最近感想で「本編より外伝の更新を楽しみにしてる」と、かなりの人から言われてショックを受けたので、ちょっと過程すっ飛ばして文化祭の話を書くことにしました。
いい加減本編の一夏も活躍させたいっていうか……、というわけで読者の方々にはぜひとも了解のほどをお願いします。
<第四十二話>
夏休みが明けて、IS学園には一つの大きなイベントが迫りつつあった。
クラス対抗戦やタッグマッチのようにISの戦いがメインではない、普通の学校でもお馴染みな平和なイベント。
そう、文化祭である。
そしていま、IS学園の生徒会の会長は更識盾無が勤めている。
基本的に彼女、イベントは自ら率先して大いに盛り上げる性質である。そんな彼女が文化祭という極上のイベントを目の前にして、ただ座しているだけというのは絶対あり得なかった。
そしてもう一人、今現在のIS学園には“あの”篠ノ之束がいるのである。
彼女もまた、非常に乱痴気騒ぎが好きな性質である。(彼女がそうなったのはとある屋敷の割烹着の悪魔がかかわっているとかいないとか)
「「……絶対何かあるな」」
場所は違えど、志保と千冬は同時にそう呟いたという。
そしてその予感は、大いに的中したのだった。
「――――束さん、今度の文化祭こんなイベントを開催しようと思うんですけど」
「――――ほう? 楯っちもなかなか話がわかるじゃないか、むふふ、束さん張り切っちゃうぞぉ」
「ええ、先生方の半数近くには、既に話を通しています」
「でもさぁ、どうせならもっとインパクトのあるものを賞品にした方がいいんじゃない?」
「例えば?」
「例えばそう――――こんなのがいいと思わない?」
生徒会室で顔を寄せ合い、いかにもな悪巧みに興じる二人。
互いに美女と言える容貌を持つ二人だったが、溢れ出るいやな雰囲気が全てを台無しにしていた。
「うわ~、なんか楽しそうだねぇ~」
「あの雰囲気を楽しそうと表現しないで、お願いだから」
布仏の従者姉妹は、妹は緩み切った高揚感を迸らせて、姉は三者が奏でるいやな気配の狂騒曲に心底疲れた表情を見せていたのだった。
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所変わって一年四組の教室。今ここでは文化祭でのクラスの出し物を検討していた。
無難なところで喫茶店などの、飲食物を取り扱ったアイデアが大勢を占めている。
ならばあとはどういった独自性を出すか、IS学園という超難関校に入学した者の多くは勿論高い意欲を伴っているのだから、クラスメイトの殆どがそれぞれ真剣にアイデアを絞り出そうとしている。
「――――ところでなんで私が取りまとめ役なんだ?」
「うう、ごめんね志保」
「まあ、人にはそれぞれ向き不向きがある、次を頑張ればいいさ」
壇上でそうこぼしたのは志保。普通ならばこういったことはクラス代表が務めるものなのだが、元来内気な簪が勤めるには無理があり過ぎた。
「はぁい、私はこういうのがいいと思います!!」
「え~!! そんなのよりこういうのどうよ!!」
「え……あの……えっと」
「あ~、とりあえずは飲食店系の出し物をやるということでOKか?」
見かねた志保が簪を補佐し、やがて志保が完璧に取りまとめ役となってしまった。
涙目になった簪を宥める志保の、その慈愛に満ちたやり取りを見てクラス中が一時ほんわかした空気になったことも、ここに記しておく。
「けど問題は一組だよねぇ」
頬を指で付きながら、シャルロットが呟く。
どうせなら耳目を集める盛況な出し物を行いたいというのは、皆にとって自然な欲求であったが、それを阻むのが一組の――――織斑一夏の存在だった。
学園唯一の男子生徒というのは、あまりにも大きなアドバンテージだった。
紅一点ならぬ白一点。それだけで耳目を集めるに足るというのに、加えて一夏本人の容貌も中々に整っている。
身なりを整えてやれば、それだけで看板になるだろう。
「――――男子がいないのならば、男装の人を投入すればいいじゃない」
目には目を。歯には歯を。男子には男装を。
ごく一部を除くクラスの意見は、おおよそそれに纏まった。
何せ彼女には実績があるのだ。獲物を狙う猛禽の目の群れが、一斉にシャルロットに狙いを定めた。
「え……なんでぼくの方を見るのさ」
「「「「「「シャルっち、もう一度シャルル君になってよっ!!」」」」」」
最早運命は決し、哀れシャルロットは今一度シャルルに立ち返ることが義務付けられてしまったのだった。
「うう…………何で僕がこんな目に」
後日、クラスの有志が執事服を用意して、ここに執事・シャルルが爆誕した。
中性的な容姿に執事服のコンビネーションは、他ぬクラスに対抗するために切り札としては十分で、何人かの興奮しやすい腐ったクラスメイトが恍惚の表情を晒していた。
「その、いらっしゃいませお嬢様、とか言わなきゃいけないの?」
「もちのロン!!」
「ぐふっ!? 予想以上の破壊力ね」
「クラスの栄光の為、シャルル君には奮戦を期待するわ」
どこかしらやけっぱちな表情で、シャルロット……もといシャルルは執事のまねごとを行う。
あらかじめわかってはいても、その頬を紅く染めてそんなことを言う美少年風の人物の存在は、瞬く間に撃墜マークを増やしていった。
「けど一人だけ男装って言うのは恥ずかしいよぉ」
文化祭で見世物になる光景を幻視し、気恥ずかしさと気まずさが同居した嘆きの声を上げるシャルル。
「フッフッフッ――――いつ男装するのがシャルル君だけと言ったかね?」
「そんな話は聞いていないんだが?」
その嘆きに答えたクラスメイトの発言に、少々困惑気味になる志保。
昨日の会議で取りまとめをしていた自分に、全く伝えられていない話が出てきたのだから当然だった。
「思うんだけどさぁ、衛宮さんも中々に行けそうだと思うんだけどねぇ」
にやにやと紙袋からもう一着の執事服を取り出し、ズズイと志保に迫るクラスメイト達。
「――――――――――――ああ、そういうことか、別にかまわんぞ?」
だとしても志保のこの反応は、かなり予想外に過ぎた。
むしろ好都合、そう言わんばかりの反応に志保へ迫る足が止まるクラスメイト達。
志保はそんな彼女たちから執事服を奪い去ると、おもむろにその場で着替え始めた。
もとよりそれほどに豊かでない胸を適当にさらしで押さえつけ、見事に平坦になった胸を糊のきいたシャツとジャケットで覆い隠し、瞬時に見事な執事姿の志保が現れた。
「ふむ、こんなところか」
基本的に志保の姿勢は、いつも鉄芯が入っているかのようにぴんと張っている。
そんな志保がぴしっとした執事服に身を包めば、瞬く間に本職と見紛うほどの執事が誕生した。
というか志保、前世においてとある貴族の屋敷の執事のアルバイトもこなしていたのだから、ある意味本職である。似合わないはずが無かった。
「ほう……なかなかのもんだね」
「うん、宝塚にいそう」
志保にとっては願ったりかなったりの感想がクラスメイトの口から洩れる。
実は前日の会議において、シャルロット以外の衣装案に“メイド服”もあったのだ。
志保としてはそんなものは断固願い下げであり、そんなものを着るなら着慣れた執事服の方がいいと思っていたのだ。
「とりあえず……どういった所作で客を出迎えるのか煮詰めたいんだが」
そんな思考など欠片も見せず、志保は建設的な思考を述べた。
実際志保当人は問題無いとして、シャルロットはそれなりに練習をしないと駄目だろうとも思っていた。ただでさえ見世物に近くなるのに、その状態でぎこちなさを晒したらかなりきついだろう、と。
「じゃあ簪、お客さん役やってくれないか?」
「え、私?」
「いいねいいね、衛宮さん乗り気だねっ」
「じゃあ私もお客さん役やりたいなぁ、いこっか、簪さん」
「うわわ……押さないで」
他にお客役を志願したクラスメイトに背中を押され、簪は廊下に出た。
閉じられるドア。それを確認した志保は今一度、恰好を整えてドアの前に立つ。
他のクラスメイト達は机を並べて即席のテーブルを作り、シャルロットもいつの間にやら志保が準備していた練習用に使うティーセットを取り出す。
「いつの間にこんなもの準備してたのさ、志保」
「喫茶店ならお茶を淹れる手順ぐらい身につけないと、恰好がつかないだろ?」
凝り性だなぁ……、とシャルロットは呟きながら、練習の為に水道水をティーカップに入れてきた。
そうして準備ができたのを見計らって、ドアの向こうから簪の声が聞こえてくる。
「準備……いいかな」
「ああ、こっちはOKだ」
直後教室のドアが開けられ、簪たちが入ってくる。
「――――――――ご来店誠にありがとうございます、お嬢様方」
衒いも何もない、実に馴染んだ口調で二人を出迎える志保。
まるで一枚の絵画のように、その様は堂に入っていた。
決して素人の手慰みではない、熟達の所作に客役である二人は見入っていた。
「すっごぉ~」
「うん、本物みたい」
特に簪の方は、”志保が“そんなことを自分に対しやってくれているのだから、魅入っていることに気を取られ過ぎて、志保が「どうぞ、こちらへ」と恭しく案内しても動けずにいるほどだった。
「ほら簪ちゃん、歩いて歩いて」
「え……キャッ!?」
そうして自然な動作で引かれた椅子に、二人は照れくさそうに座り、その後も流麗な手つきでティーカップに紅茶を注ぐ演技をされ、本物とはこうだと言わんばかりの志保の演技に見入っていた。
「こんな感じで応対しようと思うのだが」
「………どこにも文句なんて付けれないよ、って言うかそれを僕にもやれってこと!?」
「その通りだが?」
志保が見せつけた完璧な模範演技に、どうしても自分がそれをやれるとは思えないシャルロット。
むしろ志保としては曲がりなりにも男装して入学できたシャルロットならば、この程度のこと造作なくやれる、と思っていたりするのだが……。
「それじゃあまずは見栄え良く紅茶を注ぐ練習からしようか」
「う、うん」
どこか戦場にでも向かいそうな緊張感を漂わせて、シャルロットはティーポットを持った。
そしておずおずとティーポットを傾けて、中の水をティーカップに注ぐ。
「――――ここはもっとこうしたほうがいいな」
己が両手に集中しているシャルロットには、その志保のいきなりの接触はあまりにも刺激的に過ぎた。
背中から覆いかぶさるように、志保の体が密着する。
緊張に震える腕を、志保の腕が優しく、それでいてしっかりとつかみ上げる。
「――――この角度の方が見栄えがいい」
志保の吐息が指導の声とともに、シャルロットの耳朶を蕩かす様に打つ。
「う……うん…こうだね」
「そうだ、なかなかいいぞ」
心臓は早鐘のように鳴り響き、シャルロットの白磁の如き白い肌に赤みをさす。
緊張に耐えながら志保に答える言葉には力が無く、どこかしら甘さが感じられた。
さしずめ今のシャルロットは、志保という人形師に操られる美しきマリオネットだった。
――――はてさて、意図はなくとも多感な年ごろの少女たちの前でそんな光景が繰り広げられた。
二人の恰好は前述の通り、互いに執事服に身を包んでいる。
シャルロットは美少年に、志保は男装の麗人に、それぞれそうなった二人が密着し絡み合う光景は、何処となく淫靡さを感じさせた。
互いに少女であるにもかかわらず、美丈夫同士の禁断の絡みを想起させるその光景は、クラスメイトのほぼ全てを紅く染め、シャルロットの甘い吐息ですらが鮮明に響き渡る。
「う、うわ~」
「こ、これはなんとも」
「よっしゃあぁ!! 次の同人誌のネタはこれだぁっ!!」
それぞれクラスメイトは眼前の光景に対する感想を述べるが、そのどれもが歓喜一色だった。
「…………なんだか、気に喰わない」
ただ一人、簪だけがその光景に不快感をあらわにする。
これは訓練、やましいことなど全くないし、事実志保と手そんな考えは絶対に欠片も抱いていないと言い切れる。
けど確実にシャルロットは望外の志保との接触に絶対喜んでいるし、”できるのならば自分もそうしたい”と簪は思っている。
ならばと、簪もクラスメイトが持ち寄った多種多様な衣装の中から、ある一着を選び出し即座に着替えた。
「ねぇ志保……私にも、教えてほしいな」
「…………………………………なんでメイド服?」
「まずは、形から、だよ」
簪が選びとった戦闘服はメイド服であった。緊張で赤く染まった頬、強く握られたスカートのすそが小動物の様な印象を感じさせた。
ロングスカートの清楚な印象を与えるその服は、確かに簪に大変よく似合っていて、志保の視線を一瞬釘づけにする。
「それじゃあ簪もシャルロットと同じようにやってみてくれ」
「うん、わかったよ」
勿論志保が簪が緊張している理由など理解するはずも無し、いたって普通に簪への指導を始めた。
「うん、なかなかいい感じだぞ」
「―――――――――――――――――――――え!?」
「何でそんなに驚くんだ!?」
所が誤算というか、簪は思いのほかうまくやり過ぎた。
そう、志保が手をとっての濃密な指導が必要無いほどに、である。それは簪にとって敗北以外に他ならない。
「もっと……教えてよ」
「え!? だから何を?」
消え入りそうな声で指導を求める簪だが、志保に指導のもとに行われる密着を望んでいることに気付ける筈が無かった。
褒められたのに満足できないもどかしさに歯噛みする簪の視線の先に――――
「――――フフン」
どこか勝ち誇った様子のシャルロットがふんぞり返っているのだった。
「――――志保のイケず」
「だからなんで!?」
例え、簪とシャルロットが自分に懸想しているとは知っていても、具体的にどんな行為が彼女たちの琴線に触れるか全く思い至らない志保であった。
<あとがき>
なんか凛々しい志保を書いていると酷い違和感を感じてしまう…………。
て言うかさっさと本編一夏が主人公しているシーン書きたいなぁ、本編で活躍しているの志保と箒の二人だし。