「あ、あのさ、一夏―――――約束、覚えてる?」
「えーっと、あれか?鈴の料理の腕が上がったら毎日酢豚を―――――」
「そ、そう、それ!」
「――――奢ってくれるってやつか?」
「最っ低!!死ねっ、この馬鹿っ!!!」
ぶぁっちーん!!!!
「――――てな感じで、その場に居た箒からも『馬に蹴られて死ね』ってお言葉を頂いたんだが」
「・・・・・・で、その理由が分からなくて俺達に聞きに来たと?」
「そう、そんな感じ」
ベッドに腰掛けたミシェルは、顔に刻まれた紅葉の痕が痛々しい一夏の言葉に頭を抱えてしまった。
そーいやそういうイベントもあったようなあったような。2次創作でも大概出てきたイベントだから一応記憶には残っているけど、改めて当事者の口から聞くとうん、頭痛を覚えてしまう。
「うーん、約束の意味はよく分からないけどとりあえず僕も一夏はライオンに噛まれて死んじゃえばいいと思うよ?」
「よく分かってないのに笑顔で女の子がそんな怖い事言わないでくれよ!?」
ちなみに何故ライオンなのかはプジョーというフランスの有名な自動車メーカーの企業ロゴがライオンだからだったり他にも理由があったりなかったり。とりあえず乙女(但し非処じウボァー)的に鈴と箒側だ。これで3対1。尚も情勢は悪化の一途。
シャルロットはミシェルと同じベッドの上に女の子座りの姿勢でミシェルに寄り掛かっていた。彼の腹辺りに両腕を廻し、時々猫みたく顔を擦りつけている。
むしろシャルロットは子犬属性じゃなかろうか、などと益体もない感想を一夏は抱いてしまった。ほら、ミシェルに頭撫でられた途端高速回転するゴールデンレトリバーの尻尾が容易に幻視出来たし。
というかシャルロットの格好は地味なようでシンプルかつスタイリッシュなデザインのスポーツジャージなのだが、身体のラインがよく分かるのでキュッと引き締まった腰のくびれからお尻の曲線とか身長に不釣り合いなぐらい豊かな胸元とかについつい目が行ってしまい。
「・・・・・・・・・(ピキピキ)」
「ゴメンナサイ俺が悪うございましたなのでどうかその安全装置を外した銃をぜひともホルスターの中に御戻し下さい」
「やっぱり一夏も男の子だねぇ。でもそうがっつき過ぎると女の子に嫌われるよ?」
「・・・・・・・・(´・ω・`)ショボーン」
「ごめんごめん、ミシェルは例外だから!むしろ、えっと・・・・・・ミシェルならもっと激しくても構わないかなぁって。ああでも優しくしてくれるのも好きだよ僕」
「いや、何の話だよ
ナニの話ですが何か?
閑話休題
「はあ、わけ分かんねぇ。そこまで怒る約束なのかっつーの」
「でもきっと、鳳さんにとっては大事な約束だったんだと思うよ。彼女、泣いてたんでしょ?」
「うっ・・・・・・ならやっぱり俺の方が間違ってるって事になるのかな」
「本当にその約束をした時の事、ちゃんと思い出せないの?」
「多分小学校卒業する直前ぐらいだろ?そん時は全然余裕無かったからなぁ俺」
「何かあったの?」
「・・・・・・その頃はドイツから戻って来たばかりでさ。ミシェルの事で凹みまくってて、それから絶対強くなってやるって我武者羅だった時期だから」
寝食も忘れ、血豆が潰れても竹刀を振っていたのをよく覚えている。なにせ千冬姉から雷を落とされるまで止めなかったのだから。
そういえば遮二無二自分を鍛えるのに夢中になり過ぎて、鈴や彼女の親御さんからも心配されたっけ。
「・・・・・・スマン」
「いや別にミシェルのせいじゃないって!どっちにしたって俺の責任なんだし」
「もしかして『酢豚を奢ってくれる』って意味合いは似てるんだけど別の言い方だったとか」
「あー、かもしんないな。そんな気がしてきた」
しばし黙考。えーっと確か、あれは放課後の教室で、えっと、え~~~~~~~~~っと・・・・・・・・・
「ああそうだ思い出した!『料理が上達したら、毎日私の酢豚を食べてくれる?』だ!」
「良かったね思い出せて・・・・・・で、それってどういう意味なの?」
「え?えっとそれはだな」
再度首を捻って見解を絞り出す。
「俺は鈴がただ飯を食わせてくれるんだとばかり思ってたんだけど、ならそれぐらいであそこまで怒る訳ないだろうし」
「どうなんだろう、僕もそういう日本語独特の言い回しってあんまり詳しくないし。ミシェルは意味分かる」
シャルロットに話を振られたミシェルは何処か言い辛そうに口を引き締め、頭を掻く。
それから溜息をついてからようやく口を開いた。
「・・・・・・もしかしてそれは、『毎日俺の味噌汁を作って下さい』的な意味合いだったのではないか?」
「それってどういう意味なの?」
「・・・・・・要は日本流の遠回しなプロポーズだ。普通なら男の方から言う言葉の筈だがな」
「へーっ、そうなんだ。日本って変わった言い方するんだね―――――って、あれ、それって?」
少し遅れて言葉の意味が脳に沁み込んだシャルロットは、ゆっくりと一夏の方を見る。
一夏は、固まっていた。顔中冷や汗ダラダラ、落ち着かなさげにミシェルとシャルロットに視線を行ったり来たり。
「い、いや、冗談だろ?そんなの深読みし過ぎだって、あ、あはははははは・・・・・・」
しかし、激昂した鈴が別れ際に見せたあの涙。あれは多分本当にショックの余り浮かんだ涙だったと今更ながら思う。
まさか、鈴は、本気でその約束を?それを自分はすっかり忘れてて、そのせいで彼女を泣かせた?
「・・・・・・・・・・・・最低だ、俺」
呻きながら文字通りの意味で一夏は頭を抱えた。その姿は神に懺悔する敬虔な信徒にも似ていた。
彼は本気で、鈴との約束を忘却していた事を悔いている。当たり前だ、自分は幼馴染の少女の心を深く傷つけてしまったのだから。それを悔わず、何を悔う。
「どうすりゃいいんだ一体・・・・・・」
脳裏を過ぎるのは鈴と、そして彼女同様自分に想いを向けてくれていた箒の顔。
既に自分は箒の事が愛しくて愛しくてしょうがない。だけど鈴もこれ以上傷つけたくない。泣かせたくない。だけど2人の顔を上手く両立させる手立てなんて全く思い浮かばない。
いや、そもそもそんな2人の顔を立ててお咎め無し、なんて打算的な事を考える事自体間違っている。
「とにかく今日はもう遅いからさ、一晩じっくりどう答えるのか考えてから、明日になったら真っ先に謝りに行った方がいいと思うよ」
「・・・・・・そうするわ。押しかけてゴメン」
ノロノロとした足取りで部屋から出ていく一夏の表情は、まるで幽鬼の様だった。
一夏が経ち去ってしばらくしてから、心配そうな表情でシャルロットは呟く。
「これ以上ややこしくならなきゃいいんだけど・・・・・・」
「・・・・・・こればっかりは、どうにもならん。当事者同士でケリをつけるべき事柄だからな」
1025室には最早一夏1人しか居ない。
全ての電気を消し、窓から射す月明かりしかない部屋の中、ベッドに横たわった一夏の眼差しはぼんやりとしか見えない天井を向いているが、彼の精神は1つ1つ過去を見つめ返していた。
中学時代、もう1人の友人と一緒に騒いでいた頃。あの約束を交わしてからのその日々を、鈴は一体何を考えて過ごしていたのだろうか。一夏にはまったく分からない。
「・・・・・・・・・・」
ふと、無性に声が聞きたくなった。中学の入学式に知り合ってから、鈴が転校してからも卒業するまで一緒だった、定食屋の息子。恐らくは自分と鈴両方相手に最も長く接してきた赤髪の悪友。
勿論携帯に向こうの電話番号は登録してある。この時間なら、今頃バラエティ番組でも見てまだ起きてる筈。
「もしもし、弾か?」
『いよう一夏!何日ぶりの電話だよテメェ!女だらけの学校の感想はどうだ!?』
五反田弾の能天気な大声が耳に突き刺さる。
『羨ましいよなぁ。あれだろ、IS学園の女の子って可愛い子揃いってもっぱらの噂だぞ?つか替われ、今すぐ替われ。にしてもいきなり何で電話してきたんだよ。いや声聞けて嬉しいけど』
「あー、俺も久々に他の男の声が聞きたくなってさ。ほら、この学校って俺以外に1人しか男子がいないから」
『ああ例のファースト男性操縦者な。伝説の傭兵が年誤魔化して入ったんだっけ?』
「・・・・・・本人聞いたら多分泣くからそういう言い方は止めてやってくれ」
割と本気でそう思う。
『それともアレか、また揉め事に首を突っ込んじゃ暴れたりフラグ立てたりしたんだろ?』
「なわけねーよ!相手女の子ばかりなんだぞ!千冬姉に殺されるわ!」
『え、千冬さんも一緒なのか?』
「俺の担任。IS学園でいつの間にか教師やってたんだと」
『納得納得。なんつっても千冬さん『無敗の戦乙女』だもんな』
「それからさ、ついこないだなんだけど鈴も転校してきて―――――」
そこまで言ってから黙り込んでしまう。鈴の泣き顔がフラッシュバックし、電話の向こうで弾が言っている内容も素通りしてしまう。
弾も急に無言になった友人に向けてしばらくは呼びかけていたが、その沈黙の長さに相手がただ言葉を区切った訳ではない事を悟り、軽さの抜けた声に切り替える。
『・・・・・・何かあったのか?』
「―――なあ、弾。俺と一緒に馬鹿をやってた時さ、弾から見て鈴ってどんな様子だったんだ?」
『鈴がどうしたんだ?』
「分からなくなってきたんだ。鈴が俺と一緒に遊んだりした時、本当に鈴は楽しんでくれてたのか・・・・・・実は俺が気付かない所で、鈴を傷つけてたんじゃないかって」
『・・・・・・話してみろよ。アイツと何かあったんだろ』
弾と知り合う以前に鈴と交わした約束。自分はそれを勘違いしてて、そのせいで鈴を泣かせてしまった事。他の友人に指摘されるまで約束の本当の意味すら気付いてやれてなかった事。既に自分は別の少女と情を交わし、告白しようと決めていた事。
今度は弾が絶句する番だった。
『まさか唐変木の極みみたいな一夏が女に惚れた、だと!?オイオイオイオイまさか宇宙滅亡の前触れじゃないよな?』
「・・・・・・弾が本当は俺の事なんて思ってたのか今のでよーく解ったよ」
電話の向こうで咳払いの音。
『とにかくだ。一夏は他の奴から見て鈴が自分と居た時はどんな感じだったのか教えて欲しいんだな?』
「・・・・・・ああ」
『率直に言って、俺の目から見ても鈴がお前と一緒に遊んだりしてる時は本当に心から楽しんでたと思うぞ。鈴が自分なりに一夏にアピールしてたにもかかわらずお前がちっとも気付いてやれなくて、むしろ頓珍漢な答え返されたせいでお前をぶっ飛ばした時も含めてな』
「何だよそれ。でも今思い返すだけでも心当たりあり過ぎて胃が痛くなってきそうだ・・・・・・」
『そう気付いてやれなかった事に今ようやく気付いてやっただけでも十分成長してるって。お父さんは嬉しいぞうんうん』
「お前みたいな父親を持った覚えはない。そもそも親の顔なんて知らねーっての」
『・・・・・・すまん。ともかくだな、鈴が一夏の事が好きたっつーのはアイツの振る舞いからしてあの頃から丸分かりだったな。アピールされてる本人しかその事にさっぱり気付かないんだから、見てるこっちがぶん殴りたくなったぐらいだぜ?』
「ゴメンナサイハンセイシテイマス」
というかそれってもしかして箒と一緒だった頃もそんな感じだったリしたんだろうか。無性に箒にも土下座して謝りたくなってきた一夏であった。
『その癖クラス中の女子どころか他の学年だったり別の学校の女子にもフラグ立ててるし!覚えてるか、お前が剣道の大会に出た時学校中の女子がお前の応援に行ってたの』
「悪い、割と本気で腹切りたくなってきた・・・・・・」
つまりその分鈴をヤキモキさせ振り回してきたという事だ。ずっとあの約束を心に秘めていた彼女を。
「―――――っ」
知らず知らず唇を噛み締めていた。自分の事ばかりにかまけていた自分に、鈴へ何を言えるというのだ。
一夏が強くなろうと思ったのはただ守られるだけでなく、自分の力で大切な人達を守ってみせると決心したからだ。なのに、何という体たらく。
ただ力を手に擦るだけでは、大切な人達の心までは守れない。
鈴の想いに気付けなかった事自体が結果鈴を傷つけたのだとしたら、それは。
「ロクでもないにも程があるぞ俺・・・・・・」
『オイ、一夏、ナニ1人鬱ってんだ』
「俺はさ、これ以上鈴を泣かせたくないんだ。だからって鈴との約束を受け入れると、今度は他の、俺から気持ちを伝えるって約束したもう1人の女の子を泣かせる事になっちまう」
『お前なんてNice boatされちまえ――――と言いたい所だが、一応親友だから許してやろう。で、俺としてやはり長い付き合いの鈴を応援したい所だが、結局決めるのは一夏だ。だからお前が決めて、お前自身で決着をつけろ。当事者じゃないし恋人も居ない俺には、それぐらいしか言えねーや』
口調はいつも通りの段だった。けれど声そのものはとても真剣で、なのにとても温かかった。
友人の言葉に針金で絞めつけられていたように締めつけられ、鬱屈しかけていた一夏の心が緩み、腹の底のしこりが僅かだが軽くなる。
こんな風に胸の内をぶちまけて意見を求めるのは、ある意味逃げの1つでしかないと一夏も分かってはいる。それでもこればかりは毛色が違い過ぎて、黙って抱え続けるには一夏には難し過ぎた。
鈴、そして箒もこんな扱いかねる感情をずっと孕んで過ごしていたのだとすれば、それは尊敬に値すると切実に思う。
まったく、恋愛なんて自分には縁遠いものだと思っていたのに。
「とりあえず明日になったら鈴に真っ先に謝って――――箒との事を、伝えようと思う」
『お前が殺されない事を祈ってるよ』
「まだ死ぬ予定はねーよ。だけど、箒とそれだけの事をしてきた以上、責任を取らなきゃ、さ。勿論それ以外にも理由はあるけど」
『・・・・・・やれやれ、今度は鈴が俺に愚痴りに電話かけてくるんじゃないかこれ?』
弾の愚痴を最後に、通話は切れた。
―――――鳳鈴音にとって、織斑一夏とは何なのか。
小5の始めに転校してきてからの付き合いで同級生で幼馴染で家で経営してた中華料理屋の常連で一緒によく遊んだ男友達でからかわれたりした時は何時も止めに入ってくれた頼りになる男の子で結構強い剣道少年でだけど中学に入る前後からちょっと人が変わってもっと強くなる事に夢中になって人が困ってたりしてるとすぐに首を突っ込んでそのせいで意味無くトラブルに巻き込まれたり危険な目に合う上にその度に女の子にフラグ立てたりするもんだからそれが気に入らなくてそのくせその女の子達(鈴も含む)からのアプローチにはめっぽう鈍くて一体何人の女の子の枕を涙で濡らさせた事やらエトセトラエトセトラ。
だけどまあ、こういうのは先に惚れちゃった方の負けだというのは鈴もよーく分かってる訳で。
そもそも彼女にとって教室でのあの『腕上げて毎日一夏の為に酢豚作ってあげる』宣言は、元々はお遊び半分―でも本気も半分―で一方的に結んだ約束に過ぎなかった。
その時の一夏はとにかく見ていられなかったのだ。日頃の能天気っぽさはなりを潜め続け、いつもいつも泣きそうな顔をしてたのだから。断片的に聞き出せた話によると、旅行先で知り合った友達を自分のせいで死なせかけたのに一言も謝らないまま日本に戻って来てしまったとか。それを当時の一夏はずっと後悔し続けていた。
そんな彼の姿を見たくなかったから――――初恋の少年の笑顔が曇る所なんて見たくなかったから。
だから鈴は一夏にあの告白をしたのだ。今考えればもっとマシなやり方はなかったのかと言いたくなったりもしたけれど、後悔はしていない。少しでも彼の心労が誤魔化せればと、その時はそう思ったのだ。
その約束が鈴にとってかけがえのない誓いに変わっていったのは中学になってから。
そりゃあ一夏は小学生の頃からカッコ良かったし優しかったしスポーツも万能な方だから女子からの人気は高かったけど、一夏の人気が輪をかけて少女達の間に広まっていくのにそう時間はかからなかった。
とにかくこの年頃にもなると男女共々異性への興味が強くなり出す年代なだけに一夏の評判が元他校の少女達に伝わるのも速かったし、一夏本人の男前っぷりがその頃からより強くなっていった点も否定できない。
更に一夏の持ち前の正義感から同じ学校の生徒が不良に絡まれてたりすれば即座に助けに入っちゃうお陰で評判は鰻登り。おまけに助けられる相手はほぼ毎回女の子だったりするもんだから一夏争奪戦参加者が更に追加。
水面下では少女達の熾烈な激戦が繰り広げられていたのであった。それに鈴や弾が何度巻き込まれた事やら。いやま、鈴の方から参加する事もしょっちゅうだったけど。
そんな一夏に群がる少女達の姿を見ている内に、小学生の頃の半ば友情と混合した淡い恋心は急速に1人の女としての感情に変化していった。
それはある意味独占欲の塊でもあった。顔や評判みたいな上っ面しか一夏を知らない癖にすり寄ってくる連中に私の一夏を渡してやるもんか、という怒り。
アンタ達は本当を一夏を知ってるの?何で一夏が剣を振ってるのか知ってるの?友達に謝罪の一言も言えないままでいる事をどれだけ一夏が悔やんできたのか知ってるの?アンタ達はそれを知った上でアイツを支えてやる気はあるの?
ドロドロとしたそんな淀みを抱えながらも、鈴は一夏の前では笑顔であり続けた。別にそれは演技でもなんでもなく、心から浮かぶ笑顔だった。それと並行して、上辺しか一夏を見ないで近づいてくる輩をずっと遠ざけるのに身を削ってきた。彼には気付かれない様。
別れは唐突だった。いきなり両親が離婚する事になって、母親に引き取られた鈴は中国へと渡る事になった――――最後まで一夏への慕情を言葉にしないまま。
何故ならあの夕陽の教室での約束は鈴の魂に刻まれ続けていたから。その記憶だけで、鈴は頑張れるから。
だけど分かっていた筈だ。織斑一夏という少年が肝心な所でとんでもないポカをやらかすような相手である事は。特に女絡みでは尚更に。
本当、何都合のいい考えばかり思い浮かべてたんだろう?私がその約束を覚えてたって、相手が覚えてるとは限らないのに。
頭でそう理解は出来ても納得できないのが人間という物で、約束に秘めた乙女の想いを完膚なきまでに踏みにじってくれた一夏からは詫びの一言ぐらい向こうから言ってもらうまで許してやるもんかと鈴は心に決めた。
その一方で、これが長期戦になりそうな気配も鈴は何となくだが予感していた。だって一夏だし。
納得いかない事にはとことん頭を下げない性格な上に朴念仁なんだから鈴が怒っている本当の理由も・・・・・・約束に込めた意味も理解していない可能性が高い。非常に高い。
だから、
「本っっっっっっ当に俺が悪かった!!!!」
引っ叩いた翌日、鈴が教室に来て早々2組の教室に乗り込んできた一夏が鈴の机に頭を叩きつける位の勢いで頭を下げてきたものだから、思わず鈴は椅子ごとひっくり返りそうになったのであった。
「あー、本当にビックリした。一夏アンタねぇ、あたしに頭下げに来たのかそれとも驚かせて心臓止めに来たのかどっちなのよ」
「驚かせたんなら悪かったけど、とにかく『鈴に謝ろう』って気持ちで一杯だったからなぁ・・・・・・」
「ならもう良いわよ・・・・・・・(ま、まったく、本当に昨日の今日で謝りに来るなんて。まさか誰かに吹き込まれたんじゃ)」
「ん?何か言った?」
「別に!」
自分達に集中する教室中からの視線から逃れるため、一夏を引き摺って辿り着いたのは校舎の屋上だった。授業直前なので人気は全く無い。
彼の手を引いて屋上に飛び込んだ時の配置から、入口に背を向ける形の一夏に鈴が向き直ると、彼は真面目な表情で真正面から視線で鈴を射抜く物だから、鈴の胸の下で刻まれる鼓動が一気に激しさを増してしまう。
それから一夏は、小柄な鈴からでも彼のうなじが見えてしまうぐらい深く深く頭を下げた。
「もう1回言わせてくれ。本当に、悪かった。ずっと鈴は約束を覚えてくれてたのに」
「も、もう良いわよそれは。そこまで神妙な顔で謝られたら、これ以上文句のつけようが無いわよ」
そうか、と一夏は頭を上げ、今度も真面目な顔ではあるがどこか瞳を揺らがせ、言いだし辛そうにしばし口籠った後。
「あ、あのさ鈴―――――あの約束ってもしかして、『そういう意味』のつもりで鈴は言ったのか?」
破裂音すら聞こえそうな勢いで鈴の顔が瞬時に紅潮した。
「そ、それは、え、えええと、そのね、あたっあたしは違っ、いやいやいや違うくはないんだけど!!」
あ゛ーだの、う゛ーだの、うにゃああああああああっ!?だのしばらく喚き散らし。
「だ、だったらどうなのよ・・・・・・・・・?」
消え入りそうな声で、落ち着かなさげに自分の手を弄びながらも肯定の意を示した。
対して一夏は本当に、本当に辛そうな表情を浮かべ、一旦唾を呑みこみ息を大きく吐き出してから。
鈴との約束への答えを、告げる。
「―――――――――――ゴメン」
えっ、と鈴は目を見開いた。一夏の言葉の意味が理解できないと表情が如実に今の鈴の内心を現していた。
一夏は爪が肉に食い込むほど拳を固く握りながら、何とか用意しておいた答えを吐き出していく。
「鈴があの頃からずっと俺の事をそう思ってくれてた事は嬉しかったし、俺だって鈴の事は大切な相手だと思ってる――――でもゴメン。悪いけど、鈴の想いには応えられない」
「なん、な・・・・・・何で・・・・・・?」
「――――鈴以外にも応えてあげなきゃいけない子が居るんだ。変に固い癖に本当は甘えん坊で健気でさ、最初の頃が信じられないぐらいどんどんどんどんどんどんどんどん大胆になってくるし」
初めて2人きりで再会した時、涙交じりに本心を吐露してくれた箒の泣き顔。肌と肌を合わせた時の妖しい淫魔と無垢で従順な子犬が同居したような濡れた瞳。
結ばれる事への約束は鈴の方が先だったのかもしれない。だが先に抱いていた一夏への恋心を明確に、彼にも理解出来る形で示したのは箒が先だった。
「こんな言い方はおかしいかもしれないけど、あそこまでされちゃ責任取らないとな。俺も自分の方からアイツに応えようって、決めてたんだ。アイツも俺にとって大切な人だから」
だから鈴の気持ちには応えられないと、一夏は言った。
「勿論鈴の事は大切な―――――!?」
突然鈴が一夏の襟元に手を伸ばしてきた。余りにも唐突かつ予想外の行動に一夏は反応できず、更に鈴の細い足が一夏の足を刈る。
足元は石畳。下手に抵抗すると自分も鈴も危険であり事を悟り、敢えてそのまま地面に叩きつけられた。受け身は取ったので頭は打ってないし背中のダメージは軽減されたが若干呼吸が苦しい。
「鈴、何を」
「・・・・・・ざけないで」
仰向けになった一夏にマウントポジションを取った鈴が、掴んだままの彼の胸倉を引き寄せ、額同士がぶつかるのも気にせずキス一歩手前の近さまで顔を近づけた。
一夏の視界一杯に広がる鈴の顔に浮かんでいるのは、絶望。悲痛、憤怒、そして涙。
―――――ああクソ、また鈴を泣かせちまった。
「ふざけないで!あたしが、あたしがどれだけ、どんな思いでっ、アンタと一緒に居たと思ってるのよ!アンタが居るから此処まで来たのに!アンタが居たから、ここまでこれたのに!」
「鈴・・・」
「こんなの、こんな、これじゃああたしがば、ば、ば、馬鹿みたいじゃないの!忘れられて、ずっと気付いてもらえなくて、ようやく、ようやく気付いてもらえたと思ったのに・・・・・・!」
熱い滴が一夏の頬に落ちた。その熱から一夏は目の前の少女の抱えていた激情がどれほどの物なのか、改めて理解し直す。
今この瞬間自分がどれだけ彼女を傷つけ、苦しめているのかも。
「・・・・・・本当、俺って最低だな」
「ええそうね。アンタは男の中でも最低の大馬鹿野郎よ。今ここで殺した方が世の中の為みたいな気がしてきたわ」
一転、極寒の空気すら感じさせる無表情を顔に張り付けた鈴は身体を起こした時、第3者の存在に気付いた。
屋上の入口に黒のポニーテールが僅かに見え隠れしている。一夏の言っていたその相手が誰なのか、不意に鈴は悟った。
「そう、そうなの。彼女がそうなんだ」
「鈴?」
「ねえ一夏。確かに今のアンタは殺してやりたいぐらい憎い存在だけどね――――――それでもまだ未練もあるの。あたしは、かなり諦めが悪い性質だから」
またも放つ気配は変わり、次に浮かんだのは強烈な負の感情が入り混じった泣き顔でも、極まり過ぎて冷え切ってしまった激情を覆い隠す無表情の仮面でもなく。
「あたしはね、代表候補生の地位もクラス代表の地位も自分の力でここまで奪い取ってきたの。だから、アンタの事も自分の力で奪い取ってやるわ」
一夏のよく知る、強気で勝気な猫みたいな笑顔だった。
「今度のクラス対抗戦、あたしと勝負してあたしが勝ったらアンタはアタシの恋人になってもらうわ!!」
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恋愛描写マジムズい。
呼んで下さった方々、様々なご意見ありがとうございます。
厳しいご意見も多々ありますが、最初の前書きの通り細かい事は(AA略的な寛大な気持ちでゲテモノ的な何かのつもりで呼んでもらえると非常にありがたいです。
にしても指摘される前から自分で理解してたつもりですが、やっぱり自分の妄想というか書く作品書く作品がどうにも捻くれてるというか反社会的というか。
これで筆力があれば、またそれはそれでもっと読んでくれる人達を楽しませれるんでしょうけどねえ・・・・・・鬱だ。