<第三十九話>
とりあえず志保の専用機(?)の初見せも終わり、いよいよ模擬戦を行うこととなったのだが、志保が指名した相手は意外や意外、鈴とラウラだった。
「ふん、大層な自信だな」
「そうよっ!! いくら志保でも二対一で戦えると思ってるの?」
「仕方がないだろう、接近戦に比重を置いた上でオールラウンダーな戦いができるのなんて鈴とラウラしかいないんだから」
セシリアは遠距離戦主体。シャルロットと簪はオールラウンダーだがどちらから言えば中距離射撃戦主体。箒はいまだ<紅椿>に習熟しているとは言い難い。一夏に至っては極論すればカウンターがとれるか否かに重点がいく。
「それにこちらは魔術を使うからな、万が一の時、すぐカバーには入れる奴がいたほうがいい」
無論、志保とて宝具の真名開放などやるつもりは毛頭ないが、それでも技術体系が違いすぎる物に対し絶対防御が正しく発動するか不安が残る。
「まあ、安心しろ、刃引きはしておく」
模擬戦とはいえ戦闘行為を前にして、いつもより毒の増した口調で志保はそう告げる。
「それはこっちのセリフよッ!!」
「そこまで言うのならば加減はしないっ!!」
その挑発ともとれる言葉が二人の闘志に火を付ける。
鈴は<双天牙月>を構え、ラウラは<シュヴァルツェア・レーゲン>のプラズマ手刀を起動させる。
志保もまた、扱いなれた白黒の双剣を両手に顕現させて、戦闘態勢を整える。
「では……行くぞっ」
地を蹴り脹脛のスラスターを吹かして地面すれすれを滑るように飛翔する。
その進行方向を塞ぐように<甲龍>の衝撃砲と、<シュヴァルツェア・レーゲン>のレールカノンが襲いかかる。
だが志保は、無理矢理地面を蹴って直角に曲がる。普通なら足が千切れ飛ぶような動きだが、刃金と化した志保の五体はその無茶を難なく行い、無影の弾丸と紫電の弾丸を避け切った。
そして、着弾の爆風を背にして再び足を曲げて力を込める。皆には言っていないが、強化魔術の使用すら念頭に置いた刃金の五体の膂力が、志保の体捌きによって無駄なく地面に伝えられ、両足のスラスターの噴射が完璧にその動きに同調して、瞬時加速と見紛う加速を実現させる。
『速いっ!?』
『凰!! お前が前衛に回れ、私がカバーに入るっ!!』
体感時間が加速された中で二人はプライベート・チャネルを用い、迫りくる志保への陣形を整える。
直後、音の壁を突き破りながら志保が鈴の眼前へと迫り、鈴が<双天牙月>を分割して志保めがけ振り下ろす。
二刀に分割され、それでもなお巨大な青龍刀は、しかし、志保を捕らえることはなかった。
地を割った<双天牙月>を足場に、志保は鈴の頭上をとる。
天地が逆になった状態で、鈴めがけ双剣を“振り上げる“
だがその攻撃を、援護に回ったラウラが停止結界を用い空に縫い止める。
そのままレールガンを放とうとしたラウラだったが、自分に切っ先を向けて次々と現れる刀剣を前にすぐさま身を翻す。
総数十程の刀剣が、コンマ数秒の差でラウラの至近を貫く。
ラウラの集中がそれによって散らされ、停止結界が弱まる。
ほんの僅かな停滞の後、志保は双剣を振り上げるが、ラウラが稼いだ時間によって鈴は迎撃態勢を整えていた。
大小二組の双剣が火花を散らして噛み合うが、武器の質量によって志保が押し切られる。
その勢いを利用し空中に投げだされた志保は、ある程度の距離を稼ぐと双剣を消して、黒塗りの洋弓を投影する。
「剣しか造れない、そう言ったが……あれは嘘だ」
ニヤリ、とマスク越しに笑みを浮かべると同時、IS用の狙撃銃と比肩するほどの矢が釣る瓶打ちにされる。
「やらせはせんっ!!」
鈴めがけ降り注ぐ紅の弾雨を、射線上に割り込んだラウラが先ほどと同じく停止結界で縫い止める。
<甲龍>の衝撃砲が停止した矢を噴き散らして志保へと迫る。
志保はその姿なき砲弾を、まるで空を駆けるような動きで……正確にいえばPICとシールドを応用した一時的な足場の併用で回避する。
「あ~もうっ!! ちょこまかちょこまかとっ!!」
「確かにあの柔軟な機動性は厄介だな」
「こうなりゃ手数の差で仕留めるわよッ!!」
衝撃砲・レールカノン・ワイヤーブレード、その全てをフルに使い弾幕を形成する。
駄目押しと言わんばかりに衝撃砲は収束率を下げ、レールカノンは近接信管搭載の炸裂弾頭を用い、その有効範囲を最大限広げる。
同時に二人も空中へ舞い上がり、戦いの場所を空へと移す。
三機のISが放火を伴い解放されていたアリーナのドームを抜けて、遮るものの何もない大空を駆け抜ける。
いかに小回りがきこうとも、空戦にかけてはこちらに分があると判断した鈴とラウラは、逆に志保を撹乱するような機動を行う。
音速を突き破り、発生したソニックムーブで志保に揺さぶりをかけていく。
(やはり空戦ではあちらに一日の長があるかっ)
心中で毒づきながら、志保はどうにか機体…というより自身の体を制御して、大きな隙を晒さないように空を駆ける。
いくら奇矯な機体とはいえ、志保のISは基本性能自体は平均的なバランスの取れた機体である。
故に、今のように数で勝る相手に性能面での勝負を仕掛けられれば防戦一方になるのは必然。
防御を固めることに心を砕き、いつ訪れるかわからない隙を見出すのをひたすら待つ。
体力やシールドエネルギーよりも精神力を削られるような状況だったが、志保にとっては慣れ親しんだ戦闘の流れである。
こと我慢比べであれば、志保に勝てる物などうそうそういない。
『ほんと志保って防御うまいわね』
『あれが志保の戦闘スタイルなのだろう――歯痒いことには違いないが』
むしろいつまでも土俵際で粘られる志保と相対しているほうこそが、焦りを感じていくのだ。
この辺りはくぐってきた戦場の数の差でもあるのだろう。
『とはいえここで迂闊に攻め立てても、カウンターを喰らうだけだろうしな』
『なんて言うかいやらしい戦い方ね』
『むしろ、勝つために手段を選ばない点は好感を持てるぞ』
『絶対試合映えはしないわね』
プライベート・チャネルを使って軽口を叩きながら、焦りを堪え志保への攻撃の手を緩めることなく続けていく。
それでも焦りはじわじわと増し続けている。
(――――そろそろ頃合だな)
故に、志保が使い慣れた手段に出るのは好都合だった。
僅かな、だからこそ自然な体勢の揺らぎ。
無論、鈴とラウラがそれを見逃すことは決してない。常に志保を挟みこむような位置取りを保持し続けていた二人は、その隙めがけ瞬時加速を発動。
音を置き去りにして<双天牙月>振り下ろしとプラズマ手刀による抜き手、刃金と灼熱の双撃がこれ以上ないほど綺麗に志保の隙めがけ振るわれる。
鈴とラウラも、地上で観戦している全員も、志保の敗北を思い描き――――
ただ一人志保自身だけが、違う未来を現実に成す。
届くはずのない双剣の刃が<双天牙撃>の斬撃をいなし<シュヴァルツェア・レーゲン>の腕部装甲を打ちすえて、プラズマ手刀が大気を焼くに留まった。
「嘘ぉっ!?」
「何ぃっ!?」
不発に終わる手ごたえと光景に、そろって驚愕の声を上げる二人。
志保の体を起点に二人は交差し、無防備になった背面に双剣が振るわれた。
止めにはならずともシールドエネルギーを削り、それ以上に鈴とラウラの平静を削り取った。
それでも動きを止めることなく、再び攻撃を続けるのは流石といえた。
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「――――正気かあいつは?」
その光景を地上で観戦していた千冬は、志保の戦い方を見て思わずそう漏らした。
ディスプレイの中では鈴とラウラが攻撃の手を緩めることなく、志保の隙めがけて苛烈な攻撃を仕掛けている。
しかし、その猛攻が有効打になることはなかった。それどころか志保のカウンターが少しずつだが確実に、<甲龍>と<シュヴァルツェア・レーゲン>のシールドエネルギーを削り取っていた。
「まさか……いや、しかし」
「箒もそう思うのか?」
千冬以外では、箒と一夏が疑問の声を上げていた。
接近戦に心得がある二人だからこそ、志保の戦いの中にある違和感に気付けたのだろう。
「どういうことですの? 私の目には衛宮さんがお二人の猛攻を何とか避け切ってカウンターを浴びせているようにしか見えませんが」
「射撃戦主体のお前がそう思うのは無理ないがな、不自然とは思わないのか?」
「不自然、とは?」
「衛宮が二人の攻撃を“かろうじて”回避して、”何とか“カウンターを打ちこみ、それを“幾度となく“繰り返しているのを、だ」
「それは………確かに」
千冬が述べた点は、一夏と箒も思っていたのか揃って頷いていた。
「でもそれがどうして志保の正気を疑うことに繋がるんです?」
「ただ単に志保の技量が常識外れ、ってわけじゃないんですか?」
「更識妹、デュノア、衛宮がどう常識外れか教えてやろう」
皆の視線が千冬に集まり、千冬の口から志保の非常識さが語られた。
「――――――――アイツはな、わざと隙を見せて相手の動きをコントロールしているんだ、それもあんなに巧妙に偽装してな」
その言葉を、一同が理解するのにしばらくの時間を要した。
千冬の語ったところはつまり、自殺行為一歩手前の行為だとわかってしまったが故に、である。
捌き損なえば直撃を喰らう、薄氷の上を渡るという表現すら生ぬるい狂気の沙汰。
どんな戦闘行為でも、自身の隙は晒さず、相手の隙を突くことこそが至上である。
これが格下相手なら、あるいは余裕の表れと言えるが、生憎とこの場において志保こそが格下だ。全く持って道理に合わない。
「織斑と篠ノ之は違和感を持っていたようだがな」
「でも、確証は持てませんでした」
「多分こうして離れて見ているから疑問に思えたんだと思うぜ」
「実際に刃を交えれば違和感すら持たないだろうな」
「そうしてずるずるとカウンター喰らい続けていくわけか……えげつねぇな」
そう語る二人の視線の先には、変わらずにカウンターを喰らい続けている鈴とラウラの姿があった。
「……ねぇシャル、志保、そんな戦い方今まで見せなかったよね」
「うん、そんなの一朝一夕にはできないはずだから、ISじゃない戦いでそんな戦い方続けていたんだろうね」
簪とシャルロットは千冬の発言の真意を悟り、不安げな視線を志保に向けていた。
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『くぅっ!! あ~もう、どうしてこんなことになるのよ!!』
鈴がいら立つのも無理はない、流れを掴んでいるのは自分たち、隙を多く突いているのも自分たち、しかし明らかに志保が優勢なのだから。
『凰……もしかしたらずっと衛宮に踊らされていたかも知れんぞ』
『どういうことよッ!!』
比較的冷静な性分のラウラが、ようやく志保の欺瞞に気付き始めた。
先ほど地上で千冬が指摘していたことを、ラウラは鈴に説明する。
怒声こそ上げないものの、怒り心頭と言った感じで鈴の顔が紅く染まる。
主導権を握っていた、と思わされ続けていたのだから。
だがその結果、二人のシールドエネルギーは四割近く削られていた。
覆せないほどに戦闘の優勢は志保に傾いており、何がしかの奇策に頼らねば逆転の芽はなかった。
――――守りに優れる志保相手に対し、である。
奇策など隙が大きいだけ、いきなりで成功する確率など殆どない。
練りに練られた奇策は奇策と言わない、それは秘策というのだ。
このままではじり貧、奇策に頼ればカウンターにあう確率が高い。どちらを選んでも志保の優勢は変わらず、二人は歯噛みしながら志保を睨みつける。
つまりは結局、志保の手の内で踊らされていたということに他ならない。
空戦に移行し自分たちが有利と思わせ、その実蟻地獄の如き状況に追い込む。
『すまん凰、衛宮の戦い方に好感を抱くと言ったが、私もむかついたぞっ!!』
『責めないわよ別に……それよりどうすれば志保にひと泡吹かせられるか考えましょ?』
『ならこういうのはどうだ――――』
『――――いいわねそれっ!!』
思いついた奇策は、確かに隙だらけ、それ以上に成功確率があまりにも低いものだったが、二人の瞳には必ず成功させるという意思が満ちていた。
互いに瞬時加速を使用して、性能差で志保を引き離して距離をとる。
必殺の意思を込め、<甲龍>の<衝撃砲>と<シュヴァルツェア・レーゲン>のレールカノンを同時に構える。
<衝撃砲は>収束率を最大レベルまでに上昇させ、レールカノンには通常信管の爆裂徹甲弾を装填する。
二人の瞳が志保の姿をとらえ、二機の機体の砲門が同時に火を噴いた。
先を行くのは紫電を纏った爆裂徹甲弾。音速を超え志保めがけ飛来する弾丸は、そのままではこれまでと変わらずに回避される運命しかない。
だがその弾頭に、不可視の衝撃が更なる加速を与える。紫電だけでなく見えざる破壊の衝撃すら纏った弾丸は、志保ですら避け得ぬ神速の魔弾と化した。
さながらそれは雷神の鉄鎚<トール・ハンマー>、雷神の一撃は大気に極大の悲鳴を上げさせながら、狙い過たず志保の体に喰らいついた。
「――――ぐううぅっ!?」
志保の甲鉄の体が鉄鎚の如き衝撃と爆風に嬲られ、この戦いで初めて志保の口から苦悶の声が漏れる。
シールド越しですらその衝撃は筆舌に値するものでなく、志保の意識を刈り取りかけた。
「「はあああああぁっ!!」」
そしてそれは欺瞞などではない、正真正銘の隙を晒すに至る。
この戦いにて幾度となく行われた挟撃、しかし、正真正銘の隙に打ち込まれた、紛うことなき必殺の一撃だった。
対する志保は無手の上に体勢は崩れに崩れ、どうあがいても反撃は不可能だった。
「舐…めるなぁっ!!」
だがしかし、志保の不可能のラインは常人の遥か上をいく。
志保が吠える。軋む体を無理やり動かし、スラスターにありったけのエネルギーを込めて颶風纏いし蹴撃を放つ。
音速を超える双撃を、音速を超える蹴撃が迎撃する。
衝突した衝撃波が大気を震わす。
「――――どんだけっ!!
「――――しぶといんだ貴様はっ!!」
結果は、志保が大ダメージを負いながらも首の皮一枚でつなぎ、逆に鈴とラウラのシールドエネルギーを削り切る双剣のカウンターを放っていた。
――辛勝。それが志保の専用機での初戦闘の結果だった。
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「――――馬鹿言え、お前の負けだ」
地上に降りた三人を出迎えたのは、意味不明な言葉を言い放つ千冬だった。
「教官、それはどういう……」
「最後の激突の前に、お前らの放ったレールカノンと衝撃砲の同調射撃で衛宮のシールドエネルギーは零だったんだ」
ラウラの疑問に千冬が答え、鈴とラウラの表情が何とも言えない複雑な表情に染まる。
「えっ……と、つまり志保は……普通んら絶対防御を発動するほどの大ダメージを負った……」
「死に体だったのにあれほどの反撃して見せたのか!?」
最早どう反応していいかわからないと言った様子の二人の背後では―――
「ねぇ志保、どうしてあんな無茶したの?」
感情が消え失せた様子で志保を問い詰める簪と―――
「そもそもその機体、そんな無茶をしないように作ったんだよねぇ」
全く笑っていない笑顔で志保を追い詰めるシャルロットの姿があった。
「いや…その…戦っている間にテンションが上がってきたというか……」
「「志保っ!! 言い訳しないっ!!」」
「すみませんでしたっ!!」
志保に許されたのはただ謝ることだけ。結果、土下座する仮○ライダーという、世にも珍妙な光景が展開されたのだった。
<あとがき>
感想で「仮○ライダーは戦闘シーンを想像できない、格好を想像できない」とかいただきまして、今回の話を書きながら具体的なイメージを作者の脳内で練っていたら、いつの間にやら鴉―KARAS―になってました。最初の方はバースだったのに………。
そしてタッグマッチで使わなかった鈴の衝撃砲を使った合体攻撃(原作でゴーレムⅠを撃破したあの技です)を、何故かラウラと使用していたり……
そう言えばまだこの話原作で三巻終わったころなんだよなぁ、次から夏休みの話になりそうだ。
ちなみに一夏のパワーアップイベントは文化祭を予定していたり……、一夏の覚醒イベントがこれほど遅いのこの話ぐらいかもしれない。