<第十四話>
犯罪の教唆と、そのための道具。
それが、僕が父親から与えられたもの。
母さんが死んだ後、突然近づいてきた父親。
ただ、対面や義務だけで、愛情なんて欠片もなくても僕は耐えられた。
なんの面識もなかったから、血が繋がっていたとしても、あの人が親であることの実感なんてなかったから。
けど現実は僕の想像を越えていた、まさか実の娘に犯罪を強要するなんて思ってもみなかった。
その時から、<シャルロット>は奪われて、<シャルル・デュノア>という仮面が与えられた。
<私>から<僕>に、<女の子>から<男の子>に、<ただの平凡な女学生>から<フランス代表候補生>、シャルロットを形作っていた全てのモノは剥ぎ取られ、シャルルという仮面を被るためのものが塗りたくられた。
そうして<僕>は、IS学園にやって来た。
世界で二人目の、男性のIS操縦者となって――――
織斑一夏のデータと、過日のクラス対抗戦で観測された、謎の一撃のデータを入手するために――――
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自動加工の旋盤が金属を削る音に、僕の意識は過去から現実に引き戻される。
昨日、衛宮さんが言った面白いものを作るため、衛宮さん自ら整備部の施設を借りて、例のものを作っているところだ。
僕も、その品物がどんなものか気になったから、こうして製作過程を見学しているんだけど………
「やっぱりつまらないか? デュノアさん」
「ううん、そんなことないよ、後、僕の事はシャルルって呼んでほしいな」
「じゃあ、私の事も志保でいいぞ。シャルル」
そういって衛宮さ…じゃなかった、志保はにこりと微笑む。
それだけなら普通なんだけど、今の志保の格好って、作業着姿なんだよね。しかも、スパナを片手に抱えてるし…普通、似合わないと思うんだよね、女の子のこんな格好って………
………何でこんなに似合ってるんだろう。
職人のかっこよさ、って言ったらいいのかな?
簪さん……だったかな、あの子が見惚れるのが何となくわかる気がする。
そういえば簪さんも一緒に見ていたんだけどな、用事があるってどこかに行っちゃった。
「さて、作業を再開するか」
どうやら志保は、作業の続きをやるみたいだ。
コンピューター制御の五面加工機から、さっきまで作っていた部品を取り出す、形状から推察するに、おそらくリボルバー式拳銃のシリンダーのようだ、ということはサンダラーは拳銃らしい。
次はどうやらバレル部分を作るみたいだ、細長い金属材を機械にセットしている。
その手際はとてもスムーズで、僕がさっき志保に抱いた職人というイメージ通りだ。
再び作業に集中している志保は無言で、作業場には静かなモーター音だけが響いている。
僕も静かに、その作業姿に魅入っていた。
「一つ聞いていいか?」
「どうしたの?」
突然の志保の質問、それは――――
「どうして男の振りをしているんだ?」
シャルル・デュノアという仮面に、亀裂をいれる一言だった。
「な………何を言っているのかな?」
「ちょうどここにいるのは、私たち二人だからな、他人の目の前でそういう質問をするのは不躾だと思ったんだ」
「いや、そういうことじゃなくて………、何で僕が男じゃないとか言うのさ」
ああもう、なんか志保のなかじゃ僕が女の子なのが、もう確定しているみたい。
何で? いつの間にばれたの、志保と一緒にいたのは今日の昼食の時だけなのに。
すると志保は、常の泰然としたようすを崩して、言いにくそうにその理由を言った。
「まあ、所作や体つきで服の上からでもそういうのはわかるんだよ。…………それに、下世話な話で言いにくいんだがな、シャルル、胸がでかいだろ? それを無理やり抑え込んでるから、動きにかなりの不自然さが出てるんだ」
「嘘っ!?」
いきなりそんなことを言われたものだから、僕はとっさに両腕で胸を隠すような動きをしてしまった。
そんな僕の反応を見て、志保は一言
「その反応は、女の子であることを如実に表してると思うんだがな……」
「あっ!!」
そうだよ、男の子だったなら胸を隠す必要なんてどこにもないじゃないか、僕の馬鹿っ!!
どうしよう、もう隠し通すことなんてできないよう……、まさか転入初日にばれちゃうなんて思ってもみなかった。
「………………そうだよ、僕は女の子だよ、はあ」
「あ~すまん、私が言うのもなんだが、そう落ち込むな」
「だってさあ……こんなにも早くばれるなんて思ってもみなかったんだよう」
ああ、だめだ、言葉にすると余計に落ち込んじゃうよ……、なんか涙まで出てきそう……
「うわっ、おい、泣かないでくれぇッ!?」
「だってぇ、もうこれでぼくは犯罪者で、刑務所行きだよぉ……ぐすっ」
「言わないっ、言わないからっ!」
「……本当に?」
「ああ、本当だ。……全く、綺麗な顔が台無しだぞ、ほら、これで涙を拭いておけ」
「きっ、綺麗っ!?」
「うん? どうした?」
「な、何でもないよ!!」
なんか簪さんが、この子に惚れてる理由が分かったかもしれない……
ああいう歯の浮くようなセリフを自然に言うなんて……、そ、それにしても綺麗って言われちゃった。
そんなことを思いながら、志保から借りたハンカチで涙をぬぐった。
「ふう…落ち着いたようだな、それじゃあ本題に戻ろうか」
「うっ……戻ってほしくなかったかも」
「しかたがないだろう、……まあ、この時期にそんな恰好ということは、だいたいの想像はつくがな」
「うん…志保の予想通りだよ、僕がこんな恰好してるのはね……」
観念した僕は、洗いざらいを志保に話した。
父親のこと、デュノア社の現状、僕の目的、織斑一夏のデータの入手と、クラス対抗戦の謎の攻撃の調査、すべてを話した。
そういえば、謎の攻撃の調査のことを志保に話した時の表情、なんだか変だったなあ、もしかしたら何か知っているのかも。
「――――そうか」
「どうするの? やっぱり学園側に報告するのかな……ぐすっ」
「お願いだから泣くな、女の子の涙には勝てたためしがないんだ」
困り果てた様子でそういう志保、なんだかその言い方は男の子みたいで、それがなんだかおかしくて……自然と、僕は笑っていた。
「フフッ、変なこと言うんだね、志保は」
「当たり前だ、泣いた女性を相手にするぐらいなら、ISを相手にするほうがまだ楽だ」
「あははっ、志保って結構冗談言うんだね」
「シャルルに笑ってもらえたのなら、冗談を言ったかいがあるというものだな、…ああ、君には笑顔のほうが似合うな、泣き顔なんか似合わない」
そんなセリフを言われて、顔っが真っ赤になるのは当然だと思うんだ。
しかも志保に照れが一切ないから余計にね、僕だって女の子なんだから、そういうこと言われると照れちゃうよ。
「志保って、もうちょっと自分の言ったことを自覚したほうがいいと思うな」
「別に変なこと言ってないと思うが?」
「……そこがだめなんだよ」
「……うん、志保のそういうところは、駄目」
「そうそう、簪さんの言うとおり……って、あれ!? い、いつからいたの!?」
「……シャルルに笑ってもらえたのなら、のあたりから、……駄目だからね、志保に手を出すのは」
そういって志保にぴったりくっつく簪さん、も、もしかして僕、志保をそういう目で見てるって思われてる!?
違うから、僕はノーマルだから!! って、声をを大にして言いたいけど、今の僕はシャルルだから、不自然なことはないし、下手に言おうものなら簪さんにまでばれちゃうよお……
ううっ、なんかさっきから僕って、グダグダだよね、墓穴を掘ってばっかりだ。
「ところで簪さんの用事は終わったのか?」
「うん、それと、ここの使用時間がもうすぐ終わるから、それを伝えにきた」
「あ……本当だ」
「確かにな、ありがとう簪さん、わざわざ伝えに来てくれて」
そういって志保は簪さんの頭をなでると、工具の片付けを始めた。
あまりにもさりげなく行うから、一瞬、簪さんは何をされたのか分からなかったみたいだけど、すぐに顔を真っ赤にして固まっていた。
「お~い、簪さん、僕たちも出ようか」
「……ハッ!? う、うんわかった」
「……あはは」
「……志保、いつもあんな感じなんだ」
「……苦労してるんだね、会話したのは少しだけど、僕も十分理解したよ、志保の鈍感さ」
そんな簪さんと一緒に、僕は整備部の施設を後にした。
「じゃあまたね、志保」
「先に帰ってるから」
「ああ、気をつけてな、二人とも」
そうして僕たちは、笑顔で挨拶をかわす。
――――秘密がばれたショックは、いつの間にか消えていた。
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二人が去った後、志保はおもむろに携帯電話を取り出し、電話帳から番号を選択した。
他に誰もいない部屋に、電話の呼び出し音が響く。
しばらくの後、電話に一人の女性が出る。それは――――
「――――もしもし、織斑先生ですか、衛宮です。……例の件なんですが――――」
事態は静かに、主演の知らぬ間に進行しつつあった。
<あとがき>
やっぱりサンダラーの件は賛否が大きいですね、実を言うとラウラとの戦いにあまり変化が出ないから、オリジナルの話でも入れようと思いまして、サンダラーを出したのはその一環です。
だから、なんで志保があっさりとそういうのを作ったのとか、そういうのにもちゃんと理由は考えてあります。
まあ、ただ単にカッコイイと思ったのも事実ですが(汗