――――織斑一夏の生存は絶望的。
千冬は最初、“それ”が言語だと、意味を持った文章だと認識できなかった。
アラスカ条約に基づく各国合同の調査委員会の責任者の口から出た“それ”は、それほどまでに千冬の精神をかき乱した。
千冬だってわかっている、自身の目の前で発生した漆黒の球体に飲み込まれれば、いかなる命も生き延びる筈が無いと。
「――――そんな……そんなのは嘘にきまっているだろう」
「首謀者の自供、犯人たちの通信ログを調べた結果、織斑一夏さんがあの爆弾の起動に巻き込まれたのは、ほぼ確実かと……思われます」
責任者も、あの”ブリュンヒルデ”のあまりに憔悴した様子に、まるで汚泥を口の中に突っ込まれたような感触を味わいながらも、それでも、織斑一夏の死亡という覆しようのない事実を突きつけた。
「くぅっ……ああっ………ぅうああぁあああああああっ!!」
今の千冬はただ、泣くという機能しかないかのようにとめどない涙を流す。
千冬にとっては、織斑一夏という存在は生きる支えだったのだ。
両親に捨てられ、生きる標を失って、それでも唯一残った家族を守る。それだけを軸に進み続けた。
<白騎士>として世界を変える一翼を担ったことも、世界最強たる”ブリュンヒルデ”の座に就いたことも、一夏と共にあった日々に比べれば如何ほどの価値も無い。
泣けども泣けども千冬の内にできた、大きくて真っ暗な底無しの穴を埋めることはできない。
――――それでも、千冬には泣くことしかできなかった。
その涙に塗れた日々は数日続いた。その日々は衰弱し泣くことすらできなくなって、ようやく、止まった。
千冬の内に開いた穴は、埋まることなく広がり続けるだけ。
周囲の目には、失意に浸っていても僅かながら平静さを取り戻したと見えたが、それは単に穴が広がりつくして虚無感で安定しただけだった。
長年染み付いた生活習慣で、ロボットのように動くだけの日々。瞳からは生気が消え、精神からは生きる意志が消えた。
ただ、自分から捨てていないから生きているだけの、生きる屍だった。
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そんな日々に変化が訪れたのは、事後処理に忙殺されて一月が過ぎたころだった。
当事者にして加害者であるドイツは、当然のことながら事件終結後国内が大いに荒れた。
(最も人的被害・民間資産への被害は零に等しく、影響を受けたのは世論と軍部が中心だった)
ドイツ国民の目から見ても今回の事件は許されざる事件であり、軍部の刷新が声高々にマスコミで語られた。
勿論ドイツ側としても、事件唯一にいて最大の被害者である千冬への公式謝罪と賠償は必要不可欠なものだ。
一国家としての面子・体裁を保つための必須イベント。
そんな茶番に等しいものだったが、千冬にとっては招待されて行っただけの認識しかない。
最早、自分が行う行為に対してですら、何の感情も抱いていなかった。
まず千冬が招かれたのは、ドイツ軍最高司令部。
実行犯が軍のタカ派だったのだから、事件の詳細な説明、再発防止策の提示を行ってから、本格的に賠償の交渉に入るのがドイツ側の思い描いていた絵図だった。
その絵図に基づいた、微に入り細に入った軍からの説明を千冬は、手渡された分厚い資料に目を通しながら聞き入っていた。
その資料に目を通していた視線が、とある一点でピタリと止まる。
「この実行犯と一人とされる、ラウラ・ボーデヴィッヒですが――――」
「はっ、はい…例の爆弾を設置するのに関わった者の一人、とされております」
本人は関与を否定しておりますが現在厳格な取り調べを行っております。間もなく自供するでしょう。
ドイツ軍の幹部は平身低頭しながらそう答える。
だが、千冬に手渡された資料の記述と、何より鮮明に映された写真には銀髪が目を引く年端もいかない子供が映し出されている。
資料の端には、”デザイナーズベイビー”や”性能良好、だがナノマシン移植後は性能低下、サンプルとしては不適格”と表記されていた。――――それが、何よりも目を引いた。
「――――――――彼女に、会わせてくれませんか?」
千冬自身どうしてそう口にしたのか、自分自身ですらその行為の意味を掴みかねていた。
弟を“殺した“者に直接怨嗟の声をぶつけるのか?
――お前のせいで弟は死んだ、と。
――なんで一夏を殺したんだ、と。
馬鹿馬鹿しい。千冬はその妄想を斬って捨てると、目の前のドイツ軍幹部を見据えた。
ドイツ軍側にしてみれば、今回の千冬への謝罪は絶対に漕ぎ着けねばいけないものだった。
いくら自国の経済に影響はないとはいえ、観光・輸出製品といった対外向けの物は、日に日にその収益を低下させていた。
故に、千冬への謝罪を行い、けじめをつけなければならない。
だからこそ、ここで千冬を怒らせる……不機嫌にさせるのすら論外であり、例え千冬の何げない言葉であっても絶対に”否”は言えなかった。
「わ、わかりました……現在取り調べ中ですので、硝子越しでも構いませんか?」
「ええ、構いません」
そうして千冬は軍施設内を通され、地下深くの取り調べ室へと案内された。
心理的な影響も加味してか、取調室に近づくたびに殺風景になっていく通路にはめ込まれた窓から、現在進行形で取り調べられている件の少女の姿があった。
完全防音のために室内の物音ひとつ聞こえないが、厳しい尋問の晒されても少女の瞳が訴えていた。
『自分はやっていない』、と。
理論も無く。理屈も無く。根拠も無く。証拠も無く。千冬は直感だけでその少女が、ラウラが嘘を言っていないと信じた。
――――この少女は、生贄なのだと理解した。
真っ当な生まれではないのだろう。だからこそ選ばれた。
不穏分子を一掃したと”箔を付ける”ためだけに、この少女は、ラウラ・ボーデヴィッヒは、濡れ衣を着せられて鉛玉をぶち込まれるのだろう。
どうせこの少女を選んだどこかの誰かは、どうせだからこいつを使おう、それぐらいの意識しかないはずだ。
弟を殺された謝罪の名目で、少女の命を散らされる。その汚泥と糞尿と腐肉を混ぜ合わせたとて及ばないおぞましい現実は、空っぽだった千冬の中に小さい“何か”を宿らせた。
「ぐはぁっ!! な…何を!?」
気付けば、千冬は軍の幹部の胸倉を掴み上げ、その体を壁に叩きつけていた。
「―――――――――おい、ふざけた真似をしてくれるじゃないか」
胸に宿る小さい“何か”は、瞬く間に千冬の心を染め上げた。
それは怒りだった。無色のキャンバスに描かれた混じりけのない怒り。
「落ち着いてくださいっ、どうかっ!!」
「あのラウラとかいう小娘、生贄なのだろう?」
「そ、そんなことは決して!!」
千冬は未だ醜い抗弁を続ける幹部の喉を鷲掴み、その白魚のような指に見合わぬ力を込めた。
幹部の顔は瞬く間に停滞した血流で真っ赤になり、泡状となった唾を吐きながらどうにか周囲にいた部下に声を飛ばす。
「か、彼女はぁっ、さ……錯乱しているぞぉっ、がはっ!! と、取り押さえろっ!!」
あまりのことにあっけにとられていた士官たちは、それでも訓練された俊敏な動きで銃をホルスターから取り出し千冬に突きつける。
「ふん」
その黒光りする銃口を、それでも千冬は目障りな羽虫を見るように一瞥すると、半死半生の幹部の体を放り投げると同時、地面を蹴った。
千冬に突きつけられた全ての銃が地面に落ちて乾いた音を立てたのは、その一秒にも満たない後だった。
「そう言えば、銃を扱うなど初めてだな――――確かこうだったか」
地面に落ちた銃を覚束ない手つきで扱いながら、その銃口が今度は幹部の頭蓋に突きつけられた。
「おい、誰でもいいからそこのドアを開けろ」
「は…はいっ」
そして千冬は幹部の身柄を人質にし、取調室のドアを開けさせて、完全防音であったが故に状況に気付いていない尋問官を蹴飛ばして少女の前に立つ。
「ラウラ、だったか?」
「ぇ……………………?」
「一緒に来るか?」
いわれのない罪を突きつけられ、それでも屈しなかったラウラの心は、疲弊しきって口を動かすことさえままならなかったが、差し出された千冬の手を握りしめて、明確にその意思を示した。
「そうか、少々不便な体勢だが、少し我慢してくれ」
「うん……」
千冬はそのままラウラの、ただでさえ軽いのに取り調べで一層痩せ細った軽すぎる体を肩に抱え、幹部の頭に銃口を突き付けたまま悠然と歩きだした。
千冬の進路にいる軍の人間たちは、千冬の視線だけで後ずさってしまう。
まるでモーゼの十戒のように、まるで無人の荒野を歩くように、千冬の行進を阻むものは一つとして存在しなかった。
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だが、その行進も司令部の建物から出るまでだった。
「「「鉾をお納めください、ブリュンヒルデ」」」
晴れ渡る青空の下、千冬を出迎えたのは三つの銃口。
しかし、その脅威は先ほどの拳銃とは比べ物にならない。まず、サイズがあまりにも違う。
人に扱えぬ巨大な銃火器。その威力は確実に生身の人間に向けるのは威力過多だった。
ならばその射手は、生身の人間ではあり得ない。
空に浮かぶは漆黒の鎧を纏いし三人の戦乙女<ヴァルキリー>
千冬を出迎えたのは、ドイツ総司令部付きの精鋭IS部隊だった。
たった三機、否、一機で国家のパワーバランスの一翼を担うISが“三機も“いるのだ。
あまりにも戦力過多。あまりにも強大無比な戦力。
しかし、応ずる千冬とて本職はIS操縦者。国家代表、ひいてはブリュンヒルデにまで上り詰めた彼女に、専用機が宛がわれていないなどあり得るはずもなかった。
千冬は人質としていた幹部を蹴り飛ばし、ラウラの体を優しく降ろす。
「まあ、貴様らに咎はないが、押し通らせてもらおう」
刹那、千冬の体を桜色の装甲が覆う。世界中で誰もが見知った最強の二文字を戴く鎧。<暮桜>が、その威容を顕現させた。
同時、自身が最も信頼する刀。現代唯一、伝説に謳われし刃。<雪片>を展開する。
「おやめください!! いくら<暮桜>であっても競技用にデチューンしたIS、例え乗り手があなたであろうと軍用IS三機には勝ち目がありません!!」
千冬を尊敬しているのだろう。言葉の端々に敬意を滲ませながら、ドイツ軍のISパイロットが必死に懇願する。
確かにその通りであるし、実際千冬の実力を鑑みてもこの状況、一機二機は落とせるかもしれないが、それでも三機となると確実に負ける。
それでもなお、千冬は刃を納めない。それどころか、ピクリとも動かない。かろうじて、ラウラに被害を及ぼさぬように空中に上がったぐらいである
右手に携えた<雪片>の切っ先をだらりとさげて、空に浮かぶ三機のISをじっと見つめる。
(――――どうしてだろうな、“怖いとすら思えない”)
状況は最悪。一騎打ちでは勝てるが、これは三対一である。
自身が一であるのなら、恐怖の一欠けらでも抱いてよさそうなものだが、千冬の精神は湖面の如く凪いでいた。
「投降の意思はないと判断しっ!! これより実力行使による無力化を開始しますっ!!」
業を煮やしたIS部隊の隊長の号令で、三機のISが一斉に動き出す。
同時、三つの砲口から一糸乱れることなく放たれた紫電纏う弾丸――――試作型レールカノンが火を噴いた。
だがその発射の瞬間まで、千冬は指先一つ動かさず不動のまま。
命中は必然。最早覆しようのない不変の事実。
「「「なあっ!?」」」
三人の声から驚愕の声が飛び出る。ISのハイパーセンサーによって強化されているはずの感覚器官ですら、いつ振りぬいたかすら判らぬ<雪片>の鋭利な刃が、三つの紫電纏う弾頭を斬り割っていたのだから。
レールカノンの弾頭内の炸薬が、思い出したかのように起爆し<暮桜>の背中を後光の如く照らしだす。
(ああ……今私は“斬った”のか?)
おぼろげな浮遊する感覚の中、千冬がそのことを認識したのは爆発と同時。
事実、<雪片>を握る刃には、斬った感触など毛筋一つも感じなかったのだから。
<暮桜>には確かにISを一太刀の元に斬り伏せられる機能、<零落白夜>が備わっているが、それも対象が何らかのエネルギー兵器を搭載していなければ意味が無い。
決して、こうまで見事に音を置き去りにして飛来するレールカノンの弾頭を、両断する性能など備わっていない。
――――ならばこれは何だ。
その条理を捻じ曲げ無視した異様極まりない光景に、絶句する三人。
「偶然だっ!! 偶然に過ぎん、あんな奇跡は二度も起きんっ!!」
それでも己が責務に従い、隊長の怒号とともに三機のISが<暮桜>の周囲を取り囲み、それぞれがIS用のハルバードを構える。
千冬はまたもや、動かない。必要などない、そう言わんばかりの静止だった。
「「「ハァアアアアアアァァァッ!!」」」
三機のISが同時に瞬時加速を起動。三方向からの音速を超えたランスチャージ。
しかも、それぞれがほんの僅かにタイミングをずらして、回避を困難にしている水際立った連携を前にして、感覚時間を引き延ばされた千冬の精神は、それでもなお静謐な水面の如く、揺れず、不動であった。
体を捻り、毛先一筋の見切りにて初撃を回避。弐撃目を、<雪片>の切っ先にて優しくいなす。参撃目はいなした敵手の穂先にて迎撃。
緩やかな、しかし無音の領域で行われた千冬の絶技を前に、水際立った連携程度ではいささか不足に過ぎた。
ここにきてようやく、隊長は戦力の不足を悟った。今の千冬を鎮圧するには“たった三機程度”のISでは全く足りない、と。
最早、ブリュンヒルデの名すら霞むほどの何かに、今の千冬は成り果てていた。
虚無を染め上げた怒りが到達せしめた、“無想”の領域。
――――倒す。その一点に純化された千冬は、まさに一振りの刀。
肉親を喪った果てに到達した、皮肉極まる境地だった。
「――――――――随分と鈍間だな」
咎める声は、遥か天空。
「まずいっ!! 各機散開――――」
隊長が回避を指示しつつ千冬を見据えるが、時すでに遅し。
三機まとめて仕留めるために<暮桜>の爪先を起点に、最大範囲で展開されたシールドバリヤー。同時に発動された瞬時加速。爪先を破城鎚の如く三機のISに掲げ、背部のスラスターが最大出力で火を噴いた。
まるで、――――天から堕ちる様に千冬は進む。
未だ固まっている三機のISめがけ、一筋の彗星の如く。
さながらそれは、――――天の座から堕ちる、一筋の小彗星<フォーリンダウン・レイディバグ>
果たして千冬の一撃は、彼の魔剣に劣らずの威力をまざまざと見せつけた。
ドイツの精鋭IS三機の撃墜という、明確な結果を伴って。
最早今度こそ、千冬の歩みを阻むものは存在しない。絶対防御が発動し、単なるガラクタに成り下がった三機のISをしり目に<暮桜>を格納した千冬は、目の前の光景を信じられないような目つきで見つめていた幹部の前に立つ。
「――――おい」
「ひ、ひぃっ!!」
「貴様らの茶番、付き合ってはやろうさ、―――――――――だからもう、余計なことはするなよ」
千冬の底冷えする気配に、幹部は失禁しながらも壊れたように頷いた。
「では行こうか、ラウラ」
「……わかった」
そうして千冬はラウラを伴って、司令部を後にしたのだった。
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結果的に千冬の凶行が表ざたになることはなかった。
したくともできなかったと言っていい。そんなことをすればドイツという国の体面が、修復不可能なほどに破壊されるだろう。
無論、コア・ネットワークによって他の国々も戦闘があったことを知り得たが、どの国も藪をつついて蛇ならぬ龍を出すつもりなど毛頭なかった。
”織斑”には手を出すな。それが世界の共通した認識だった。
帰国直後、千冬は一線を退き、設立間もないIS学園で教鞭をとることを選択した。
多忙だったそれまでの日々から、少しばかりの余裕ができた。
「とりあえず、今日からここがお前の住処だ」
「――――ひとつ申し上げてよろしいですか?」
「何だ? 言ってみろ」
「随分と散らかっていますね」
「…………言うな」
ラウラが初めて織斑邸に来た時は、“片づける者”がいないために散らかり放題の光景が広がっていた。
だが、ラウラは決意に満ちた表情を千冬に見せると、きっぱりと言い切った。
「ならば私が片付けましょう!!」
「そ、そうか……?」
千冬にはそんなことを押し付けるつもりはなかったが、ラウラは千冬が拒否する前に晴れやかな笑顔で言い切った。
「――――だってここは、今日から私の家でもあるのですから!!」
その言葉を聞いて千冬はしばらくの間放心し、「な、何かおかしいことでも言ったでしょうか?」と、不安げな表情で尋ねるラウラを前にしてようやく再起動した。
「そうか、そうだな、じゃあ頼むぞラウラ」
「はいっ!!」
それから、千冬とラウラの奇妙な共同生活が始まった。
「たっ、大変だ千冬っ!! 炊飯器がぁっ!?」
「ドイツ生まれのお前には、炊飯器の使い方から教えねばならんか……」
炊飯器を始めて使ったラウラが、水を入れ過ぎて吹きこぼし――
「ち、千冬、大丈夫なのか? そんなもの食べて」
「不味いに決まっているだろう」
「あうっ!?」
「――――だから次は、ちゃんと作れ」
「うんっ、任せてもらおう!!」
不味い不味いとぼやきつつも、ラウラの炊いたご飯を完食したり――
「うう、こんな短いスカートなど何で穿かねばいけないのだ」
「いい加減学校の一つにでも通わさんと、ご近所の目がきついんだ、我慢しろ」
慣れない中学校の制服に不満を漏らすラウラの姿に、千冬が感慨深いものを感じたり――
傷の舐め合いなのかもしれない。唯一の家族をうしない孤独になった千冬と、自身を生み出した祖国に裏切られ孤独になったラウラは、ささやかな、けれども波乱万丈な毎日を過ごして、少しずつ“家族”となっていったのだった。
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「――――とまあ、こんなことがあったんだ」
一夏が帰還し、予断は許されぬものの自宅に帰宅できるぐらいの余裕ができた千冬は、一夏と志保を伴って帰宅し。
「お帰りっ!! ご飯出来てるぞ千冬っ」
元気溌剌と言った感じで出迎えたラウラに一夏が面食らい、千冬はそこでようやくラウラのことを話し忘れていたと気付いたのだった。
「そっか……心配かけてごめん千冬姉」
「ふんっ、お前が心配するなんて十年早い」
千冬が語ったこれまでの経緯を聞いて、一夏は頭を下げたが千冬にとってはそれは的外れな物だった。
一夏に咎などなく、こうしてまた暮らせるその事実だけこそが千冬にとっては重要なのだから。
「それより、せっかく今日はラウラが頑張って豪勢な食事を作ってくれたんだからな、速く食べるとしよう」
「そうだぞ、いきなり四人前の食事を作ってくれと言われて必死になって作ったんだからなっ、一夏も志保も早く食べてくれ」
「おうっ、んじゃあいただきま~すっ」
「そうだな、ラウラちゃんの手料理を冷ましてしまってはもったいない」
笑顔でラウラは料理を進め、一夏と志保も笑顔で食事をとる。
そんなどこにでもあるありふれた光景。けれど、それを見つめる千冬の視界はなぜか滲んでいた。
(――――そうか、嬉しいんだ、私は)
”嬉し涙”など流すのは、いったいいつ以来だろう。
胸に宿る確かな暖かさ。生まれてからずっと一緒だった家族も帰ってきて、悲しさを癒してくれた新しい家族も変わらずにいる。向こう側でずっと一夏を支えてくれた志保とは、どんなこれからが待っているのだろうかと期待が満ちている。
――――きっとこれからの自分たちには苦難が待っているだろう。一夏の存在はそれほどまでに世界に影響を与えるものになってしまっているから。
――――それでも、千冬は胸を張ってこう言える。
「なあ皆、私は今――――すごく幸せだ」
<あとがき>
感想でも何人かが「千冬とラウラはどういった関係になっているのか?」と、疑問に感じていたので作者も外伝世界でラウラと千冬はどういった形で出会うのか、と考え今回の話を書いていったら、千冬が魔剣・天座失墜・小彗星を使うというわけのわからない方向に…………何でだ?(割と真剣に)
ちなみにラウラは軍から離れて日常生活を結構長い間過ごしているので、原作より砕けた性格になっています。
そして、そんなラウラを友人として接しながら淡い思いを抱く、五反田弾という同級生がいるとかいないとか。