時は紀元三世紀。日本は卑弥呼の時代。現在の中国はまだ漢王朝が存在していた。その力は衰退し、徐々に乱世の様相を呈し出した頃。大陸にどこからともなく広まった予言があった。
―――世乱れる時、天より御遣い現れり。その者、嵐を呼ぶが乱世を止める者なり。
この言葉を誰もが聞いたが、ほとんど信じる者はいなかった。しかし、中には信じる者もいた。そう、そんなものにも縋りたい程にこの国を憂いている者達だ。苦しむ者達を救おうと動く者や、己が力の無さに涙する者。優しき故に、彼らは願った。この大陸に平穏を、と。
その想いは力となり、予言を実現しようと動き出す。外史と呼ばれる世界。本筋ではない歴史。IF―――つまりあったかもしれなかった可能性の世界。そこへ、今まさに救世主が降り立とうとしていた……
場所は変わって、現代は春日部市。そこにある住宅地のとある一軒家。そこに住む家族達が、実は何気に何度も世界を救った事を知る者は少ない。その家族の名は野原家。そして、主役はそこの長男。
「ふぁ~あ……ヒマだぞ」
今日は日曜日。彼は寝坊したため、買い物へ出た両親と妹に置いていかれたのだ。仕方ないので、作ってあったおにぎりを食べ、居間で横になりながら普段の格好で寛いでいた。赤い上着に半ズボン。どこかにいそうでいない少年がそこにはいた。
彼の名は野原しんのすけ。チョコビと綺麗なお姉さんが好きで、納豆にはネギを入れるタイプの五歳児。憧れの人物はアクション仮面にカンタムロボ、そして救いのヒーローぶりぶりざえもんだ。
しんのすけはおにぎりを食べ終わると、する事がないとばかりにアクビをした。庭には彼の愛犬シロがいる。それを思い出し、散歩でもして暇を潰すかと考えた。
「そうだ。シロの散歩でもするぞ」
自分一人で留守番にも関らず、家を空けようと考える所が子供、いや彼らしい。更に、本来毎日のようにしなければならない散歩を、暇潰しでしか思い出さないところに彼の彼たる所以がある。ともあれ、彼は玄関へ向かい靴を履こうとした。だが、ある事を思いついて再び居間へと戻った。
そして、おもちゃ箱を漁ると何かを取り出した。それはアクション仮面のヘルメットとカンタムロボのフィギュアだ。散歩がてらパトロールをしようとでも思ったのだろうか。ともあれ、しんのすけはヘルメットを被り、フィギュアを片手に玄関へ。
「ほっほほ~い。シロ~、散歩に行くぞ~」
「キャ……クゥ~ン?」
しんのすけの言葉に嬉しそうな声を返そうとしたシロだったが、その姿に疑問を浮かべて首を傾げた。それにしんのすけは自慢げに胸を張る。
「世の中はぶっそ~だから、これで身の安全をほしょ~するぞ。わっはっはっはっ!」
「クゥ~ン……」
高笑いをするしんのすけを見て、シロは項垂れる。いつものような行動だが、やはり脱力するのは脱力するのだろう。しかし、散歩に連れて行ってもらえるのは嬉しいので、シロはすぐに立ち直る。
そして、シロの首に紐を結び、それをしっかりと手にしてしんのすけは頷いた。準備は整った。後は行くのみだ。そう言うように、しんのすけはポーズを取った。
「出発おしんこ~!」
「キャン!」
そうして動き出すしんのすけとシロだったが、何かに気付いたのかその足を止めた。地面に大きな影が出来ていたのだ。それを確認し、しんのすけとシロは視線を影を作っているものがある方向へ向けた。すると、そこには古そうな鏡を持った男性がいた。
その視線はしんのすけを品定めするかのようだ。それを受け、しんのすけは軽く息を呑んだ。そして……
「そんなに見つめちゃいや~ん」
身をよじるように変な声を出した。それに相手も虚を突かれたのかやや体勢を崩したものの、即座に建て直し先程とは違った視線をしんのすけに向ける。
「……干吉が言っていた通り、こいつなら確かにあの外史を終わらせそうだ」
「ゆきち? ゆきちなら母ちゃんが大好きだぞ。でも、すぐおサイフからいなくなっちゃうんだって」
「諭吉じゃない! 干吉だ!」
しんのすけの言い間違いに、男性は怒って返した。その怒声を聞いてもしんのすけは驚くどころか、むしろ納得したというように頷いていた。日ごろから母親に怒鳴られている彼にとって、怒鳴られるのは慣れているのだ。
「ほ~ほ~。で、お兄さんはオラに何かご用? オラ、忙しいんだよね。すけじるが会議で遅刻しそうなんだ」
先程まで暇だからと言っていたにも関らず、しんのすけは、まるで急いでいるビジネスマンのように腕を指差してそう告げた。当然だが、その腕に時計などはない。それを聞いて怒りを感じる男性だったが、それを何とか押し止める。相手は子供だと、そう言い聞かせていた。
そして、一度深呼吸をすると手にした鏡を見せて尋ねた。それは、しんのすけの性格を事前に知っていたかのような誘い文句。こう言えば絶対にしんのすけが乗ってくるだろう聞き方。
「なぁ、綺麗なお姉さん達に会いたくないか?」
「会いたいっ!」
即答だった。思わず尋ねた男性が戸惑う程に。予想はしていたのだろうが、それでもやはり、五歳児が女目当てで行動するなどどこかで信じられなかったのだろう。僅かに沈黙し、男性は気を取り直して咳払い。
「なら、この鏡を割れ。そうすれば、お前の願いは叶う」
「お~、お兄さんはインチキ商売の人?」
「違う! その鏡はただでくれてやる!」
「おぉ、ふともも!」
「それを言うなら太っ腹だ」
嬉々として鏡を受け取るしんのすけ。そして、それを一通り眺めて叩き割ろうと上に持ち上げた。それを見て密かにほくそ笑む男性。シロはその笑みに何か邪悪なものを感じ取り、しんのすけを止めようと吠えた。
「キャンキャンッ!」
「ちっ! 犬め!」
シロの声がしんのすけへの注意だと察し、男性はやや焦ったような表情を浮かべた。しんのすけはそんなシロの声に……
「おわっ! も~、いきなり吠えないでよ」
驚いて鏡から手を離した。その瞬間、シロと男性が揃ってずっこけたのは言うまでもない。鏡は地面に落ちて、見事に割れる。そして、そこから眩い光が溢れ出し、しんのすけとシロを包む。
その眩しさに目を瞑るシロ。しんのすけは、アクション仮面のヘルメットのおかげで特に強い眩しさを感じなかったが、それでも驚く程の光だった。
「おおっ! これは何かが起きる予感!」
その言葉を最後にしんのすけとシロの姿は消えた。それを見届け、男性は不敵に笑う。しんのすけが送られた場所は、彼らが手を出せない場所。その基を作りし存在が彼らを排除したために、彼らは手を出す事が出来ない。
だから、彼らは考えた。その場所を終わらせるために、本来現れるだろう者を排除するように別の者を送ろうと。そして、その相手にはその場所に愛着も縁もなく、守ろうと思っても守れない者を選んだ。
しかも、ただそれでは面白くないとばかりに、彼らは可能性を抱かせる存在にしたのだ。自分達を排除した場所でのうのうと暮らす人形達を、とことん絶望させるために。故に、彼らはしんのすけを選んだのだ。この世界を何度も救った存在である彼を。
―――精々足掻けよ小僧。お前の力は、絆は、そこにはない。
どこまでも広がる荒野。見渡す限り何もないそこに、しんのすけとシロはいた。気を失ったまま、仲良く倒れるしんのすけとシロ。そこへ三人組の男達が姿を見せた。長身の男を中心に、両脇には小柄の男と大柄の男がいた。
三人はしんのすけとシロを見つけ、特にそのしんのすけの格好に驚いた。
「あ、アニキ、あのガキ見た事もない兜つけてますぜ!」
「ほ、ほんとなんだな。あれ、珍しいんだな」
「……そうだな。よし、なら早いとこ奪っちまうぞ。さすがにガキを殺すのは気が引けるしな」
盗賊の彼らだが、その心にもまだ僅かな良心は残っていたのか、リーダー格の長身の男はそう言ってしんのすけ達に近付いていく。それと同時にまずシロが目を覚ました。複数の足音を聞いて目覚めたのだ。
そして、まず周囲を確認しそこが自分の知る場所でない事を理解すると、隣のしんのすけに気付いた。倒れている事に多少驚きはしたものの、ただ気を失っているだけと分かったのか、安堵するように息を吐いた。
「クゥ?」
だが、そこでシロは三人組に気付いた。そして、その嗅覚で彼らから血の匂いがする事を察して、やや不思議そうに首を傾げた。平和な現代日本で生活しているシロにとって、血の匂いがする者は怪我をしている者だった。
だが、目の前の三人には怪我らしい怪我は見当たらないのだから。しかも、その匂いが強いので余計にシロは疑問を感じていた。そのままシロはしんのすけの傍に立ち、三人を見つめていた。
やがて、三人がもう後少しと言う所まで来て、やっとシロはその異様な雰囲気に気付いた。更に手にした武器を見たのだから、さあ大変。しんのすけを起こすように、器用に二本足で立ち上がりその体を揺すった。
その行動に三人組は慌てる前に驚いた。そして、小柄な男が長身の男へある事を思いついたのか、こう提案した。
「アニキ、あの生き物捕まえて見世物にしましょうや!」
「あ、あの芸やらせたらうけそうなんだな」
「それはいいな。じゃあ、あれも頂いていくか」
その会話を聞き、シロは余計慌ててしんのすけを起こす。その必死さが伝わったのか、しんのすけはやっと起き上がると、大きくアクビをして周囲を見回した。その目に映る光景が先程までとまったく違う事に気付き、彼は一人頷いた。
そんな暢気なしんのすけへシロは前足で三人を指した。危機が迫ってる。そんな風な表情まで浮かべて。それにしんのすけも気付き、視線を三人へ向けた。そこにいる者達が手に武器を持っている事にしんのすけは驚きを見せる。
「あ~っ! 映画の撮影だ~!」
「「「えいが?」」」
しんのすけの放った聞いた事もない言葉に、三人は揃って足を止める。シロはその発言に全身の力が抜けた。その間にもしんのすけは走り出して、三人の近くへ向かった。その速さには、三人も驚くぐらいに。
その手にした武器を見て、どこで買ったのやどんな映画などと尋ねるしんのすけ。三人はそれに困惑するも、普通ならば武器に怯えるはずの子供が、むしろ嬉々としている事に戸惑っていた。
「ど、どうするんだな?」
「アニキぃ、こいつおかしいですぜ」
「かもしれねぇな。おい、坊主」
「な~に?」
見た目と同じようにおかしな存在かもしれない。そんな風に感じた三人。長身の男は、リーダーらしくしんのすけへ声をかけた。
「これが何か分かってんのか?」
「? 剣だぞ」
「分かってんじゃね~か。なら、大人しくその兜を渡しな」
男の言葉にしんのすけはやや考え、何かを理解したのか手を叩いた。そして、どこか仕方ないといった表情になり、ヘルメットを外してこう告げた。
「もう、おじさんもアクション仮面ごっこしたいんだな。それならそうと言ってよね」
「あく……何だって?」
「仮面がどうのって言ってました」
「い、いまいちよく分からないんだな」
しんのすけの言った内容に疑問符しかない男達。それでも、しんのすけが大人しくヘルメットを渡してくれそうなので、黙って受け取ろうとした。だがその時だ。どこからともなく一陣の風が現れた。その風は、ヘルメットを受け取ろうとしていた男の手を跳ね除け、しんのすけを庇うように立ちはだかった。
「そこまでだ! 幼い者から物を奪おうなど、この趙子龍が許さんっ!」
白い服装の槍の女性は、そう力強く告げる。その威風堂々の声に、愚かにも男達は立ち向かおうとする。互いの力量を測れないその行動に、彼女はどこか哀れむような目を見せる。
だが、同時に自分の後ろにいるしんのすけの事を思い出したのか、男達へ向けた槍の刃を密かに返した。大柄の男は武器を斬られ、小柄の男は持ち手の部分で強打され、長身の男はそこで力量さを思い知り、慌てて逃げ出した。
それを見つめる女性。本当なら追い駆けたいが、それが出来ずにいた。それは、先程から自分の服の裾を掴んでいる手があるからだ。
(悪を捨て置く事は出来んが、この幼子を置いて行くのはもっと出来ん。このように寂しがられては……な)
小さく笑みを浮かべ、女性はしんのすけの方へ向き直った。その視線を合わせると、しんのすけはやや驚いたような顔を見せる。
「お姉さん、びっじん! カッコイイ! オラとお茶しな~い?」
「え、遠慮しておこう……」
「星、賊は追い払ったのですか?」
「おや~? これはまた変わった物を持ってますね~」
予想だにしないしんのすけの反応。それに女性は普段の飄々さも無くし、微かに動揺した。まさか命を助けた幼子から、いきなり誘いを受けるなどと誰が思うか。そこへ、彼女の旅の連れが現れた。
眼鏡の女性と頭に妙な物を載せた女性だ。それに女性としんのすけが同時に振り向く。そして、二人を見てしんのすけは、またもや感嘆の声を上げた。二人もまた綺麗なお姉さんだったのだ。
「ヘイヘイそこの眼鏡のおねいさん、ピーマン食べれるぅ?」
「は? ぴーまん?」
「聞いた事のない名前ですね。食べ物のようですが、どこの物でしょ~?」
「私としては、その足元の兜のような物と、その生き物が気になるのだが」
その言葉に女性達の視線が一気にシロへ向けられた。それにシロは軽く首を傾げた。その仕草の可愛さに女性達に笑みが浮かぶ。中々賢そうだと誰かが言えば、愛嬌もありますと続く。そんな風にシロが三人に構われているのを見て、しんのすけは何かを思い出したかのように周囲を見渡し、三人へ尋ねた。
「ね、カメラはどこ?」
「「「かめら?」」」
しんのすけの言葉に揃って首を傾げ、眼鏡の女性が代表してしんのすけへ尋ねた。それは、カメラの事やピーマンの事だけではなく、しんのすけ自身の事にまで及んだ。そこでしんのすけは庭で会った男性と、鏡の事を話した。
その内容は俄かには信じられないものがあったが、しんのすけの存在とヘルメット、そしてフィギュアなどがそれを渋々ながら納得させた。そうして、しんのすけが話し終わった時、ふと気付いたのだ。まだ三人の名前を聞いていないと。
「ねぇ、お姉さん達の名前は? オラは、野原しんのすけ五歳」
「……野が性で、名が原。字がしんのすけでしょうか? この歳で字は珍しいですね」
「性? 名? オラ、苗字が野原だぞ。名前がしんのすけ」
「……どうやら本当に別の場所から来たようだ。では、真名も知らないだろう」
そう告げて、白い服の女性はしんのすけへ軽く真名の説明をした後、笑顔で名乗る。
「私は性が趙、名は雲、字は子龍だ」
「私は性が程、名は立、字は仲徳ですよ」
「私は、性が郭、名は嘉、字は奉孝です」
そう眼鏡の女性が名乗った時、他の二人がやや驚いた表情を見せた。そう、彼女は偽名を使っていたはずだったのだ。それを使わなかった事に驚いたのだろうと、彼女も分かったのだろう。やや苦笑しながらこう言った。
子供相手に名を隠す必要はない。それに、どうも目の前の相手は物覚えがあまりよくなさそうだからと。それに二人も納得。しんのすけは自分が馬鹿にされたと思わず、どこか嬉しそうに手を頭に置いていた。
「あは~、それほどでも~」
「「「誉めてない(ですよ)」」」
「クゥ~ン」
見事に突っ込みが一致する三人。しかも、普段ならば突っ込みをされる程立まで突っ込むという有様。だが、しんのすけはそれに感心したように頷いた。何故か、郭嘉と程立が仲の良い友人達を思い出させたのだ。
(眼鏡のお姉さんは風間君に似てる気がする。こっちの……飴のお姉さんはボーちゃんだぞ)
唯一趙雲だけ当てはまる相手が友人ではいないが、ある人物がしんのすけの脳裏をよぎる。それは、彼が好きな正義の味方。颯爽と高笑いと共に現れるヒーロー。
(槍のお姉さんは、アクション仮面だ!)
先程の出来事を思い出し、しんのすけは一人頷いた。ここがどこかは知らないが、アクション仮面と一緒なら怖いものはないだろうと。だから、しんのすけはシロの体を抱き抱え、三人へ視線を向けた。
「ね、オラ、お姉さん達と一緒にいたい」
その声には寂しさはなかった。代わりに込められたのは、純粋な願い。それに三人は揃って悩む。確かに子供であるしんのすけを置いて行くのは忍びない。だが、子供を連れて行ける程楽な旅路でもない。
それに、いつまでこの三人で旅をするかも分からないのだ。正直、趙雲がいなくなれば、しんのすけは完全に邪魔者となる。だが、それでもしんのすけを置いていこうと決断出来る者はいなかった。
互いに視線で見つめ合い、誰ともなく苦笑混じりに頷いた。この大陸を憂いている三人にとって、子供は次代を築く希望。故に見捨てるなどは有り得ない。更に、自分達の知らない事を知っているしんのすけは、下手をすれば見世物にされる可能性もない訳ではない。
「辛い旅ですよ?」
「オラ、平気」
「怖い思いをするかもしれませんよ~?」
「オラ、男の子だぞ」
「ならば共に行くか、しんのすけ」
「ブッラジャ~」
「キャンキャン」
こうしてしんのすけは、趙雲達と共に大陸を歩く事になる。これが、後に始まる風雲の幕開けとは知らないまま。多くの出会いと別れ、そして戦いを経験し、少年はまた大人への階段を昇る。かつての様々な思い出を胸に……
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掲示板のネタを見た時、純粋に面白そうと思い、遂に恋姫のクロスに手を出してしまった……
色々と未熟な点が多いかと思いますが、寛大な心で見てやってください。
小説家になろうへも掲載します。