「――――――――お前の家に泊めてくれ、弾!!」
とある高校の昼休み。他の生徒も多数いる教室の中でラウラの大きな声が響き渡る。
クラスにいた生徒……主に男子生徒の視線が少女が呼びかけた青年に集中する。主に嫉妬と恨みに満ちた視線だ。
その声と相対した青年、五反田弾の顔には「またか…」という、諦観にも似た表情が浮かんでいた。
弾とラウラの縁は、弾が中学生の時まで遡る。
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「うう……千冬とはぐれてしまった……どうする?」
弾の視線の先にいるのは、迷子になった子犬のように視線を巡らせる少女。
日本ではまず見かけることのない銀色の髪に左目に眼帯を付けた、一目見れば強く印象に残る少女だ。
しかしながら、明らかに迷子になった様子でおろおろとしている姿を見れば、幼い子供のようにも見える。
どう考えても、日本の普通の中学校では見かけない特異な人物である。
「――――お~い、道がわからないのか?」
とはいえ、そのまま放置するのも気がひけた弾は、怖がらせないように表情を整えて少女に声をかけた。
明らかに外人に見える容貌の少女に、内心で緊張を感じながら声をかけたのは弾だけの秘密である。
「ここはいっそ、<ヴォーダン・オージェ>を使って……」
所が少女はあまりに自分の思考に没頭しているのか、弾の声に気付く素振りを見せなかった。
余程迷子になった状況に戸惑っているのかと、もう少し大きな声で再び声をかけた。
「お~い!! 道がわからないなら教えようか?」
その行為は、確かに少女の気を引くことに成功した。
だが、少女から帰ってきた反応は、弾の想像する物とはあまりにもかけ離れていた。
「――――何者っ!?」
そうして振り向きざまに弾の腕をとって、瞬く間に捩じ上げて組伏せる。
思いもよらぬ激痛とともに弾は大地と在り難くも糞もない接吻をさせられた。
「ちょっ!? 痛いって!! いきなり何すんだオイ!!」
「――――――――む?」
恐らくは無意識の行動だったのか、弾の悲痛な声に少女はようやく現状を認識する。
視線を上下させ、弾が着用しているのが中学の制服だと確認する。
「……………………………………あわわわっ!? すっ、すまないっ!!」
弾を組み伏せた時とあまりにギャップのある困惑した様子を見せ、少女は腕を離し飛びのいた。
弾は鈍痛を訴える肘を揉み解しながら立ち上がり、制服に付いた土埃を払いのけた。
「そのっ……本当にすまないっ!!」
そのまま放っておけば地に頭をこすりつけかねないほど焦った様子で謝罪する少女に、弾は怒りが霧散してしまう。
まあ、そこまでひどい怪我を負ったわけでもないからいいか、と弾はその謝罪を難なく受け入れた。
「あ~、いいっていいって」
「ゆ、許してくれるのか?」
「わざとやったわけじゃないんだろ?」
罪悪感で涙を目に滲ませる少女が、本当に幼い子供のように見えた弾は、その銀の髪を優しく撫でて少女の気持ちを落ち着けようとした。
「だったらまあ……別にそこまで怒りゃしねぇさ」
「……ありがとう」
弾が撫でるたびに少女の震えが消えていく。
その時、というかようやく弾は少女の服装が、ここの中学の女子用制服であることに気が付いた。
(アレ……ということは俺とこの子同年代!?)
ちなみにこの時弾は一年生。どう考えてもこの少女が年上ということはありえないだろうと思い、つまりは同い年ということなのだろう。
つまりはこの行為、すごく失礼極まる行為じゃね?…と内心困惑して、弾の頬を冷や汗が垂れた。
「と……ところで、道に迷ってたのか?」
「むっ……そうだった、早く職員室に行かないと!!」
「だったらこっちだよ」
(よし、このまま有耶無耶にしよう)
心中で情けなさ爆発の思考をしながら、少女の目的地である職員室へと歩を進める弾。
それが弾と少女――ラウラ・B・織斑――との出会いだった。
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「――――それで? 泊めてくれってどういうことだよ」
「うむ……実はIS学園の臨海学校で家に誰もいなくてな」
場所は変わって屋上。二人は昼食をとりつつ教室の一件のことを話していた。
ラウラの語ったところによれば、ラウラの保護者である織斑千冬が臨海学校の引率の為数日家を開ける。
つまりはその間、一人になるラウラを心配して友達の家にでも泊らせてもらえ、とのことらしい。
ちなみにラウラの義理の姉が彼の織斑千冬であることを知った時、弾は人生最大の驚愕を経験した。
彼の世界最強、ブリュンヒルデと生で出会える機会などそうそうあるはずもない。
「ふむ……君がラウラに道を教えてくれたのか、ありがとう」
「い……いえいえ!! 当然のことをしたまでですよっ!!」
「そうか、聞く所によるとうちのラウラとは同じクラスだそうだな」
「は、はいっ!!」
「なにぶんあいつは世間知らずなところがあるからな、面倒を見てくれると助かるんだが」
「そんなことならお安い御用っすよ」
「重ね重ねすまないな…………………………それとラウラに余計なことをした場合、殺すから肝に銘じておけ」
「――――――――肝に銘じておきます」
付け加えるならば、以上が弾と千冬の初対面時の会話だった。
千冬の最後の一言に、自分の首を切り落とされる光景を幻視したと、後に弾は語っている。
「で? 何で俺の家なんだよ」
「?」
「いや……そこで心底不思議そうな顔すんじゃねぇよ」
「私とお前は友達だろ」
「そりゃあ…………」
「……違うのか?」
「だぁああぁっ!! 泣きそうな顔すんじゃねぇ」
涙でうるんだ瞳で、弾の顔を見上げながら見つめるラウラ。
その表情は、弾にとっては鬼門中の鬼門。ラウラと知り合ってからかれこれ三年以上、この表情をしたラウラに逆らえた試しは弾には無かった。
女の子の涙はISよりやばい、それが弾の持論だった。というかISなんぞ無くたって女は男より強いだろ、と思っている。
「だって…私の…ぐすっ……一番の友達は…お前なのに」
もう完璧泣きに入ったラウラ。実を言うとこんな状況は何回もあって、こういうときの弾のとる行動は決まっているのだ。
最初に出会った時の様に弾はラウラの頭を撫で始める。そうすれば、大抵ラウラの機嫌は直っていくのだ。
「悪い悪い、俺もお前が一番の友達だよ」
「そう……なのか」
「当たり前だっての、だから俺の家に泊まりに来いよ」
「……本当か?」
「第一お前俺の家に何度も遊びに来てるじゃねぇか、今更遠慮すんな」
「そうか!! やっぱり弾はいい奴だな、これをやろう」
あっという間に笑顔に戻り、お手製の弁当からおかずのミニハンバーグを取り出して弾に差し出すラウラ。
対する弾も、箸でつままれ口元に差し出されたそれを、一切躊躇することなくそのまま口にする。
「むぐ…もぐ…やっぱりおいしいな、つーか今までより美味く感じるぞ」
「そうだろうそうだろう、一兄や志保姉にいろいろと教えてもらったからな」
ラウラの言葉の中にある二人の名前に、弾はラウラの家族の中が良好であると感じた。
弾も織村家の家族の事情を大まかに知っている身として、そういうふうに親しげな呼び方が自然と口に出ることに、安堵というか喜びというか……そういう感情を抱いていたのだった。
(なんせこいつときたら「二人をどう呼べばいいんだろう……教えてくれ弾!!」とか泣きついてきたからなぁ)
その時は二人してラウラの新たな家族の呼び方を、必死になって考えていたのだ。
思えばかなり間抜けというかなんというか、案ずるより産むが易しとはこういうことを言うのだろう。
ちなみに初めて先ほどの呼び方を言えた時は、翌日になっていきなり弾に抱きついてきた……教室の中で。
当然クラスの男子どころか、学年のマスコットとしての地位を無意識のうちに確立していたラウラに抱きつかれたとあって、男子女子を問わず嫉妬の視線が弾に降り注いでいた。
「そりゃあよかったな、おかげで俺もおいしいおかずに在りつける」
「厳殿の料理も引けを取らないと思うぞ?」
「そうか? ならお礼にこれをやろう」
そう言って今度は弾が自分の弁当からおかずの野菜炒めをつまみ、ラウラの口元に差し出す。
ラウラの方も先ほどの弾と同じく、差し出されたそれを躊躇なく口にする。
「うむ、やっぱりおいしいな、これは」
「んじゃもう一口行くか?」
「いいのか?」
「代わりに俺ももう一口くれ」
そのまま恋人のように食べさせ合いを続けるラウラと弾。
これで当人たちは友達同士と互いを認識しているのだから、呆れ果てた鈍感さである。
ラウラにとって弾は学校で一番の親友。弾にとってラウラは目を離せない妹分。
それがこの三年近く一切変化していない、互いの認識であった。
「――――それにしても上達したよなぁ」
弾がラウラのおかずを始めて口にしたのは、出会って間もないころにラウラが弾に料理の味見役を頼んだのがきっかけだった。
その頃はラウラも家事があまり得意ではなく、そのまま家の食卓に出すのが不安だったそうだ。
そこで白羽の矢が立ったのが弾。それ以来昼食はおかずの交換をするのが二人の日課になっていた。
「最初の頃はどれもこれも焦げまくってて、真っ黒な弁当だったもんなぁ」
「い…今更それを言うなぁ!! 第一弾はあの時いっつも「不味い不味い」って言って私の弁当全部食べてたじゃないか!!」
「代わりに俺の弁当全部上げてただろうが、不味い飯代わりに食べてやっただけだよ」
再び涙目になるラウラを見て、ちょっかいをやめて話題を切り替える。
「それにしてもIS学園の臨海学校かぁ」
「何だ、気になるのか?」
「おう、そりゃ可愛い女の子たくさんいるんだろうなぁ」
「てりゃっ!!」
迂闊な弾の一言、それをきっかけにラウラは弾に飛び付き腕十字をしかける。
いくら軍から離れたとはいえ、体を鍛えることを怠ってはいないラウラの技の切れは凄まじく、一瞬で弾から絶叫を引き出した。
「いでででででっ!! ギブッギブッ!!」
「ふん!! お前なんかこうだ!!」
言うと同時、更に力を込めるラウラ。屋上に響き渡る弾の絶叫。
これもまた、二人にとってはいつもの光景だった。
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――――その日の放課後。
『もしもし、織斑だ』
「どうしたんですか、千冬さん」
『いや何、ラウラを臨海学校の間泊めてくれるそうだな』
「ああ…はい」
『――――――――下手なことはするなよ』
「イエス、マム!!」
電話越しにそんな会話があったとか無かったとか。
<あとがき>
外伝のラウラは完璧アホの子です。そして弾とは無自覚バカップルの間柄。
クラスメイトの共通認識は、「認めたくはないがお似合いのカップル、さっさと結婚しろ!!」です。
ただしそのためには魔王・千冬に挑む必要あり。