この話は、本編を書いている時にふと思いついた、むちゃくちゃなネタです。
装甲悪鬼村正ともクロスしているせいで、多少の残酷描写もありますので、お読みになられる際はご注意を
――――これは、IFの物語。
幼き一夏が、通りすがりの正義の味方に救われた。……そこは同じだった。
<亡国機業>に依頼したドイツ軍の高官が、万が一の時のために用意した、とある大量破壊兵器のプロトタイプを起動させた。
ISに使われている量子格納とは対象を量子でできたデータに変換、存在すると同時に存在しないという、あやふやな状態にすることにより質量・体積ともに零にする技術だ。
それを利用しての、起爆した後に周囲一帯を虚像の海に沈める防御不可能にして、すべてを事象の彼方へと放逐する核以上の最悪な兵器、それが音もなく起動した。
音もなく、全てを飲み込む無明の暗黒が声一つ上げることを許さず、一夏と志保を飲み込んだ。
ISと言う弩級の危機を乗り越えた一夏と志保の命も、為す術なく終わりを迎えると思われた。
――――この兵器は、対象をあやふやな状態にするというもので、対象の命を直接は奪いはしない。
どこにでもいるが、どこにでもいない不安定な存在にされた二人は、時の彼方、事象と世界の壁を超え、はるか彼方の異世界へと吹き飛ばされた。
もとの世界と同じく、鋼の人型が空を舞う異世界に。
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「…………う~ん、ここは?」
意識を取り戻した一夏が目にしたのは、うっそうと生い茂る森の中、影で黒く染まる枝葉の隙間から差し込む、僅かな陽光が自分の意識を浮上させたのだと知った。
――どこだここは?
一夏の脳裏をその一言が占める。
靄がかかったようにぼんやりとした思考回路を必死に動かし、意識を失う前の出来事を思い出す。
姉と一緒にいったドイツ、そこで開催された<モンド・グロッソ>、謎の組織に誘拐された自分、そして―――
「――――そうだっ!! あの子は!?」
その時、一夏の背後で枝を踏み折る音がした。振り返ってみればそこには、自分を救ってくれた赤髪の少女の姿があった。
「目が覚めたか、見たところ怪我もないようだな」
「……う、うん」
「そうか、よかった」
「……あ、ありがと」
一夏のけががないことに、安堵の笑みを見せる少女の微笑みに胸の高鳴りを覚えながらも、一夏は現状を聞いた。
何故ドイツの廃工場にいた自分が、こんな森の奥深くにいるのかを、それを聞いた少女は表情を曇らせた。
「――――ここがどこか、か、…………まったくもってわからない、としか言えんな、例え知ったとしても、意味があるかはわからんしな」
「それって、どういう――――」
「一見に如かず、というしな、見たほうが速いだろう……こっちだ、付いてこれるか?」
「……わかった」
少女の言葉にただならぬものを感じながらも、一夏はうっそうと生い茂る森の中を進んでゆく。
なれぬ山道が容赦なく体力を奪う中、一夏の前方の森が開け、日の光が差し込んだ。
日の光に目を細めながらも一夏が目にしたのは、現実を容赦なく打ち壊す。
『現実』だった。
闊歩するのは時代を無視した鎧武者、時代劇の中でしか見ぬような姿。
そして、一瞬ISと見間違えた鋼の人型、しかし、背に背負うプロペラで飛翔するその姿、いまどき普通の飛行機ですらその数をだんだんと減らしている古臭い飛翔方式を、最新技術の固まりであるISが採用しているはずもなく、すぐにその人型がISでないことを理解させられた。
「……なあ、なんなんだよ、これって」
震える喉と、足元がなくなりふらつくような感覚を必死にこらえながら、一夏は言葉を絞り出す。
一夏の問いに、少女は無情とも言えそうなほど、はっきりと告げる。
「うすうす、君も理解しているようだからはっきりと言おう、――――ここはどうやら私たちが知るのとは違う世界のようだ」
明確に告げられたその言葉、それを聞いてしまった一夏の体を崩れ落ち、膝をつく。
踏みしめた草場に水滴が落ちる。それが自分が流した涙だと気づくのに、一夏はしばらくかかった。
もう、自分の知る誰とも会えないのだと思うと、箒、鈴、弾、そして千冬姉の姿が涙でぼやけた視界の中に、一瞬見えたような気がして、……消えた。
「……もう、誰とも会えないのかよ、……こんなわけのわからないところで、一人で……」
そこにかかる、優しい声。赤髪の少女が一夏の横に腰を下ろす。
「一人じゃない、私がいるさ」
「……君が?」
「ああ、だから今は泣いておけ、…存分にな」
「………くっ、う、ううっ、うあ、あああああああああああっ!!」
暗い森の中、一夏は存分に泣いた、少女の肩に寄り添いながら。
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――――二人が異世界に飛ばされてから、しばらくがたった。
あの日、ようやく泣きやんだ一夏が最初にしたことは、少女と互いの名を教え合うことだった。
間抜けな話だが、一夏はあれだけ盛大に少女の胸の内でないたというのに、少女の名前すら知らなかったのだから。
そして一夏は少女、衛宮志保とともに、あるかもすら分からない元の世界への帰還方法を探すために、あてもなくさまよっていた。
そんな中で、この世界の情勢も詳しく調べていった。
この世界の地形は元の世界とほぼ同じで、一夏たちが飛ばされた場所は日本、この世界では六波羅幕府という政権が実質的に日本を収めている。
この六波羅幕府、かつて日本、否、大和を巻き込んだ戦争において、当時の政府を裏切り敵国であった大英帝国に独自に降伏。
国際連盟の進駐軍、(最も、実質的には大英帝国の息のかかった組織だが)から、大和の自治を任されている。
その背景から、六波羅に叛意を持つ者たちは数多く存在し、六波羅はそれを武力によって抑え込み続けている。
故に、戦争が終わった今となっても大和には火種が尽きず、不安定なままでいる。
誘拐事件に巻き込まれたとはいえ、平和な時代と国家で生きてきた一夏には、その惨状は正視に耐えるものではなかった。
一夏だけがこの世界に飛ばされていれば、早々にのたれ死んでいたことだろう。
戦火の中生き抜いた経験を持つ、衛宮志保と言う少女とともに飛ばされたことは、不幸中の幸いと言えるかもしれない。
最もだからと言って、正義感の強いほうであった一夏に、六波羅の理不尽さ、横暴さは決して認められぬものであり、蛮勇でもって歯向かう一夏を志保が必死になって抑える、なんて光景はこのしばらくの間、続発した光景だった。
まあ、一夏を止めた後に、志保が手練手管を持ってなるべく穏便に、被害を少なくして収めようとする光景も、また、続発した光景だった。
「なあ、志保、……このまま旅を続けて、帰る手段なんか見つかるのかな」
「どうしたんだ、藪から棒に、いつものお前らしくない弱気な発言だな」
「悪い、……確かにらしくなかった」
現在、かろうじて整備された山道の中を二人は進む。
目的地は山を越えた先にある鍛治氏たちの住む村、近場の町にて情報収集を行い、当面の目的地をそこにしていた。
飛ばされた二人はまず、劔冑ついて調べることにした。
この世界の技術力は決して高くないと、すぐに分かった。テレビや携帯電話といった、元の世界で当たり前にあった物もなく、いまだ雛形すらない。時代が元の世界でいえば、第二次世界大戦終結直後なのだから当然のことだ。
故に二人は唯一、元の世界と同等、あるいは上回るやもしれない劔冑に、一縷の望みをかけた。
劔冑は、太古の昔からこの世界の戦場の主役であった兵器の総称だ。
鍛治氏の魂を心金とし、絶大な性能、条理を捻じ曲げる特殊能力、陰義すら備えた真打甲冑。
クローン技術の開発・発展により、性能は真打甲冑より劣るものの、大量生産を可能とした数打甲冑。
この二つが劔冑のうち、二人が着目したのは真打甲冑、それが備える特殊能力、陰義だ。
元の世界においても再現できるかどうかもわからぬほどに、出鱈目なものも存在する陰義ならば、あるいは世界を超えるものも存在するのでは、そう二人は思ったのだ。
無論、可能性は限りなく低い、だが、二人に取れる行動はそれしかなかった。
特に、第二法の存在を知る志保にとっては、それがいかに困難なものであるかは熟知していた。
しかし、ただ漠然と時を過ごし続けるには一夏はまだ若く、達観していない。ならばいっそ、徒労に終わるのだとしても、動き続けるほうが一夏の気分も和らぐのでは? そう思ったのだ。
そうして歩き続ける二人は、日も沈みかけた頃、ようやく目的地の村へとたどり着いた。
そこは寂れた村で活気というものもなく、まだ日も沈みかけだというのに、ほとんどの家屋の明かりは消えていた。
元の世界では見慣れぬ、しかしこの大和においては見慣れた光景に、二人は少しばかり表情を曇らせると、目的地の寺へと向かった。
町で聞いた話によると、その寺には無名の真打甲冑が奉納されているらしい。
本来なら進駐軍による劔冑狩りで押収されそうなものだが、外観は修復されているものの機能停止し、単なる残骸と成り果ているおかげで難を逃れたそうだ。
そうこうしているうちに目的地へと、二人はたどり着いた。
その寺はすでに荒れ果てており、所々の建材は欠落し、見るも無残な状態だった。
志保と一夏は軋む踏み板が抜け落ちないよう、細心の注意を払いながら、暗がりのなか鎮座する、劔冑の残骸の前まで歩を進める。
志保はその残骸に手を添えると、解析魔術を使い、なにか使える情報はないかと調べている。
一夏はすでに、志保の異能のことをある程度は聞き及んでいるので、その行動に何の疑心も抱かず、ただ眼を瞑りじっとしている志保の姿を見続けていた。
数分が経っただろうか、志保は目をあけると踵を返して、寺から立ち去ろうとする。
その姿に、また空振りかと溜息をつく一夏、しかし、慣れたことでもあるのですぐに志保に追い付き、同じように寺から立ち去ろうとする。
「…………ぐすっ」
「あれ? 何かきこえないか?」
「ああ、確かに、……寺の裏手からか」
何か声が聞こえた二人は、聞こえた方向を頼りに寺の裏手へと向かった。
行ってみればそこには、どうやら足を捻ったのか、蹲り涙目になっている幼い男の子の姿があった。
「大丈夫か、君」
「……ううっ、ぐすっ、木登りして遊んでたらこけちゃって……」
「そっか、家はどこだ?」
「……えっ!?」
「お兄ちゃんが、おぶってやるよ」
そういって一夏は男の子をおぶって、その子の家まで運んでいく。
志保はその微笑ましい光景を見守りながら、一夏の後をついて行った。
男の子の案内で付いた、それなりに大きめの家に着くと、男の子の父親だろうか、一人の男性が右往左往していた。
その男性はこちらの姿を認識すると、一目散に駆け寄ってきた。
「修平!? ……よかった、無事だったのか」
「……ごめん父ちゃん」
「全く、晩飯時になってもお前が帰ってこないから心配したんだぞ、怪我はないか?」
「大丈夫ですよ、足を捻っただけみたいです」
「そうですか、どこのどなたかは知りませんが、息子を助けていただいてありがとうございます」
「いえ、当然のことをしたまでです」
「そう謙遜なさらずに、どうぞ我が家へ、見たところ旅のお方のようですし、夕食に一つでも馳走させてください」
「……じゃあ、お言葉に甘えます」
そんな流れで、一夏と志保はその男性の家へと招かれた。
聞けばこの男性は名を吾朗太と言い、この村のまとめ役にいる鍛治氏であり、修平は遅まきながらも授かった一粒種だそうだ。
そう言いながら台所に立ち、夕餉の準備を進めるその姿を見て、母親はどうしたのかなど聞けるはずもなく、そういうことなのだと二人は察した。
よくあることだ、この国では―――
「どうしたんだ? 一夏」
「…………いや、なんでもねえよ」
一人で息子を育てるその姿に、最愛の姉の姿を重ね合わせているのか、一夏は何とも言えない表情で男の背中を見つめていた。
仕方ないだろうな、と志保は思う。一夏はまだ十四、今でこそある程度は落ち着いてはいるが、もとの世界への、ただ一人の身内である最愛の姉への思いなど、そうそうに抑え込めるはずもない。
この世界へ来た当初、狂犬のごとく何かと厄介事に首を突っ込んでいったのも、郷愁の念を紛らわせるためのものなのだろう、志保はそう判断していた。
(せめて一夏だけでも、もとの世界に……そう思うがな、現状では無理な話か)
内心そう嘆息する志保、ちょうどそこに吾朗太が夕餉の支度を終え、二人は質素ながらも暖かな夕食に舌鼓を打ったのだった。
「――――成程、劔冑の研究を」
「ええ、両親が志半ばで残したものですし、それを成し遂げるのも、残された子の務め、そう思ったもので」
「ならば、今日明日ぐらいは、我が家に逗留されるがよろしいかと、鍛治氏の村のまとめ役なんぞを代々務めておりますから、劔冑に関する蔵書の数もそれなりに溢れておりますのでね」
「重ね重ねの好意、誠にありがとうございます」
「いえいえ、そう気に病むこともございません、心苦しいと思うのならば、修平の遊び相手を務めてくれるぐらいで釣り合いが取れますよ」
夕食を終えた志保は、吾朗太に自分たちの目的、勿論馬鹿正直に話すわけにもいかないから、二人で相談して決めたカバーストーリーを話していた。
ちなみに一夏は修平を部屋までおぶっていっているところだ。どうやら一夏はあの子に気に入られたようで、一緒に遊ぼうと誘われていた。
一夏のほうもまんざらでもなさそうで、それに笑顔で応えていた。
それを穏やかな表情で見つめる吾朗太の姿に、志保もまた、穏やかな気分になったのだった。
(いい笑顔で笑っていたな、……前にあいつの心からの笑顔を見たのは、いつだったかな)
出来ることなら、あの二人の笑顔が曇らぬことを、志保は祈った。
そんな儚き願いを――――
いとも容易く吹き散らされる、そんな願いを――――
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異変は、翌日の正午、突然に轟いた轟音から始まった。
突然の轟音が大地を揺らし、村にいた鳥がすべて大空へと逃げ去った。
修平の遊び相手を務めていた一夏は、いきなりのことで混乱しつつも、状況の確認をするために表に出ようとした。
そこに蔵書の調査をしていた志保も駆けつける。志保は表に出ようとする一夏の姿を見るや否や、腕を引っ掴み動きを止めた。
「何するんだよ!?」
「戯けっ!! あれはどう見ても砲声だ!! そんなところにのこのこ出ていこうとするな、まずは私が状況を確認するから、お前はあの子を連れて裏口のほうに回れっ!!」
「わ、…わかった」
初めは志保の突然の制止にいら立つ一夏だったが、志保の正論でとりあえず頭は冷えたようだ。
完璧に平静を取り戻したとは言えないが、それでも落ち着いて行動できるぐらいにはなったと確認した志保は物陰から外の状況確認を行った。
見れば村の広場には、六波羅の正規兵の姿、中には数打甲冑とは明らかに一線を画した武者の姿まであった。
(真打まで投入しての軍事行動だと!?)
その一団から漂ってくる雰囲気を見れば、単なる物見遊山に来たのではないとすぐに知れた。
しかし、こんな寂れた村など襲って、何がしかの益があるとは思えなかった。
(となれば、……もしや、この村に六波羅への反乱を企てた、ないしは行おうとするものがいるのか!? となれば、まずいな……奴らの目的は殲滅かも知れん、危険だがもう少し近づいて状況を確認するしかないか)
そう判断した志保は、気取られぬよう慎重に物陰を縫って、六波羅の兵たちに近づいて行った。
近づいたころには主だった村人たちも六波羅兵の集団に事情説明を求めていた。
その中には当然、この村のまとめ役である吾朗太の姿もあった。
吾朗太は冷汗を大量にかきながらも、必死に状況の説明と兵の撤退を求めていたが、兵たちの指揮官だろうと思われる武者が、腰の刀に手をかけ、今にも吾朗太の体を両断しようとした。
その姿を見た志保は、とっさに適当な剣を一本投影して投擲した、彼我の距離は十数メートルはあったが、志保がそんな至近距離で狙いを外す筈もなく、狙い過たずに飛翔した剣は武者の頭に激突した。
金属音を鳴り響かせ、周囲の兵士と村人に動揺が走るが、あいにくと志保が投擲したのはただの剣、それは劔冑の装甲を貫くにはいささか心ともなく、表面にわずかなへこみしか与えることしかできなかった。
当然、志保もその程度は想定済みで、続けて無名の刀剣を二十本ほど投影、村人と兵士たちの間に割り込ませるように射出した。
そして着弾を確認すると、即座に刀剣を構成していた魔力を炸薬代わりにして起爆させる。
それほど大量の魔力で構成されていたわけではない刀剣は、目くらまし程度でしかない爆発を起こす。
「今だっ!! みんな逃げろっ!!」
同時に大声を張り上げ、村人たちに逃走を促す志保。
いかに志保がでれ程の戦力をもっていようと、村人全てを守りながら数十人を超える兵士と、複数の数打甲冑、そして指揮官の真打甲冑を相手取れるわけもなく、こんなまぐれを期待するような手段しか取れなかった。
おそらくは、村人の大半は無残に殺されるだろう、その事実が志保を苛む、しかし、ただ指をくわえて見ているだけでは誰ひとりとして救えない。
胸の裡の軋みを、鋼の心で無理やり封じ、志保は断続的に刀剣射出による牽制を行いながら、吾朗太の元へと駆け寄った。
「大丈夫ですかっ!! 吾朗太さん」
「志保さん……これは一体!?」
「そんなのは後です、今は一刻も早くこの場から逃げないと」
「わ、わかりました」
ほうほうの体で逃げる田吾作や村人を、淡々と兵士たちが追い立てる。
可能な限り志保もフォローに回るが、広範囲なうえに敵味方ともに大人数という悪条件が重なって、いたるところで虐殺が繰り広げられる。
のどかな村が、一瞬にして地獄絵図へと変えられ、志保の脳裏に前世での戦火の記憶がフラッシュバックする。
そんな中、一緒に逃げている吾朗太が重々しく告げた。
「――――すみません、何の関係も無いあなたを巻き込んでしまって」
「……まるで、こんな非道を行われる理由に、心当たりでもあるみたいですね」
「ええ、あります」
彼の説明によれば、この村はかつて六波羅に対し反抗運動を行った者たちが、家名を捨て忍び住む村なのだそうだ。
修平の母も、反抗運動に加わっていた武士で、反抗運動のさなか負傷し、その弱った体で修平を生んだのが死因となったそうだ。
「そう……ですか」
「ええ、――――恥を忍んでひとつお願いがあるのですが」
「内容に、よりますが」
「見たところあなたは大層、腕の立つお方のようだ、………あの子のこと、よろしくお願いします」
言うや否や、吾朗太は志保とは別方向に駆け出した。
そのための時間稼ぎはする、とそう言い残して駆けてゆく彼の姿を、一秒にも満たぬ短い時間見届けた志保は、再び駆け出し一夏とともにいるであろう修平の元へ向かった。
子を愛す父親の願いを、なんとしても叶えるために――
そんな志保の真上を、古びた一騎の鎧武者が駆け抜ける。六波羅の兵士たちの元、一直線に――――
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その頃、一夏と修平の二人は村の外れ、あの劔冑の残骸が安置されている古びた寺に身を隠していた。
断続的に轟く砲声と村人の断末魔が、一夏の心に恐怖をあおるが、同じように震える修平の姿を見て、何とか虚勢を保っていた。
無論一夏とて、荒事には幾度か巻き込まれもしたが、せいぜいチンピラか山賊を相手取ったぐらいであり、志保の奮闘もあって本格的な命の取り合いまでは経験したことがなかった。
(くそっ!? どうすりゃいい、どうすりゃいいんだ!!)
このままじゃいずれ見つかり、ろくでもない結果が自分と修平を襲うだろう。
しかし、だからと言って都合のいい打開策が即座に見つかるはずもなく、ただ襲いくる恐怖をこらえる。それだけが、今の一夏に出来ることだった。
そこに飛び込んでくる人影、赤い髪をたなびかせるその人物は、一夏が待ち焦がれていた志保だった。
志保ならば何とかしてくれる、そんな依存にも似た安堵を一夏は抱く。
「大丈夫か!!」
「ああ、志保、俺も修平もけが一つ無いさ!!」
「……ふう、よかった」
「なあ、お姉ちゃん、父ちゃんは一緒じゃないのか?」
「………それは」
――――結局のところそれは、単なる幻想に過ぎないのだと思い知らされた。
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パン! そんな軽い……軽すぎる音がして、鮮血が飛び散った。
目の前を飛び散る赤が、いったい何なのか……脳髄が理解を拒んだ。
理解できない筈もない、自分にも、駆け付けた志保にも怪我一つ無い。
この場には三人しかいない、ならばこの赤をまき散らされたのは、必然的に自分にしがみついていた――――
流れ弾だったのだろうか、米神に綺麗な風穴があいていた。
一瞬前まで、震えながらもしっかりと生きていた。
修平の米神に――――
流れ出る赤が、自分の両手を染め上げていく。
「う、うう、うぁ、あああああああああああああああああああああぁっっ!!」
欠伸が出るほど鈍間な反応で、俺はようやく悲鳴を上げた。
喉の奥からこらえようのない吐き気がこみあげる。鉛のようになった体を動かし、吐瀉物を修平の亡骸にぶちまけるのは、何とか避けた。
吐き出した物のにおいと、修平の亡骸からとめどなく流れ出る血のにおいが、余計に吐き気を誘う。
「――――ッ!? 伏せろっ!!」
頭を無理やり引っ掴まれて、俺の頭がボロ寺の床板に叩きつけられる。
直後、数発の銃弾が俺と志保の頭上を通り過ぎ、ただでさえぼろい寺を更にぼろくした。
それを、俺はどこか他人事のような感情で見つめていた。
なんでだ? どうして修平が死ななきゃならない?
寺の外からは六波羅の武者たちの、一応の体裁は保った降伏勧告が耳障りに響く。
下衆な笑い声が混じったそれを聞いていると、気が狂いそうなほどの怒りが込みあがる。
声高々に、この村はは六波羅転覆を企てる大罪人だっただの、おとなしく出てくれば苦しまずに死ねるだの叫んでいる。
俺にはそれが、どうしても人間が言っているのだと思えなかった。まるで動物の……いや、動物なら同族は殺さないから、それ以下か、そんな醜すぎる畜生ども醜い声と言葉の羅列、そんなものが修平を、十にも満たない子供を殺した理由だと……
「…………ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなぁっ!!」
志保に抑え込まれながら、俺は叫んだ。
正直、志保に抑え込まれていたのは助かった。そうでもなければあの畜生どもに、絶対殴りかかっていたはずだから。
見れば志保も、歯を食いしばり、じっと耐えていた。
それを見ていたら、ほんの僅かには落ち着いた。
「どうやら、言葉を聞けるぐらいにはなったか」
「…………………………………………ああ」
「とはいえ、状況は最悪だな」
なんとか頭を動かして覗きこんでみれば、他の兵士たちも続々と寺の周囲に集まってきていた。
断末魔は、もう聞こえない。
砕けんばかりにかみしめた奥歯が、音を立てる。
「はっきり言って、二人ともが助かる手段など、ない」
それはそうだろう、けど、二人ともでなければ……
「だったら、志保だけで――――」
「それ以上は言うな!!」
提案を言いきる間もなく、声を荒げて志保は俺の言葉をさえぎった。
「あの時言ったはずだ、一緒にいると、その言葉、違えるつもりはない!!」
「だったらどうすりゃいいんだよ、志保の死ぬところまで、見たくねぇよ………」
「――――手はある」
そういうと志保は、傍らに鎮座する劔冑の残骸を見つめ、俺にこう言った。
「ひとつ問おう、一夏、……どんなことをしても生きたいか?」
「…………え?」
「誰かを傷つけても、殺してでも生きたいか、……そう聞いている」
明確に言われた、誰かを殺せるかという問い、俺は志保のほうに目を向けず、修平の亡骸をじっと見つめていた。
俺が、誰かを、修平みたいに殺す?
志保が求めているであろう、明確な覚悟なんて言えなかった。
「――――わからない、殺せるかなんて……わからない」
「――――いい返事だ、一夏」
「え?」
予想に真っ向から反する志保の答え、呆然とする俺をよそに志保は劔冑の残骸に右手をかざす。
「最早、お前が生き残る手段はこれしかない、『私』を使って、お前が戦い生き残るしかな」
「な、んだよ……、それってどういう」
「――――だからな、その苦悩を忘れるな、それを忘れた時、封じ込めた時、人の命は軽くなる」
そして、志保の体から幾重もの刃が突き出て、残骸もろともに呑みこんだ。
鋼の肉塊が蠢き、志保の体を異形へと作りかえる。
うごめきが収まった時、そこに鎮座していたのは、志保と残骸ではなく――――
――紅に輝く、鋼の鷹――
「再び問おう、『私』を使い、生きるために戦うか、それともここで死ぬか」
金属の反響音が混じった声で、志保はふたたび俺に問うた。
迷いは、いまだ胸の中に渦巻く、だけど、言うべき言葉はたった一つ。
「誰かを殺せるかなんて、まだわかんねえ…………だけど!! 俺はここで死にたくない、力を貸してくれ志保!!」
「――――その言葉を持ってここに誓おう、我が身朽ち果てるその時まで、我が身は君を守る刃金<ハガネ>となる」
その言葉を聞き、自然と俺は指先を噛み切り、契約の血印をかわしていた。
触れた途端に、脳内を駆け巡る大量の情報。
衛宮志保と言う、最高の機体を駆るために必要な情報だ。
――――だから俺は唱える、志保を纏うための誓約を!!
「――――I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)」
そして俺は、この異界の地で<武者>となった。
<あとがき>
いや、こんな無茶な展開、どうやって収集つければいいんだよ!!
とりあえず一夏が元の世界に帰るためには、金神の力を使うってことぐらいしか思い浮かばねえ。