<第五十九話>
「――――宝石まで材料にするのか!?」
一夏の驚く声が工房の中に響き渡った。
やはり魔剣の鍛造というのは、多大な興味を引くらしい。
かわるがわる誰かがやってきて、興味深そうに私の作業を眺めていく。
「ああ、宝石というのはたいてい魔力を貯め込んでいてな。魔剣の材料としてはいい物なんだ」
そう言いながら専用の薬液でルビーを溶かし、合金を溶かしている炉の中に流し込む。
「ちなみにルビーの属性は“火”でな。箒の属性に合わせてある」
「属性?」
「ゲームとかであるだろ? 地水火風空とか木火土金水とかそういうのだよ」
「へぇ、箒が火か、なんか似合ってるな」
「魔術の素養が無くてもそういう属性はあるからな、無いなら無いでそれは一つの特質だよ」
「ちなみに志保の属性って?」
「剣」
「は!?」
「だから剣、だから剣を作ることができるし、それしかできない」
「なんつーか……志保って魔術の面から見ても異端なのか?」
「異端というか、やれることが一つに特化してるんだ。けどその一つがいろんな手段を内包しているから結果的に器用貧乏になるって感じだな」
お前とは対極だよ。と言葉を繋げ、溶かしこんだ合金を型に入れブロックを作る。
そばにあるだけで大粒の汗が私の頬を伝う。橙色の灼熱の液体が音もなく流れる様子を見ながら、同時に解析魔術を併用し、合金の物理的・魔術的組成状況を調べていく。
(――――ふむ、やはり魔力の保持状況がいいな)
溶かしこんだルビーに内包されている、炎の属性を帯びた魔力が当初の予想よりも遥かに多く合金に溶け込んでいる。
原因はやはり箒の生血だろう。
処女・純潔というのはそれだけで守護・破邪とかといった概念を内包している。
異性という穢れを寄せ付けていない。それはほぼ全ての文化圏で広まっている認識であり、それが強力な概念となるからだ。
魔力を込める魔術礼装においてはうってつけの代物である。しかもそれが素質溢れる魔術師の物ならなおさらだ。(しかし、自分で使うのならまだしも、血液という自分自身と強烈に関わりのあるものを流出させる筈もない。万が一呪術の媒介に使用されれば目も当てられない)
まあ、だから、前世において様々な新鍛の魔剣を作りはしたものの、処女の生血を材料の一つとして使うのは初めてな経験の訳で……。
「…………一夏が鈍感へたれでよかったよ」
「…………ぜんっぜんっ、わけわかんねぇ」
「気にするな、こっちの事だ。言いかえれば健全ということだしな」
心底困惑した表情を見せる一夏をよそに、作業は順調に進んでいく。
まあ最も、束からの要望に応えたのを作る場合、魔剣というのは正しくないんだがな。
束の奴も、出来るからと言ってあんな提案出すか普通?
おかげで得意でもない魔術の術式構築とかもやらないといけなくなった。まあ、救いはそれほど高度な術式ではなく、初歩的な術式ということだろうか。
とはいえ問題はその規模と、<紅椿>との術式のリンクも構築しなければいけないということだ。そういう意味ではこの魔剣はIS専用ではなく、<紅椿>専用なのだろうな。
――――いや、箒専用だな、これは。
なんだかんだと心の中で苦言を漏らしてはみても、箒がこれを存分に使うところを夢想して、ついつい笑みがこぼれてしまうのだった。
=================
「――――専用機だけの全学年合同タッグマッチ、ね」
何でもこれからも続発するであろう事件への対処能力を高めるため、襲撃対象となりかねない各専用機持ちの技量向上を目指して、全学年合同の専用機持ちだけのタッグマッチが開催されるらしい。
「箒は誰と組むんだ?」
先に打ち上げた<鎧割>のスペアを箒に振るってもらい、<紅椿>のマニュピレーターに合わせたグリップの微調整を行いながら問いかける。
持ち込んだ電動グラインダーが火花を散らす中、箒はすごく迷ったような表情を見せる。
「正直にいえば………一夏と組みたいんだが、な」
そんな事を言った箒に突き刺さる三つの視線。
同じく一夏狙いの鈴・セシリアの視線に箒も今更おののいたりはしかったようだが、ラウラの懇願するような視線には心を揺さぶられるらしい。
「………」
「………」
「………」
「………」
「………お姉さまと、一緒がいいのです」
「………ううっ、いや、しかしだな」
「………今度こそ、お姉さまと本当に肩を並べて戦いたいのです」
そう言えば箒とラウラが初めて組んだのは学年別タッグマッチの時だったな。
あの時はまだ二人の仲はお世辞にもいいとは言えなかったから、ラウラとしては、今度こそ本当にチームメイトになりたいんだろう。
「そう言えば……そうだったな」
箒の方も、自分が先に負けて、モニター越しにラウラの戦いを見つめていた時、同じようにそのことを悔いていたようでもあったし、かなりラウラの懇願にぐらついている。
家族をとるか、恋心をとるか、と言ったところか。
「……………………………………………わかった、今度のタッグマッチはラウラと組もう」
数分もの沈黙の後、箒は結局妹分の純真無垢な視線に負けてそう答えたのだった。
「ありがとうございますっ!! お姉さま!」
満面の笑みで再び箒と組めることを喜ぶラウラ。
そりゃ第四世代機の<紅椿>と、第三世代機の中でもトップクラスの性能を誇る<シュヴァルツェア・レーゲン>の組み合わせなんてかなり鬼畜だと思うがな。
しかしそれすらひっくり返しそうな存在が、今この場にいるわけで……。
「じゃあ結局一夏はだれと組むんだ?」
「……機体の組み合わせで言うなら誰でも問題なく行けるんだけどな」
確かに一夏の言うとおりだな。そもそも一夏と組む場合、<白式・刹那>を決め手にしないという選択はありえない。
そういう運用しかできないし、仮にその必殺の性能を囮として使おうにも、それは元から長期戦など捨て去っているので無理に等しい。
つまり、<白式・刹那>の僚機に求められるのは牽制による隙と言えない僅かな隙を作る事、あとは<白式・刹那>のフルスペックを引き出して終わりだ。
何せ反応速度と機体の機動性が頭抜けて高い。あそこまで差が開き過ぎると戦術などという小細工はむしろ余分。奇を衒わず正道をいくことこそが一番堅実だ。
「<クアッド・ブースト>も四発目なら自在に操作できるようになったしなぁ」
<白式・刹那>の四発同時瞬時加速、<クアッド・ブースト>と名付けられたそれを、今の一夏は四発連続で安定した行使ができる。
おかげで模擬戦では、例え最初の発動に対応できたとしても、限界ぎりぎりまで引き上げられた反応速度と、その極悪な加速を無理矢理零に持っていける高出力PICによって、絶対に隙を突いて<零落白夜>を叩きこんでいる。
こと試合という形でなら、今の一夏程極悪な存在も無いだろう。
何せ取れる手段が過剰で過密な弾幕をエネルギー切れまで作り続けるか、自爆覚悟の全方位攻撃しかないのだから。
ちなみにその方式で一夏に勝てたのは簪とシャルだけだ。簪は<打鉄弐式>のマルチロックミサイルを、シャルは規格品のミサイルランチャーユニットをそれぞれ自分の周りに展開して自爆したという、<白式・刹那>のスピードを引き換えにした頭抜けて低い防御力を当てにした辛勝ではあったがな。
「改めて思ったけど……<白式・刹那>って尖り過ぎじゃない?」
「「「「「全面的に同意」」」」」
鈴の呟きに、一字一句違えることなく、全員が同意を示した。
相手にしてみたらこれほど神経を削られる存在はいないだろう。常に極限まで集中して、それが僅かに欠けでもしたら即敗北なのだから。
(……………日がたつごとにあの殺人貴みたいになっていくな)
一撃必殺を信条として、ゼロタイムでマックススピードに持っていく規格外の機動をとる一夏に、幾度となく刃を交えたあいつの剣閃が被る。
正直<白式・刹那>の機体色が黒だったら、即座にぶっ壊していたかもしれないな。
時がたつたびに最適化される一夏の機動を見ているとそう痛感する。
「というか反則よね」
「うっせぇ……それなら今の俺から普通にカウンターもぎ取れる千冬姉はどうなんだよ」
「千冬さんがバランスブレイカ―なだけでしょ?」
「教官だからとしか言いようがないな」
「流石は千冬さんということだろう」
「偏光制御射撃を勘だけで切り払える時点で今更ではありませんこと?」
そしてそんな今の一夏と<白式・刹那>から普通にカウンターをとれる織斑先生は、人として色々と間違っている様な気がしてならない。
言外にそういう皆に、当の一夏も複雑そうな表情をしている。自分が未熟なのか、姉が規格外に過ぎるのか判断しかねているんだろう。
「……それに志保だって、カウンターは無理だけで、防御するぐらいならやって見せるだろうが」
私の場合は半ば意地だがな。あいつを彷彿とさせる奴に負けるのはな……。
「個人的に今の一夏に負けるのはすごくいやなだけだ。……ただの意地だよ」
「意地の一言でそんなことやられちゃこっちの立場が無いのよ」
「――――それに、見慣れてるってのもある」
「はぁ!?」
鈴が私の言葉に驚愕しているが、本当にそうだとしか言えないのだ。
今の一夏の動きがあいつに似すぎて、考えるよりも速く私の体が反応しているってだけなのだから。
「――――それよりも、だ。後ろを見てみろ」
私の言葉に、皆が一斉に振り返る。
「――――聞いていれば、ずいぶんないいようだなぁ。凰にオルコット」
鈴とセシリア以外の面子が、その瞬間に二人に黙祷を捧げた。
「えっ……とですね、その、別に織斑先生をけなしていたわけじゃ!!」
「そ……そうです、織斑先生の規格外の腕を褒め称えただけに過ぎませんわ!!」
「ふむ、なるほど。悪意はないというわけか」
「「その通りですっ!!」
半ば錯乱状態で口にした言い訳を聞いて、織斑先生はつり上げていた眦を下げ、口元に微笑を湛える。
それをみら鈴とセシリアに安堵の表情が浮かぶが、私としては甘いというしかなかった。
「ならばその技量を、貴様らの体に教え込んでやろう」
<暮桜・改>を展開する織斑先生の姿は、私の直感の正しさを示していた。
「「ぎにゃあぁああああああ~!!」」
その戦闘態勢を整えた剣鬼を前にして、二人はあられもない悲鳴を上げるが、誰もそのことを嘲笑いはしなかった。
((((((…………無茶しやがって))))))
もうそれしか言いようが無かった。例え戦闘中であったとしても口に出すのは無謀極まりなく、恐らくは皆もその一言を心の中に秘めているのだろう。
「――――――――無茶しやがって、って思ってそうな表情してるわねぇ皆」
そしてそんな秘めたる思いを盛大に暴露する小悪魔参上。
「そういうのは思っても口に出さないのがマナーだと思うが?」
「だって私は素直な女の子だもの」
「――――ハッ」
「鼻で笑うってひどくない?」
「ついでに臍で茶でも沸かしてみせようか?」
お決まりとなった軽口の応酬。私もそうだが会長の方もこのやり取りがそれほど嫌いではないのかもしれない。
打てば響く様な返しに、自然と互いに笑みを浮かべる。
「そういえば会長もタッグマッチに出場するんだろ?」
「ええ、勿論」
「誰と組むんだ?」
我ながらわかり切ったことを聞いているなと思いつつした質問に、当然会長はそばにいた簪に抱きつきながら頬擦りする。
「そんなの決まってるでしょうが、簪ちゃん以外に私が組むのなんてありえないでしょ?」
「あ~はいはい。わかったから簪を離してやれ」
「ううっ苦しいよ姉さん」
「だってぇ、簪ちゃんと一緒に試合できるなんて思ってみなかったもの」
「うん……私もだよ」
その簪の一言を聞いて、重度シスコン病罹患者である会長が感極まらないはずもなく、少し離れるどころか一層簪の体を抱きしめる結果となった。
「ああもうっ!! 簪ちゃんからそんな言葉が聞けるなんて!!」
奇しくも先の箒とラウラと同じく、初めてといっていい姉妹の共闘が成せることが、会長に花咲くような笑顔を与え、簪もまた綻ぶような微笑みを見せる。
「頑張ろうね、姉さん」
「その言葉だけで百人力よぉっ!!」
そんな仲睦まじい姉妹の横で、シャルが憂鬱な溜息をもらした。
「――――誰と組もうかな、僕」
何で志保は参加しないんだよぉ、と恨めしげな視線を向けてくるが、私が出場したらそれだけで大会中止になりかねんぞ。
「――――無理だって」
「え~、志保とまた組みたいなぁ。だって前のタッグマッチはあれだよ?」
そういえばあの時はオータムを誘い出すために結構無茶をしたな。
「………………………よくよく考えれば、公式試合で一発しか打っていないな」
「でしょ? あんなんじゃ共闘したとか思えないよ」
対するシャルも私の無謀で棒立ちになった相手にショットガンを撃っただけ、二人ともに試合らしい試合をしていなかった。
「まあ、鈴とセシリアのどちらかが一夏と組むだろうし、組まなかった方と組むしかないんじゃないのか?」
「なんというか……余り物って感じがひしひしとするよぉ」
さめざめと涙を流すシャルに、どうしようもない罪悪感を感じるが、最早私にできることはない。
「――――――――ああ、会長。今度オータムが襲撃をかけてきた場合、後のことなんて考えませんので、覚悟しておいてください」
むしろ私が注力すべきはあの女のことだろう。
今度亡国機業が襲撃をかけるとすれば、タッグマッチの時が一番可能性が高いだろう。
「…………それってつまり?」
別に私のいったところを理解できないほど頭の巡りも悪くは無いだろうに、それでも受け入れたくないのか恐る恐る会長が聞き返してくる。
「勿論、今度あの女と戦うときは情報の隠蔽も、周囲への被害も、私という存在の露見の影響とか、それらの一切合財を無視するということですが?」
「やっぱりいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」
無残に突きつけた現実に、会長がムンクの様な絶叫を上げるがどうしようもない。
――――――――なぜならそんなことに注力して勝てるほど、あいつは甘い存在ではなくなってしまったから。
過日織斑先生が、一瞬とはいえ刃を交え、再び入手した僅かなデータをもとに、私はあいつの攻撃にある程度のあたりを付けていた。
とはいえ、わかったところで欠点らしい欠点など無かった。
臨海学校時点での奴のISの単一仕様能力は量子化し、防御をすり抜ける刃。
魔術とは単純に突き詰めれば、『歪曲』と『逆行』に分類される。
理を歪めるか、事象をさかのぼらせるか。あの時奴が行使した術式はおそらく前者。
もとより偶発的に魔術に目覚めた奴が複雑な術式を行使できるはずもなく、恐らくは単一仕様能力の発現個所を歪めたのだろう。
己が刃から――――――――――――斬撃の延長線上に。
つまりは、森羅万象を量子の砂に還元する斬撃こそが、魔術によって歪められたあのISの単一仕様能力。
振るえば何物をも無に帰す、窮極の絶対斬撃。防ぐことなど誰にも成し得ぬ無窮の刃。
ああ確かに、ひとたび抜けば必ず敵手の血を吸うダインスレイフの名に恥じなかった。
そんな物を前にして、周囲への配慮? 情報の隠蔽? そんな余分を抱いて退けられる筈もない。
「まあだから、いざというときは会長を頼りにしてますよ」
「………………今すぐ彼女に隕石でも落ちてきてくれないかしら」
それについては、会長と全く同意見だと言っておく。
<あとがき>
何だろう……箒×一夏より、箒×ラウラがすっごい書きやすい。むしろこれは箒のハーレムだと言えるのだろうか。
そして今更ながらに<白式・刹那>は、試合で敵に回したら厄介極まりないと思う。
……………………………あとオータムはどうしてこうなったし。