彼は世界を駆け抜けた。
それは、まるで世界が彼を振り回しているようにも見えた。とらえようによってはいいように使っているともとれる。世界の紛争に身を投じどちらの味方をするでもなく彼は救える人全てを救っていった。その行いは当然のように受け入れられ、拒絶された。
「彼には人の気持ちがわからない」
最初は彼の在り方を慕いついていったものがその果てでそう言った。
救った人々の中には敵対しあっている人もいた。救った人々の中でまた争いが生まれそして彼はその被害を食い止めるため救った人を殺していった。
もちろん感謝した人々だっていた。その笑顔だけで彼は戦えたしどんなことも乗り越えられた。
彼は人だった。純粋な人だった。歪な生き方をさせたのはその純粋な心だった。
「誰かを助けたい」
ただそれだけ。
そのために自分を殺し世界を救い世界を壊すもの人々を犯すものを殺していった。
「彼には人の気持ちがわからない」
そんなことはない、わかっていても救うためには気持ちが邪魔だっただけだ。
より多くを救うためには切り捨てることも必要だ。彼はそのことを他の誰よりも嫌いそれでも実行していった。
彼の最後は救った人に殺されるという残酷なものだった。
それでも彼は恨まなかった。それでも自分の手で救われた人はいたのだと笑って、自分が一番救われたのだと笑って死んでいくはずだった。
しかし、その死に際二人の人間が彼の元にやってきた。
そのうちの一人腰の辺りまできれいな黒髪を伸ばしたほうが話しかけた。
「 、死ぬの?」
「そうみ・たい・・だ」
「最後に何かいいたいことはある?」
「な・・いよ」
「願いは?」
「な・・い・よ」
あんたは何でそうなの?相変わらず自分が勘定に入っていない。これじゃあ がかわいそう。
「何・・で泣いてい・る・・ん・だ?」
もう喋ることも辛いのだろう途切れ途切れの言葉をきいている私まで辛くなってくる。
「私ね、ずっと好きだったの のこと。だから、死なせない。あんたが幸せにならないなんて間違ってる。あんた言ったんじゃないの?あの子に、がんばったやつが報われないなんて間違っているって。だから私は を死なせない」
「もいいか?始めるぞ」
もう1人の女性がそう言った。
女性が出したのは人にしか見えない赤子の人形、人としての機能は果たしていても魂がなければそれは人形でしかない。
「これにあんたの魂を入れて世界を渡らせる。・・・あんたにだって幸せになる権利はあるんだからね」
じゃあ真っ白になったあなたに祝福があらんことを。
そんなことをいわれた気がした。
確かにこの地で彼は死んだ。しかし魂と新たな肉体は時空の旅に出た。
「よかったのか?」
もう一人の女性、ショートの髪をした女性が煙草に火をつけながら訊いた。
「ええ、これが私の望みだった」
「わざわざ死徒になってまでの望みか?」
「そうね、並行世界を渡りにわたってやっとあいつを救うことができた。・・・わたし、あいつを幸せにするんだって絶対幸せになるんだってがんばったけど私にはできなかった。まあこの場での死を回避しただけで渡った先の世界があいつにとってどんなものになるかは分からないけどね」
「納得してなさそうだな」
「そりゃそうよ、私はあいつと幸せになるつもりだったんだから」
「着いて行く気はなかったのか?」
「私にとってのあいつは笑いながら死んだ大バカ一人だからね」
だからこれは私のつまんない意地よ、とそう言って空を見上げた彼女の瞳からは一筋の涙が流れていた。
Angel and a knight