一夏と志保がIS学園に転入して、二日目の昼休み。
「ねぇ、一夏――――」
「一夏、もしよかったら――――」
食堂に行こうとした二人、正確にいえば一夏のみを目当てにかけられた声。
「あたしが先よっ」
「私が先だっ」
一日目はバタバタとして声をかけられずに終わり、ようやく一夏と話せると思った矢先に思わぬライバルの出現。
鈴も箒も、これまで同じ学年というだけで面識があるはずなどなく、互いに敵意を剥き出しにして睨み合う。
「どうしたんだ? 箒も鈴も」
「あんた一夏とどういう関係よっ!!」
「そちらこそ一夏とどういう関係だっ!!」
「あたしは一夏の幼馴染よっ!!」
「私も一夏の幼馴染だっ!!」
共にもう叶う筈が無いと思っていた恋慕の思いを胸に滾らせ、当の一夏を置いてきぼりにしてヒートアップする鈴と箒。
「ここは、落ち着いたところで話し合ったほうがいいと思うのだが?」
そこに水を差す様に、一夏以上に置いてきぼりを喰らっていた志保が仲裁に入る。
だがしかし、二人にしてみれば再会した一夏とずっと一緒にいる正体不明の人物という認識しかなく、水を差すどころか余計に燃え上がらせてしまう。
「「やかましいっ!! そもそもあんた(貴様)は一夏の何よ!!」」
揃って放った問いかけに、簡潔な答えが返ってくる。
「私か? 一夏の相棒だ」
平然と言い放つ、二人にとっては最悪ともいえる答えに鈴も箒も放心してしまう。
相棒→ずっと一緒にいる?→つまりは恋人!? なんて言う図式が出来上がってしまったのだ。
「よし、今のうちに屋上にでも連れていくぞ? こんな人目の多い場所では落ち着いて話せないだろう」
「おい、今の狙ってやったのか?」
「さあ…どっちだと思う?」
志保はそんな二人の腕を掴むと、屋上へと歩き出す。
「俺としては……どうなんだろうなぁ」
頭をかきながら、一夏も屋上に向かって歩き出した。
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とりあえず屋上にたどり着くと、すでに志保が弁当を広げていた。
見れば鈴と箒も弁当を広げているが、気になった点が一つ。
「――――なんで全員二人分あるんだ?」
「はぁ……二人とも一夏の為に作ってきたに決まっているだろう?」
その点を指摘したら志保がものすごい呆れた目で溜息を突いてきやがった。
「男の甲斐性の見せどころだぞ?」
確かに、数年ぶりにあった幼馴染二人がわざわざ俺のために作ってきてくれたんだ。
俺は三人の目の前に座ると、まずは鈴の弁当から食べ始めた。
おかずの中で一番メインである酢豚から箸を付け、あんを纏った豚肉を口に入れる。
「うまいっ!!」
あんの味付けと肉の味が調和して、本当においしい酢豚だ。
鈴のやつ昔は料理下手だったのに、すっごい上達したなぁ。
「あ、ありがと……」
鈴の奴はそんな上達ぶりを褒められたのか、俯いて照れていやがる。
俺の中ではいつも活発で元気な奴、という印象しかなかったから新鮮な感じがする。というかぶっちゃけ可愛い。
「ゴホン…一夏、こっちも食べてみてくれないか?」
こっちもこっちで頬を紅く染めて弁当を差し出してくる箒。あれ? 箒もこんなに可愛かったか?
よくよく考えりゃお互いガキの頃以来だからな、差し出す弁当箱を保持する両腕に挟まれた、強烈な主張をする丸いものが出来上がるぐらいには成長しているんだろう。
「それじゃあこっちもいただきます」
そして箒の弁当から唐揚を一つ口に入れて、醤油のしっかりとした味付け、溢れ出る肉汁と隠し味の生姜に舌鼓を打つ。
「うん、こっちもおいしいなっ!!」
「そ、そうかっ!!」
ありのまま伝えた感想に、花咲くような笑顔を見せる箒。
ここ最近身近にいた女性って……志保以外はかなり強烈だったからな。いや、志保も普通とはかけ離れたものだけれど。
こう普通に可愛い女性ってのは、ものすごい”くる”ものがある。
その時、ふと脳裏に一つの記憶がよみがえった。
幼いころの約束。昔はよく鈴の家の中華料理屋で晩飯を御馳走になっていた頃、鈴がしてくれた他愛のないもの。
「そういや鈴が昔約束してくれたよな」
「ふにゃぁ!? い、いきなり何言ってんのよ?」
あれ、何で鈴はここまで慌ててるんだ? ただの思い出話なのに。
「料理の腕が上達したら――――」
「あうあうあうあぁああにゃにゃああぁぁ!」
なんかすっごい顔赤くなって、猫…そう猫みたいに唸っている。うにゃうにゃ言って唸っているのははっきり言って、すっごい可愛いぞ、おい!!
「――――――――毎日酢豚を奢ってくれる、って奴」
しかし、俺が言葉を言いきると、その可愛さは霧散して……。
「ふ~ん、そんなこと言うんだ……」
ゆらり、と幽鬼のごとく立ち上がり右腕を掲げる。その掲げた右腕を中心に揺らぎが見えたかと思うと、人が扱うには不釣り合いなほどにでかい青龍刀が顕現する。
「――――この女の敵ィィィィッ!!」
俺を唐竹割にせんと振るわれるそれを、どうにか俺は干将・莫耶を両手に持ってどうにか受け止めた。
「え、なんだこの展開!?」
「やかましいっ!! まさかあんたからあの約束の話振るかと思ったけど、ご丁寧にあんな落ちつけてくれてぇッ!!」
「うぉ~いっ!! これ以上は洒落になんないってっ!!」
「こういうところはやっぱり変わっていないな、凰に同情するぞ……」
「まあ、いい薬だ一夏」
しかも箒はなんか呆れてるし志保はふざけたこと言っているし、ほんとに勘弁してくれ、というか誰か助けてくれ。
「そろそろ刃を収めたほうがいいと思うぞ凰さん、これ以上は少々まずい」
「………くぅっ、解ったわよ!!」
不承不承といった感じで鈴は青龍刀を離し、俺もどうにか刃を収める。
「た、助かったぜ志保」
「とはいえ今のは一夏が悪いぞ」
「……どうしてだよ」
「それを聞くか? なあ二人とも、一夏は昔からこうだったか?」
「ああ、全く変わっていない」
「本当にその鈍感っぷり変わってないわね!!」
何で鈍感だのなんだの言われなきゃいけないのか、こう、自分から昔のこと思い出して話を振っただけなのに。
おっかしいな、間違えてもいないはずなのに。
「それにしても……一夏もISを所持しているのか?」
「へ!? どういうことだよ箒」
「先ほど短剣を出したのはISの量子展開によるものではないのか?」
「私もそれは聞かせてほしいわね、そっちの女の素性も含めて」
確かに投影魔術なんて傍目から見たらそう見えるのかもな。IS学園で魔術なんて想像できるはずも無いし。
とはいえ説明してもいいのか? あんまり大っぴらにしちゃいけないと思うんだが。
「彼女の素性? どういうことだ凰?」
「そもそも人間じゃないわよ……絶対に」
鈴が志保のことを不審にのは当然だと思う…あの時志保を装甲するところ見られたわけだしな、けど、いつも俺を助けてくれた相棒なんだ。
有象無象ならいざ知らず、鈴や箒にまで志保をそういう目で見られたくない。
「――――わかった、ちゃんと説明するよ」
その代わり他言無用な、と念を押して俺はあの世界での出来事を説明した。
「――――というわけさ」
荒唐無稽と言える出来事をどうにか俺は説明し終えて、渇いたのどを志保が注いでくれたお茶で潤した。
鈴と箒は俺の話を噛み締めるように沈黙している。すると鈴がいきなり志保の方を向いた。
「えっ…と、衛宮さん?」
「志保でいいさ」
「じゃあ志保って呼ばせてもらうわ……ごめんなさい、酷いこと言って」
そう言って頭を下げる鈴。勢いで無神経なことを言った、と思っているんだろう。
判決を受ける罪人のような雰囲気で、頭を下げたまま動かなかった。
「別に気にしていないぞ? 人間やめたのは事実だしな」
「あ~、この場合は許してくれてありがとう……って言うべきなのかしら」
「私に聞くな、凰っ!!」
あっけらかんとそんなことをのたまう志保を前にして、鈴は釈然としない様子だった。
「志保がそう言っているんだから素直に受け取っておけよ」
「でも……」
「あんまり気にされすぎるのは逆に不快なんだ」
「そうそう、気にするなって」
「うん…わかった、これからよろしくね志保」
俺と志保の言葉で、ようやく鈴にいつもの笑顔が戻った。うん、やっぱ鈴にはこういう顔のほうが似合うよな。
「それにしても――――劔冑か、興味があるな」
箒はどうやら先ほどの話で劔冑にかなり興味を持ったらしい、実家が剣術道場なら当然か。
「しかも名剣名刀の類がそうなっているのだろう?」
「ああ、そうだぜ」
「ふむ、天下五剣とかさぞや素晴らしいものになっているのだろうな」
「私は詳しくないから刀の名前とか言われても正宗ぐらいしか浮かばないわ、ねぇ志保、正宗ってどんな奴だったの?」
普通誰もが名刀と言ったら正宗を思い浮かべるから、鈴の質問は当然のことなんだが……
「ああ、あの駄甲か……」
「ねぇ一夏、何であんな反応なのよっ」
明らかに不機嫌なオーラを漂わせている志保に鈴もビビり気味だ。さっきの鈴の失言でも軽く流していたのに、他愛のない質問でこんな反応されたらそりゃビビるよな。
「志保……正宗と仲悪いんだ」
脳裏に悪人即死ね一筋の正宗のぶっちゃけ悪人っぽい高笑いが再生される。
「仲……悪いんだ」
「ああ、志保は正宗――相州五郎入道正宗の仕手とはむしろ仲がいいんだけど、正宗自身とはすっげぇ仲が悪い」
志保は一条には同じような人生を歩んだ前世の経験から親しみを抱いているけど、正宗はそんな人生を無条件で肯定する正宗自身は蛇蝎のごとく嫌っている。
志保にしてみれば先に待つ破滅を知るのに、どうしてその道を歩ませるのか、とか思っていそうだな。
「それにしても志保の魔術にも興味があるな、数多の刀剣を作り出すとは」
箒の表情に志保を使ってみたいという欲求がありありと映し出される。
俺は志保の肩を引き寄せ、箒にしっかりと言ってやった。
「志保は俺の相棒だ、箒にはやらないぜ」
「お、おい……一夏」
「「――――志保は敵だな(ね)」」
あれ? 何でそんな反応が出てくるんだ?
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その日の放課後、俺は千冬姉に呼び出されてISの格納庫に来ていた。
本来男であるはずの俺にしてみれば、ISの格納庫なんて縁遠い場所――――の筈だったんだ。
とりあえず今の俺の所属はIS学園預かりとなっている。そもそもドイツの一件で死亡と断定されているのが突然、しかもISではない物でISを打倒しうる戦力を伴って、だ。
千冬姉の話じゃ、各国が俺の身柄やそれに付随する各種データを得ようと、連日盛大な会議を続けているらしい。
とまあ、そんな感じでなし崩し的にIS学園に入学したわけだが、IS学園においては全生徒のIS適性値を調べるのが義務付けられている。
当然、一応生徒となった俺と志保のデータも調べられたんだが、志保がまあ、劔冑にもかかわらずそれなりの数値を叩きだしたことはいい、前世は男であっても今は女だ。
「でもなんで俺にまでISの適性があるんだよ……」
そう、俺にまでISの適性があったのである。どうせ無反応だろうと高をくくっていた学園側の反応はそりゃあもう、驚天動地なんて表現が生温いぐらいに驚愕していた。
果たして俺は、劔冑という異世界の機動兵器を保有し、魔術という異世界の技術体系を習得し、おまけに現状世界唯一の男性IS操縦者という立場を得た、マジで世界で一番希少な人間となったわけだ。
――――勘弁してくれ。
おかげで各国が俺の確保に一層血道をあげてきてんだよ!! せっかく元の世界に戻れたんだから楽しいキャンバスライフを堪能させてくれ、それぐらい望んだってばち当たらないだろうが。
おかげで俺が外出すれば大名行列ならぬ、スパイ行列になってるからなぁ。
買い物するために駅前に出れば、俺と志保で二桁を超えるスパイを捕縛して、当初の目的を二人して忘れるなんて笑えない状況になっている。
学園側も一応護衛を付けているんだが、文字通り全世界から付け狙われている俺たちを守るのは不可能に近いらしい。
話が逸れた。とりあえず元日本国民である俺が他国にかすめ取られるのは避けたい事態らしい。
そこで急場凌ぎとはいえ専用機を俺に宛がって、ぶっちゃけて言えば唾を付けたいそうだ。
そしていま、その専用機が届いたんだ。絶対欠陥機まがいの奴だよなぁ。
「――――全く、そんな中途半端な機体を一夏にあてがうとはな」
俺の不満を代弁するように、志保が苦言を垂れ流す。
「そうはいってもISのほうが性能高いんでしょ」
「うむ、曲がりなりにも専用機だ、性能は折り紙つきだと思うぞ」
「鈴、それから箒、一つ言っておこう、スペックなんていくらでも覆せるんだ、一度山田先生と模擬戦したがな、あれぐらいならいくらでも覆せる手がある」
「あれぐらいって……本気じゃなかったんですかぁ」
志保にあれぐらい呼ばわりされて山田先生涙目だ。こっちの実力見るための模擬戦とはいえ負けた挙句にあれぐらい呼ばわりなんて、志保、ちょっと言葉選んでやれよ。
「山田先生、試合では一応あれが全力です、変な言い方ですけど安心してください」
「お、織斑くぅん、”試合では”ってどういう意味ですかぁ」
「それ以上を見せようと思ったら殺し合いになります」
「ひぃっ!?」
俺の言葉に一層怯えた様子になる山田先生。事実、それ以上を出そうと思ったら間違いなく宝具を使わなきゃいけない。
宝具って言うのは端的にいえば伝承・神話に名を残す、正真正銘必殺の武器だ。
そんなものに対してISの絶対防御が発動するか? と聞かれれば俺も志保もそろって首を傾げる。
「――――貴様ら真面目にやらんかっ!!」
音も無く振るわれた出席簿の乱舞。
「「「痛ぁっ!?」」」
鈴と箒とついでに山田先生がそれを喰らい、涙目になりながら痛みに堪えている。
「ほう、生意気にも避けるか」
「その程度、避けて見せるさ」
勿論俺と志保は避け切って見せて、千冬姉から闘志が漏れ出る。
予想外に生きのいい獲物を前に、千冬姉の表情に歓喜の色が張り付いた。
「それで織斑先生、一夏の機体はどこにあるんですか?」
そんな空気をあえて読まずに志保が放った疑問の声が、俺と千冬姉の間にあった奇妙な緊迫感を消し飛ばす。
「はぁ……そうだな、これが織斑のIS<白式>だ」
パスコードを打ちこまれて、格納庫の隔壁の奥から劔冑とは違う工業製品らしさを宿した鎧が現れる。
名は体を表すの言葉通り、その装甲表面は純白に染め上げられていて<白式>の名にふさわしいものだった。
「それで千冬姉――」
「織斑先生だ、この馬鹿もん」
「それで織斑先生、この機体はどんな機体なんですか?」
一応どんな距離でも戦った経験があるけど、やっぱり俺は剣を振るうのが性にあっている。
出来れば近接戦闘仕様の機体の方がいい。
「安心しろ、<白式>は近接戦闘仕様――いや近づいて斬るしかできん」
「はぁっ!?」
「これが<白式>の性能・武装データだ」
渡された端末に映し出されたデータに目を通す。スペックなんかのデータを見てもそもそも訳わかんないので、武装データのみにさっさと目を通す。
しかし、そのデータに映し出された武装の名前は一つ。専用近接戦用実体式ブレード一本だけ。
そして、それに付随するように専用特殊システムの名前が映し出される。
「――――おい、これ間違ってないよな千冬姉」
自分でもはっきり怒気が滲み出ているのを自覚できる程に、俺の声は強張っていた。
気付けは端末のプラスチック製のケースに罅が入るほどに、きつく力が込められて耳障りな音を立てた。
「おい、織斑先生と呼――――、一夏、その顔は何だっ!?」
「ちょっ!? 一夏、顔にっ!!」
「大丈夫なのか、おい!?」
「い、医務室に連絡しましょうか!?」
ああ畜生、せっかく隠し通せていたのに。
その時、おそらくは俺の現状の心当たりがある志保が、ひったくるように俺の手から端末を奪って目を通す。
「――――たぶんそうだと思ったが、皮肉が効いてるじゃないか」
「効き過ぎだ、これが俺の機体なんだぜ」
皆を無視して俺の状態に納得している志保に、千冬姉が皆を代表して質問する。
「おい衛宮、これはどういうことだ?」
「まず確認しますが、このシステムが<白式>には間違いなく搭載されているんですか?」
そう言って志保が端末を指さし、皆の視線がそこの一文に集まる。
――――電磁式剣戟加速機構<雷刃>
「そうだ、それがどうしたんだ」
「この機構は刀を弾体に見立てた、格闘戦仕様のレールガンということで間違いないですか?」
「ああ、よく予想がついたな、何せ時間が無かったから、倉持技研でもお蔵入りになっていたそのシステムを搭載したんだ」
時間がそれなりにあるならば“アレ”を搭載したのだがな、と呟く千冬姉。
“アレ”の正体は知らないが、代わりの物がよりにもよってこれは無いだろうと思う。
「ここにいる皆は私と一夏がどういったことを体験したか知っていると思いますが、当然、生死をかけた戦いも経験しています」
「ああ、いつの間に篠ノ之と凰にも説明したのか問い質したくもあるがな」
「一夏の顔に浮かび上がった傷跡はその時に付いた古傷、とりわけ一番窮地に追い込まれた時の物です」
「――――まさか」
「その通りです、奇しくも同じ技で傷を付けられたんです」
格納庫を何とも言えない沈黙が包む、皆一様にどう反応していいかわからないと言った感じだ。
「そいつが使う劔冑の陰義は磁力制御でさ、それを抜刀術に組み込んだ技を必殺の一撃としていたんだ」
「吉野御流合戦礼法迅雷が崩し――――電磁抜刀・穿、それが一夏を真っ二つ一歩手前に追い込んだ技です」
ああもう、なんかより沈黙が酷くなった!?
せめてなんかリアクションないとすごい気まずいな、う~むどうしようか。
そんな中、鈴と箒の涙に光るものが流れ、二人の口から嗚咽が漏れる
「ううっ、ぐすっ……一夏」
「一夏……いちかぁっ」
「泣くな二人とも!? 俺死んでないから、ピンピンしてるからっ!!」
ヤベェ……勢いとは言え泣きだした二人を抱きしめてしまった。女の子の柔らかい体の感触が、克明に俺の体に伝わってくる。
「………一夏の心臓の音がする」
「もう……どこにも行かないでくれ、一夏」
「ああ、俺は今ここにいる、生きているから」
――――なんてかっこつけても、俺の理性が死亡寸前です。誰か助けて。
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「――――ゴホン、そろそろ続きを始めるぞ」
千冬姉の咳払いを聞いて、二人の体がばね仕掛けのように飛び離れた。
「え~っと!! い、今のはそのですねっ」
「そ、そうですっ!! 不可抗力と言いますかっ」
二人とも顔を真っ赤にして千冬姉に言い訳を始めて、俺はと言えば理性を削る感触に夢見心地の状態だった。
女の子の甘い匂いと柔らかさは、一線を超えなかった自分の理性を褒めたいぐらい強烈な物だった。
「――――このたらし」
「何か言ったか? 志保」
「いや、何も言っていないぞ」
「そっか、それでどうしようか<白式>」
「別に乗ってもいいんじゃないか? 私に異論はないさ」
いや、でも絶対不機嫌ですよね、なんて突っ込みたいほどに志保の言葉にはそういう感情が込められていた。
「いい加減にせんか貴様らぁあああああああっ!!!!」
格納庫全体を揺るがす千冬姉の怒号。その場にいた俺を含めた全員が耳を押さえて悶絶する。
ここまでくれば一種の兵器染みた怒号は、確かにグダグダになった空気を吹き飛ばした。
「とりあえず織斑っ!!」
「は、はいっ!!」
「今すぐ<白式>に乗り込めっ!!」
「サーイエッサー!!」
なにはともあれこうして、<白式>のテストが始まった。
=================
「ふ~ん、これが一次移行<ファースト・シフト>か」
調整を完璧に終えた<白式>からは工業製品らしさが消えて、洗練された芸術品の様な気品が感じられた。
機体色も一層輝きを増した純白になり、火の光に当てれば“銀色”に見えそうでもあった。
銀色――――そう、“銀色”、あいつの色だ
脳裏に、精神の奥深くまで焼きついた無邪気な笑顔が映り、どうにかそれを封じ込める。
もう、終わったことだ。”蚊帳の外”で終わったことを気にしても仕方がない。
俺は“蚊帳の外”でしか、顛末に見れなかったんだから。
『どうした、織斑』
「何でも無いぜ、それよりテストといっても何やるんだよ」
『いきなり実戦をやれと言っても無理がある、そこであのシステムが本当に使えるのかを確認したい』
「どうしてだよ」
『未熟を晒すようで気が進まんのだがな、あれは私にも使いこなせなかったシステムだ、お前に本当に扱えるか気になるさ』
確かに、あの魔技と言える剣技、千冬姉であってもそうそう使いこなせなかったってわけか。
実は俺も自信があるわけではない。だからこそ、俺はインストールされていた実体式ブレードを出さずに、志保を通じてある刀を顕現させた。
「ねぇ一夏、なんなのその刀」
相手役を買って出た鈴が、<白式>の手に握られた刀――長大な野太刀を見て疑問の声を上げる。
「何なのって……剣技なんだから模倣から始めるに決まっているだろうが」
「もしかしてそれって一夏を真っ二つにしかけた刀のコピー?」
「大正解っ!!」
俺はその野太刀――虎徹――を右肩に担ぐように構えると、鈴に改めて注意を促す。
「おい鈴、避けようなんて思うなよ、防ぐことに全霊を傾けろ」
「なめてんの? くるのわかっていればいくらでも避けられるわよ」
「――――忠告したぜ」
とりあえず、こちらで外すか、そう考えながら機体にシステムの起動を命じた。
虎徹の刀身に、紫電が絡みつき大気が震える。同時に刀身に刻み込まれた経験をダウンロードする。
異質にして膨大な情報量が俺の脳髄をかき乱し、機を緩めればのた打ち回ってしまいそうな激痛を与えるが、それでも機体と精神の手綱は手放さない。
視線を前方に向ければ、鈴が昼間見せたIS用の巨大青龍刀を構えて迎撃態勢をとっっている。
そして、地面を蹴って距離を詰める。五十メートルは離れていた間合い。ISのスラスターがそれを瞬く間に詰めていく。
半分以上は詰まった間合い。しかし野太刀の刀身の長さを鑑みれば未だ遠すぎる。
鈴もそのことに油断している。”まだ振るわない”と………だから言ったんだ。防ぐことに専念しろと。
どうやら外すと決めたことは、間違いではなかったらしい。
――――ここはもう、この魔技の間合いだというのに。
=================
「――――――――――――――――――――――え!?」
鈴の感覚、<甲龍>のハイパーセンサーでも、未だ間合いの外だった。
――――外の筈だった。
だが現実は、<甲龍>右側非固定部位が<双天牙月>の刃諸共に斬り砕かれている。
斬撃の余波か、地面には真一文字に刻まれた深い亀裂が、未だ軽く二十メートル以上離れた<白式>の足元から<甲龍>の間近までで続いている。
「う…そでしょ!?」
「だから言っただろ、防ぐことに専念しろって」
一夏は野太刀を振り下ろした体勢で静止しながら、鈴の慢心をとがめた。
だが、鈴を責めるのは酷というものだ。剣圧のみでISのシールドを抜き、ISの武装と装甲を両断する技を想定しろなど誰にもできるはずがない。
事実データの観測を行っていた管制室でも、千冬ですら驚愕の表情を表していた。
「……まさか、ここまでとはな」
「全然見えませんでした、気付けば凰のISが斬られた後で……」
「安心しろ、というのも変な言い方だがな篠ノ之、私も見えなかった」
「織斑先生でもですかっ!?」
「ふぇ~、織斑君すごいですねぇ」
「――――――――ちなみに本物はあれに更に重力制御による加速を加えますから、威力は更に上がりますよ?」
志保の平然と放った一言で、驚愕を通り越して沈黙に包まれる管制室。
そこに一夏から通信が入る。
『織斑先生』
「どうした、何か不具合が発生したのか」
『なんか腕部のアクチュエーターに異常が発生しました、って表示が消えないんだけど』
「解った、とりあえず帰還しろ」
『了解』
通信を切った千冬は真耶と一緒に先ほどの一撃のデータを分析していく。
「データをまとめたら倉持の技術者に渡しておけ」
「了解です、織斑先生」
「やれやれ、――――それにしてもあの愚弟はいろいろと問題を起こしてくれるものだ」
言葉面だけを見れば千冬の口から出たのは確かに愚痴だが、それでもどこか誇らしげだった。
「フフッ、嬉しそうに言いますね」
「ふんっ」
「痛っ!? 酷いですよぉ織斑先生」
茶化す真耶の頭に、千冬の無言の鉄拳が落ちたのだった。
<あとがき>
実際本編と外伝、どっちが人気あるんだろうか……
しかし外伝でシャルロットとラウラはどう絡ませようか、シャルロットはともかくラウラが原作と同じことやったら原作以上にひどい印象になりそうだ。