<第二十六話>
若葉の匂いが漂い、木々の隙間から朝焼けの光が差し込む中、二人の少女がそれぞれの武器を手に持ち対峙する。
木刀を正眼に構え微動だにしない箒と、両手に模擬戦用のナイフを逆手に構えながら、撃ちこむ隙を窺うラウラ。
緩やかな風の音だけが二人の周囲を包み、戦いをこれから演じるとは到底思えない静寂の世界が、そこにはあった。
しかして、二人の様相は対照的だった。
箒はまさしく大樹のごとく、からだの正中線が一部のずれなく天地を貫き、不動の構えを見せる。
素人目にはただ立っているだけの構えだが、実はその逆、正中線にぶれがなく、真に真っ直ぐに立つ構えは如何なる状況にも対応する、難攻不落の城塞の如き構えである。
生半可な攻め手では、無残な返り討ちにあうであろう。
ラウラのほうもそれがわかっているからこそ、迂闊に攻め入れずにいる。
もとより間合いの差で圧倒的な隔絶がある。故に、箒が待ちに徹しているのならば、ラウラのほうが攻めなければいけない。
しかし、木刀という棒きれ一本で鉄壁の幻影を対峙するものに与える箒に対し、有効な攻め手が見つからぬラウラには焦燥ばかりが募っていく。
無論、砂かけ、ナイフの投擲と言った奇策で箒に隙を与えることを考えなかったわけではないが、前述したとおり生半可な攻め手では自身の隙をさらすだけ、今し方あげたような奇策などその最たるといえる。
(お姉さまが早朝に鍛錬をしていると聞いて、同行を願ったはいいものの、………まさかこれほどとは)
もしこれがラウラの転入初日に行われていたのなら、ラウラの圧勝で終わっていたはずだ。
しかし、愚にもつかぬ迷いを捨て去り、真に剣に対し全力で向き合い始めた箒は、正しく一皮むけたのだ。
剣は己の心を映す鏡、剣の道を志す者は必ずと言っていいほど耳にする言葉である。
揺らがぬ切っ先は、まさしく迷いなき箒の心映す鏡であった。
無論、箒とていまだ剣の道を究めているとは到底言えず、例えば彼女の祖父や織斑千冬であったのならば、毛先一つにも満たぬ隙を見出し、痛打を加えるであろう。
だが、技量にあまり差がない者同士だと、この差が痛烈に出るものだ。
つまりこの戦いは精神力の勝負、先に心中に隙を作ったものが敗北を喫する。
「――――――――フゥ」
ラウラの唇から、僅かに荒くなった呼気が漏れる。
同時、いや、秒を切り刻み刹那の果て、箒の挙動が先んじた。ラウラの心に出来た僅かな隙を、呼気に現れるより速く察知したのだ。
意識の隙間に起こった挙動を突かれた故に、ラウラが次に箒の姿を確認できたのは、神速の踏み込みにて自身の体を、箒の刃圏に納められた時だった。
己が持つナイフの間合いには程遠く、何より完全に虚を突かれたために体勢を整えることすらままならない。
ラウラに出来たのは、引き伸ばされた時間の中で、ただ振るわれた木刀の切っ先を注視することだけだった。
「―――――――シッ!!」
箒の木刀が横薙ぎに振るわれ、ラウラの両の手に握りしめていたナイフを弾き飛ばす。
堅く握りしめられていた筈のナイフはあっさりと手の中から消え失せ、返す刃が首筋に添えられる。
「――――続けるか?」
「はあっ……はあっ……私の、負けです、お姉さま」
空に舞うナイフが重力に引かれ地面に突き刺さる音と同時、ラウラが敗北を宣言する。
あのタッグマッチから数日たち、幾度かこうして手合せしているものの、ラウラは未だ一太刀も浴びせられずにいた。
勿論ISでの戦いとものなると銃火器の扱いや空戦機動の技量の面で、ラウラがかなりの確率で勝ちを拾えるのだが、こうして生身での戦いでは手も足も出ないありさまだ。
時間にしてみれば十分程度の戦いではあったが、精神力の消耗はとてつもないものであり、ラウラの極限まで荒げた呼吸と、滴り落ちる汗の量がラウラの削り取られた精神の量を物語っていた。
「む? そろそろ頃合だな、これ以上やれば遅刻してしまうぞ」
タオルで滲んだ汗をぬぐいながら、自分の携帯に表示されている時間に愕然とする箒。
「確かに……、お姉さまと手合せすると時間の感覚が狂って困ります」
ラウラも箒の言葉に同意するが、その中に含まれている単語に苦々しい表情を浮かべる。
「お姉さま、と呼ぶのは勘弁してもらえないか?」
この数日、幾度となく繰り返した嘆願。だが、結果は決まって同じところに帰結した。
「だめ…………ですか?」
まるで雨に打ち据えられ震える、子猫のような儚さを感じさせるラウラの表情。
目尻にはわずかながら涙がにじみ、一層小動物然とした雰囲気を醸し出す。
「うっ………、まあ、好きにしろ」
結局のところ、箒はその眼差しには全く持って抗えないのだ。
そっぽを向きそう応える箒に、ラウラは綻ぶような笑顔を見せる。
「ありがとう、お姉さまっ!!」
なかなかどうして、この姉妹はうまくいっているようである。
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仕度を終えて、同じ部屋から出て教室に向かう箒とラウラ。
実はというと、ラウラと箒は同室なのである。箒は最初一夏と同室だったが、シャルルの転入のせいで別室に写り、そのシャルルが女だとばらした結果、またもや寮の部屋の再編が行われたのだ。
もともとラウラを気にかけていた千冬が、ラウラが箒を慕っていることを知って気を利かせたせいもあり、現在ラウラと箒は同室で過ごしている。
故に箒はいきなりできた妹分に、四六時中一緒にいる形となってしまったが――――
「ほら、ラウラ、寝癖が取れていないぞ」
ラウラの銀髪に残る寝癖を見つけ、折り畳み式の櫛を取り出し丁寧に梳いていく箒。
ラウラのほうはじっとしてされるがままになり、しかし、箒が手ずからしてくれる行為が嬉しいのか口元には笑みが浮かぶ。
そうして朝は、ラウラの身だしなみを整え――――
昼休みになると、手ずから作った弁当をラウラと一緒に食べて――――
「慌てて食べるから、口元に食べ残しがつくんだぞ」
「あ、ありがとうございます、お姉さま」
ラウラの口元に付いた食べ残しを、ポケットティッシュで拭いてあげたりと、かなりしっかりと面倒を見ていた。
「ククッ、なかなかどうして――――」
「ああ、箒もお姉さんっぷりが板に付いているじゃないか」
その行為は同席している皆が見ており、志保と一夏がそう漏らすのもいたしかたないだろう。
「なっ!? か、からかうな二人とも!!」
「うむ、何せ私の自慢のお姉さまだからな」
頬を赤くさせうろたえる箒と、どこか的外れな答えを自慢げに返すラウラ。
面と向かって指摘されて恥ずかしさのあまり、箒はなんとか言い訳するが、皆はそれに対し生温かい視線を向けるだけだ。
「わ、私がラウラを気にかけるのは同室のよしみというやつだっ、かっ、勘違いするなよ、みんな!!」
そんなとってつけたような言い訳を殆どの者が信じるはずもなく、心中で同じ言葉を考える。
((((((………素直じゃないなあ))))))
そして、そんなとってつけたような言い訳を真に受けたただ一人の人物、ラウラはというと、肩を落とし目に見えて分かるほどに落ち込んでいた。
そんなラウラを見て、箒はしばしの躊躇いの後、結局こういうのだった。
「ま、まあ、お前が私のことをどう言おうが気にしないから、好きなように呼ぶがいい、――――お、お姉さまでも、別にかまわん」
明らかに照れ隠し以外の何物でもない箒の言葉、流石にラウラもその意味を履き違えるようなことはなく、溢れんばかりの笑顔を見せる。
「はいっ、お姉さま!!」
((((((…………何というツンデレ))))))
そんな箒の様子を見て、またもや皆の心は一つになるが、同時に違うことも考えている者もいたりする。
(しかし、ラウラのおかげで最近の箒は……)
(……一夏さんへの攻勢がゆるんでいますわね)
思わぬ出来事で恋敵が脱落しかけていることに、内心歓喜する鈴とセシリア。
別に妨害しているわけでもないし、ラウラという妹ができたことに箒も喜んでいるから万事問題なしという結論に達していた。
ラウラはただ、そんな二人が自分に向けてくる笑みに、首をかしげることしかできなかった。
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――――その日の放課後。
「やはり、無理ですか」
「ええ、こればかりは私たちではどうにもできないわね」
否定の意見を聞き、肩を落とし落ち込むのはラウラだ。
たまたま居合わせてそんな彼女を見かけた、志保、簪、シャルロットはそんな彼女を気にかけて声をかけた。
「どうしたんだ、ラウラ」
「む? ああ、お前たちか、実はな――――」
ラウラが語ったのは、先のタッグマッチで唯一の被害ともいえるあるものについてだった。
「――――成程、<鎧割>を直せないか、ということか」
「でもそれって、倉持技研に依頼するのが筋じゃないかな?」
「なんでうちの整備部に頼んだの?」
それに対し、簪とシャルロットが当然の疑問を口にする。確かにちゃんと製造元で直してもらったほうがいい物が仕上がるだろう。しかし――――
「確かに最初は倉持技研に頼んだ、幸い私はドイツ軍で少佐階級に付いているから貯蓄はそれなりにたまっているしどうにかなると思ったんだが、――――”金型”がないんだそうだ」
<鎧割>の刀身は専用の金型を用意し、プレスによる鍛造で作ったらしいのだが、なにぶんかなり前にお蔵入りした武器の金型をいつまでも保管しているはずもなく、また、金型というものは基本的にとてつもなく高価なものであり、倉持技研も難色を示したそうだ。
「流石に高級車に匹敵する金型を、複数用意できるわけも無くてな……」
「ふ~ん、それで学園の整備部にだめもとで頼んだわけ?」
「ああ、結果は見ての通りだったが」
落胆するラウラ。しかし、ラウラにはまだ頼るべき手段があった。
「そうだ……衛宮、お前ならどうにかできないか?」
「……一応聞くが、なんで私なんだ」
「うむ、一夏のやつにも相談したんだが、あいつが言うには――――」
「あいつが言うには?」
「基本的に志保って出鱈目且つ常識外れだから、俺たちが思いもよらないことやれるかも知んないぜ、と」
「ちょっと用事を思い出した、一夏のところにいってくる」
ラウラの口を通じて志保の耳に入った一夏(阿呆)の発言は、志保を怒りの大魔神に変えるに十分であり、押し殺した怒りをにじませ阿呆への制裁に向かわんとする。
「お、落ち着いて志保!?」
「ハハハ、何を言っている、私は落ち着いているぞ?」
「そんな怒りの笑顔を見せても説得力ないよ!!」
そんな志保を、簪とシャルロットがどうにか宥めにかかり、何とか思いとどまらせた。
余談だが同時刻、一夏が盛大なくしゃみをして背筋が凍るほどの悪寒に襲われたらしい。
「やはり……駄目か?」
「いや、駄目……というわけではないが」
無論、志保はその魔術属性を”剣”とする異端の魔術使い、事刀剣に限って言えば修める知識・技法は比類するものがない。
しかし、だからと言ってそれらを活用したら、言い訳するのにも一苦労である。志保としては拒否したいところではあるが――――
「私とISの訓練する時にな、ときどきお姉さまが寂しげに手元を見つめているんだ、……問いただしてみても、
『お前を助けるために私と<鎧割>は出会ったんだと思う、――――形ある物はいつか壊れる、<鎧割>は天命を果たしただけだ、気にする必要はないさ』
――――といってはぐらかすだけで、けど、やっぱりお姉さまに相応しい武器は<鎧割>だと思うんだ、<鎧割>とお姉さまが出会ったのが運命ならばそれはきっと、私を助けるためじゃなく、共にある相棒としてだと思ってる」
瞳に涙を湛えながら語るラウラの姿に、いいようのない罪悪感を覚える志保。
「――――判った。善処して見よう」
「ほ、本当かっ!!」
そして、基本的に甘いのだ、彼女は。
それは衛宮士郎の頃から変わらず、衛宮志保である今も同じである。少女の涙ながらの懇願を、我が身の都合で拒否できるほど自分本位の性格をしていない。
花咲くようなラウラの笑顔を見て、今更ながら自分の悪癖を実感するのだった。
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とりあえずはラウラを帰らせた私は、保管庫に行き<鎧割>の状況を確かめる。
<鎧割>の構成は大型の刀身の峰のあたり(日本刀でいえば棟金)の後ろに、ブースター機構を搭載した副刀身を束ね、一つの大太刀として仕上げたものだ。
結果、日本刀の刀身構成の比率からはかけ離れた、幅広の刀身が特徴である。
今回破損した個所は、主刀身であり、幸運なことに副刀身にはさしたる損傷は見られなかった。
流石にこうした機械部分の修復などお手上げであり、これならば私の有する技術で主刀身を打ち直せば修復は可能だろう。
さて、問題は、いかなる造りで刀身を打ち直すかだが……、倉持技研では、その巨大さゆえ通常の刀鍛冶の技法では打てなかったこともあり、プレス式の鍛造で刀身を形成していた。
私はこの点については、ISを使い対処しようと思っている。通常の技法の流用ができない一番の原因は、その巨大さゆえの体積・重量にあるとにらんでいる。
ISのパワーアシスト、及びPICによる重量軽減を使えばさしたる障害も無く、通常の刀と同じように打てるだろう。
さて、次は材料の選定だが――――
良質の玉鋼を得るために、たたら吹きで砂鉄から作ることも考えたが、そこで思うこともあった。
基本的に私が前世で打った刀剣のほとんどは、鍛造段階から魔術加工を施した、いわゆる魔剣がほとんどだ。
久しぶりに打つこの武器に、自身の全力を注ぎ込みたいが、なにぶん製造場所はIS学園だ。
そんなところでおいそれと魔術を使うわけにもいかず、ならば尋常な手段でもって打つしかないのだが。
そこで私は一つの手を思いついた、基本的にどんなものも年月を重ねるうちに概念が蓄積され、魔術的な代物へと変貌していく。
そこで、古い刀そのものを溶かし直し、それに宿る概念そのものを凝縮させ、通常の技法で魔術的要素を高めた刀身を作ることを考えついた。
ならば<鎧割>と同じく、リーチと威力を重視した大型の刀……大太刀・野太刀・斬馬刀を中心に集めたほうがいいな。
そう考えた私は、数日間休みをとって各地を回り、材料に相応し年月と概念が蓄積された刀を集め回った。
ちなみに材料費はラウラ持ちである。流石はドイツ軍の少佐なだけあって、すこぶる羽振りが良かった。
―――数日後、いい材料は見つかりホクホク顔で帰還した私は、早速整備部に掛け合って工作室の一角を借り切り、さらには<打鉄>も貸し出し許可をもらい作業準備を整えた。
見学を希望する生徒もいたが、作業に集中するためといって断り、後は全身全霊を込めて打つだけとなった。
まずは材料の刀数点を溶かす。
もともと打ち上げられた刀を溶かしたため、余分な炭素を除去するため水で急冷する作業である水減し(みずへし)を行わず、冷ました鋼を砕き、炭素の含有量で欠片を仕分け、硬い鋼と柔らかい鋼を作る。
続いては仕分けた鋼を適切な量集め、再度加熱してブロックを作る。
勿論<鎧割>という規格外の刀を作るため、通常よりもでかいブロックを作る。
それらをIS用の特性槌で叩き伸ばし、折り重ね、再度伸ばす、折り返し鍛錬を行い、含有炭素量が異なる心金(しんがね)、棟金(むねがね)、刃金(はのかね)、側金(がわがね)の4種類の鋼に作り分ける。
それらをさらに叩き、、幾度も叩き、大樹の年輪のように層を積み重ねる。
ここが刀の強度を決定付ける最も重要な部分であるため、一切手を抜くことなく力を込める。
そして、それらのブロックを加熱し叩き、刀となる鋼の棒を作るわけだが、やはり、<鎧割>という規格外の刀を作るため、非常識なほどにでかい代物を作なければいけなかった。
最早冷まして、それだけで武器になりそうな鉄塊を、ISという最先端の利器を駆使して打ち上げていく。
確かにこんな代物、生身の人間には打てないだろう。
そんな破城鎚と言って差し支えないような代物を叩き伸ばし、ようやく刀の形にしていき、小槌で慎重に形を整えていく。
形を整えたら表面の処理を行い、ある程度の凹凸を無くす。
そのあとは焼き入れ(加熱した後急速に冷やし、表面の硬度を増す加工)を行って、最終的な表面加工と、刃の砥ぎ、<鎧割>の副刀身に接続するための加工を行う。
材料をそろえ始めてから一週間。ようやく<鎧割>がその姿を取り戻した。
前のプレス鍛造の刀身とは違い、しっかりと刀身を研いだため、他の業物と同じように刃紋が浮き出て、見た目もまた、それなりに誇れる代物に仕上がっている。
やれやれ、特急仕事で仕上げたとはいえ、満足のいくものに仕上がってよかった。
後はラウラに連絡を淹れて、箒に引き渡すだけだな。
それはラウラに任せてひと眠りするとしようか、ここのところろくに寝ていないから、気を抜くとすぐに倒れそうだ。
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「――――行くぞっ」
「お、お姉さま!? レールカノンの弾速は通常の銃器とは比べ物にならないんですよッ!!」
余談だが、新生した<鎧割>を早速試した箒が、<シュヴァルツェア・レーゲン>が発射したレールカノンの弾頭ごと機体を切り裂き、第三世代機を一刀のもとに斬り伏せるという人間離れした所業を行い、ラウラを心底震え上がらせたそうだ。
<あとがき>
<鎧割>復活っ!!!! そして久しぶりに型月の要素を僅かながら出せた気がする。
感想の中で型月よりニトロ臭がするって言われてたからなあ、いっそのことここの箒に六塵散魂無縫剣を習得させて見るか?
まずい……、そんなことしたら福音が一瞬で落とされそうな気がするぜ。