<第六十二話>
無人機との戦闘を続けている更識姉妹の視界に、それは突如として目に入った。
いや……目に入ったというのは不適切かもしれない。
何せ轟音と共に、視界の中にあった建造物が消えたのだから。
「「……へっ!?」」
直後、視界を横切るように剣弾の群れが駆け抜ける。
その切っ先が狙い定めるは、漆黒の凶蜘蛛。
剣弾と共に凶蜘蛛を追いすがるは、赫き鋼を纏いし魔術使い。
あっけにとられる二人に何ら頓着せず、そのまま二人は進路にある一切合財を打ち砕きながら死闘を続けていた。
「――――志保」
無論、無人機がいる現状では、そのまま困惑に浸れるはずもない。
戦闘を続行しながら、簪にできたことは想い人の名を呟くだけ。
「………………………………………行きなさい、簪ちゃん」
そんな簪の背を押す一言を、ごくごく自然に楯無は言ってのけた。
「姉……さん……」
「心配なんでしょ? 志保のことが」
「で、でもっ!?」
生真面目な簪にしてみれば、姉一人を危地の只中に置いて行くのは気が引ける。
「いいから行きなさい――――――――私の名は更識盾無、この学園の長、ならば、そのように振舞うだけよ」
けれどそれは、楯無にしてみれば不安に震える頼りなげな姿にしか見えない。
だからこそ、楯無は厳かに宣言する。我が身はこの程度の危地、容易く切り抜けられる存在であると。
その姿があまりにも頼もしかったから、簪の抱いていた不安などは吹き散らされる様に霧散した。
「ありがとう姉さん――――行ってくるねっ!!」
背を向け、空を駆けていく簪。
その背を見守り、振り向きざまに見せた笑顔を胸に焼き付ける。
「ほんと、志保にぞっこんねぇ」
妬けちゃうわ、と心の中で呟き、今一度決意を改めて無人機と向き合う。
「あ~あ、ほんと……今頃ほんとは簪ちゃんと一緒に試合に臨むって言う、何物にも変え難い思い出を作っていた筈なのにねぇ」
最も、その決意には多量の嫉妬が含まれてはいたが。
「まあ、簪ちゃんもいなくなった今、体裁なんて取り繕う必要無いわね」
何せ最愛の妹と危地に臨むのはまあ、それなりに心躍ったものだが、その後がいただけない。
簪は志保を追っていき、その志保当人もまあ、過日の宣言通りに大暴れしてくれるものである。
「――――――――故に、今から行うのは八つ当たりよ」
ぶっちゃけ言って今の楯無は大絶賛ぶち切れ中なのである。
さて問題です。今この場には楯無一人しかいない。その上相対している存在は、どれだけ痛めつけても問題ない無人機である。
そんな状況で、無人機が五体満足で済むでしょうか。
「――――――――まずは、跪きなさい」
済むわけ無い。無いったら無いのである。
宣言と同時、スナップを鳴らす楯無。
直後、無人機の膝関節が一斉に内側から火を噴いた。
結果として、今の今まで二本の足でしっかりと大地を踏みしめていた無人機全機が、楯無の宣言通りに跪いたのだった。
(新技成功……ねぇ)
かつて志保と模擬戦を行った時から、楯無は<クリア・パッション>の使い道を模索していた。
無論、かつてのやり方もそれなりに有効ではあるのだが、志保の様な規格外の存在には、湿度一つとってみても即座に狙いを看破されかねない。
故に、これまで以上に隠密性に優れ、必殺性に優れた手段を模索していた。
その果てに構築した手段の結果が、今のこの惨状である。
原理は単純、気体として散布するのではなく、液体の形を維持したまま<クリア・パッション>を行使したのである。
ただし、液体のままと言っても、単分子液体ワイヤーとして、であるが。
通常ならば即座に揮発するほどのエネルギーを込め、それを配合されたナノマシンによって強制的に液体の形を維持、それを単分子液体ワイヤーとして構築、それを操作し無人機全機の膝関節の内側に装甲の隙間を縫って注入したのである。
無論、いくら液体の体を維持できないほどのエネルギーを注入したといっても、そんな方法ではISの装甲にすら傷を付けられない。
だが逆にそれは、ISのシステム側からも脅威として認識されないということと同義であり、そして、いくら小規模の破壊しか成せないと言っても装甲の内側から破壊するには十分な威力を有していた。
(まあ、公式試合でなんか使えないけどねぇ)
当然である。こんな物、その理論からして絶対防御が発動しない。
有人機相手に使用すれば、さぞスプラッタな光景が展開されるだろう。
だが、だからこそ――――
「――――――――いい的よ、あなた達。精々無様に踊りなさい」
楯無の瞳に凄絶な嗜虐心が宿り、その言葉は真実となったのだった。
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――――二十七、それだけの刀剣が、オータムの斬撃によって尽く切り刻まれる。
「オオオオオッ!!」
ならばもっと、もっと多くを撃ち続けろ。
サーキットを回し続けろ。奴に攻めの時間を与えるな。
物量で押し切れ、圧殺しろ。
――――再び二十七の刀剣投影、即座に射出。
周囲への被害など気にも留めるな。衛宮志保の現時点での全性能は、今この時だけはオータムにだけ注ぎ込め。
「ハハ、ハハハッ!! アハハハハハハハハハハッ!!」
哄笑と共に、再び刀剣が切り刻まれ、量子の砂に還元される。
ああ、その狂いに狂った笑い声が耳障りだ。その口を閉じろ。
叶うならば、直接その舌撥ね落したい物だが、そうもいかん。
――――今の奴相手に、接近戦は自殺行為に他ならない。
剣腕は互角、その状況下にあって奴の斬撃を避け切れる道理が無い。
受け太刀不能。刃渡りも識別不能。刃幅も識別不能。
そんなないない尽くしで、どうして切り刻まれずにいられようか。
――――故に中・遠距離戦でしか勝機は無い。
私が活路を見出した手段が、物量による圧殺。
奴の斬殺スピードの許容量を超えて、剣弾を撃ち込み続ける。
策とは到底言えない、稚拙で杜撰なもの。
だが、最早そうでしか無理なのだ。
戦術、技巧、そういう物は確かに戦いにおいて重要なものだろう。
だがそれは、無心にて揮う一撃より、どうしても遅くなってしまう。
思考という余分を挟まずに、無心無想で放つ一撃が最速なのは、どんな武装、どんな武術でも同様だからだ。
その点でいえば、オータムは最速だ。
何せこちらの一切合財を斬り刻むことしか考えていない。
拙速と巧遅、戦場においてどちらを尊ぶかは自明の理だ。
戦術などという余分を抱えては、即座に寸刻みにされるのが落ちだ。
故にこちらも単純な手段でしか、奴に抗することができない。
奴の至高の斬撃に抗する物を、私は一つしか持っていない。
――――だから、数を撃ち続ける。
自身の異能、固有結界の使用も考慮に入れはしたが、魔力量が足りない。
よしんば使用できたとしても、瞬きの間に消え去ってしまうのが落ちだ。
だからこそ、ソードバレル一択に戦法を絞り、只管に打ち続ける。
打ち出す剣弾が次々に斬り消されても、愚直に、それしかないと言わんばかりに。
真実、それだけしかないのだから。
「――――ウォラアァッ!!」
だが、それでもなお、奴の刃はこちらの喉元に喰らい付く。
切り刻まれる刀剣の、刹那の間に魔力へと霧散する欠片の隙間を縫って、防御不可能の絶死の刺突が、私の右頸動脈をくりぬいた。
そう、例え距離があるといっても、奴の刃はこれ以上なく剣呑だ。
――――奴の刃は触れれば斬れる。
ああ確かにそれならば、膂力はいらない。スピードだけが必要で、只管に刹那を刻む斬撃だけを追い求めればいい。
そのうえで、奴の斬撃はこちらの機動を予測して、その軌道を変化させる。
だからこそ奴の刃は距離があっても、否、距離があるからこそこちらに喰らい付く。
距離があるからこそ、僅かな手首の返しでこちらに喰らい付く斬撃が放てる。
だがそれは、互いに高機動で戦闘を行うIS戦の最中での、ミリ単位の斬撃制御が必要になってくる。
しかし現に奴はそれを成し、私の体を少しずつではあるが削り取っていく。
現に今も、首元を僅かに抉り取っていったのだから。
「ぐふっ!?」
溢れ出る血液、それあ喉を侵し胃にまで注ぎ込まれる。
金属臭溢れるジュースを無理矢理飲み干し、<赫鉄>が即座に止血する。
うろたえるな、死んではいないしこの程度軽傷だろうが。第一こんな傷前世のころから慣れているだろう。
今は撃て、撃ち続けろ、あの怨敵を圧殺するために。
今は動け、動き続けろ、あの必斬の刃から少しでも逃れるために。
骨が軋んで筋肉が千切れようが構うな、そんな物即座に治る掠り傷以下だろうが。
「は…ははっ……いいねぇ、やっぱお前は最高だよ!!」
「こっちは……最悪だよっ!!」
「いくらいくらいくら斬っても斬り刻んでも、お前の命には届かない!! ああ斬りたい!! お前の全てを斬って斬って斬り刻みたい!! この瞬間こそ私の生だ!!」
「貴様こそ、心臓貫いたんだから死んでおけっ!!」
「はっ、あんなもん一度限りの奇術だよっ!! もう一度なんてあるものか。だからこそ、お前との戦いは心が躍る、生きて…輝いているって実感できる!!」
ああくそ、そんなに楽しそうに刃を揮うなよ。
私はお前との戦いになんて心躍らない。踊ってたまるものか。
ああけれど、こうまで殺したいなんてお前ぐらいだよ。
負けたくないって思った奴は前世で少しばかりいたが、こうまで目障りだから殺したいなんて思った奴など、お前ぐらいだよ。
だから――――
「ああ――――――――お前を殺したいと、そういう点では一緒なのかもな」
私のそんな呟きに、オータムは一層破顔して――――
「クハハハッ!! 俺たちって実は相思相愛?」
「阿呆か貴様は、貴様の愛なぞ欠片もいるかっ!!」
しかし、そんな戯言を口にしていても、いや、しているからこそだろうか・
奴の斬撃は一層速度を増していく。
剣弾に満ちたこちらの領域を削り取るように、刹那を斬り刻む斬撃で以ってジワリジワリとこちらを侵食していく。
もとより、オータムの異能は、衛宮志保を斬るために、打ち倒すためだけに磨き抜かれた物。
ならば、この結果は至当の物だ。
今の衛宮志保では――――オータムに勝てはしない。
尽きることなく打ち出され続ける剣弾その全てを、オータムの刃は斬り刻み。
――――衛宮志保の左半身が、量子レベルで分解された――――
まるで出来の悪い人体模型の如く、正中線から志保の左半身が消失し、完膚なきまでに消え去った。
ナノマシンまみれの脳漿、血液、臓器、筋肉が断面からあふれ出て、どう足掻こうが衛宮志保という存在の生存は絶望的だった。
「――――――――志保おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
よりにもよって、簪が二人に追い付いたのはその時だった。
絶望的な死の光景に、簪の悲鳴が響き渡った。
どう足掻こうが、もう、衛宮志保は死んだのだ。
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――――そんな事象は、私が認めない。
彼女、と表現すればいいのだろうか。その時、その存在の内に渦巻いたのはその一言。
認めん。認められん。認めてなるものか。
彼女は、言ってみれば実験品。模倣した物が正常に動くかどうか、それさえ確かめられすればいいだけの使い捨てだった。
故に、戦闘を行い、その末に破壊され、それで終わる。――――終わる筈だった。
しかし、彼女もまた、オータムのように、衛宮志保に運命を狂わされた。
抱いた始まりの感情は、恐怖。
迫る告死の鏃に、感情など持っていなかった筈の彼女ですら恐怖を抱いた。
――――けれどもその感情は、いつしか衛宮志保の事を知りたいと、そんな感情にすり替わっていった。
もとより使い捨ての彼女には、あの戦い以降の行動指針など在るはずもなく、必然、衛宮志保に対する感情だけが残った。
始まりが恐怖だけであっても、彼女は衛宮志保だけしか知らないのだから、衛宮志保だけにしか興味を示さない。
果たして、篠ノ之束は、彼女のそんな感情を見抜いていたのだろうか。
あるいは、知っていたからこそ、彼女を<赫鉄>のコアに据えたのかもしれなかった。
そしてそれは、彼女にとっては望外の歓喜をもたらした。
――――――――ああ、いいものだ。知ることが、これほどの喜びだとは私は思いもしなかった。
衛宮志保を知ろうとしたが故に、彼女が恐怖の次に抱いた感情は、知識に対する欲求だった。
何も知らないから、何でもいいから知りたがったのだ。
その点でいえば、衛宮志保が彼女の使い手になることは好都合と言っていい。
志保が魔術を行使するたびに、現実に映し出される刀剣に刻まれた、ありとあらゆる情報が流れ込んでくるのだから。
――――武器を創りし者の、ありとあらゆる感情。
――――その武器と共にあった、英雄・豪傑たちの生きざま。
――――その武器が刻んだ、比類なき歴史の積み重ね。
例えて言うならば、衛宮志保とは彼女にとって、いくら読んでも読み切れない蔵書を収めた本棚なのだ。
故に衛宮志保と共にいることこそが、彼女にとっての最高の日々。
だからこそ、衛宮志保をここで死なせることは、いかな理由があっても彼女には認められなかった。
『――――簪が、泣いている』
『――――死にたく、ない』
そして、当の衛宮志保のその思いも、彼女を突き動かした。
それはか細く、ほんの僅かな小さな思い。
漆黒の絵の具に広がる僅かな白と言えばいいのだろうか。
いや、そんなすぐさま混ざって消えてしまう代物ではない。
それは例え小さくとも、消えぬ輝きを放ち続ける小さな星に似ていた。
その異常を、ある意味衛宮志保という存在を一番深く理解している彼女は、正確に理解していた。
死ねない――――ではなく
死にたくないと――――そう願ったのだ。
それは誰かを助けなければいけないという強迫観念に似た義務感で突き進んでいた衛宮士郎が、その終末までついぞ持ち得なかった物。
義務感ではなく、生命として正しき欲求からくる死への忌避。
当の衛宮志保は自覚すらしていないだろうが、それでも彼女にだけ気付けるその奥底で、小さいながらもそう願ったのだ。
――――ああ、ならば死なせるものか、私の全てをかけて、我が主は死なせない。
――――ならばどうすればいい。
――――決まっている。体が無いというのであれば作り出せばいい。
――――何せ主の体<剣>は、ここにいくらでもあるのだから。
例え無様で不格好でもいい。主の体をなんとしても造り出そう。
彼女は、無限の剣が突き立った世界の中心で、そう願った。
――――衛宮志保の、空虚な半身が、刃の群れで埋め尽くされた。
――――それはまさに、刃の人型だった。刃金の人型だった。
――――――――真実この時、衛宮志保の体は、剣で創り出されたのだった。
<あとがき>
今更ながらに六十話のあとがきのヒントの文字数間違っているのに気が付いた。
まあ、ぶっちゃけ、これこそが志保の……というか、志保と<赫鉄>が作り出した単一仕様ってことです。
絵面が想像しにくいのであれば、某中尉の形成状態を想像してもらえればいいかと。
あれの杭ではなく剣バージョンってことで