≪1組代表:織斑一夏VS2組代表:鳳鈴音≫
―――――クラス代表戦の第1試合は、まるで誂えたかのような因縁の組み合わせだった。
「ようやくこの時が来たわ・・・・・・今度は、約束忘れてないでしょうね一夏」
「ああ、今度はちゃんと覚えてるさ」
鈴の専用機<甲龍>は黒と紫というカラーリングの機体で、ミシェルのISとはまた別の意味で物々しいというか――――悪役っぽい機体だな、などと口に出したら間違いなく鈴が怒るであろう感想を一夏は抱く。
彼女の得物は1対の巨大な刀身の青龍刀―刀身部分だけで鈴の上半身よりも大きい―それ以外にはそれらしい得物は見当たらないが油断は出来ない。スパイク付きのアンロックユニットに仕込みがありそうな予感。
「女だからって手加減は無しよ。こっちも本気の本気でやらせてもらうからね!」
「分かってるよ、それに手加減なんて出来そうにないしな」
屋上での約束から数週間、それからも度々鈴とは顔を合わせたり見かけたりしている内に分かった事がある。
鈴は強い。普段の立ち振る舞いからも感じ取れる。転校するまで鈴は特に格闘技と化していなかったのは間違いないから、中国に渡ってからの1年余りでそれだけの技量を身に付けた事になる。
青龍刀を振り回す手さばきからもかなりの技量の持ち主だと読み取れた。幾らISの筋力補助があるとはいえ、あれだけ巨大な得物を片手ずつ淀みなく扱うのは難しい筈だ。
「(だからって―――――ここで負けちゃカッコつかねぇもんな)」
箒に自分から言ってしまったのだ。流石に此処で違えてしまえば、一夏としては男が廃る・・・・・・ああそこ、今更だろとか言ってやらない。
だから悪い、鈴。最後にそう詫びてから、<雪片弐型>を握り直し中段に構えた。
「へぇ、良い顔するじゃない」
言葉通り一夏が本気をだして自分と戦うつもりである事を鈴は感じ取った。
あんな顔をした一夏を鈴は何度か見た事がある。例えば剣道の試合の時。例えば鈴が中国人である事をからかいのネタにしようとしたクラスメイトから庇ってくれた時。例えば中学時代トラブルに巻き込まれた友達を助ける為にたった1人で十数人の不良グループを叩きのめした時。
そんな、彼に本気を出させるぐらい思われているあの少女・・・・・・篠ノ之箒の事が、鈴は無性に羨ましくて、憎たらしくて。
自分だって彼女に負けないぐらい一夏の事が好きで堪らないのに、一夏は――――――
「(ああもう、今は戦いに集中集中!!)」
とにかくこの戦いに勝っていまえば一夏は自分の物・・・・・・本当はそんな景品みたいな扱いしたくないけれど、それは一夏の自業自得。うん、そういう事にしておこう。
『それでは両者、試合を開始して下さい』
試合開始のブザーが鳴り響いた瞬間、2人は同時に飛び出していた。
「くっ!」
両者とも接近戦を挑んだは良いが、鈴の方は一夏の動きが予想以上に速い事と一夏の取った構えに気付いて、咄嗟に青龍刀をかざす。
十中八九鈴は何か隠し玉を持っている。ならそれを出す前に倒せばいい、と一夏は考えた。彼女には悪いがこれもまた兵法の1つであり、『本気』である以上出し惜しみする必要もない。
身を低くし、左手は峰に添え刀を握る右手は弓引くように構え、上半身を大きく右へと捻り、そして吶喊。
裂帛の気合と共に思い切り<雪片弐型>を突き出した。
切っ先は鈴が盾代わりにした青龍刀の『面』の部分に突き刺さる。両方の手が衝撃で痺れ、しかしそれでも一夏は後部スラスター翼を噴かして切っ先を押し込み、鈴は青龍刀を傾けてベクトルを斜め上へと方向転換させた。
結果、2人は交差し合ってからそれぞれ相手に向き直り、開始前とは位置が入れ替わる形になる。
一夏の全力の突きを受け止めた青龍刀の刀身には、ハッキリと見て取れる大きさの亀裂が刻まれていた。
「剣持つと馬鹿みたいに強いのは相変わらずみたいね!」
「まだまだ、こんなもんじゃねぇさ!」
「今度はこっちの番よ!」
両肩のアンロックユニット展開―――――<龍咆>という名の不可視の砲撃が連続で放たれる。
「一夏・・・・・・」
ピットでミシェルや千冬達と共に試合をモニターで見ていた箒は心配そうにそう呟く。
画面の中では一夏が何度も回避機動を取り続けていた。鈴のISから放たれる謎の攻撃が度々一夏の近くで炸裂している。
勿論箒は一夏を応援していた。授業前にもかかわらず注目を浴びながら教室から逃げ出した2人を追いかけた彼女もまた、あの屋上での会話をきいていたのだ。
鈴は自分と一緒だ。ずっと一夏を見ていて、ずっと一夏の傍に居て、ずっと一夏を想い続けて、そして一夏と望まぬ別れに引き裂かれて。
本来一夏が勝負に負けたら鈴の物になる、という賭けは箒は断固拒否し鈴に詰め寄ってもおかしくない事柄である筈なのだが、何故か今日この日まで箒はそうしなかった。
だって、彼女は自分なのだ。もし自分が鈴の立場で、今の箒の立場に鈴が居たのなら、箒も彼女と同じ事をしたのかもしれない。
いや、もっと酷い事になっていたかもしれないなと自分でそう思ってしまう。愛しさ余って憎さ百倍、もしかして鈴のみならず一夏に危害を加えようとしたかも・・・・・・
「(それに彼女もまた、一夏の鈍さに散々振り回されてきたみたいだからな・・・・・・)」
一種の連帯感?というか、同じ苦労を分かち合ってきた者同士、話も合いそうな気がする。
そう、例えば初対面の時は散々一夏を罵倒して馬鹿にしていたくせに、いつの間にか何食わぬ顔で自分の隣で虎視眈々と一夏を狙いつつ応援に加わっているイギリスの代表候補生とか。
「しかし何だあの攻撃は・・・?」
「『衝撃砲』ですわね。空間自体に圧力をかけて砲身を生成、余剰で生じる衝撃それ自体を砲弾化して撃ち出す、<ブルー・ティアーズ>と同じ第3世代型兵器ですわ」
「『衝撃砲』で一番厄介な所は砲弾も砲身も肉眼で見えないから、事前に弾道や軌跡が把握しづらい点だね。どうも射角事態もほぼ制限がなさそうだし」
シャルロットの言葉通り、モニターの中では鈴の背後を取ったにもかかわらず、刃が届く前に吹き飛ばされる一夏の姿が。
「やっぱり一夏の<白式>の最大の弱点は射撃兵装が存在しない事だね。拡張領域も一杯だから後付武装でも補えないし、一夏自身の技量が凄くても限界があるよ」
「何を世迷い事を言っているデュノア妻。ならば刀1本で十分なほどの技量を身に付ければ良いまでの事。それが出来ないという事は一夏がまだまだ未熟な証だ」
「さ、流石文字通り刀1本で世界最強になった人の言う事は違いますね、あはははは・・・・・・」
引き攣り笑いを貼りつけた山田先生の声はとても乾いていた。そういえばそうでしたね貴女、とこの場に居る全員同じ感想を浮かべる。実際にそこまで上り詰めた最強の乙女の言葉はやはり桁が違った。
―――――それに最初に気付いたのはミシェルだった。
「む?・・・・・・・どうやら衝撃砲の攻撃を見切り始めたみたいだぞ」
「ええっ、本当ですか!?」
右へ左へ上へ下へ前へ後ろへ。傍目にはひょいひょいと動いているだけにも見えるが、その度に一夏の後方で起こる爆発が確かに衝撃砲の攻撃を悉く回避しだしたのを示している。
着実に見えない砲撃を避けて避けて避けて鈴の懐に接近。打ち込まれる<雪片弐型>の連撃。それを鈴は両手の青龍刀で弾く、受け流す、受け止める。
しかし技量と経験が違った。ISに触れて1ヶ月程度しか経験が無い一夏だが、それを補って余る古流剣術の技術と不良相手の対人戦の経験がその身に刻まれているのだ。
対して鈴は1年で代表候補生にまで上り詰めるだけの才能とそれに比例するISの操縦経験はあっても、対人戦の経験と密度は一夏に及ばない。
故に、少しずつだが鈴は押されていく。得物の関係で手数が多い分シールド無効化攻撃を行わせる余裕は与えずに済んでいるが、このままでは時間の問題だ。
『ああもう、うっとおしい!』
斬撃を受け止めた衝撃で後退してみせた鈴が再度<龍咆>を展開した。一夏は鈴を見据えたまま真っ直ぐ突っ込み、そこへ鈴が砲撃を撃ち込む。
―――その瞬間、一夏はほぼ直角に真横へと方向転換。一夏が直前まで居た軌道を通り過ぎていく衝撃波。
これで確信出来た。一夏は完全に『龍咆』の弾道と発射のタイミングすら見切っている。
「凄い、一体どうやって見えない攻撃を見切っているんでしょう?」
「大体はオルコットと戦った時と同じ要領だろうな。相手の些細な仕草まで決して見逃さず、攻撃の際僅かに緊張するその瞬間の気配を読み取っているんだ」
「では見えない攻撃の軌道まで把握出来ているのはどういう原理なのですか?」
「一夏の機動をよく見てみろ」
砲撃をかいくぐっては一夏が斬りつけ、何とか猛攻を凌いだ鈴が距離を置いて仕切り直す。
時折、一夏の攻撃を完全に受け流せなかった鈴がバランスを崩し、一夏が鈴の横や背後に回り込む形になる。一見チャンスの様に思えるが、一夏は敢えて見逃がすかのように精々一撃二撃加えては彼の方から距離を取って鈴の反撃から逃れてから、再度鈴と正面から相対し直す。
よく見てみれば、度々その一連の展開が繰り返されているのが分かった。
「常に鳳さんの視認範囲内に敢えて位置どる様にしている?」
「そういう事だ。恐らく鳳の<龍咆>は網膜の動きを読み取って照準を行う代物の様だが、ISの全方位視覚接続を用いれば一々目を向けずとも背後だろうが攻撃を行う事が可能だ。
――――だが織斑はその照準システムを逆手に取って、逆に鳳が何処を狙っているのかを先読みしている。相手の『目』を見て、な」
「・・・・・・つまり相手の肉眼の視界内に身を置き続ける事でワザと自分を目で追い続けるように仕向けて、尚且つ相手の目の動きを追い続ける事で衝撃砲の照準を先読みしていると?」
「正解だデュノア夫。照準の方法目の動きと照準が一致するからな――――どうやら鳳には攻撃を見切る以外にも別の効果を与えているように思えるが」
よくよく見てみると、鈴の顔には不利な状況への焦り以外にも照れてるような様子が浮かんでいる気がする。
『ど、どんだけ乙女の顔をジロジロ見つめるつもりよ!この馬鹿!朴念仁!女ったらし!こっち見んな!!』
『悪いがそいつは聞けないね!つか悪かったな馬鹿で!』
『うっさい!そ、そんな見つめられると落ち着かないじゃない!』
「ああなるほど、そういう事ですか」
目に見える位鈴の顔に血の気が集まっている理由をセシリアは悟る。だって自分も似たような事があったし。
ぶっちゃけ見惚れそうになってしまっているのだ。想い人に凛々しい顔で穴が空く位熱い視線(セシリア&鈴視点)を送られてはそりゃ落ち着かないに決まっている。
「・・・・・・う、羨ましい」
「何か言った箒さん?」
「べ、別に何でもない!」
話している内容はどうにも甘酸っぱいが、試合の内容そのものはまさしく激戦と呼ぶに相応しい。
第2アリーナを割れるような歓声が包んでいた。観客の生徒達からしてみれば不可視の攻撃を悉く避けては刀1本で優位に攻め立てる一夏の技量も凄まじいし、それを凌ぎ続ける鈴の腕前も代表候補生に相応しいと認めざるを得なかった。
会場のテンションもたけなわ、鈴は一夏の動きに大分慣れてきたし、一夏の方も鈴の戦い方や癖をかなりのレベルで読めるようになってきている。
『――――そろそろ、決めるぞ』
『上等!』
一夏は<雪片弐型>を下段に構え、鈴は連結した青龍刀を手元で優雅に廻し続けて機動や間合いを読ませない。
急にアリーナを静寂が包んだ。遂に決着の時、一騎打ちの時。無粋な雑音は不要。会場内に居る全ての観客が息を呑む。ミシェル達の居るピットにもまた重苦しい沈黙が漂う。
――――誰かの手から、売店で売られていた飲み物の紙コップが滑り落ちた。
普通なら、少し離れれば殆ど聞こえない程度の軽い音。にもかかわらずそれは西部劇で決闘の合図に放り投げられたコインと同じ役割を果たす。
ステージの中央で相対していた一夏と鈴が同時に動く。<零落白夜>起動。
『りぃぃぃぃぃいいいいいんっ!!!』
『いいいいいぃぃぃぃぃちかぁぁぁぁあああああああああああっ!!!』
一太刀の元に決着が約束された果たし合いは。
―――――突如アリーナの遮断シールドを貫きステージに爆炎を生み出した一条の光弾によって中断の憂き目となった。
<白式>のハイパーセンサーが警告するよりも早く、一夏の感覚は煙の中から放たれる冷たく無機質で、しかしどこか薄い殺気を鋭敏に感じ取っていた。
ステージ中央に熱源。所属不明のISと断定。ロックされています。
「一夏、早くピットに戻って!すぐに学園の先生達がやって来て事態の収拾に当たるわ!私達は邪魔になるだけだから速くこの場から離れるのよ!」
敵の正体は不明。異常事態につき不確定要素多数。闇雲に侵入者に立ち向かうよりは、鈴の意見がこの場合は正しいだろう。
「分かった、早く戻ろ――――危ねぇ!!」
さっきから感じる人間味の薄いさっきの矛先が鈴に向いたと感じるや否や一夏は鈴に飛びついた。直後、鈴が浮かんでいた空間を熱線が通り過ぎる。
一夏の腕の中に収められた鈴はIS越し故悲しい事に彼の鍛えられた肉体の感触やら体温やらは味わえなかったものの、本気モードの一夏の横顔を吐息がかかるぐらいの近さで拝む事になって胸の鼓動急上昇。
すぐに持ち前の負けん気が頭をもたげて、弱弱しくも抗議の声を上げる。
「ちょ、ちょっと馬鹿、離しなさいよ!」
「緊急事態だ!我慢しろ!」
「あうぅ」
一喝されて即座に沈黙。一夏の言う通りだしまあ嫌ではないし。うん、我慢しなきゃ我慢。
とりあえず離れないよう鈴からも自分の身体を一夏の胸に押し付けておいた。ISスーツ越しにピッタリ浮き上がる厚くはないが逞しさを感じさせる胸の隆起が顔に当たる。これも不可抗力。不可抗力ったら不可抗力。
「あのビーム兵器、セシリアのISよりも出力は上だな」
解析結果を独りごちる一夏――――――『敵』が姿を現す。
ミシェルのISと同じ全身装甲型ではあったが、まさしく兵器然とした武骨さ満点のミシェルのISとはまだ別方向に異形の機体であった。
全身にスラスターが搭載され、腕はまるでテナガザル宜しく不釣り合いなほど長い。頭部と両腕部に複数のセンサーレンズ並びにビーム砲口。
「お前、何者だよ―――――つっても答えてくれるわけねぇよな」
一夏の中では乱入してきた機体はとっくの昔に『敵』と認定されていた。アリーナの遮断シールドを突破してビームをこちら目がけて問答無用でぶっ放してくる相手が友好的な存在な訳あるか。
『織斑君!鳳さん!今すぐアリーナから脱出して下さい!すぐに先生達がISで制圧に行きます』
「そうは言いますけどね山田先生。どうやら逃げ場は塞がれたみたいなんですけど。ほらアレ」
『――――って、ええ!?遮断シールドがレベル4に設定!?しかも扉が全てロックされてる!?』
「いつの間にかピットの隔壁も閉じてるじゃない!」
「こうなったら先生達が来るまで俺達で食い止めます。いいな、鈴」
「え、ええ。それからさ、動けないからそろそろ話して欲しいんだけど・・・・・・」
「ああ、悪い」
ようやく鈴を開放する一夏だったが、当の鈴の方は自分で言っておきながらどこか名残惜しそうに一夏の胸から離れた。
『織斑君!?だ、ダメですよ!生徒さんにもしもの事があったら――――』
「こんな事になってる時点で今更ですって!それよりも、来るぞ鈴!」
「分かってる!向こうはやる気満々ね!」
突進してくる敵IS。闘牛士の様にそれを鮮やかに回避する一夏と鈴。
専用機コンビと侵入者の戦いが始まった。
精鋭揃いの3年生達が遮断シールドの解除を試みていると千冬から教えられても、そう簡単に落ち着ける人間はこの場には居なかった。
「あの、先生。僕とミシェルだったらここからアリーナに突入できると思います」
「ほ、本当ですの!?」
「・・・・・・隔壁相手でも効果的な装備を俺もシャルロットもISに載せてある。それを使えば、恐らくはカタパルトを封鎖してる隔壁も突破可能だ」
「――――よし、なら行け」
千冬の決断は速かった。少しでも情報を集めようと機材に齧りついていた山田先生が驚くほどだ。
「織斑先生!?」
「知っての通り緊急事態だ。アリーナの遮断シールドを突破できるだけの火力を持った敵の矛先が観客席に向いてみろ。事態の即時収拾を行う為にも、少しでも人手が必要だ。専用機持ちならば尚更な」
「ではお2人共、すぐに参りましょう」
「ちょっと待てオルコット。何勝手にお前が指揮を取っている。デュノア夫、教師としての私の権限で3年の精鋭が突入してくるまではお前が2人の指揮を取れ。軍隊経験もあるお前なら少しは指揮官としての教育も受けているだろう?」
「了解・・・・・・行こう、時間が惜しい」
「分かってる!」
「い、言われなくとも!」
ふと、ミシェルはピットを離れる前にある事に気がついて眉を顰めたが、今は悠著な事をしてられないのですぐにシャルロットとセシリアの後を追いかけた。
全速力でカタパルトの元まで辿り着く。相変わらず固く閉ざされたままで、微かに分厚い隔壁越しにステージで繰り広げられる戦闘音が届いてきていた。
カタパルトについた時点で3人とも各々のISを展開してある。
「で、お2人の策というのは?」
「これの事だよ」
ミシェルの右腕、シャルロットの左腕のシールドの表面装甲がパージされ、その下に隠されていたのはとびきり物騒な近接用兵装。
シャルロットが装備しているのは第二世代型最強と名高い69口径パイルバンカー<灰色の鱗殻(グレー・スケール)>。
またの名を『盾殺し(シールド・ピアース)』とも呼ばれる一撃必殺を体現してみせ、リボルバー機構の搭載で連続打撃も可能という近接戦用兵装の極北。
ミシェルの右腕の装備も一応パイルバンカーらしい。らしい、とハッキリしないのは、ミシェルのそれが<灰色の鱗殻>からかなりかけ離れたデザインの得物だったからだ。
大砲の様に太い砲口から僅かに鋭利な先端が覗く鉄杭は<灰色の鱗殻>のそれより一回り太く、パイルバンカーというよりもむしろ寸詰まりな大口径の腕部装着型射撃兵装に思えてくる。それにリボルバー機構と対を成すオートマチック機構を搭載しており、砲身に沿う形でそれだけで十分鈍器に使える巨大な長方形のマガジンが取り付けてあった。
新型の100口径電磁加速型徹甲爆裂射突型ブレード<ウルティマラティオ>。
その意は――――――『最後の切り札』。
「・・・・・・突入後は装甲の堅い俺が先頭、シャルロットが制圧射撃、セシリアは最後尾から支援射撃を頼む」
「「了解(ですわ)!」」
「・・・・・・シャルロット。打ち込む時は微妙にポイントをずらしながら撃ち込んで欲しい。一点に集中し過ぎると、突入できるだけの穴が開かない可能性がある」
「分かった。それじゃあ行くよ!」
「ああ・・・・・・まずは夫婦の協同作業といこう」
実は意外とミシェルさんは冗談好きなのかしら?とセシリアはそう思った。
「そおぉっ、れっ!!!」
一旦隔壁から距離を取ってから、一気に機体を加速させつつ大きく身体の捻りを最大限生かして見事な左ストレートをシャルロットが放つ。
拳が直撃する寸前、薬室内で火薬が撃発。砲声と呼ぶに相応しい炸裂音とほぼ同時、それを更に上回る衝撃音が空間に響き渡った。
「まだまだ行くよぉっ!!!」
更に2発、3発。弾装内の弾を全弾使い切るまで殴る。殴る。殴る。建物の壁の繋ぎ目などが歪み緩むかと思えるほどの振動。一撃ごとに隔壁が削れ、罅が走り、脆くなっていく。
装填分が弾切れを起こしシャルロットが離れる。細いながらもかなりの範囲で亀裂が生じ、叩き込まれた部分部分がハッキリとひしゃげていた。
さあ、次はミシェルの番だ。砲身内エネルギーチャージ完了。安全装置解除。信管作動確認。
「俺から離れていろ・・・・・・!」
ミシェルの警告に従い慌ててセシリアは数mほどミシェルと破壊されかけの隔壁から距離を取った。シャルロットの方は言わずもがなさっさと離脱済みである。
先程のシャルロット同様、加速をつけて叩き込まれる拳。ミシェルの場合は低い姿勢から振り被った拳を上から下へ打ち下ろすロシアンフックスタイルで、複数刻まれた打撃痕の中心部、最も亀裂の線が集束した部分へと躊躇い無くブチ込んだ。
<灰色の鱗殻>の衝撃が乗用車の衝突なら<ウルティマラティオ>のそれは10トントラックの特攻だった。
反動の大部分をISが自動的に相殺してもハッキリと右腕に伝わる隔壁を砕く感触。杭そのものは隔壁を貫いても、ステージに突入できるような穴はまだ空かない。
―――――ここからが本番だ。
「――――かっ飛べ」
次の瞬間、鉄杭内部の指向性爆薬が、隔壁内部へとその威力を一点集中されて解放する。
脆くなっていた隔壁がステージ側目がけ文字通り爆発した。エネルギーの一部はピット側へも向かい、そちら側へも破片混じりの爆風が駆け抜ける。その瞬間思わずセシリアが悲鳴を漏らしてしまった程だ。
秒速キロメートルクラスに加速された巨大な鉄杭と、装甲やシールドバリアーを突破してから炸裂する指向性爆薬のコンボ。それはIS相手ならば、食らえば間違いなく一撃で絶対防御発動どころか強制解除にすら追いこむ威力を誇る。
使用済みの前半分が消失した鉄杭が機関部の後ろから弾き出され、マガジンから次弾が装填された。
再装填に縮めようの無い数秒がかかるが、実質弾の数だけ敵ISを撃破出来る、とまで言われているその威力こそ、『最後の切り札』の呼び名に相応しい。
「・・・・・・空いたぞ」
「こ、ここまで派手だと分かってるのでしたらもう一言注意してくれても良かったのではなくて!?」
「今はそれよりも!」
最初のミシェルの指示通り、隔壁に生じた直径数mの大穴からステージに飛び出す。
<シールド・オブ・アイギス>を2枚とも前面に展開したミシェルが先頭、両腕にアサルトライフルを構えたシャルロットが続き、その後ろに<スターライトmkⅢ>を両手で保持したセシリアが遅れて突入。
3人の視界に飛び込んできた光景は、
「―――――――――鈴・・・!!」
鈴に敵のビーム砲撃が直撃する、その瞬間だった。