「――――もう千冬たちは向こうに着いているのだろうか」
「――――さあ? まだバスの中なんじゃないか?」
そう言いながら二人の指は傍らの皿に盛られたスナック菓子に伸びる。
のんびりとした雰囲気の中、弾が適当に選んだレンタルビデオを揃って観賞する。
弾とラウラの周りをゆったりとした空気が流れ、時折千冬に関する話題で会話が続く。
「…………お兄、その体勢やめてくれない?」
「なんでだよ?」
「ラウラもだよ!!」
「どうしてだ?」
「あ~もうっ!! 何か私へんなこと言ってるのかなっ!!」
蘭の指摘も当然のこと。二人の体勢は胡坐をかいた弾の足の上に、ラウラがすっぽりと収まるようにちょこんと座っているのだから。
「どうしたんだ? 蘭の奴」
「さあ、落ち着ける場所に座っているだけだというのに、どうしてそこまで取り乱すんだろうか」
うろたえ、困惑する蘭を放置し、二人はのんびりとビデオ鑑賞を再開する。
「……うう、お兄とラウラさっさと結婚しちゃいなさいよ」
むしろ恋人というより仲の良い兄妹といった感じの二人に、弾の実妹であるはずの蘭はしばらく恨みがましい視線を投げかけていたのだった。
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燦々と照りつける太陽。青く輝く海。
臨海学校に来たIS学園の生徒の目の前にそんな光景が展開し、テンションが絶好調となった生徒達が我先にと水着を身に纏い駆け出していく。
しかしそんな中、錆ついたブリキのおもちゃのようなぎこちない動きで、ゆっくりと砂浜を歩く人物がいた。
「………やはり、人前でこの恰好は恥ずかしいな」
不特定多数の前で水着姿を晒すのは、未だに羞恥心を抱くらしい志保。
しかも、本来なら自分が選びそうにない、洒落っ気を出した水着なのも羞恥心を加速させているようだ。
「大丈夫だよ志保、似合ってるって!!」
「ええ、そんな不安な顔をしないで、胸を張っていたほうがよろしいですわ」
そんな志保をセシリアとシャルロットが励まし、先に着替えを済ませていた一夏の方へと背中を押していく。
もう明らかに一夏に水着褒めてもらって照れるがいい、そんな感じの思考がありありと二人の顔には表れていた。
「お、おまたせ……一夏」
「遅かったな志保、何かあったのか?」
「「……むっ」」
一夏の元にたどり着かされた志保は、至って当たり差ありの無い言葉を一夏と交わし、先に一夏の元に来ていた鈴と箒に警戒の視線を向けられた。
「ねぇねぇ織斑君、何かいうことあるんじゃない?」
「そうですわ、殿方には果たすべき義務があるのではなくて?」
言外に志保の水着姿を褒める様、一夏に促す二人。
「けどなぁ……」
「「けどは無し!!」」
しかし、どこか煮え切らない一夏に、二人は声を荒げ――――
「別にいいよ二人とも、だってこの水着……………その………一夏が選んでくれた物だし」
だから、わかり切っていることは求めなくていい、と照れながらもそう言い含める志保に、威勢を削がれたのであった。
「「ふーん……一夏が選んだ、ねぇ」」
無論、極限までに殺気を膨れ上がらせた箒と鈴が、周囲の生徒をビビらせていたのはいうまでもないだろう。
「けど……改めて聞きたいな…………似合ってるか?」
か細い声で一夏に改めて問いかける志保に、セシリアとシャルロットが思ったことはただ一つ。
((――――火に油を注がないで))
そんな悲嘆と、背後の乙女二人からの射殺さんばかりの視線なんて気にも留めず、至極簡潔に一夏は答えた。
「似合っているに決まってるだろ。――――可愛いぜ、志保」
「そ…そうか…可愛い、か」
「お、おう」
対する志保は、いつもならば声を大にしてそう言う類の褒め言葉を否定するのだが、今回は違っていた。
かみしめるように、己に刻み込むように一夏からの賛辞を復唱し、一夏はそんな志保の常とは違う様子に、面食らった顔を見せている。
ようするに非常に初々しい恋人同士の、海への初デートと言った風情だった。
「なぁんだ、やっぱり織斑君に褒めてもらいたかったんじゃないか」
「フフッ、お互い奥手ですわね」
セシリアとシャルロットはそんな二人を微笑ましい表情で見つめている。
「「――――――――ああ、妬ましい。妬ましい。妬ましい」」
背後で呪詛の如く、瘴気と化した嫉妬を放出する箒と鈴を華麗に無視して、だったが。
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ビーチバレーとかいろいろと遊び倒し、手近な岩の上で心地よい疲労を堪能しながらスポーツドリンクを一口飲む。
渇いた喉を甘みと水分が潤し、疲れ切った体に沁み渡っていく。
「……いいよな、こういうのって」
横には同じく岩に腰掛けて一息つく一夏がいる。しみじみと語る一夏の言葉には、私もまったく同感だった。
「そうだな…向こうの世界じゃ帰還のための手掛かり探し続けたり、一夏が正義感で厄介事に首突っ込んだりして大変だったな」
「うっせぇ……」
平和な世界に生まれ、生死のかかる状況にギャップを感じ、だからこそ未熟でも物怖じせず事に関わった一夏。
そんな一夏を必死でフォローし続けるのは、確かに大変だったけど――――
「でも……やりがいはあったぞ?」
不貞腐れる一夏に、そんなフォローとも付かない言葉をかける。
あれはあれで、結構充実していたと思うしな。
それに……一夏はあえて悟ったふうな行動や思考をしていないように思う。
いつもいつも、感情に任せて突っ走ってばかりで、だから、ずっと明るかった。
見方を変えれば成長していないってことだけど、それはきっと失ってはいけない事を失わなかったという事。
多分、それは私への一夏なりの気遣いなんだろうな。
「だから、お前が私の主になったことに後悔していないし、お前でよかったって思ってる」
改めて言葉にした私の本音は、何故か一夏を硬直させた。
「………どうしたんだ?」
私の方を見詰めたまま、微動だにしない。何か変な事を言っただろうか。
「……一夏?」
「……あ、あのさ」
「何だ?」
震える声色で、一夏はどうにか続く言葉を絞り出した。
「――――――――今の言い方って、その、告白みたいだぞ?」
それは、逆に私を硬直させた。ついでに顔の表面温度も急速に上昇していく。
確かに今の言い方、まるで男女の告白じみていて……。
「ち、違うからな!!」
気付けば立ち上がって一夏の肩を鷲掴み、大声で否定の声を上げていた。
あ…あくまであれは自分を使ってくれるのが一夏でよかったと言っただけで、その、男女がどうこうといった気持ちは無かったんだから。
「お…おい!? 押すな志保!!」
「わかってるか? お前が私の主でよかっただけの意味しかないぞ!!」
「わかったから離れろ!! お願いだから!!」
「いいやわかってない!! 第一お前いつもそう言うネタで私をからかうじゃないか!!」
「ちょ!? もう限界だって……うわっ!!」
「うわわっ!?」
そして気付けば私と一夏の体は重力に押され、ともに地面に倒れ伏した。
「………大丈夫か一夏?」
私はともかく、私に下敷にされる形で倒れた一夏は大丈夫だろうか。
怪我とかしてないだろうか。運よく砂の上に倒れたのが幸いだったけど……。
「あ…ああ、大丈夫だ………ぞ…………」
眩む頭をさすりながら、一夏は私を見上げて大丈夫だと声を上げる。
そう、見上げて…だ。私が一夏の肩を掴んで体重をかけたのが転倒の原因なのだから、それは当然の結果だった。
つまりは倒れ伏した一夏の体に馬乗りになる形が、今の私の状況。
「そ…そうか………怪我が無くてよかった」
現状を認識するだけで心臓が爆発しそうなぐらい、そのリズムを速めていく。
一夏の方も偶然胸に突いた私の掌から伝わる鼓動で、この状況に緊張しているのが伝わってくる。
やっぱり一夏も恥ずかしいのか……って、私は何を考えているんだ。は、早く退いてやらないと。
「志保の方も……怪我無いか?」
「ああ、一夏のおかげで、大丈夫だ」
だというのに、まるで空間が固定されたかのように私の体はピクリとも動かなかった。
すぐにでも離れないと一夏に迷惑だ/ずっとこのまま一夏とくっついていたくて
まるでこんな状況じゃ一夏が誤解してしまう/こんな状況なら、一夏も私をそう言う目で見てくれるのだろうか
まあ、一夏はそんなことをネタにしていっつもからかってくるから大丈夫とは思うが/一夏の言葉を信じるなら、既にそういう目で見ているのかもしれない
つまりは――――――――私こそが、一夏をそう言う目で見ているということだった。
セシリアやシャルロットに言われるまで気付かなかったその思い。
けれど、そうまで自覚しておきながら、一夏の前でそれを認めることに踏ん切りがつかないでいた。
怯えて、いるのだろうか。一夏にその思いを告げるというのは、完璧に衛宮士郎としての自分とは決別し、衛宮志保としての自分と向き合うということだ。
前世が男だったから。そんな言い訳じみた未練を清算する勇気は、今のところ私には無かった。
「その……ごめん」
だから、今の私にできることと言ったら、金縛りから抜け出して一夏の上から退くぐらい。
肌に感じる一夏の温かさから離れることは、正直にいえばもったいないと感じたけれど、いつまでも乗りっぱなしはいけないだろう。
「いや、大丈夫だから気にするな」
一夏よ、お願いだから名残惜しそうな顔をしないでくれ。
「そういやそろそろ自由時間終わりだよな、旅館に戻ろうぜ」
「……ああ、そうだな」
先を歩く一夏の背中を見つめ続けながら、果たして自分のこの思いを一夏に伝えられる日が来るのだろうか、と愚にもつかない思考を展開する。
そんな妄想が成就して、いつか、劔冑とその仕手としてではなく、恋人同士として一夏のそばにいられたら、とそんな光景を脳裏に描いた。
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「よし志保、つまみ作れ」
「いきなり呼びつけていうことがそれですか千冬さん」
夜も更けた旅館の一室。千冬に割り当てられた一室に呼び出された志保は、缶ビール片手に待ち構えていた千冬に開口一番そう言われた。
「とか言いつつ即座に台所に向かうあたり、お前も大概だな」
「まあ色々と、こういう状況になれているので」
例えば虎とか……そんな呟きは、幸いにして千冬の耳に入ることは無かった。
そうこうしている間に、千冬が旅館の売店で買いそろえたありあわせの材料でつまみを設えた志保は、千冬の対面に腰をおろしてつまみを差し出した。
「はいどうぞ」
「うむ、ご苦労」
そしてビールとつまみに舌鼓を打った千冬は、おもむろに志保に切りだした。
「実をいうとな、――――――――お前ならば一夏とくっつくのは許容できる」
未成年故にビールではなくお茶を口に含んでいた志保は、千冬の唐突な発言にお茶をふきださないようにするのに全霊を傾けた。
「い、いきなりなんですか!?」
「いきなりでも何でも無いだろう、家であれだけいちゃついているくせに」
「別に……そんなことは」
とはいえ、今更ながらに家での光景を思い返すと、あまりに男女のやり取りじみた光景に志保は顔を赤らめる。
「いつも一夏と一緒に台所に立ったりとか、ラウラもいれば夫婦みたいだぞ?」
さしずめラウラは娘だな、とからかう様な千冬の言葉に、志保の脳裏に再現された光景にバイアスがかかってしまう。
それが余計に志保の顔をゆでダコに変えていき、ますます縮こまる志保を千冬は肴にしてビールを飲み干す。
「それが悪いとは言わんさ、あいつもそう言う感情を抱いてもおかしくはない年頃だし、ならばこそどことも知れない奴ならば認めんがな」
「でも……得体のしれないというのは私も……」
「馬鹿を言うな、お前が一夏を愛しているのは一緒に暮せばよくわかるさ」
「別に……一夏は私の主だから…その……気にかけているだけで」
「そんなのは建前だろうが」
「……………………………ううっ」
建前を破ることすらできない志保を、千冬はニヤニヤと嗜虐心に溢れた視線で見つめる。
「しかしお前は、いつもはあれだけしっかりしているのに、こういうことになると初心もいいところだな」
「ええそうですよ、どうせ私は初心ですよ」
さんざんからかわれた志保は、動揺した精神の勢いのままにテーブルの上に置かれえいた缶ビールを手に取り、一気に飲み干した。
「………お前教師の前で堂々と飲酒をするな」
「生徒の前で堂々と飲酒する教師に言われたくありません」
「ほう……言ってくれる」
そこから展開されたのは、教師と生徒によるささやかな飲み会だった。
「――――――――そう言えば、お前には礼を言っていなかったな。ありがとう」
互いに酒精で顔を赤くしたころ、千冬の口からそんな言葉が漏れてきた。
「何に、です?」
「向こうの世界で、一夏を守ってくれた事、だよ」
「私がやりたくてやったことですよ」
「それでも、だ。これからも一夏と一緒にいてくれ」
そう言う千冬の頬は、酒精以外で赤くなっているように志保は感じた。
「別に千冬さんに頼まれるいわれはないです」
「……むっ」
「そんな事、頼まれるまでもない事です………私はずっと、一夏とともにいます」
「――――――――ククッ、そうか」
「ええ、そうです」
一夏当人がいないからか、それともよって本音がこぼれやすいからなのか、志保は衒い無くそう答えた。
もしかしたら千冬が志保を呼びつけたのは、あるいはこんなやり取りをするためだけなのかもしれなかった。
無論翌朝、そんなプロポーズとしかとらえようが無い発言を思い出し、布団の上で転げ回る志保の姿があったとか無かったとか。
<あとがき>
さて、外伝は<シルバリオ・ゴスペル>がラスボスなのですが……村正クロスで“銀”ですからねぇ。
あと外伝の弾とラウラは、絶対告白も何も無く恋人の関係にシフトアップすると思う。