<第二十一話>
今日は学年別タッグマッチの開催日、アリーナには多数の生徒、IS関連企業や各国の軍の関係者などの多数の人々が集まっていた。
ピットには試合に臨む準備をする生徒に溢れかえっており、それぞれのISと搬入されてくる各種武器および弾薬が所狭しと並べられ、混沌とした状況を形成していた。
「さて、そろそろ私たちの試合か、準備はいいかシャルル」
「うん、いいよ、………でもその前に頭撫でてほしいな、前に簪さんにやったみたいに」
「ん? いいぞ、それぐらい」
「えへへ、志保の手は気持ちいいね、これで力いっぱい頑張れるよ」
そう言って頭を撫でる志保。撫でられたシャルルはご満悦の様子で目を細め志保の手の感触に酔いしれていた。もしシャルルに犬の尻尾があったのならぶんぶんと音を立てて振られていただろう。志保も微笑ましいシャルルの様子に頬を緩め優しく微笑んでいる。
――お前らいちゃついてんじゃねえ!!――
その場にいたほかの生徒の心は一つにまとまっていた。だって、明らかに恋人同士のいちゃつきである。男女の役どころは完璧に逆だが……
「ああ、でもシャルル君の甘えた様子、サイ…ッコー」
「私も志保お姉さまに頭撫でてもらいたいなー」
「くっ…、私はどっちに変われと言えばいいのっ」
内在する欲望は人それぞれではある……、それでも作業の手が止まっていないあたりは流石というべきかもしれない。
まあ、そんないちゃつきでもやる気が出るならばいいのかもしれない……、アナウンスが流れ志保とシャルルはピットを抜けアリーナへと躍り出ていった。
=================
「さて次の試合どう見ますか、解説の織斑先生」
「……ふむ、十中八九衛宮・デュノアペアの勝利だろうな」
「それはどういった理由で? 確かにシャルル君の機体は専用機ですが第二世代機のカスタムタイプ、他の第三世代の専用機と比べればその性能は一歩劣ります、相方の衛宮さんは一般生徒で使用機体も<打鉄>、しかもお世辞にもISの操縦成績がいいとは言えませんね、これならば相手のチームにも勝利の目はあるのでは?」
一見すると解説役の生徒の言に正しさがあるようにも思える。しかし、それが全くの的外れであることは千冬は理解していた。
「――――ああ、確かに貴様の言う通りではあるのだろうな、だが、貴様が一つ見落としている点がある」
「見落としている点…ですか?」
千冬の言が何を指すのか何も分からず、疑問の色を浮かべる生徒。
「そもそも、戦いの技量という点で、圧倒的に衛宮が上だ」
「戦いの技量………ですか?」
しかし、千冬の答えお聞いてもなお、今一ピンとこない生徒は言葉を濁し、これから始まる戦いを注視していた。
それもそうだろう、このIS学園において戦いの技量=ISの操縦の巧さだ。何よりもまずISをいかに上手く扱えるか、それがこの学園で優秀な戦績を残すのに重要だと考えている物が大半だ。
なお解消されぬ疑問を抱えながらも、解説役の生徒は両チームの様子を確認し、試合開始のホイッスルは鳴らす。
ホイッスルが鳴ると同時に、弾かれたように距離をとる両チーム。
代表候補生であるシャルルの機動は勿論、淀みのない教科書のお手本のような機動だ。
対する相手チームの機動もそれなりに上手ではある。アリーナで一番ぎこちない機動をさらしているのは衛宮志保。
事前のデータによれば、この四人の中で一番IS適性が低いのが衛宮志保であり、この結果も当然であると、解説役の生徒は思っていた。
(これなら、まずは衛宮さんを集中して撃破、後は二対一に持ち込んでシャルル君に仕掛ければ、勝利の目は十分にあると思うけど)
その予想通り、相手チームは志保に狙いを付け、一気呵成に撃墜しようとする。
一機がスナイパーライフルを展開、もう一機がアサルトライフルを構えそのカバーに回る、堅実な戦術。
会場のほぼすべての人間が、衛宮志保の早期の撃墜を確信した。
――――響く銃声が、その予想を打ち砕く。
誰よりも早く銃弾を放ったのは、会場の予想を裏切り、しかし、彼女を知る者にとっては予想通りの人物、衛宮志保その人だった。
刹那、相手が持つスナイパーライフルが爆発、薬室内に装填されていた銃弾はもとより、マガジン内部の弾丸、そしてスナイパーライフルそのものが炸薬となり、シールドエネルギーを一気に零に持っていった。
「な、何が起こったんですかあぁっ!!?」
会場の人々の思いを代弁するように、解説役の生徒の絶叫が響き渡る。
それもそうだろう、志保が撃ったのはスナイパーライフル。貫通力で相手に打撃を与える武器であり、決して爆発するような武器ではない。
「あの馬鹿が、――――無茶にもほどがある」
そんな中、その不可思議な事象のからくりが分かっているのか、千冬だけがそのような言葉を漏らした。
「織斑先生、何が起こったんですかっ!?」
「言葉にすれば簡単だ、あの馬鹿はな、スナイパーライフルでスナイパーライフルの銃口を狙い撃ち、意図的に暴発させたんだ」
正しく針の穴を通すような神業的狙撃だな。呆れ混じりにそう漏らす千冬。
解説役の生徒はその言葉を理解できないのか、――――あるいはしたくないのか、暫くの間フリーズしていた。
「………………………………馬鹿じゃないですか、あの人」
「ああ、まさしく馬鹿だ、そんなこと思いついても実行には移さん」
会場全てが水を撃ったように静まり返る。とどめとばかりにアリーナのディスプレイにその瞬間のスロー映像が映し出され、その出鱈目がまごうことなき事実であると告げていた。
相手チームのもう一人の少女も、あまりのことに動きを止め茫然としていた。
それを責めるのは酷だろう、これに動じるな、というのは本物の宇宙人が目の前に現れても動じるな、というのと同じぐらいに無茶ぶりだ。
そんな無防備な状態をさらしているのを、シャルルが見逃す筈も無く、ショットガン二挺による一斉射撃でシールドエネルギーを零にした。
「なんで……………………………こんな化け物が今まで無名だったのよ」
「なんか…………ごめんね」
シャルルにしてみれば、反則など一切していないまっとうな勝利であるにもかかわらず、この結果に少しどころではない罪悪感を覚えていた。
(ホント、織斑先生のアドバイスを聞いておいてよかったぁ……、あれ聞いていなかったら僕も動けなかったと思うなあ、多分)
今更ながらに志保とタッグを組んでよかったのかと、疑問を抱くシャルル。
勿論シャルルの個人的な気持ちではOKなのだが、志保のあまりにアレな戦闘能力の高さを見せつけられると、この大会の公平性を失っているんじゃないかと思ってしまっていた。
その時、またもや千冬の一言によって、アリーナが驚愕に染まった。
「それにあの馬鹿、――――手を抜いていたぞ」
「………………………………………………………はい?」
あれだけの神業を披露しておいて、なお手抜き!? 何の冗談だよ!!その言葉で会場中の意思が統一された。
「あいつがスナイパーライフルの銃口を撃った後にな、もう一人が構えていたアサルトライフルの銃口にも狙いを付けていたぞ」
「どんだけ出鱈目なんですか、……あの人は」
「例えISの操縦が下手でもな、そもそもあいつ自身の戦闘能力が尋常ではないからな」
「……………どれほどの腕ならそんな神業ができるんですか?」
「あいつに聞いてみようか?」
そう言って千冬はマイクを操作して、志保の<打鉄>回線を繋ぐ。
「――――という質問なんだが、お前の答えは?」
会場中が志保の答えを聞き逃すまいと、物音一つ立てず耳を傾ける。
「いや、――――当たるイメージを思い浮かべて撃っただけだが」
そんな、ある意味当たり前すぎる答えを返す志保。
(あれ、なんだか当たり前の答えね、拍子抜けというかなんというか……)
「ああ、勘違いしているな貴様、あの言葉の意味は貴様が思い浮かべている意味とはかけ離れているぞ」
「へ? どういうことです?」
いまの言葉に意味を取り違える場所があったのだろうかと、首をかしげながらも解説役の生徒は千冬の言葉の続きを待った。
「いまの言葉の意味はな、当たる様に狙いを済ましたということではない、――――必中のイメージ通りに撃ったのだから当たるのは当然だろう、という意味だ」
「…………………………………………もう、なんて言ったらいいのかわかりません」
学年別タッグマッチの第一回戦の第一試合目なのに、どうして一生分驚かなくちゃいけないんだろうか、あまりの不条理を目の当たりにし言葉を無くす解説役の生徒。
「やれやれ、そんなに驚くことか?」
「あの~、志保はもうちょっと自分の出鱈目さを認識したほうがいいんじゃないかと思う」
「そうか?」
「そうだよ!!」
なんでそこまで言われなくてはならないのかと、不満げな表情になる志保。
シャルルは志保のそんな様子に頭を抱え、会場にいた人間は衛宮志保の名を、ある意味恐怖とともに脳裏に刻みつけたのだった。
「第一、――――織斑先生は全部見切っていたじゃないか?」
「あ」
そして、今度は志保が爆弾発言。
そう、志保の言うとおり、千冬は試合を見て志保の所業を言い当てたのだ。この上なく正確に――
しかも、何らかの観測機器を使用したわけでもない、真実己の肉眼で見切ったのだ。
今度は千冬に、会場中の耳目が集まる。――――そして、千冬の発言もまた、会場中の度肝を抜いたのだった。
「何を言っているんだ、――――私を誰だと思っている、その程度できなければ<ブリュンヒルデ>の名が廃る」
世界最強の二つ名を奉られているのならば、出来て当然のこと。千冬はそう言い放った。
「だろ、そこまで大げさなことじゃないと思うが」
志保もまた千冬の言葉に乗っかるように、自身の成した所業がそこまで大げさではないとシャルルに言った。
「比較対象が<ブリュンヒルデ>(世界最強)の時点でおかしいでしょ!!」
アリーナにシャルルの絶叫が響き。
「もう、この異次元の会話を……………………どうにかして………………」
解説役の生徒のかすれた呟きが、虚しく風に乗って流れる。
それはこの学年別タッグマッチに、これから起こる波乱を暗示しているようだった。