マミが梅の酸っぱさで目を覚まし、そして梅の酸っぱさで即座に気絶してから四時間後。
魔法少女一同はマミの搬送と看病を理由に学校を休み、マミの部屋で献身的な介護に徹していた。
「ねえ、転校生。ハートの10出してよー」
「ほむら。そのドクペあたしにちょうだい」
「どちらもお断りよ」
「ほむらちゃん。スペードの3出して?」
「まどか……(私の手札)あなたの好きにして……!」
「それ、もう七並べじゃねーから」
「っていうか、こんなことしてていいのかなあ」
「仕方ないじゃん。肝心のマミ先輩が起きないんだからさあ。パス1」
杏子が視線をトランプから上げて、マミの寝室へと目をやるが、都合良くドアが開くわけもない。
もうかれこれ四時間も看護に徹しているのに、寝言の一つも漏らさないのである。
一度は元気よく目覚めたといっても、さすがに心配になってくる。
「もともと睡眠不足だったなら、そう簡単には起きないわ。
安全が確保できた以上、私たちが焦る必要はない」
白磁のカップでDrペッパーを飲みながら、髪の毛を掻き上げるほむら。
そのアンニュイな視線の先では、酒飲みで知られる芸能人が、ほうれん草と美容の関係性を、奥様方に熱心に説明していた。
「パス2。またまた転校生、クールぶっちゃって!!
『ともえせんぱいがしんじゃう~!!おっぱいマミマミ~!』」
マミは無事に戻ってきたものの、さやかの七並べはハートの10のまま進展がない。
自分に奇跡が起こったり、誰かに不幸が訪れるのを待つのは無駄だ。
腹をくくって、何かを笑い飛ばして気を晴らそう。
最下位で罰ゲームを食らうのは、恐らくあたしに間違いない。
トラブルが終わって、後のことはめでたしめでたしで済むのは、ゴールデンタイムのアニメだけだ。
「面白い芸ね。念のため、歴史上に元となる発言などがあるのか聞いておきたいのだけど」
「え?今朝の転校生の真似じゃん。『ともえしゃぁーん!』」
「人のこと言えないっしょ、あんた………マミがぶっ倒れた途端オタオタしちゃってさ。
ああいうとこ、なんとかしろっていつも言ってるじゃん」
さやかとは逆に、順調にカードを消化していく杏子。
さすがにスルメは飽きたのか、今は酢昆布をカミカミしては、時たま酸味に顔をしかめている。
「でも……びっくりしたね。いくら寝不足だって言っても、
やっぱり、それだけびっくりしたから倒れちゃったんだよね……?」
まどかはほむらの膝にあごを載せ、猫のようにくつろいでいた。
まどかはリーチが近い。現状での順位はまどか>杏子>ほむら>さやか。
ほむらの順位が低いのは、まどかがカードを切らないからだ。
もちろん、ほむらのカードが詰まっていることは百も承知である。
しかし、遊びは遊び。
友達だからといって手を抜いては失礼だ。
真剣にやってこそ、その付き合いには価値が生まれる。
「マミもねぇ……普段からあんだけ言ってるのに無駄に張り切っちゃって。
……息の抜き処間違えてるからこういうことになるんだよ」
棚から無造作に引っこ抜いた少女漫画を無関心そうに眺める杏子。
どうにも少女漫画は彼女の肌には合わないらしく、何度も取ってはしまってを繰り返している。
「ねえ転校生………なんか出してよ」
「生憎だけど、あなたのために出せるカードはないわ。パス1」
「ごめんねほむらちゃん。わたし上がるね」
「私の屍を乗り越えていくのよ……まどか」
「あ゙ー、やってらんない」
酢昆布を口に放り込んで、床に転がるさやか。
「ってか、誰か紅茶煎れに行ってよ。あたし、今朝から乾物ばっかりで喉カラカラなんだけど。あ、上っがりぃー」
「適材適所という言葉があるわ。
私たちの中で、最も紅茶を入れるのに相応しい人間はここにはいない。
彼女が目覚めるまで、私は待つわ。パス2」
「あんた、それ丸投げしてるだけでしょ……ま、あたしも杏子が煎れた熱いだけの紅茶なんてごめんだけど……
………チャンネル変えていい?」
「アニメやってないかなあ……」
なんというか、もう、チーム全員がぐだぐだである。
普段は巴マミがだらける人間の背筋を正し、美味しい紅茶で和やかに過ごすのだが、
チームの大黒柱は、今もなお扉の向こうで爆睡中だ。
「……………マミさんの紅茶が飲みたいなあ………」
ほむらのふとももに顔を突っ込んで、足をぱたぱたと動かすまどか。
無くしてから、初めて理解できる大事さという物がある。
怠惰に過ごすことは、楽ではあっても必ずしも喜ばしいとは限らない。
あれほど欲しかったハート10も、愛しい先輩のおっぱいに比べれば、まるで価値を感じられなかった。
「上がり」
最後の勝者となったのはさやかだった。
勝負の内容は接戦であったが、参加者達の胸に残る物はなさそうである。
杏子が酢昆布の空箱を放り投げると、紙箱はゴミ箱の縁に当たり、外側に弾かれた。
「外れか、よ……っと!」
掛け声と共に杏子が立ち上がる。
「……それじゃ、我らがリーダーを起こしに行きますか」
やる気の欠片も感じられない声だが、適当に引っこ抜いた少女漫画を、一冊一冊綺麗に向きを揃えて戻しているあたり、
さすがにこれ以上、ここでだらけるつもりもないらしい。
顔には意地悪そうな笑みを浮かべている。
恐らく、優しく声を掛けて起こそうなどとは微塵も思っていないのだ。
日頃、あなたはだらしがないなどと目上ぶっている彼女の不摂生を、笑ってやろうとで思っているに違いない。
「ちょっと杏子。あたしの台詞取らないでよ」
さやかも立ち上がろうとした。
途中で優雅な先輩の佇まいを思い出したのか、行儀良くスカートを正しながら、真っ直ぐな姿勢で立ち上がる。
よっこいしょ、という掛け声さえなければ、一角のレディに見えたに違いない。
「ああ?別にいいでしょ。減るもんでもないし」
杏子はすでに背を向けて、寝室に向かって歩き出していた。
さやかがすぐにその後を追う。
まどかが、体を反転させてほむらの顔を覗き込むと、珍しくほむらはまどかを見ていなかった。
「ほむらちゃんは行かないの?」
膝の上で仰向けになってほむらの目を覗き込む。
その視線を目で追う必要はないだろう。
彼女もまた、マミが気になって仕方がないのだ。
「あなたが膝の上にいるのに、動けるわけないでしょう」
「えへへ。じゃあ、一緒にいこっか」
まどかはほむらの差し伸べた手を取って、ほむらの肩に手を乗せて、ぐっと伸びをしながら立ち上がった。
「そうね………本当に世話の焼ける先輩だわ」
ほむらが髪を掻き上げる。
まどかにはその表情を覗うことは出来なかったが、きっと笑っているに違いない。
「そうだねぇ」
まどもかもまた、笑う。
意地っ張りで、寂しがり屋で、おっぱいがとっても大きくて、優しくて、頼りになるみんなのお姉さんの笑顔を思い浮かべながら。
「でも、そこがマミさんのいいところなんだよね」
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「ところで、今度はどうやって起こすつもりなのかしら」
「え?がいてきよーいんでしょ」
「い、痛いのは駄目だよ……マミさん可愛そうだもん」
「さやかちゃんに良い考えがある………王子様のキスだ!」
「それ採用。安心しなよ、さやか。今回ぐらいはノーカンにしといてやる」
「寝ている人間をどうにかするとか、変態の発想ね。採用」
「さやかちゃんのえっち……あ、ほむらちゃんも今日はノーカンだよ」
「ふっ……照れるぜ…………やばい……さやかちゃん、テンション上がってきた!!」
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完