<第十七話>
「――――あ~、事情はわかった」
「その……ほんとに、ごめんね」
「あれだけ大人数の前で言ってしまったからな、今更撤回はできんだろうし」
校内での追跡劇の後、シャルルは志保の部屋で事情を説明していた。
ちなみにシャルルをつけ狙っていた女子生徒の一団は、戦闘訓練を終えて疲労困憊の一夏とラウラを送り届けた帰りの千冬が、説教を喰らわせていた。
馬鹿二人の制裁を終えた後にこの騒動なので、相当に機嫌が悪かった。
御愁傷さまとしか……いや、自業自得としか言いようがない。
「ほんとにさ……、怖かったんだよ」
「あー、そうだよなあ」
目を血走らせ、獲物を狙う狩人のごとく追いかけてくる一団(女子)。
確かに怖い、そんなものに追いかけられてシャルルも相当に参っていた。そのせいだろう、瞳には涙が溜まり、頬は上気し非常に嗜虐心をそそらせる格好になっていた。
(……まあ、こういうところが彼女たちの琴線に触れるんだろうなあ………)
「ぐすっ、……どうしたの?」
「いや、なんでもないよ、……そうだな、しいて言えば、シャルルを狙う人たちの気持ちが、少しばかり理解できたんだよ」
「ふ~ん、…………………………………ふぇ!? え? あ、あの…えっと……」
シャルルが志保の言葉の内容を理解するのには、少しばかり時間がかかった。
気付けばもう、顔を真っ赤にして言葉を話すことさえ覚束なくなるぐらいに混乱していた。
そのあまりの慌てっぷりに、志保もつい笑ってしまった。
「ハハッ、冗談だよ」
「う~、もうっ、志保の馬鹿…」
「すまないな、……しかし、私はシャルルの正体を知っているんだから、そこまで慌てることもないと思うが?」
「そ、そうだよね…ハハハ……」
(うう、なんでぼく、志保の前だとへまばっかりしちゃうんだろう……)
肩を落とし落ち込むシャルル。確かに志保の言うとおり、志保はシャルルを女性だと知っているのだから、あんなにも慌てふためくことはない。
女性同士のちょっとした冗談、普通なら軽く流せるような内容だ。
それなのにあわててしまった理由を考え、シャルルは一つの結論にたどり着く。
(ああ、分かった、……志保って男っぽいんだ)
格好や所作ではない、自然と帯びる雰囲気が男性のそれに近いのだと気づいた。
だからこそ、同姓どうしの冗談にも過敏に反応してしまったのだ。
(そう言えば、作業着も妙に似合ってたのはそれが理由だったのかな?)
「どうしたんだ?」
少しばかり考え込んでしまったシャルルに、志保が声をかける。
ちょうどいいとばかりに、シャルルは先の仕返しをすることにした。茶目っ気を乗せて、シャルルの唇が言葉を紡ぐ。
「ううん、なんでもないよ、……ただ、志保のカッコよさに見惚れてただけだからね」
しかし、相手が悪かった。その程度のからかいなど、かつての経験で様々な人物に(強制的に)鍛えられた志保にしてみれば、返しの言葉を繋げるぐらいは造作もなかった。
「ほう、…それは光栄なことだな、シャルルの様な可愛い子にそうまで言われるとは、捨てたものではないな私も」
「……………………あうぅ」
そんな気の抜けた声とともに、再び顔を真っ赤にさせるシャルル。
ちなみに志保はここまでやっても、思春期故の多感さのせいで過敏に反応してしまったのだろうとしか認識していなかった。本当にたちが悪い。
元男の少女にやり込められる男装美少女……、言葉にすると中々にカオスである。
「――――さてと、冗談はこのくらいにしておこうか」
「え~と、………何かあったかな?」
「……タッグマッチのパートナーになったのだから、互いの戦術やら機動、連携の方法など、話すことは多々あると思うが?」
「……そうだったね、つい忘れちゃってたよ」
自分が原因でこのような事態になっていたのに、すっかり忘れ去っていたことに少しばかり罪悪感を抱くシャルル。
そんな思いを抱きながらも、自身の専用IS<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>の待機状態である胸元のネックレスを取り出し、パソコンとリンクさせる。
高速で情報処理を行うディスプレイが、機体の各種パラメータ・格納領域の武装の一覧を表示する。
「これが僕の機体、<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>の性能だね」
「専用機とはいっても、元が第二世代機、それほど突出した性能ではないんだな」
表示されたパラメータのグラフには尖った点はなく、それほどISの知識がない志保でもバランスの取れた機体だと知ることができた。
あえて言うのであれば、同じく第二世代練習機である<打鉄>とは違い、中距離の射撃戦に比重が置かれている。
事実、一部基本装備を外し、格納領域を増設した<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>には多数の銃火器が搭載されている。
「そうだね、多数の武器を使っての多彩な戦術がこの機体の強みだから、……他の専用機とは違って実験兵装も何も積んではいないから、ちょっと地味かもしれないね」
「確かに地味かもしれないが、私としてはそう言う機体のほうが好みだな」
「へえ~、そういう意見ってこの学校じゃちょっと珍しいよね」
「兵器に何より必要なのは、信頼性だと思っているからな」
したり顔でそう語る志保。その言葉には説得力はあったのだが、一介の女子高生にすぎない筈の志保が、まるでベテランの兵士の様な雰囲気をもって語る様は、シャルルに笑いを誘うには十分なものだった。
「あははっ、まるでベテランって感じだね」
「……茶化さないでくれ」
志保の表情にはそう変化がなかったが、少しばかり顔に赤みがかかったのをシャルルは見逃さなかった。
志保のほうも、自分の経歴を考えればさっきの発言が、カッコつけて言っているようにしか思えなかったため、内心相当恥ずかしがっていた。
(さっきからやり込められてばかりなんだから、……ちょっとぐらい仕返ししたっていいよね)
「あれれ~、ひょっとして志保、――――照れてる?」
「…………そんなことないぞ」
内心を指摘されたせいで、顔の赤みが増した志保。
最早、誰の目から見ても照れているようにしか見えない様子に、シャルルは満足していた。
普段、冷静の一言が似合う志保が、顔を真っ赤にして羞恥に悶える様を見ていると、顔がついついにやけそうになってしまう。
それを必死に隠しながら、シャルルはまたもや脱線した話の本筋を元に戻す。
「そう言えばさ、志保はどういった戦い方が得意なの?」
「……私の戦い方か? ふむ……基本的にはどんな距離でも行けると思うが、空戦技術はお世辞にも一人前とは言えないがな」
「けど、……志保って一般からの入試だよね」
「そうだが?」
「だったら、授業でもそれほどISに乗ってないんじゃないの?」
「――――あ~、うちの生徒会長いるだろ?」
「……あの人だよね」
シャルルの脳裏に浮かぶのは、かつて昼休みに暴走してISを使って志保を襲い、あっけなく返り討ちにあって鎮圧された……ぶっちゃけて言ってしまえば変な人だった。
しかし、聞くところによると彼女は、ロシアの国家代表であるらしいので実力のほうは折り紙つきなのだろうと認識していた。
「あの人と、模擬戦をやったこともあってな」
「結果は?」
「勿論負けたに決まっているだろう」
「……だよねえ」
しかし、会話に出たとあっては、どんな戦いであったのか気にもなる。
シャルルは模擬戦・公式戦を問わず、ISの戦いは必ず記録しておくことを義務付けている学園の規則を思い出した。
「けど、どんな戦いだったのか気になるなあ、…ねえ、志保、ちょっと見せてもらってもいいかな」
「別にかまわないが?」
「じゃあ、見せてもらおう~っと」
そう言ってシャルルは端末を操作して、学園の資料室にアクセス、志保の戦いの記録を閲覧しようとした。
しかし、出てきたのは――――
「あれ、アクセス制限かかってるよ!?」
「なに!? なんでたかが模擬戦でアクセス制限なんてかかるんだ?」
端末の画面を覗き込んで、表示される内容に目を白黒させる二人。
どうでもいいが身を寄せ合って覗き込む姿は、どう見ても恋人のそれにしか見えないのだが、シャルルはともかく志保は絶対気付かないのだろう、きっと………。
それはさておき、志保は職員室の千冬に連絡を取った。画面が切り替わり、先程まで馬鹿集団の相手をしていたせいか、不機嫌そうな表情の千冬が映し出される。
「――――どうした、衛宮」
「ええ、実は――――」
事情を説明する志保、それを聞いた千冬は頭を抱える。
「………ああ、そういえば言ってなかったな」
「どういうことですか?」
「おまえの戦闘記録など、他の生徒に悪影響しか及ぼさんからな」
「――――ちょっと待て、オイ!?」
千冬のあんまりな言いように、流石の志保も敬語でしゃべるのを忘れて突っ込む。
そんな志保を華麗にスルーして、千冬はシャルルに話しかける。
「そう言えば、デュノア、今度のタッグマッチで衛宮と組むそうだな」
「え!? は、はい」
「ならば衛宮の戦闘記録を見ることを許可してやる、いかに衛宮が出鱈目かよく知っておいたほうがいい」
「は、はあ………わかりました」
同時に、シャルルの端末に制限解除コードが贈られ、志保の模擬戦のデータが再生される。
映し出されるのは二機のIS、楯無の駆る<ミステリアス・レイディ>と志保の駆る<打鉄>。
初めこそは、普通に見ていたシャルルだが、進むにつれてどんどん表情が変わっていく。
「…………………………………………何、これ?」
重苦しい沈黙の後、シャルルが必死の思いで絞り出せた言葉はそれだけだった。
画面の向こうでは千冬がさもありなんと言った表情で頷いていた。
「……なんでそんな反応になるんだ?」
「セオリーガン無視の素人が、国家代表と戦いを演じれば当然の反応だ」
「全面的に同意します、織斑先生」
「ちなみに映像ではわからんがな、この阿呆、途中からFCSを切っているぞ」
「……………………………………え!?」
さらなる志保の愚行とでも言うべき事実を聞かされ、一層困惑した視線を志保に向けるシャルル。
その視線に流石の志保もちょっと傷ついたのか、orzの三文字で表すような状況になってしまった。
「さすがに…………そんな視線は…なんかこう……グサッとくるものがあるんだが………」
「え~と、あの、ごめん」
傷つく志保と謝るシャルル・しかし、そんな志保を華麗に無視する強者がいた。
「衛宮の出鱈目ぶりは理解したか? タッグを組むのならしっかりと覚悟しておくのだな」
そう言って通信を切る千冬。教職に就くものとしてそれでいいのか!? と突っ込みを入れられそうなほどの切り捨てっぷりだった。
後に残されたのは膝をつく志保と、困惑するシャルルのみ、………助けてやれよ教師なら。
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――――数分後。
「すまない、醜態をさらした」
「いいよ、僕のほうも悪いことしちゃったしね」
どうにか平静を取り戻した志保は、気まずくなった雰囲気を変えるためにキッチンで紅茶を淹れて、少し遅めのティータイムをシャルルと一緒に味わうことにした。
あいにく安物の茶葉しかないことが、志保には少々不満であったが――
「うわ~、手慣れてるね、なんだか執事みたい」
――前世において、とある貴族の少女の家で執事のアルバイトをしたことを想起させるようなシャルルの一言に、ならばと、もう少し本格的にやってみることにした。
「お褒めに与り、光栄でございますお嬢様」
そう言って、一層きびきびとした所作で、音一つ立てずに紅茶を淹れたカップをシャルルの前に置いた。
「――――あ、ありがとね」
シャルルにとってはあまりにも予想外の反応に、当然赤面しながら志保の淹れた紅茶を飲み始める。
安物の茶葉とはいえ、志保のプロ並みの手際で淹れた紅茶はそれなりに美味しいはずあったが、志保のせいでシャルルには全く味が分からなかった。
(うう~、あ、あんなこといきなり言われたら、びっくりしちゃうじゃないかぁ、………でも、その、かっこよかったのは確かだけど)
そんなことを内心で思いながら、チビチビと紅茶を飲むシャルル。
ある程度飲むと、カップを置き一息ついた。そんなシャルルに志保が更なる行為を(無自覚に)加える。
目を瞑りながら一息ついていたシャルルの額に、何かがこつんと当たる感触がした。
目を開けば、眼前にあったのは志保の顔のどアップ。
またもや予想外の行動に、紅茶をなんで落ち着いたシャルルの精神はまたもやかき乱された。
「――――うぇ!? な、にしてるの志保」
「いや、顔がえらく赤かったんでな、熱でもあるんじゃないかと」
(全面的に志保のせいだよ!!)
ちなみに志保は、前世においてあかいあくまやきんのけもの他多数に、こう言ったことを行い盛大に制裁を加えられていたのだが(具体的にいえばガンドとかガンドとか影とか)、同姓ならばそう言った誤解も起こらないだろうと判断していた。………誰かこいつを一刻も早くどうにかしろ。
「やっぱり熱っぽいな、今日はもう部屋に戻って休んだほうがいいんじゃないのか?」
「……………あ……あうぅ………」
ゆでダコのように真っ赤になり、言葉を発するのもままならなくなったシャルルと、それを見て心底シャルルの体調を心配する志保。
そこに、部屋のドアが開く音がする。この部屋の住人は二人で一人は志保、ノックもせずに入ったのだからその人物は自動的に一人に限定される。
(嘘っ、誰か来たっ!?)
こんな状況を見られたくがないゆえに、勢いよく立ちあがろうとするシャルル。
しかし、志保と密着している体勢でそんなことをすれば――――
「ただいま、先に帰って……来て………たんだ…………ね……………志…保」
部屋に帰ってきた簪の目に入ったのは――――
「……大丈夫かシャルル?」
「う、うん、ごめ………ん………・ねぇッ!?」
床に倒れ伏す志保と、その上に覆いかぶさるシャルル。
頬を上気させ、少女の上に覆いかぶさるその姿は、どこからどう見てもこれから事を成そうとするようにしか見えなかった。
「あのっ!! その、これはえっと、………違うから、違うからね!?」
状況が理解できたのか、混乱する頭と羞恥にまみれた精神を抑え込みながら、必死に弁解するシャルル。
簪は未だ混乱から復帰していないのか、呆然とした表情でそれを眺め。
志保はなぜシャルルが、こうまで混乱しているのか理解できずに茫然としていた。
「その……シャルルさんって、志保とそう言う関係なの? 今日の放課後も、廊下で志保を押し倒そうとしてたって聞いたけど」
どことなく敵意を滲ませながら、シャルルに問いかける簪。
その一言は、ただでさえ限界寸前なシャルルの精神を打ち砕くには十分であった。
「うわ~~~~~~ん!! 不幸だぁ~~~~~~!!」
まるで一夏が言うべき様な言葉を発しながら、泣き顔で部屋から走り去るシャルル。
後にはただ、呆然とする志保と――――
「どうしたんだ? シャルルは」
「志保はわからなくていいから」
――――不機嫌な顔でそう言う簪だけが残された。
ちなみに翌日。一年四組では、志保はシャルルか簪どちらの嫁かという議題で、盛大な論戦が当人たちの預かり知らぬところで起こっていたらしい。
<あとがき>
最近一夏の出番ねえなあ……、こういうとき大量のキャラクターに満遍なく出番がある物語を書ける人を尊敬します。
後今回の話を書いていて、志保にはなぜか誘い受けが似合うなあ、と訳の分らぬ想像をしてしまいました。