<第八話>
アリーナで行われたハイレベルだが非常~に下らない戦い、某生徒会長がシスコンをこじらせて暴走し、いろいろな人物を巻き込んでの騒動は、最愛の妹の介入によって鎮圧された。
ちなみにアリーナでの試合の記録は、閲覧制限がかけられることとなった。
IS学園ではアリーナを使用する際は、どんな時であろうとも記録を保存することが義務付けられている。
ISというのはどう取り繕うが強大な力を持った兵器である、いかに搭乗者を保護する機能が優れていようが、不測の事故が起こる可能性がある。
そういうことが起こった際、原因と責任を明確にするためだ。また、生徒たちにそれらを閲覧できるようにもしており、他者の機動・戦術を見てさらなる技術の向上にも役立てるようにしている。
しかし、志保と楯無の戦いの映像が参考になるかといえば………・もちろん否である。
それも当然のことだろう、楯無はともかく志保のほうはセオリーを完璧に無視している、しかもそれで国家代表と互角に戦ってしまった。
FCS切って射撃するような戦いをだれが参考にできるというのか、それが後日、映像を見た教師陣の一致した感想だった。
その後、この映像は閲覧制限がかけられ、衛宮志保を要注意人物として注意を払うこととなった。
…………つくづく、衛宮の名を持つ者には幸運というものがないようだ。
――――そして、騒動の中心にいた姉妹はというと
学生寮の一室で、湯気が立ち上る夕食が並べられたテーブルをはさみ対峙していた。
志保の突然の提案でこんな状況になったせいか、互いに無言のままだ。
簪にしてみれば、自身に今までのしかかっていた重荷を、無自覚且つ悪意がないとはいえ作り上げていた姉だ。
いままで簪を突き動かしてきたのは、姉への反逆心、最近はルームメイトによって幾分かは薄れたとはいえ、長年にわたり堆積していったそれは、簡単には消えはしない。
楯無にしてみれば、最愛の妹……だが、ここ数年の仲は最悪だった。
楯無自身も、簪が自分に対してどういった感情を抱いているのかは理解している。
だけどどう接すればいいか、これが他人ならば楯無はズバッと切り込んでいっただろう。
しかし、身内だからこそ楯無は躊躇していた、端的にいえば照れているのだこの女傑は、そのあたりはまだこの少女が、年相応であることの証なのだろう。
「どうしたんだ、まるで初めてのお見合いの席みたいに固まって」
能天気な声でそんなことをのたまいつつ、その手には出来たての炊き込み御飯を持ちながら志保がやってきた。
そのまま淀みのない手際で配膳を終えると、志保も同じようにテーブルに着いた。
「さあ、用意できたぞ、冷めないうちに食べてくれ」
その言葉に簪と楯無は同時に箸をとり、夕食に手を付ける。
はっきり言って雰囲気は最悪だった、険悪な、とはいかないまでも重苦しい雰囲気が食卓を包んでいた。
しかし――――
「――――おいしい」
志保にとっても自信の逸品である炊き込み御飯を口にした簪が、顔に喜色を浮かべながらそう言った。
「それはよかった、まだたくさんあるからな、どんどん食べてくれ」
「……うん、ありがとう志保」
そう言ってハムハムと、そんな擬音が似合いそうな感じでご飯を食べ続ける簪、その様子はまるで小動物の様な可愛らしさを持っていた。
それを見て楯無は一言――――
「――――衛宮さん、グッジョブ!!」
「いいから鼻血を拭け、あんたは」
そう言いながら、ビッ!! と親指を立て、整った鼻筋からは妹への赤き愛情をあふれさせていた。
志保は頭を抱えながらも、楯無にハンカチを差し出していた。
「……どうしたの、姉さん、志保」
「な、何でもないわよ、簪ちゃん」
「そうそう、単に会長が手遅れというだけだ」
「……?」
訳が分からない、という感じで首を傾げる簪を見て、楯無の赤き愛情がさらにあふれ出た。
そのシスコンっぷりには、流石の志保もちょっと引いていた。
そんなとき、志保はある事に気づく、そして簪に対し――――
「ご飯粒ついてるぞ、ほら」
「えっ!? どこに?」
「ほらここだよ」
そう言って、そのご飯粒を指先で拭いとる、志保はそれをそのまま口元へと運んだ、志保の口の中に消えるご飯粒を見ながら、簪は顔を真っ赤にさせる。
「あ、あの!? え、えっと志保………」
「どうしたんだ?」
「だ、だってそれ、か……間接キス……」
「ハハッ、変なことを言うんだな、簪さんは、女性同士で間接キスも何もないだろう?」
笑いながら鈍感極まりない言葉をのたまう志保、簪のほうはといえば明確に“間接キス”という言葉を発してしまったせいか、余計に顔を真っ赤にしている。
「……志保の馬鹿」
「……なんでさ」
そっぽを向き拗ねる簪に対し、志保は全くわけがわからずにかつての口癖を漏らす。
その時だった、志保に向かって強烈などす黒いオーラが向けられた。
そのオーラの発信源は当然――――
「――――その役目は、普通姉のものよねえ」
「……いいから落ちつけ、また簪さんに嫌われるぞ」
目の前でラブラブな様子(楯無主観)を見せつけられた楯無だ、それを志保は鋼の精神でもって平然と対応する、単にこういう手合いに慣れているとも言う。
そんなふうに、多少の騒動はあったもののつつがなく夕食は終わった。
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「ごちそうさま、今日もおいしかったよ、志保」
「ごちそうさま、簪ちゃんの言うとおりねえ、本当においしかったわ」
「好評のようでなによりだ、食器は私が洗っておくから、二人はゆっくりしててくれ」
志保はそういうと、慣れ手つきで緑茶を二人分注ぐと、手際よく食器を片づけ流し台のほうに向かった。
後に残されたのは、簪と楯無に二人だけ、再び食事前のように無言になってしまう二人、しばらくの間静寂がその場を包み、食器を洗う音と水音だけが静かに響いていた。
「ねえ………簪ちゃん」
その静寂を破るように、楯無は常の飄々とした雰囲気ではなく、不安げに簪に声をかける。
「………どうしたの? 姉さん」
簪もまた、先の食事時とは違い、声色に暗さを滲ませていた。
「あのさ………簪ちゃんが<打鉄弐式>を一人で作ろうとしてるって聞いたけど、本当?」
その問いは、簪にとっては、楯無から最もしてほしくない質問だった。
姉の幻影を振り払うためにしていることを、ほかならぬ姉本人の口から聞かれる。
それはとてつもなく惨めだ、惨めなはずだった、しかし――――
「うん、姉さんみたいにうまくいってないけどね……」
「大丈夫、私だって必死に苦労しながら組み上げたんだから、…簪ちゃんならきっとやり遂げられるわよ」
「ありがとう、姉さん」
「だからね、姉さんにも手伝わしてほしいな…………って、思うんだけど、だめ?」
それは楯無なりに簪に歩み寄ろうとしているのだろう、おずおずとそう頼んできた。
少し前までの簪ならば、意固地になってその申し出を拒否しただろう。
――――簪の脳裏に浮かぶのは、今日の、いっそ情けないと言っていい姿を見せた、完璧な人だと思っていた姉の姿――――
「だめ、<打鉄弐式>は私の手でくみ上げる」
「……そう、わかったわ」
簪の明確な拒絶の言葉に、楯無は落胆する。しかしその様子は、あらかじめ想定していたような、そんな感じだった。
「――――だけど」
「え!?」
続く言葉は楯無の想定の外だったのだろう、きょとんとした顔を見せていた。
「わからないところがあるから、………教えてもらっても、いいかな?」
照れながらそう頼む簪を見て、楯無は自分と同じく簪もまた、少しは歩み寄ってくれたのだと感じた。
それを実感すると、楯無の顔に今日一番の笑顔が浮かぶ、更識家当主でもなく、IS学園生徒会長としてでもなく、更識盾無の本心からあふれ出た、屈託のない笑顔だった。
「勿論、ほかならぬ簪ちゃんの頼みだもの、OKに決まっているじゃない」
「ありがとう、姉さん」
「フフッ、簪ちゃんにこんなふうにお礼を言われるなんてね」
「…やっぱり、さっきの頼みごとは無し」
「あ~ん、ひどい~」
軽口をかわしながら、笑顔で会話する二人。
姉妹ならありふれた、しかし、この二人にとっては数年ぶりの光景だった。
「……簪ちゃん、最近変わったわね」
「そうかな?」
「うん、だって少し前なら、私にさっきみたいな頼み事しないでしょ?」
「たぶん、そうだと思う、……私はずっと姉さんのことを、何でもできる天才で、私はずっとその陰に隠れている存在だって、…そう思ってた」
「じゃあ、今は私のことをどう思っているの?」
「姉さんだって、ダメなところとか、カッコ悪いところもあるんだなって、何もかも完璧な存在じゃないって思ってる」
「当然よ、表にはいい面を見せているだけで、私だって欠点ぐらいあるわよ」
「今日の一件みたいに?」
「うう、簪ちゃんがいぢめる……」
そう言って泣きまねをする楯無、しかし、次の瞬間にはピタッとそれを止めると簪に質問をした。
「簪ちゃんが変わったのって、やっぱり衛宮さんのおかげ?」
「うぇ!? そ、それはその……」
突然の質問に、簪はあたふたと慌てふためき、顔はにはあっという間に朱が差していた。
それは明確に、先ほどの問いの答えを示していた。
「やっぱりねえ、あの子って確かに、さりげなく人助けとかしそうだしねえ」
「うん、そうだと思う」
「今日だって、私を誘ったのも、私と簪ちゃんの仲を気遣ってのことだと思うし」
「姉さんは、志保のことをどう思ってるの?」
「そうねえ………、いろいろと怪しいと思っているわ、今日だって私と互角に戦ってたし」
「それはそうだけど……」
「だけどね――――」
「裏があるとは思っているけど、いい人だと、そう思っているわ」
茶目っ気を含ませて、楯無はそういった。
そこにちょうど、食器の片付けを終わらせた志保がやってきた。
「何の話をしているんだ?」
「う~ん、秘密ね、それは」
「じゃあ、いいです」
「ひどくない? それって」
「そういうことを言っている人物を迂闊に突っつくと、ろくなことにならないですからね」
「そうしたほうがいいよ志保、姉さんって基本的に悪戯が好きだから」
「うう……二人ともいぢめる、いいもんいいもん、どうせ私にはそんなポジションがお似合いですよ~だ!」
床にしゃがみながら指先でのの字を描く楯無、簪はそれを見て笑いを洩らしながら姉をなだめる。
「フフッ、拗ねないで、姉さん」
「ああっ、もう~、簪ちゃんは優しいわね!」
「もう、抱きつかないでよ姉さん」
「やれやれ、忙しいことだな」
感極まって簪に抱きつく楯無、簪のほうも口では嫌がりながらも、そこまで悪い気はしていないようだ。
志保はその光景を、呆れながらも優しく見つめていた。
そうして夜は更けていき、部屋からはしばらくの間、三人のにぎやかな声が響いていたのだった。
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夜もだいぶ更けたころ、月明かりだけが光る室内で、のどが渇き目が覚めた私は、冷蔵庫の中にあるミネラルウォーターを飲んでいた。
ついでにトイレも済まして、コップを片づけると、私はベットに戻ろうとした。
その途中、ベットで寝ている志保の姿が目に入る。
月明かりに照らされる紅い髪、日頃纏っている凛とした雰囲気が消え、志保に対して失礼かもしれないけど、まるであどけない少年の様な寝顔だった。
――――ゴクリ、と音が鳴る。
それが自分が唾を飲み込む音だと、数瞬の間気付かなかった。
揺らめく月明かりのもとで眠る志保の姿は、幻想的な美しさで、大人の雰囲気と子供の雰囲気が混じり合った、何とも言えない魅力があった。
胸が高鳴り、心臓が早鐘のごとく脈打つ、別に自分には同性愛の趣味はないはずなのに……
よく見れば、寝返りを打ったのだろうか、志保の体はベットの端のほうによっていた。
それはちょうど小柄な人間なら入れる、そう、自分ならちょうどいいぐらいで――――
(って、何を考えてるの私!?)
いつの間にやら、自分が志保と一緒に寝ることを夢想していたことに気づく、だけど――――
(私たち女どうしなんだから、別にそんなにも忌避するようなことじゃ……ない?)
そう――――ほかならぬ志保自身が言っていたじゃない、間接キスぐらい女性同士で騒ぐことじゃないって、だったらこれぐらい別に……
そうして私は自分のベットではなく、志保のベットへと足を進める。
一歩一歩進めるたびに、鼓動はそのリズムを際限なく高めてゆき、耳障りな音を耳元で鳴らし続ける、静寂であるはずの部屋がまるで戦場のように感じられた。
そうして私はようやく、志保のベットへとたどり着く。
志保を起こさぬよう静かに入り込む私、その間爆音の様に響く心臓の鼓動で、志保が目を覚ますんじゃないかとびくびくしていた。
ただベットに寝転ぶ、そんな単純なことだけでとてつもなく長い時間をかけて私は、ようやく志保の隣で寝たのだった。
顔を向ければ、すぐそこには志保の寝顔、あまりに近すぎて志保の吐息が私の顔にかかる。
体は密着して、直に志保の体温を感じている。
そんな状況では、まともに眠りにつけるはずもなく――――
(どうしよう、……緊張しすぎて全く眠気が来ない!?)
そんな時だった。
「……………ううん」
そんな寝息を漏らしながら、志保が寝返りを打つ、腕が回されちょうど私に抱きつく体制になる。
ただでさえ寝れない状況なのに、こんなことになってしまってはもっと寝れなくなってしまう、おまけにこの状況では脱出も不可能だ。
自業自得とはいえ、こんなことをしてしまったことに後悔してしまう。
(ど、どうしよう!? やっぱりこんなことするんじゃなかった)
そんなことを考えながらも無情に時は過ぎていき、私は人生の中で一番眠れぬ夜を過ごしたのだった。
ちなみに、朝起きてからの志保の反応はといえば――――
「寝ぼけて違うベットに入り込むなんて、そそっかしいな簪さんは」
まるで、幼い子供が可愛げな失敗をしたかのように、笑って許したのだった。
想定道理とはいえ、こんなにも平然とされるのは何か間違っていると思う。
「……志保の鈍感」
「なんでさ!?」
<あとがき>
なんだか会長が書いて行くたびにどんどんダメな子になってしまう、どうしてだ……
ちなみに感想で鈴派から簪派に変わったの? なんてことを聞かれたのですが、実を言うと志保は最初っから一夏とは違うクラスにしようと考えていたからで、別に鈴と一緒のクラスにしたことにそこまで意味はないという………ああっ!! ごめんなさいセカン党の人たち、石投げないで!!
しかし……いまだ一巻の内容すら終わっていねえ、この話志保と一夏のダブル主人公だから、当然進む速度も二倍遅いんだよなあ(汗