<第十九話>
――――あの模擬戦から次の日曜日、私は駅前で心臓を高鳴らせながら志保を待っていた。
約束の通り志保は私をデートに誘ってくれた。……たぶん志保にデートなんて意識はないだろうけど、それでも嬉しかった。
志保と二人っきりで買い物をしたり、映画を見たり……そう言えば今は仮面ライダーの新作映画を上映していたはず、後は…一緒に綺麗な景色を眺めたりとか……
「――――待たせたな、簪」
「うひゃうっ!?」
「……どうしたんだ?」
うう……恥ずかしい、いろいろ想像してて志保が来たのに全然気づかなかった。
私は恥ずかしさを抑え込みながら、待ち焦がれていた志保のほうへと振り向いた。
「な、なんでもな……い…よ……」
振り向いた視線の先にいた志保の恰好は、一言でいえば“可愛く”はなかった。けど――――
「本当に、どうしたんだ?」
「え、……あの、かっこいいから…」
――――そう、かっこよかった。ダメージ加工の施した黒のジーンズと、同色のタンクトップに赤のジャケット、首には両刃の西洋剣をモチーフにしたシルバーのネックレス。
赤と黒って言う派手な色遣いだけど、この上なく志保には似合っていた。
「志保の私服姿なんて今日初めて見たけど、その色遣いぴったりだね」
「あ~、ありがとう…………………………どうしてこの色選んでしまうんだろうな」
褒めたのになぜか不機嫌? というか、何故か納得いかないような感じの志保。
普通、自分の恰好を褒められたら喜んでくれると思ってたけど……どうしてだろう?
「簪も似合っているぞ、可愛らしくてぴったりだ」
「えへへ……、ありがと志保」
志保は表情を切り替えると、笑顔で私の服装を褒めてくれた。
いまの私の服装は、白のワンピースに麦わら帽子のシンプルなもの、けど…ワンピースは自分でもお気に入りのものだったから、褒められると嬉しかった。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「え!?」
言葉と同時に志保は手を差し出してきた。当然、こんな状況で手を差し出すのは手を……つ、繋いでいこうってことなんだけど………
「じゃ、じゃあ……手を繋いで…いい……かな?」
まるで、高価な美術品にでも触れるみたいに、おっかなびっくり差し出す手を、志保の掌が優しく包み込む。
手を繋ぐ、言葉にすればただそれだけの行為で、私の心臓は大きく高鳴り、そして…幸せな気持ちになった。
「暖かいね、志保の手は」
「そうか?」
「そうだよ」
そうして私と志保は手を繋ぎながら歩き出した。うん、志保がどう思おうとこれってデートだよね。間違いなく。
志保が彼氏で、私が…その……か、彼女で………。
「顔赤いけど大丈夫か?」
「だ、大丈夫だよ!? そ、それより!! 今日は志保が誘ったから、ちゃ、ちゃんとエスコートしてくれると嬉しいなっ!!」
――――って、私ったらなんか、ものすごいこと口走ってるよ!?
いきなりこんなこと言ったら、流石に志保も私のこと変な子だって思っちゃうんじゃ――――
「ふむ、簪の様な美少女をエスコートできるとは光栄の至り、落胆されぬように頑張るとしようか」
――――って、なんか普通に返された!? し、しかも美少女って……う、うれしいけど、そんなに面と向かって言われたらその……は、恥ずかしいよう。
この時私は思ったんだ、こんな調子じゃほんと…恥ずかしさで私死んじゃうんじゃないかって――――
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そんな二人を、物陰から見つめる二人の人影。
「うう、羨ましいなあ~、簪さん」
「ああ、簪ちゃん可愛いわ、……でも、衛宮かわれその場所今スグにっ!!」
「会長……キャラ変わってますよ」
「そんなことないわよ? そっちだってストーカー行為するようなキャラじゃないでしょ?」
「違いますよ!? こ、これはただ単に、志保とはタッグを組むことになったし、親睦を深めようかなあ……とか思ってたら、簪さんとデートしているし、その……」
言葉を濁し、両手の人差し指をつき合わせながらもじもじとするシャルルに、楯無が感極まった様にシャルルの両手を握りしめる。
「わかるっ!! わかるわその気持ち!!」
「会長!!」
「シャルル君!!」
互いに意中の人が振り向いてくれない、そのことで確かな友情を結ぶ二人。
互いに見目麗しく、非常に美しい光景なのだが……ぶっちゃけて言えば単なる嫉妬でこうなっているわけで……なんと言うか、内実を知ってしまえば非常に締まらない光景であった。
「盛り上がっているところ悪いのですが………、生徒会の仕事はちゃんとやってくださいね?」
優しげな…それでいて冷徹な言葉が楯無に向けられた。
「え、え~と、どうしたの? 虚」
楯無が振り返った先にいたのは、生徒会役員にして布仏本音の姉、布仏虚(のほとけ うつろ)の姿。
「どうしたの…って、会長が仕事をさぼって暴走しているから連れ戻しに来たんですが」
「……………ですよね~」
言葉だけ聞けば優しくたしなめているように見えるが、実際はというと虚が楯無の襟首を引っ掴んで引きずっているのである。
虚が笑顔な分、余計に怖かった。……というか、楯無はほんとに生徒会長としてうまくやっているのであろうか、この光景を見ながらシャルルはそんな愚にもつかないことを考えていた。
「助けなさいよ~シャルル君!! この薄情者~!!」
「………ごめんなさい会長、僕にそこまでの力はありません」
沈鬱な表情で、華麗に楯無が死地に連れて行かれるのをスルーしたシャルルは、踵を返して当初の予定通りに志保と簪の追跡を再開した。
その華麗なスルーっぷりは、流石高速切替<ラピッド・スイッチ>の使い手ということであろうか(んなこた~ない)
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「――――チケット二枚で」
あの後、私と志保は映画館に来ていた。志保は何を見るんだろうと思っていたら、私が見たかった仮面ライダーの映画だった。
「志保もこの映画観たかったの?」
「ん? 簪がこの映画にCM、目を輝かせて見ていたからな」
「あう………、見てたの?」
「ああ、それはもうバッチリとな」
志保はニヤニヤしながらそんなことを言ってくる。確かにテレビでCMが流れた時は『見たいな~、この映画』とか思ってたけど、顔に出てたのかな?
「そう恥ずかしがることもないぞ、私も見たかったしな」
「そうなの?」
「ああ、……“昔”はよく見ていたから」
懐かしむように、思い返すように、そんな言葉を志保は言った。
「そっか、楽しみだね」
「ああ、楽しみだ」
手を繋ぎながら、売店でジュースとポップコーンを買って志保と一緒に映画を見る。
ありふれた…安っぽいことだけど、私の心は高揚感に包まれていた。
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「――――面白かったね!!」
「ああ、久しぶりにこういう映画を見たが、やはりいいな…こういうものは」
「うん、いいよね!」
私も志保も映画の内容に満足して、意気揚々と歩いていた。最初は時代劇と仮面ライダーの共演とか、ちょっと不安に思ったりもしたけど、そんな不安を吹き飛ばすぐらいにすっごくカッコいい映画だった。
「ああ、簪なんか興奮していて、仮面ライダーの動きに合わせて手を動かしていたからな」
「ふぇ!? そ、そんなことしてたの私!!」
嘘でしょ!? 全然気づかなかった。いくらなんでもそんな子供みたいな真似恥ずかしすぎる。
「ああ、していたよ、とても可愛らしかったぞ」
ああもう、そんなにニヤニヤして見ないでよ、余計に照れるからっ。
「……志保のいぢわる」
「つい、いじめたくなるほど可愛いということさ」
「うう~」
志保ってば、時々こうやってからかってくるんだよね。………か、可愛いなんて言っても騙されてあげないいんだから。
「――――それにしても、本当に懐かしかった」
映画を観る前に見せた、昔を懐かしむ表情。少年の様だけど、どこか老人を想起させる様な……今日この日まで、志保のそんな顔は見たことがなかった。
志保はいつも落ち着いていて、ときどき私をからかう時に嫌味な表情見せたり、作ったご飯を私がおいしいって言ったら屈託のない笑顔を見せてくれたり、こんな顔は見たことがなかった……見たくないと思った。
「やっぱり志保も、子供のころは今日見た映画みたいな”正義の味方”に憧れてたの?」
そこまで話術に長けているわけでもない、だから、私は無難な話を振った。だけど――――
「――――そうだな、“正義に味方”に、憧れていた。…………………なりたかった」
私が振った何気ない一言に、志保が見せた反応は……もっといやなものだった。
郷愁と、憧憬が混じり合った堅く、堅く形作られた笑顔の下に、…………………僅かに、”後悔”が覗いているような気がした。
(………そんな顔、志保にしてほしく……ないな)
ここで私はようやく、志保のことをあまり知らないのだと気づいた。
好きなものも、嫌いなものも、夢も……志保という存在を形作る芯となるものを、何も知らない。
だから聞いてみることにした。なぜそんなに、過ぎ去った昔の様に言うのかを――
「いまは……諦めているの?」
――知りたかった。志保のことをもっと……もっと深く知りたかった。
「どうだろうな、――――今の私は、前に進むことも、後ろに下がることもしていないのかもしれない」
「立ち止まってる……ってこと?」
「そうだな……今の私は立ち止まっている、夢を追い求めるでもなく、やりたいことに従って生きるのでもなく、ただ………やるべきことだけをやって生きているんだと思う」
そんなことないって言いたかった、その筈なのに……どうしてすぐに反論できないんだろう。
「どうして……そんなこと言うの」
「――――ごめん、ちょっと感傷的になり過ぎた」
――――昔を、思い出し過ぎた。…………そう言って志保は私から顔をそむけた。
私には志保の言葉の理由も、その言葉に反論する術も持たない。
私が持つのは、志保に対する想いだけ。――――できるのは、それを言葉にすることだけだった。
「ねえ、志保……私は、志保のこと何一つ知らない、今まで教えてくれなかったし、聞こうともしなかった」
「……………簪」
「だから、言えることは一つだけ」
私は回り込み、志保の顔を見据えて思いを言の葉に乗せた。
「私にとって、志保は“正義の味方”だよ、 ――――苦しい時、いつも助けてくれた、優しいヒーローだから」
志保は、笑った。
「ありがとう、――――簪」
内に潜むものが何もない、心からの晴れやかな笑顔。
少なくとも私にはそう思えて、……だから私も、つられて笑顔になった。胸の内が満たされていくようだった。
「フフッ、どういたしまして」
「やれやれ、今日は私がエスコートするはずだったのにな、これでは面目が立たん」
いつもの落ち着いた様子に戻る志保。そうそう、やっぱり志保はこうでなくちゃだめだよね。
「大丈夫だよ、私はこうして志保と一緒にいられるだけでうれしいから」
「そうはいってもだな……」
私に励まされたことに、そんなに引け目を感じられても困るんだけどな、……いつも私が励まされているんだし。
「――――じゃあ、お仕置きしてあげる」
「なに!?」
「わ、私がお仕置きしてあげるからそれで帳消しっ!! だから目を瞑って!!」
「………ああ」
たぶん、この時私は浮かれ過ぎていたんだと思う。志保との初めてのデートと、ついさっき見た志保の晴れやかな笑顔に浮かされていたんだと思う。
だからこんなこともできてしまったんだ。
――――私と志保の唇が優しく触れた。
僅かに触れただけの、短いキス。だけど、志保の唇の柔らかい感触が、ずっと私の唇に残っているような感じがした。
志保のほうは、私の突然の行為に目を白黒させて、惚けた顔をしている。
「か、簪…………………何を」
こんな不意打ちみたいな真似、卑怯だと思う。
だけど、私にはこんなこと面と向かってできないから勢いでやるしかないし、志保にはこのくらいしないと私の気持ちが伝わらないと思う。
だから、――――伝える。
「大好きだよ、――――志保」
<あとがき>
なるべく甘い話を書こうと思ったら、いつの間にやらこんな感じになってしまった。
ちょっと展開早すぎるかなあ、とは思うが……読者の皆様の反応が怖いような、楽しみなような。
後、いつの間にやらアルカディアでのPV数が20万を超えていました。
つきましてはこの記念に、読者の皆さま方からリクエストを応募してもらい、外伝を一本書きたいと思います。
(シチュエーション、クロスオーバー等に制限はかけませんが、私が書ける範囲で決めようと思いますので、その点はご了承ください。ちなみにこのリクエストはにじファン様でもやろうと思いますので、その点も了解のほどをお願いします)