<第四十六話>
<赫鉄>を展開した志保は、地を蹴り空を駆け、空に佇むオータムに切りかかった。
最早通常の斬撃ですら音速を超える志保の干将・莫耶による連撃を、オータムは同じく両手に握りしめる剣で受け止める。
鍔迫り合いとともに衝撃波が吹き荒れ、二人の周囲の大気を揺さぶった。
そのまま空中を舞台に繰り広げられる剣舞。大地ではなくスラスターの噴射が虚空を踏みしめ、放つ斬撃のどれもが誇張なく音速を超える剣戟。
「いいのか、こっちばっかり夢中でよ」
「ああ、今はお前だけ見ているよっ!!」
オータムの揶揄するような言葉にも、志保は歯牙にもかけず剣戟を放つ。
なぜなら、この場での志保の役目はオータムを抑えること。戦力は決して、志保一人ではないのだから。
「そうかいっ!! 嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか!!」
その言葉と同時、周囲の物陰から飛び出す複数の影。恐らくは施設制圧用の自立兵器だろうか、正しく人形の動きで十数体の機械人形が、未だ立ち竦む弾と蘭に襲いかかる。
だが、その意思なき群れをISの全方位視界で見留めても、志保は一切の反応を見せなかった。
それは二人を守る意思を放棄したからではない。ここにいるのは自分一人ではないと確信しているから、志保は眼前のオータムを抑えることに専念する。
「きゃああっ!?」
「くそっ!? 蘭!!」
襲いかかる自動人形の群れを前にして、このような状況など当然経験したことが無い蘭は恐慌の声を上げて蹲り、弾はせめて妹だけでも、と震える足を叱咤して蘭の前に仁王立ちする。
そして、群がる機械人形の凶腕が二人に触れるその直前、二つの旋風がその間に割り込んだ。
「大丈夫!? 二人とも!!」
「ああもう、文化祭とはいえこういう出し物は勘弁してほしいよねっ!!」
勿論その二つの旋風は<打鉄弐式>と<ラファール・リヴァイブカスタムⅡ>だ。
それぞれ<夢現>と<ブレッド・スライサー>で迫り来る機械人形どもを薙ぎ払い、二人に降りかかる災禍を吹き飛ばした。
そう、決して志保は二人を見捨てたわけではなかった。簪とシャルロットが二人を必ず守り切ると確信しているからこそ、己が務めに全力を注いでいた。
「簪、シャルロット、二人を安全な場所に――――――――“任せたぞ”!!」
それは、紛うことなき二人への信頼だ。一人では無理と理解し、背中を預ける仲間へ重荷の一部を委ねる。
「志保も気を付けてね!!」
「怪我なんかしたら承知しないよ!!」
簪もシャルロットも志保が向けてくれた信頼を守るためにそれぞれ蘭と弾を抱え、安全な場所目指し飛び立っていく。
――――自分たちも志保を信頼し、この場を任せて。
その信頼を自覚した志保の背筋に、言いようのないこそばゆさが走る。
「無様は、晒せんなぁっ!!」
気勢を発し、力任せにオータムを吹き飛ばす。
そして双剣を消し、代わりに短長一対の槍を握りしめる。魔力殺しのゲイ・ジャルグと不治の呪いを持つゲイ・ボウ。魔道を修める者に対しては絶大な効果を持つ二本の槍だが、ISに対しては劇的な効果を持たないそれ。
しかし、志保が求めたのは槍に刻み込まれた戦闘経験。紛うことなく神話に謳われし英雄の、天下無双の業である。
志保は確かに、武具に刻まれし技法を我が身に写すことができる。だが、英霊の技法などいくら志保でも、劣化した状態でしか写せない。
(だが、今のこの身なら多少の限界など超えられる、反動による傷は即座に再生すればいい)
刃金と化した我が身が、どれほどまでに近づけるのか。
志保はそれをこの場で確かめようとしていた。
「――――憑依経験、共感開始<トレース・オン>」
流れ込む遥かな頂。明らかに分不相応なそれを、血煙を体から迸らせながらも写し込む。
ナノマシンに侵食された筋繊維の、断裂と修復の音を同時に知覚しながら、前世と現世を鑑みても人生最速の踏み込みで以って、紅と黄の二槍を揮う。
「クハハッ!? いきなり速くなったなぁ、おい!!」
「貴様とて、前より速くなっているだろうがっ!!」
そして、その志保の槍捌きに、あろうことかオータムは追随していた。
凶笑のままに、人後に絶する技の切れで叩きこまれる志保の槍の切っ先を、己が二刀で迎撃し続ける。
オータムのISに傷は増え続けるものの、そんなもなはかすり傷に過ぎない。
まるで加速する志保に見えない鎖でも縫いつけているような、絶対に獲物を逃さないとする女郎蜘蛛その物。
新たな領域に立った志保に、今なお追随し続けるなど道理に合わない。何がしかの手札を、オータムも切っていることは明白だった。
恐らくは、槍越しに感じる膂力に変化は感じられない点から、神経系に手を加えての反応速度の向上でこちらに喰いついていると志保は判断した。
神経系の光ファイバー繊維への置換だろうか、筋力含めての肉体改造など、こんな短期間で結果は出ないはずである。
だといっても、そんな所業を代償なく行えるはずもない。志保は魔術という形でその苦痛に慣れているからこそ、簡単に人間をやめることができている。
ならば、オータムはいかにしてその苦痛を乗り越えているのか、そんなものは改めて語るまでもない。
志保への執念<愛情>、ただそれのみで、オータムは人間をやめることに成功していた。
「互いに……真っ当じゃないなぁ」
「倫理・人道何だぁそりゃあっ!! 喰いもんかぁっ!! 言ってるだろうがよぉ、俺はお前しか見ていねぇっ!!」
「そんな愛は重すぎるなっ!!」
「遠慮しなくていいぜぇ!!」
<赫鉄>と<ブラック・ウィドウ>、ナノマシンの浸食と神経系の改造、世界唯一の魔術と己が全てを駆けた執念。
双方の三位一体は、互いを英霊に比するほどの頂に押し上げ、かつての聖杯戦争で紡がれたような刃風の大嵐を巻き起こす。
切っ先が掠るだけで樹木は断ち切られ、地面は深々と爪痕を残し、大気が絶叫を上げる。
大多数の者たちが見知らぬうちに、新たな伝説は紡がれ続けていた。
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――――同時刻。
人気のない倉庫のはずれで、一夏はどうにか一息ついていた。
「はぁっ……こんな企画、まじ勘弁してくれ」
雲霞の如く群がる数多の追跡者を相手取り、ここまで一度たりとも捕まっていないのは、一夏のこれまでの鍛錬によるものか。
こんなくだらないことで鍛錬の成果を自覚したくはなかったと心中で毒づきながらも、ハイパーセンサー並みに鋭敏になっている一夏の感覚は、更なる追跡者を知覚していた。
「逃がさないわよッ!! 観念しなさい一夏!!」
「いいえっ!! 一夏さんを手にするのはこの私ですわっ!!」
「おいおい…・・・ISまで持ち出すなよ」
空から迫る<甲龍>と<ブルー・ティアーズ>を目の当たりにし、もうこの二人なら捕まってもいいよね? などと、あきらめの境地に立つ一夏。
幼くなった自分との添い寝権など、どうしてそこまで欲しがるのかと、改めて痛烈に疑問に思ったその時だった。
「――――――――残念ね、あなたを捕まえるのはこのワ・タ・シ」
まるで羽虫をいたぶる子供の様な、そんな嗜虐心が滲んだ声の方に三人の視線が向いた。
そこにいたのは背中まで伸ばしたウェーブのかかった髪をピンクに染めた、滲みでる嗜虐心を除けば、まるで妖精のような小柄で可愛らしい少女であった。
「初めまして…ねぇ、織斑一夏、私は亡国機業のスプリング、いきなりで悪いのだけれどあなたを捕まえに来たわ」
亡国機業、その単語に三人ともが戦闘態勢に切り替わり、一夏も<白式>を展開する。
IS三機のそろい踏み、それを見てもスプリングと名乗った少女に動揺は見られず、遊び相手を見定めるかのような不愉快な視線を一夏たちに向けていた
「二人とも、気をつけろよ」
「解ってるわよ、そんなこと」
「ただ一人でここまで来るとは、何らかの策があるとみていいですわ」
未だにやにやといやな笑みを浮かべる少女を前に、三人が三人とも警戒心をあらわにする。
特に鈴とセシリアの二人に至っては、仮に少女の言葉を信用するならであるが、彼女の仲間であるオータムに一刀のもとに切り伏せられた苦い記憶がよみがえったのか、親の仇でも見るような視線をスプリングに向けていた。
「駄目もとで言うけどよ、投降しろよお前」
自分でもそんな言葉に従うと思っていない、感情のこもらない一夏の発言を前に、スプリングは明らかに一夏たちを蔑む表情を見せた。
お前たちが下で、私が上だ。そんな侮蔑をあからさまに晒し、スプリングが己がISを呼び出した。
「来なさいっ!! королева<女王蜂>!!」
その声と同時、現れ出でたのは異形のISだった。腰元のスカートの様なスラスターアーマーはまるで十二単の如く肥大化しており、背部にあるコンテナのような長方形の非固定部位も巨大の一言。
武装などは外観から見ても腰に備え付けられた機関銃ぐらい、異形の機体は機動性など望むべくもなく、素人目では欠陥機にしか見えない機体だった。
機体色は黄色と黒のツートンカラーで、名前の通り女王蜂を想起させ、明らかに直接戦闘を主目的とする機体ではないと知れた。
「それって!? 数年前ロシアで開発されたって言う――――」
「統括管制式施設制圧用ISでしたわね」
「それって具体的に言うとどういう機体なんだよ!?」
その機体に見覚えがあるのか鈴とセシリアが反応を示し、一夏が疑問の声を上げる。
その疑問を二人が晴らすより速く、スプリングが実演で以って一夏の疑問に答える。
「――――こういうことよ、行きなさい働き蜂たち!!」
声と同時、彼女に周囲に文字通り働き蜂の群れが出現する。
翅は小型ローター、複眼は複合センサー、毒針は小型レーザーガン。機械でできた働き蜂の数は優に二十を超えている。
その光景を前に、一夏も眼前のISの運用方法を理解した。
量子展開機能をフル活用した、大型輸送機にして高性能管制機。侍らした無数の無人機で敵軍施設を制圧する女王蜂だ。
三人が知る由もないが、五反田兄妹を襲撃した自立兵器もスプリングが持ち込んだものであるといえば、その非常識なほどのペイロードが理解できるだろう。
「しかしあいつ――――あの機体で俺たちに勝てるつもりなのか?」
だがなおのこと、そんなISであるからこそスプリングの勝率は下がったと一夏は認識していた。
通常の軍隊相手ならいざ知らずIS相手に無人機など投入しても、十や二十どころか、百や二百でも足りないぐらいだ。
「とりあえず、邪魔な奴から片付けるわよ!!」
「そうですわね、よろしくて?一夏さん」
「ああ、いけるぜ」
とりあえずは無人機をさっさと蹴散らし、しかる後にスプリングを確保。
じっとしていても事態が動くはずもなく、ここは動くことこそが必要と三人がともに認識していた。
そして、三機のISが働き蜂に猛然と踊りかかる。<白式>が切り裂き、<甲龍>が薙ぎ払い、<ブルー・ティアーズ>が撃ち落とす。
改めて詳しく書き記すまでもなく、当然の一方的な戦いの流れだった。
機械の働き蜂の数は瞬く間に減っていき、それに見合う損耗を三機のISが負っているかと言えば、全くの無傷。
「うわぁ~すご~い、強いわねぇ、あなたたち」
その光景をスプリングは喜劇を見るような面持ちで、揶揄するような賛辞と共に見つめていた。
自身の敗北が眼前に迫っていても、対岸の火事を見ているような雰囲気さえ漂わせている。
「ああ…・・お前を負かすぐらいには強いんだよっ!!」
働き蜂の群れを駆逐した一夏が、未だ戦闘機動すら見せないスプリングめがけ切りかかる。
<雪片弐型>の切っ先がスプリングに触れるその直前、彼女の未だ敗北を認識しない能天気な声が響く。
「は~いストップ!! アレ見なさい」
そしてISにより全方位の視界を得ている一夏は、視線を向けることなくスプリングが指し示す物を見てしまった。
あれほど大気切り裂くスピードが乗っていた刃は、たったそれだけで停止してしまった。
一夏の背後にいた鈴とセシリアも同じく動きを止める。未だ年若い三人にとって、スプリングのとった手段は恐ろしく単純で、恐ろしく効果的な――――。
「まぁわかっているとは思うけど――――動いたら人質の命は無いわよ、うう~ん、これ一度でいいから言ってみたかったのよねぇ」
手足を縛られ、猿轡をかまされ、自立兵器の銃口を突き付けられたIS学園の生徒の姿であった。
陳腐で、古典的で、それでいて効果的な、強者へ通用しうる弱者の手段。
人としての尊厳を捨て去れば誰にでも行える、外道の代名詞。
「人質とは……あなたには誇りは無いのですかっ!!」
「馬鹿でしょあんた。非合法諜報員が清廉潔白なわけ無いでしょ? 第一うちの荒事の専門はオータムなのに、アイツったらどこぞの誰かに熱上げちゃっててさぁ、だからか弱い私がこうして出張ってるわけよ」
しかもスプリングが用意した人質は、それぞれ別な個所に計四人。これでは自立兵器が発砲する前に撃破できたとしても、こちら側の頭数が足りなかった。
三人それぞれが一機ずつ撃破できたとしても、残り一人が確実に死ぬ。スプリングの良心に期待するなどと言うのは、現在進行形で至福の表情を見せている彼女を見れば即座に霧散した。
「とりあえずぅ、予備含めて二つあるし、こうしちゃおっか」
スプリングは手元に出した四足の装置を弄ぶと、それを新たに出した働き蜂二機に持たせ、それを鈴とセシリアの元に向かわせた。
「――――何するつもりよッ!?」
「鈴さん、ここは抑えてっ!!」
「そうそう、礼儀ってもんがわかってるんじゃない」
本来は彼女が最初に口にした、「織斑一夏の捕縛」に使われるべきその装置は、鈴とセシリアの胸部に取り付くと、たちどころに紫電を迸らせた。
「「きゃああああっ!!」」
「鈴!! セシリア!!」
「あははっ、いい声で啼くじゃない!!」
一夏がただ見ていることしかできない無力感に打ち震え、スプリングが不快きわまるその悲鳴に聞き入っている中で、二人に取り付けられたその装置は本来の役目を果たしていく。
<甲龍>と<ブルー・ティアーズ>の各部アーマーや非固定部位が消失していく。
並みの兵器など歯牙にもかけないそれが、波にさらわれた砂細工のように、呆れるほどあっけなく消えていく。
「嘘…でしょ!?」
「そんな……戻りなさい!!<ブルー・ティアーズ>!!」
あとに残るのは、そんな結果を受け入れられない”生身の“鈴とセシリアと、働き蜂によってスプリングの手元に持ち去られた二つのISコアだった。
「もう最高!! なんなのその間抜けすぎる表情!! あ~わかったあんたたち私を笑い死にさせるつもりなんでしょ?」
「テメェ!! 二人に何しやがった!!」
「剥離剤<リムーバー>って言うのよ、ISコアを操縦者から強制的に引きはがす優れ物よ」
この状況にあっては他の人質のように無力な存在と化した鈴とセシリアにも、スプリングは働き蜂を宛がい人質にする。
つい数分前までは歯牙にもかけなかったそれは、今や猛毒を有する雀蜂と化していた。
そんな事実に屈辱を感じながらも、鈴とセシリアに出来ることと言えば睨みつけることだけ。
その表情が更にスプリングの嗜虐心をあおったのか、醜さを増した笑みを一夏に向ける。
「これでとっておきのリムーバーも無くしちゃったし、アンタは丁寧にいたぶって自分から這いつくばってISコアを差し出させてあげるわ」
そして人質に宛がっていない働き蜂の、十門以上のレーザーの五月雨が一夏に襲いかかる。
一撃一撃はそれほどの威力ではないが、それでもこう集中して打ち続けられれば致命傷となる。
下手に回避行動をとってスプリングを刺激するわけにもいかず、一夏はただ歯を食いしばってその責め苦に耐え続けていた。
「ぐぅ……がぁああああああっ!!」
「どう、さっさと<白式>のコア渡す気になった?」
「んな……わけねぇ……だろ」
「あらあら、強情ね」
一夏の精一杯の抵抗も、スプリングにとっては単なる見世物でしかない。
どうあがいても破滅的な運命は訪れる、そう思っているからこそ一夏の抵抗はスプリングにとっては哀れな獲物がもがいている程度にしか認識できない。
「一夏!! 私たちのことなんて気にしなくていいから!!」
「そんな下劣な輩、打ちのめしてください!!」
銃口を突き付けられてもなお、そう言って抵抗できる二人の様相は、スプリングから呵々大笑しか引き出すことしかできなかった。
「あはははははははっ!! お姫様二人はそう言っているけど、ナイト様はどうするのかしらぁ?」
「そんなの決まってる……却下だ、それやったら俺の負けなんだよ」
二人を死なせたらそれが俺の敗北だと、苦痛に歯を食いしばりながらも誇り高く一夏は答える。
自分の命だけ守っても仕方が無い、そんな勝利に意味はないと堂々と言い放った。
「……一夏」
「……一夏さん」
「ぐうっ!! 心配するなよ、この程度じゃ俺は負けねぇ!!」
だが、そんな一夏の抵抗にスプリングは苛立ちを見せる。こんな逆転不可能な状態で、そんな戯言をほざくのか、と。
ならば、言い逃れできない敗北を突きつけてやろう。
――――――――人質は、もうこんな沢山はいらない。
「あっそ、じゃあ負ければ?」
もうこの見世物には飽きた。そう言わんばかりの投げやりな態度を見せて、鈴とセシリアの米神に働き蜂の毒針を突きつけた。
「おい……やめろ」
「や~だ、きゃははははっ!! その表情いいわぁ、とっても無様よ?」
間もなく襲いかかる最悪の光景を幻視して、一夏の顔はこれまでにないほど蒼褪める。
そんな一夏の表情が、何よりもスプリングを笑顔にさせた。
今でこれなら、殺せばどれほどの表情を見せてくれるのか。そんな下衆な思考が透けて見える表情で、スプリングは鈴とセシリアに人差し指を向けて銃を撃つジェスチャーしようとする。
そのジェスチャーが完了すれば、二人の頭は石榴のようにはじけ飛ぶのだろう。
鈴の元気あふれる笑顔も、セシリアの清楚な微笑みも、間もなくただの肉塊にとって代わる。
(やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめやめろやめろやめろやめろろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ)
一夏の脳髄にその一言だけがリフレインし、加熱するほどに加速する体感時間をそれ一色で塗りつぶした。
それでも、何かが変わるはずもない。極限までスローモーションになった世界の中で、スプリングの指先が、唇が、最悪の結末を紡ぎあげんとする。
(やめろやめろやめろやめろ――――――――“それ”をするな、追い付けなくなるだろうが!!)
一夏の思考は極限まで加速する。刹那など置き去り、六徳を、虚空を、清浄を超え、阿頼耶、阿摩羅すら抜き去って、果ての極みの涅槃静寂にたどり着く。
――――その時、世界が入れ替わった。
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ついさっきまで抱いていた焦燥など洗い流してしまいそうな、穏やかな空気が満ちたどことも知れぬ砂浜に俺は立ち尽くしていた。
聞こえるのは波の音――――いや、何かが聞こえる。
俺の脚は自然とその方向に引き寄せられる。まるでセイレーンの歌声の様に抗えない強制力で。
「――――呼んだのは、君?」
そこにいたのは、白のワンピースに身を包んだ少女。
その唇からは、無邪気で、健やかで、優しくて、本当に澄んだ歌声が紡がれている。
しばし、俺はその歌声に聞き入って――――
「――――ねぇ、あなたは“どんな力”を欲するの?」
俺の心を真っ直ぐに貫く質問が、歌の代わりに少女の唇から紡がれた。
無垢な、決して虚飾を許さない、真っ直ぐに俺だけに向けられた問いかけ。
だから俺も、思うところを真っ直ぐに答える。糞ったれな結末を回避するには、こうするしかないと直感したが故に。
「――――俺さ、足遅いんだよ、いっつも誰かの背中を見てる」
ガキの頃は千冬姉の背中を見て育って、誘拐された時は志保の背中に助けられ、臨海学校の時は箒の背中を見ていることしかできなかった。
今もそう、このままじゃ鈴とセシリアの死という、決して追い付けない背中を一生見続けなきゃいけない。
そんなのはもういやだ。俺はもう、誰かの背中を見続けるのはいやなんだ。
「だから俺は、天下無敵の力も、誰も彼もを置き去りにする速さなんていらない」
俺の言葉を、少女はただにこやかに聞き入っている。
そして俺は、全ての飾りを削ぎ落とし、織斑一夏の中にある大本の思いを紡ぐ。
「――――――――俺は、皆に追い付ける速さがほしい!!」
その言葉を聞き届けた少女は、その言葉こそを待ち望んでいたかのように俺の手をとった。
「じゃあ今から、私がそのための翼になるよ」
そして世界<白式>は新生する。一夏が望む、一夏の為だけの翼へと。
<没ネタ>
「――――俺さ、足遅いんだよ、いっつも誰かの背中を見てる」
「――――だから、せめてみんなを引き留めたかった、せめて並んで進みたかった」
そう、それこそが俺の思い<渇望>。
天駆ける鳳凰など俺には似合わない。水底の魔性こそが相応だ。
「じゃあ今から、私がそのための鎖になるよ」
少女が紡いだその言葉を聞き届け、俺は思いを叶える呪句を唱える。
「創造――――拷問城の食人影<Briah――――Csejte Ungarn Nachatzehrer>!!」
没ネタの理由? うちの一夏君ヒロインじゃありません、決して!!
<あとがき>
オリキャラのスプリングのモチーフは、原作のオータムさんです(爆笑
いやだってこのイベントでオータムさん一夏に宛がったら、パワーアップしても一夏をあっさりと倒す光景しか想像できなかったんです。