「初めまして、シャルロット・デュノアです」
中世的な容姿の美少女。自己紹介によればフランスの代表候補であるらしい。
見目麗しい彼女の容姿は見惚れるほどの物だが、一夏の胸中には“またか”という諦めに近い思いがあった。
一夏の帰還からかれこれ一カ月近くが過ぎたが、こんな時期に“フランスの代表候補生”がわざわざIS学園に転入するということは、まず間違いなく一夏目当てであるのだろう。
(裏が無けりゃあなぁ……、友達になれそうなのに)
頬杖をつきながら、そんなとりとめも無いことを思う一夏であった。
そして当然というか、シャルロットの席は一夏の隣であった。
「よろしくね? 織斑一夏君」
「ああ、よろしくシャルロット」
とりあえずは作り笑いを浮かべて、無難な対応をとる一夏。
シャルロットはそんな一夏に差して害した様子も無く、一夏の目には心底からの笑顔としか見えない表情を浮かべるのだった。
(何かすっげぇ駄目な奴だ、俺……)
「気分悪いの?」
「見世物になるのがこれほど胃に来るのかと、日々痛感してます」
シャルロットの憐れむような笑顔。一夏はままならない己が身をどうにかしたいと改めて決意した。
「――――どうすりゃいいと思う?」
「それを私たちに聞きますか!?」
「むしろあたしとしては上からの命令なんて渡りに船というか……」
学食での昼食時間。一夏の質問にセシリアは呆れた声を上げ、鈴はしりすぼみになりながら、聡い者が聞けば告白に聞こえるような答えを返した。
「ふん!! どうせ一夏は女に言い寄られて嬉しいんだろう」
「裏が無けりゃ嬉しいけどさ、箒みたいに」
「そっ!? それは……」
「やっぱさ、気の置けない友達っていてほしいんだよ」
「ああ……どうせそんなことだろうと思ったぞっ!!」
箒は嫉妬混じりの苦言を漏らし、一夏は無自覚な思わせぶり発言でそれを撃退。
顔を真っ赤にして起こる箒に、鈴とセシリアが生温かい憐れみの視線を向けていた。
「全く、一夏はもう少し聡くなった方がいいと思うぞ」
「ん? どういう意味だよ志保」
「まあ、聡くなったらなったで手が付けれそうにないけど」
一夏の鈍感さを指摘する。実に真っ当な志保の発言だが、セシリアだけはその発言を聞いて頭を抱えそうになった。
(……志保さん、その発言は自分にも帰ってきますわよ)
いっそ無粋かもしれないが、洗いざらい二人にぶちまけたい欲求を耐えながら、セシリアは紅茶を飲んでその思いを飲み込んだ。
(…………そういえば)
その時セシリアの脳裏に一つの疑問が浮かぶ。一夏と志保はセシリアが知る限り、昼食はいつも手製の弁当である。
それも、“おかずが全く同一”の弁当である。蛇が出てくるのは確実ながら、セシリアはその藪をつつく欲求に抗えなかった。
「そう言えばお二人の昼食はどなたが作られてるんです?」
セシリアの疑問に一夏と志保はしばし顔を見合わせ、二人ともが顔を紅くし実に照れくさそうに答えた。
「「…………毎朝、一緒に」」
同時、割りばしの折れる音が二つ、セシリアの耳に嫌に鮮明に届く。
音の主は勿論鈴と箒。二人にしてみれば今の答えは間違いなく宣戦布告であった。
地獄の獄卒すら裸足で逃げ出しそうな気配を漂わせながら、二人は視線でセシリアに続きを促す様に頼み込んだ。
恐らくは自分たちでは冷静に聞き出せないが故の判断なのだろう。
(でもなんでその役回りが私ですの!?)
ともかくセシリアは己が境遇に内心涙しながら、二人に事の仔細を聞き出した。
「いや実は……今俺たち実家暮らしてるからさ」
「ああ、千冬さんの好意で私もな」
「へ、へえ…………それで毎朝一緒に食事の準備をしている、ということですか」
「正確にいえばラウラも含めて三人だな」
一夏の言葉の中に含まれた、聞き慣れない人物の名に皆がそろって反応した。
「「「ラウラ!?」」」
「千冬さんが面倒みている元ドイツ軍の少女だ、一応は私たちと同い年なんだが、生まれゆえかどうにも幼い感じでな」
「なんつーか妹みたいな感じだな、俺が帰るまではその子が家事をしていたから、それで一緒に料理してるんだ」
「ああ、なんていうか背伸びしてる感じがして可愛いんだよ、ラウラは」
自宅という余人に入り込めない領域での話を膨らませる二人に、鈴と箒の怒気は頂点に達していた。
ただ一人、冷静に状況を理解しているセシリアだけが、なぜ自分がこんなことに巻き込まれているのかと嘆いていた。
「千冬姉が可愛がるのもわかる、俺も時々頭撫でたりとかするんだけど緒の時のラウラの表情がまた可愛くてさぁ」
「同感だ、猫の様な可愛らしさがある」
「「ふ~ん、そうなんだぁ……」」
(お願いですから少しは自重してくださいっ!! お二人とも!!)
ある意味娘を自慢する夫婦のような一夏と志保に、箒と鈴は嫉妬を込めた視線を向けるが、当然二人とも気付くわけがない。
そんななかセシリアは、鈴と箒の足元に罅が入っているのを見たが、見なかったことにした。
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「――――――――はあっ」
IS学園に転入して数週間、シャルロット・デュノアの心労はピークに達していた。
殆ど他人と言っていいほどに付き合いの薄い父親から、世界唯一のIS男性操縦者である織斑一夏の調査、可能ならばその体を生かしての籠絡を命じられたのは転入前日だった。
父親以外頼れる者がおらず、その言葉に従うほかないシャルロットであったが、ここまでの無理難題を突きつけられれば憂鬱になるのも道理だった。
「どうやったらいいのかなぁ…………はぁ」
そもそもIS学園は全寮制であるにもかかわらず、対象である織斑一夏は自宅通学。
(千冬が無理を通して道理を引っ込ませたのは言うまでも無い)
かといって籠絡しようにも――――。
「やっぱりあの二人って付き合っているのかなぁ」
そもそもそんな行為には全く乗り気ではないのだが、前提としてそれは織斑一夏が、男女の関係という面でフリーであることが求められる。
勿論シャルロットの父親はそんなことを斟酌するようなできた人物ではないのだが、基本的に普通にこれまでを生きてきた善良な人格の持ち主であるシャルロットに、そのような行為をさせるのはいささか以上に無理があった。
「なんだか二人の時だと入り込めない雰囲気だし、絶対付き合っているよあの二人」
そういう経験が無いシャルロットにとっては、一夏と志保が二人きりの時に発する雰囲気は、ISの絶対防御より堅固なものに思えた。
「――――――――――――誰がつき合っているんだ?」
憂鬱な気持ちでいたシャルロットは背後の人物の接近に、声をかけられるまで気付くことができなかった。
「うひゃぁあああぁぁっ!?」
「何もそこまで驚くことはないだろうに」
「え、衛宮さん!? どうしてここに?」
「どうしてもなにも、怪しまれていないと思っているのか?」
さも当然と言った感じで、志保はシャルロットの素性を知っているかのような口ぶりだった。
そもそもちゃんとした接触、授業以外での交友すら成し遂げていないシャルロットにとって、まさにそれは驚愕以外の何物でもなかった。
「べっ、別に私そんなことなんて……」
「あ~、別に今すぐどうこうするつもりなんてないから安心してくれ」
「本当に?」
「だって君、まだ何のリアクション見せてないからなぁ、ほんとにそういう目的があるのかわからなかったぐらいだよ」
だからこうして鎌をかけた。とのたまう志保に、ようやくシャルロットは自分がはめられたことに気付いた。
そもそも志保はシャルロットのことを怪しいと言っただけで、スパイだと断定してはいない。
そんな単純なひっかけにも気付かなかったシャルロットは、先程までの驚愕はどこへやら、自分の境遇への愚痴を語り始めた。
「ほんと……最初っからこんなこと無茶だったんだよ」
「まあな、どう考えても君はそういうことに関しては素人だろう?」
「うん、父さんからいきなりこんなこと押し付けられたの」
とまあ、そこからはしばらくシャルロットの生い立ちに関する愚痴が続いたのだが、途中からはその風向きが変わり始めた。
「だいたい全寮制だって聞いていたのに、何故か織斑君だけ自宅通学だし」
「すまん、千冬さんが我を通したんだ……」
「休み時間の時は大体衛宮さんがそばにいるから声をかけづらいし……」
「別に声ぐらいかけるのは問題ないんじゃないか?」
「え? だって君と織斑君が二人っきりの時だよ?」
「だからそれがどうしたんだ?」
シャルロットはどうにも噛み合わない志保との問答を続け、ついに自分が思うところを正直に口にしてしまった。
「だって衛宮さんと織斑君って付き合ってるんでしょ?」
会話が途切れた。二人の間に沈黙がしばらくの間流れ、カップ麺が作れそうなほどに長い沈黙の後、ようやく志保が口を開いた。
「―――――――――――――――――――――――――――なんでさ」
シャルロットは何がしかの盛大な地雷を、自分が思いっきり踏み抜いたことをひしひしと感じながら、自身が思うところを正直に志保に伝えた。
「だって二人の雰囲気明らかに恋人のそれだよ? そんな中にのこのこと入っていけるわけが無いよ」
シャルロットはその自分の直感に間違いはないと思っているし、ここにセシリアがいれば彼女も大いにシャルロットの意見に同意しただろう。
「でも……私と一夏はその…………ただの親友だぞ」
「うっそだぁ、いくらなんでもそんなばればれな嘘に引っかからないよ?」
「だって……あいつは、一夏は男だぞっ!?」
「だから恋人同士じゃないの?」
一夏が男性なのだから、女性である志保が彼に懸想するのは当然だと、シャルロットはきっぱりと言い切った。
ごくごく自然の世の中の常識。なんの特異性も無い、何の希少性も無い当たり前の論理に、志保は物理的な衝撃を感じたかのように後ずさった。
「………しが男………恋するな………でも今の……しは女だから……」
頭を抱えて小声で呟く志保を見て、シャルロットはようやく志保が自身の気持ちにすら気付けないほどの“鈍感”なのだと思い知った。
つまりシャルロットは今の今まで無自覚に繰り広げられたバカップルの空気に、勝手に遠慮していたというわけである。
基本的にシャルロットは善良な性格であるが、聖人君子というわけでもない。どこにでもいる普通の少女だ。
だとすればまあ、これまで自分に要らぬ気を使わせた志保に、少しばかりの仕返しをしてみたくなるのは仕方が無かった。
「そんなこと言っていると、織斑君他の女の子に取られちゃうかもしれないよ?」
果たして効果は覿面だった。一層取り乱した様子の志保に、ちょっと罪悪感のこびり付いた爽快感を感じたシャルロットは、どうせならもっと煽ってしまおうと、小悪魔的な嗜好を働かせた。
「けど織斑君もいい雰囲気だったし、志保のことをそう思っているかもよ?」
「そ、そうとは……?」
「こ・い・び・と、とか?」
もしここにマイクがあれば、志保の頭からボンッ!!という音が拾えたかもしれない。
そう思えてしまうほどに、志保は褐色の肌を真っ赤にさせた。
「わ、私を一夏がその、好いていてくれる……というのか?」
(いや、私と一夏はあくまで劔冑と仕手の関係、そんな関係に至る筈が……って村正もそうだった!?)
志保の脳裏には、あの”武帝”に心身ともに寄り添う村正の姿が映し出され、自分と同じ白髪褐色の肌が想像を加速させたのだろうか、それを一夏と自分に置き換えた光景が再生された。
それはあの世界で幾度となく繰り広げた光景なのだが、フィルターがかかっている志保の脳裏にはまるで別物の光景になってしまう。
「それも……いいのかな」
夢見心地で呟く志保。その顔を記録にとって見せればいくら志保でも自分の気持ちに嘘は付けないほどの、恋する乙女の顔だった。
「――――――――――――何がいいんだ?」
最初とは逆、今度は志保が背後から接近する誰かに気付かなかった。
「うひゃぁあああぁぁっ!?」
「何でそんなに驚くんだよ!?」
「いやっ!? だって、どうしてっ?」
「シャルロットが「志保が呼んでるよ」って言ってたんだよ」
志保が想像に浸っていた時間は相当に長く、呆れたシャルロットが見かけた一夏に声をかけるぐらいはあったようだ。
「そろそろ帰ろうぜ? これ以上学校で時間つぶしていたらタイムセールに間に合わないだろ」
「そ、そうだなっ!!」
「何でそんなに強張ってるんだ? …………よく見りゃ顔も赤いし、熱でもあるのか?」
最早完成されたお約束と言わんばかりに、一夏は志保の額に自分の額をくっつけた。
「熱なんてないからっ!! だいたい”今の私”が病気になんてかかる筈ないだろっ!?」
確かに“劔冑”である志保が病気になんてかかるはずもないが、それでも普通の人間のように扱ってくれる一夏の態度に嬉しいやら恥ずかしいやらの志保は、一夏から逃げるように歩き去ろうとする。
「おい待てってっ!!」
そんな志保の腕を一夏が逃がすまいと、しっかりと握りしめた。
触れる手と手。お互いの感触がしっかりと脳髄に伝わった。勿論志保の脳髄にも。
「その…………手を」
「何だ? またどっかいくなら離さないぞ?」
握られた途端スピードダウンして停止した志保は、それでも一夏と目を合わせない様にそっぽを向いていた。
それでも白い髪の間から覗く志保の耳が、真っ赤に染まっているのがはっきりと見えていた。
「おい、本当に大丈夫か志保?」
それを志保が照れていると結び付けられない心底鈍感な一夏は、そんな間抜けな問いかけをする。
「大丈夫…………このままでいいぞ」
志保に出来たのは、消え入りそうなか細い声でそう答えるだけだった。
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帰宅後。志保は過熱した思考を冷やす様に、速攻でシャワーを浴びた。
冷や水で冷却された思考は、どうにか常の冷静さを取り戻し、タオルで体を拭いてスポーツパンツにタンクトップというラフな姿に着替える。
そう、一夏という異性をまるっきり意識しない常日頃の姿に、だ。
基本的に今までの志保は、一夏に対し同性という思考がこびりついていたために、かなり無防備な姿でもさほど頓着はしなかった。
その姿が一夏にやきもきしていたことなど、まるっきり思考の外だった。
だが、今の志保はどうだろうか。
シャルロットとの一件で、最早隠しきれないほどに一夏を異性と認識してしまった今の志保は――――
「――――なあ志保、洗剤の予備どこにやったかな?」
「き……」
「き?」
「きゃあああああぁぁぁっ!!」
絹を裂くような悲鳴が織斑邸に響き渡り、一夏は志保の初めて見る反応に盛大に面食らっていた。
「今更その反応とは――――いろんな意味で遅すぎるな」
「千冬……どうしたんだろうな志保は」
「今更ながらに“女”になったということだろうよ」
「おんな?」
「まだラウラには早い事さ」
そんな二人を千冬はどこか呆れた目で、ラウラは心底疑問に満ちた瞳で見つめていたのだった。
<あとがき>
お願いだから俺の妄想心よっ!! 外伝のアイデアよりも本編のアイデアを頼むぅぅっ(迫真)
しかし志保のヒロインっぷりを書けているか心配だ。甘いんだろうかこれは?
あと志保の劔冑としての陰義は投影魔術なのか、という質問を受けたんですけど、それは違います。
むしろ志保の魔術は正宗における七機巧みたいなもんです。志保の陰義は別にあると言っておきましょう。