「――――お前、面白い奴だな」
「――――そうか?」
「うむ、聞いたことも無い話を然も見知ったかのように話し、事なかれ主義のように見えて時には六波羅と敵対したりな」
「やりたいことをやっているだけさ」
「それもまた良し、だ――――――――実に単純な正答だと、俺は思うぞ」
偶然出会って、何気ない会話を交わして、俺と彼女はそれだけだった。
天真爛漫、無邪気。彼女を現すとしたらそんな言葉がぴったりだったと思う。
天真爛漫だから己の気持ちにまっすぐに生きてるし、無邪気だからこそ銀星号なんてものになってしまった。
「彼女はやがて、世界を滅ぼすぞ」
彼女と初めて会った時から、志保は彼女のことをそう評した。
事実、彼女は世界を滅ぼしうる悪鬼だったし、生かしておいても災厄しかもたらさない。
「まあ、私は一夏がどんな選択をしようと最後まで共にいるよ」、志保はそう言って決断を俺に委ねた。
それはきっと、“同じような選択”をして引き返せない道を歩んだ、志保なりの優しさだったんだと思う。
彼女に、俺は惹かれていたのかもしれない、恋をしていたのかもしれない。
救おうとした。けど彼女が求めるものは、俺には絶対与えられないもの。
止めようとした。けど俺は彼女を止めるほどに強くなかった。
俺に許されたのは、傍観者であることだけ。
心底胸糞悪くなる魔剣に貫かれる彼女が、安らぎの中永久の眠りに就く、その姿を目に焼き付けることだけだった。
多分“俺”という存在は、彼女になにも影響を与えなかったのだろう。いてもいなくても彼女の辿る道筋に何ら変化をもたらさない。
だから俺の初恋は、無意味に始まって無意味に終わった、ただそれだけの無意味な物だった。
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「いいのか、志保」
「いいさ、……今はまだ会えない」
二人の視線の先、とは言っても優に一キロ先の家の中で、涙を流しながら手紙を読む志保の両親の姿があった。
完全に身元が各国に知れる形となった一夏と違い、志保はまだその正体を知られていなかった。
劔冑になったせいだろうか、白髪に褐色の肌という蝦夷の民か、あるいはかつての衛宮士郎を想起させる風体になったのも、志保の身元を隠す一因となっていた。
そんな状態でのこのこと実家に顔を出せば、両親に危害が加えられると思った志保は、それならばと、自身の秘密、これまでの経緯を余さず手紙にしたためた。
志保に許されたのは、手紙を受け取った両親の姿を遠目から見つめることだけだった。
涙を流し、自身が書いた手紙を読み進める二人の姿を見て、志保の目にも流れるものがあった。
(弱くなったんだろうか、私は)
”衛宮士郎”ならばこの状況、涙を流していたのだろうか。
いや、きっと表情を変えずに耐えて、そして、その鋼の精神で、誰にも弱みを見せずにいただろう。
志保は自身の精神が弱くなったことを自覚しながら、背中に伝わる感触を確かめていた。
「どうしたんだ?」
「泣いてりゃ心配の一つもするっての」
志保の背中に感じるのは、この数年で大きくなった一夏の背中。
感触は感じても、重みは感じられず、それどころか寄りかかれそうであった。
「どうしてほしいんだ?」
「支えたい、志保のこと」
「ふん、生意気言うな」
「そう言って寄り掛かってくれるのはどこの誰かな」
――第一、頼ってばかりじゃ相棒と言えないだろ?――
志保の口には、かすかに微笑みが浮かぶ。
一層、志保は一夏へと体重をかけた。それでも一夏は平気な顔をしていた。
「なんだ? そんなにニヤニヤして」
「いや、志保って軽いんだな、って今更わかった」
「待機形態になってやろうか?」
ばかでかい鋼の鷹は支えきれないだろう? と志保は言外に言い含める。
「それじゃあ俺は装甲するぞ」
「ああ言えばこういう、生意気だな」
「いつまでも志保に言いくるめられてちゃ、いつまでたっても志保を支えられないだろ?」
「馬鹿言うな、私の役目はお前の刃となることだ」
「劔冑の志保の役目はそうだろうけどさ、衛宮志保を支えたいって言ってるんだよ、俺は」
「”年下”に支えられるほど落ちぶれちゃいないよ」
「”今は“同い年だろ?」
確かにそう、衛宮志保と織斑一夏は同い年。
別にまあ、同い年同士なら男性がリードするのは、見栄えはいいのだろう。
「本当に、――――生意気になった」
苦言の体ではあったが、志保の口元には隠しきれない笑みが浮かんでいた。
完全に体重を一夏の背中にかけて、一夏に支えられる感触を堪能する。
「だからこれは、その罰だ、しっかり耐えろよ」
「罰だなんて思えないなぁ、一方通行じゃないって感じられるし」
「私の主ながら変な奴だな」
「泣いた鴉がもう笑う……ってのは少し違うか、志保怒り顔だし」
一夏の言う通り、確かに志保の瞳からは涙が消え去っていた。
その代わり、一夏にいいようにされたせいか志保の顔には赤みが差していた。
「まあ…………ありがとうって言っておく」
「俺としてはお礼は笑顔で言ってほしいなぁ、志保の笑顔可愛くて俺好きだし」
「か、可愛いとかいきなり言わないでくれ」
「あと、そんな照れた顔も」
こんなとき志保は、やっぱり自分は”衛宮志保”なのだと実感した。
ただの女の子のように、身近な友人の言葉で一喜一憂するのは、年頃の乙女としか言えなかった。
けれどそんな変化を、志保は心地よいと感じていた。
多分真っ当になっているのだろう。劔冑となって数年が過ぎて、気付けばもう一夏の為に動くのが当たり前になってしまった。
もし、あの時異世界に飛ばされていなかったら、きっと、あまり変わっていなかったのかもしれない。
今の自分に一<一夏>を捨てて、名も知らぬ九を助けられるか、と聞かれたら無理と答えるだろう。
(なあ……一夏、私を支えたいと言っていたが、お前はもう、私を支えて<救って>くれているよ)
志保は一夏の背中から素早く離れると、一夏を置き去りにするように歩き始める。
そうはさせまいと志保の背中を追う一夏に、志保は振り向かずに言葉をかけた。
「一夏」
「急に先行ったりして……どうしたんだよ?」
「――――――――私を”弱くした”責任、ちゃんととってくれよ」
志保にその台詞を、一夏の夏を見つめて言うなんてことはできそうにもなかった。
限界を超えて真っ赤になった顔を一夏に見られまいと、志保は足早に走り去る。
一夏に出来たのは、呆然とした表情で志保の背中を見送ることだけだった。
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セシリア・オルコットが彼女を見かけて声をかけたのは、決して偶然などではなかった。
「衛宮志保さん、だったかしら、ちょっとよろしくて?」
「ん? 君は確かクラス代表のセシリアさんだったか?」
中庭のベンチで一人思索にふけっていた志保は、セシリアからかけられた声に思考の淵から這い上がった。
「その、少しあなたのマスターである織斑一夏さんのことについて、お話を伺おうかと」
「マスター、って………」
「その、鈴さんからあなた方の事情は聞きましたわ」
「そっか、そういえばセシリアさんもあの場所にいたな」
自分と一夏が帰還した光景を見られているのだから、鈴としても隠し通せるものではなかったのだろう。
志保は脳内でそう結論付けて、改めてセシリアに問いかけた。
「それで、要件は何かなセシリアさん」
「聞けば……一夏さんにはIS適性までおありになったとか」
「それまだ一般生徒には流れていないはずなんだがなぁ」
「生憎と、これでもイギリスの代表候補生ですの、一般生徒よりかは権限がありますわ」
「ふむ、”そういうこと”もあって一夏のことを聞きに来たわけか」
既にセシリアと似たようなことを行ってくる生徒は数人いた。
いずれも何らかの形で国家・企業と関係あるものばかり。セシリアもまた、国側からもそう言い含められているのだろう。
「大変だな、そういう立場になるのも」
「純粋に励ましの言葉と受け取っておきますわ」
嘆息し、志保の励ましの言葉に疲れを滲ませた感謝の言葉を発したセシリアだったが、咳払いをひとつして話の流れを本筋に戻した。
「コホン!! それで……ええと…・・こういうとき何を聞けばいいのでしょうか?」
「私に言われてもなぁ、ISなんて門外漢だしな」
「そうですわよねぇ、本国から至急調査せよと言われても、そもそもどんな情報が有益なのかわからなければ意味がありませんわ」
「ふむ、それじゃあ今回は私とセシリアさんとの友好を深めればいいんじゃないかな?」
つまりは調査対象とパイプを作れ、と志保はセシリアにも有益な逃げ道を提示した。
「成程、それじゃあどんなことを話しましょうか」
「セシリアさんは私の事情を知っているだろ?」
「ええ、荒唐無稽過ぎてすんなりとは受け入れられないような話でしたが」
あれでは調査結果とするわけにはいきませんわ、と獲物をみすみす見逃したような感じのセシリア。
「それじゃあ、セシリアさんのことを教えてもらおうかな、それでおあいこだ」
「ふふっ、ええ、いいですわ」
志保の提案に、セシリアは優雅な微笑みを見せて同意を示す。
そこからセシリアはIS学園に来るまでの経緯を、少しずつ語り始めた。
両親の死。残された莫大な遺産。
女傑と言えるような母親と、それに媚び諂う父親。抱いていた感情はあまり良くなかったけれども、それでも禿鷹のような親戚に両親の残したものを渡そうなどと思えず、我武者羅に頑張ってきたこと。
そんな中ISへの高い適性が認められて、その結果代表候補生となり今に至る。
志保が純粋に聞き役に徹していたからか、セシリアは自分でも意外なほどに饒舌に語っていた。
「これでは立場が逆ですわね」
本来ならば語るべきは志保の筈である。セシリアは調査するものなのだから。
苦笑するセシリアに少々罪悪感を覚えたのか、志保は一つの提案をした。
「その…じゃあ一つ私の悩みを聞いてくれないか?」
先ほどまでの毅然とした態度を消して、照れた感じでそう話す志保。
急変した志保の様子にセシリアは疑問を覚えたが、志保の気遣いからくる行動に水を差そうとはしなかった。
「その…だな……気になる奴がいるんだ」
「気になる…奴ですか」
「ああ、会った時は弟分という感じだったんだが、最近はちょっと頼れるようなところ見せてくれたりして」
だんだんと、か細い声になっていく志保。セシリアはもうこの時点ですでに志保の相談内容がある程度わかった気がした。
「普段は調子のいい奴なんだが、時々真面目なこと言ってきたりしてドキドキしてしまったり」
「はぁ……それで肝心の悩みというのは?」
最早のろけに近い志保の言葉に、僅かな情報しかなかったとはいえこれまで志保に抱いていたイメージを粉砕されるセシリア。
そして志保は、しばらくの沈黙ののち、ようやく悩みを口から絞り出した。
「私が今そいつに抱いている気持ちって、本当に友情なんだろうかと悩んでてな」
それを聞いた途端、セシリアは芸人のようにベンチから転げ落ちた。
日頃意識している貴族としての礼節をかなぐり捨てたその転倒は、それはもう見事な物だった。
自慢の金糸の様な髪を地べたに広げながら、セシリアは志保が言った言葉の意味を改めて自分に問いなおしていた。
(もしかしてこの方、そこまで来ておきながら自分の恋心に気付いていないのですか!? あ……呆れるほどに鈍感ですわね!!)
そう、志保は一夏に抱いている気持ちを、未だ友情だと認識していたのだった。
そもそも志保の恋愛経験は、前世も含めれば当然のごとく女性にしか向けられていない。
男性への物は、完璧に初体験なのである。
だがしかし、その様は完膚なきまでに恋する乙女のそれであった。
(い、意外と可愛い方なのですわね、毅然としているように見えて、どこか致命的に抜けているというか………)
衛宮志保は結構可愛い。それが今日セシリアの調査で判明した中で、一番強く印象に残ったものであった。
<あとがき>
本編の筆は進まねど、外伝の筆は思うように進む今日この頃。
もういっそのこと外伝を先に書きあげようかなと、本末転倒無ことを考えてしまったり。
一応外伝は福音との戦いで完結する予定ですので。
あと、外伝は皆様志保ヒロインルートとして認識されてるみたいなので、拙い文才ながらも志保のヒロイン力を上げてみたらこうなった。読者の皆様の望む方向と合致していたらいいのですが