<第五十五話>
キャノンボール・ファスト開催当日。専用会場のピットにはIS学園所属の専用機全てが集まり、それぞれがレース本番に向けた最終調整に励んでいた。
大多数の機体は高機動性を重視した専用パッケージか、規格を合わせた追加ブースターを取り付けており、普段の機体とは違う武骨さが増した威容になっている。
「皆すげぇな……」
「性能面では同等とはいえ、見た目がな……」
そんな中で、ただ二人だけがいつもと変わらぬ様子で佇んでいた。
既に一夏と箒は自機のスラスターの出力配分を済ませているため、もうやることが無いのだ。
十分とは言い切れないが、授業や放課後に高速度戦闘の練習も済ませているので、後はもうレースで全力を発揮するだけと言える状況だった。
そんなある意味気軽にレースに挑む二人に、呆れとねたみが入り混じった視線を伴って鈴がやってきた。
「いいわよねぇ~、あんたたち準備が楽で」
「何言ってるんだよ、第一俺の<白式・刹那>は短期決戦向けでどうあがいてもレースには向かないんだぞ? ……追加のエネルギーコンデンサーとか積むのも無理だし」
「……レースなのに全力を出せばガス欠になって負けるとか最悪過ぎるわね」
「……その点は<紅椿>も同じだがな」
レース前から自分たちの不利を痛感し、気落ちする一夏と箒。
「――――とはいえそちらは抑えていてもそこらの機体と同等のスピードを引き出せるだろうが」
「そうですわね、ある意味ハンデはないといえますわ」
そこに、それぞれが専用のパッケージを装備したラウラとセシリアが現れた。
これでいつもつるむ面子のうち五人が集った。少々気落ちしていた一夏と箒も表情を引き締め、準備を終えた機体のステータスを念入りに確認し始める。
他の三人も、機体の装備などの確認を念入りに行い、レースに向けて意識を研ぎ澄ましていく。
「う~、簪の裏切り者ぉ~~~~」
「……うう、私が悪かったから、そろそろ機嫌直してよ」
「い~や、許さないね、こないだの昼休み志保と二人で居ないと思ってたら、二人であ~んしあってたとか、絶対に許さないからねっ!!」
そんな引きしまった雰囲気を粉砕する、非常に間抜けな会話を伴ってシャルと簪がやってきた。
もはやだれもが「どうしたんだ?」などと質問することはなかった。シャルの端的な恨みごとにその場にいた全員が事の仔細を把握し、知らずそろって溜息が洩れた。
「「「「「また志保か…………」」」」」
そう呟くと皆はレースの準備に戻る。誰も言葉にはしないものの、一様に「阿呆らしくてやってられるか」と鮮明に書かれていたのだった。
「――――――――ふぇっくしっ!!」
同時刻、観客席で座っていた赤髪の少女が、盛大なくしゃみをしたことをここに記しておく。
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――――とまあ、そんな一幕はあったものの、キャノンボール・ファストは無事に開催され、開戦の号砲が高らかに鳴り響き、それぞれの機体が音の壁を軽やかに突き破りながら一斉にレース場に躍り出た。
一年生専用機組のレースの初手はセシリア、<ストライク・ガンナー>の推力をフルに発揮し真っ先に第一カーブに突入、セシリアを先頭とした列が形作られた。
無論、他の面子もその状況をただじっと、指をくわえて見ているわけではない。
「――――もらった!!」
カーブの最中にしかけたのは鈴だ。強引に最高速に持って行きながら横並びになったセシリアへと、レース専用パッケージ<風>に搭載された、砲口を横に向けた<衝撃砲>を発射する。
「そんな物にあたりませんわ!!」
「そうね…けど先頭もらいっ!!」
<衝撃砲>を回避し僅かにスピードが鈍ったセシリアの隙をつき鈴が先頭に躍り出る。
セシリアもそのままですまするつもりは毛頭なく、二人で熾烈なデッドヒートを繰り広げる。
「――――へ?」
「――――きゃあっ!!」
そんな二人に後続の機体の隙間を縫ってマイクロミサイルが踊りかかった。とてもではないが通常のミサイルでは出来ぬ軌道を難なく披露し戦闘の二機に着弾、その爆発で以って二機を足止めする。
そして、そのような武装を搭載しているのはただ一人。よもやこんなところでろくに実践テストもしていない新型兵装を使うとは思いもよらなかった鈴とセシリアは、後方から自分たちを追い抜く<打鉄弐式>を睨みつける。
「………ごめんね?」
少しばかり申し訳なさそうな表情をしているのは、彼女の性格の表れだろうか、とはいえ先に言った通り、こんな場面で新型兵装を使うあたり、簪も少々度胸がついてきたのかもしれなかった。
「えへへ……ラッキー♪」
そしてちゃっかり簪の後ろに最初から位置取り、<打鉄弐式>のスリップストリームを利用して二番手に躍り出るシャル。
………その小悪魔じみた笑みは、間違い無く彼女の性格の表れなのだろう。
「このまま行かせるかぁ!!」
「特にシャルロットさんは逃がしませんわっ!!」
どうやらミサイルをぶち込んだ簪より、シャルの笑顔の方が二人には許せなかったようである。
「――――いや、それはこちらの台詞だ」
「悪いな、二人とも」
「勝負事には、こういうことも付き物だろう?」
そしてもちろん、体勢の崩れた鈴とセシリアを後続にいた、ラウラ・一夏・箒の三人が見逃すはずもなく、二人をあざ笑うかのように追い抜いていく。
未だレース開始直後の第一カーブですらこれだけの順位変動が巻き起こり、波乱に満ちたレースが展開されて行く。
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――――異変に一番早く気付いたのは、観客席にいた志保だった。
(………………………………………………どこだ?)
何かを捕らえたわけでも、自覚できる事象があったわけでもない。
ただ、経験則に基づいた志保の第六感が警鐘を鳴らし始め、それをもとに周囲を探り始めた。
<赫鉄>を眼球にだけ展開し、自身の瞳をハイパーセンサーに作り替えて、同時に強化魔術による視力強化を発動。
「――――あそこか」
そして、志保の第六感の正しさを示す様に、魔眼へと変貌した瞳が異変を捕らえた。
ほんの僅かな、視線の先に広がる大空の一部に歪みがあることに気付く。恐らくは光学迷彩を展開した何者かがこのレースを観戦している。
静音性を鑑みて、明らかにそこにいるのはISと知れた。十中八九、このレースでよからぬことを成そうとしている者の筈だ。
ISを使ってまでする行為がよもや出歯亀ということはない筈だ。そもそもISは純然たる兵器、戦闘こそが果たす目的であることは間違いなかった。
『――――今から言うポイントにISがいるぞ、見えるか?』
即座に志保はプライベート・チャネルで事の仔細を通達。
同時に、自分の位置が不味いことに気付く。
生憎と志保の観戦場所と正体不明機はレース場を挟んだ状態にある。
観客の安全のために設置された学園のアリーナと同等のシールドが、両者の前に横たわっていた。
(どの道、この足では戦闘行為などもっての外か)
未だ歩くことが精一杯の足をさすりながら、志保は事の成り行きを見守り続けた。
無茶をしたところで、周囲にいる民間人を巻き込みかねない。それでも志保は自身に出来ることを脳内で模索し続けながら、傍目にはレースを静かに観戦しているとしか思えない平静さを保っていた。
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『――――今から言うポイントにISがいるぞ、見えるか?』
志保が事の仔細を伝えたのはレース場にいるISの中で、最もセンサー有効半径が広い<ブルー・ティアーズ>の操縦者であるセシリアだった。
『私の射程ぎりぎり――――いえ、その少し外側にいますわね』
セシリアの言う通り、正体不明機はそれほどまでの遠距離に陣取っている。
遠距離戦主体の<ブルー・ティアーズ>と、もとより魔眼じみた視認距離を持つ眼球をハイパーセンサーと強化魔術によって強化した志保だからこそ気付けたのだ。
『しかし、どうしたものかなセシリア』
『そう、ですわね……下手に動けば観客に被害が出るかもしれません』
生憎とこのレース会場の観客席に、レースの余波から観客を守るシールドはあれど、外部からの襲撃に備えた防御機構はなにもなく、下手に動けない状況であった。
もしも、こちらが気付いた素振りを見せれば、それだけで致命的な状況に陥るかもしれなかった。
『――――そうよねぇ、上にこの話を回したらどうにか観客に気付かれないままに事態を解決しろって無茶な指示を出してきたし』
『面子もまた、守らなければいけない物と理解はしますがね』
『そのための具体的指示が何も無いのは勘弁願いたいですわね』
会話に参加した楯無の語った状況に、二人は頭を抱えたくなる衝動にかられた。
確かにこちらが何らかのリアクションをとった場合、正体不明機が離脱の為に観客席に砲撃でも打ちこんでこちらに混乱を誘うという手段も想定の内だからだ。
そもそもが、ここまで侵入を許した時点で負けに近い。既に観客席にいる多数の民間人を人質に取られたに等しいのだ。
『――――無論、具体的指示はあるわ』
かなり無茶だけどね……と最後に付け加えた楯無のその後の発言は、確かに無茶すぎる物だった。
『レース場のシールドをセシリアちゃんのタイミングに合わせて一瞬だけ解除するわ』
『それは………………………つまり、その一瞬に合わせて正体不明機を狙撃しろ、ということですか?』
無茶だ。あまりにも無茶だとセシリアは思った。
正体不明機の位置は自身の最長射程の僅か外、例え直撃コースに乗ったとしても、それは向こうが木偶の棒である前提が必要だ。
そしてそもそも、その一発で行動不能になるかすらわからないのだ。
あまりにも不利な条件三つが重なった無茶な要求。
「…………はぁ……………はぁ………………はぁ」
知らずセシリアの口から、苦悶の吐息が流れ出る。
今なお観客席には、迫る脅威も露知らずレースの観戦に興じる、数多の一般人が笑顔を見せている。
その笑顔が、そして命が、今はセシリアの指先に宿っている。
自分が下手を打てば、あるいはその全てが無残に消えるのだろう。
そう自覚してしまえば、いつも何気なく引いているトリガーがあまりにも重たかった。
カチ、カチ、カチと何処からか音がする。それは震えた指先の装甲が鳴らす音と気付き、どうにか震えを止めようとするもなかなか止まらない。
「どうして……こんなことにっ」
練習の成果なのだろう。少々ぎこちなさが出ているものの自然とレースを続行しながら、セシリアはたまらず弱音を吐いた。
己に向かってくる敵ならそのまま迎え撃てばいい。誰か少数を守るのならば身を挺そう。
しかし、これほどの大多数が自分に覆いかぶさったのは、セシリアには初めての経験だった。
その弱気、逡巡が先手を喪う一因となった。
正体不明機の光学迷彩がはぎ取られ、<ブルー・ティアーズ>に酷似した機体が姿を現す。
(まさか……<サイレント・ゼフィルス>!?)
自分が操る<ブルー・ティアーズ>と同じくBT兵器運用実験の為の英国第三世代ISが、そこにいた。
同じ遠隔操作兵装を搭載し、そして同じ狙撃用の長大なレーザーライフルの銃口が――――こちらを向いた。
(私が迷ったから!? 迷ったから……手遅れにっ!!)
事態は自らを置き去り、手が伸ばせないほどの速さで展開していく。
観客席には、未だ笑顔があふれていた。
楽しげな休日の光景。
それが、もうすぐ“楽しかった”光景に。
そして、惨劇の光景に変わるかもしれなかった。
『…………………………………やめてぇっ!!』
声は届かず、打ち倒すべき敵手はいまだ健在。砲口に光が灯り、惨劇はもう、すぐそこに迫ってきている。
『――――I am the bone of my sword<体は剣で出来ている>』
だがここに、届く声があった。
『――――え?』
同時、迸る閃光がレース会場めがけ疾走する。
光速で迫る一矢は、そのまま届けば甚大な被害と、観衆に恐怖とパニックを与えただろう。
『熾天覆う七つの円環――――<ロー・アイアス>!!』
開く花弁。その七枚それぞれが飛び道具――射撃兵装にとっては固く閉ざされた城壁となり、迫る閃光を惨劇の未来共々吹き散らす。
『グゥッ――――なぁセシリア』
相応の距離を無視しての宝具の具現、その負担が滲む声で志保が語りかけてくる。
苦しげで、しかし平然とした口調でなにも気負うことなく――――。
『私はやるべき事、やれる事をやっただけだ――――セシリアもやるべき事、やれる事をやればいい』
指先の震えは、止まっていた。
『――――会長!! スリーカウントの後シールド解除お願いします!!』
『任せなさいっ!!』
自然と指示を飛ばしている。会長もまた、やるべき事をやるために、やれる事をやるために動いている。
ならば自分もそうしよう。
――ノブレス・オブリージュ――
力ある者は力なき者の為に、その力で以って、その力でしか成せぬことを成せ。
オルコット家の者であるが故に、幼きころから言い聞かせられてきたその言葉を、今ここに実行しよう。
『『three!!』』
<スターライトmkIII>を構える。敵手は遥か彼方遠くに在る。
それがどうした、臆することはない。怯むことはない。奴は届いた。ならば私も、必ず届く。
『『two!!』』
そう、無茶は言っていない。無謀も言っていない。
自身に定められた性能<機能>を使え、ただそれだけのことだ。
心にさざ波を立てるな。限界を超える激情は、今はいらない。
120%の力はなくていい。引き出すのは100%の力のみ。
『『one!!』』
脳裏に描くは必中の軌跡。そう、以前見た因果を歪める魔槍の軌跡のように、紡ぎあげるは必中という結果だけ。
“弓聖の一矢林檎に届かず”? そんな言葉、笑って打ち砕いてやればいい。
なぜならこの一矢は、絶対に届くのだから。
『『zero!!』』
引き金を引く。閃光が迸る。しかし<サイレント・ゼフィルス>は既に砲口の直線上から逃れていた。
こちらの発射タイミングを見切った、完全で完璧な回避行動。
「――――フッ」
バイザーで視線を隠した敵手の口元が、恐らくは嘲笑の笑い声を伴って歪んでいる。
ああそうだろう。何故だか“そう避けるように思えて仕方が無かった”
だから“曲げた”。レーザーを曲げた。閃光を曲げた。
だってできることなのだから、そうするのは当然のことだった。
故に<サイレントぜフィルス>の搭載ビットのうちの一機が、直角に曲がった閃光によって打ち抜かれたことなど、当然のことなのだから驚くに値しない。
小さな爆発。しかし敵手の体勢を崩すには十分。
敵手の顔が、今更ながらに認識した事実で、その怒りでかすかに歪む。
再び掲げられるレーザーライフルの銃口。
だが私は、もうそれをどうにかしようなどとは思わなかったし、する必要もないと思っている
『――――――――よくやったオルコット』
そもそも、あんな指示を出したのは誰だったのか。
少しでも頭が働くのならば、あんな指示で望めるのは精々が隙一つだと気づく。
故に、そんな指示を出した者にとっては、その隙だけで十分すぎるほどだったのだから。
敵手の二撃目。再び走る閃光はしかし――――桜色の風が吹き散らした。
タイミングを合わせての“光学兵装の切払い”。そんな芸当ができるのは、IS学園においてただ一人。
『――――――――あとは私に任せておけ』
世界最強、戦乙女<ブリュンヒルデ>――――織斑千冬、ここに再臨。
<あとがき>
次回、当然ながら千冬無双の予定。Mさんはさっさと逃げたほうがいいと思う。
そして、弓聖の一矢林檎に届かずの一文に関しては、ネタがわからない人は気にしないでください、ネタが分かる人に関しては、脳内に糸目複眼セシリアでも妄想してください。
最後に一つ……、ノブレス・オブリージュと書いたら咄嗟に破戒天使砲と脳内に出てきた自分は相当に末期だと思う。