もし、志保の転生した世界がIS世界では無かったら。
――――夜の漆黒と、車のライトに包まれる橋。その橋上に異質な三つの人影があった。
先頭を行くは、見た目は普通の少女である。だが、自動車を軽々と追い越し、刃物などを持っていないにもかかわらず、目に付く通行人の首を斬りおとしていく様を見れば、明らかに異質、災禍を呼び起こす存在だ。
それを追う二つの人影は、見た目からして異質であった。纏うは軍服。それだけでも不自然極まりないが、それが鉤十字の紋章を掲げた軍服ともなれば、その不自然さは言葉に出来るものではない。
その二人の行為もまた、常軌を逸していた。
二人の一方、白髪の男は足から鮮血の如き深紅に染められた巨木の杭を生やし、足元の全てを蹂躙しながら先ゆく少女を追跡していた。
その深紅の巨木に蹂躙されたものは人間無機物の区別なく、構成されるエネルギーの全てを吸いつくし、枯れ果てさせていた。
そんな男の後ろを行く、身に纏う軍服に不釣り合いな少女は、中世の拷問器具を巨大化させた車輪の上に立ち、先ゆく二人を追随している。
その少女が引き連れた影は不自然なほどに肥大しており、前行く二人の戦闘痕を、一切合財の区別なく呑み込んでいた。
後に残るはせいぜい、白髪の男が残していく、巨木の足跡だけだ。
あまりにも乱暴な、しかしこれ以上ない証拠隠滅。確かにこれならば、そもそも事件が起こったことすら気付かれないだろう。
平穏な都市に顕現した、人外達の闘争。巻き込まれた不運な人間に許されるのは、恐怖の中、斬り殺されるか、吸い殺されるか、あるいは、影に飲み込まれる事だけだった。
なぜならここは、例え少し前が普通の町だったとしても、すでに異界へと塗り替えられている。
暴虐の戦乱吹き荒れる、魔人どもへの戦場へと。
ならば、ここに生の証を残せるは、同等の魔人でなければいけないのだ。
白髪の男と、赤髪の魔女が動く。
変わり映えしない追走劇に首機を打つために、共に必殺の一撃を放たんとする。
この時、二人が帯びた任務は先ゆく少女の捕縛だったが、あっけなく死ぬ存在ならば必要無いとも思っていた。
弱者はいらない。それが二人の、いや、二人が所属する組織の共通認識。
だからこそ、全力ではないものの、一切の手を抜かない一撃を放つ。
白の魔人からは、深紅に染まる杭の砲弾。紅の魔女からは鋲で武装した鎖の群れ。
貫き殺されるか、絡め取られ車裂きにされるか、少女にはその二通りの未来しか許されない、二人はそう思っていた。
――――だから、先を行く少女が、防御でも回避でもなく射手のへの反撃を行うことを選択する、狂気の思考回路を有しているとは思わず。
――――だから、このタイミングでの三人纏めての殲滅を選択する者の存在を、予想できようはずもなかった。
音の壁を十枚まとめて突き破りながら、紅き鏃が着弾する。
二人の意識が眼前の標的に向いた、その隙を狙い澄ました完全なる奇襲。こちらもまた人外の領域に立つ必殺の一撃だった。
着弾と同時、現用兵器に勝るとも劣らない威力の爆発が吹き荒れ、三人が追走劇を繰り広げていた橋に大穴を穿つ。
「ちょ!? 何よこれっ!!」
「うるせえ黙ってろっ!!」
二人がかろうじてそれを避けられたのは、白の男の、野生動物の嗅覚にも似た戦闘行為への勘。
誰よりもその感が鳴らした警鐘を信用したために、攻撃の結果などを無視して紅の魔女を掴んでその場を離脱したのだ。
そしてその信用は正しかった。なぜなら先の一撃は尋常の火器などでは脅威とみなさない二人にとっても、脅威と言えるほどだったからだ。
明らかに自分たちが使う魔道の深奥にも似た“ナニカ”によるもの。それは、自身の所属した組織が作り上げたこの生贄の祭壇に、予想もしない第三者の介入があることを如実に示していた。
「――――チッ、どこのどいつだ、こんなふざけた真似をしてくれんのはよぉ」
「確かにどこの誰かしら、まあ、こんな厄介事はクリストフに押し付ければいいんじゃない?」
その第三者の介入に気勢をそがれる形となったのか、戦の気配を沈めた二人は今宵の戦いを終わらせたのだった。
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そして、その頃、二人から逃亡していた少女はと言えば、まんまとあの一撃にまぎれる形で逃走を成功させていた。
人気のない公園に逃げ込み、ただぼうぜんと立ち尽くす。
その瞳に生気はなく、まるで操り人形のようだった。これならば追跡していたあの二人のほうが、ある意味人間らしいといえた。
ただただ老若男女の区別なく、その首を刎ねて命を喰らう、その様はまるで処刑器具の如し。
だとすれば今の彼女は人間ではなく、ギロチンであるのかもしれなかった。
「君は、何者だ?」
「―――――――――」
だから、現れた何者かの問いにも、無言を示すだけ。
現れたのは、燃え盛る炎の紅色に染まる髪をポニーテールにまとめた同年代の少女。
外見は普通の少女であるといえたが、物言わぬ少女を目の前にしても恐怖はなく、ただ疑心だけをあらわにするのなら、この少女もまた異質だった。
「その体は香純の物だ。貴様の物ではない」
「―――――――――」
どうやら、紅髪の少女は物言わぬ少女の素性を知っているようだった。先ほど三人纏めて殲滅しようとしたにもかかわらず、こうして問いかけるのは少なからぬ情を物言わぬ少女に抱いている証かもしれない。
この二人の関係はクラスメイト。所属する部活こそ違うものの、名前で呼び合えるほどには仲が良かった。
しかし、その友情を思い出せる意識はすでに少女に無く、代わりに放たれたのは首狩りの刃。
不可視にして必殺。全ての物に確実な死を与える、無慈悲なるギロチンが紅の少女に迫る。
「――――――――――――――――え!?」
しかし、その程度、紅の少女には避けられるはずだった。
染みついた戦闘経験が自然と体を動かす筈だった。例え忘我の状態から放たれた無我の一撃とはいえ、その程度で死ぬほど、紅の少女は間抜けではない。
だが現実はそれを覆した。
偶然、と言えるのだろうか。無慈悲な刃は紅の少女に首筋に真紅のラインを残し、やがて惚けた表情のままに固まった頭が、あっけなく地面に落ちた。
鮮血が、首の断面から吹き荒れる。
――――果たして、それは偶然といえたのだろうか。
この世界において、偶然ほど信じられるものはない。それは偶然の名を借りた必然。
いないはずの、世界全てを使った劇への乱入者。この世界を総べる者は、そんな存在を決して許しはしない。
故の理不尽ともいえる退場。それが世界の必然だった。
”これより先はありきたりだが至高の舞台。アドリブや乱入など必要無いのだよ。故に、退場したまえ”
人に知覚できぬ天上の領域で、影法師の声が響いた。
だがその偶然が、更なる乱入の幕開けでしかなかったとしたら?
そこには、影法師の意思とは別の必然があるのではないのか。
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温かい、常日頃は自覚しないが、とてつもなく身近な暖かさを持った赤い液体が、私の顔に掛かる。
同時、彼女の脳裏に去来するは、凄惨な血の記憶。
そんなものは記憶にない。在ってはならない。在ってほしくない。
けど、どうしようもないぐらいに鮮明に甦る。誰かれ構わず首を刎ね、果てにはクラスメイトすら殺した光景が。
――ねえ、蓮。私をかかわらせないように思ってくれるのは嬉しいけどさ、もう、引き返せないよ。
そう、もうこの町に起きている異変に、私はどっぷりとつかっている。
それでも、私は置いていかれるの? 蓮も司狼も、私を置いていかないで………。
大事に思っていてくれるのは嬉しいけど、独りぼっちはさみしいんだよ。
薄れ行く意識の中、そんな寂しさを抱えながら目に写ったのは、戦いに赴くみんなの姿。
今日もまた置いて行かれる。これからも、ずっと。ずっと。
「…………いや………・だよ」
そんなつぶやきも、誰ひとりとして聞いてくれなくて。
だからと言って追い付ける力も、私にはない。二人の背中をずっと見ているだけ。
――それでいいのか?
その声は外からではなく、体の奥底から聞こえてきた。
普段は知覚しない、意識の奥の更に奥。そこに住みついた誰かの声だった。
その声の主を、私は知っている。けれど、もう絶対に聞こえないはずの声。
だって、もう死んでいる。”志保は私が殺したんだから”
――そうだな、私は香純に殺された。
遠慮なく口にされた覆しようのない事実。けどその声色に、私を責める気配は微塵も無くて。
どうして? 私が志保を殺したんだよ。何でもっと責めないの。
――けど、殺したくて殺したわけじゃないだろう?
――だから、香純を責めるのはお門違いというものだ。
――それに、そんなことは重要じゃない。
まるで自分の死を、瑣末事だと切り捨てて、重要なことは他にあると、志保はそう言い放った。
最初の言葉は、”それでいいのか?”
つまりそれは、現状を座して見るだけの現実を受け入れるのか、そう、問いかけていた。
勿論、そんなのはいやだ。そうやって置いていかれるのは絶対に嫌だ。
けど、追い付く力が無いから追い付けない。私に現実を覆す力はない。
――本当にそうか? 香純は私を殺したんだぞ。
――生憎と、香純程度に殺されるほど私は弱くない。
――現実を覆せないと言うが、すでに私の“現実”は香純によって覆されたさ。
――酷な言い方だが、現状に合う力は、すでに香純に備わっているよ。
ああ、確かに酷だね。けど、確かにその通り。
そうだ、私に何があってこうなったかは知らないけど、力があるのなら進めばいい。
二人に追い付きたいなら、追い付けばいいんだから。
ついでに、私の体使ってあんなことした奴らをぶちのめす!!
後は前に進むだけ。私の力<衛宮志保>はここにある。
奥底にある剣を掴み取るような感覚とともに、私の意識は現実に浮上した。
その刹那、私は志保に一つの質問を投げかけた。
(ねえ、どうして私にここまでしてくれるの?)
――香純に取り込まれて、香純の苦悩に触れたから、かな?
――現実に打ちのめされ続けたその苦悩は、とても共感できたのさ。
だから、そんなもの打ち破ってやれ、と声ではなく心で、志保は私の背中を力強く押してくれた。
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諏訪原市のアウトローたちの吹き溜まり。クラブ<ボトムレス・ピット>のライブホールは異界の戦場と化していた。
数多の群衆の視線が注がれているのは、一人の美女と尋常ならざる気配を放つ大男。
美女は怜悧な美貌を鉤十字の軍服に身を包み、顔を不気味なデザインのマスクで隠した大男を従えている。
戦場の風を纏い、男の手にはおおよそ人の手に負えるはずもない黒の巨槍が握られている。
明らかに、戦端を開くことが目的であり、この場にいる大多数はその気配に呑まれ、口を開くことすらできずにいた。
対峙するのは二人。
いかにも軽薄そうななりをした、傍目からはチンピラとしか言えないような男、遊佐司狼。
しかし、この死臭漂う場においてなお軽薄な雰囲気を崩さず、その手にデザートイーグルが握られている。
もう一人は女と見間違えそうなほどに整った顔立ちをしている司狼と同年代の少年。
服装こそは普通だが、その右腕から湾曲した長大な刃が生えており、その刃が発する気配が見るもの全てに尋常ならざる死の恐怖を与えていた。
それはまるで“ギロチン”の刃だった。
少年の名は藤井連、この場において眼前の魔人二人に抗する、最も相応しい力を有している少年である。
それほど大きくはないライブホールに、濃密なる死の気配が満ちていく。
戦端が開かれるのは最早誰にも止められず、異形の男は巨槍を構え、応ずるように蓮もまた、ギロチンの刃を構える。
しかして戦端を開いたのは、男の傍らに立つ美女――リザ・ブレンナー――の短い呼びかけ。
「――カイン」
それが男の呼び名だろうか、それに応えるように、まるで大型重機のように人間味の無い挙動でカインが動く。
巨槍から漆黒の紫電が迸る。ホール全体を震わす規格外の力。
正しく雷神の鉄鎚のように、振り下ろされた巨槍は規格外の威力を知らしめる。
轟音とともに紫電が吹き荒れ、その射線に巻き込まれた百人近くの観衆を肉塊に変えた。
「ガッ、アアアッ!!」
その紫電は蓮の肉体をも焼いていく。苦痛の呻き声が口から洩れる。
顔見知りで学校の先輩の母親代わりでもあるシスター、リザ・ブレンナーへの闘志が鈍っている隙が、そのダメージを背負わせた。
蓮はその甘さに歯噛みしながらも、司狼の安否を声を張り上げて確かめる。
「司狼っ!! 無事かっ」
それに答える声はなく、代わりに響くのはデザートイーグルの銃声。
明らかにそれは司狼が戦闘行為が可能であることの証であり、同時に、恐らくはカインを操っているシスターへの牽制を行うつもりだと知った。
ならばそのために時間を稼ぐことが蓮の務めであり、それをよどみなく行えるのは、当人は否定するかもしれないが正しく阿吽の呼吸だった。
蓮が床を蹴り砕く勢いでカインに迫る。膂力はカインが上かもしれないが、スピードならこちらに分があると判断し、とにかく速さで攪乱すると決めた。
砲弾のように懐に潜り込みギロチンを一閃。それは難なく巨槍に防がれるが、反撃を許す前に再び後ろをとる。
だがそれも、まるで見えているような雷撃の放出で迎撃された。
文字通りの血煙が体から立ち上り、相応の激痛が蓮の体を襲う。
それを意地で我慢しながら、今度は完璧に頭上をとった。
「オオオオオオオオオオッ!!」
だがそれも、人体の関節構造を無視した一撃で撃ち落とされる。
そのまま放たれた振り下ろしを、蓮は頭上にギロチンを掲げて防ぐ。
体格で劣る蓮が一番陥ってはいけない真っ向からの力勝負に持ち込まれ、自身の不甲斐無さに怒りの形相を浮かべる。
(あほか俺はっ、後ろとってもシスターにみられりゃ意味無いだろっ!!)
そう、悪魔で速さで攪乱するならばカインの司令塔であるリザの視線からも逃れる必要があった。
それに気付かぬままに、頭上をとったぐらいで浮かれてしまえば、手痛い反撃を喰らうのは必然だった。
直後、ギロチンと鍔迫り合いしている巨槍から電撃が迸り連の肉を焼いていく。
「グウウッ!!」
それでも倒れるまいと力を振り絞るが、拮抗するだけで精いっぱいであり、倒れるまでの悪足掻きでしかなかった。
司狼の持つ武器ではカインに何ら痛痒を与えることはできず、拮抗を崩すには蓮が自力で何とかするしか道はない。
――――道はない、はずだった。
「でえりゃああああああああああっ!!」
蓮にとっても、司狼にとっても聞きなれた雄叫び声。
二人の日常の証である幼馴染の、このような人外が集う戦場では聞こえるはずの無い声。
だがそれでも、岩から切り出した様な斧剣を大上段から振り下ろし、蓮の窮地を救ったのは間違いなく二人の幼馴染。
――――綾瀬 香純だった。
「「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」」
珍しいことに、蓮だけではなく司狼までもがその光景に驚愕を見せる。
二人の驚愕の声が重なって響き、香純が答えるように振り向く。
「こんの馬鹿蓮!! 馬鹿司狼!! いっつもいっつも私を置き去りにしてんじゃないわよッ!!」
「おいおい、いきなり現れてそんなこと言って、空気読めよバカスミ」
「シャラップ!! 反論は聞かないわよ」
「あ~、悪い悪い、つ~ことであとは任せた、蓮」
「なあにがつーことで、よ!!」
早速常と変わらぬやり取りを始める香純と司狼にあっけにとられ、蓮が吐き出せたのはたったの一言。
「な……んで、香純がここで出てくるんだよ」
「私が出てきたかったからよ」
「おまえが出てきちゃ意味無いだろっ!! 俺はお前にこんな危ない目に合わせたくないんだよッ!!」
「けど私は、いつもいつもあんたら二人の背中を見ているのは嫌なのっ!!」
「あほかお前っ、高々剣道の腕が立つ程度で生き残れると思ってんのかっ!!」
「さっき私の助けられたのはどこの誰よッ!!」
最早痴話喧嘩の体をなしてきた言い争い。それを破ったのはカインの攻撃。
割り込むようにして放たれた巨槍の振り下ろしを飛びさがって避けると、互いにカインに向き直る。
「蓮、とりあえず今はあとっ!! 先にこいつをどうにかするわよッ!!」
「あ~もうっ!! 精々足引っ張んなよッ!!」
そうして蓮は再びギロチンを構え、香純もまた戦闘態勢に移る。
香純にとってこれが初めての戦いだが、まるで初めから知っているような感覚で操っていく。
――――かつて香純を操っていたギロチンは、殺した者の魂を喰らい貯め込んでいた。
その魂の全ては今は別の者に移され、とある武器を起動させるための燃料へと変えられていたが、この世界にとって完全な異物である衛宮志保だけは、香純の奥底に取り残された。
そしてその武器とは一人の少女の魂。その類稀なる魂は、今は蓮に宿り、今なお顕現しているギロチンとなっている。
その少女の魂の格は比類できるものがなく、その格こそが、蓮のギロチンを必殺たらしめている。
――――ならば志保の魂は?
とある世界において、英雄とまで称され、恐れられ、処刑された志保の魂は、同様に必殺の武器となり得るのではないか?
「形成<トレース・オン>」
香純の詠唱と同時、香純の体の至る所から刃の群れが突き出てくる。
まるでそれは、香純の体そのものが刃へと変じたようだった。
<あとがき>
最初に本編を書くときにISとクロスさせるか、この話のようにDies iraeとクロスさせるか迷ったんですよね。
まあ、ISのほうが書きやすいかな、と思ったんでこっちはお蔵入りとなりましたけど。
衛宮士郎と香純って似てると思うんですよ、お互い自身のルートでエンディングでは一応ハッピーエンド?になるけれど、将来的にはバッドエンドになっていそうなところとか。