<第五十三話>
閃光が走る。大気を焼き穿ちながらターゲットドローンに突き進む。
幾度も繰り返した光景。変わらず閃光は真っ直ぐに突き進んでいる。
傍目にはそう見える上に、私自身も肉眼ではそうとしか認識できない。
恐らくはこの光景を見て、レーザーが曲がっている、と形容できる人物はいないだろう。
――――屈曲率0,01度
だが、それでもレーザーは曲がっている。曲がったのだ。
けして零ではない。例え毛先一筋ほどの些細な変化であっても、これは明確な前進だった。
「…………………………………………………曲がった?」
その事実がようやく理解できたときには、既に口元に笑みが浮かんでいる。
思わず飛び跳ねたくなるような……いや、既に機体の脚部は浮いており、文字通り地に足を付けていない様な浮かれっぷり晒してしまう。
勿論、屈曲率はほんの僅かでしかないので、偏光制御射撃を習得したと口が裂けても言えはしないが、それでも一歩を踏み出せた実感に、訓練の疲労すら抜け落ちていくようだった。
「さて……続けてまいりましょう!!」
ならば、訓練を続けていくだけ。
幾度も幾度もレーザーを発射し、「曲がれ」では「曲がる」とイメージし続ける。
――――結局その日もターゲットは無傷ではあったが、それでも私の中には徒労感など一欠けらも在りはしなかった。
=================
「そういやもうすぐキャノンボール・ファストがあるんだよな」
いつもの面子がそろった昼の休憩時間。話題は近々行われるISレース、キャノンボール・ファストについてだ。
「………そう言えばそんなのあったね」
一夏の言葉に真っ先に反応したのは簪。しかしながらその雰囲気にキャノンボール・ファストに対する期待感などは無かった。
「……どうしたんだ簪さんは? シャルロットは何か知っているか?」
「あはは、僕と簪最近はずっと<打鉄弐式>のマルチロックミサイルの調整に関わってたから」
「つまりそれに構ってばかりでキャノンボール・ファストのことなど頭からすっぽりと抜け落ちていた、ということだ」
「……………ううっ、どうしよう」
シャルロットと志保の言葉に、簪は頭を抱えて項垂れる。
余程かねてからの懸念に改善の兆しが見えてきたことに夢中になっていたらしい。
「……一応<打鉄>用の追加ブースター付けれる互換性はあるけど、実機での調整なんて全然してないよぅ」
「僕も手伝うよ簪、僕の方はそういうのずっと前からやっているから簡単な調整で済むし」
「私も何かできるわけでもないが協力しよう、そもそもレースに出られる状況ではないしな……ちなみに一夏はどうするんだ?」
逆に志保に聞き返される一夏は、<白式・刹那>の仕様を思い出しながらキャノンボール・ファストへの対策を考え始めた。
「う~ん……俺の機体に追加ブースターなんて付けれないしな、出来ることって言ったらそれぞれのスラスターの調整ぐらいしかないよ」
「……私も同じだな、<絢爛舞踏>も未だ使いこなせていないから<紅椿>も現状燃費最悪な機体なのでな」
現時点でいえばこの二人の機体ほどキャノンボール・ファストに向かない物もない。
<白式・刹那>は確かに現時点のISで最高速度を引き出せる機体だが、短距離・短時間の使用に向いた…いや、そうでしか運用できない推進系だ。
<紅椿>の方はと言えば展開装甲を潤沢に搭載した完全な万能型の機体だが、それを支える<絢爛舞踏>が満足に起動できない現状では、<白式・刹那>と同じく燃費最悪の欠陥機でしかない。
「やはり<絢爛舞踏>が起動できないのがネックですね」
誰よりも長く箒の訓練に付き合っているラウラもそのことを知っている故に、その顔が悔しさで歪む。
まるで我が身のことの様に悔しがるラウラに、箒の表情が僅かに柔らかくなる。
「けどさぁ…<絢爛舞踏>が起動できない原因って何なの? 福音を倒した時には起動出来てたんでしょ」
しかし、それも鈴の質問であっという間に霧散した。
<絢爛舞踏>が起動出来ない原因、それは今までの調査と訓練で箒自身もよく知っている。
だがそれを自分の口から言うことに、箒の顔が苦虫を百匹ぐらい噛み潰したようになる。
「――――姉さんや会長が言うには、前に起動させたときの精神状況を思い返して集中すればいいと言っていたんだがな」
「ならその方向で訓練すればいいんじゃない?」
いよいよこの問題の核心。自身の超弩級の恥部を箒は何とか己の口から絞り出した。
「………………………………………………………………あの時の精神状況、正直にいえば福音絶対に殺す、だぞ?」
――――沈黙が、その場を支配した。
「あ~その………………えっと………………」
流石にそんな精神状況再現しようとしちゃ駄目だよねぇ?
そんな内心がありありと映し出された表情で鈴は周囲に助けを求めるが、生憎と誰も助けの手を差し伸べることなく視線を逸らした。
(だぁああああっ!! もしかしなくても地雷踏んだ!?)
そんな中で鈴と視線を合わせるのは箒ただ一人。
あまりにもアレな部分を皆の前で晒す羽目になったきっかけである鈴に、少々苛立ちを覚えているのか、未だ困惑している鈴に追い打ちをかける様な言葉を発した。
「なぁ、鈴」
「なっ…何かな、箒」
「そこまで言うならお前が訓練に付き合ってくれないか?」
「…………………………………それってつまり?」
最後の一線。あえてそこを問いかけた鈴に帰ってきたのは、ゾクリ、と背筋を震わせるような箒の微笑み。
「――――――――ククッ、今宵の<紅椿>は血に飢えているぞ?」
冗談、なのだろうがはっきり言ってその場にいた全員がどん引きするほどに怖かった。
特にそんな物を真正面から直視した鈴は、即座に額をテーブルに擦りつけながら謝罪した。
「スミマセンオネガイダカラカンベンシテクダサイ」
「…………………何もそこまで怖がらなくても」
「怖いってのよ!! っていうか今のあんた完璧に人斬りの眼してたわよ!!」
「そうか?」
「そうよ!! だいたい最近のあんた志保や千冬さんみたいに人外の方に傾いているわよ!!」
「それ……褒めてるのか貶してるのかどっちなのだ?」
「両方!!」
「というか鈴の中では人外と言えば真っ先に私が浮かぶのか?」
だいたい世界最強よりなんで先に私が浮かぶんだ、と嘆く志保だが誰もそれには反応しなかった。
ただ、落ち込む志保の両脇にいた簪とシャルが優しく背中をさすって慰めただけだった。
「そ……そういや鈴やセシリア、それとラウラはどういった対策をするんだ?」
混沌と化した空気を真っ先に切り裂いたのは一夏。
そんな一夏の挺身に、箒以外の全員が無言のまま、視線だけで感謝の意を示す。
特に人斬り箒の視線に晒されて精神を消耗していた鈴は、顔を紅潮させながら一夏の助けに感激していた。
あまりにも微妙で妙なフラグシーンである。
「あ…あたしはレース専用に新造した高速機動パッケージ<風(ファン)>を使うつもりよ」
「私は強襲用高機動パッケージ<ストライク・ガンナー>を使用いたしますわ」
「ふむ…私は<シュヴァルツェア・ツヴァイク>用の高機動パッケージが転用できるからな、それを調整して使うつもりだ」
三人が語ったのは、専用機持ちとしては一般的な方法だろう。
専用機ともなれば当然専用装備も数多く製造されている。とりわけ機動性の高さが主眼であるISであるならば、それを引き延ばす専用パッケージを作るのは自然なことである。
未だオプション装備を作る余裕のない<打鉄弐式>や、量産機が原型である<ラファール・リヴァイブカスタムⅡ>、そんなオプション装備の一切を考慮していない<白式・刹那>や<紅椿>の方が異端なのだ。
「それでもレース用にわざわざパッケージを新造するなんて中国はやる気すごいな」
「いや…<甲龍>って安定性重視だから悪く言っちゃえば目立たないのよ、だからレース一つとっても高い成果上げて示威行動に変えたいわけよ」
「まあ……確かにな、衝撃砲も初めて見る相手には効果が高いけどなぁ」
「ククッ、試験目的の第三世代型であるにもかかわらず、そんなある意味欠陥機を掴ませられるとは運が無いな」
「うっさいわねラウラ!! あんたの停止結界だってあっという間に志保に対策とられたじゃない!!」
「あれは志保が出鱈目過ぎただけだ!! 第一志保を引き合いに出すな、収まる話も収まらん!!」
「――――だからお前たちは私をどう認識しているんだ?」
「「出鱈目、規格外」」
「お前たちほんとは仲いいんじゃないのか? それとその喧嘩買ってやろうか」
妙に息のあった返答を返し、志保の額に青筋が浮かび上がる。
<赫鉄>の模擬戦の相手を初めて務めただけに、もしかしたら志保の出鱈目っぷりを一番強く認識しているのはこの二人なのかもしれない。
「………………………………何で今日はこんなに話が変なふうに逸れるんだ?」
「「「………さあ?」」」
一夏の力無い呟きに、セシリア・簪・シャルの三人も力無い呟きを返すだけだった。
「――――――――まあそれよりも、私としてはそもそもちゃんとやれるのかが気になるがな」
志保のその言葉に、全員の顔に疑問符が浮かぶ。
「考えても見ろ、今年の学校の公式行事の顛末を」
「え~と、クラスリーグマッチじゃ無人機が乱入してきたわね」
「タッグマッチでは私が醜態をさらしてしまったな」
「いや……あれはお前に咎は無いだろう、醜態をさらしたのは臨海学校の私だよ」
「文化祭じゃスプリングとオータムに襲撃受けたしな」
いっそ呪われているのではないかと考えるほうがしっくりとくる横槍の多さだった。
平穏に、想定通りに終わった行事など一切無く、いつもいつも事件・事故が起こっている。
ようやく志保の心配するところを全員が認識し、それぞれの顔に不安が宿る。
「今回も何がしかの波乱があるということか?」
「ここまで来て今回だけはなにもないというのは楽観的過ぎると思うがな」
「そうなのよねぇ、これ以上何かあったらお姉さんどうにかなっちゃいそうだわ」
突然会話に割り込んできたのは楯無だった。
しかし、そのことに対して全員驚いたような素振りは一切見せず、それどころか「ああ、またか」とかそんな感じの表情を浮かべていた。
神出鬼没も度が過ぎれば驚かれはしなくなる、ということだろう。
「ああもう……ここ最近仕事が忙しかったから、ようやく簪ちゃんエネルギーを補充できるわ」
「姉さん……………………………お願いだから人前で抱きつかないで」
「じゃあ二人っきりならいいのかしら?」
現れて速攻で簪に抱きつく楯無。簪も当然人前での恥ずかしい行為に、顔を赤らめてか細い抵抗の言葉を吐き出し、志保とシャルはそんな簪に対する楯無のどこかで見たような反応に複雑な表情で顔を見合わせる。
「だってただでさえ襲撃事件あって後処理が大変だったのに、<白式・刹那>のことと志保のことで大変だったんだから」
「そんなに大変だったの? 姉さん大丈夫?」
「ああっ、簪ちゃんの気遣いが体に沁みる、とっても癒されるわ!!」
「もうっ、恥ずかしいからやめてよ」
妹からの気遣いの言葉に癒されてテンションが上がり、互いの頬を密着させて濃密なスキンシップを図る楯無。
簪は簪で、激務の毎日を過ごしているであろう姉の為に、口ではあれこれ言いながらも決して引きはがそうとはしない。
「あ~、なんかすみません」
「情報封鎖感謝します、会長」
一夏はともかくとして志保の戦闘が露見すれば、そもそもこの人物は誰なのかから始まり、このISはどこの所属で誰が開発したのか、一体全体どういう性能を持っているのか、そんな質問という名の命令が世界各国から届いていただろう。
あくまで視覚映像的に誤魔化しが効きそうな<ゲイ・ボルク>を使用したが、そもそも切られた腕を即座に接続したりと無茶なことをやらかしているのだ。
控え目に言っても一夏の存在が世に知れ渡った時と同じぐらいの混乱が起きるのは、誰の目にも明らかだった。
「しかしまあ、オータムの奴もそこは弁えていたと思いますけどね」
それがまったくと言っていいほど誰の目にも触れなかったのは、オータムが人気のないところで襲撃したからであった。
恐らくは彼女なりの気のきかせ方、志保が気兼ねなく戦えるようにという配慮なのだろう。
言いかえればオータムの愛ゆえの結果、ということだ。
そんな愛など熨し付けて返したいというのが、志保の偽らざる気持ちだった。
「ともかく、会長には迷惑をかけます」
「まぁそれが私の務めよ、……………そのためには更なる簪ちゃんエネルギーの補給を!!」
「だから人前じゃ勘弁して、姉さん」
「諦めたほうがいいぞ簪、うちの姉も似たような戯言を言って抱きつくからな」
「…………お互い、大変だね」
楯無に抱きつかれる簪に、我が身を投影して共感する箒。
とはいえ二人の表情に浮かぶ感情は、それを嫌悪していないことが一目で知れた。
「仕方が無いなぁ、この人は」そんな感じの苦笑を浮かべるだけ。
「何を言っているのよ二人とも、これは姉ならば当然の行いよ?」
「自身の奇行を然も当然の様に言い張るな、アンタは」
「酷いわねぇ志保は、束さんだってそうじゃない」
「あれを引き合いに出すな、アンタはあれを普通と言い張るのか? 無理がありまくりだろう」
「じゃあ織斑先生」
「…………………………………」
「何か言いなさいよ」
「虎の尾を踏めと?」
「志保のカッコいいとこみてみたい~♪」
「自爆のどこがカッコいいんだ…………はぁ」
やはり楯無と志保、この二人がそろえばまともな会話が続くはずもなく、漫才じみた会話を繰り広げる。
「――――――――――――ほう、なかなか面白いことを話しているな、貴様ら」
そして往々にして、そんなときほど件の人物が現れるのだ。
大気を震わす幻を伴いながら、千冬という名の鬼神が降臨した。
「いえいえ、なにも有りませんよ? 織斑先生」
だがしかし、そんな絶死を前にしても楯無は怯みすらしなかった。
懐から何か小瓶の様なものを取り出し、千冬の手元に押しつけながらにじり寄って弁明を始めた。
「あくまで妹や弟を持つ姉として当然のことを話していただけですわ」
「…………………………………………………ふむ、今回ばかりは見逃してやろう」
そして、その小瓶の中身は“真紫色”をしていた。
それを手渡されながら弁明を受けた千冬は、驚くことにあっという間に鉾を収めた。
「おいこらちょっと待てそこの不良生徒会長に不良教師、生徒の目の前で賄賂の受け渡しするんじゃない!!」
「何を言っているのかしら、あんな物が金銭的価値を持つと思っているの?」
「そうだな、さりとてむやみに放置しておいてもいいものでもないからな、教師が責任を持って処理(使用)するだけのことだ」
「じゃあそこいらのゴミ箱に中身をぶちまけて捨てればいいだけだろうが」
「だから言っているだろう……教師が責任を持って処理すると」
清々しいまでの横暴、しかもそれが生徒会長と学園筆頭教師であるのが更に救いが無かった。
ついでに志保の視力は千冬の口元がほんの僅かに緩んでいるのを見逃さなかった。
そしてある意味渦中の人物である一夏が、焦りに満ちた表情でこの騒乱に参加した。
再び嬉し恥ずかしの千冬姉との添い寝を繰り返されてたまるか!!と、微妙にピントのはずれた闘志を燃やしながらではあったが。
「じゃあ、俺にそれは絶対使わないよな千冬姉」
「………………………さあ」
「うぉい!! そこで目を逸らさないでくれよ!!」
「一夏君? 私も最近ストレス多いけどきっと織斑先生もそうだと思うわ、だから弟であるあなたが支えてあげなくちゃ」
「いやいや綺麗事に言い換えても本質変わらないからな!?」
巻き起こるカオスの嵐。普通では考えられないことに千冬すらそのカオスの一因というのが、あまりにも性質が悪すぎた。
他の者たちは諦めを通り越して悟りの境地に立ったかの様な穏やかな表情でその嵐を見守っていた。
ある一名を除いて――――
「お姉さま」
「ん? どうしたんだラウラ」
「お姉さまはその………エネルギーの補給をしないのか?」
「――――はぁ!?」
「だから、その……お姉さまはお姉さまだから、会長の言っている様なエネルギーの補給はしないのか?」
羞恥に震える瞳で箒を見つめながら、ラウラはそう言葉を発した。
歪曲な言い回しではあったが、つい先ほどまでそれの実演をされていればその意味を取り違えるなどできようはずもなく、箒の顔もまた羞恥で赤く染まる。
「人前でそんな真似やれるはずもないだろうが」
「………………はい」
「………………部屋に帰るまで我慢しろ」
「………………はいっ!!」
聞き様によっては恋人の誘いに、遠回しな肯定を返すかのようなやり取りだった。
何せ部屋でならお前を抱きしめるのもやぶさかではない、と箒は言っているのだ。
((((――――誰かこの状況を何とかして))))
簪・シャル・鈴・セシリアの悲痛な叫びは、結局休み時間の終了を告げる鐘によって強制的に終了させられるまで聞き届けられなかったことを、ここに記しておく。
<あとがき>
よくよく考えれば文化祭のあの薬、千冬にとって効果覿面な賄賂になると思うんだ。
そして前話の感想でセシリアが藤のんとか言われて盛大にフイタ。さらに言うなら偏光制御射撃の独自設定を“テルの矢は決して林檎に届かない”とか言った奴出てこい。
「ゲェーハハハハハハッ!!」とか高笑いして、某イタクァの如き軌道を描くレーザーの釣る瓶打ちでMと<サイレント・ぜフィルス>をフルボッコにするセシリアとか誰得だよ。