<第二十七話>
朝日が差し込み、爽やかな目覚めで一日が始まった。
さて、目覚めたのならばさっさと起きてベッドから離れねばな……。
「――――ん? 何だ、この感触は?」
しかし、私の掌が、何かすべすべとした柔らかい物の感触を伝えてくる。
上質のシルクのような引っ掛かりの一切がない肌触りに、適度な張りを持った柔らかさ。
これは癖になるな、といまだ完全に覚醒しているとは言えない頭で、そんな阿呆なことを考える。
ちょっとばかり調子に乗って、数分ぐらいその“ナニカ”を揉みし抱き続けた。
「――――んッ、……あっ」
その時、布団の中からどことなく官能的な響きを持った声が聞こえる。布越しでくぐもってはいるがその声は間違いなく、私の、その……妹分たるラウラの物。
いやな予感が頭によぎり、私は勢いよく布団を跳ね上げた。
「んむぅ、……おはようございます、お姉さま」
予想通り、布団の中に潜り込んでいたのはラウラだった。
私がしこたま味わった感触は……、この馬鹿妹が全裸でベッドに入り込んでいたせいだ。
つまりはラウラの胸を揉んでいたということ、――――というかっ!!
「全裸で寝るなと言っているだろうっ!! 女性としての慎みを持たんかあっ!!」
「あうっ!?」
これまでも何回も口を酸っぱくして言っているというのに、この馬鹿は一向に直そうとしない。
私の拳骨を喰らって頭を抱えて悶えるラウラに、私は服を着させようと思ったが……。
「おい、………お前は私服を持っていないのか?」
「ふぇ? 制服は予備も合わせて複数持っていますが?」
その答えは予想通りでありながら一番聞きたくない答えだった。確かにラウラの言う通り、ラウラの衣類が収められている収納スペースには制服”のみ”しかない。
つまり、私服の一切を所持していないということで……、改めて私はラウラがいかに狭い世界だけで生きてきたかを再認識した。
そもそもの生まれから軍の為だけに生み出され、軍の為だけに生きてきたラウラは、ようやく人並みの生活を始めた幼き少女なのだろう。
例え私と同い年でも、世界の広さを全く知らないのだ。
だから服の一つも買おうとしないし、趣味の一つも持たない。
(いかんにきまっているよなあ……)
今度ラウラを誘ってショッピングにでも行ってみるか、と思いながら朝の鍛錬の為に剣道着に着替える。
寝巻を脱いで袴に足を通す横では、ラウラもタンクトップと短パンに着替え準備を済ませていた。
とりあえずは鍛錬を終わらせてから考えよう、そう思いながら私とラウラは部屋を出た。
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鍛錬が終わればシャワーを浴びて、私とラウラの弁当を作る。
ここ最近はもうこの流れが定着してしまい、次は何を作るか楽しめる余裕もできた。
黄金色に焼きあがった卵焼きを更に映しながら、楽しめる余裕もできれば自然と上達もするのだな、と考える。
(………今度は、一夏にも作ってやるかな)
うむ、いいかもしれない。おいしいって言ってくれるといいな……。
そんな妄想に近い思考をしているな中で、私の腕は勝手に動き菜箸を投擲する。
空を疾駆する菜箸は、狙い過たず机の上に乗せていた唐揚を狙おうとした不届き者に命中した。
「痛っ!?」
「つまみ食いは厳禁だ、ラウラ」
「どうして見てもいないし音も立ててない私に気付くんですか!?」
「おまえの欲望が透けて見えた」
こういう些細なことに、自身の勘の冴えに磨きがかかっていることを実感する。
日常の中でも発揮されるということは、すなわちそれだけしっかりと身に付いているということ。
ラウラ自身の隠行もなかなかのものだがな……、そこまでして欲しがられるというのはまあ、悪い気はしないが。
そんなことを思いながら、切り分けていた卵焼きを一切れつまみ、お馬鹿な妹分の口先に持っていく。
「ほら、口を開けろ」
「はい? ――――はふはふ、むぐっ」
「おいしいか?」
「はいっ、とってもおいしいですお姉さま!!」
出来たてアツアツの卵焼きをほおばりながら、笑顔でそう言ってくれるラウラの笑顔は、かなり可愛いと、そう思った。
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――――強い日差しが照りつける週末の日曜。志保とシャルロットと簪は、来週から始まる臨海学校できていく水着を選ぶため、そろって街に繰り出していた。
志保と簪はこの前のデートと同じ服装、シャルロットの服装は半袖のホワイトブラウス、その舌にはライトグレーのティア―ドスカートと同じ色のタンクトップであり、シャルロットの健康的な美貌とよくマッチしていた。
「そう言えば、前は学生服姿だったから私服はこれが初めてか、――――よく似合っているぞ、シャルロット」
最早、前世の血に塗れ命の灯火を幾度となく消しかけた経験で、条件反射でシャルロットの服装を褒める志保。
「褒めてくれてありがと、志保」
たとえそれが友情からくる褒め言葉だったとしても、乙女としてはうれしさを感じずにはいられない”似合っている”という響きに、花咲くような笑顔になるシャルロット。
「むぅ……」
簪としては志保をその気にさせてから決着をつけるという、乙女の協定があったとしても、思い人が友達を褒め称えればいい気はしない。その感情がリスのように頬を膨らませる。
「勿論、今日も可愛いぞ、簪」
「じゃあ、許してあげる」
だがそんなものは、志保の褒め言葉で即座にしぼんでしまうものだ。
そんなわけで三人は、笑顔でほぼデートと呼べる買い物に出かけるのだった。
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水着ショップというのは、色とりどりの華やかに水着が当然、所狭しと並べられ、普通の年頃の乙女ならば、どの水着がいいか悩みながらも心躍らせるのが常だ。
簪とシャルロットも勿論、どの水着がいいか数多の水着をとっかえひっかえしている。
「こ、これなんてどうかな……?」
「ちょ、ちょっと、大胆すぎるかも」
時には布地の面積が狭い、色気を全面に押し出した水着を手に取り、自分たちがそれを着た姿を脳内に描き、赤面したりもしている。
しかし、そんな普遍的な水着ショップの楽しみを、堪能できない女性も中にはいる。
「――――はあっ」
溜息をつきながら、志保は水着を眺めていた。
現在志保の心中を一言で表すのならば、“面倒臭い”だった。女性としての体を受け入れても、やはり、男性に近い嗜好が残る志保にとっては、水着選びなど出来るのならば拒否したいイベントだ。
私服は可愛らしさを重視ものではなく、どちらかといえば男性的なイメージの物にまとめているし、制服は仕方がないと割り切っている。
しかしながら、水着は当然女性的なものを選ぶほかなく、毎年この時期になると志保は多大なストレスをこらえながら水着を選んでいるのだ。
ちなみに、これは完全に余談だが、衛宮志保としての人生の中で一番着るに堪えなかったのは、幼稚園の頃、母親が買ってきたクマさん柄のパンツである。
当然そんな物断固として辞退しようとした志保だが、母親の早く着てほしいという視線に耐えきれず、自己暗示をかけて無地のパンツだと自分を洗脳してまで穿いた、超弩級にきつい記憶がある。
それからというもの、男性的な嗜好に触れるものに関しては、無意識の内に自己暗示をかけてしまう悲しい習性があったりする。
最近はそのあたりも落ち着いてはきたようだが、それでも諸手を挙げて喜べるようなイベントではないのは確かだった。
どうせなら少しでも大人しめなものを、と店内を物色していた志保は、ここ最近見慣れた組み合わせである銀髪と黒髪の二人組を見かけた。
「あれは……、箒とラウラか?」
志保の視線の先には、箒がいくつかの水着をラウラにあてがっていた。
おそらくは箒がラウラの水着を見つくろっているのだろうか、と見当をつけた志保は二人に話しかけた。
「志保か、どうしたんだ」
「ふむ、妹分の面倒をしっかり見ている箒に労いの言葉でも、と思ってな」
しかし、視線を向けることなく志保の接近に気付いた箒が先に言葉をかけた。
そのぐらいの芸当ならば、志保も難なく行えるために驚くことも無く、平然とした応えを返す。
志保の接近に気付くことはなかったラウラは、二人のやり取りを茫然と見つめていた。
「そういうお前はどうしたんだ?」
「いや何、姫君二人の付添さ」
「ああ、シャルロットと簪か、二人も来ているのか?」
そんなやり取りをしていれば、それほど広くも無い店内なので簪とシャルロットも二人の存在に気付き、二人のところに駆け寄ってきた。
「箒とラウラも来てたんだ、仲いいね相変わらず」
「本当の姉妹みたいだね」
「フフフ、私とお姉さまの絆は、本当の姉妹に勝るとも劣らんのだ」
簪とシャルロットの言葉に、薄い胸を張って勝ち誇るかのようにラウラは二人の言葉を肯定していた。
箒のほうは、少し顔を赤くして視線を逸らしていたが……。
「それで? 今日はラウラの水着を選んでいたのか?」
「ああ、この馬鹿、臨海学校によりにもよって、学園指定のスクール水着を着ていくとぬかしてな、………はあっ」
自身で説明しながら溜息をつく箒。ラウラ以外の面子はその箒の言葉に顔色を悪くし、ラウラだけが状況を今一理解していなかった。
「――――それは」
「――――ちょっと」
「――――色物に過ぎるだろう」
三人が思い浮かべたのは、生徒のそれぞれが色とりどりの水着を着ている中で、ラウラ一人だけがスクール水着を着ている姿。
しかもIS学園指定のスクール水着はよりマニアックな旧型である。誰がどう考えても罰ゲーム以外の何物でもなかった。
「そんなの、駄目にきまっているじゃない!!」
「そ、そうか……」
シャルロットの剣幕に押されるラウラ。簪もラウラの手をとり、懇願に近い反応をした。
「駄目だよ? そんなことをしたら箒さんも恥ずかしい思いをしちゃうから」
その言葉は何よりもラウラの心胆を揺るがしたようで、あっという間に顔色を変えて聞き返していた。
「そ、そうか!? しかし、どんな水着がいいのかまったくわからんのだが……?:
「じゃあ、私たちに――――」
「お任せあれ、ってね!!」
あっという間に話が決まり、引きずられるようにラウラは二人に連れて行かれた。
その突然というのも生ぬるい話の転換に、志保と箒はただただ茫然としていた。
「いいのか、妹がかどわかされたぞ?」
「他人の水着を見繕うほどセンスがあるわけでもなし、ちょうどいいさ」
二人の視線の先には、まるで着せ替え人形の様に簪とシャルロットから水着を進められるラウラの姿があった。
その表情は困惑であったが、何処となくラウラ自身も楽しんでいるように見えたのだった。
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――――志保がそうして日常を謳歌しているころ、アメリカ軍のとある基地でひとつの事件が起こっていた。
軍内部でも高い機密レベルで守られ、ごく一部の者しかその存在を知らない基地は、そのまま世に知られることなく滅びの憂き目を迎えていた。
「やれやれ、こんなところか」
それを成したのは気だるげに呟く一人の女。情報統制のため、基地の防備をIS部隊にのみ依存していたとはいえ、――――いや、だからこそこの基地は難攻不落であり、最先端のIS技術研究も盛んに行われていた。
だがその盲信にも近いアメリカ軍の自信は、その女に砂上の楼閣のごとく崩された。
何せ、その女がIS部隊の打倒に使ったのは、おそらくはIS用の物と思われるブレード一本のみ、ISそのものどころか火器の一つも出してはいない。
女のとった手段は至ってシンプル、自身の所持するISをステルスモードにし、生身で基地に侵入、狭い基地内での近接戦闘に持ち込み、計三機のISを一機ずつ討ち取っていった。
「この程度できなきゃなあ、――――アイツには、あの“正義の味方”に届かねえ」
しかしながら、そんな人後に絶する偉業を成してもなお、女の胸中にあるのは身を焦がす恐怖と憎悪。それと自身の情けなさの再確認だった。
確かにISは強力だ。しかし“最強”ではない。
世の中の、かつての自身を含むIS操縦者はそこを取り違えている。その取り違えが奢りを生み、隙を生む。
そこに思い至れば、IS乗りのなんと隙の多いことか、ただスペックに任せた獣の如き動き、かつては自分もそんな醜態をさらしていたかと思うと、敗北も当然のことだと思い知った。
これでやっとスタートラインなのだ。ようやく相見えるに足る。ようやく数年越しの憎悪と恐怖と、そして、歓喜を乗せて我が刃を叩き込める。
我がIS、<アラクネ>が自身の執念を取り込み練り上げた必殺の刃、それをあの正義の味方に叩きこむ準備が整った。
何せ、ダンスの招待状は、ほかならぬあの正義の味方が、”衛宮志保”が出してくれた。――――最早、それは運命をすら感じさせる。
「グッ、うう、……貴様、何をしたッ」
その時、女が打倒したISのパイロットの一人が、怒りと困惑に染まった表情で問いただした。
「ああ、そりゃあ、わけわからねえよなあ、そういうふうに成長したからなあ」
そもそもが、ISを生身で打倒するならば、個人で扱えるISに対し有効打を与えられる何かが必要になる。
衛宮志保の場合は、前世から引き継いだ唯一無二の魔術。
――――ならば、この女は?
その手に持つはブレードのみ、しかし、それはしっかりと致命の一撃を与えていた。
シールドエネルギーを減らすことも無く、ましてや絶対防御を発動させることも無く、――――必殺の一撃を与えていた。
「――――ああ、早く、会いたいぜぇ、志保」
嵐の時は、すぐそこにまで来ていた。
<あとがき>
さて、次からようやく臨海学校編、そこでようやく話が大きく進みます。あまり原作から外れずに進んだ話にやきもきされた方、どうか楽しみにお待ちください。
後、オータムのIS,<アラクネ>の単一仕様能力のヒントを出しましたが、どれほどの人が正解に思い至るでしょうか……。