暴走して肉体関係を迫った箒なのか、そもそも一夏と箒を同室になったのを放置した自分が悪いのか。
多分全てが原因だな、などと責任感に肩を落としつつ今度は鈴の方を見る。次は貴様の番だ、と目が口ほどに言っていた。
「わ、私の方は――――――」
一夏との再会から約束に関するやり取り、一夏の告白と賭けとその結果までを順番に説明する鈴。時折箒も加わって2人纏めて一夏の恋人になるまでの経緯を説明し終える。
「で、ずっと傍に居ながら自分達の気持ちに気付こうとしなかったその代償の代わりに2人纏めて自分達の面倒を見ろと弟に迫ったと、そういう事だな」
「「は、はい」」
「・・・・・・何と言えば良いのやら。半ば無理やり責任を取らされた弟を哀れむべきなのか、無理やり責任を取らせた貴様らに怒ればいいのか、そんな手段を取らせるまで女を追い詰めておきながら言われるまで気付こうとしなかったあの馬鹿をぶん殴るべきなのか、よく分からんぞ」
「で、ですから私が!」
「ううん私が!」
「やかましい。経緯は分かった。それがどうあれ、3人で上手くやっているのも見ていれば分かる。だが周囲からの目を考えろ。今はまだ落ち着いているし学園内での問題で済んでいるが、今後はどうするつもりだ?特に凰、お前は中国の代表候補生だろうが。もし国に戻される事になった場合はどうするつもりだ貴様は?」
一夏と鈴の関係が世界に広まれば、下手をすると国際問題に発展しかねない。
本人達にそんな思惑は無くとも、中国以外の国からしてみれば状況だけなら『世界に2人しか存在しない男性IS操縦者の片割れを中国が女を使って誘惑した』ように見えてもおかしくないのだ。
既に同じ所属国の相手と結婚しているミシェルと違い所属国があやふやな一夏は、最悪彼を巡って第3次世界大戦も勃発しかねない立場にある。今の一夏はそれだけの重要人物なのだ。
ちなみに箒の場合は、本人は嫌がるだろうが今度ばかりは『あの』篠ノ之束の実の妹である事が大きなメリットだ。織斑一夏の恋人(の1人)が彼女となると世界認定の『天災』たる箒の姉を刺激しかねないのだから、下手に手を出す訳にもいかなくなる(逆に束の反応を見ようと敢えて手を出してくる可能性も無くはないが)。
「その時は、その」
「・・・・・・まあ無理に答えなくても今は構わない。お前の場合はその可能性がある事だけでも肝に銘じておけ。弟が原因で戦争が始められても迷惑だからな」
「はい、分かりました・・・・・・」
鋭い眼差しで告げられた千冬の指摘に、哀れになるぐらい鈴の雰囲気が暗くなってしまった。ツインテールもいつもよりしょんぼりと元気が無く、隣の箒が心配そうにそんな鈴の様子を見ている。
「・・・・・・そもそも私も責められてしかるべきなのです。せっかく一夏が自分から決心してくれたというのに、それを踏みにじるような決定を下したのはこの私なのですから」
こちらも肩を落として申し訳なさ一杯の表情を見せたが、それを千冬は鼻で笑ってみせた。
「ふん、アイツがもっとしっかりと女からの好意を自覚しないからこういう事になったんだ。いい薬になっただろうし、本気で嫌がってる訳でもないんだから気にするな」
「しかし!」
「だから一夏は箒の事を選ぶって心に決めてたのに、そこに割り込んできた私が悪いんだってば!」
「お前もだ、凰。揃いも揃って自分の責任にしようとするんじゃない。限度を超えると茶番にしか見えなくなるぞ」
千冬は自分の分の湯呑みから一口啜ってから表情を切り替えた。大人の顔から1人の姉へ。鋭利な雰囲気と顔立ちが緩み、僅かだが千冬の口元には笑みが浮かぶ。
「だが2人一緒にというのは斜め上の展開だったが、私としてはお前達が一夏と結ばれて嬉しいと思っているよ」
いきなりコロッと変わった千冬の様子に2人はついていけず戸惑う。むしろ千冬の方が心外そうに眉を動かした。
「何だその顔は?祝福したのがそんなに意外か?」
「えっとその、もう少しアレコレ怒られるかなーなんて思っちゃったりしてたんですけど・・・・・・」
「確かに言いたい事は他にも色々あったが、お前達2人が一夏と結ばれてくれて喜んでいるのは紛れもない事実だぞ?昔からお前達2人があの馬鹿相手にやきもきしているのをずっと見てきたからな。それがついに実ったとなれば祝福したくもなるさ」
「しかし、流石に2人一緒となると認められないのも覚悟していましたが・・・・・・」
「私がそんなに小さい器の人間だとでも思っていたのか?それは心外だな」
「そ、そんなつもりはありません!」
「あのなあ、こう見えても私はお前達を応援していたんだぞ?教師からの呼び出しも忘れてシケこまれては流石に看過できないが、節度を弁えさえすれば見逃してやっても構わないと考えているし」
悪戯っぽい微笑みに気を取られ、箒と鈴は空返事しか返せない。
何というか、2人にとっての織斑千冬像は鬼軍曹並みに厳しいけど実はシスコンな姉御肌な存在だというイメージが強いせいで、こんな風に恋愛話を楽しむ姿はとても意外だった。
「さっきも言ったかもしれないが、一夏の相手がお前達であって私は安心しているんだ。お前達なら安心してアイツを任せられるし、お前達も一夏の事をきっと守ってくれると信じられるからな」
「それはやはり、一夏がISを動かせる事と関係が?」
「その通りだ。知っての通りこの学園には世界中から留学生がやって来ている。こんな事は言いたくないが、もし国の命令を受けた他の生徒共が一夏目当てに色仕掛けを仕掛けてきた場合の対処に頭を悩ませていた所だ」
教師の仕事がある以上四六時中弟を見張っておく訳にもいかないのである。
例えば転校してきたばかりのラウラだってドイツ製第3世代型ISのデータ取り以外にも軍の上層部から一夏の籠絡を命ぜられている可能性だってあるのだ。幸いにもラウラの性格からしてそちらを実行する可能性はかなり低そうだが、油断は出来ない。
その点で言えば箒と鈴、2人の場合はまず間違いなくその可能性は無い――――2人が本気で一夏を愛しているのを、千冬はずっと前から知っていたから。
誰かからの命令で一夏を籠絡しようと振る舞える程、2人が器用な性格の持ち主でない事もよく分かっている。
そして一夏に打算を抱えてすり寄ってくるような他の女を、この2人が一夏に近づかせる筈が無い。彼女達なら一夏を裏切らない。そういった意味で、千冬は2人が信頼できると言ったのだ。
どこぞの馬の骨とも分からないポッと出の女が相手だったら『弟はやらん』などと言ってやる所なのだが、この2人なら任せてもいい。千冬はそう思う。
それにもう2人は一夏とイく所まで行ってしまったんだし、そこまで深い関係になっているのに妨害するなんて野暮な真似をする気はなく。
「一夏の事を頼むぞ。女に対してはまだまだ鈍いままだろうからな。お前達が睨みを効かせておいてくれれば大いに助かる」
「勿論です!そのような矢から、一夏には指1本触れさせません!」
「それぐらい当ったり前よ!いざって時はぶった切ってからたんまり衝撃砲をお見舞いしてやるわ!」
「殺すなよ?どの手の者か尋問しなければならないんだからな」
もし他にこの光景を見ている人間が居れば背筋に寒気の1つでも感じた事だろう。それぐらい怖い笑みを3人は浮かべている。
・・・・・・今後一夏に近づく女は命がけになりそうだ。
「で、1つ聞きたいんだが」
「何でしょうか千冬さん」
箒と鈴はもう1口お茶を口に含む。
「一夏に抱かれた時はどんな感じだったんだ?」
そして同時に噴いた。予めその反応を予期していた千冬はひょいとお茶の毒霧攻撃を回避。
「な、ななななな!?」
「にゃにゃにゃにゃうにゃー!?」
「そこまで慌てなくてもいいだろう?弟の夜の『性』活を気にして何が悪い」
「だ、だ、だ、だからってですねぇ!?」
「にゃ、にゃ、にゃにをいきなり聞くんですにゃー!?」
「何ってナニだが?それに私もまだ処女なんでな、後学の為に『経験者』に体験談を聞いておこうと思っただけさ」
そんな事あっさりカミングアウトしちゃって良いんですかと突っ込みたいけど、更にカオスになりそうで突っ込めない。
やっぱり一夏の姉なだけあるわこの人、と今更ながら感じてしまう。どうしてこうあっさり言いにくい事を素で聞いてくるかなぁ!?
ここまでサバサバ振る舞われるといっそ清々しい。
「それでやはり痛いのか?最後に一夏と風呂に入ったのは小学生ぐらいの頃に一緒に入ったきりなんだが、アイツの×××はどれくらい成長して――――」
「そ、それは、普段はこれぐらいなんですが、おっきくなった時はコレぐらいの大きさまで・・・・・・」
「で、でですね、一夏のが入っちゃった時はこう、(ぴー)で(ぴー)で(ぴーぴーぴー)な感じで―――――」
「・・・・・・成長したなアイツも。おっとそうだ、篠ノ之には渡す物があったんだった」
千冬がテーブルに置いて箒の方に差し出したのはファンシーなウサギの模様が縫いこまれた風呂敷包み。
「束からだ。お前にぜひ受け取って欲しいそうだ」
「姉さんから、ですか・・・・・・」
行方不明の姉からの贈り物と聞かされて嫌な予感に開けたくない思いが半分、怖いもの見たさが半分。
しばし悩んだ後、中身を見てみる事にする。入っていたのは何だかメカメカしい四角い箱。ゴクリと唾を呑みこんでから、意を決して蓋を開けてみる。
「これは・・・・・」
「・・・・・あの馬鹿め」
「えーっと、これって」
「「「赤飯、だな(よね)」」」
何で知ってるんだ、と箒は世界の何処かに居る姉をぶん殴りたくなった。
ここ最近のシャルロットの日課は、食事の時間に食堂に居るであろうラウラの姿を探す事だった。
彼女が転校してきてからは最低でも1日に1回、ラウラと食事を共にするようにしている。
大概彼女は食事を1人で取っている。食堂が混雑している時は逆に人で埋まっていない空間を探すのがコツだ。未だ彼女に自分とミシェル以外の友人が出来ていない証左なので少し悲しくなるが。
「今日も来たのか。ミシェルの事は放っておいていいのか?」
「そのミシェル方頼まれてるんだよ。ずっと1人だけで食べる食事なんてつまらないでしょ?」
今日のラウラの夕食はハンバーグステーキセット。付け合わせのロールパンにバターを塗りつけるラウラを見ながら、昼間の事を思い出してシャルロットは言った。
「―――――ねえラウラ。何時まで一夏の事を目の敵にし続けるの?織斑先生との事を気にしてるんだったら、あの原因は一夏を誘拐しようとした人達が悪いんであって一夏自身が悪いんじゃないんだよ?」
第2回モンド・グロッソにおける一夏誘拐事件に関しては当事者の1人であるミシェルから聞かされた程度の事しかシャルロットは知らない。
しかしそれを抜きにしても、ラウラと知り合った当初から彼女が孕んでいた一夏への憎悪は何処からどう見ても逆恨み以外にしか思えなかった。
だからそれを何とかしたい。ラウラも一夏や彼を取り巻く少女達と仲良くして欲しい。だって、どちらもシャルロットとミシェルにとってかけがえの無い友人だから。
だが、ラウラの返答は意外な物だった。
「何を言っている。これまではともかく、今の私は織斑一夏に対しそのような敵愾心など持ってはいないぞ?」
「へっ?」
予想外の言葉にしばし思考が停止する。それに気付いた風もなくラウラは続ける。
「確かにあの男は教官の偉業を阻んでくれた許されざる存在だ。そのような教官の手を煩わせるような軟弱者を認めるつもりは無かった―――――実際に会うまではな」
「そ、そう」
「奴はこの学園に居るこれまでの日々をぬくぬくと過ごしてきたISをファッションか何かかと勘違いしているような程度の低い連中とは違う。自分達の学んでいる事が『暴力』と『戦争』に関わる物事であると理解し、尚且つひたすら自分の力を磨く事に余念の無い男だ。強いて言えば、ミシェルに近い人間だな」
ラウラの言う通り、一夏もミシェルも日々トレーニングを怠らず戦いに必要なら自分でやれる範囲で何だってする人間だとシャルロットも思ってしまう。
「そして何より戦いの技術を『実戦』に用いるのに躊躇いが無い。拳を交えて分かったが、あの男は習得した戦闘技術を実際に『暴力』として用いた事が多々あるのだろう。そうやって実戦に自らの身を置いてより己を研ぎ澄ませてきたに違いない」
ドンピシャである。そこまで言ってパンを噛み千切りながら、アリーナで一夏と交わしたのと同じ獲物を前にした獣のように凶暴な笑みをラウラは浮かべる。
「このような平和ボケした国で教官以外にそのような人間に出会えるとは思っていなかったが・・・・・・上の命令でこんな所に編入されたかいもあるというものだ」
ここまで来ると、シャルロットにもラウラの内心が分かってきた。
つまり彼女は自分と同じだけの力量を持つ強者に出会えて嬉しいのである。まるでミシェルが教えてくれた漫画に出てくる強さを極める為に誰彼構わず戦いを吹っ掛ける武闘家だ。
こう言うのを何て言うんだっけ?ああそうだ、バトルジャンキーだ。
どっちかっていうとミシェルも似たり寄ったりな気がする。一夏も決闘申し込まれた時あっさりと売られた喧嘩買っちゃってたしなぁ。
「ああ、楽しみだなぁ。早くあの男と戦ってみたいものだ」
恍惚と、まるで遊園地に行くのを楽しみにしている子供みたいに楽しそうな声で呟いたラウラに、シャルロットは冷や汗を流した。
果たしてこれで良いのか、悪いのやら。
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反応が怖ひ・・・こういう女同士のトークは難しいです。野郎の馬鹿話は書き易いんですけどね。
次回、1度目の一夏VSラウラ戦の予定