<第四十九話>
「なんか最近――――こうしていること多いなぁ」
医務室のベッドの上でぼんやりと天井を見つめていた一夏は、誰に言うでもなくそう呟いた。
今回ここにいる理由は勿論<白式・刹那>の使用によるものだ。
「………………………志保の無茶ぶりが染まった? いーくん?」
というのが、あの後<白式・刹那>を調べた束の発言だった。
一夏も実際に使ってみたのだから、あの尖りまくった機体の仕様は理解している。
一撃必殺を主眼に据えた<白式>の欠点を埋めるのではなく、一層尖った性能になっているのだ。
しかも束の調査で分かったのだが、その速度域に一夏が追随するためにハイパーセンサーによる反応速度引き上げだけでなく、脳内麻薬の過剰分泌すら誘発されていたそうだ。
奇しくも臨海学校で箒が陥った、神経系への負担増大による昏睡と同じ状況に一夏は陥っていた。
いや、症状は軽度なれども、たった一秒に満たない機動でそこまで達した<白式・刹那>の方が酷い物と言える。
「けど……志保と比べられるのはなぁ」
「どういう意味だ、一夏」
そう呟いた一夏の横手から、不機嫌な声がかかる。
一夏が寝込んでいるのなら、志保もまた、そうなっているのは当然だった。
一夏と違って顔色は悪くないが、そのシーツのふくらみは不自然な物だった。
膝下から奇妙に途切れたそのふくらみは、未だ志保の両足が再生していないことの証だ。
「いやだって、弾から聞いたけど片腕切り落とされたのに戦闘続行したって?」
「だから<赫鉄>は元からそう言う仕様だと言っているだろうが」
左腕切断・膝下からの両足消失、はっきり言ってISでの戦闘で陥る怪我ではない。
そこまで行く前に確実に絶対防御が発動している筈だ。
「ほんっとうに……あそこで死んでくれればよかったのだが」
呪詛を込めてそう呟く志保に、一夏はそもそもそうなったのは自分がきっかけであるが故に、どう返していいものかわからずにいた。
誘拐された少年を助けた結果が、最強の機動兵器を有しているストーカーにマジで命を狙われるとか、一夏にしてみれば絶対にお断りだった。
「しかもそのストーカーが、心臓貫いても死なない出鱈目になっていたとか……その……御愁傷さま、志保」
「………その心底同情する視線がすごくむかつくんだが」
「いや……だって……その……うん」」
「そう言うお前だって、何やらきな臭いことになっているらしいじゃないか」
言葉を濁すぐらい同情的な視線を向けられた志保は、お返しとばかりに一夏にい返す。
確かに一夏の方もISを所有している程の犯罪組織に、何やら重要視されている。
結構一夏も、振りかかっている災難の度合いでいえば、志保とどっこいどっこいだ。
「何だろうな、俺が主役って」
スプリングを通して一夏に語りかけたあの女、スコールは一夏を指してそう言った。
現時点での亡国機業の首魁、彼女が一夏の何を指してそう言ったのか、それはいまだ不明のままだ。
「心当たりは在るのか?」
「在るわけないだろ……千冬姉がそうだっていう方がまだ自然だよ」
だが、そう言う一夏の脳裏に浮かぶのは、おぼろげな記憶の中にある少女の姿。
果たしてあれは本当にあったことなのか、しっかりとした現実の中で言葉を交わしたのか今の一夏には確認する術を持たなかった。
しかし、あの少女こそが全ての鍵なのではないか、そんな思いもまた抱いていた。
――あの少女が<白式>だと仮定して、だからこそ自分は主役と呼ばれるのではないか――
自身は主役。ならばあの少女の役どころは何なのか。
そこまで思案して、そもそもその仮定が正しいかすらわかっていないことに、一夏は苦笑した。
「そもそも俺が主役だって言うんなら、確実に巻き込まれるよな」
ならばあれこれ考えたところで仕方がない。今はただ、守れたことを喜べばいい。
「――――志保~、車椅子持って来たよ」
その時シャルロットが電動の車椅子を押して、保健室にやってきた。
同時に志保がシーツを払いのけて身を起こす。
「すまないな、シャルロット」
「もう、そんな状態なんだから仕方がないでしょ」
「いや…でもな」
両足消失という状況でありながら、どこか申し訳なさそうな態度をとる志保に対し、シャルロットはそんな志保の悪癖を咎めながら車椅子へと体を乗せる。
シャルロットの両腕に抱えられている今の状況が気恥ずかしいのか、志保の顔には赤みが差している。
「……助かった」
照れくささを堪えながらもどうにか感謝の言葉を絞り出した志保を見て、ようやく口元を緩めるシャルロット。
「どういたしまして、うん…志保からお礼を言われるのって新鮮でいいね」
「むぅ、そこまでお礼を言わないか? 私は」
「というか、むしろいっつもいつの間にか他人な悩み解消して、お礼の言葉しか言わせないよね」
だから、志保の助けになれるのは嬉しいんだよ、と笑顔で言うシャルロットが車椅子を押していく。
志保はブランケットを足にかけて膝下からの異常を隠し、一夏の方に振り向いた。
「じゃあな一夏、養生しておけよ」
「おう、そっちこそ無茶すんなよ」
「大丈夫だよ一夏、僕と簪がちゃ~んと志保を見張るから」
「そんなに信用ないのか……?」
「あると思ってるのか?」
「あると思ってるの?」
一夏とシャルロットに同時にジト眼で見られ、落ち込む志保を連れてシャルロットは志保の部屋へと帰っていった。
一人になった保健室で、改めて一夏はあの少女について思案する。
本当に何者なのだろうか、主役だとして、自分はどんな役どころなのかを考えている時、新たな来客がやってきた。
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「――――大丈夫か?一夏」
変わらず執事服姿のまま、箒が不安げな表情で入ってきた。
「ああ、大丈夫さ、心配いらないって」
「しかしだな……」
「怪我一つ無いし、今寝てるのだって単なる疲労さ」
とはいうものの、ベッドと中で威勢のいいことを言ったところで、恰好がつかないのも確か。
未だ不安で揺れる箒の瞳を見ていると、胸の奥に針で刺したような痛みが走る。
そんな顔をしないでくれと、そもそも、だって――――
「いつも通り、だらしがないぞ!! とか一喝してくれるぐらいでちょうどいいさ」
「お……お前は私をどういう目で見てるんだ」
俺の言葉に、箒は顔を真っ赤にして詰め寄ってくる。
逃げるように体を起こすが、箒はそれでも吐息がかかるほどに顔を近づけてくる。
「心配してきたというのに、お前と言う奴は――――」
ああ、やっぱり箒はこうしているほうがいい。あんな不安に揺れてる顔とか、そう言うのを見たくなかったんだよ、俺は。それならからかわれて真っ赤になってる顔の方がいい。
「だから、心配いらないって言ってるだろ」
「うるさいっ!! 私がどれだけ心配したと思っている!!」
怒った顔から、今度は涙を滲ませて箒は俺の胸倉を掴む。
「また……あの時みたいに…大怪我してるんじゃないかって!!」
「お…おい……箒!?」
あれだけ赤く染まった箒の頬から、再び血の色が消えていく。
青白い肌の上に水滴が伝っていく。俺の胸倉を掴む箒の指は震えまくっていて……。
そこでようやく俺は、箒に未だ深い傷が刻まれたままでいると理解した。
(糞っ!! こうさせたくないから強くなりたかったのに、馬鹿野郎だ!! 俺は)
誰より箒にそう誓ったはずなのに、その箒を泣かせちゃ意味無いだろうが。
「――――――――い、一夏?」
気付けば俺は、震える箒の肩を抱きしめていた。
少しでも箒の不安を取り除きたくて、でも何か良い手をぱっと思いつくほど器用でもない。
出来るのは、抱きしめて震えを無くしてやるぐらい。
「泣くな箒、俺は死にたくないし、お前も泣かせたくないんだよ!!」
強くなれた、追い付けた気でいたけど、結局俺は何も進んじゃいなかった。
箒を傷つけたくないから、泣かせたくないから……なのに!!
「私は……怖いんだ」
箒は俺の胸の中で、小さく呟く。
「一夏がまた傷つくことも、それでまた我を忘れてしまうことも」
タッグマッチの時からめきめきと強くなっていって、俺を追い抜かしていた筈の箒が、今はこんなにも触れれば崩れそうなほどになっている。
凛として、刃のように研ぎ澄まされて、ラウラに姉と慕われて、けどそれは箒にとって鎧に過ぎなくて、中身は普通の女の子なんだ。
今その鎧をはぎ取って見せたからこそ、箒は不安で震えている。
「今の私には……自惚れではなく、本当に力がある」
「<紅椿>か?」
「ああ、怖いんだ私は、また福音と戦った時みたいになるんじゃないかって――――そして今度は、身近な誰かを傷つけてしまうんじゃないかって!!」
箒の頬を伝う水滴は、大粒の涙になり、抱えた恐怖の大きさを示していた。
俺はそんなことにすら、気付いていなかった。
「心配するな箒――――――――俺がいる!!」
だから今は虚勢でも、そう言わなきゃいけない。
前とは違って、本当に箒に対して誓いを立てた。例え嘘でも、その嘘を貫き通していれば、その間だけは箒が寄りかかれる支えとなる筈だと思うから。
「……一夏」
「俺だって強くなったんだ、<白式>だって二次移行したしな」
箒に対して嘘をつくことの痛みを押し殺して、精一杯の虚勢を張る。
男なんだから女の子を泣かせ続けちゃいけないだろうと、今となっては時代錯誤かもしれない考え方を貫き通す。
未だ流れる箒の涙を指先で拭い、俺は壁にかけてあった制服のポケットからある物を取り出した。
(けど、恰好つけて”これ”を渡すってのもなぁ)
客観的に見て、うん、普通に恰好悪い。つ~か恰好悪すぎる。
そんな思いと共にラッピングされた紙箱を取り出して、箒に差し出す。
「………………これは?」
突きだされたそれを見て、箒は至極当然の質問をしてくる。
さっきとは違い、俺は全身掻き毟りたくなるような情けなさを堪えて、どうにか口に出した。
「……………………………………………………………箒の誕生日プレゼント」
保健室の中を痛いほどの静寂が包む。箒の方も泣くでもなく怒るでもなく、すごい真っ白な無表情を見せてきて、それが一層俺のズタボロになった精神を抉る。
「いや、本当は臨海学校の時に渡そうと思ったんだけどさ、知っての通り撃墜されて意識不明だったし、目覚めてみれば今度は箒が寝込んでいたし、そのまま渡すタイミング失って……」
そこで言葉を切って、俺は未だ放心状態の箒に対して、ベッドの上で正座して頭をシーツに擦りつける。ぶっちゃけて言うと土下座した。
「すみませんでしたぁっ!! あれからずっと忘れてて、いきなり渡すのもあれだったから今日渡そうと思ってたんだ」
それなのにこの様である。今日ぐらい何事も起きてほしくなかったんだが。
まあ、いくら言い訳捏ね続けても俺が阿呆という事実は変わらない。
恐る恐る顔を上げてみれば、箒は未だ無表情のまま――――――――あれ?
「クッ……ククッ……」
まるで爆発寸前のミサイル。そんなものを想像してしまうほど、箒の無表情の奥に感情が見えた。
もしかして、大分ご立腹でらっしゃる!? そりゃ案だけ恰好付けた後にこれじゃあ、お怒りになるのも当然だよなぁ!!
そして、箒の無表情に蓋をされた感情が、ついに限界突破した。
「――――――――アハハハハハハハハハハハハハッ!!」
限界突破して出てきたのは盛大な笑い――――あれ?
我慢しきれないとばかりに箒は腹を抱え、ベッドを何度も叩きながら笑い続けてた。
「あの~、箒さん?」
「アハハハ!! だって!! あれだけ決めていたのにこれはないだろう!!」
申し訳なさはあったけど、ここまで笑われ続けるのは理不尽じゃなかろうか。
清々しい箒の笑い声を聞いていると、逆に怒りがわいてきた。
「悪かったな、自分でもカッコ悪すぎると思ってんだよ!!」
「ククッ、すまない一夏、そう拗ねるな」
そう言って逆に俺を宥める箒は、すっかりいつもの様子に戻っていて、少し前の弱弱しさは欠片も残っていなかった。
「開けてみてもいいか?」
「……ああ、いいぜ」
そして箒は包み紙を丁寧にはがして、中から俺が選んでプレゼントを取り出した。
桜色に染められたリボンを見て、箒の頬も僅かに桜色に染まった…ような気がした。
「綺麗な色だな……ありがとう一夏」
箒は笑顔を見せながら髪を解く。鴉の濡れ羽色のつややかな髪がフワリと舞って、それを早速プレゼントしたリボンで纏める。
「どうだ一夏? に…似合ってるか?」
一度保健室にあった鏡で見ながら髪を整え、振り向いた箒ははにかみながら問いかけてくる。
黒髪には、桜色のリボンが綺麗なアクセントになっている。
「当たり前だろ、似合うと思ったから買ったんだ」
つられて俺の頬にも熱が宿るのを感じる。カッコ付けたセリフと、情けない台詞、その後にはこんな歯の浮くようなセリフと、思いつく限りの恥ずかしい台詞を一度に言っている自分に、心の中で苦笑する。
「あ…ありがとう、大切にする」
微笑む箒。その笑顔を心に刻みつけ、その笑顔を守ると、心の中で今一度誓う。
すると箒は、突然咳払いして表情を引き締めた。
「それじゃあ、私はそろそろ帰るよ」
「何だ、もう帰っちゃうのか?」
「一応お前は病人扱いだろう」
「まあ、そうだけど」
「じゃ、じゃあまた明日!!」
そう言って箒はまるでスキップでもしかねないような軽やかな足取りで、逃げるように保健室から走り去っていった。
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「――――ふん、まったく一夏の奴は」
そんな憎まれ口を叩かなくては、どうにも口元のにやつきを抑えきれそうになかった。
あのままあの場にいれば、そんなだらしのない顔を一夏に見せていたかもしれない。
第一また襲撃されて保健室で寝かされていると聞いていってみれば、カッコ付けたことは言うし、そうしたら情けなさ全開のことを言って私を笑い死にさせようとするし。
「ほんっとうに一夏の奴は………フフッ」
ううむ…いかんな、笑いをこらえるのも限界だ。こんなところを鈴なセシリアに見られては何を言われるかわかったものではない。
「添い寝は無理だったが、まあ、よしとするかな」
そうして私は、さっさと自室に帰って、存分に一夏からの遅い誕生日プレゼントをもらった事実を、にやけながら噛み締めたのだった。
――――それをラウラに見とがめられたのは、死ぬほど恥ずかしかったがな。
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ちなみにこれは完全に余談だが、箒が去った音一夏はそのまま眠りにつき、目覚めたときには――――
「俺あの薬飲んだ記憶ないんだけどなぁ」
――――自分の体は縮み、いつの間にやら千冬が入り込んでいたのだった。
もう一つ追記するなら、その時の千冬の寝顔はとてつもなく幸せそうだった。
<あとがき>
原作八巻っていつ出るんだ?
ちなみに全開の話でオータムが唱えた詠唱は、型月世界の魔術の詠唱は自己暗示の為の物で、別にどんな内容でも構わないはずだよな→ということは他作品のネタを唱えさせても問題ないよな、と思って出した悪ふざけです。
勿論聖遺物も固有結界も出していません。オータムの得た能力は基本的にはあまり変わっていませんので。