第5話「新たな機体」
11月24日。朝。
本日の午前訓練まで時間あるため、フォルカは部屋に居るのもつまらないので基地の中を見て回ることにした。
それに、考えたいことが少しばかりあったのだ。
修羅界では時折ではあったが、確実に一人で居る時間があった。だが前の世界でも、この世界でも、フォルカが一人で居ることはほとんどなくなった。
そして皆の所為か、話すのは必要なこと以外は特に必要ないと思っていたのだが、今ではむしろ話さない方がなにかおかしいのではと感じていた。少々、お喋りになったようだ。だがそれが嫌というわけではない。
挙句には霞からは父親と慕われ、茜からは兄として慕われた。考えてみれば、アルティスと同じ立場になれたから、彼の心境もわかるかもしれないと感じたが……いかんせん状況が違い過ぎる。故にあまり分からないが、兄や父とは妹や娘、家族を守る柱となる存在だと話を聞いた。
つまり――A-01の精神面での柱になりはじめているということだろうか。大黒柱は当然、伊隅だろう。
ふと外を見ると、どこからか大きなトレーラーが何かを搬入して来ているのが見えた。それを見て、不意に一昨日の晩、夕呼が「明後日機体が届く」というような事を言っていたのを思い出す。
武達、207B分隊の物だろう。
吹雪と言っていたそれ。フォルカは少し考えて、見に行くことにした。場所は多分、トレーラーが向っているほうで良いのだろう。
辿り着いた場所には、機械の音があらゆる場所から聞こえ、怒号が聞こえて来る。油の臭いが鼻腔を突き、ここが確かに戦術機格納庫なのだと感じられた。それ独特の雰囲気が、ここにはある。
そんな場所に、武を始め、見知らぬ少女達が立っていた。
ピンク色の髪の毛を、どこか猫と似ているような印象がある少女。
蒼い髪の毛を持ち、中性的な顔立ちだと印象を受ける少女。
黒い髪の毛を持ち、どことなくポヤンとしているような印象を感じる少女。
茶色い髪の毛を持ち、眼鏡をかけ、茜と対になるようなしっかり感を漂わす少女。
蒼い髪の毛を水月と同じようにポニーテイルにした、力強い印象を受ける少女。
そして武。――彼女たちが武以外の207B分隊の面々であり、彼の仲間たちなのだろう。
彼らは揃いも揃って吹雪の搬入を見つめており、どこかワクワクしているような、ドキドキしているような、そんな雰囲気が見受けられた。まあ、自分の専用機になる機体ならば、確かに嬉しいだろう。
フォルカとて、ヤルダバオトに選ばれた時はフェルナンドと共に喜んだものだ。
だから、彼女達のその反応も十分に理解できる。
だが、武だけはフォルカと同じように、遠くから彼女たちを見ているようにも感じられたが。
「全く、お前達は……やっぱり朝から見に来ていたか」
「あ、神宮司軍曹。敬礼!」
そこにやって来たのは、一人の女性。長くウェーブのかかった茶色の髪の毛を持ち、優しげな雰囲気を纏った彼女は、自分の部下である武達を面白そうに見ている。
「見るのは良いが、午前の訓練に遅れるなよ?」
『っは!』
まりもの言葉にぴったり唱和して答えて、彼女たちは再び視線を吹雪へと向ける。
青色を主色にした吹雪は、不知火よりも僅かに力強さを感じられない。不知火とて同じなのだが、細く、軽量化を狙ったがために作り上げられたために装甲も薄い。そういえば、この世界の機体はどれも細めだなと、フォルカは今更に気付く。
一応撃震や陽炎と言った、それらよりも一回りは太めの機体達は居るのだが……フォルカはその存在を知らない。話すことは、大方不知火と吹雪、そして帝国斯衛軍の武御雷だからだ。
その武御雷を見ては見たいと思うが、いかんせんそれは軍の違いから見れるものではないだろうと彼女たちは言っていた。
と、武達から少し離れた場所で搬入作業を見ていると、後ろから声をかけられる。
「あの、少尉殿。もしかして、あなたは……」
「む?」
さすがに、声をかけられてまで無視する気はないフォルカは、クルリと振り返る。視界に入ったのは、先ほど少女達が神宮司まりもと呼んだ女性。
軍曹ということは、少尉よりも階級が下。なるほど、声が少しばかり弱めなわけだ。
「別に少尉と呼ばなくとも良いのだが……なんだ?」
「私は神宮司まりも軍曹と申します。よろしければ、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「フォルカ・アルバークだ」
「……では、やはり香月副司令の言っていた出鱈目な奴とは……あなたでしたか」
出鱈目? その説明だけで、ただ立っていたフォルカを、もしかしてと見つけ出したとするのならば、この神宮司という女性はエスパーかなにかではないかと、フォルカは考えてしまった。
「あ、申し訳ありません。紅い髪の毛を持った男性と聞いておりまして……香月博士があそこまで話すから、一度会っておきたいとは思っていたんです」
「そうか。ところで……その話し方はやめてもらえないか? 少しばかり、むず痒い」
今まで別段、普通に会話しようが敬語で話されようが、全く気にしたことなどないフォルカだったが、今はA-01部隊という所属の少女達の所為で、ちょっとばかり敬語への耐性が下がってしまっていた。
常に標準で喋っていたために、敬語で話されるのが少しばかり変な気分なのだ。無論、訓練中などは伊隅に向かって敬語だが、それ以外の時は砕けている。故にだ。
「はぁ、夕呼に関わると、軍の規律なんて破られるためにある感じね」
「それは、理解できなくもない」
彼女に関わると、というのは正直言いすぎのような気もするが、確かにそういう思いはあるにはある。具体的にあげるならば、やはり敬礼はいらないというところか。
そんな彼女を知っているためか、神宮司まりもと名乗った女性は右手を差し出して来る。
「お会い出来て光栄です、フォルカ・アルバーク殿」
「ふむ……俺は光栄に思われる場所などないのだが……」
出された右手は、握り返す。握手を小さくしてから、二人はお互いに手を話す。ちらりと横を見て、彼女は自分の部下を見るが、どうやら吹雪の搬入作業が楽しいらしく、真剣に見ている。だから、彼女とフォルカのやり取りは見てはいない。
「見られてないか。まあ隠すことではないのだけれど。フォルカ少尉、夕呼は何かと大変な相手だと思いますが、よろしくお願いします」
「ん? ああ」
「では、私はこれで」
そう言って去っていく神宮司という女性の背中を見送って――彼女は夕呼の姉なのかとフォルカは考える。だがそれはないだろうと少し考えてから切り、おそらくは親友か何かかと適当に当たりをつける。何せ、一応は機密扱いであるフォルカの事を夕呼から直接聞いているというのだから。
まあ、今更機密もなにもないのだが。彼女とて知っているのだろう、ヤルダバオトの事を。
「あれ、フォルカさん。何してるんですか?」
「武か。吹雪という機体を見てみたくてな」
声をかけてきた武に対して、フォルカは気兼ねなく答える。
吹雪の一体目を立ち上げて、それが整備ドッグへと入れられる。水色をした、綺麗な機体だ。だがやはり、前の世界で見たパーソナルトルーパーという機体とは、細く弱々しい印象がある。
が、それはもはや今更なので、フォルカはそれを無視し、次々に搬入される機体達を流し見していく。
そこで、武の元にいつの間にか集まっていた5人の少女達が、フォルカを見ていることに気がついた。
「ん?」
「武、こちらの方は?」
「ああ、フォルカ・アルバーク少尉。俺と同じで、夕呼先生に特殊任務を与えられてる人だよ。前にも言ったろ」
「って、失礼しました、少尉殿! ほらみんな敬礼!」
『っ!』
武の紹介に、一番右に居て眼鏡をかけた少女が慌てて号令をかける。それと同時に武以外の少女達がビシッと敬礼して、フォルカへと挨拶する。その勢いには、苦笑するしかない。
「敬礼はいらん。武、彼女たちは?」
「ああ、紹介します。右から榊千鶴。御剣冥夜。珠瀬壬姫。鎧衣美琴。そして彩峰慧です」
『よろしくお願いします』
「ああ。よろしく頼む」
丁寧に頭を下げられ、フォルカは小さく笑みを浮かべて答える。
と、不意に視界端に、更にもう二機、遅れて搬入されて来るのが見えた。そちらに視線を向けると、武たちもフォルカの視線を追ってそちらを見る。
一機の不知火と、もう一機、見たこともない紫色の機体が搬入されているのが見えた。
「あれは……」
「武御雷だー! カッコいいー」
珠瀬と紹介された少女が、瞳を輝かせてそう言った。その名に聞き覚えのあったフォルカは、正直に見れるとは思っていなかったために、少し驚く。
「あれが武御雷というのか?」
「はい。帝国斯衛軍の機体で、あれはその中でも最上位のモノです」
そう簡単に紹介してくれた武の言葉に、フォルカはもう一度武御雷を見る。なるほど、確かに他の物とは何かが違う気がする。纏っている雰囲気というわけではないが、デザインからして、既に不知火や吹雪とは一線を画している。
そして、不知火と武御雷の搬入が終わると、トレーラーは出て行き、早速というように整備班達が行動を開始した。それを見て、こちらも早速自分達の機体を近くで見ようと階段を下り始める少女達。
その顔は、全員嬉しそうに笑みを浮かべている。ただ冥夜という名の少女だけが、少々浮かない顔をしていたが。
そんな彼女たちの後を追って、フォルカと武はゆっくりと階段を降りて行く。
その最中に、不知火だけはどこかへと移動したが、フォルカは別に気にしない。おそらくは、改造されるためにどこかへ移動させられたのだろうから。
「お前は見なくても良いのか?」
「はい。この世界で、こうなることは知ってますし」
「そうか。世界をループしているのだったか。……未来を知っているとはいえ、油断はするな」
「いえ。もう十分に、世界が変わってます。けど俺の記憶は通用してるので……いや、どっちにしろ油断はできませんね。さっきの不知火だって」
「その変わった原因は、俺のようだな」
「そりゃもう、思いっきり」
武の言葉に、フォルカは小さく笑い、武もまた苦笑するように笑みを浮かべる。
階段を降りて、二人はゆっくりと武御雷の方へ。周りでは整備班が吹雪のコクピットの中を弄り始め、何かを取り出して、再び何かを入れる作業を行っているのが見えた。それをしているのは三機だけで、他の機体は似たような事をしているようで、あまり何もしていないようだった。
それを、ただ見ている少女達。気づいていないようだが……フォルカはそれを気にせずに武御雷に向かう。
そんな中で、自分の機体をすでに見終わったのか、珠瀬と美琴が吹雪から離れ、空白のある一ヶ所を抜けて武御雷へと小走りで向かう姿が見えた。そんな彼女に、武はあいつらと小さく呟き、駆け出す。
「たまー! 美琴ー! それに触るんじゃないぞー!」
そう武が叫んだ時には、時既に遅し。近づいた珠瀬が武御雷に手を触れようとした瞬間、その小さな身体はどこからともなく現れた真紅の女性に突き飛ばされていた。
それは、間違いなく月詠真那だ。何故ここにと思うが、斯衛軍の機体の側に彼女がいるのは、別段おかしなことではないかと思い当たる。
だが、珠瀬を突き飛ばす理由にはならないだろう。
「無礼者が! これは将軍家縁の特別な機体だ! 貴様のような訓練兵風情が触って良いものではない!」
そう言って、月詠は殺気すら漂わせて珠瀬を睨む。その瞳に恐怖を覚えたのか、彼女はただでさえ小さな身体を小さくし、助けに寄った武と美琴に抱きついて謝る。
そんな月詠を少し怒るべきかと考えたところで、フォルカよりも早く誰かが行動を起こした。
「月詠! 止めぬか!」
「冥夜様……」
冥夜だ。本当に怒っている様子で、彼女は月詠に対して強い姿勢で正面から立つ。そんな彼女を見た月詠が、少しばかり表情を曇らせた。
その状況が、フォルカには今一理解できなかった。それも無理はない。彼はまだ、御剣冥夜という少女がどういう存在なのかを知らないのだから。
だから、中尉である月詠が、訓練兵の少女に圧されているのかがわからなかった。
「すまぬ、珠瀬。許せ」
「ううん。勝手に触った壬姫も悪いもん」
「いや……そなたは悪くない。悪いのは私だ……すまない。月詠。なぜ武御雷を?」
「っは。殿下が直々に、冥夜様へ武御雷をお渡ししろと」
「殿下が……」
それらの会話を元に、フォルカは少し考える。
殿下、とは間違いなく帝国軍、そして国連軍問わずに守るべき日本の王のことだろう。そういう話は聞いてはいる。それが冥夜に武御雷を送り、渡した。ということは、冥夜はその殿下とやらにとって大事な存在だということだろうか?
そこまで考えて、フォルカはしかし、思考を中断して月詠を見る。冥夜を見る彼女の瞳は、随分と優しいものだ。そう、戦闘の時のアルティスと、普段のアルティスの違いのような感じだ。
「送り返してくれ。私には、これに乗る資格はない」
「冥夜様! しかしそれは……」
「殿下にもそう伝えてくれ……私は、すでに将軍家縁の者ではなく、ただの一般兵だと」
お互いに言い合い、しかし少し寂しそうな顔をしてから、冥夜は去っていく。その背中に声をかけようとした月詠だったが、どうやらどう声をかければいいのか解らなかったらしく、結局は伸ばした手をそのまま降ろした。そうして、彼女と冥夜のやり取りを見ていた少女達も、そろそろ時間だと去っていく。
「フォルカさん、それじゃ俺は」
「ああ」
「まて、そこの訓練兵」
武がフォルカに挨拶をして去ろうとしたところで、月詠が武を引き留める。月詠を見れば、フォルカが居た事に気付いていなかったのか、彼を見ると僅かに驚きの表情を見せるが、直ぐに表情を引き締めて武に視線を向けた。
その視線に、武は一歩も引かずに前に出る。
「貴様は、何者だ」
「何者も何も、俺はただの一般兵です」
「ふざけるな。白銀武……なぜ死人の貴様がここにいる」
死人? フォルカは一瞬、月詠の言葉に首をかしげた。
確か、武はこの世界とは違う世界から来たと言っていた。そして、同時にこの世界で死ぬと、この世界をループするとも。だがそれだと、月詠の言う死人という言葉はおかしい。別世界からの人間が、なぜこの世界のデータに在るのか。
だが一つ、思い当たる事がある。夕呼の言っていた、この世界とは歴史が違うだけで、似た世界からの来訪者だと。だとすれば、この世界には元々白銀武という名の人物が居た……ということになる。もしそうならば、月詠の言葉にも理解はできるが……いかんせんそれはただの推測。本当かどうかは、後で聞こうとフォルカは思う。
「俺は、生きてますよ。だからここに居るんです」
「っふん。面白いことをいう。城内省のデータを改竄してまで、何をしにここに潜り込んだ」
それは、まるで品定め。月詠の眼光は確かに鋭く武を見据えているが、その言葉と視線には明らかに何かを見定めようとしている気配がある。それに気付いているのか、気付いていないのか。武はしかし平然と答える。
「俺は、あいつらを護るためにここにいます。中尉が俺を死人というのなら、俺は死から蘇った護り人ですかね」
「ほう? ならば、冥夜様に近付いたのも護るためだと?」
「ええ。少なくとも、俺はあいつらを裏切る真似は、絶対にしない」
それまで軽い口調で言っていた言葉を強くし、武は絶対と断言した。それは強い意志の現れだ。そして、自分で再確認するようなその言葉に、月詠はフッと笑みを浮かべる。
どうやら、何かを見つけたようだ。
「……一つ言っておく。貴様を信用することはまだできん。だが、信用云々などよりも、冥夜様を裏切れば、どうなるか分かっているな?」
「はい。俺を殺すんでしょう? どうぞ、その時は遠慮なく俺を斬ってください。でも、俺は絶対にあいつらを裏切らないですよ。それでは失礼します、月詠中尉」
絶対の自信を持って言う武の言葉に、少しだけ許してやろうとでも思ったのか、月詠は武が去っていく後ろ姿を見たまま小さく笑みを浮かべていた。
そんな彼女を見ていると、不意に何を見ているというように瞳を鋭くして、月詠はフォルカを睨み始める。
「まるで、品定めだったな」
睨んで来る月詠に全く動じずに少し近づいて、フォルカはさきほど思った事を率直に言う。その言葉に少し驚き、しかし小さく笑みを浮かべて、月詠はそれを肯定した。
「以前から奴の事は調べていたのだ。だが、調べてみれば改竄されていると分かるデータが見つかり、怪しいと思って私は奴の事を見張っていたのだ。何せ、その前までは死人だったのだからな。そんな時に貴様の事までも調べろと言われ、異世界からの来訪者が存在すると知った。そんなことがあるのかと思ってしまえば、あの白銀もそうではないかと、な」
「それで試してみた、というわけか。結果はどうだ?」
「ああ。あそこまで断言されれば、少しは信じてみたくはなる。おまえという一例があるからな」
「そうか」
「それで、フォルカ。貴様は午前の訓練はないのか?」
「む。少し遅刻だな」
「早く行け。遅れるのは軍では許されないぞ」
「ああ。ではな、月詠」
「うむ」
武御雷の前での話で忘れていた時間をフォルカは、格納庫に置いてあった大きな時計を見て確認する。午前の訓練に、ギリギリで間に合うかどうかというところだが、距離を考えれば間違いなく遅刻だった。
とはいえ、初めて知り得たこともあるので、フォルカは無駄足ではなかっただけマシと思うことにする。
そんな事を考えながら去るフォルカを見つめて、月詠はふぅと溜息を吐く。
「異世界から……か。そんな非現実的な事が一度起これば、もう現実的な事か」
フォルカ・アルバーク。白銀武。存在しないはずの人物と、死んだはずの人物。この二人には、共通点でもあるのかと、月詠は考える。
だが考えたところで答えは出るはずもなく、月詠はらしくないと思い、その思考を切り捨てた。
「行くぞ、神代、巴、戎」
『っは』
格納庫に用はなくなった。ならば、いつも通り陰から冥夜を見守るのみ。だから、月詠は有事の際にと隠していた三人の部下を呼び出し、その場を去る。
「おまえは何度遅刻すれば気がすむのだ、フォルカ」
「すまない。散歩していたら戦術機を搬入していたので、見ていたら遅くなった」
「ほう? お前も自分の機体ともなれば嬉しいのか?」
「いや、吹雪だったのでな。武達に会って来た」
「……そっちか。わかった、席に着け」
フォルカの遅刻の理由を聞いて、伊隅は小さく溜息を吐いた。別に戦術機が入って来るのを見て遅れる事を咎めはしない。なにせ、衛士となったばかりの者は大半が、それの所為で遅刻するものが居るからだ。伊隅とて、遅刻ギリギリまで自分の乗る機体を見ていた事もあった。
だがだからといって、遅刻して良いわけにはならない。その矛盾をわかってはいるが、伊隅はそんな自分の経歴もあり、今回は不問とすることにする。ただ、自分の機体を見に行ったのかと思いきや、207B分隊の機体を見ていたというのだから、その問題は微妙なものだ。
だがまあ、良いだろうと放置。ただし、次はない。
「さて、フォルカ。貴様の機体に新武装が付けられるらしいな」
「え、そうなの? 欲しいな」
「ずるい。私もそれ欲しい」
「…………お前達、どんな武器かも知らずに欲しいというな」
新しい物はなんでも欲しがるような物言いをする神崎と南元の言葉に、伊隅は今度こそ大きな溜息を吐いて二人をやんわりと咎める。
そして、新しい武器を使う仲間ということで、その武器の説明のために照明を落とし、プロジェクターでそれを映す。
ホワイトボードの上に映し出されたのは、巨大な杭のついたリボルバー。
「…………何、あれ」
誰かが、呆然と呟く。
それを無視して、伊隅はその武器の説明を開始する。
「さて、これが新武器であるリボルビングバンカーというものだそうだ。この杭を敵に差し込み、巨大な薬莢の爆発で杭を突き出し、敵を内側から破壊するものらしい」
「えぐ!」
伊隅の説明に、思わず突っ込みを入れたのは美崎。そんな彼女を伊隅が睨むと、美崎はすみませんと小さくなる。
「驚きなのは、これの重量が5トン近いということだ。これをつけるために、不知火の右腕を改造、強化して一回り大きくする。そしてバランスを取るために左腕にシールドとしても使える強度と重さのブロックを装着。それらの重量を支えるために関節部を大きく改造し、脚部もまた撃震なみに巨大な物にするらしいんだが……これではもはや、新しい機体だ。急ピッチで製作を進めるらしいが、完成まで少なからず一週間はかかる。最大で二週間だ。実際にこれだけの改造をそのスピードでやるのは、本当はありえないぞ」
優遇されてるな、という伊隅の言葉に、フォルカはさきほど吹雪を整備していた整備班の人間達が、次々に消えて行ったのを思い出した。ということは、すでに始めている?
「ば、馬鹿みたいな設計ですね」
「ああ、本当に馬鹿だ。しかも背中のマウントを跳躍ユニットに変え、腰にその薬莢を入れておくスペースを作るのだそうだ。挙句に脚部にも跳躍ユニットを取り付けるらしい。これでなんとかなったという。ここまで考えて、とんでもない物を選んだとあの香月博士が後悔していた」
宗像の問いに答えた伊隅の話に、そりゃそうだと、フォルカ以外の全員が頷いた。
完成図を伊隅が写すが、ほとんど原形がない。あるとすれば頭部とコクピットブロックだけだ。右腕には腕の二分の一を埋めるほどの巨大なリボルビングバンカーが置かれ、左腕にはこれまた巨大なブロック。そして太い脚部。背後に跳躍ユニットと脚部の跳躍ユニット。
外見でこれだ。おそらくコクピットブロックやあの関節部などの中身は恐ろしいことになっているに違いない。
「……完全にアレだな……」
頭部に頑強な角がないということと、クレイモアを入れる肩装備、そして色が赤色でないということだけで、それはほとんどアルトアイゼンだった。一つ言うなら、左腕にチェーンガンを付けていれば完璧だったというところだ。
まさかの展開に、フォルカも驚きである。
「唯一の救いは、撃震や陽炎のパーツを流用すればなんとかなるということだ。とはいえ、関節部の改造はそう簡単なものではないらしいが、そこは整備班長の腕の見せ所だな。なにやら、張り切っていたらしいが」
「もしかして、こういう突撃特攻! 一撃必殺! リボルバー! っぽいのは男の夢とか?」
「良く分かったな茜。その通りだ」
「理解できんな」
「あんたが理解できないで誰が理解するのよ!」
伊隅の言葉に当てずっぽうのように言った茜の言葉に、フォルカはふうと呟く。その呟きを聞き逃さなかった水月は思わず突っ込みを入れるが、実際に理解できないのだから仕方がない。
そうして、ほぼ新型不知火……いや、不知火というのも怪しいが、とりあえずその機体の説明を終えた伊隅はプロジェクターを止め、照明を付ける。
「さてフォルカ。実際に作り始めてしまったのだから、これをお前が使えないのでは無駄骨も良いところだ。よって、貴様にはこれを作った責任を持って、香月博士のデータを使ってひたすらに訓練してもらう」
「了解した」
とんでもないじゃじゃ馬になりそうな機体になってしまった事に、フォルカは頭を抱えたくなる。しかしそこは堪えて、フォルカは答えた。
その答えに伊隅はうむと頷き、午前の訓練メニューを言い渡す。
「さて、ではシミュレータールームに衛士強化装備に着替えて集合だ。今日は私たちはBETAをただ倒す訓練をする。フォルカは機体に慣れろ。速瀬、お前はフォルカを見ておけ」
「っは!? なんで私なんですか!?」
「おまえがフォルカと二機連携で戦っている回数が、最も多いからだ。今の内に特徴を知っておけ」
「それが理由!? そんな単純な理由!?」
「五月蠅いぞ速瀬! 答えはイエスかノーだ!」
「拒否権なんかないくせに……」
「何か言ったか、速瀬?」
「いえ、なんでもありません。了解しました、フォルカの新型戦術機……っていうのかわかりませんが、それの訓練につき合います」
「よろしい。では、解散」
大変だねとか、頑張れとかポンポンとフォルカの肩に手を置いては一言置いて去っていく仲間達。
そして残された水月とフォルカは、二人して同時に溜息を吐く。
「なんであんたが溜息吐くのよ」
「いや……まさかあんなことになるとは思わなくてな」
だが考えてみれば、リボルビングバンカーには様々な物が備え付けられている。あの巨大な杭は、折れ無い、壊れないを考えて強度を重点的に考え、巨大なリボルバーは薬莢の爆発に耐えられるような頑丈な物にする必要がある。その二つは、軽量化など生易しいことを考えられる余裕はない。そしてリボルバーの回転機構が壊れないようにすることと、薬莢の爆発で吹き出す噴煙を外に出す機構も必要だ。
それらを考えてみれば――出鱈目な重量になることは分かり切っていた。が、今更すぎるその後悔に、フォルカも夕呼も引き下がれないようだった。
「行くわよ」
「了解した」
作ってしまっている以上は、それに乗るしかない。
武の新型OSというものが助けてくれる事を信じて、フォルカはパイロットスーツである衛士強化装備に着替えに、ロッカーへと足を運ぶのだった。
その頃、不知火改造ハンガーでは。
「撃震はまだかー! あの脚がねぇと跳躍ユニットを突っ込んだ脚部の設計ができねーじゃねーか!」
「おやっさん! 肩部の強化の目処がつきました! なんとかなりそうっす!」
「よくやった! 直ぐにシミュレートで壊れないかどうかテストしろ! 五十回使ってもビクともしねーもん作りやがれ!」
「了解!!」
「撃震が来たぞー!」
「おっしゃぁー! そいつの整備記録と脚部の設計図見せろー!」
漢たちは、燃えていた。不可能を可能にするために。
それこそ汗水及び唾を吹き飛ばしながら怒号を発して燃え上がる漢達が居る事を知らずに、フォルカはその熱気とは全く逆の冷静な顔付で、目の前の光景を見ていた。
正面にあるのは十個にも及ぶ大きめな的。攻撃もしてこないただの的だが、それの大きさは1メートル。それに思いっきり突っ込み、リボルビングバンカーを突き刺して、破壊するという訓練だった。
正直に言おう。無茶苦茶だった。
「ぬぉ!?」
跳躍ユニットをフルスロットルで起動。おそらくはシミュレーターの限界のGだと思われるほどの衝撃を生み出して、新型不知火は凄まじい勢いで飛び出し、突貫する。
右腕をアルトアイゼンのように突き出すが、それは見事に空振り。代わりに不知火の顔面にターゲットは直撃し、頭部が損傷。見事に失敗。
それを既に、数十回は繰り返していた。何せ当たらない度に頭部が破損するなりそのままビルや地面に突っ込んだりし、一度飛び出す度に壊れているのだ。故に、リセット。
正直に言えば、フォルカは今ほどあのキョウスケという男を尊敬したことはない。
こんな突撃型の機体を、あそこまで扱えるあの男の技量に感服するしかない。
『フォルカー、さっきより4メートルはずれてたわよ?』
「全く言う事を聞かん……」
『…………まあ、こっちから見ても碌でもないものだってことは分かるわ』
水月からの視線ならば、フォルカの機体はまず最初に跳躍ユニットでもって飛び出す。そのまま突っ込んだと思えば脚部に備え付けられた跳躍ユニットと、背中の跳躍ユニット、合計四つのユニットの炎がバラバラに噴射され、機体はバランスを崩してターゲットを通過したり顔面に当たったり……とにかく悲惨な状況が何度も繰り返されていた。
そして乗っているフォルカは、跳躍ユニット全てを上手く扱いきれず、しかも制御している間にも右腕を動かし、ターゲットとの距離を考えて僅かに動き、直撃させなくてはならない。それは分かってはいるものの、正直に言って一日そこらでどうにかできるようなものではなかった。
しかも、その装甲は間違いなく、あのアルトアイゼンより低い。これでは恰好の獲物だ。
「っく!」
もう一度トライし、フォルカは足でもって跳躍ユニットを制御する。フィードバック制御が無いにしても、これはあまりにも難しい制御だった。
何せ、一度にやることが多すぎる。
「む!?」
挙句に、機体の遊びが無い。おそらくは武の考えた新型OSのおかげなのだろうが、今はその新型OSの過敏な反応速度とシビアな機体操作が、更に機体制御のハードルを上げていた。
訓練を開始してから、まだ10分かそこら。後2時間くらいはこのままだと考えると、フォルカは気分が鬱になりそうになる。これだけの気分になったのは、マルディクトに乗ったアルティスに一撃を与えるというとんでもない修練をさせられた時以来だ。
『……水月』
「何?」
『どうだ、お前も』
「…………じょ、冗談じゃないわ」
顔の映る通信の向こうで、水月は顔を引き攣らせて断る。さきほどからずっと通信を繋げているためにお互いの顔が見えているのだが、おそらく向こうにもフォルカの顔が見えているはずだ。
そして――初めて見るフォルカの「苦渋」の表情に、水月はその機体の碌でも無さを感じ取っていたのだ。故に、断る。
あの超人にも近い動体視力、反射神経、操作技術を持つフォルカが、苦渋の表情である。誰だって乗りたくはないだろう。
どうしたものかと本気で頭を抱えたくなったフォルカの元に、新たに通信が入る。自動的に繋げられると、水月の顔の下に、妹となった少女の顔が映った。
『フォルカ兄さん、大丈夫?』
「ああ、茜か……伊隅を頼む」
『え? うん。伊隅大尉、フォルカ兄さんが……じゃなくて少尉が』
茜が通信を繋げたところで、伊隅が通信を繋げて来ると同時に全員の顔が映る。ほぼ画面全体に映った女性たちの顔を見て、フォルカは小さく溜息を吐いた。伊隅を呼んだのだがと。
『好きに呼べ茜。咎めはしない。どうした、フォルカ?』
「できれば……お前達にも乗ってもらい、感想を聞きたい」
『……』
フォルカの言葉に、全員が黙りこくった。何一つ言わない彼女たちに疑問を浮かべ、フォルカは眉を顰めて仲間達を見る。全員、顔が引き攣っていた。
『ご、ごめんフォルカ兄さん!』
「あ、おい茜」
プツンと通信回線が切られ、茜の顔が消える。それと同時に、すまんとかごめんとかの謝罪の言葉を皆が言い、次々に通信から消えて行く。
そして伊隅が溜息を吐いて、すまないなと一言。そうして結局水月とだけになり、フォルカは彼女を見る。
「なぜだ?」
『……そりゃ…………ちゃっかり通信繋げてた皆が聞いたんだろうけど、あんたが驚いたり焦ったりする声をあげるような機体、乗りたいと思う?』
考えてみれば、ヤルダバオトに乗って、凄まじい力で戦闘をしたフォルカ。そのフォルカが、驚きの声を上げ、扱いきれずに呻き、半場諦め状態になっているのだ。そんな碌でもない機体に乗りたくないと、誰もが思うのは至極当然だろう。
ただ隊長の伊隅までもが断るのは良いのかどうか。
「だが、こういうものはやはり多人数の感想というものが必要だと思うのだが」
『……いつにもまして口が達者ね。そんなに嫌なの?』
「…………」
『……肯定かい』
水月の言葉に、正直に嫌だとは言えないフォルカ。だがその沈黙を肯定と受け取ったのか、水月が苦笑しながら答えた。
『わかったわよ。一回か二回試してみるわ。ちょっと待ってて。遙、お願い』
『了解』
そう声が聞こえると、水月の不知火が姿を消す。機体データをコピーして、移すのだろう。
その間、コクピットの中で小さく溜息を吐いて、赤い装甲を武器に敵に特攻し、このリボルビングバンカーを的確なタイミングで突き刺すあの男を思い出す。
ただ突っ込み、ただ打ち貫くと言っていたあの男……キョウスケ・ナンブ。
凄いな、お前は……と心の中で呟いて、フォルカは気合を入れ直して操縦桿を握った。それと同時に、水月がフォルカと同じ機体に乗って現れる。青色で統一された、それ。外見を見れば、青いアルトアイゼンである。
『そんじゃ行くわよー! おりゃ――――』
気合一発。水月が跳躍ユニットを噴射した瞬間に声は消え、同時に凄まじい勢いで飛び出す新型不知火。それはただ真っ直ぐに飛び、リボルビングバンカーを動かしもせずに、ビルの中へと突っ込んでいった。派手に爆音が響き、ビルからは煙が上がる。
しばし、沈黙が流れる。
『扱えるかぁぁぁああああああ!!』
水月の怒りの絶叫が、フォルカのコクピットの中に響き渡った。
結局、夜までただただひたすら突撃、突き刺しを繰り返し、とりあえずはターゲットに突き刺すことはできるようになった。そしてターゲットを大きくして、リボルビングバンカーを爆発させるところまでで、本日は終了。
あの後、水月の絶叫に、何を思ったのかやってやると宗像が参加。更に神崎がトライし、南元がトライし、築地がトライ、そして結局全員がトライしたところ、誰一人満足に扱うことができずにビルへ突撃、地面に特攻、ターゲットと爆発、等々の愉快な事が立て続けに起こった。
結果、最初に刺せた人が勝ちで、ビリは晩飯抜きはどうだという柏木の言葉に、全員がなぜか参加。なんだかんだで、負けず嫌いの皆だったのだ。
結局最初に突き刺せたのはフォルカだったが、後は誰も刺せず。
そしてフォルカはフォルカで、リボルビングバンカーの薬莢を爆発させた衝撃にバランスを崩して大地へやらビルへやらと突撃。
誰一人上手く扱えずに、結局今日の訓練は終了したのだが――シミュレーターから降りるなり、全員が床へと倒れ込み、吐き気をギリギリで抑えているような始末。
そういえばと、フォルカは大事な事を思い出した。あれは確か、修羅兵が攻めて来るかもしれないと思われた時、彼が食事をしなかったことを不思議に思って聞いた時だ。
キョウスケが「食事を食べた後に機体に乗ると、コクピットが悲惨な事になる」と言っていた事を、訓練が終わってから記憶が蘇って来たのだ。
「……多分、これでもあれより遥かにマシなのだろうな……」
昼食を食べてまで訓練をしても吐き気を催さなかった事に、フォルカは自分が修羅だからか耐えられたのか、それともマシだからかなのか、どっちだろうと考え、マシだからだと答えを出した。
何せ――跳躍ユニットではなく、テスラ・ドライブという飛行ユニットと巨大なバーニアでもって突撃していたのだから。
ジャンプするためのユニットと、空を飛ぶためのユニット。そのどちらで突撃すれば威力が増すか、考えるまでもないだろう。
「俺には……無理かもしれん」
訓練一日目で、まさかの挫折の予感に、フォルカは溜息を吐いた。
なんとか全員復活し、夕食のPXへと赴いたのは、訓練が終わってから一時間以上が経った頃だった。
最初にターゲットに刺せた人が勝ち、という提案した柏木がかなり文句を言われていたが、それに乗った全員が悪いという結論に至り、その話は無かった事になる。
そうして、食事を摂る時間が随分と遅いというおばちゃんに、彼女たちは揃って訓練に夢中になっていたと言い訳をしていた。まさか花も恥じらう乙女が、吐き気を堪えて、それが納まるのを待っていたなどと、言えるはずもなかったからだ。
時間的には誰も来ないはずなので、皆思い思いの場所に座り、適当に食事をする。
「結局、誰も乗れなかったね」
「そうだな……フォルカ、本当に乗れるのか? なんなら今からキャンセルすれば、なんとかなるかもしれんぞ?」
「……いや、なんとかしてみせる」
正直言って、それはもうほとんど意地だった。
彼のその根性論のようなものに、周りの皆も驚きの声を上げる。
とはいえ、フォルカは実際には熱血の男だ。修羅神を扱うには、根性、気合い、敵を倒すという覇気を持っていなければならない。だから、実のところは彼は熱い男なのだ。
普段が、少々静かなだけである。
「それにしても、あの機体随分と遊びがなかった気がしたんだけど、気のせいかな?」
「あ、それ私も思った」
茜の言葉に、神崎が反応する。
「確かに異常なまでに敏感だったな。フォルカ、何かしたのか?」
「ん? ああ、武の考えた新型OSが組み込まれていた。言ってなかったか」
『言ってない』
フォルカの言葉に、全員が口を揃えてフォルカの言葉に文句を言う。遙すら言うのだから、おそらく元々機体データとOSが一緒になって入っていたのだろう。
とんでもないまでの動きに、タダでさえ戦術機の操縦がヤルダバオトと違う事で辛いのに、更にシビアになった機体に、追加要素のようにシビアにしてくれた武のOS。
「機体のバランスは、立てるだけで精一杯のようだな」
「そうだな。飛んだ瞬間にバランスを取るのが一気に難しくなった」
「ええ……それに、バンカーを使った直後の衝撃で、機体のバランスが著しく低下していましたわね」
フォルカの言葉に、宗像と風間が答える。
そして気づけば、風間の手元の食器は全てが空になっていた。相変わらずの早食いである。
「それでは……お先に」
「明日は休暇にしよう……正直私が辛い」
『賛成です』
突撃時のG、シビアな操作、重量を制御するために付けられている四つの跳躍ユニット、バンカーを突き刺す動作、それら全てを何度も何度も繰り返し、結果耐えられなかったA-01部隊の面々。
伊隅の言葉に、誰も反対するものはいなかった。
そしてその頃の整備班。
「おやっさん。これ、本当に使える衛士、いるんすかね?」
「多分な……それより、奇跡だな」
「そうですね。バランスが取れただけで奇跡ですね……重量配分ギリギリですよ」
「そしてロマンへの俺達の根性の勝ちだ」
「おやっさん……あんたぁ、漢だ」
丸一日費やして完成した設計図を見ながら、整備班班長及び副長は、しみじみと呟いていた。
「ところで、立ってるだけで限界ですが」
「香月博士は作れと言っていた。だから作る」
「それでこそ……おやっさん!」
そんな感じで、とりあえず命令通り作る彼らだった。
まだまだ、熱い夜は終わらない。
11月29日。
日時は過ぎて、昨日国連事務次官がやって来たこと以外に特に事件もなく、リボルビングバンカーの訓練を初めて5日が経過した。
今日も今日とて休暇になり――またバンカーを使い、突き刺して爆破した後に着地という条件で賭けごとをした――昨日の疲れを残したままA-01部隊は同じ過ちに気分を落としていた。
朝からだが……正直未だにガンガンいっている頭はそう直りそうにないと、数人の言葉。
フォルカはなんとか慣れ始め、突き刺し、爆発させ、降り立つという動作までできるようになった。その後、敵を戦術機にしての訓練で、突き刺して少し持ち上げ、爆発させるという一工程が簡単にでき、そこから段々と上達していた。
彼女達はそれがフォルカの実力かと彼の能力をまたしても凄いと思うが、実は空中のターゲットに攻撃するのが何よりも難しかったのと、最初に小さなターゲットを攻撃できるようにしておこうと、あのボールのようなものを使ったのが、全ての間違いだったのだ。
確かにアルトアイゼンは空中の敵にまで突き刺していたが、それはキョウスケが何度も地上での戦いで覚え、その感覚を経験したから使えたのだ。
つまりは、無謀な事を何度も何度も繰り返していたということである。
そのためか、戦術機との戦闘ではフォルカは勢いに振り回されながらもなんとか勝ちを得た。とはいえ、ギリギリの勝ちだったので、まだまだ訓練は必要なのだが。
それに気付いたのが昨日だったりするのだから、性質が悪いとフォルカは心底自分に呆れたのだった。
「そういうわけで、あの馬鹿馬鹿しいOSを発案した者の市街地での模擬戦闘を見に行くが、どうする」
「あ、私も行く。千鶴がどうなったか知りたいし」
「そうだね。私もあの二人がどうなってるか気になるな」
「それじゃ、見に行こうか」
「私も行こうかな、暇だし」
「神宮司軍曹に見つからないようにな」
『了解~』
これからどうするのかという問いに、フォルカが答えたところ、茜、南元、築地、柏木の元207A分隊に加え、水月が参加した。遙かは今回はやめておくとのこと。
そんな彼女たちに、自分達が特殊任務部隊であることを忘れて会うなよと、伊隅が釘を刺した。それに軽く答えて、彼女たちは移動を開始する。
それに付いて行く形で立ち上がり、彼女たちの後に付いて行く。その間、フォルカは武の動きは参考にならないかと考える。あのOSを考えた男だ。さぞかし凄い機動をするのだろう。
そんなことを考えながら、グラウンドへと移動するのだった。
グラウンドから、かなり離れた場所で戦闘が見える。それに少しでも近づくために基地から出ようとも思うが、しかし基地からあまり離れていない場所にアンテナを付けている車を見つけて、皆それ以上行く事をやめる。あれは、間違いなく遠距離での通信のためのものだ。
多分ではあるが、あれには207B分隊の面々を育てている神宮司まりも軍曹が乗っているはずだ。見つかればタダでは済まないので、近づかないことにしたのだ。
とりあえず離れていても戦闘は見えるので、そこから観察することにするが……正直、フォルカ以外の五人は遠目にも分かる機動に目を見張っていた。
「何あれ……あんな機動ができるわけ?」
「あ、あれ乗ってるの千鶴かな……」
「速い……あ、あぶ……って、え、何今の!?」
水月が小さく呟くと、茜が今、空に飛び上がった機体を眼で追う。それを狙った吹雪が突撃砲を乱射するが、その飛び上がった機体は素早く横にスライドするように跳躍ユニットが炎を吹く。その機体に照準を再び付けようとしたところで、その機体に向かってもう一機が迫る。
フォローしようと突撃砲を持った仲間が飛び出して来るが、その機体は更に現れたもう一機によって、阻まれる。その一機は凄まじい機動で動き回り、敵の吹雪を撹乱して突撃一閃。一瞬にして戦闘不能にした。
どっちを狙えばと焦っているような動きの吹雪に、ただ突撃するのかと思えば、凄まじい機動でもって反転してその場より離脱。てっきりその離脱した機体が攻撃するのかと思いきやそれは囮で、本当の狙いは最初に出て来ていた吹雪だったらしく、そのままただ立っているようなものだった吹雪の背後から攻撃。戦闘不能になった。
一瞬にして、二機を行動不能にした三機。
その後、最後の一機は抵抗もできずに、ほとんど同時に攻撃に移った三機によって撃墜されてしまった。
――勝負になっていないと、誰もが思う。フォルカとてそう思うのだ、おそらくは新型OSを実装している三機と、していない三機といったところか。
「あれ、もしかしてフォルカのOSを?」
「俺のではない。武のOSだ」
シミュレーションで装備し、あのリボルビングバンカーの機体を動かす訓練をしていたが、あそこまで軽々とした動きは全くできてはいない。いや、おそらくはそもそもが間違っているのかもしれない。あんな物は付けるでべきではなかったのではないか、と彼は考える。
五人が、難しい顔をしている。もし、今あれと戦えば、ギリギリで二機は撃墜できるかもしれない。だが、単機で飛び出し、一瞬で一機を落としたあの機体はどうかと言われれば、怪しいものだった。
「あれに乗ってるのが、白銀武って人なのかな?」
「フォルカが言うには、その人が作ったんでしょ? じゃあそうなんじゃないかな?」
南元の言葉に、柏木がうーんと考えるように言う。
おそらくは、それで間違ってはいない。
戦闘が終了したためか、六機はまりもの居る場所へと戻ってくるように、こちらへと跳躍してくる。それを見て、元207A分隊の面々が先に戻ると言って基地の中へと走っていった。もし見つかれば、望遠カメラでバレてしまうからだろう。仮にも、特殊任務部隊であり、機密部隊なのである。
だから、PXに行く時だって、別の部隊が居ない時だけを狙っていくのだから。
「……私も戻るわ。フォルカ、あんたは会っても良いなら、話聞いて来て」
「了解した。しかし何故だ?」
「あのOSが本当に使われてるか、気になるのよ」
現突撃前衛長の言葉に、なるほどとフォルカは納得する。頼んだという言葉を残して水月が去っていく後ろ姿を見送り、フォルカはさて、と立ち上がる。
おそらくは演習が終わったので、格納庫に戻るだろう。ならば先に行っていようと、フォルカは少し小走りで彼らの格納庫へと向かった。きっと、前と同じ場所だろうと適当に考えて。
結論で言えば、フォルカのそれは当たっていた。ペイント弾で色が派手に変わってしまった三機に、無傷の三機。その合計六機の機体から、パイロットである六人が降りて来る。
そして降りると同時に、ボロボロに負けた三人が、圧勝した三人に詰め寄る。かなり離れているのに、フォルカの耳にはっきりと聞こえるほどの大きな声で。
その声の発生源は、冥夜からだった。さすがにあれでは納得がいかないのか、怒っているようだ。
だがあそこまで完膚なきまでに負けては、確かにその怒りの気持ちは分かるというもの。
階段を降り、その六人にゆっくりと近づいて行く。
そして武、彩峰、榊が少し自慢気にネタをバラそうとしたところで、フォルカの存在に気付いたようだった。バッと敬礼し、それを不思議に思った残りの三人も振り返ると同時に敬礼する。だがそれを、必要ないと先に教えて、フォルカは近づきながらも武に話かける。
「凄いな。あの機動が新型OSの動きか?」
「あ、フォルカさんネタバレ……」
「新型……」
「OS……?」
「な、そなた達いつの間にそんなものを!?」
フォルカの問いに、武が何かを言いかけたところで、珠瀬と美琴が首を傾げた。が、直ぐに思い当たったのか、冥夜が彩峰と榊に詰め寄る。
「あ、あはは……」
「うん……凄く良く動く」
冥夜の怒りにどう答えようと考えていた榊に対して、彩峰はさらりと自分の感じた事を率直に感想として出していた。それを聞いた冥夜が、道理でと何かに納得したように頷いている。
そんな彼女を見て、フォルカはペイント塗れになってしまっている吹雪を見る。良く見れば、前に吹雪が搬入されたばかりの時、何かを取り外して入れていた機体の位置と、何もしていない機体の位置が同じだった。ということは、あの時取り外してから入れていた物に、新型OSが入っていたのだろうか? だがOSはデータでは?
小さな疑問が浮かんだが、今はそれよりも、武に聞きたい事があった。
ちなみに、新型OSを使うには夕呼の作り出したCPUが必要なのだが、それはまた別の話。
「武。お前のOSはどういう仕様だ。俺にも渡されたのだが……上手く動かせなくてな」
「ぇ、フォルカさんにも? ……そっか、さすが夕呼先生ですね」
「ふふん。ま、あれだけ圧倒的な差が出るってことは、OSの方は問題なかったみたいね、白銀」
そう武が呟いた瞬間、後方から突如として声が聞こえて来た。
その方向を振り向いてみれば、この基地の副司令である夕呼が、両腕を組みながら歩いて来るのが見えた。それに対して榊達が敬礼をしようとするが、それを予測して敬礼はいらないと夕呼が言う。
それに戸惑っている少女達を無視して、夕呼は武達に言う。
「それじゃ、OSは成功ということね?」
「はい。霞にもありがとうって言っておいてください」
「わかったわ。それじゃ、あんた達3人の吹雪にもOSを実装させるように言っておくわ。それとフォルカ、ちょっと来なさい」
「む?」
武達の前に来るなり、武と二言ほど会話をして、ついでというように冥夜達にOSの事を言う。
そしてすぐさま踵を返すと同時にフォルカを呼んだ。その彼女の顔が真剣なので、フォルカは何も言わずに近付く。
「どう、あれは」
「……なんとか扱え始めたが、まだまだだな」
「っそ。実機がそろそろできるわ。暑苦しい整備班達が凄いピッチで作業してるからもうすぐに完成するけど、ちょっとした物を付けるから、それの説明のために後で私の部屋に来なさい。話しをしてるみたいだしね。天才衛士の白銀に色々聞いてみなさい」
「天才なのか? 了解した」
それじゃねと、さっさと戻って行く夕呼。たったそれだけのために来たのかとも思うが、実は夕呼としてもここにフォルカが居るとは思ってはいなかったのだ。ついでだったので話たのだが、それをフォルカは知らない。
しかし天才衛士とは知らなかったとフォルカは感心する。とりあえずもう一度話をと思い振り返り、フォルカは武に声をかける。
「武。少しアドバイスをもらないか?」
「はい。えと……フォルカさんはポジションはどこなんですか?」
「ああ。突撃前衛だ。ただ敵に突撃し、離脱するような機体に乗っているんだが……上手く扱えなくてな」
「……不知火ですか?」
「元、な」
「元?」
「いや、気にしないでくれ。そういう機体はどうすればいいと思う?」
フォルカは夕呼から言われた言葉を思い出そうとするが、正直に言って全てを綺麗に思いだすことはできない。ただそのOSのおかげで、機体のスペックが格段に跳ね上がったということと、機動能力が向上していることくらいは理解できている。というより、訓練での感想だ。
説明すると長くなるので、特徴だけを伝え、そういう機体はどうすればいいのかと問う。
「そうですね……突撃して離脱ってことは、一撃離脱の機体ですか?」
「ああ」
ふと気づけば、フォルカと武の二人を囲むように、少女達が聞き耳を立てていた。
別に聞いてはならない話ではないから良いのだが、どうやら興味があるらしい。天才衛士と呼ばれているらしい訓練兵の武に、正規兵のフォルカが質問する。なるほど、状況的には確かに興味深いだろう。
その武は武で、そんな機体あったっけ? と小さく首を傾げているのだが、しかしとりあえず答えておこうというように、少し考えてから口を開いた。
「じゃあ、確実に敵を攻撃できる時にだけ、突っ込んだ方がいいと思います。特にそういうのは間合いが重要だと思いますよ。突撃型の機体は、自分の間合いを知ってるだけでもかなり違うと思います。例えば遠距離からと近距離なら、近距離の方が銃弾当てやすいですよね」
「そうだな。機体を弾丸に変えて考えれば、近い時よりも遠い時のほうが当て難いな」
確かに考えてみればわかることだ。突撃して敵に突っ込み攻撃するあの機体。一度突っ込んでしまえば、止まるまでに3秒以上のロスタイムがある。その時間だけで十分に攻撃されるタイミングとなるだろう。
ならば、適当に突っ込むよりも、適度な戦闘をするか、ただひたすら間合いに近づくかということだろう。
武からのその話に、アルトアイゼンは一定距離からだけ突撃していた事を思い出す。
「あとは、突撃して攻撃をした後に、側面噴射で横に動いたりすれば、それなりにいけるんじゃないかとは思います。突撃型ってだけで、本当にどういう戦闘スタイルなのか分からないのでどうとも言えませんが」
それに実機を見ないことにはほとんど想像の域だという武に、しかしフォルカは感心する。ただ「突撃型」という機体の特徴のみで、これだけのアドバイスを言える彼に。
天才衛士というのは、確かなようだと、彼は笑みを浮かべる。
「いや、ありがたい。参考にさせてもらう。すまなかったな、訓練中に」
「いえ。お力になれたなら」
「ああ。では、俺は夕呼に呼ばれているので、行くとする」
「はい。また」
「ああ、またな」
そう言って少し駆け足でその場を去るフォルカ。その方向からまりもがやって来ていたが、フォルカは普通に彼女の横を通って駆けて行く。
そんな彼の耳に、少女達がなにやら喚き始める声が聞こえて来る事に首を傾げ、階段を登る途中で振り返る。すると、そこにはまりもも混じり、なにやらを話している姿が見えた。
だがそれを気にすることでもないので、フォルカは彼らを置いて、とりあえず呼ばれている夕呼の元へと向かうのだった。
「さて、あんたを呼んだ理由なんだけどね」
夕呼はフォルカが部屋に入るなり、霞と一緒にソファーに座りながらフォルカに声をかける。
座りなさいと指で指示してくるので座ると、フォルカの目の前に何やら大きめな紙を夕呼は広げる。その広げた紙には、機体の設計図が書かれていた。
「たった1日で整備班が作り上げた設計図よ。けど……この設計図だと立つことがやっとで、動くことなんてできないのよ」
「む? では使えないのではないか?」
「ええ。今のままではね」
夕呼の横から席を立った霞が、トコトコとフォルカの横に座る。久々に会ったからか、少し甘えるようにフォルカの横にくっつく。が、その顔はいつも通り無表情。……と、思いきや僅かに笑みが浮かんでいた。
そんな彼女の頭を優しく撫でて、しかしフォルカは夕呼の言葉に疑問を覚える。今のままでは使えないということは、使えるようにはなるということか。
「社に聞いたわ。あのリボルビングバンカーって物を付けてる機体、ほとんど出鱈目な設計らしいじゃないの。あんたの記憶の片隅にあったテスラ・ドライブとかいうものでようやくバランスを保ってるなんて、聞いてないわ」
「ああ。俺もこの前思い出したばかりだ」
それをリーディングした霞を、フォルカは頭を撫でて心の中で褒める。それが嬉しかったのかは分からないが、少し顔を赤めて俯く霞。
で、どうするのかと、フォルカは夕呼に問う。
「これは最終手段よ。グレイ・イレヴンを使うわ」
「グレイ・イレヴン?」
「ええ。前にも言ったでしょう、G元素の事」
「ああ、あれか」
「あれの11番目の機能のことよ。その効果は、重力制御」
「……重力制御だと?」
さすがのフォルカも、それは驚くしかなかった。前はG元素とは、ヤルダバオトの装甲を消さない何かがある程度にしか理解しなかったからだ。
それに、理解できていないと言ってはいなかったかと、フォルカは記憶を遡る。
「完全には理解できていません。ですが、いくつかは理解できている物はあるんです」
「そうなのか?」
「ええ。私は「理解できていない」とは言ってないわ。私が言ったのは、「完全には理解できていない」といっただけ。あんたはそっちよりも、ヤルダバオトが気になったんでしょう」
「……ああ」
確かに、あの時はそちらの方が気になって、G元素のことはどうでもいいと放置していた。
だが重力制御装置があるというのは、さすがに予想外だ。
「あと、6番目のG元素は負の質量をもつ力。もう一つは……ま、こっちはいいか。必要なのはグレイ・イレヴンと呼ばれる重力を制御できる力よ」
「……なるほど。それがあればなんとかできるということか」
「ええ。これでなんとか動けるようになるわ。ちなみに、あんたの乗ってる訓練用のデータは、これの計算も入れているわ」
「…………ということは、シミュレーターのあれが、実物になるということか」
「そうなるわね。どうなの、操縦の方は」
話的には、その重力装置をテスラ・ドライブの代わりにしようというわけだ。向こうの世界の物とは材質は違うだろうし、重量も違うだろうあの機体。だがやはりこの世界の技術ギリギリで、ようやく立つ様子。あとは動かすために、その重力制御装置でなんとか動かすと……BETAの技術を使ってでも動かしたいわけだ。
まあ……あれがなければ、フォルカの乗る機体がないことは確かだ。つまり、居るだけの存在。それだけは御免被りたい。
だがと操縦関連を思い出して、フォルカは小さく溜息を吐く。
「正直に言って手に負えない。だが、なんとかしよう」
「あたりまえよ。極秘のG元素まで使ってあんたに託すんだから、簡単に負けてもらっちゃ困るわ。自分の手足のように動かせるようになりなさい」
「ヤルダバオトではないのだ。無茶を言わないでくれ」
さらりと言ってくれる夕呼に、フォルカは軽い文句を言う。
「それで、そのG元素を使う際に、注意点はあるのか?」
「ええ。こいつが破壊されれば、あんたは機体と一緒にドーン。地上から消え去るわ」
「…………」
一瞬、自分の聞いた言葉が理解できなかったフォルカは、なぜか霞を見る。霞もその辺りは聞いていなかったのか、少し驚いたような反応を見せていた。そしてフォルカを見て、ギュッと服を握る。
「安心しなさい、こいつは直接攻撃されて破壊されない限り爆発なんかしないわ。あとリボルビングバンカーはパージできるようにしておくわ。三六発打ってから、身軽になって暴れても良いわよ。あ、パージした後はきっちり拾いなさいね」
もう一度作る余裕はないわと、夕呼は言ってくる。
だが、そんな危険な機体になるのかと、フォルカは頭を抱えたくなる。この世界に来てから、軽い頭痛がするような事が増えているのは、間違いなく気のせいではない。
「あとは、あんたが自分が死なないように訓練するしかないわね」
「そうだな……それで、そのG元素は一体どういう風に使う?」
「かなり小さな物を使うわ。グレイ・イレヴンを溜め込んだ球体の周りに、あのG元素の液体を周りに流入。超小型のML機関みたいなものね。ああ、これの説明は無し、長くなるから。こいつを本来マウントがある位置に押し込むわ。これが生み出す余剰電力は、パワーに回されるわ。突っ込み型としては、良いんじゃない?」
「……位置? 良く分からないが、三六発のみか」
「その三六発にいくらコストがかかってると思ってるの。無駄弾はないのよ」
「……すまない」
確かに、あれだけの大きさの薬莢を三六発ともなると、火薬代も馬鹿にはできない。いや、そもそも火薬を詰めて爆発させるのだろうか? それとも小型の爆弾か? それを考えて、フォルカは訓練中の爆発を思い出す。跳び出すのは巨大な薬莢……あの中に何が入っている?
「お父さん、考えたら負けです」
「……そうか」
隣の霞からの助言に、フォルカは小さく答える。確かに、研究者でもなければ、機体の開発者もでないフォルカが考えたところで、答えは出ないだろう。
とはいえ、やはり気になるものは気になるのだが……仕方なく、その疑問は捨て去る。
「で、このML機関だけど……問題はこれにBETAが反応するということね。BETAにとっては、G元素兵器そのものが攻撃の対象。なにせ最高の技術というか、オーバーテクノロジーだもの。だから、これを付けていれば、BETAに集中的に狙われるわ。それでも良い?」
「良いだろう。どちらにせよ、動かないのでは意味が無い」
「はいはい。それじゃそれで行きましょう。それに、XG-70bの前の試験運用みたいなものね」
俺は実験台かと、フォルカは言いかける。
ここまでしているのだから、これ以上文句はあまり言えないだろう。フォルカは仕方なく夕呼への文句を抑えて、小さく溜息を吐く。ただ、最後のXGとやらが若干気になったが。
それにしても、ML機関……だったか。まさかG元素を使って重力制御装置を作り出す技術があったとは気付かなかった。いや、それも当然かとフォルカは思う。なにせG元素を知らず、その存在の意味も知らなかったのだから。そして、この世界がどれだけの技術を持っているのかも、実際には分からない。
だがそれでも、重力制御は間違いなくオーバーテクノロジーだろう。そんなものを使おうと思うあたり、この女の考えはさっぱりわからない。とはいえ……修羅神もオーバーテクノロジーの塊のようなものだ。考えてみれば同じオーバーテクノロジーでも、完全にブラックボックスの修羅神よりも信頼性は高いだろう。
それを考えれば、よくG元素というものから重力制御ができると見つけ出したものだ。そしてそれを正常に動かす方法まで。
「ちなみに、このML機関はラザフォード場っていうのを展開するわ。これが重力を弱いか強いかと制御するもの。小さな物を背中の跳躍ユニットの中で作って、少しでも機体を軽くするわ。これでギリギリ」
そう言って、夕呼はもう一枚の紙を出して来る。霞が描いたのだろうその絵には、少し背部が飛び出した形になる跳躍ユニットをつけた戦術機があった。そのラザフォード場というものがどんなものかは知らないが、この飛び出した場所にそれが入る場所を作るのなのだろう。
さきほどの「位置」とは、こういうことかと、小さな疑問の回答を得る。
「このラザフォード場だけど、これに触れると急激な重力偏重によってミンチになるから、気をつけなさい」
「……爆発よりも怖いな」
「ま、機体の中にあるんだから大丈夫でしょ。出力は20パーセントってところね」
重力相手じゃ、さすがのフォルカとて手出しはできない。しかし、この小ささで20パーセント。それで動くうというのなら、100パーセントでこれを稼働すればどうなるのか。
考えたくもないが、間違いなくフォルカは死ぬのだろう。
「で、纏めるとだけど。まず小型のML機関を跳躍ユニットに搭載する。その中で小さなラザフォード場を展開し、機体を少し軽くする。けど小さいし弱めの重力偏重だから、立ち上がり戦闘することくらいで限界。んでもってその際に発生余剰電力でパワーは向上。ま、動けばマシよね。そしてML機関が破壊されれば、あんたは半径5キロは巻き込んで死ぬっていうこと」
「5キロ? こんな小型でか」
「ええ。破壊されれば重力制御していた機関が暴走し、一気に爆発。ちっこいワームホールができると思っていいんじゃないかしら?」
「……」
グランゾンが、脳裏に浮かぶ。随分と嫌な言い方をしてくれるとフォルカは夕呼を睨む。
その超小型ML機関というのは、1メートルもないくらいに小さなものだ。ただその部分だけ適当な絵なので、どういったものかは分からない。
「それにしても……ただの不知火がここまで改造されると、もう別物ね。試作機として別名でも付けましょうか」
「何て付ける気だ?」
「さぁ。あなたが考えて頂戴」
名前を俺に考えろと言うのかと、フォルカは心の中で文句を言う。
最近、自分の性格が変わっていないかと思いながら、フォルカはそうだなと考える。が、名前など考えた事もないゆえに、そうそう早く出ては来なかった。
そしてそんなものを考えるよりと思考を切り替えて、彼は夕呼に視線を向ける。
「まあいい。それは後回しだ。それで動くならば……あとは俺の腕次第だな」
「ええ。頑張りなさいな」
ならば、必死になって訓練しなくてはならんなと、フォルカは思う。
「ところで、ヤルダバオトの実験とやらはどうなった?」
「ああ、そのこと? 気にしないで訓練してらっしゃい」
「…………わかった」
溜息を吐いて、フォルカはソファーを立つ。それと一緒に霞もソファーから立ち上がり、部屋から出ようとしたところで、不意に武と共に一人の男が入って来た。茶色いコートに身を包み、ハットのような帽子で顔が見えないが、只者ではないことはわかった。
が、男が何者かなど興味のないフォルカは、客なのだろうと思い扉の前から退く。
「おお、これは失礼」
そう言って、男は部屋の中へと入る。その男と入れ替わりに部屋を出ようとしたところで、フォルカは武に呼び止められた。
「あ、フォルカさん。ここで何を?」
「ああ、少しな。用事は終わった。そっちもか?」
「はい……夕呼先生と話をしようと思ったら、この人に捕まって」
「なるほど……お前も大変だな。ではな」
「はい」
そう言って出て行くフォルカに、霞も付いて行く。武はそれを見て少し首を傾げるが、それまでだ。夕呼の部屋へと入り、そのまま扉を閉める。
そうして歩き続けるフォルカの横で、霞はフォルカの手に自分の手を伸ばす。そんな彼女の小さな手を軽く握り返して、フォルカはどうするかと考える。
夕呼にはああは言われたが、今日は訓練は休み。従ってシミュレーターも使えない。となれば、時間を潰して夕飯を食べ、寝るくらいしかない。
「霞……あやとりでもするか?」
「はい!」
フォルカは前の世界でショウコに教えてもらい、この世界でも唯一通用する娯楽、あやとりを思い出して霞に問いかける。その彼の言葉に驚き半分嬉しさ半分の顔をして、彼女は年相応の笑みを浮かべて、頷いた。
これから大変だが、とりあえず今くらいは良いだろうと、フォルカは自室へと向かうため、エレベーターへと足を運んだ。
それにしても、あの男は誰だったのか――。
――――――――――――
外が寒くて出かける気になれないは学校は4時半まであるわで、現実逃避っぽくカタカタ小説を書いているヤルダバです、皆さんこんばんわ。
さて、問題だったリボルビングバンカーをどうするかと友人と相談。
結果「ML機関使ってせめて立たせたら?」という言葉に、やってみようと思いこうなりました。
…………ご都合主義ワールド、召喚(蹴
ごめんなさい……かなり無理がありますね……ごり押しのオリジナル設定です(滝汗
しかもここで使って良いのか夕呼!
というのも、実は香月博士の頭の中では「白銀が夢を見ている→その夢で武の世界に、武が行ける→理論が手に入る→00ユニットが完成するので今の内に実験→フォルカ犠牲者」という構図ができてたりします。
28日に、夕呼の理論を見てそれが元の世界にあると知りましたので、それを利用しました。
ああ……疲れた……それにしても、超小型のML機関なんて良いのか……そもそもどんな構造の機関なのかもわからないのに……w
けどパワーもこれで上げられたし……あれが出ても勝つことはできるかな?
…………しかし異星人技術(EOT)と全く同じものが出て来たせいで、SRW世界の武器が実は結構使えるんじゃないかと思ったそこのあなた、そこは無視してくださいorz
やってから気付いた失態でございます……。
さて、今回はA-01部隊よりも、武達との邂逅を行いました。そろそろ会っておかないとね!
そんでもって月詠さん、ちょっと黄昏モード。
はてさて、お次はついにクーデター……に行けるかな?
とりあえずそこでちょっとしたものが登場する予定です。お楽しみに。
って、楽しみにしてくれる人がいるのかどうか……。
それにしてもフォルカのキャラが段々と……壊れ……ってかキョウスケとアルトアイゼンの記憶を思い出しまくってますね……。
ん~、どうなることやら。
さてさて、指摘されていた色々な修正部分を直すとします!
ではでは皆さま、また次の更新で!
今回も見直ししておりますが、誤字脱字、おかしいぞというところを見かけましたら、できればお教えくださいませm(_ _)m