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No.27086の一覧
[0] 魔女狩り探偵ほむら (魔法少女まどか☆マギカ) III. 箱の魔女 【問題編】[ほむクルス](2011/04/23 17:50)
[1] I. 薔薇園の魔女 【完結】[ほむクルス](2011/04/12 16:43)
[2] II. 鳥かごの魔女 【完結】[ほむクルス](2011/04/23 02:05)
[3] III. 箱の魔女(その1)[ほむクルス](2011/04/23 03:35)
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[27086] II. 鳥かごの魔女 【完結】
Name: ほむクルス◆0adc3949 ID:2c03faf7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/04/23 02:05
(1)プロローグ

 四方を囲まれた温かな部屋の中。
 少女は今日も静かに身をすくめていた。
 ひんぱんに顔を出すオトコたちは、彼女になにを語りかけるでもなく。
 ただ濁った臭い液体を少女に振りかけていった。
 べたべたとしたそれは、すでに彼女の身体に染みついて。
 過度に摂取されたアルコールとともに、少女のなにかを狂わせる。
 ああ、それでも。
 彼女は独りまどろみの中、夢をみる。


(2)アスカ

 わたしはそのとき、ひどく酔っ払っていた。
 中学生の歳なのに、アル中ばりにぐいぐいと酒を飲む。
 そんなわたしの姿が、お客さんには面白いらしい。
 今日もまた、お仕事の前に、たくさんのお酒を飲まされた。
 けっして嫌いなわけじゃないからって断らないわたしも悪いんだけど。
 女の子がアルコールにおぼれるのがそんなにこっけいなのかしら?
 わたしは足元をふらつかせながら、ふうらり、ふうらりと裏道を歩いた。
 どこに行くあてがあるわけじゃない。
 一休みしたら、適当なオトコのところにでも転がりこむつもりだった。
 お仕事の後だし、お金もある。
 きっと邪険には扱われないことだろう。

「それにしても、むっかつくなぁ!」

 先程の客のへんたいじみた行為を思い出し、わたしは思わず吠えた。
 そして、目の端に入った空き缶を蹴っ飛ばす。
 おもいっきりねらいをさだめたはずなのに。
 ふらつく足ではうまく蹴ることができなかった。
 空き缶はつま先のはしっこをわずかにカスり、カラカラとかわいた音をたてて転がっていった。
 まるで空き缶にまでバカにされているような気分になって、ひどく落ち込んだ。
 上を見上げると、どこまでも暗い闇が続いていた。
 そりゃそうだ。
 ここはビルとビルの狭間の裏通り。
 星を求めて見上げたところで、どこまでもコンクリートの壁があるだけだ。
 それはまるでわたしを囲うオリのようで。
 わたしはそれ以上、星をさがす勇気が持てなかった。
 うつむき、しゃがみ、うずくまる。
 そうやってひざを抱えていると、じぶんがほんとうに世界でひとりっきりな気分。
 この通りさえ抜け出れば、そこには雑踏とネオンの喧騒があるっていうのに。
 そこになじんでしまうことがどうしてもできなくて、今日もみじめにひとりぼっち。
 わたしの名まえはアスカ。
 自由を夢見たバカでおろかでかわいそうな小鳥。


(3)キョウコ

 アスカという名前は、もちろん偽名だ。
 小学生の頃に古本屋で読んだ少女まんがの主人公にあやかって、街をでるときに考えた。
 あの強くてかっこいい少女のように、わたしも自由で、すばらしい人生を送るんだって。
 そういう思いをこめたつもりだった。
 もちろん、たんなる名前負け。
 わたしは、少女まんがの主人公、アスカのとりまきほどにも強くはなかった。
 夢見て羽ばたいた翼は、たったの1日ももたなかった。
 家出の初日にわるいオトコにつかまって、2日めにはウリをさせられてた。

「わたしって、ほんとうにばか」

 ズキズキと痛むあたまを抱えながら、わたしはむなしくひとりごつ。

「大丈夫かい?」

 と、そんなわたしに声をかける人がいた。
 うつむけていた顔をあげると、そこには見たことのある、赤髪の少女が立っていた。
 彼女の名まえはキョウコ。
 わたしと同じく、このしみったれな裏街を住みかにしている女の子だ。
 見た感じ、世代もわたしとおんなじくらい。
 ちょっと目つきは悪いけれど、すっきりと精悍な顔立ちをしている。
 いまでこそダサいフリースなんかを着ているけれど、着飾ればきっとそこらの街のアイドルにだってなれる素材だ。
 もったいない、とも思うし、それで良いんだ、とも思う。

「食うかい?」

 キョウコはそういって、手にした袋からリンゴをひとつ取り出した。
 黙ってうなづくと、ぽいっと投げてよこしてくれる。
 暗がりにも真っ赤に映える、おいしそうなリンゴだった。
 彼女は見た感じ、ウリをやっている感じはしない。
 だったら、このリンゴ、どうやって手に入れたんだろうって思うけれど。
 きっとそれは言わない約束なんだろう。
 彼女は、アスカだ。
 もちろんわたしなんかじゃなくて、少女まんがの主人公の方。
 ひとりぽっちでも戦って、戦って、勝ち抜くだけの力のある人。
 力強く羽ばたいて、自由に空を飛べる大きな鳥だ。
 他人に飼いならされたり、へつらうような、そんな彼女は想像つかない。
 じつは、さっきは「見たことのある」なんて言い方をしたけれど。
 ほんとうは、そんな程度の思い入れなんかじゃない。
 正直にいって、わたしは彼女にあこがれにも似た思いを持っていた。


(4)出会い

 彼女との出会いは、わたしがここに居付いて3カ月ほど経った頃。
 やっとすべての希望をあきらめた頃のことだった。
 その日もわたしはひどく酔っぱらっていた。
 まだ慣れていなかったへんたい的な客のプレイの後遺症もあって、ひどい頭痛と吐き気になやまされて、路地裏をのたうちまわっていた。
 そんなときやっぱり「大丈夫かい?」って声をかけてくれたのがキョウコだった。

 だいじょうぶじゃない

 そんな感じの返事をしたように記憶している。
 結局、意識を失ったわたしを、彼女は自分のヤサまで連れて帰ってくれたのだった。
 それは、ひどくうらびれた教会だった。
 もう何十年もだれも使ってなかったような、そんなガランとした感じ。
 感想をそのまま告げたところ、キョウコはさみしげにほほ笑んで、

「これでもちょっと前までは、たくさんの信者がいたんだぜ」

 と言った。

「お父さんも、お母さんも、妹もいてさ。ここらで一番の教会だったよ」

 そういうキョウコのことばは、まったく誇らしげな様子がなかった。
 聞いたところ、結局教会の運営はうまくいかず、キョウコを残して家族みんな心中してしまった、とのことだった。

「だから、今はひとりで生きてるんだ。いろいろと大変なこともあるけどさ、困った時はおたがい様さ」

 そう話すキョウコの姿はとても悲しげで、でもそんな悲しい思い出を胸にかかえたままひょうひょうと生きていられる彼女がひどくまぶしくもあった。

「わたしたちは、おんなじだね」

 そんなことを言ったけれど、そんな言葉、言ったわたし自身だってまったく信じちゃいなかった。
 結局、その日は彼女とあまり話すこともなく分かれた。
 当時、わたしはどん底で、とてもキョウコのような自立した、カッコいい、似て非なる同類を見ていられなかったのだ。
 でもその後、あの時のことを思い返すたびに、わたしは後悔の念にさいなまれた。
 だってあのときは、あのとき以上のどん底がずぅっと続くなんてこと、知らなかったから。
 あのとき彼女ともっとちゃんと話していれば、今のわたしはもうちょっと変われていたかも、なんてことを考えたりもしちゃったのだ。


(5)お星様

 しゃりしゃりとリンゴをかじる。
 歯ぐきから血が出た。

「……ちゃんと野菜、取ってるのかい?」

 キョウコはうずくまったわたしの目の高さまで身をかがめ、じっとわたしの全身をみまわした。

「なんか、前にあったときよりも不健康そうだぞ」

 そりゃあ、そうだよ。
 今じゃ、わたしの身体の半分はアルコールで、もう半分は、オトコのあれで出来てるからね。
 けらけらと笑ったけれど、キョウコはにこりともしてくれなかった。

「しかたないじゃん。わたし、あなたとちがって、ものをぬすんだりできないし。酒飲んで、オトコあさって。そうしないと生きていけないんだもん」

「そんな生活、楽しいかい?」

 楽しいわけ、ないじゃない。

 そう答えたかったけど、なぜか言葉がでなかった。
 結局あいまいにほほ笑んで、わたしはまた、うつむいた。
 キョウコもまた黙ってわたしの隣に座る。
 わたしたちは、ならんで暗い闇を見上げた。

「ほし、見えないね」

「まあ、曇りだしな」

 キョウコの言葉は夢がない。

「わたしの住んでたところってさ、結構空がきれいでさ。星なんて数え切れないくらいみえたんだよ」

「へぇ。ここだって都会とは言い難いけど、星はあんまりみえないなぁ」

「……ここの空もさ、わたしの住んでたとこの空とつなかってるのかな?」

「そりゃあ、そうだろ」

 キョウコは軽くそういったけれど、わたしにはそんなこと、とても信じられなかった。
 だって、あの頃はあんなに見えたお星様が、ここに来てから一度だって見えたことがない。
 いつみても、いつ見上げても。
 見えるのは、まっくらな闇とコンクリートの壁ばかり。
 そりゃぁ、そうだよね。
 わたしの頭の上には空がないんだから。
 鳥かごに囚われた小鳥の上にあるのは、せまいかごの天井にきまってる。

「もういちど、あの星空を見たかったなぁ」

 そう呟くと、キョウコは空を見上げたまま、

「だったら、帰れば良い」

 と言った。

「あんたにゃ、帰れる場所がある。ここでの生活が辛いなら、無理せず親元に帰るってのも良いと思うよ」

 キョウコの言葉は、わたしをひどく傷つけた。


(6)理 由

 わたしが家出をした理由は、今思うととてもちっぽけで、バカバカしいくらいに小さなことだった。
 たしか、学校の成績のことで両親から責められた、とか、ちょっとお小遣いの無駄遣いをたしなめられたとか、そんな感じ。
 当時のわたしは、なにをやるにもまわりからあーしろ、こーしろ言われるのがひどくきゅうくつで、不当に鳥かごに閉じ込められてるんだ、なんてことを考えていた。
 このままじゃ、わたしはダメになっちゃうって。
 当時は、ほんとうに真剣にそう思ったのだ。
 今ではちゃんちゃらおかしいけどね。
 空を飛ぶちからもない小鳥の羽を守るための保護と、束縛するだけの監禁の区別もつかないほど頭の弱かったわたしは、こっそりと、だまって親の庇護から抜け出して、結局自分の非力さ、愚かさを思い知らされただけだった。
 そんなんだから、今の生活はかなしいだけ、つらいだけ。
 もしも変えることができるなら。
 もしも帰ることができるなら。
 そう思ったこともある。
 だけど。

「帰れるわけないじゃん」

 わたしはふるえる声を押しかくし、なるべく険のある声で答えた。

「わたし、だまって出て来ちゃったんだよ? それにもう、10カ月も経っちゃった。パパやママだって、もうわたしのことなんかおぼえてないよ」

「そんなのわかんないだろ? 黙って出てきたってんだったら余計にさ」

「わかるよ。パパもママも、わたしがいなくなって清々してる。だって、わたしバカだったし、言うこと聞かなかったし、ガッコの成績だって悪かったし……」

「でも、いなくなって良かったって思われるほど、ダメだったわけじゃないだろ?」

「……そんなのわかんないよ」

 わたしはなんだか悲しくなった。

「それにね、わたし、こんなじゃない?」

 キョウコにもみえるように両手を広げてみる。
 不健康にふとった身体。
 ちょっと前まで中学生やってたとは思えない、けばい化粧と派手な服。
 しょっちゅうお酒を飲むせいで、ほっぺたはいつでもまっかっか。
 みるからに、ふしだらで、いやらしい売女だった。

「パパやママだって、こまっちゃうよ。こんなむすめが帰ってきたって」

「そうでもないさ」

 キョウコはあくまでも、気負いのない言葉でそういった。

「そりゃ、取り返しのつかないところもあるかもしれないけど、そこは人それぞれだろ。今までの行いを水に流してくれる親だっているかもしれない」

「許してくれないかもしれないじゃない」

「そんときゃ、それだよ。『いらない』って言われたんだったら、こっちからも三行半叩きつけてさ、一発二発殴ってからここに帰ってきたら良い」

 キョウコはこぶしを固めてそんなことを言った。

「どうせ、あんた、親をぶん殴ったことなんてないだろ? 子供をいらない、なんてことをいう親がいたら、そりゃ、ぶん殴ってやるべきなんだよ。勝手に産んどいていらない、なんて道理はないだろ? そういった道理を通してくりゃぁさ、少なくとも今よりかは、ここの生活も楽になるんじゃねぇの?」

「あはは、キョウコは過激だねぇ」

 わたしがそういうと、キョウコはちょっと嬉しそうだった。

「あたしにモノを教えてくれたのは、お父さんだからな。ここらでも結構有名な説法家だったんだぜ」

「それで、人をみたらぶん殴れって?」

「まあ、そんな感じ。あんまりにも偏った教えだったもんだから、教会から異端あつかいされちゃったけどな」

 そういって、キョウコは笑った。
 わたしもつられて笑いそうになって、でもどうしても笑えなかった。
 代わりになぜかぽろぽろと、涙がいくつも流れ出た。

「そうやって、パパやママに会えたら、どんなに良いだろうね」

「……だから会ってくればいいじゃないか」

「ダメだよ」

 わたしはふるふると首を振った。

「わたしはね、たんなるバカでおろかな小鳥じゃないの。つかまって、飼われてるみじめな小鳥。死ぬまで歌って、踊ってないといけないの」

「……どういうことだ?」

「わたしね、家出した日に、オトコに言い寄られてさ――」

 そのオトコは、ヤクザまがいの売春あっせん業者の末端だった。
 あっという間に、元居た住所から両親の名まえ、中学の名まえまで押さえられた。
 逃げ出したりしたら、地元にまで追いかける。
 そう言われてしまっては、わたしはもう、どうすることもできなかった。

「だからね、わたしは帰ることはできないの。パパにもママにも、もうこれ以上、迷惑はかけたくない……」

 わたしはさめざめと泣いた。
 ここへ来てからひと月ばかり、毎日泣いていたあの頃のようにただひたすらに、えんえんと。
 キョウコはその間、ずっとわたしの隣に座って、わたしが泣きやむのを待っていてくれた。

「よくわかった」

 わたしの涙が枯れた頃、キョウコはそういって立ち上がった。
 わたしを振り返って、にやりと笑う。

「あたしが、あんたを助けてやるよ」


(7)奇 跡

 キョウコの言葉は、その場限りの単なる気休めなんかじゃなかった。
 次の日には、わたしを捕らえていたオトコのヤサに乗り込んで、問答無用でぶん殴った。
 オトコのバックにいた本職のヤクザ連中がやってきても、そいつらもまとめてぶん殴った。
 その剣幕があまりにも凄かったから思わず止めに入ったわたしもまた、ぶん殴られた。
 そして、その日の夕方には、わたしをさんざん苦しめたオトコたちが、わたしの前に並んで土下座をしていた。

「これがアスカの学生証と、ハメ撮りのネガです。はい。もちろん、他の情報や、客との関係も清算してます。はい、もう二度とこんなことはありませんから!!」

 あれほど恐ろしかった連中が、ぺこぺこと頭を下げる。
 父親ゆずりのキョウコの説法っていうのは、本当にすごい。
 でも、残念ながら、教会から異端扱いされたっていうのも分かる気がした。

「で、どうするんだい?」

 すべてが終わってから。
 キョウコはやっぱりひょうひょうとそんなことを聞いてきた。

「一度、家に帰ってみる」

 わたしは胸をはって、そう答えた。
 キョウコの説法は、ちょっとだけ、わたしにも勇気をくれた。
 もしもパパやママに拒絶されたなら、そのときはぶん殴って、今度こそちゃんと別れを言ってから出てこよう。
 そう開き直れるくらいには、わたしも彼女の教えを理解できたらしい。

「そっか」

 キョウコは自分のことのようにうれしそうにわらってくれた。

「やっぱ、ひとりはさみしいからな」

 頑張ってきなよって、そういって、彼女は独り、路地裏から消えた。
 わたしは、彼女が消えた先にむかって、いつまでもいつまでも頭を下げ続けた。
 わたしの影がながーく伸びて、あたりが暗くなるまでずっと、ずっと。
 ぽろぽろとこぼれる涙がいつまでも止まらなくって、顔を上げることができなかったんだ。

「……これじゃ、ダメだよね」

 ようやっと、わたしは前を見た。
 今までと同じ、コンクリートの壁がえんえんと続いている。
 だけどその先に、ほそい光の線がみえていた。
 この路地をあるききれば。
 あの頃のようなまひるの太陽の下はあるけなくても、もうすこしは明るくて、もっとさみしくない世界がわたしを待ってるんだって。
 そう思うことが、今ならできた。
 それは、奇跡のような、魔法のような出来事で。
 奇跡だって、魔法だってあるんだよって、そう、キョウコが教えてくれたような気がした。

 わたしはゆっくりと足をふみだした。
 あと数歩、あと10メートルほどもすすめば、わたしはこの路地裏から抜け出せる。
 そうすれば、きっとわたしは生まれ変われる。
 一度は失敗しちゃったけど、きっとまだ、手遅れなんかじゃない。
 だって、奇跡だって、魔法だって、あるんだから。
 何度だって、何回だってわたしはやり直せる!
 今なら、こんなわたしにもあの頃の星空がみえるかもしれない。
 そう思って見上げた視界のすみに、小さな白い物体がみえた気がした。
 なんだろう?って思って、あらためて見直すと、それは小さなぬいぐるみのようだった。
 かわいらしいのに、なぜかひどく不吉なものに見えた。

「あなたは……なに?」

 わたしの声に反応したのか、その奇妙なぬいぐるみは、ぴょんっと目の前に飛び降りてきた。
 なんか怖い。

「どいてよ。わたし、これから行かないといけないところがあるの」

 わたしはなぜか、ひどく切実な気持ちでうったえた。
 ぬいぐるみの向こう側にはひかりがあった。
 でも、さっきまではあんなに近くに見えたその世界が、いまでは昨日までとおんなじくらいとおく、はるかな地平にかすんでしか見えなかった。

 そんなはずはない

 わたしは、キョウコに力をもらったんだから。
 奇跡も魔法もあるんだって、そう教えてもらったんだから。
 だから――

「どいてよっっ!!」

「それが、君の願いかい?」

 その白いあくまは、ふさふさのしっぽをふりながら、そういった。


(8)契 約

「合格だよ。君の願いは、エントロピーを凌駕した。おめでとう、おめでとう」

 ぬいぐるみはそういってぴょんぴょんとわたしのまわりをとびはねる。
 なにがなんだかわからない。
 ただ、ひどく不安で、不安定で、どうしようもなくおそろしかった。

「なにを……言っているの?」

「なにって、あれさ。今、新しい魔法少女が生まれたんだ。僕もたくさんの魔法少女と契約したことがあるけれど、こんなことははじめてさ。すごい才能だよ!」

 すごい、すごい、ととびはねる。

「なにを言ってるのって、聞いてるの! なによ、魔法少女って? なによ、契約って?」

 わたしはけっとばそうと足をふりあげたけど、あっさりとかわされた。

「乱暴だなぁ」

 ぬいぐるみはあきれたように首をふり。

「僕の名まえはキュウベェ。少女と契約して、奇跡を与える存在さ」

「奇跡?」

「そうさ。その代わり、魔法少女として、魔女と戦ってもらうけどね」

 キュウベェと名乗るそのぬいぐるみの言っていることは、まったく意味が分からなかった。

「少女とけいやくって……あなた、わたしとけいやくしたいの?」

 だとしたら、来るのがちょっとばっかり、遅いんじゃないだろうか?
 昨日までのわたしならたくさんの願いがあったけど、今のわたしは、ただ、路地の向こうまで行ければそれでよいのだ。
 そのくらい、このよくわからない生物のお世話になるまでもない。
 キョウコにもらった奇跡と魔法だけで、きっとわたしは歩いていける。

「わたし……あなたなんかに奇跡をもらう必要ないわ」

 そういったけれど。
 キュウベェはふりふりと大きなしっぽをふりながら。

「契約はもう、成立したよ。僕は君の望みの通り、君をずうっと閉じ込める。君が望む鳥かごの中に」

 だから、君は魔法少女になるんだ

 キュウベェのセリフと同時に、わたしのからだが燃えるように熱くなる。
 にえたぎったお酒をどくどくと注がれるような、そんなひどい痛みがお腹をおそった。

「なに? なんなの?」

 身体の変化に、わたしはただただ恐怖する。
 わたしの中に、なにかが生まれている――
 その感触が、わたしをさらなる混乱に陥れた。

「いやっ! いやっ!!」

 どんなにわたしが拒絶をしても、身体をおそう変化の波はとまらなかった。
 止めてと懇願しても、ごめんなさいってあやまっても。
 キュウベェはただ、感心したようにわたしをみるだけだった。

 ううんちがう。

 そいつは、わたしのことなんか、みていなかった。

「おめでとう、あたらしい魔法少女。名もなき小さな女の子」

 ぱたぱたと耳をふりながら。

「これは、初めてのケースだよ。人間の世界での定義に照らすと、この世に生命をまだ受けるその前に。母体に囚われたその状態で、エントロピーを凌駕するだけの自我と願いをもつなんて」

 え?

 キュウベエの言葉にわたしは、頭が真っ白になる。

 ……なんて……いったの?

「一応、母体であるところの君にもおめでとう、って言っておくよ」

 わたしの問いかけるような視線に気がついたのか、そいつははじめてわたしを見た。

「……母体、ってなに?」

「君のことだよ。気付いてなかったのかい? 君は、君の子宮の中に、まどかほどじゃないけれど、成長すればきっと、まどかに迫るほどの才能をもった少女を宿していたんだよ」

 残念なことに、生まれる前に契約しちゃったけどね

 そいつは、無表情のまま、それでもひどく残念そうに見えるしぐさで首をふった。

「子宮って……あかちゃん? わたしの中に?」

 わたしは、ただただこんらんした。
 確かに、家出をしてから、一度も生理にならなかった。
 でもそれは、仕事の前に飲まされるピルのせいだとばっかり思っていた。
 お腹だって、ちょっとは太ったように思えたけれど、妊娠しているなんて考えもしなかった。

「人間には時々居るらしいね。妊娠しても、お腹があんまり大きくならない個体が。不思議だよね、個体によって、その所作が異なるなんてさ」

 白いぬいぐるみが勝手なことを言っている。
 でも、わたしは、それどころじゃなかった。

「わたしのお腹の中に赤ちゃん? いつ、どこで、だれの? やだ! そんなのいらない!!」

 わたしは狂わんばかりに叫んだ。
 だって、わたしはこれから家にかえるんだ。
 こんなくさった生活を抜け出して、もう一度、もう一度あの頃の世界にかえるんだ。
 それなのに、お腹の中に赤ちゃんなんかいたら――

「いらないっ! いらないっ! いらないっ!!」

 わたしはドンドンとお腹を叩いた。
 もう一度だけ、キョウコの奇跡を起こせるように。
 キョウコの魔法が、このお腹の中の子供を殺してくれることを願って。
 でも――

「君の願いは、エントロピーを凌駕しないよ」

 キュウベェはつまらなそうに呟いた。

「エントロピーを凌駕した奇跡はひとつ。いつまでもお母さんのお腹の中にいられますようにっていう少女の願い。それだけさ」

 いつまでも。
 ワタシのおなカのなかニ?
 子宮に感じる他人の重みに、わたしは絶望した。


(9)鳥かごの魔女

「遅かったね、暁美ほむら」

 わずかに欠けた月の下、ほむらはキュウベェと対峙していた。
 路地裏の、饐えた様な臭いが充満した、とても不衛生な場所だった。
 そこにはキュウベェと、そしてひとりの虚ろな目をした少女が居た。

「その子が……新しい魔法少女なの?」

 眉をひそめたほむらの問いかけに、キュウベェはふるふるとしっぽを振った。

「違うよ。魔法少女は、彼女のお腹の中さ」

「お腹の……ってまさか! ありえないわ!」

「暁美ほむら。君も常識にとらわれてるね。どうして、お腹の中の赤ちゃんじゃ、契約できないって思うんだい? 僕らには言葉は必要ないんだよ。ただ、才能と、適正、そしてエントロピーを凌駕するだけの強い思いがあれば、年齢なんて関係ないんだ」

「でも! でも、魔女狩りはどうするの? お腹の中の赤ちゃんに、グリフシードを手に入れるすべはない!」

「そりゃ、そうだろうね。でも、それは仕方ないよ。彼女の願いは、『いつまでもお母さんのお腹の中にいられますように』っていうものだったから。外に出てこれない以上、グリフシードは集められないし、早晩、魔女になっちゃうだろうね」

 キュウベェはやっぱり淡々とそう言った。
 いつも通りの無慈悲な所作に、ほむらの血液が沸騰する。

「きゅぅぅぅべぇぇぇぇ!!!」

 ほむらの我慢は限界だった。
 魔法少女の候補者を見つけることができなくて、結局、キュウベェの後を追いかけるという後手に回ったのが運のつきだった。
 こと魔法少女との契約、という点では、一個にして多、多数にしてひとつの存在たるキュウベェを出し抜くことなどできなかった。
 散々、追いかけっこをさせられた上でのこの結末に、ほむらは自らの感情を制御できなくなっていた。
 真っ赤に焼けた頭の中で、ただ、今までの魔法少女たちが受けてきた苦痛、屈辱、恐怖を思いながらトリガーを引いた。
 何度も、何度も。
 白いその物体が、肉片になってもまだ、ほむらは引き金を引き続けた。

「あははははぁぁぁぁぁ」

 傍らの少女が、奇妙な声で笑っていた。
 焦点の合わない瞳で宙をみつめ、いらない、いらない、あかちゃんなんていらない、と呪詛のように呟いている。
 ひどい絶望と負の感情。
 少女のつぶやき毎に、彼女のお腹のあたりが黒く、まがまがしいオーラで覆われていった。

「まさか……母親の負の感情に、お腹の中の赤ちゃんが反応してる!?」

 ほむらは呆けた少女に駆け寄ろうとして、しかし足が前には出なかった。
 彼女に手を差し伸べてどうなるといのだろうか?
 魔法少女はお腹の中だ。
 外へ出てきてもらうこともできないし、そのソウルジェムを浄化することもできはしない。
 結局、お腹の中の魔法少女が魔女と化し、少女の身体を突き破るまで。
 ほむらには、どうすることもできなかった。

「……たすけて……」

 それは、少女の言葉か、ほむらの言葉か。
 路地裏の風に流されて消えていくことが定めの小さく空しい願いだった。


(10)エピローグ

 キョウコは、今日もひとり、路地裏を歩いていた。
 ここ最近、アスカと名乗った少女の姿は見ていない。
 きっと、あいつはあいつで、自分の世界に帰っていったのだろう。

「よかったな」

 ビルの隙間から見える空を見上げて、キョウコはひとり呟いた。
 正直、ちょっとうらやましくもあった。
 けれど、キョウコは自分の生き方をもう否定しないことに決めていた。
 だから自身の境遇とは切り離し、純粋にアスカの将来を祝福してあげることができるつもりだった。

「ひとりじゃ、寂しいもんな」

 例え彼女が帰った先で、誰からも受け入れてもらえなかったとしても。
 キョウコだけは、彼女の幸せを願っている。
 だから、あの星空にあこがれた少女が、今はもっと広くて、明るい場所で。
 おんなじ空を見上げていることを、キョウコは強く、強く願った。






鳥かごの魔女【完】









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