俺が自分を鍛える事が好きなのは、間違い無く前世の『俺』の死に方が関係している。
神経を侵す原因不明の奇病。四肢が少しずつ少しずつ動かなくなり、やがて呼吸器も機能を停止してしまう病。
何も感じなくなる事こそが何よりも苦痛だった。触覚や痛みが日に日に感じなくなり、身体が動かなくなっていく事への恐怖は筆舌に尽くしがたい。実際俺がベッドの上から動けなくなる頃には髪が100歳の年寄りみたいに真っ白になっていた。
死の闇に引きずり込まれる間際に感じたのは、このまま死んでしまう事への恐怖と・・・・・・これでようやく真綿で絞められるような地獄から解放される事への安堵感。
『ミシェル・デュノア』として転生した事を理解し、受け入れ、そして思ったのは――――こうやって自由に自分の手足を動かせるのがなんて素晴らしいんだ、って事だった。
だから俺は身体を動かし続けた。疲労も苦痛も『俺』に心地良い生への実感を感じさせてくれた。
初めて握った本物の銃の感触。初めて引き金を絞った時のあの反動。それもまた俺には甘美な体験で、とにかく撃ちまくった。腕も磨いた。
単なる銃の扱いだけじゃなく、家の伝手でPMC(民間軍事会社)のインストラクターに戦闘テクニックを叩き込んでもらった。
正確には親父の同業者の武器商人の私兵集団だったんだけど、皆気の良い人達ばっかりだったし(年齢的には)俺と同じ位の少年兵まで居たのが印象深い。今もココさんはヨナ達を引き連れて武器を売りに世界中を回っているに決まってる。
そして、今度は銃片手に本物の『闘争』を体験して、その代償に生死の境まで彷徨ってしまった俺は、理解した。
―――――闘争もまた、今の『俺』に生を感じさせてくれる存在なんだと。
・・・・・・シャルロットには負けるがな。
つまり、何が言いたいのかというと。
自分を本気で殺しにかかる敵との殺し合いよりは少しばかり劣るが・・・・・・実戦ほど命の危険性は限りなく低いとはいえISによる戦いも、それなりに悪くないという事だ。
十数mの間隔を空けて一夏とミシェル、箒とセシリアが各々ISを身に纏ってアリーナの中央で向き合っていた。
女性チームの方はお互いにガンを飛ばしまくっていて、2人仲良く(?)気分最悪殺気満点といった感じである。その様子に一夏は冷や汗を流し、ミシェルは無表情で何を考えているのか読み取れない。何故か頭部全体を守るヘルメットと赤いバイザーだけ展開していなかった。
「早く構えたらいかがです?」
一夏の<白式>は<雪片弐型>、箒の<打鉄>は近接ブレード、セシリアの<ブルー・ティアーズ>は<スターライトmkⅢ>を展開済み。
1人武装を展開していなかったミシェルだが、セシリアに言われ遂に戦闘態勢に入る。その姿を見た瞬間、一夏は驚き箒は呻きセシリアは機体色並みに顔色が青くなった。
一瞬の内に人間武器庫が出現していた。右手には銃口の横側から銃剣が生えた細長いショットガン。左腕には菱形の盾と一体化して腕部装甲に装着された3連銃身のガトリング砲。
両肩の上からは砲身が伸び、しかも左右で形状が違う。根元の機関部は背中の箱型スラスターの両横に取り付けられ、更にその下にはそれぞれ大きな半球形のパーツ。
盾の様な棺桶の様な1対のアンロックユニットも加わって、とにかく不沈戦艦みたいな威圧感がミシェルから放たれ始めている。
マズい、アレの相手は危険過ぎる――――箒とセシリアの本能が一致した瞬間だった。一夏は味方で良かったと心から安堵した。
ミシェルは首をボキボキと鳴らしながらゆっくりと大きく回し、それからまっすぐ箒とセシリアを見つめた。
まるで獲物を捉えた猛禽の様な目で。
「・・・・・・それではそろそろ始めるとしよう」
1人ピットに入ったシャルロットが試合開始のブザーを鳴らした。
ミシェルの顔がバイザーに隠れる間際・・・・・・その顔が獰猛な笑みを浮かべているのをセシリアの目が捉え、背筋を震わせた。
「――――戦争の時間だ」
彼の言葉が、彼自身の手によって現実の物となる。
ブザーが鳴り終わった瞬間、箒とセシリアに同時にロックオン警報が宣告された。
一夏は射撃兵装を持たない―そもそも射撃用のFCSすら搭載されていない―のでミシェルがロックオンしたに違いないが、次いで放たれたのはショットガンでもガトリング砲でも両肩の砲塔でもなく。
――――半球形のパーツが左右に割れ、円を描くように配置された大量のマイクロミサイルが姿を晒す。
「か、回避ですわー!」
「言われなくとも!」
ロックオンされた2人がそれぞれ別々の方向へ跳躍すると同時に左右のミサイルポッド、<ホーネット・ネスト>から大量のミサイルが解き放たれた。
左右大外から挟み込む軌道で降り注ぐミサイル。セシリアはレーザーライフルで数発撃墜し箒は回避機動で振り払おうと試みるが、捌き切れず周囲に着弾。一気にシールドエネルギーを失ってしまう。
そこへ加わる左腕のシールドガトリング<グリムリーパー>の掃射。
<グリムリーパー>は武装ヘリや巡視艇向けのGAU-19ガトリングガンをIS用に改良した物だ。12.7mmライフル弾を分速1500発という速さ(IS向けに連射速度を調節済み)ばら撒く。
大きく薙ぎ払われた弾丸の鎌は箒とセシリアに十数発ずつ命中した。シールドに激突した途端、小さな爆発が起こったのに気づいたセシリアは悲鳴を上げた。
「爆裂弾を使用しているの!?」
シールドが存在する限り50口径弾程度では貫通はしない。
が、対IS用爆裂弾は命中する度に発生する爆発により、普通の弾丸よりもシールドエネルギーを多く消費させる事が目的の弾丸だ。もちろん直接ISに当たっても効果的である。
これはマズい。防御じゃなく回避に専念し続けなければならない。
と、低い姿勢でミシェルへと迫る影。箒だ。
「それだけの装備なら動きは遅かろう!」
素早く踏み込み飛び上がると近接ブレードを振りかぶる箒。ミシェルは回避しようともせず、その代わりアンロックユニットの片方がその大きさには似合わない機敏な動きでミシェルと箒の間に割り込んだ。
箒の一撃が浮遊する盾、<シールド・オブ・アイギス>に触れる事はなかった。刃がぶつかる寸前で、箒の動きそのものが固定されていた。
「な、何っ!?」
「俺の存在を忘れんな!」
停止した箒の頭上を覆う影。一夏が後ろからミシェルを飛び越え、箒に襲いかからんと<雪片弐式>を構える。
「させませんわ!」
セシリアの援護射撃が一夏を掠める。そこからビットによる包囲攻撃。一夏とミシェルが揃ってそこから離れて回避すると、また箒は動けるようになった。
「今のは一体何だと言うのだ・・・・・・?」
『あれはAIC、アクティブ・イナーシャル・キャンセラーだよ。ドイツで研究されていた物で、元々はISにも搭載されているPIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)を発展させたものなんだ。物理的な攻撃をほぼ無効化しちゃう機能なんだけど、それを<ブルー・ティアーズ>のビット機能と組み合わせて攻防両方の性能を持たせた装備なんだ』
「何と面妖かつ厄介な・・・!」
わざわざピットから繋いでくれたシャルロットの解説に感謝しつつも思わずそう吐き捨ててしまう。つまり下手に近づけないという事ではないか!
箒が歯噛みした所で急に<シールド・オブ・アイギス>の先端が向けられたかと思った次の瞬間、光弾がシールドに命中してその衝撃によろめいた。
成程、オリジナルと同じくレーザー砲も搭載している訳か。涙が出てきそうだ。しかもセシリアと違いビット単体のみならず、ミシェルまで攻撃に加わっている始末。
その代わり1対の大型ビットはミシェルから数m程度の距離しか動こうとしない。<ブルー・ティアーズ>と違ってオールレンジ攻撃ではなく防御・迎撃を優先した結果なのだろう。
攻撃が止み、入れ替わりに一夏の<白式>が箒に向かう。
「俺が相手だ、箒!」
「望む所!」
刃と刃が激突する衝撃音。
一方ミシェルの<ラファール・レクイエム>は<ブルー・ティアーズ>との1対1に移る。透き通るような蒼い機体と凶暴さを感じさせる全身の黒と赤が対照的だった。
多方向から畳みかけようとビットを飛ばす。するとミシェルの左肩上部に突き出た砲塔が動きを見せた。対空砲の様に長い砲身が2つ横に並んでいて、砲身の直径そのものはやや太い。
専用のFCSからの命令により砲塔が旋回し、2本の砲身が根元から上下に動いてから双門機関砲が火を噴いた。やや遅めの連射速度だが初速そのものは高速で吐き出された砲弾は、セシリアが展開したビットへと突き進み。
空中で砲弾が次々と爆発し、撒き散らされた破片にビットが巻き込まれた。
「空中炸裂弾!?」
「・・・・・・駆逐艦にも採用されてる機関砲の改良型だ。空を飛ぶ物を撃ち落とすのは得意だぞ」
<レインストーム>も艦艇や装甲車に搭載されていた既存の兵器をIS用に転用・改修を加え、砲身を単式から連装に変更した代物である。
<ブルー・ティアーズ>のレーザー射撃主体の攻撃とは違い、放たれ続ける実弾と炸薬の着弾は直撃せずとも撃たれている側に影響を与えていく。
周囲で鳴り響き続ける着弾と爆発音の連打。シールドと絶対防御の存在を理解していても晒され続けるのはセシリアの感覚を、何より精神を蝕んでいった。
「これはっ・・・・・・堪りませんわね・・・・・・!」
誰が好き好んでこんな目に晒され続けたいものか。成程、確かにこれは『派手』で、まるで『戦争』でもしているかのような激しさだ。山田先生がトラウマになったというのも嫌という程理解出来た。
連装機関砲の砲弾はセシリア自身にも襲いかかり、大きい部類とはいえ『銃弾』に分類される50口径弾を遥かに超える爆発が周囲を揺さぶる。
セシリアの身動きが封じられている間に、ミシェルは自由な右手に握るショットガンで他のビットも撃墜していった。セシリアが機関砲の銃撃に嬲られ続けるが為に、殆ど操作を放棄されたビットを散弾で撃ち落とすのは容易かった。
いつの間にかセシリアはアリーナの壁際に追い詰められていた事に気付く。ビットも4機失った。シールドエネルギーも今や半分以下。まさにジリ貧。
せめて一矢報いるべく、連射の僅かな切れ目を狙って腰部に残されていたミサイルを発射した。反射的に<レインストーム>はミシェル目がけ飛来するミサイルの方に向けられ、見事撃墜してみせる。
それで十分だった。アリーナの壁に沿って瞬時加速。<レインストーム>並びに右肩の固定式大口径砲の射界から逃れ、ミシェルから見て右方向へ回り込むよう横滑りしながらレーザーライフルを構える。
「このタイミングなら―――――っ!?」
セシリアにとって不運だったのは、砲撃の射界から出来るだけ遠ざかるべくミシェルの真横まで移動した事で、彼のすぐ横に浮かぶ<シールド・オブ・アイギス>にミシェルの姿がすっぽり隠れてしまう位置取りをしてしまった事だ。盾に隠れで何処も狙い撃てない。
「(ならば早くこちらを向きなさい!私に再度狙いをつけようとしたその時こそ、わたくしの射撃が貴方を貫きますわ!)」
セシリアにはそれだけの技量がある。無理に瞬時加速を使ってしまった為に、これ以上高速機動を行うエネルギーも残っていない。
幾ら頭まで装甲に守られていても、<スターライトmkⅢ>の威力ならば直撃さえできれば絶対防御を発動させれる筈。この一弾に、全てを賭ける。
―――――ミシェルの攻勢が余りに驚異的過ぎ、容赦ない砲火を浴びせられ続け追い詰められていたセシリアは忘れていた。
「だから俺を忘れんなって」
「そちらに行ったぞ、オルコット!」
「えっ?」
振り向けば、アリーナの反対側で箒と戦っていた筈の一夏の姿。
背中を<雪片弐型>で斬りつけられ絶対防御発動。<ブルー・ティアーズ>のシールドエネルギー残量0。
セシリア・オルコット、撃破。
「・・・・・・フォロー、助かった」
「へへっ、良いって事よ」
箒と鍔迫り合いを繰り広げていた最中、一際大きな爆発が起きてからハイパーセンサーでセシリアがミシェルの横に回り込んだ事を察知した一夏も瞬時加速を起動し、セシリアの背後を取ったのである。
箒が一夏との戦いに夢中でセシリアへのフォローがその瞬間まで頭に無かった事と、瞬発力に優れた<白式>だからこそ成功した奇襲だった。
「これで残るは・・・・・・」
「箒だけ、だな」
「くっ!」
箒も矢継ぎ早に銃撃砲撃を撃ち込んでくるミシェルと、と自分を上回る剣技の持ち主である一夏相手にたった1人で凌ぎ続けれる訳もなく。
あっという間に箒の<打鉄>もシールドエネルギーを枯渇させられ、黒星をつけられるのであった。
「いやー、前に聞いてて何となく分かってたつもりだけど、本当に派手だったなミシェルのIS」
「・・・・・・否定はしない。俺がトリガーハッピーなケがあるせいもあるが、ああいう戦い方もそれなりに有効だからな」
模擬戦が終わってから涙目でセシリアに詰め寄られた。「し、死ぬかと思いましたわ!」とは本人の言い分。
一夏もこればかりはセシリアの気持ちがよく分かった。そりゃあんな弾幕誰が相手にしたがるもんか。
今度はミシェルが<ブルー・ティアーズ>のビットを撃墜してしまったので再度修理に出さなければならないという。その辺りがミシェルはちょっと申し訳ない。
「はい2人共お疲れ様」
「・・・・・・ありがとう、シャルロット」
2人と同じピットの方に居たシャルロットがタオルとスポーツドリンクを手渡してくれた。
「サンキューシャルロット。でも動いた後だったらキンキンに冷たいと身体に悪いから、こういう時はむしろぬるめの方がずっと身体に良いんだぞ」
「えっ、そうなんだ。じゃあ今度からそうした方が良いかな?」
「・・・・・・気遣ってくれるのは嬉しいが、不健康な物ほど気持ちいいのがジレンマでもある」
歩きながら談笑する。3人分の足音にミシェルの義足が床にぶつかるゴツン、ゴツンという音が加わった。
「何となく思ったんだけどさ」
「えっと、何の事?」
「ミシェルのIS。実習で最初に見た時からそんな気がしてたんだけど、ミシェルのISって他の機体とずいぶん感じが違うんだよ。武装とかもそうだし」
「・・・・・・より兵器的で実戦的、という事か」
「そうそれだよそれ、そんな感じ。一応剣の修行してた時にそういう心構えとかも千冬姉や兄弟子の人から叩き込まれたりしたせいかもしんないけど、ISも一応立派な『兵器』だろ?他の人達はそこら辺どう考えてるのかよく分からないんだけど」
「そうかもね、確かにISにそこまで詳しくない人達からしてみれば、むしろファッションの1つぐらいにしか考えてない人も結構多いもんね」
その辺りには女性しか扱えない、というISの特性が深く関わっているのだろう。
最近ではIS絡みの本といえば軍事的・兵器的な観点を含めた物ではなく、IS(並びに水着同然のISスーツ)を身に纏った見麗しい美女・美少女達のグラビアをまとめた写真集などの方が評判だとか。
そういった流行がより世間が持つISに対する概念を歪めていっている、のかもしれない。
「でもミシェルのISとか使ってる武器とか、それこそ兵器っぽかったからさ。おかしな話かもしれないけど、ISが無い実際の戦場とかあんな感じなんだろうな、って思ったんだよ」
一夏もまた『実戦』の空気を知っている。目の前で人が傷つき、死んでいく光景を目の当たりにした事がある。敵意を持った相手に囲まれ、自らの命を守る為にその手で敵を打ち倒す感触を一夏は知っている。
ミシェルの義足を目にする度、その記憶が蘇るのだ。剣を振る度、その感触を思い出すのだ
「やっぱり忘れちゃダメなんだろうな。ISってのはさ、武器で、力なんだよ。誰かを傷つけ、殺せる兵器なんだって事を」
右腕の待機形態の<白式>に目を向ける。
そう、『コイツ』も竹刀や木刀や真剣や銃と何ら変わりない。扱い方1つで守る事にも殺す事にも使える手段の1つでしかないのだ。
かつてミシェルが銃を使って一夏を助けに入った時の様に。そしてまた別の人間の銃によってミシェルが撃たれ、片足を失った時の様に。
―――けれど。
このISを作った『あの人』は―――――本当は何を考え、こんな『力』を生み出したのだろう?
「・・・・・・だが結局、人を傷つけ、殺すのは、人そのものだ」
「それも分かってる。だけど、そうならない為にもこの力がどういう存在なのか、理解しとかなきゃダメなんだと俺は思う」
『コイツ』に振り回されて自分や他人を傷つけない為にも、大切な物を守る為にも―――――もっと『コイツ』を理解し、そして自分自身もまた高めていかなきゃならない。
だがそれを自分1人でやってみせるなんて啖呵をあっさり言い切れるほど、一夏は自信家ではない。
「出来たらで良いんだけどさ、これからも偶にで良いから、訓練に付き合ってくれないか?ずっと俺1人だけで続けるだけじゃ限界があるだろうし」
「・・・・・・何を今更。俺自身こうやって鍛え合うのは嫌いじゃない。幾らでも付き合おう」
「僕も一夏がそうしたいんだったら幾らでも手伝うよ?だって友達だもん」
ミシェルは、ほんの僅かに唇の端を持ち上げただけだが間違いなく笑みを浮かべ。
シャルロットは太陽の様に温かく、見る者を安堵させる優しい笑顔で。
『友人』からの頼みに即答してくれた。
そして一夏も笑った。目の端を、ちょっとだけ光らせながら。
「・・・・・・ようやく本気で、この学校に来て良かったって思った気がするよ」
―――――――こんな友人達に出会えて、本当に良かった。
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ミシェルのISのイメージは赤以外の部分が黒に変わったヴェルデバスターでどうぞ。武装は殆ど違いますが。
あとこのままその他板で続行します。だってこの先えっちいシーン挟むスペースが思いつかないんだもん!
とりあえず2巻終了まで続けます。というか、2巻からが本番です。