「あと一日か・・・」
部屋に鳴り響く目覚まし時計を止めた後、無意識にそう呟いた。
素早く朝食を済ませ、僕は学院へ急いだ。
自分の単身楽団を脇に抱え空いている防音室の鍵を借り、僕は神曲の練習を始めた。
進級試験の直前ということもあり現在は授業らしい授業は行っておらず授業時間は個々の練習となっている。
でも、僕は今まで一回も精霊を呼び出すことに成功していない。
(そろそろ時間だな・・・)
時間を確認し明日行われる進級試験の予行練習の為、僕はホールへと急いだ。
♪~♪~
ドラムの音が聞こえる。僕の前にユギリ姉妹の姉が練習しているのだろう。
沢山の精霊がいるのがわかる・・・。
「流石ね、ペルセ。」
妹のほうの声だ、風聞によるとこちらも精霊を呼び出すことには成功しているらしい。
そうこう考えているうちに二人が出て来た。僕は何か気おくれするような気持ちになり通路の脇で二人をやり過ごした。
単身楽団を展開し、ピックを持ち演奏を始めた。
♪~♪~
目を瞑ったって弾けるくらい練習してる曲だ。演奏にミスは一つだってなかった。
でも、僕の演奏に対し精霊は一体も現れはなかった。
「なんでなんだよ・・・」
僕の声は虚しくホールに木霊した。
僕は天才なんかじゃない、そんなことはとっくにわかってる。
傲慢な態度、自慢、知識をひけらかしたりすることもやめた。
それが精霊が現れない原因だと思ったからだ。
神曲を作曲しなおしたり、楽器を変えたり思いつくことは全部やった。
練習だってマメが潰れて手が血だらけになるくらいに行った。
でも、精霊は現れなかった。
「何が・・・何が足りないんだ。」
結局試験は明日に控えているというのに何も進歩はなく肩を落として帰途についた
「trrrr・・・trrrr・・・」
晴れぬ気分のまま夕食を拵えていると電話がかかってきた。
「誰だろう、こんな時間に・・・」
そんなことをぼやいたが実際は電話がかかってくること自体珍しく聊か驚きながら受話器をとった。
「あ、もしもしダングイス?」
何か聞いたことのあるような声の気がしたが誰かはわからなかった。
「そうだが、君は誰だい?」
「ご、ごめん前まで学院にいたタタラ・フォロンだよ。覚えてるかな」
少し慌てた調子で彼は応えた。
「ああ、覚えてるよ・・・一体君が僕に何の用事だい?」
もう彼に悪感情は持っていないが少し突き放した調子で応えてしまった。
「明日、進級試験なんだってね、ペルセとプリネから聞いたよ。」
「そうかい、僕は馬鹿にされてるだろう、何てったって四年弱学院に通っているのに一体の下級精霊すら呼び出せないんだからね。」
少し驚きを覚えつつも自嘲気味に僕は応えた。
「それは違うよ、ダングイス。彼女たちは君を心配しているんだ。」
「なんだって?まさか!」
流石に僕は魂消て聞き返した。
「本当だよ、レンバルトや僕も心配してるんだ。だから少しでも元気付けようと思って電話したんだ。」
優しい調子で彼は語った。
「・・・そうかい、用はそれだけか?」
何と応えていいかわからず口から出た言葉はこれだけだった。
「あ、うん・・・それじゃ、明日は頑張ってね。」
「ああ・・・」
ゆっくりと受話器を置き僕はベッドに寝転んだ。
「頑張って・・・か」
仰向けになり天井の無駄に豪華な照明にマメの痕だらけの手を透かしながら呟いた。
「もしかして・・・僕に足りないものって・・・」
僕はベッドから跳ね起きると目にも留まらぬ早さで受話器をとった。
♪~♪~
「やったね、プリネ!」
「ありがとうペルセ!」
ボウライや数体の下級精霊を呼び出し、まず合格であろうユギリ姉妹の妹プリネシカが演奏を終えて、とうとう僕の番がきた。
「・・・番!コマロ・ダングイス!」
僕は順番が最後ということもあり少々緊張を感じながらホールの舞台へと上がった。
(凄まじい聴衆だ)
実際は数百人といったところだろうがとにかくそう感じた。
単身楽団を展開しピックに手をかけると聴衆がさっと静まるのを感じた。
(これでおわりかもしれないな・・・)
そう考えると何故か気が楽になった。
目を瞑り、僕は、演奏を始めた。
きっかり二分六秒の演奏が終わった。
僕は恐ろしくて目を開けられないでいると前方から拍手が聞こえてきた。
それもつかの間に至るところから大きな大きな拍手が聞こえたのを感じ恐る恐る目を開くとそこには会場を埋め尽くさんばかりの精霊がいたのだ!
「顔を上げてください、ダングイス」
透き通るような声が聞こえたと思うとそこには三対の輝く羽を持つ美しい女性の姿をした精霊がいた。
そして初めて自分の目が涙で溢れているのに気づいた。
そのあとのことは良く覚えていない。ユギリ姉妹の話によるととにかくその精霊と契約を交わし、ぼけっとした調子で帰宅したらしい。
結果は、合格だった。
それから二年、僕は友達も出来てまた、他より年とっている意地もありを何とか学院を主席で卒業し、神曲学士試験も合格した。
今、僕は神曲学士派遣事務所に勤めつつ作曲家をやっている、といってもまだまだ有名とは言えないが相方の精霊と支え合って楽しくやっている。
そして、僕はどんな曲を作るときも一つ共通させていることがある。
それは、あの時フォロンが気づかせてくれた、『ありがとう』、即ち感謝の気持ちをこめて書くということ。
「仕事ですよ、ダングイス。」
彼女の声が聞こえる。
「うん、すぐ行くよ。」
今日も一日が、始まる。