<第五十八話>
「ヘイヘ~イッ!! しーぽんお願いがあるんだけどさ」
<打鉄弐式>のマルチロックミサイルの調整を行う簪に付き合って、整備部で放課後の暇をつぶしていた私の耳に、そんないろいろと突っ込みどころがある声が飛び込んだ。
「――――――――とりあえず、しーぽんとは私のことか?」
「もちのロン!!」
「――――――――よし死ね」
とりあえず、そばにあったプラスチックパイプの端材で、阿呆の頭をフルスイングでど突いた私は悪くないと思う。
パカン!! と軽い音とともに束が頭を押さえてしゃがみこみ、私を恨みがましい視線で見つめてきたがそんなものは知らん。
「酷いよぉしーぽん!!」
「本気で死にたいのか貴様」
私をあだ名で呼ぶのはともかく、なにをトチ狂ってしーぽんなどというあだ名を選んだのか。
やはり束はどこかねじが抜けているというか、常人とは違うところにねじがあるというか……。
何をどう間違えてあの人見知りが激しい口数が少ない子が、こうも斜め上の言動をまき散らす愉快な人格になってしまったのだろうか。
――――――――あのマジカルアンバーやら宝石の翁に関わっていればこうもなるか。
原因など明らか過ぎるほどにはっきりとしていた。むしろ子供のころからあんな濃い面子に関わってこの程度で済んでいることに安堵すべきだろう。
「…………というか、何でいきなりあだ名なんだ?」
「いやぁ……、いーくんとかちーちゃんとか、私、親しい人はあだ名で呼んでるんだよねぇ。それでふと、そう言えば志保だけはあだ名で呼んでないなぁ、って思ったの」
「それで、しーぽんだと?」
「その通りっ!!」
世界最高峰の天才科学者の二つ名に似合わない……あるいは、ある意味似合っている朗らかな笑顔とともに、親指を突き立てサムズアップする束。
とりあえずそのうざったく突き立てられた親指を捻じり折ってしまわないように自制しながら、私は話を本題に戻そうとした。
――――――――どうせこの手合いにムキになったところで意味などない。
放っておくしか意味は無いのだ。手痛い目に合わせたところでむやみに高い回復力でまた同じような事を繰り返すに決まっているのだから。
「し……しーぽん………………ぷふっ……クスッ」
――――しかし、背後から聞こえる、懸命に抑え込もうとしても漏れてくる笑い声に膝が折れそうになる。
「……簪」
「え…えっと…………可愛いと思うよ? ………………………しーぽん」
「嬉しくないっ!!」
何せ簪ときたら口元は引き攣ってるし笑いを無理やり我慢してるから頬は赤くなってるし……、正直簪にまでしーぽん呼ばわりされたら精神的に死ねる。
周囲を見渡せばこのやり取りを見ていた数人の生徒が微笑ましいやら生温かいやら、そんな視線と笑みを見せてくる。
(………………………………………絶対今日中には広まって、明日からはしーぽん呼ばわりだな。……………耐えるしか、無いな)
心の中でそんな悲痛なのか馬鹿らしいのかわからない決意を固めて、ついでにもう一発束(元凶)の頭をど突いておいた。
「ひーどーいーっ!! しーぽんの鬼!! 悪魔!!」
「…………お前には学習能力という物が無いのか?」
「へぷっ!?」
計三発の打撃を喰らって倒れ伏す束。…………こいつはここに何をしにきたんだ?
疑問を解く答えは、倒れ伏す束ではなく横合いから聞こえてきた声に含まれていた。
「あ~、私から説明しよう」
「あれ? 箒もいたのか?」
「ああいた……姉さんにいきなり連れてこられた」
どうせ束の事だ、むやみやたらなハイテンションで無理矢理引っ張ってきたんだろうな。
「志保の想像はおそらく正解だ」
「………そうか」
苦虫を噛み潰したような表情をする箒に、郷愁の念が混じった同情心が湧き上がり、その肩を優しく叩く。
なんて言うかこう……こっちが受け入れられるぎりぎりのところの騒動を自然に起こしてしまう、ジェットコースターみたいな知り合いは非常に多かったからな、前世で。
筆頭は誰かは言わん。まあ、某あかいあくまも某虎もどっちもどっちとしか言えんが。
「お前の優しさが……沁みるなぁ」
目頭を押さえ涙を堪える箒に、こっちの目にも熱い物が宿ってくる。
「――――――――ところで、束さんは結局何しにやってきたの?」
そんな寸劇も、簪の冷静な突っ込みが入るまでだったが。
「実をいうとな、姉さんが<鎧割>を打ち直してもらおうと言ってきたんだ」
その一言を聞いた私は、未だ倒れ伏している束の体を担ぎあげて、整備部内にある機密作業区画に足を進めた。
「箒、簪、ちょっとついてきてくれ」
「……む?」
「……え?」
いくら学園ではデータの公開義務があるとはいえ、ある程度の情報保護は必要なのでIS学園の整備部には教員・企業・軍関係者が使用できる機密作業区画がある。
とりあえずそこに箒と簪、ついでに束を連れ立って入り、端末に束の名前と指紋を入力してロックをかけた。
これで今から上がる議題は学園上層部――――つまりは会長の所にしか行かないだろう。
「おい……起きろこのバカ」
「もうちょっと優しくし・て・ね?」
本題に入るために起こしてみれば、口から出てくるのはこんな戯言だけ。
束と昔から親友をやっている織斑先生は正直すごいと思うぞ。
とりあえず唇に人差し指を当てて、見ているこっちに苛立ちを与える微笑みを見せるバカに、再びパイプを掲げる。
「――――え、えーと、<鎧割>の事だよね?」
流石に少しは学習し始めたのか、束はようやく本題について触れ始めた。
「いやほら、しーぽん<鎧割>打ち直した時、手抜いてたでしょ?」
「姉さん!! 手抜きだなどと、志保に失礼だろう!!」
「そうですっ!! 志保がそんな杜撰なことする筈ないじゃないですか!!」
束の言い分に箒と簪が反論の言葉を発してくれるが、束の方が的を射ているんだよなぁ。
私の為に怒ってくれるのは嬉しいが、そこは指摘しておかないといけないだろう。
「いや、二人とも……束の言っていることは本当だぞ」
「「え!?」」
驚愕する二人の横で、束が得意げな笑みを見せてうんうんと頷いている。…………子供かお前は。
「今箒が使ってる<鎧割>は噛み砕いていうと、いい材料を集めて、ISを使っていたとはいえ真っ当な方法で鍛造しているんだ」
ここまではいいか? と視線で二人に問いかけ、首肯で返してくれた二人に言葉を繋げた。
「そして知っての通り、私は魔術使いだ。――――――――ならばそういう手法を使っていない今の<鎧割>は、正しく手を抜いて作った代物だよ」
つまりは魔剣として新生させた<鎧割>こそが、私が全霊で打ち上げた代物だろう。
「つまりは……魔剣だとか妖刀だとか、そういう物に<鎧割>を仕立てあげようということか?」
「その通り。束が言っているのはそういう事さ」
「しかし……危険はないのか?」
箒の表情には懸念が宿っている。魔剣・妖刀など、字面だけを見ればそこに不穏な物を感じるのも当然だ。
無論、呪いとかそう言った物を付加すれば箒の懸念も正しいのだが、魔術の魔の字も知らない様な門外漢である箒の使う得物にそんなものを付加するつもりなどある筈がない。
「安心してくれ、<鎧割>に付加するのならば、斬れ味や強度の増幅……後は精々箒の気質に合った属性付与ぐらいだよ」
「………それならば……安心していいのか?」
私の説明にも、箒の表情にはどこか不安が宿っている。
そこで私は<鎧割>の構造を思い返し、折衷案を提示して見た。
「それでも不安が残るというのなら、魔術で手を加えるのは刀身と……後は精々グリップ部分ぐらいだ。魔術で手を加えないスペアももう一つ設えるが、どうだ?」
「ふむ、それならばブースター部分の取り換えだけでいけるな」
「ああ、私としてもIS用の魔剣というのは興味深い。むしろ私の方からもお願いしたいぐらいだよ」
「私も興味あるなぁ……、今の<鎧割>でも倉持技研の人かすごく参考にしてるぐらいだし」
簪から聞いたところによれば、<鎧割>の構造データとか製造法は倉持技研の技術者にとってはかなり衝撃的だったらしい。
材料は骨董品、打ちあげた技法は古来からの物。それで最新鋭のIS用の格闘兵装と比肩しうるものができているのだから、その衝撃たるや<鎧割>の運用データをもとにした新型武装の研究プロジェクトが立ち上がっている程だとか。
「けど魔剣仕様の<鎧割>のデータなんておいそれと流出させれないだろう?」
「というより……まずそんなものを作って大丈夫なの?」
「ああ、元から作ったのは束ということにするから」
第一この話を持ち込んだのは束なのだから、それぐらいは当然だろうに。
色々突っ込まれても「篠ノ之束が魔改造したから」で通せるだろう。
「――――汚い志保さすが汚い」
「ふむ、褒め言葉と受け取っておこう」
話がまとまり悪乗りする束に、こちらも悪乗りで返す。
どうせ束の事だ、この話の流れも予想済みだろう。
「ところでさ、しーぽんに一つ追加で頼みがあるんだけど」
「これ以上何かあるのか?」
「うん、<鎧割>の強化の事なんだけどね? ――――――――こんな感じでできない?」
そう言って耳打ちする束の言葉に、私は頭を抱えたくなる衝動にかられる。
怪訝そうな表情を向ける箒には聞こえないよう、私も束に小声で返す。
「………お前、箒の現状を知っていてそんな事を言っているのか?」
「うん………………わかってる。箒ちゃんが自分の持つ力に怖がってるのも、ね」
「だったら!」
「けれど、私の提案は箒ちゃんがその恐怖を乗り越えないと意味が無いでしょ?」
確かに、束の追加提案は箒が<紅椿>のフルスペックを引き出せていない現状では意味がない。
束としては、やれる事は全てやっておきたいということなのだろう。
「確かに……箒ちゃんには余計な重荷かもしれないけどさ、いーくんが何かの陰謀に関わってしまっている現状、箒ちゃんも絶対引かないと思うから」
「…………わかった。束の提案を飲むよ」
しっかし……、もし箒が力への恐怖を乗り越えて、<紅椿>のフルスペックと魔剣<鎧割>を組み合わせたら、相当やばいよな……アリーナもつのか?
「そう言えば前から疑問に思ってたんだがな……、<絢爛舞踏>ってやっぱり<ミス・ブルー>の魔術回路の特性を模倣して作ったのか?」
「あ……やっぱり気付く?」
「あの人に縁のある機体に“紅”の一文字加えるとは………なかなかに命知らずだな束」
「うう……今更ながらに私って無茶してるなぁ」
とりあえずそれは脇に置いて……、<鎧割>を魔剣に作り替えることは決定事項だな。
「じゃあ、これから準備に掛かるよ。道具から何から、ほとんど一から準備しないといけないしな」
「ありがとう志保、私にできることがあるなら遠慮なく言ってくれ」
「私も余裕ができたら手伝うよ。ミサイルの調整は順調に進んでるからね」
「ああ、何かあったら頼りにさせてもらうよ」
しかしまあ、久しぶりの魔剣の鍛造は、自分一人で没頭したくもあったのだが。
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ちなみにそれを行う私専用の工房は、いつの間にやら束が用意していた。
無論魔術にもそれなり以上に知識のある束の事、方角や龍脈に気を配った手抜かりの無いものであった。
そんなIS学園の敷地内の端の方にひっそりといつの間にか出現した小ぶりな工房に、簡素ながら人払いの結界を敷設し、投影を駆使して鍛造に必要な工具を準備。
やはり自分の作業スペースがあるのはいいものである。一通りの体裁を整えた工房の中でそんな感慨にふけっていると、そこに来客の鐘が鳴った。
「――――なんというか、“らしい”内装だな」
まあ、古めかしい、まるでファンタジー映画にでも出てき層工房の中だ。
そんな感想が出てくるのは当然だな。
「ようこそ、私の工房へ」
そんな箒へと芝居がかった一礼をし、箒に苦笑で返される。
「フフッ、浮かれているのか?」
「……かもしれん、年甲斐もなくな」
「いや、年甲斐はあるだろうに、私たちはまだ学生だぞ?」
「そう言えばそうだった」
そんなやり取りの後、箒は<紅椿>を右腕だけ部分展開、その手元が一瞬光った後に<鎧割>を顕現させた。
「それじゃあ、頼むぞ志保」
「ああ、任せてもらおう。一層の業物に仕立て上げて見せるさ」
「フッ、頼もしいな」
鈍色の輝きを見せる<鎧割>を前にして、私は誓いを立てる。
「それじゃあ、私はこのあたりで失礼するよ」
「――――ちょっと待った箒」
「何?」
踵を返す箒の背に、私は声をかけて引き留める。
同時に戸棚から必要な物をいくつか手に取り、疑問の表情を見せる箒にそれを突きつける。
「――――まずはこれ」
差し出したのは、よく手入れをされて切れ味のよさそうな鋏。
「…………………どうしろと?」
「髪の毛切ってくれ。勿論少しだけでいいぞ」
次いで手に持ったのは消毒用アルコールを含ませた脱脂綿と、採血用の注射器。
「あと箒の血も採取させてくれ」
「――――――――なんというか、本当にいかにも、という感じだな」
呆れ混じりの苦笑を見せる箒の、シミ一つ無い綺麗な腕に注射針を突き立てて血液を採取する。
まあ、いくらなんでもこんなことは想像の埒外だったのだろうな。
「箒の為の魔剣だ。箒の血肉も立派な材料になるのさ」
「………どう反応すればいいのかわからんが、期待だけはできそうだ」
「楽しみにしててくれ、期待以上の物を仕上げて見せるさ」
――――――――ちなみに、箒から採取した血液は、調べてみれば“乙女の生血”だった。
魔術的にはいい材料になるので、良しとしておこう。
何せ時期が悪ければ、ただの生血になっていたのかもしれないのだから。
とりあえずこの事は、私だけの秘密にしておいた。
<あとがき>
束の、志保へのあだ名は何がいいかと考えてみたら、しーぽん意外に思いつかなかった。
けど、しーぽんってどこかで聞いたことがあるんだよなぁ……。
あと、箒さんがHOUKIさんになってもOKでしょうか?
色々悩んだのですが、どうせなら開き直ってしまおうと決めまして……、とりあえずゴーレムⅢは御愁傷さまとしか言いようがない。