<第九話>
閃光が走る。空を舞う<白式>を撃ち落とさんとするために、それを<白式>は体をひねりかわす。
かわすと同時に<白式>はスピードをあげるが、行く手をふさぐようにして四筋のビームが光の格子を形作る。
急制動をかける<白式>、PICがあってもなお殺しきれぬ慣性が一夏の体を襲い、ギシリと軋みをあげる。
一息つく間もなく四機の<ブルー・ティアーズ>が、獲物に噛みつかんとする猟犬のように、高速で<白式>に飛来する。
ただし、過日のクラス代表の時とは違い、ビーム砲の銃口に打突用バレルガードが追加されている。
だとすれば今の<ブルー・ティアーズ>は獲物にかみつく猟犬ではなく、雀蜂のごとき機動性を持った猛牛といっていいだろう。
閃光の後を追うように四方より迫る<ブルー・ティアーズ>に対し、一夏はそのうちの一つ、右斜め上から迫るそれに狙いを絞り瞬時加速をかける。
刹那、<白式>のいた空間を三つの猛牛が駆け抜ける、そして残る一つは――――
――――眼前に迫る<ブルー・ティアーズ>に対し、一夏は<白式>唯一にして無二の刃<雪片弐式>を構える。
そして、激突する瞬間の刹那を見切り、<雪片弐型>の刃でもって迫りくる猛牛の角を、精妙なる刀捌きによって往なしてみせる。
誰もが予想するような盛大な激突音を響かせることはなく、わずかな金属音と小さな火花だけが結果を知らせる。
その様はまるで華麗なる闘牛士のようだ。勢いはそのまま、ほんのわずかに向きを変えられた<ブルー・ティアーズ>は<白式>の後方へと突きぬけていく。
そうして一夏は四つのナイトを置き去りにして、本丸であるクイーン、セシリア・オルコットへと突撃する。
対するセシリアの顔にはいまだ余裕が見える、この程度、想定の内だと言わんばかりに。
次いで撃ち出されるのはミサイルだ、白煙を伸ばしながら二つの鉄塊が<白式>に襲いかかる。
先と違い、一夏はそれを刃先にて往なすのではなく、飛燕のごとく二度振りぬき、ミサイルの信管を断ち切った。
勢いを失い四つに分たれた鉄塊が落下する。これで残る<ブルー・ティアーズ>の武装はレーザーライフル<スターライトmkIII>のみ。高い射撃精度と射程距離を持つその武装は、それを実現させるため長大な銃身によって近距離での取り回しに難がある。
実質この距離では役に立たない、一夏は己の勝利を確信し、<雪片弐型>を握る手に力を込める。
それに呼応して、<雪片弐型>から白い光が迸り、純白のエネルギー刃を作り出す。
<零落白夜>――――対象のエネルギーをゼロにすることによって、対エネルギー兵装に絶大な威力をもたらす<白式>の単一仕様能力(ワンオフアビリティ)、ISにとっての絶対斬撃、それが今、放たれようとしていた。
――――しかし、セシリアの顔にはいまだ余裕が浮かぶ。
その時だった、ISのハイパーセンサーによって全周囲への視界を認識できる一夏が、後方に置き去りにした<ブルー・ティアーズ>がこちらに向け、ビームを放ったのを捕らえたのは――――
しかし、一夏はその攻撃は問題なしと判断する。
なぜならば<ブルー・ティアーズ>はロックオンすらしていない。その証拠に<白式>からのロックオン警告は一切ない。
その予想通りに、四筋のビームは<白式>にかすることすらなく――――
――――ガラクタと化したミサイルに命中する。
花開く火球、熱風に炙られ、衝撃波と飛礫が<白式>を揺さぶる。
当然、そこにレーザーが撃ち込まれる。セシリアは自身の策が見事に成功したことに、満足げな笑みを浮かべた。
『<白式>のシールドエネルギー零、勝者セシリア・オルコット』
そして、機械音声が<白式>のシールドエネルギーが零になったのを告げたのだった。
「フフッ、これで私の勝ちですわね、一夏さん」
「くっそ~、次は勝つからな!!」
「せいぜい期待してお待ちしておりますわ」
誇らしげな表情で勝ち誇るセシリア、ストレートに悔しさが顔に出ている一夏。
しかし両者の間は険悪な雰囲気ではなく、爽やかさすら感じさせる健全なものだ。
お互いに腕を競い合い切磋琢磨する、ライバル、という表現が一番適切だろう。
降下し、大地に降り立った二人はそれぞれ自身のISを待機状態に戻す、一夏の<白式>は白いガントレットに、セシリアの<ブルー・ティアーズ>は青いイヤーカフスになる。
そのまま二人はアリーナのピットに戻る、そこにはもう一人いた。
「お疲れ、一夏、セシリア、」
そこにいたのは黒髪の少女、篠ノ之箒、箒は二人にスポーツドリンクとタオルを手渡す。
一夏とセシリアはそれを受け取り、汗を拭いて喉をうるおす。
その様子を見ながら、箒が先ほどの模擬戦の感想を漏らす。
「それにしても、大分上達したな、一夏」
「ええ、この前のクラス代表決定戦の時より、機動がスムーズですわね」
「そりゃここ数日、放課後になるたびに模擬戦やってるからな、多少は上達してないとおかしいだろ?」
「しかし、この上達速度ははっきり言っておかしいと思うがな……」
「そうですわね、まだまだ粗がありますけど、搭乗時間の短さを考えれば、驚異的といっていいですわ」
「それでもセシリアには最初の試合以外、負け越し続けているけどな……」
それを聞いたセシリアは、堂々と胸を張る
「当然ですわ、あの時は確かに私の油断で無様な負けをさらしましたが、それがなければ当然の結果です」
「その割には、『クラス代表の座をかけて、再び戦いなさい!!』とか言わなかったよな?」
「当たり前ですわ!! そんなみっともない真似できるわけがありません、何よりあの勝利を勝ち取った一夏さんに対する侮辱ですわ!!」
その様子に一夏は笑みを漏らす、口ではなんだかんだ言いながら、しっかりと自分の勝利を認めていてくれることに、あんなまぐれ勝利にもかかわらずにだ。
実際セシリアはいいやつだと一夏は思っている、この模擬戦だってセシリアが提案してくれたものだ。
クラス代表決定戦の翌日――――
『一夏さん、曲がりなりにもクラス代表になったのですから、一日も早く腕を磨かなければいけませんわ、ですから、私直々に指導して差し上げますわ』
なんて、非常にありがたいことを言ってくれたのだ。
考えようにとっては、公衆の面前で素人に負けるという失態をさらす原因にもなったやつに、そこまでしてくれる。
いまだ素人の一夏にとっては、その申し出はありがたいものだった。
「ありがとな、セシリア」
「いきなりなんですの?」
「いや……こうして模擬戦の相手をしてくれることに、ちゃんとお礼を言ってなかったと思ってな」
「最初に言ったはずですわよ、クラス代表になったのですから、一日も早い上達が必要だと」
そしてセシリアはいったん言葉を区切り――――
「…………………………と、友達なら、当然ですわ」
そっぽを向き、消え入りそうな声でそういった。
一夏からは表情は見えないが、きっと真っ赤にしているのだろう。
「そっか……、けど、だからこそ言わせてもらうぜ、ありがとう、セシリア」
「どっ、どういたしましてですわ」
顔をそむけていても、耳まで真っ赤になってしまっては意味がないぞセシリア、そんなことを思いながら二人のやり取りを見つめる箒。
そして箒の乙女の勘が、セシリアはやがて強大な敵になると確信していた。
昔と変わらぬ、片思いの幼馴染の無自覚たらしっぷりに、嘆息する箒であった。
「…………またか、こいつは」
「なんか言ったか? 箒」
「なんでもないっ!!」
全然欠片も自覚のない一夏の様子を見て、再び箒は溜息をつく。
溜息はむなしくアリーナに溶けて消えていったのだった。
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「転校生?」
翌日の朝、教室に入るなりクラスメイトから聞いた噂話によれば、こんな時期に転入生が来るらしい。
いまだ四月である時期に、入学ではなく転入なんて、国の推薦でもなけりゃ難しいはずなのだが……
「それが中国の代表候補生らしいよ」
その予想を裏付けるように、クラスメイトが言葉を続ける。
しかし、中国の代表候補生か、いったいどんな奴なんだろうな。
そんな奴ならば学校行事でいつかは戦うかもしれない、そう思うとまず人となりよりも、どんな機体を使うのかが気になってしまう。
代表候補生をわざわざ送りこむぐらいなら、機体も当然最新鋭の機体でものすごく強いんだろうなあ、まともに戦えるかが今から心配になってきたな。
「あら、私の存在を今更ながらに危ぶんでの転入かしら」
どうやらセシリアにはそんな心配とは無縁の様だ、羨ましくさえある。
この堂々とした佇まい、少しはこっちに分けてほしいものである。
「その転校生、気になるのか? 一夏」
「そりゃ当然、代表候補生なんだから、すぐにクラス代表になって、今度のクラス対抗戦で戦うかもしれないだろ?」
その俺の予想に、箒は「確かにな」と同意を示す、そしてもう一つ、同意を示す声が響く。
その声はセシリアでもクラスメイトでもない、IS学園に来てから初めて聞いた声、しかし、その声は俺がかつてよく聞いた声だ。
「――――ええ、そうよ、あんたの予想は当たってる」
声の主は、見慣れたツインテールを揺らしながら、教室の入り口に立っていた。
俺は内心で思い浮かべた名前を、一年ぶりに口に出す。
「鈴……? お前、鈴か?」
そう、一年前に国元に帰った幼馴染、凰鈴音の名を――――
<あとがき>
そろそろその他板に移ろうと思うのですが、読んでくれる皆様はどう思われるでしょうか、皆様の意見がほしいです