<第十八話>
「――――むう~っ」
「あの、何故にそんなに怒っていらっしゃるのでしょうか!?」
朝の通学路。寮から学園へと続く道を三人の男(?)女が歩いていた。
内訳は、盛大に頬をふくらませて志保の腕にしがみつく簪と、ひきつった笑顔でそれを眺めるシャルル。
明らかに不機嫌だとわかる簪の様子に、なぜこんな表情を向けられるのか分からず、困惑のあまり口調すら変になっている志保。
引きつった表情のシャルルは、「――――僕はノーマル、僕はノーマルだって……」と、小声で呟き続けていた。
「「「何があったんだ(のよ)(ですか)?………」」」
「わからねえ………」
それを後ろから見つめる一夏ラヴァーズ。三人の顔も困惑にまみれ、事情を知っている確率が高そうな一夏に尋ねるも不発に終わった。
「………これがもし、デュノアが中心にいたのならば単純な男の取り合いで簡単な話なんだがな」
「………明らかに衛宮さんが中心ですわね」
「………というか、男に言い寄る志保ってのは想像できないしね」
「………鈴の意見に、全面的に同意だな」
そして四人の視線の先では、相も変わらずに志保を中心としたカオスが出来上がっていた。
だがまあ、あえてその混沌とした状況を、明確な言葉にするならば――――
「男一人に女二人の三角関係だが――――」
「――――明らかに女であるはずの志保が中心よね」
「あれではまるで、衛宮さんが男でデュノアさんが女みたいですわね」
(――――シャルルに関しては大正解なんだけどな)
ところがどっこい、志保に関してもある意味正鵠を射ぬいているセシリアであった。
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放課後のアリーナ。いろいろと精神力を削る修学時間が終わり、志保とシャルルはタッグマッチの練習をするためにISを準備していた。
どれぐらい大変だったかというと、学年問わず半数以上の生徒が志保に雑多な感情が入り混じった視線をぶつけてきたのを皮切りに、罵詈雑言を投げかけてくる生徒、もっとひどいものになると完全武装で実力行使に出る阿呆(もちろん少々痛い目には合わせたが)などが、休み時間になるたびに襲来してきたのだ。
シャルルのほうも同様だったらしく、多数の生徒が詰めかけてきたらしい。
大半は「なんで私を押し倒してくれなかったの!!」、とかぬかす馬鹿が大多数だったそうだ。
「どうしたの?」
「………なんで、一応男の筈のシャルルより、一応女の私のほうが酷い目を見るのだろうな?」
「……………………さ、さあ?」
どんよりとした雰囲気を漂わせて、肩を落とし落ち込む志保。馬鹿共・阿呆共を撃退し、千冬とともに後始末に一日中忙殺されれば仕方のないことだろう。(千冬は後のほうになると、面倒臭くなったのか山田先生に押し付けていたが)
「でも、本当にごめんね、……まさかここまで大ごとになるとは思ってなくて」
「それだけシャルルが魅力的ということだろう、役得故の妬みだ……しかたがないさ」
「みっ…魅力的!?」
そんな中でも直球の一言を言うのに、(無自覚に)余念がない志保(鈍感)。
ただでさえこれまでに積み重なった出来事で、いろいろと揺り動かされているシャルルには当然、効果覿面であり、シャルルの繊細なハートをがりがりと削って行った。
(えへへ……志保が魅力的だって、もう……照れるじゃないかぁ………ハッ!? ってダメダメ!! 僕はノーマルなんだからぁっ!?)
――――シャルル城陥落の時は、近いのかもしれない。
数分後、気を取り直して訓練を開始しようとした時、二人の人物がISを纏いアリーナへと入ってきた。
どちらも志保とシャルルには見知った顔であったが、その組み合わせは珍しいものであった。
「簪さん? それに一夏も……」
「珍しい組み合わせだね?」
その言葉に、互いに顔を見合わせる一夏と簪。
確かに自分たち二人の組み合わせが珍しいのは、当人たちも自覚しているのだろう。
「……そりゃそうだよなあ」
「うん、…そうだね」
ぎこちなさが残る応答、当人たちも見知った中ではあるが、そこまで親しくない相手とどういう風に接すればいいか測りかねているようだ。
見かねた志保が間を取り持つ、一夏と簪もその助け船に乗り事情を説明し始めた。
「……で? どういった経緯で一緒に行動しているんだ?」
「実は……俺まだタッグマッチの相方が決まっていなくてよ」
「……そうしたら織斑先生のほうから連絡があって、倉持技研の人が<白式>と<打鉄弐式>の共同運用データがほしいって言ってきたの」
志保とシャルルは簪のその言葉に、成程、と心中で納得した。
<打鉄弐式>は主武装であるマルチロックミサイルこそ未完成であるものの、一応は実戦に耐えるぐらいには仕上がっている。
しかも完璧に格闘戦オンリーの<白式>と違い、近中距離の射撃戦を主体とした設計だ。
<白式>の突撃を<打鉄弐式>が援護するという形は、確かに理にかなっている。倉持技研側としては欲しいデータではあるのだろう。
「それで二人でタッグを組むことになったわけか……」
「じゃあ、僕たちと一緒に模擬戦しない?」
シャルルの提案に、一夏も快く応じる。しかし、簪のほうは少々不機嫌そうにしている。
一応、他人の様子には敏感な志保(自身に向けられる好意には疎い)、簪の不機嫌な理由を自分とタッグを組めなかったことと判断して(あくまで親しいルームメイトであるが故という判断)、展開していた<打鉄>の腕部を収納し、拗ねた簪の頭を撫でながら宥めにかかる。
「悪いな簪さん、先にシャルルと組んでしまって、……御詫びに今度一緒に買い物でもしようか?」
不機嫌な女性を宥める気の利いた方法など、筋金入りの鈍感な志保が考えつくはずもなく、一緒に買い物に付き合うという安易な方法を選択。
「…………………そ、それって、デート?」
簪がそういうふうに連想してしまうのも無理はなく、表情が驚愕と隠しきれぬ歓喜に彩られる。
「ハハッ、確かにデートだな、女同士ということを除けば」
「……じゃあ、許してあげる ――――後それと」
簪は少し前の志保の言葉を思い返し、上目遣いで些細な――――けれど重要な頼みごとをした。
「――――簪って、呼び捨てにしてほしいな、デュノアさんみたいに」
志保の観点からすれば本当に些細な、可愛らしい頼みごとをする可愛らしいルームメイトの様子に、相好を崩し即座に応える。
「ああ、わかったよ、――――簪」
「………………………………あ、ありがと」
囁くように思い人の唇から紡がれた自身の名前を聞きながら、簪は惚けながらもなんとか礼を言う。
乙女全開な簪の様子に当てられたのか、一夏は赤面しながらも目をそらし。
「いいなあ~、簪さん」
そらした先には、うらやましそうに志保と簪のやり取りを見つめるシャルルの姿。
「………お~い、シャルル」
「ふぇ!? ち、違うからね!! 志保に頭を撫でられたりしていいなぁ~、とか思ってないからねっ!!」
「………そうか」
明らかに墓穴を掘っているルームメイトの、苦しすぎる言い訳に乗ってやることだけが、今の一夏に出来る精一杯であった。
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――――とまあ、そんなやり取りがあったものの、志保・シャルル対一夏・簪の模擬戦を開始することとなった。
アリーナ中央を挟み、四機のISが対峙する。
シャルルの<ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ>と志保の<打鉄>、そして、今回の模擬戦が初の実戦となる簪の<打鉄弐式>と一夏の<白式>。
ISを展開した一夏は、マニュピレーターを操作してサンダラーとスピードローダーのホルダーを腰に巻きつける。
同時に右手に<雪片弐型>を展開、左手にはサンダラーを握る。
新しい武装と簪との初めての模擬戦に、多少なりとも緊張しながらも威勢よく声をあげる。
「よっしゃあ!! 準備完了、こっちはいつでもいいぜっ!!」
「……こっちも、いいよ!」
一夏の啖呵に後押しされるように、簪が<打鉄弐式>の近接戦用武装である対複合装甲用の超振動薙刀、夢現<ゆめうつつ>を展開し戦闘態勢をとる。
応えるように志保とシャルルも武装を展開、志保はIS用大型ナイフ二本を両手に握り、シャルルはアサルトライフルとショットガンを構える。
「こっちも準備OK、何処からでもかかってきていいよ」
「無様に負けぬように、せいぜいがんばるとしようか」
どの口で言うのか、志保以外の三人の心が一つになった。
この面子の中で、一番ISの操縦に習熟しているのは確かにシャルルで、次に簪、一夏と志保がほぼ同率、という感じだが、一番何をやってくるかわからないが志保なのだ。
むしろ味方であるはずのシャルルでさえ、どんなことをやらかしてくるのか戦々恐々としている程だ。
「…………なんだか、失礼極まりないことを言われた様な」
「「「そんなことないよ(ぞ)」」」
「………まったく、私は専用機持ちでもなければ、ISの操縦がずば抜けてうまいわけでもないのだがな」
「………志保の場合、中身がチートだろ」
「何か言ったか、一夏」
呟きを聞きとったのか、ジト眼で睨みつける志保。一夏は誤魔化すように無駄話を打ち切った。
「じゃあ、行くぜっ!!」
<白式>のスラスターを全力で吹かし、志保とシャルルに突っ込んでいく一夏。
他の三人も遅れることなく動きだし、模擬戦が開始された。
(まずどっちから行く?)
(一夏は私が押さえよう、シャルルは簪を抑えてくれ)
(確かに初のタッグだから、いきなり合わせるのは難しいからね、それでいいと思うよ)
プライベート・チャンネルを使い、簡単な方針を手早く決める志保とシャルル、一夏と簪も同様にISを動かしつつ方針を決めていた。
(まずは志保を落とそう)
(そうだね、この中じゃ<打鉄>の性能が一番低いから、いいかもしれない)
(それに志保を放っておいたら、何やらかすかわかったもんじゃないしな)
(ふふっ、そうだね)
方針に従い、一夏を前衛、簪を後衛として志保に突撃してくる二人。
勿論そんなことをシャルルがやらせるはずもなく、アサルトライフルを収納しミサイルランチャーを展開、ロックオンはせずに志保と一夏の間に撃ち込む。
着弾地点で轟音とともに爆風と粉塵が巻き上げられる。視界を奪われ志保の姿を見失う一夏。
「くそっ、チャフとスモークのせいでセンサーが利かねえ!?」
言葉通りにセンサーにはノイズが走り、真っ白に染まっている。
シャルルの打ち出したミサイルは、通常弾頭ではなく撹乱用の弾頭。奪われた視界が焦りを増幅させ、それを必死に抑え込みながら周囲を警戒する。
「焦るな、こんな視界じゃ飛び道具は使えない、接近戦で来るはずだ」
動きを止め、全周囲に気をめぐらす一夏。しかし、その警戒もむなしく――――
「――――そう言っている割には、脇ががら空きだぞっ!!」
――――志保の叱咤の声とともに、スラスター全開の<打鉄>のとび蹴りが<白式>に襲いかかる。
「ぐうっ!?」
軋みをあげながら吹き飛ばされようとする機体を必死に操り、どうにか体勢を立て直しながら斬撃を振るう。
しかし、不十分な体勢から放った一撃は難なくかわされ、志保のナイフの刺突が襲いかかる。
それをサンダラーの銃身で受け止め、その体制のまま体当たりを仕掛ける。
勿論志保がそんな攻撃を喰らうはずもなかったが、その隙に一夏は体勢を立て直す。
(――――今だっ!!)
それなりに開いた間合い、一夏は流れを引き寄せるために、左手のサンダラーを発射する。
眼前に花開く火球。
一夏の銃の腕は素人同然だが、この巨大な火球は多少の誤差などものともしない。
しかし、火球が消えた後には志保の姿はなく、再び横合いからの斬撃がくわえられる。
<雪片弐型>とは違い、一撃必殺の威力などないナイフの一撃は、シールドエネルギーはそれほど減りはしなかった。
「そういつまでもやらせるかっ!!」
先ほどとは違い、しっかりとした体制からの上段の一撃。それを志保は頭上にナイフを交差させ受け止める。
刃が噛み合ったまま硬直する二人、一夏はそのままISの性能差を利用して押し倒そうとするが。
「ふっ!!」
短い呼気とともに、志保は体を捻り懐に潜り込むような形で体当たりを放つ。
<打鉄>の肩当てが一夏の胸を強打し、今度は一夏が吹き飛ばされる。
一夏はそのまま、<白式>の圧倒的なスピードを使い、志保の真後ろに回り込む。同時にサンダラーをホルスターにしまい、<雪片弐型>を両手で握りしめる。
「はああっ!!」
裂帛の気合とともに、横薙ぎの一閃。
志保はそれを身を沈めて回避、そのまま一夏の足をへし折るかのような回し蹴りを繰り出す。
それを急速上昇してかわした一夏は、再びホルスターからサンダラーを取り出して発射する。
志保はそれを見て取るや否や左手のナイフを投擲、サンダラーの弾丸は銃身から飛び出た直後にナイフに接触。
「――――大当たり」
おどけたような志保の声とともに、ナイフの接触によって起爆した弾丸は一夏を包み込む。
「そんなのありかぁっ!?」
「ありに決まっているだろう、戯け」
ナイフの投擲で弾丸を撃ち落とすという、一夏にとっては想像の外の神業を行った志保。
当然、平然ではいられない一夏に、志保はもう一本ナイフを取り出し容赦なく追撃をかける。
威力の点では<雪片弐型>に大きく劣るナイフも、とり回しと手数の点では大きく勝り、あっという間に一夏は防戦一方に追い込まれる。
(――――けど、斬撃のコンビネーションがいつまでも続くはずがない!! いつか仕留めに来るはず!! それを撃ち終わった隙をつくしかねえ!!)
その決意とともに、防御に徹する一夏。
そして想定通りに、志保が斬撃のスピードを高める。
一撃目。左の首筋への斬撃。<雪片弐型>の鍔元で防ぐ。
二撃目。右の首筋への斬撃。右手を離し、志保の左腕の軌道に割り込ませるようにして防ぐ。
三撃目。胸部への斬撃。スラスターを使って無理やり体を捻ってかわす。
四撃目。そのまま股下への刺突。左手に握った<雪片弐型>を逆手に持ち替え防ぐ。
五撃目。流れるようなナイフ捌きで今度は頭部への一撃。折れんばかりに首を捻ってかわす。
(突きを放って隙ができた!! 志保の左腕は抑えたまま、今が反撃の時だっ!!)
反撃の意思を込め、<雪片弐型>を握る左腕に力を込める。そして志保に切りか――――
「ぐはっ!?」
――――かろうとした時、強烈な衝撃が腹部に突き刺さる。
(何をっ!? 喰らったんだ?)
混乱する頭のまま腹部に目をやれば、足の裏からスラスターの残光をちらつかせながら、<打鉄>の右膝が突き刺さっていた。
ここにきてようやく一夏は志保のやったことを理解した。志保は膝蹴りにスラスターの推力を乗せたのだ。
遠い間合いからの突撃ならともかく、剣戟舞う近接格闘戦の最中に、片足だけにスラスターの推力を乗せて常道を無視した蹴撃を放つなど正気の沙汰ではない。
「悪いが、小細工は得意でな」
(そういう問題じゃねえっ!?)
そのまま志保は混乱から立ち直れずにいる一夏の両手を掴むと、ニヤリ、と意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「瞬時加速<イグニションブースト>とかいうやつを試してみようか」
「はあっ!?」
宣言通りに志保は瞬時加速を発動、零秒で最高速度に乗ると、その勢いのまま一夏を――――
「どわあああぁっ!?」
――――投擲した。
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一方、シャルルと簪は互いに銃撃を交わしていた。
一夏と分断され、自力で勝る相手――しかも向こうの得意な中距離射撃戦に持ち込まれ、簪の駆る<打鉄弐式>はじわじわとシールドエネルギーを削られていった。
(こうなったら、あれを試そう!!)
背中の2門の連射型荷電粒子砲<春雷>で、シャルルを牽制しながら簪は志保考案の武装を使うことを決意した。
そして、今までひた隠しにしてきた武装の間合いに、シャルルが入り込みFCSがロックオンを完了したことを告げる。
(――――今だっ!!)
<打鉄弐式>の機体各部のハッチが開き、大量のミサイルとクレイモアが撃ち出される。
そのまま行けば、その大量の鋼鉄の嵐はシャルルに襲いかかり、もしかすれは簪の勝利になったのかもしれない。
――――しかし、白い“何か”が簪の眼前に飛来した。
「「――――へ!?」」
シンクロする二つの間抜けな声とともに、盛大な爆炎が簪と飛来した何か、勿論志保に投げ飛ばされた一夏を包む。
「…………こんなのありか…………げふっ」
「……………………むきゅ~」
結果、シールドエネルギーがそこをつき、絶対防御が発動して二人は気絶した。
「あはは…………………いいのかな、こんな勝ち方」
流石にこんな勝利結果は予想外に過ぎたのか、渇いた笑い声を洩らすシャルル。
「…………………結果的には勝利したんだ、……ごめん簪」
確かに一夏を簪に向かって投擲し隙を作り出そうとはしたが、こうまで見事にタイミングが合ってしまうとはつゆにも思わず、罪悪感に駆られる志保。
こうして、シャルルと志保対一夏と簪の模擬戦は、投擲による誘爆というなんだか締まらない結末で終わったのだった。
<あとがき>
結構真面目なバトルを書こうと思っていたのに、どうしてこうなった(爆
でも実際、ISの機動性能をフルに使えば、無手での格闘戦でもかなりの威力が出ると思うんですけどねえ。