<第二十九話>
燦々と照りつける太陽のもと、IS学園臨海学校は開催された。
バスでの旅の疲れなど何のその、うら若き乙女たちが我先にと海水浴場へと駆け出し、世の男たちがうらやむような桃源郷へと変貌させていた。
「いや~、いい天気だなあ」
そんな只中にいる唯一の男である一夏は、自身が今どれほどの状況にいるのかなど気にせずに、のんきに今日が晴れたことを喜んでいた。
「そんなのんきなこと言ってないで、私と泳ぐわよ一夏!!」
「お待ちなさい、一夏さんには私にサンオイルを塗っていただく約束がございますの」
そしてこんな状況でも、いや、こんな状況だからこそ勃発する恋の鞘当て。
セシリアと鈴が火花を飛ばす中、ラウラを伴った箒もやってきた。
「………や、やっぱり恥ずかしいです」
「そうか? よく似合っていて可愛らしいと思うが、簪とシャルロットの見立てもなかなかのものだな」
軍服や制服と言った、個性を押し殺した“堅い”服装が一番馴染みであるラウラにとって、今の水着姿は羞恥心を刺激するものなのか、箒の背に隠れるような形で歩いてくる。
いくらラウラが小柄とはいえ、人一人が背中にひっついているのだ。そんな不自然な体勢で歩いてきた箒の、遠回しな言い方をすればたわわに実った二つの果実が、世の男性諸君を魅了してやまない魅惑的な振動を繰り返していた。
それに合わせるように一夏の視線もまた、箒の胸部に同調して上下する。
「どこ見てんのよッ!!」
「マナーがなっていませんわっ!!」
その視線の同調を止めたのは、当然ながら二人の乙女の肘鉄だった。
鈍い音がしてシミ一つ無い素肌に包まれた凶器が、一夏の脇腹にめり込み強制的にじっくり焼けた砂浜へと接吻させた。
「――――は、破廉恥だぞ、一夏」
自身のどこを見られていたかをようやく知った箒は、胸を押さえて後ずさる。
それはつまり、箒の胸が白魚のような腕で押しつぶされ、その巨大さをさらに際立たせることなるわけで――――
「箒、…………あんた、あたしに喧嘩売ってんのね」
世間一般と比較しても、決して“大きい”とか“でかい”といった形容詞を自分自身には使えない鈴に特大の怒りを与える結果となった。
「いや、しかし、大きすぎると肩が凝るし、何より過ぎたるは及ばざるが如しというだろう?」
そんなにいいものじゃないぞ? といった感じで語る箒に、鈴の怒りは空をつかんばかりに膨れ上がり、足元にあったビーチバレーのボールを鷲掴みにすると、大きく振りかぶり全力で箒に投擲した。
「やっかましいわああああっ!!」
唸りを挙げて箒の顔面へと突き進むボール。しかし、箒の顔面に激突する直前、難なく箒が片手で受け止める。
「言っておくがな、私はそれほど気の長いほうではない、――――売られたケンカ、買わせてもらおうっ!!」
ギュギュル!! と煙を上げるほどの威力を片手で受け止めながらも、箒はさしたるダメージを追った様子も無く、返礼として今度は鈴にボールという名の弾丸を投げ放つ。
「ごめ~ん、みんな待った――――、って」
「何なの、これ!?」
「乙女のプライドをかけた戦いだよ、………俺には全く理解できないけどな」
遅れてやってきたシャルロットと簪が、互いに必殺の意思を込めて行われるボールの応酬を見て困惑の表情を見せる。
その間にもボールの応酬は続くが、決着のつかないことに鈴が業を煮やす。
「ああもう――――!!」
それに同意するように、箒もまた焦れた声を挙げる。
「――――埒が明かん!!」
そして二人の怒声が、皮肉なことに見事な一致を見せた。
「「ビーチバレーで決着をつけるっ!!」」
――――その後、鈴・セシリア・一夏・たまたま近くにいた本音のチームと。箒・ラウラ・シャルロット・簪のチームによる、四対四の変則ビーチバレーが行われた。
勝負の結果は割愛するが、試合が終わった後には鈴と箒は仲直りし、結果的には楽しく過ごしたそうだ。
臨海学校の思い出としては、それなりにいい物になったということだろう。
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皆が青春を謳歌しているころ、志保だけは人気が少ない岩場のほうで一人佇んでいた。
勿論ただ突っ立っているわけではない、呼び出されたからここに来たのだ。
しかしながらその方法が出鱈目に過ぎた。四キロほど離れた彼方から、唇の動きで連絡を付けてきたのだ。
そんなこと、志保の素性を知っているものでしか成し得ない。
この世界で志保の魔術を見た者は一夏とあの時の女<オータム>だが、どちらも志保がそれほどの視認距離を持っていることまでは知らない。
つまりは、この世界で唯一衛宮士郎のことを知っている人物、篠ノ之束しかいないことになる。
「やっぱり、……あの女がアトラス院にいたあの子か」
初対面の時は不愛想な子だったのに、この前会った時はアレである。そのあまりの変わりように頭を抱えたい衝動にかられそうになる。
何せ環境が環境である、まかり間違っても普通に育つのはありえないだろう。
なるべくしてなった、そうとしか言えなかった。
「やっほ~、久しぶりだね、士郎さん」
能天気、そう形容するしかない声が背後から聞こえた。
「――――久しぶりだな、束ちゃん」
それは、束を束としてしっかりと思いだしたことの証。在りし日の思い出と同じ響きを持つ言葉に、束の顔も自然とほころんだ。
ウサギの耳を模したカチューシャに、可愛らしいフリルのついたスカートの恰好も相まって、その姿はまるで不思議の国のアリスのようだった。
「ようやく思い出してくれたんだね、私のこと、……みんなが士郎さんのこと鈍感だって言ってたのよ~く理解したよ」
「ああ、すまないな、……女性を怒らせないようにするのは、昔から苦手でね」
そのまま二人は並んで海を眺め、潮騒の音を静かに聞いていた。
心地よい沈黙が、数分の間二人を包む。
口火を切ったのは、束であった。しかしながら常とは違う、物静かな声で言の葉を紡ぐ。
「何から話せばいいか、わかんないね」
「何せ十数年ぶりだ、お互い積み重ねてきたことも膨大なものになっているしな」
「そうだね、このまま思い出語りも悪くはないけど………」
どうやら、ただ語り合うためだけに呼び出したわけでもないらしい。束の纏う雰囲気でそう察した志保は、束にここに呼び出したことの真意を問うた。
「他に何かあって、私を呼んだみたいだな」
志保の問いに、束も決意を固めたのか真剣な表情で口を開いた。
「実はね、私の味方になってほしいんだ」
味方になってほしい。それはつまり、何らかの形で敵がいること。
「何と戦うつもりなんだ?」
その志保の問いに、束は応えを口にすることなく、さらなる質問で返した。
「――――そもそも“IS”って何だと思う?」
ほかならぬISの生みの親からの、言葉にすれば単純な、しかし、ISという全貌を解明していない機構が存在する物に対しては、至極難解な問い。
「それは科学者の専門だろう、私みたいな門外漢に聞くべきではないと思うが?」
「ううん、それは違うよ、むしろ士郎さんのほうが専門家だよ」
「――――何っ!?」
あまりに予想外な束の答えに驚く志保。そんな志保をよそに、束は懐から一個のクリスタルを取り出した。
その形状は志保も教科書で見た記憶がある。間違いなくそれは”ISコア”だった。
「ねえ、これから何か感じない?」
差し出されるISコアと同時、束がそう問いかける。
確かに、感じ取れるものがあった。ほかならぬ“衛宮志保”が感じ取れてしまうものがあった。
そして志保は、ISが世に出て十年近く、ISコアがブラックボックス扱いである理由を知った。
確かに“そう”ならば、科学者が門外漢であることも、自分こそが専門家であることにも納得がいく。
「――――まさか、ISコアの動力源は“魔力”なのか!?」
かすれた声で呟く志保。ああ、確かにそうならば、ISコアを解明するためにはまず魔力を認識することから始めないといけない。
同時に志保は差し出されたISコアを“解析”し、細部は不明瞭ながらもISコアがどういうものなのか認識した。
「大気中の魔力を吸収・貯蔵し、自己進化機能を備えた生体金属部品で構成された、魔力を通常の電力に変換する機構、それがISコアの正体か!!」
「その通り、私がアトラスで得た錬金術と科学知識で生み出した、魔術と科学の結晶こそがISコアの正体」
「そうか、――――それで束が戦う相手とは何だ?」
束の問いに対する答えは得た。しかし、束の戦う敵の正体は一向に見えてこない。
だが、それでも束は回答を答えず、さらなる問いを口にした。
「そしてもう一つ、なんでゼル爺が私に目をかけたと思う? たぶんだけどね、ゼル爺に出会わなくても私は”ISを開発していた”」
「束はそれほどの天才だったのだろう、そこに目をかけた…………ということではなさそうだな、その口ぶりからすると」
確かに、あの宝石の翁はただ天才であるということだけで、わざわざ干渉することはないだろう。
やがて世界を救い、“座”へと招かれたかもしれない”衛宮士郎”
地球最強の生命体である真祖の姫君の運命を変えた、”殺人貴”
世界の流れに何らかの影響を与えるほどの逸脱した存在でなければ、宝石の翁は目を掛けることも無い。
ならば、篠ノ之束もその条件に合致する存在であるはずだ。確かに篠ノ之束は今現在も、大きな影響力を持っている。
「そして、なぜゼル爺は私を”アトラス院”に預けたのか」
その時、志保の脳裏に一つのひらめきが走った。しかし、それは当たってほしくない推論であり、同時に、決して看過できないものであった。
「ま、まさか、“IS”は人の世に滅びを与えかねない存在なのか!?」
――――アトラス院の真の目的は、人の滅びの運命の根絶。
そのためにアトラス院の錬金術師たちは未来を演算し、襲いくる滅びに対抗するための兵器を開発してきた。
そうして作りだされた数多の兵器は、また別の滅びの原因ともなる代物であり、しかしながら滅びに抗するものでもあり、決して廃棄されることなく死蔵されているのである。
故に、プラハの錬金術師はアトラス院のことをこう評した。――――アトラスの封を解くな、星が七度焼かれるぞ、と。
「事態が引き返せない時まで言った後、ゼル爺と一緒にあの世界に行って、シオンにISコアを見せたんだよ、――――そしたらすっごく驚いてね、そのあと見せられた、穴倉の奥底に封じられたISコアを、ね」
そこから束の説明が始まった。
もともとISは宇宙開発用として、日本の大手企業がスポンサーとなって開発していたものだった。(最初は共同研究であったが、束に付いていける人材が折らず、ほとんど束の個人的な研究に変わっていったそうだ)
その後、各国の諜報部がISの軍事的価値に目を付け、合法・非合法を問わず、様々な干渉を仕掛けてきた。
ISを軍事的利用、そこから発生するISによる人死にを出すのを嫌った束は、スポンサーの上層部及び、日本政府と画策しあの“白騎士事件”を起こした。
その後、世界各国の反戦論者・軍縮論者・平和活動家を焚きつけ、目論見どおりに現在のスポーツ競技の形に持っていった。
「――――そこまでは、何の問題も無かったんだけどね」
それで終わっていたのなら、ISコアの生産も停止させず、篠ノ之束は表舞台に立ち続けていただろう。
「けどね、ある時、――――いきなりISに男性が乗れなくなった」
開発者である束自身が調査しても、全く手掛かりはつかめず。それと前後してISコア・ネットワーク内に、束の干渉すら受け付けない領域が見つかった。
事態を重くみた束はコアの生産を停止、誰にも事実を告げることなく身を隠し、独自に調査に乗り出した。
「スポンサーの人達や日本政府に協力を頼むことも考えたんだけどね、もしかしたらそれが滅びの引き金になるかもしれないと思ったら、そんな手段取れなかった」
――――おかげで、箒ちゃんには迷惑かけてる。そう力なく笑う束に対し、志保はただ何も言わずにいた。
確かに競技化されたとはいえ、世界のパワーバランスを決定付けている代物だ。
そこに、IS全てに大きな影響を与えかねない存在をばらすことは、あまりよくない結果をもたらしかねない。
「そこまで行って、ようやくゼル爺がアトラス院に私を預けた理由に気付いたよ、自身の作ったものがいかに危険なものなのかわからせるため、そして、自分の作ったものに責任を持たせたかったんだ」
全てに気付いた後、束は宝石の翁に、自分がゼル爺と出会わなかった並行世界を垣間見させてもらったらしい。
「そこの私はものすごく醜悪だった、自身の作ったものは理解しても影響は理解せずに、ただ無邪気に笑ってた」
ある意味超特大の黒歴史だった。束はそう言いながら苦笑いしていた。
確かに、自分が世界を滅ぼしかねない未来など、見るに耐える代物ではないだろう。
「そんな未来にはしたくなくて、この数年間頑張ってきたけど、何の手掛かりも見つからなかった」
改めて束は志保に向き直ると、まっすぐに志保の瞳を見つめた。
「けど、いっくんがISに乗れることが分かって、同時に士郎さんがIS学園にやってきた、
――――これから何が起こるかは分からない、けど、絶対に何かが起こる、その時は力を貸してほしいんだ」
そんな束の真摯な願い、しかし、志保はそんな束に対し盛大に溜息をついた。
「全く、――――言うべき相手が違うだろう」
「えっ、それってどういう!?」
志保の言葉を全く理解できない束に対し、志保は視線をずらし束の背後を指し示す。
そこにいたのは黒髪の美女、表情を怒りに染めたその女性は、間違いなく織斑千冬だった。
「ち、ちーちゃん!? いつから聞いていたの?」
「衛宮の姿が見えないのでな、探し出してみたらお前と親しげに話し始めたのから物陰から聞いていた」
「酷いっ、ちーチャン酷いよっ、盗み聞きするなんて!!」
顔を真っ赤にしてあたふたし始める束、千冬はそんな束の腕を掴むと力を込めて引き寄せた。
吐息が触れ合うほど間近に近づく二人、束は未だ困惑の表情、千冬はそんな彼女に対し静かに語りかけた。
「おまえと衛宮の会話にはわけのわからんことばかりで、すべて理解したというつもりはない、………だけどな、お前が窮地に立っていることはわかった」
千冬はそこまで言うと、息を大きく吸い込み力の限り叫んだ。
「なら何故っ!! 私を頼らない、――――私はお前の親友だろうがっ!! 違うかっ!!」
「…………ちーちゃん」
千冬の叫びに、束はしばし目を白黒させると、目尻に涙を湛えながら、一言だけ口にした。
「ありがと、ちーちゃん」
そんな二人に口出しするなどという無粋なことはせずに、志保はただ二人の姿を見つめていた。
<あとがき>
この作品の束はゼル爺に出会ったからこそこうなりました、出会わなければ原作の束になってしまいます。
非常識な体験と出合いをして、ある程度常識を得たという………・、これってかなり束アンチにならないか?
それはともかく、今回の話の独自設定は、ぶっちゃけて言えばラスボス確保のためです。
後はまあ、原作のこれからの展開を見つつ、ラスボスの明確な設定を決定づけるだけですな。
…………だって原作どう考えても、ラスボスは束さんにしかならないだろ。