<第六十話>
――――結論から言うと、タッグマッチが執り行われることは無かった。
やはりというか、ある意味想定内の乱入者があったためだ。
「学園全域にジャミング発生!! 同時に未確認機と思われる機影が最低でも十機以上確認できました!!」
管制室内に、悲鳴に聞こえる様な真耶の報告が響き渡る。
学園の教員全てがあわただしく動き始め、幾多のアラートが合唱を始めた。
「――――担当教員は即座に訓練機に武装を施し、既に戦端を開いている専用機持ちと共同で未確認機の撃破に当たれ!! それ以外の者は学園内の通信網の復旧と一般生徒及び来賓の避難を誘導しろ!! IS学園の誇りに賭けて一人たりとも死者を出すな!!」
千冬の指示により、無秩序な混乱が指向性を持ち、各々が自らの役目を果たすために動き始めた。
「よし、私も出る!!」
それを見て取った千冬は、一瞬だけ満足げな笑みを見せた後、再び表情を引き締め闘志を燃やして踵を返す。
「織斑先生、御武運を!!」
「ああ、任せておけ」
その背に、同僚からの声援を受けながら――――。
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――――現状は、限りなく悪かった。
専用機タッグマッチの開催に合わせた、形式不明のISによる同時多発襲撃。
エネルギーパターンや機動パターンを鑑みて、過日のクラス対抗リーグマッチで襲撃をかけた無人ISの発展機と見られた。
そこはいい。
問題は、その数と各機に搭載された未確認かつ高性能の電子ジャミングシステムだった。
襲撃機数は、かろうじて学園内の監視カメラ群で確認できただけでも十機以上。
それが学園各所に分散して攻撃を仕掛け、結果、各機に搭載されたジャミングシステムにより、学園内の通信網が寸断。
連携して反撃を仕掛けようにも、寸断された指揮系統により不可能。
ジャミング元をつぶそうにも、それは生徒が搭乗していたとはいえ専用機二人がかりでも撃破できなかった機体の発展形、そうそう駆除できるものでもない。
しかも、頼みの綱である専用機持ちも試合に臨むため、学園内の各アリーナに分散配置されていた。
故に、愚策と言える戦力の分散投入という手段をとらざるを得なかった。
「――――――――本当に、やってくれるわね」
例え情報の一切が遮断された状況であっても、楯無の明晰な頭脳は現状の不味さを明確に把握していた。
そして、例え愚策であろうとも、戦力の各個・分散投入しか手が無いということも。
戦力をすべて集結させるなどということをやれば、その間敵機に自由を与えるということに他ならない。
「――――姉さん、行こう」
だから無謀でも戦わねばならない。傍らの最愛の妹と共に。
「そうね、行きましょうか」
だが、こんな最悪極まりない状況であっても、一つ嬉しいことがあった。
孤立無援に等しく、眼前には五体の無人機。どう取り繕っても、命の危険にさらされている。
――――――――けれども、震えは無い。
自身にも、そして簪にも。
恐れないはずが無いだろう、不安を感じないはずが無いだろう。
しかし、それらを心の奥底に飲み込んで、闘志を切っ先に宿らせる簪のその姿は、見紛うことなき成長の証。
「しっかり付いてきなさいよ? 簪ちゃん」
「うん、姉さんこそね」
「フフッ、よく言うわね」
瞬間、同時に放たれるミサイルの群れと、水流の大蛇が一斉に無人機に襲いかかった。
敵機の形状は、先の無人機が鋼鉄の巨人ならば、鋼の戦乙女と言えるだろう。
左腕の肘から先は大型ブレードと化し、機体の周囲にはシールドビットが浮遊している。
唯一右腕だけが原型機と変わらぬ意匠ではあったが、覗く砲口は四つに増やされ、それだけでそこに宿る脅威が増していることが分かる。
「くっ!?」
「速いっ!?」
そして、その機動性はかつての物とは比べ物にならない。
いっそ優雅と言える体捌きとスラスター制御で、白煙たなびくミサイルと水流の大蛇を避け切り、タイミングを合わせたミサイルの起爆にはシールドビットがその猛威を無に帰し、結果無傷で無人機の群れが楯無と簪に襲いかかった。
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同時刻。第一アリーナで行われる筈だった第一回戦の為に集まっていた一夏・セシリア・鈴・シャルロットの四人も、無人機の群れと相対していた。
「行きなさいっ!! <ブルー・ティアーズ>!!」
「これでも喰らえっ!!」
侍らした四つのビットと構えた<スターライトmkⅢ>から延びる屈曲した閃光は、僅かたりとも無人機に軌道予測を許さない。
許されるのはシールドビット全方位展開による防御。
そこに可能な限りの衝撃砲を搭載した<甲龍>の全砲門一斉射撃が追撃をかける。
肩部四門腕部二門。計六門の衝撃砲は命中率を重視してすべて拡散モードに変更している。
同時に<双天牙月>を力の限り地面に叩きつけ、自機の前方に大量の飛礫を浮遊させる。
空間圧のみでISにダメージを与えられる衝撃砲に、例え飛礫といえど質量が加わり威力が格段の上昇する。
閃光の蛇と飛礫を纏った不可視の壁が、例え装甲に傷は付けなくともシールドビットに多大な負荷を与え一時的なオーバーフローを起こさせた。
「今だよっ!! 一夏っ!!」
「ああ、わかってるぜっ!!」
そこへ山吹色と純白の鋼が吶喊する。
<雪片参型>の刀身に<零落白夜>の光が灯り、<ラファール・リヴァイブカスタムⅡ>の左腕部にリボルバーと直結した巨大な鉄杭、灰色の麟殻<グレー・スケール>接続された。
次の瞬間<雪片参型>の刀身のブースターが瞬時加速を発動させ、神速の斬撃で無人機の一体を唐竹に断ち割り、もう一体の無人機の装甲に押し当てられた<グレー・スケール>の69口径の鉄杭がリボルバー内部の炸薬によって撃ち出されて、その胴体に大きな風穴を開けた。
「これで二つっ!!」
シャルロットと共に撃墜スコアを一つ加算し、気勢を上げて自らを鼓舞する一夏。
「……ほんと、いくついるのよ」
「少なくとも、今僕たちの目の前には五機ほどいるね」
「増援はあると、覚悟しておいた方がいいでしょうね」
たった今二機も撃破されたというのに、無人機の群れはその状況に何ら反応を示さず、ただ右腕を揃って掲げ砲口の先にエネルギーを充填し始める。
四人はそれに当たるまいと瞬時に散開し、秒もたたぬうちに四人がいた空間を二十の閃光が貫いた。
閃光が直撃した大地は瞬く間に溶解し、灼熱の水たまりを作り上げた。
「………ああはなりたくねぇな」
「当たり前よ!!」
分の悪い状況を誤魔化す様に漏らした一夏の軽口。それに真っ先に応えたのは鈴であり――――
「――――――――そうなってもらっては私も困るぞ?」
一夏に迫る無人機の一体を斬り伏せながら、二番目に応えたのは千冬だった。
「千冬姉!!」
「織斑先生だ馬鹿者!!」
先の見えない状況において、これほど心強い増援も無いだろう。
純白と桜花の鎧は、空中で背中合わせになって迫る無人機を睥睨する。
「それにしても、お前たちに怪我が無くてよかったよ。他の奴らも無事だといいが」
安堵は一瞬。千冬は表情を引き締めて、無人機の群れに吶喊する。
「――――遅れるなよ、お前たち!!」
織斑千冬は<ブリュンヒルデ>である以前に、今は一人の教師である。
――――ならばこそ、先陣を切るのは己でなければならない。迫る災禍から生徒を守る楯としての責務を果たすために。
――――ならばこそ、高々無人機相手に無様を晒す筈がない。
早々に二機目を斬り伏せて、次の敵機を見据えた千冬の眼前を、純白の刹那が駆け抜ける。
「それはこっちの台詞だぜ、千冬姉!!」
千冬より先に敵機を斬り伏せた一夏は、不敵な笑みを見せた。
まるでそれは悪戯が成功した悪童にも似ていて、こんな危機的状況にもかかわらず千冬は口元が緩むのを抑えられなかった。
「――――生意気だ、この馬鹿者」
だが、姉弟そろって先陣を切る。それは一夏にとっては悲願とも言えた。
今までの一夏の人生、多くの者に守られ助けられたその短いその人生で、一番長く一夏を守り続けたのはほかならぬ千冬だ。
その千冬の背中を追うのではなく、肩を並べて戦うこの状況、どうして興奮せずにいられよう。
「だが、そこまでいうのならば当てにするぞ?」
「ああ、当てにしてくれ、千冬姉!!」
掲げられた二振りの<雪片>に、<零落白夜>の輝きが灯る。
そこから始まるは姉弟を演者とした斬神の神楽舞。
迸る閃光も、掲げられたシールドビットも、それの前には陽炎の如く無為に消え去っていく。
無人機の人工知能がこの二人を高脅威目標と認識し攻撃を集中させるが、千冬と一夏に如何ほどの痛痒も与えてはいない。
「――――フッ!!」
千冬の口から短い呼気が漏れ、それと同時に無人機の胴体が上下に分たれ――――
「――――はああっ!!」
一夏の裂帛の気合とともに、無人機が唐竹に両断される。
最早この二人による剣戟舞踏<ブレードダンス>を阻むのに、無人機の群れでは不足に過ぎた。
軽く音すら置き去りにし、次々に切り刻まれる無人機の残骸が、二人の道筋を彩る。
「「「……………………………すごく疎外感を感じる」」」
ついでに鈴・セシリア・シャルロットの呟きもそんな二人を彩っていた。
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そして志保もまた、<赫鉄>を展開し無人機を駆逐していた。
いくら自立制御のシールドビットによる高い防御力を得ているとはいえ、完全に何も無い至近距離からの剣弾投影に、無人機があっけないほど次々に撃破されて行く。
確かにこの無人機は、大型ブレードと四連装ビーム砲による遠近両用の火力、シールドビットによる高い防御性能、おまけに原型機よりシェイプアップされた機体フレームは機体に潤沢な機動性を与え、完全機械制御による反応速度の高さも相まって、全ての面において高性能な機体だろう。
だがしかし、所詮は人工知能制御。
完全に予測外からの攻撃に対処できるほど、人間染みた有機的な思考は備わっておらず、いいように志保に駆逐されている。
そして、間もなく志保の眼前に立ちふさがった無人機は全て駆逐される。
「――――――――ああ全く、やはり来ていたか」
つまり前座は終わり、志保に対しての本命が姿を現す。
「当然だろうが、見る限り怪我は治したんだろ? だったら刃を交えない理由が俺にあるかよ」
「ふん、この戦狂いが」
「おいおい、俺はお前にしか狂ってねぇよ」
四度目の再会。数年前より続くこの因縁。
最早互いに宿命と感じているこの因縁。ならば相見えたのならば刃を交えない理由が無い。
言葉はもういらない。交わすべきは剣戟のみ。
「創造――――魔剣・必斬せし血濡れた刃<Briah――――Dáinsleif>!!」
だがしかし、異端と呼ぶのすら生温いこの二人の刃。
片や森羅万象を量子の砂に帰す魔剣と――――
「停止解凍、剣弾、――――七大魔城<フリーズアウト、ソードバレル、――――セブンスフォートレス>」
片や城と呼ぶにふさわしい七つの巨剣、それをあろうことか水平に打ち出した。
初手から余人の理解の外の事象を持ち出した激突。
だがしかし、それほどの異能すら、互いの命どころか体に毛先一筋の傷を付けることすらかなわない。
七大魔城は、量子の魔剣によって七つ全て両断され、砕け散って霧散しながらオータムの背後の校舎を粉砕するにとどまり――――
七大魔城を迎撃することを優先したために、量子の魔剣は志保を消すことかなわず、その背後の校舎を消し飛ばすにとどまった。
「周囲の迷惑ぐらい考えたらどうだ?」
「テメェがいうかよっ!!」
そこから繰り広げられるは一個人の戦いというにはあまりにも激しすぎた。
次弾からは手数を重視し、人間サイズの刀剣ではあるが、そのどれもが膨大な魔力のこもった魔剣・聖剣・霊刀・妖刀の群れ。
塵殺の剣群は、オータムのいる空間ごとを惨殺せしめんと、大気を穿ち、空間を貫いて迫りゆく。
その全てをオータムは己が魔剣で、そのすべからくを両断し、粉砕し、消滅させる。
互いの刃は、互いの命に、体に届かずとも、二人の周囲を粉塵に変えていく。
「――――オオオオオッ!!」
「――――ハアアアアッ!!」
互いに裂帛の気合を振り絞り、周囲に乱立するIS学園の建造物を次々に瓦礫と粉塵に変えながら、戦争じみた闘争を続ける。
――――――――本来なら、これはそもそもあり得ざる光景である。
なぜならば、オータムの魔剣が志保の投影物を量子に還元することなど在り得ない。
物理法則で編まれた既存の物ならばともかく、志保の内界の異界法則によって編まれた物まで、オータムの魔剣が通用する道理など無い。
しかし現実は、志保の剣群までオータムの魔剣は消し飛ばしていた。
異能の只中にある、その極大の異常を二人は正しく認識し――――それでもなお
俺は、この力はこの程度成せて当然と――――
奴は、奴の刃はこの程度成せて当然と――――
互いに、信頼にも似た確信を抱いていた。
故に、刃風吹き荒れる闘争は、条理を彼方に置き去った闘争は、科学と魔術の交差する闘争は、一層激しさを増して今なお起こり続けていた。
<あとがき>
さて、ここから何話でこの戦いを書き切れるだろうか、とりあえず次回はHOUKI無双の予定です。
その後にも志保の■■やら、■■■■が出てきたりとイベント目白押しなので。