<第五十一話>
場所はアリーナ。刃を交えるのは一夏とラウラ。
いつも通りの模擬戦の風景、現時点での戦況もまた、いつもと同じく堅実に距離を保ち中・遠距離戦に徹するラウラに一夏が封殺されている。
多方向から迫るワイヤーブレードに追い立てられ、鈍った機動の隙をついてのレールカノンの砲撃が襲う。
もとより近づいて斬る。それだけしかできない<白式>を扱う一夏は無論、皆が簡単に思い浮かべることができる光景。
このままではエネルギーを削り切られて負けるか、無謀な特攻をしかけて負けるかの二つに一つ。
そもそもが、こんな武装構成で世界一まで上り詰められる織斑千冬が規格外すぎるのだ。
――――だが、しかし、規格外という一点ならば、一夏にはなくとも<白式・刹那>に宿っている。
ワイヤーブレードにシールドエネルギーと装甲を鉋掛けでもするように、ジワリジワリと削られるなか一夏の瞳がある一点を見つめる。
本来ならば隙とは言えない針の穴。穴があるからと言って、自身のサイズを考慮せずに突っ込めば待つのは無様な自滅だけ。
それでも、それこそを一夏は求めた。今の一夏と<白式・刹那>ならばそれで十分。穴が小さく壁にぶつかるだけというのなら、壁ごと砕いて突き進めばいい。
ならばその穴は、穴ではなく罅となる。傷一つ無い壁を砕くよりも、罅の入った壁を砕く方が簡単なのは自明の理である。
(――――――――今だっ!!)
一夏の無言の意思が熱となりエネルギーとなり、機体背後の四点に灯る。
そのどれもが平均的なISと同等の推力を持つ。単純に四機分の推進機関を積めば四倍速いだろうという、あまりにも子供の夢想じみた乱暴な発想は、しかしながらここに現実の物となっている。
<白式・刹那>が一歩踏み込む。
古来より、一歩で踏み込める距離と刀身の長さを合わせた物を一足一刀の間合いと言うが、今の一夏のそれはアリーナ全てを覆うほどである。
音は無い。否、まったくもって追い付いていない。
文字通り刹那の速さで、行く手を塞ぐワイヤーブレードをその爆発的な加速で引きちぎりつつ、視線の先にいるラウラへと斬りかかった。
(何っ!? いつの間にっ!!)
ただし、ラウラの正面ではなく、無防備な背後から。
その出鱈目極まる機動にさしものラウラも驚愕の表情に染まる。四発同時瞬時加速でラウラ横を通り抜け、即座に百八十度反転し再度四発同時瞬時加速を発動。
PICの補助があっても消しきれぬ極悪な荷重を歯をくいしばって耐えながら、そこからさらに一夏は<雪片参型>を揮う。
その斬撃は刀身からの瞬時加速発動により、更なる領域に達している。
計五発の同時瞬時加速に誰が反応できようか。避けようのない輝く刃が<シュヴァルツェア・レーゲン>のシールドエネルギーを根こそぎ奪い取った。
「くっ……まさかこれほどとは」
事前に理解していた筈の<白式・刹那>の圧倒的機動性。しかし、実際に味わった速さはそんな認識をやすやすと打ち砕いた。
ラウラは自身の認識が過小評価であったことを、今更ながら悟り臍を噛む。
「――――まあ、そんな様になるのであれば当然か」
ラウラが勝利したにもかかわらず、喜びの一つも示さない一夏に視線を向ければ、そこにいたのはISを解除して膝をつく、見た目だけでは敗者としか見えない勝者の姿があった。
「…………………………………気持ち悪ぃ」
「肩を貸そうか?」
「――――お前の優しさがすっごく痛い」
=================
「………毎回これはきつい」
ピットに戻り、志保とシャルロットが用意したお茶を飲みながら、一夏はそう呟いた。
その顔には大粒の脂汗が浮かび、一夏の消耗の度合いを示している。
「腑抜けたことを言うな、と言いたいところだが無理もないか」
千冬がタオルで一夏の汗をふき取っていく。いつも突き放すような言い方をする千冬にしては珍しく労る様な言葉とともに。
「いいって千冬姉、そんなことやらなくても」
「きついのだろう? 無理をするな」
普段の千冬なら滅多どころか、絶対に見せないであろう柔らかい態度が、逆に<白式・刹那>の扱いづらさを示していた。
「脳内麻薬の異常分泌データと……ハイパーセンサー反応速度の高レベル上昇データの記録終わりっと」
「姉さん、一夏は大丈夫なのか?」
「ん~? 箒ちゃんはい~君のこと心配なのかな?」
「心配にきまってます、そんな無理を操縦者に強いる機体を使うなど」
現に僅かな時間機体の全力を出して消耗している一夏を目の当たりにして、箒は苦々しい口調でそう漏らした。
とはいえ唯一の男性操縦者の専用機が二次移行したという事実に、世界各国が引き寄せられていることもあって機体の封印などできようはずもない。
「ぜひ、我が国の機体と模擬戦をしていただけないでしょうか?」という言葉が、即日のうちにIS学園に寄せられいる。
ラウラとの模擬戦もそれが原因であり、既に鈴やセシリアとも戦っている。
「う~ん、データを見る限りい~くんへの負担は本当にぎりぎりのラインだからねぇ」
「だったら!!」
「は~い、そこでストップよ箒、アンタが熱くなっても仕方が無いでしょう?」
「しかしだな鈴!!」
「<白式・刹那>の危険性は一夏さんご自身が一番理解していると思いますわよ?」
「……まあ……確かにそうかもしれないが」
熱くなる箒を、鈴とセシリアが宥めに掛かる。
「それに通常稼働には問題ないでしょ?」
「あくまで全力稼働の負荷と、その際の反応速度の急激な引き上げが問題なのですから」
「普通に使う分には問題ないというわけ…か」
不承不承といった体で納得する箒。そこに一夏が箒を安心させるように言い聞かせる。
「大丈夫だって、負担があるってんなら、耐えられるぐらい鍛えりゃいいんだからな」
「……一夏」
「それに、一人で突っ走るような真似なんてしないわよ一夏は」
「一夏さんは仲間の大切さをわかっておりますものね」
二人の脳裏に浮かぶのはスプリングとの戦いで、二人の相棒を取り戻すために刃を振るった一夏の姿。
「……あの時の一夏さん」
「……うんうん、カッコよかったよね」
二人して恍惚の表情を浮かべているのを見て、箒は毒気を抜かれたように溜息をつく。
「はぁ……そういえばあのスプリングという少女はどうなったんです?」
「楯っちの話によれば、あの後からずっと昏睡状態みたいで取り調べすらできないってぼやいてたよ」
「結局、何もわからないということですか」
そんな箒に同調するように、千冬が言葉を漏らした。
「何もわからんと言えば、衛宮の魔術もそうだな」
「――――ブフッ!?」
急に話を振られ、その上お茶を口に含んでいる最中でもあったために、志保は盛大にお茶を噴きだしながらむせてしまった。
「ゴホッ!?……い、いきなりなんですか、織斑先生」
「何、<赫鉄>の戦闘データはじっくり見せてもらったからな、それはもうじっくりと…な」
「何か……おかしな所でもありましたか? 槍を作り出して戦っただけですけど」
志保のその言葉を聞いて、千冬の顔に嗜虐的な笑みが浮かぶ。
「ほう……誤魔化せると思っているのか、貴様は」
「さて、何のことやら」
平然と返す志保だが、その頬に一筋の汗が流れた。
勿論千冬がそれを見逃すはずもなく、千冬はさらに追及を続ける。
「最後の一撃もそうだがな、そもそも動きが違いすぎるだろう」
「武器を変えましたからね、当然でしょう」
そこに束が更なる追撃をしかける。息を飲んで展開を見守る皆に、<赫鉄>の戦闘データを見せながら口を開く。
「これほど無茶をしたのに?」
皆がその戦闘データと、そこに付随して記載された志保の負傷の一覧に目を奪われる。
「「ねぇ志保……これはどういうことかな?」」
車椅子を動かし逃げようとする志保だったが、表情を消した簪とシャルロットからは逃げられなかった。
「…………どういうこと、と言われてもな」
「データを見たら……怪我は両足だけじゃなかったみたいだけど?」
「うん、なにアレ……体中の筋肉と骨がボロボロじゃない」
表示された怪我の詳細は、それこそ車椅子どころか、ベッドに寝たきりの様になっていなければおかしいぐらいのものであった。
しかし、志保はそんなそぶりは一切見せず、いたって普通の動作を見せている。
その矛盾に皆が首を傾げる中、束が事のからくりを暴露した。
「だって志保、それだけ体に負担がかかる動きをナノマシンで修復しながらやってたもんね」
「「志~保~!!」」
その言葉に真っ先に反応したのは、当然簪とシャルロット。
両足の怪我はまだいい、敵から負傷を与えられたのならまだ納得はできる。
しかし、束が言った行為は自らやらないとできはしない無茶だ。それが二人の怒りに火を付けた。
「どういうことかな? ちゃんと教えてほしいんだけど」
「そうだよねぇ……なんでそんな無茶をやるのかな?」
「そもそも、そんな無茶をしないように束さんが<赫鉄>を作ってくれたんだよ?」
「私たち、間違ったこと言ってないよね?」
二人の顔には笑みが浮かんでいる。しかし、それを笑みと評していいのだろうか。
志保の脳裏に、かつて幾度となく刻まれた同種の表情と、今の二人の表情が重なって見えた。
「え~と、その、いい加減オータムと決着を付けたっかったんでな、少しぐらいの無理は勘弁してくれ」
「…………志保にとってはあれぐらいが少しの無理なんだ」
「僕だったら、あれを少しの無理とは言わないけどね」
「本当なら、これでけりをつけられる筈だったんだよ」
そう苦々しく漏らす志保に、千冬が同意を漏らして見せた。
「――――やはり、お前の最後の一撃は、“そのつもり”で放ったのか?」
それは、本来この学園では起こってはならないこと。名目として搭乗者の命が保護されている競技であることは、決して破ってはならないのだから。
シールドも、絶対防御も、明文化された規程も、全てはそのために在ること。
例え襲撃者との戦いであっても、その意思を持ち、その意思を成せる手段があることは、そう易々と許容できるものではないのだ。
「ええ、そのつもりでした」
「――――そうか」
だからこそ、千冬が意図するところを知りながら、なおそう答える志保に千冬は頭を抱えたくなる衝動を覚えた。
「確かに、あの女の脅威度は高い、志保の判断も間違ってはいないだろう」
ラウラだけは、これまでの境遇もあってか、志保の判断を難なく受け入れた。
それ以外の面子は、千冬と束を除けば釈然としない表情を浮かべていた。
「ああ、だというのに心臓貫かれても死ななかったからな――――――――無茶苦茶だよ、ほんとに」
前世の経験を盛大にスルーして、志保は臆面もなくそう言い放った。
というか無茶苦茶加減では明らかに志保の方が、遥かに上であった。
「無茶苦茶というのなら、――――お前の最後の一撃はどうやったんだ?」
そして、その戦闘データを見たのならば、志保の最後の一撃に疑問が集まるのも当然だった。
オータムの心臓を貫いた志保の一撃を目にし、皆が抱いていたであろう疑問を千冬が代弁した。
「どう、とは?」
「あの不自然な動きにきまっているだろう」
「だよなぁ、明らかに避けられていたはずなのに、何故か命中していたし」
「うむ、確かに当たる筈か無かった一撃だったな」
千冬に次いで、一夏と箒も疑問を口にする。
そして、ここで簪が確信をする質問を口にした。
「――――――――そもそも、志保ってどんな武器までなら作れるの?」
とうとう来たか、そんな言葉が志保の表情にありありとあらわれていた。
同時に千冬が、いつか聞き出してやろうとしたことを簪が聞いたため、これ幸いにとたたみかけることにした。
「そうだな、味方の戦力把握は重要なことだ、しっかりと教えてもらおうか」
まるで獲物を前にした狩人の様な眼差しで千冬は志保に迫る。
その眼差しに志保は諦観の表情を浮かべ、溜息とともに自らの情報を開示することにした。
「…………一応、あの映像が外部に漏れた場合、映像機器の不備ってことにしてくださいよ?」
「ああわかった、どうせまた出鱈目な事実だろうしな」
言質を取り付けた志保は、しばらく間をおいてから語り出した。
「――宝具――という物があります、人々の信仰によって編まれ神話・伝説に名を残す代物、そして決まった手順によって行使すれば、その通りの奇跡を紡ぐ物質化した神秘」
その言葉の意味するところを全員が察し、知らず息を飲んだ。
「そして私は、刀剣に類する宝具であるならば、大抵の物を模倣することができます」
「つまりはあの槍も、宝具……というわけか」
「ええまあ……あの槍の名前はゲイ・ボルク、ケルト神話の英雄クー・フーリンが愛用した魔槍です」
志保が上げた名前に、ケルト神話になじみがある欧州出身のシャルロット、ラウラ、セシリアは唐突に出された名前に驚愕の表情を浮かべる。
「クー・フーリンって赤枝の騎士団の?」
「そう言えば神話の中でも必ず心臓を貫いた、という部分もありましたわね」
「よもやと思うが必ず心臓を貫く、というばかげた能力を持っているわけではないだろうな」
「いや、その通りだよ」
「「「へ!?」」」
ラウラの言葉に肯定を示した志保に、三人の口から間抜けな声が漏れ出る。
「あの槍はな、限定的に因果を捻じ曲げる」
「限定的?」
「ああ、槍で攻撃を放つ前に“槍が心臓を貫いた”という結果を決定付ける、だから避け様もないし、絶対防御も発動しない」
「随分とまあ、剣呑極まる力だな」
「ええ、私が作ることのできる刀剣の中でもとりわけ対人の必殺性に優れた物です――――それ使ったのになぁ!!」
その志保の反応に、驚愕よりもむしろ同情心が全員に宿った。
そこまでの切り札、それを使用し、ちゃんと効果を発揮した。にもかかわらず相手は生き延び、あまつさえ反撃し志保に深手を負わせた。
はっきり言って切り札を無為に使った様なものだ。
「しかし、それが本当ならあの女は心臓を貫かれている筈だ、どうして生きていられる」
「………これは私の憶測だけどね」
「何だ束? 思い当たる節でもあるのか」
「もしかしたらISコアが心臓の代わりをしてるんじゃないかなぁ」
「ありえるのか? そんなことが」
「そう言うふうに進化したら……の話だよ」
束の語る可能性、それは開発者である束ですらISという物を把握しきれていないことの証だった。
「………というかオータムの機体は進化し過ぎだろう」
二次移行に加え、恐らくは単一仕様能力であろう防御をすり抜ける刃、心臓の代わりに搭乗者を生かすコア、おまけに志保の両足を消失させた謎の能力。
「衛宮、これからあの女に対してどう対処するつもりだ?」
「…………とりあえず、あの正体不明の攻撃の謎を解かないと話になりませんね」
「だろうな、おそらくはあの攻撃も絶対防御など意味をなさなない危険な物の筈だ」
つまりは、高い再生能力を持つ志保と<赫鉄>こそが最も生存確率が高い。
他の物ではむやみに死体を量産するだけの結果になるだろう。
「……問題は、今度の襲撃までに志保の両足が治るかどうかだ」
「もう二週間ほどで治療は完了します、それにオータムの奴も尋常の勝負を挑みたがっている様ですから、ある意味心配はいらないでしょう」
異端には異端をぶつける。対処としては理にかなった効率的な判断。
しかし、それが何の後ろ盾もない一人の生徒と言うのが千冬の心に重くのしかかる。
おまけに、そもそも志保が学園に入学したきっかけも自信が原因と言えた。
「――――――――すまんな、迷惑をかける」
「構いません、出来るのが私だけというのなら断る理由は在りませんよ」
そんな千冬の謝罪を志保は平然と受け止め、逆に千冬を気遣う様な態度を見せた。
(もう隠居を決め込んでいられるような状況ではないな、これは)
そうして千冬は、再び戦乙女<ブリュンヒルデ>に戻る決意を固めた。
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翌日の職員会議において、本年度の襲撃事件や暴走事件の対処策として学園が有する教導用のコアの一つを使い、学園防衛用の専用機を組み上げることを決定。
即座にIS委員会にその提案が提出され、主なIS保有国が自国の人員・機材を失うことを恐れた結果、至極あっさりとその提案は受け入れられた。
搭乗者は無論、織斑千冬であり、それに異を唱える者はどこにもいなかった。
その後はどの企業・軍が機体を製造するかで揉めに揉めたが、篠ノ之束の「ち~ちゃんの機体作っていいのは天上天下で私だけにきまってるでしょ!!」の鶴の一声で解決した。
「――――さて、次に襲撃をかけた愚か者は、私自ら切り刻んでやるとしよう」
こうして戦乙女は再び刃を手に取り気炎を燃やす。
時は九月、もうじき学園主催の一大レース、キャノンボール・ファストの開催が迫っていた。
<あとがき>
とりあえずキャノンボール・ファストではセシリアと千冬が活躍します。
あと、志保のパワーアップというか<赫鉄>の単一仕様能力を考えていたら、まるでベイ中尉の様な有様になってしまったんだが、ありだろうかこれは?