<第二話>
――勝者、白っ!!
日本武道館で行われている剣道の全国大会、中学三年男子の部の予選で一人の少年が勝ちを収めた。一礼し、試合場から出た少年は、おもむろに防具を外した。
防具を外した少年は。スポーツドリンクを飲みながら、タオルで試合で流した汗をぬぐう、その少年は、数年前、ドイツで志保に助けられた織斑一夏だった。
――あの事件の後、一夏はドイツ政府から事情聴取を受けたものの、あの場で何があったかは黙して語らず、ドイツ側も、調査の過程で犯行に軍高官の一部がかかわっていたことが判明したため、被害者である一夏にあまり強気な追及はできなかったため、被害者の少年は事件のショックで一時的な記憶喪失ということで、決着をつけたのだった。
一夏のほうは、誘拐されたからといって生活環境に変化があったわけでもなかった。
唯一、変わったところといえば、自分を助けてくれた少女に憧れ、これまで以上に剣の鍛錬に力を入れたぐらいだ。しかし、そのかいもあってこうして剣道の全国大会に出場できるまでになっていた。
予選を数回突破し、次の試合が始まるまで休憩していた一夏は、ふと視界に入った女の子の後姿が気になった。
長い黒髪をポニーテールにまとめ、白いリボンを結んだあの姿は――
「…………もしかして、箒か?」
その姿に心当たりがあった俺は、その子に声をかけたのだった。
「ごめん君、ちょっといいかな?」
――自分から言ってなんだけど、これじゃナンパだな――
自身の語彙の貧弱さに、少しばかり辟易しつつ振り向いた女の子の顔を確認する、その子はやはり――
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「ごめん君、ちょっといいかな?」
その声を聞いた時、篠ノ之箒は――
――よもや、こんな場所でナンパをする阿呆がいるとはな――
せめて場所を選べ、そう注意しようと振り向き
「こんな場所で………………えっ!?」
振り向いた箒の目に飛び込んできたのは、片思いの人物、たとえ最後にあったのは小学生だったとしても、決して見間違えようはずもない。
「………い、一夏なのか?」
震えた声でそう言うのが精いっぱいだった、思わぬところで再会した思い人を前にして心臓はうるさいぐらいにドキドキしっぱなしで、今の自分を鏡で見れば盛大に顔を真っ赤にしているだろう。
そんな自分の心情など意にも介さず、一夏はかつてと変わらぬ感じで笑顔を浮かべ
「おっ、やっぱ箒か~ひさしぶりだな」
なんて言う、もうちょっと何か気のきいたことを言ってほしいと思うが、同時に思い人の笑顔に見とれてしまう。
「いや、まさかこんな所で箒にあうとは思わなかった、ここにいるってことは箒も大会に出場しているのか?」
「あっ、ああ個人戦でな」
「そっか箒の腕前だったら優勝も夢じゃないかもな、時間の都合がつけば箒の試合応援しに行くよ」
「ほ、本当か!?」
「こんなことで嘘をつくわけないだろ」
いまだ頭の中はぐちゃぐちゃで、まともに言葉を発せなかったが、一夏の一言を聞いて混乱が解けた。
片想いの相手が自分を応援してくれる、降ってわいた幸運に心は晴れやかな気持ちになり、これまでにないくらい力がみなぎってくる。そうだ、一夏が応援してくれるのだ、ならば、優勝ぐらいできなくてどうする!!
「ありがとう!! 一夏が応援してくれるのならば百人力だ、私も一夏の試合を応援しに行くから負けるなよ!!」
「こっちも箒の応援があるなら百人力だ、二人一緒に優勝目指そうぜ!!」
「ああ、勿論だ」
この会話だけで大会に出てよかったと、心の底から思う箒だった。
そして箒は、順当に勝ち進み決勝戦にまでたどり着く、礼をかわし、竹刀を相手に構える箒の視界の端には、約束通り、一夏の姿があった。全国大会の決勝戦ともなれば周囲の喧騒は凄まじいのだが、それでも、一夏の応援はしっかりと箒の耳に飛び込んできた。
――頑張れよ箒、お前なら勝てる!!――
その言葉は、ありふれた、陳腐な言葉だが箒にとっては、無敵の力を与えてくれる魔法の言葉だった。
その力をすべて込め、箒は眼前の相手に竹刀を打ちこむ、そしてしばらくの後――
――勝者、赤!!
審判の宣言で勝者が告げられた。
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――全ての試合が終わり、表彰式が執り行われる。
勿論、表彰台の天辺には一夏と箒の姿があった、二人とも個人戦で一位を収め、部活の仲間たちからは惜しみない称賛が贈られた。
そして二人はこっそりと抜けだし、会場の裏手に来ていた。あたりに人影はなく、ここにいるのは一夏と箒だけ
「よかったな箒、優勝なんてすごいじゃないか」
「一夏のおかげだ、一夏だって優勝おめでとう」
「箒が優勝したんだ、俺も優勝ぐらいしないと格好付かないからな」
お互い優勝を祝福していると、おもむろに一夏が携帯電話を取り出す。
「そうだ箒、今日の記念に一緒に写真を撮ろうぜ」
「いっ、一緒にか」
いきなりの発言に、箒は戸惑いを隠せない。
「だって俺たち数年ぶりに再会して、しかも二人とも優勝したんだぜ。何か記念に残しとかないともったいないじゃないか」
そう言って密着してくる一夏、箒はいきなりのことに顔が真っ赤になる、吐息が当たりそうなぐらいに思い人の顔がある、恋する乙女としては当然の反応だろう。
「じゃあ撮るぜ箒」
「……あっ、ああ」
そして携帯のフラッシュが輝き、ディスプレイには二人の写真が表示された、それを一夏は箒の携帯にも転送する、自分の携帯に映し出される写真に、箒はつい顔がゆるみそうになる。
そこに一夏の携帯に着信が入る、一夏は携帯の表示を見ながら「やっべ、先生が呼んでる」と呟いていた。
「悪い箒、部活の先生が呼んでるみたいだ、そろそろ俺は行くよ」
「そうか、それならば仕方無いな…………」
やってきた別れに名残惜しさを感じる箒、今の箒の環境では今度はいつ会えるかわからない、そのことに深く沈鬱な気持ちになる。
その箒の表情を見てとった一夏は、こちらを元気づけるつもりなのか笑顔を浮かべた
「そう落ち込むなって、俺もまた箒としばらく会えないと思うと寂しいけどさ、今日みたいにいつかまた会えるさ」
そうだ、一夏の言うとおりだ、今日だってまさか一夏と会えるとは思っていなかったんだから、いつかまた会える日も来るだろう。
「じゃあな箒、またいつか会おうぜ」
「ああ、私もまた一夏に会える日を楽しみにしているぞ」
別れのあいさつを済ませると、一夏は部活の先生の元へ行くのだろう、あわてて走り去って行った。
それを見送った箒は、手元にある携帯、それに写る写真をまた見た、さっきとちがって今は箒以外誰もいない、そのせいで顔がにやけるのを隠そうとしない。
今にも踊りだしそうなくらいうれしそうな表情で、箒はしばらくの間写真を見つめていた。
それは、部活の仲間が箒を探しに来るまで続き、当然写真も見られ、箒は帰り道で部活の仲間から盛大にからかわれていた。
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――翌年、IS操縦者を育てる学校、通称IS学園の一年一組の教室で、盛大に突っ伏している一人の男子生徒、本来女性にしか扱えぬはずのIS、当然、その操縦者を育てるIS学園は女子高である、たった一人しかいない男子生徒に、周囲の女生徒の視線が誇張なくすべて集中していた。
その男子生徒、織斑一夏がここにいるのは、出来てしまったからだ、本来女性にしか操縦できぬはずのISをだ、当然そんな人物が普通の高校になど入学できるはずもなく、このIS学園に入学させられてしまったのだ。
そんな一夏に声をかける、一人の女生徒
「確かに再会を約束したが、まさかこんな所で再会するとは思わなかったぞ」
「そりゃ俺も同感だ……」
「………で、何故、ISなど操縦できたんだ」
「俺もわかんねえ……実はさ、高校受験の会場間違えてIS学園の受験会場に行っちまって、気付いたらISに乗って試験官と戦って勝っちまって、そんでめでたくIS学園入学おめでとうってわけだ」
ちなみに試験官との戦いの顛末はというと、あまりにも無防備に突っ込んできた試験官の顔面に、つい反射的に一夏がブレードの一撃を決めてしまい、その場外ホームランにでもなりそうな一撃で試験官のISの絶対防御が発動したのである。
それを聞いた箒はあきれ顔で
「馬鹿かお前は………、去年の私のときめきを返せ……」
「ん? 悪い最後のほう聞こえなかった、なんて言ったんだ?」
「別に、何も言ってない」
急にそっぽを向き拗ねてしまった箒と、それをなだめる一夏、はたから見ればまるっきり拗ねた恋人をなだめる彼氏にしか見えない、そんな一夏に声をかける人物がいた。
「ちょっと、よろしくて」
声をかけたのは、綺麗な金髪を縦ロールにした、いかにも名家のお嬢様といった雰囲気を持つ女生徒だった、その女生徒に見覚えのない一夏は、当然女生徒に素性を尋ねた。
「え~と、君は?」
しかし、女生徒の中では、自分の名前など知っていてしかるべきという認識があったのか、声を荒げ。
「まあっ!! このセシリア・オルコットを知らないですって、イギリスの代表候補生、かつ入試主席であるこの私を!!」
無論一夏とて代表候補生という制度くらいは知っているが――
「いや、そんなことを言われてもな、国家代表ならいざ知らず、代表候補生の名前まで覚えてろっていうのは、かなり無茶だと思うんだが?」
「な………、なんですって!!」
一夏の返しに一瞬絶句した女生徒、セシリアはものすごい剣幕を見せるものの――
「じゃあ聞くけど、セシリアさんは世界各国の代表候補生の顔と名前記憶しているのか?」
「はい?……………………」
一夏にその意思はなくとも放ってしまった、特大級のクロスカウンターに沈黙せざるを得なかった。
当然そんなもの、いくらセシリアでも記憶しているはずもなく、次第にその顔が赤く染まっていき。
「………………………おっ」
「お?」
「覚えていなさい、この屈辱は必ず晴らしますわ~~~~~」
陳腐な捨て台詞をのこし、金の縦ロールをなびかせながら教室から走り去って行った。
「なんだったんだ、あれ…………」
「私に聞くな…………」
後に残された一夏と箒は、ただただ茫然としているだけだった。