決闘騒ぎから3日後、サイトは無事に目を覚ました。
シエスタは、彼の前から逃げ出したことを謝罪したそうだ。
サイトは気にした様子がないどころか、謝罪されたことに驚いていたようだ、とシエスタから伝え聞いた。
彼と交わした会話のことを語る時のシエスタは、何やら頬を赤くしていたような気がする。
だけど私は、そのことを指摘してからかうような気分にはなれなかった。
「サイト……ごめん」
「リ、リースまで謝るのかよ。なんで?」
私は今、中庭で偶然会ったサイトと2人きりで会話している。
合わせる顔なんてなくて避けていたのだけど、曲がり角で彼と対面したため、逃げる方が失礼だと思ったのだ。
相変わらず私は、自分の異常な力を知られたくない。だから本当のことは言えないけど、謝らずにはいられなかった。
「君がぼろぼろになって戦っている時、私は助けにいけなかった。そのことを、どうしても謝りたかったんだ」
「い、いや。シエスタに聞いたけどリースも体調が悪くて倒れてたんだろ? 仕方ねえってか、謝る必要なんて……」
……私は、卑怯だ。本当のことを隠して、自分に都合の良い様に言葉を選んでいる。
本当に申し訳なく思っているなら、隠すことなんて止めて、本当のことを話すべきだっていうのは分かっている。
だけど、どうしてもできない。
「そもそも、あの喧嘩も俺が勝手に買っただけだしな。
俺が黙って頭下げてれば、ギーシュは簡単に引き下がりそうだったし」
「けど君は、親切のつもりで、ギーシュの落とした香水の瓶を拾ったんだろう?
それなのに相手に侮辱されたら、怒っても仕方ないんじゃないかな」
「あー……いや、モテ男この野郎、みたいな嫉妬もあった。
あいつの挑発に乗らなきゃ、余計な喧嘩はせずによかったな、てちょっと後悔してるんだ。
……たぶん、同じようなことがあっても、納得できなきゃ頭下げられねえと思うけどさ」
目の前の少年が、ルイズが、シエスタが、周囲の人達みんなが……私のことを化け物と呼ぶかもしれない、と思うだけで、身体が震えそうになるぐらい、怖い。
その恐怖に打ち勝てず、真実を話す勇気が、どうしても出せない。
「あの後、ギーシュと話す機会があったんだけどよ、あいつ割りといいやつっぽくてさ。
ちゃんとシエスタにも俺にも謝ってきたし、ちょっと気障で女ぐせが悪いところあるけど、いい友達になれそうだよ」
「それは……すごいね。決闘した相手と仲良くなれるなんて」
「なんていうか、男はそういうところあるんだよ。喧嘩したらいつの間にか友達になってたというかさ」
喧嘩して、友達になる。
サイトのその言葉に、友達の数ほぼゼロ(シエスタは友達と呼んでいいと思う、思いたい)の私は、少し心を惹かれた。
「なんで、喧嘩したら友達になれるの?」
「んー……なんつうか、『おまえやるな』『おまえこそ』みたいな感じで、お互いを認め合うって感じかな」
「なるほど、そういうものなんだ……」
私はサイトの答えを聞いて、少し考えてから決意する。
「サイト、君に頼みがある」
「な、なんだ? そんな真剣な顔して……別にいいけど、無茶なこと言われても困るぞ?」
彼と正面から向き合って、私は勇気を出して、言った。
「私と喧嘩してくれ!」
「は、はい!? なんで! おれ怒らせるようなことした!?」
「君と友達になりたい……だから、喧嘩してほしい!」
「いや待てその理屈はおかしい!」
「……だめ、かな。私は君の友達に、なれないかな」
「そ、そうじゃなくて……てか、俺達もう友達だろ?」
「――え?」
サイトの言葉に、私は本当に驚いた。
私と彼は、まだ出会って数日で。交わした言葉も、そんなに多くない。
それに、私は本心を隠して付き合っている。彼の役にも、立てていない。
そんな私を……彼は友達と、思ってくれていたのか。
「いいの? 私、君の友達になっても、いいの?」
「あ、ああ。てか、おれ今まで友達と思われてなかったことに驚きだよ」
「だ、だって。まだ会って間もないし、君の役にも立ててないし……」
「いや、過ごした時間とか、役に立つとか立たないとか、そんなの友達には関係ないだろ?」
サイトは、それを当然のことのように言った。
嬉しかった。
シエスタの時は、気が付いたらなっていたから、どうすれば友達を作れるのか、分からなかった。
ずっと、どうすればいいのか分からなくて、悩んでばかりで。
だから……私を友達だと言ってくれる人がいることが、とても、嬉しかった。
(……ああ、そうか)
そこまで考えて、気付く。
私がシエスタを友達と思うことに、彼女の能力や身分は関係ない。
気付いたら仲良くなっていて、少し話をするだけでも嬉しくて。
きっと、それでいいんだ。
難しく考えなくても、お互いがいっしょにいたいって思うだけで、友達になれるんだ。
「サイト。こんな私だけど、改めて……友達でいてくれる?」
「もちろん、こっちこそよろしくな」
彼が手を差し出してくる。
私は、少し迷ったけど、その手を握り締めた。
ただ握手しただけなのに、とても心が弾んだ。
だからこそ、彼に本当のことを言えない自分の弱さが、恥ずかしかった。
○
それからしばらくは、平和が続いた。
学院で授業を受けて、空いた時間でブリスやみんなと同じ時間を過ごす。
あの頭痛を伴う謎の現象が起こることもなく、穏やかな日々が過ぎていった。
それが破られたのは、休日である虚無の日。
サイトとルイズが街に買い物に出掛けたという、その日の夜中に、事件が起こった。
「おーい、ブリス。ここにいるんだろー?」
暗い夜闇の中を、“ライト”の魔法で周囲を照らしながら、私は使い魔を探して歩いている。
ふと目が覚めた私は、ブリスが部屋からいなくなっていることに気付いた。
使い魔として契約しているブリスの視界を共有することで、ブリスの居場所が中庭の一角だということは分かったので、迎えにきたのだ。
ブリスは散歩に出掛けただけかもしれないが、最近はフーケとかいう盗賊が暴れていると物騒な噂もある。考えすぎかもしれないが、夜間にブリスだけで外出させるのは心配だった。
「……いたいた。ブリス。ほら、部屋に戻ろう」
「にゃー」
なんとか見つかったブリスを抱きかかえて、部屋に戻ろうとする。
だが、ブリスは私に持ち上げられたまま、視線を建物の方から動かそうとしなかった。
「あれは……宝物庫かな? あれが気になるの?」
そう問いかけても、ブリスはその建物を見つめたままだ。
トリステイン魔法学院の宝物庫はとにかく頑丈なことで有名だが、猫であるブリスが興味を持つようなことはないはずだ。
疑問に思いながらしばらくブリスに付き合って宝物庫を眺めていると、何やら夜風に乗って声が聞こえてきた。
「あれは、ルイズ達の声? こんな夜中にどうして……」
知り合いの声に驚いて、その声がする方へ行ってみようと思った瞬間だった。
ズシン、と。激しく地面が揺れた。
その凄まじい振動は断続的に、間隔を空けて何度も起こっている。
「な、なんだ!?」
しばらくして、揺れが収まったかと思うと、次は轟音が響き渡る。
その破壊音は何度か耳を揺さぶった後、急に収まった。
「――にゃ!」
「あ、ブリス! どこにいくの!?」
突然、私の腕の中から飛び出したブリスを追いかけて、私も走る。
暗い夜道ですばしっこい猫を追いかけることは、“ライト”の明かりがあっても中々難しかったが、なんとか見失わずについていけた。
しばらく走り続けると、ブリスは目的地についたかのように急に立ち止まる。そしてある方向を見つめて、威嚇するように唸っている。
ブリスの視点の先を見て、私は……平和な日常には相応しくない、『敵』を見つけた。
「……あれ、は」
学院から歩み去ろうとする、巨大な――巨大すぎる、人影。
距離の開いている私にもとんでもなく大きく映る、人の形をしたその存在は、近くで見上げたならどれほどの脅威となるというのか。
どうやらそれは、土で作られた巨大なゴーレムらしかった。
近くにある宝物庫の壁が、豪快に砕かれている。先程の破壊音は、この壁をあのゴーレムが打ち破る音だったのだろうか。
巨大なゴーレム。宝物庫。その言葉から、私は噂されている存在を思い出した。
「土くれの、フーケ……?」
そう呟いた瞬間。
あの嫌な感覚と頭痛が、再び私を襲った。
「ぐぁ……また……!」
頭を抑え込んで、耐えるしかなかった。
襲ってくる激痛に“ライト”の魔法を維持できなくなり、明かりが消失する。
真っ暗な暗闇の中、私の中に流れ込んでくるイメージ。
盗まれた破壊の杖。捜索隊に志願するルイズ達。
あっさりと見つかる破壊の杖。だけどそこにフーケのものと思われる巨大ゴーレムの襲撃。
逃げようとするみんなの制止を振り切って、ルイズはゴーレムに1人で立ち向かおうとする。
けどそんなルイズの抵抗を嘲笑うかのように、ゴーレムが襲ってきて――。
そこで、イメージは途絶えた。
まるで、そこから先の未来は見せるまでもない、と宣告するかのように。
私の全身から力が抜ける。激痛に襲われ続けている頭の中が、真っ白になる。
「う……ぁ、あああ」
もしも、このまま、今までのように何もしなければ。
明日。ルイズは、死ぬ。
それを知っていて止められるのは私だけで、けど、強固な意志を持つルイズは、言葉では説得できそうになくて。
一番確実で安全な方法はひとつだけ。
私が、みんなに化け物と怖がられるのを覚悟してでも、あのゴーレムを全力で倒すしかない。
けどそれは、とても怖くて。どうしても、怖くて。
そして――彼女の命と自分の都合を天秤に掛けていることが何よりも醜くて、自分自身に吐き気がした。
○
どうやって部屋に戻ったのか。いつの間に寝ていたのか。
それさえも思い出せないまま、私は朝を迎えた。
鏡で自分の顔を見てみると、とてもひどい顔をしていた。
まるで今から死地に赴くような……そんな人を見たことないから想像でしかないけど、そんなひどさだった。
(死にそうなのは、私じゃないのに)
水で顔を洗い、身支度を整える。
私もまた事件当時、現場近くにいたということで、証人の1人として呼び出されている。
イメージの中で見たように、事件当時の状況確認が行われるはずだ。
それと、ミス・ロングビルが調査してきた情報を元に、捜索隊の志願者を募られることになる。
(私は、どうするべきなんだろう)
いや、やるべきことは分かっている。
フーケのゴーレムがみんなに危害を加える前に全力で排除して、可能なら破壊の杖を取り戻す。そしてフーケ自身も捕える。
だけど、そのためには普通の魔法じゃ無理だろう。イメージの中でも、何度強力な攻撃を加えてもゴーレムは再生して、すぐに体勢を整えていた。
再生する暇もないぐらい、一気に吹き飛ばす。それしかない。
学生の身ではありえない私の異常な力だったら、可能なはずだ
分かっていても、怖い。みんなから化け物として扱われるかもしれないことが、怖くて、怖くて、ひたすらに怖い。
決意を固められないまま、私は指定されていた部屋に入る。
室内にはもう人が集まっており、しばらくして会議が始まった。
先生達へ事件について知っていることを、平民で使い魔であるサイトを除いた、目撃者達がそれぞれ話す。
目撃者はルイズ、キュルケ、タバサ、サイト。それに私を入れて、5人だ。
私自身の知っていることはほとんどないため、すぐに報告は終わる。
後はイメージの中で見えたのと変わりのない流れで、話は進んだ。
責任を押し付けあう教師。遅れてやってきたミス・ロングビルの情報提供。
持ち込まれた情報を元に、フーケ捜索隊の志願者が募られる。だが教師達は体調が悪いだの何だのと言い訳をして、捜索隊には加わろうとしない。
それを見かねたルイズが自ら志願し、それを見てキュルケやタバサ達も捜索隊に加わった。
「……私も、志願します」
私も杖を掲げて、参加の意思を示す。
教師の態度がどうとか、そんなのは関係ない。
あのイメージの通りの未来なんて、絶対に認められない。
覚悟が決まっていなくても、それだけは変わらなかった。
「ふむ……最近の生徒達は勇敢じゃな。教師達と違って、の!」
オスマン校長が言い訳ばかりの教師達を眺めて、皮肉げに言う。
それに腹を立てたのか、いつも『風は最強』と口にしているミスタ・ギトーが叫んだ。
「ならばやはり、私も志願しましょう! そこまで言われて黙ってはおれません!」
「あー、いや。すまんかった。君は休んでいなさい。君とベルフェゴール君の怪我については知っておるから」
「コルベールです、オールドオスマン」
「ふん、この程度の怪我など――ふおぐふぉ!?」
突然、ミスタ・ギトーが腹を抱えて蹲った。
「ああほれ、傷が開いた方が問題じゃろう。コールド君、彼を医務室に。会議はもういいから、そのまま君も今日の診察を受けてきなさい」
「いえ、しかし生徒達だけで……あと、コルベールです」
「捜索隊には私が同行しますので、あなた方は御自分の身体を労わってください」
「ミス・ロングビル……ありがとうございます。生徒達のこと、よろしくお願いします」
イメージでは見えなかったそんなやりとりが行われて、ミスタ・コルベールを連れてミスタ・ギトーが退出する。
「先生達は、どこか怪我を……?」
「うむ、何日か前に別件でな。特にギトー君の怪我はひどくて、本来なら安静にしているべきなのじゃが本人が大丈夫と言い張ってな。じゃがさすがに今の状態で戦闘させるわけにはいかんよ」
その別件とやらについては詳しく教えてもらえなかった。
話す必要がないか、秘密のことなのか……どちらにしても、フーケ捜索には関係なさそうなので、誰も追及する者はいなかった。
○
馬車に乗って、フーケの目撃証言があったという付近まで馬車で移動する。
「ねえ、リース。さっきは聞けなかったけど、なんであなたも志願したの?」
その途中、ルイズが質問してきた。
けど、正直な理由は言えない。
君が死ぬかもしれないから、と言うのは不吉すぎるし、そう考える理由も“未来が見えた”という、実際に体験した私しか信じられないようなことだ。
「……心配だったから」
「何よ、あなたも私がゼロだから戦えないっていうの?」
「違うよ、その……」
友達だから、と言える自信はなかった。
相手は公爵令嬢だし、付き合いも短いし……そう考えている途中、先日のサイトとの出来事を思い出した。
(過ごした時間とか、役に立つとか立たないとか、そんなの友達には関係ない)
サイトはあの時、私を友達だと言ってくれた。
身分とか立場とか、そういうことも気にせずに、言ってくれたんだ。
余計なことは関係ない。大切なのは、私がルイズを、どう思っているのか。それだけなんだ。
勇気を振り絞って、ルイズに自分の気持ちを伝える。
「友達、だから。友達だと思っているから、心配なんだ」
「……友達?」
ルイズが不思議そうに、そう呟いてくる。
「あ……やっぱり、私が友達じゃあ、迷惑かな」
「い、いえ、そうじゃないの! その……ありがとう」
照れた様子で、視線を逸らしながら呟くルイズ。
どうやら、嫌われているわけではなさそうで、少しだけほっとした。
だからこそ、私の力を見られた時のことを考えると、怖いけど。
(私が怖がられるだけで、友達の命が助けられるなら……それでいいじゃないか)
覚悟はまだ決まらない。けど、意思は固まった。
私は、あの未来のイメージに立ち向かう。そして友達を守る。
絶対に……守るんだ!