目を開く。
周囲を見回す。
知らない部屋。いや、病室か?
「……ここは……どこぜよ?」
熊本は辺りを見回すと、自分が寝ているものとは別のベッドに気付く。
そちらへ向けた目が一瞬、微かに大きくなる。
「古府浦?」
そのベッドに横たわっていたのは紛れもない、学生時代からの腐れ縁友人、古府浦成志(こぶうら・なるし)である。
熊本は、もう一度部屋を見渡しながら、自分の記憶を探る。
ベッドサイドの名札に書かれている名前は「熊本和彦(くまもと・かずひこ)」、間違いなく自分の名前だ。
自分が着せられているのは病人用の寝間着。
壁のカレンダーを見ると、覚えている月日から確実に数年過ぎていることがわかる。
そして隣のベッドには古府浦。
「何があったんぜよ……」
とにかくベッドから出ようと、足を下ろそうとしたところでドアが開く。
「あら。起きたの? クマちゃん」
クマ、と呟きながら、聞き覚えある声の主を睨む熊本。
「これは、起き抜けには濃すぎる挨拶ぜよ、佐相」
「あらあら。こっちだって、まさか、あんたが起きてるなんて思わないわよ。逃げ出す前に様子だけ見に来たんだから」
「逃げ出す?」
古府浦と同じく腐れ縁友人……ただしこちらは女友達である……佐相利奈(さそう・りな)の言葉に、熊本は首を傾げた。
「ここはどこなんじゃ?」
「病院よ。あたし達三人、同時に昏睡状態に陥って、ここに運ばれたんですって。笑っちゃうわよねぇ。何処まで腐れ縁なのよ」
「昏睡? どういうことじゃき」
「詳しいことはお医者様に聞いてよね。あたしだって貴方達より少しばかり早く目覚めただけなんだから」
「どうやら、大に世話をかけたみたいじゃき、礼を言うぜよ」
う、と言葉に詰まる佐相。
確かに、目が覚めてから今まで、二人の世話を率先して手伝っていたのは事実だ。
今だって、出来ることなら二人を連れて逃げようとしていたのだ。
と、そこで佐相はここに来た目的を思い出し、姿勢を正す。
「そ、そうよ。こんなことしてる場合じゃないの。あんた、起き抜けで悪いけれど、コブちゃん担げる?」
「は? いったい何が起こってるぜよ!」
「そこの窓から外、見なさい! 砂漠とバケモノで一杯よ」
「はぁ?」
ベッドから飛び降りるようにして窓へと駆け寄った熊本は、その目の前に広がる光景に思わず叫んでいた。
「な、なんじゃあこりゃあ! ぜよぉっ!!」
『花よ蘇れ! 新たなるプリキュア誕生です!!』
今の地球上には、見渡すばかりの砂漠と廃墟が広がっているだけ。
それでも、希望は捨てていない。少なくとも、今ここにいる人々は。
フェアリードロップの看板が半分砂に埋もれている場所。HANASAKIフラワーショップがあった場所。
二つの建物はとうに砂漠に埋もれている。しかし、そこから少し離れた植物園は健在だった。
そこには、数少ない生き残り達が集まっている。
彼女らは希望を抱いている。それに値するものを見ているから。
四人の……プリキュア達の勇姿を。
四人が出発してからどれくらいの時間が過ぎたのか。
ここにはプリキュアの勝利を疑う者などいない。信じる心の強さを彼女らは誰よりもよく知っているから。それを、プリキュアに教えられたから。
ただ一つ気になっているのは、その勝利が訪れるまでの時間である。
今日という日が終わるまでか、それとも数日かかるのか、あるいは数週間。
「さすがにそれはないと思うけど」
ももかが笑った。
「えりかもゆりも、お弁当持っていった様子もないし」
「いつきもですよ」
「そういえば、花咲も手ぶらだったな」
さつきと番が、ももかの言葉を裏付ける。
そう。プリキュアの正体は、もうバレている。
とは言っても、正体を知っているのはごく一部の者たちだけ。
プリキュアの正体を知る者には共通の特徴があった。偶然なのか必然なのか、それはわからない。しかし、彼女らのクラスメートだったり、肉親だったり、そしてなおかつ、デザトリアン化して救われた経験のある者だけが、プリキュアの正体に気付いていたのだ。
「どっちにしろ今出来ることは、帰りをしっかり待つことだけです」
「ええ。えりか達が帰ってくる前に私たちが干からびていたら話にもならないもの」
三人は自然と、残った者達の中心となっていた。
見渡すばかりの砂漠。そして時折遠くに見える怪物の影。まさに極限状況。だからこそ、彼らは一カ所に集まり、互いを支えていた。
砂漠の苛酷に対して毅然と胸を張り、怪物の脅威に断固と立ち向かい、プリキュアの勝利を魂で信じて。
だが、その魂を踏みにじろうとする怪物がいる。
それは、地球を一瞬にして砂漠と変えた異形の怪物。人々の心を奪い、心の花を枯らすもの。
デザートデビル。
物言わぬ異形は、その異相で雄弁に語る。
――お前達に明日はない、と。
「そんなわけがあるかっ!」
心砕く言葉に対抗する叫び。異形に立ちはだかる身はあまりにも弱い。
だが、選択肢などはない。
希望を抱いて立ちあがるか、絶望を枕に倒れ臥すか。それは選択肢などではない。答えなど、問われる前からわかりきっているではないか。
答えが一つならば、選択肢などは必要ないのだ。
だから、立ち上がる。
かつてプリキュアに救われた心の花は、もう二度と枯らされない。
デザートデビルの咆哮を否定しながら、番とさつきは立ちはだかる。
やや後ろには、拾った棒きれを構えたももかたちが。
「絶対に、諦めてなんかやらないんだから。こんな所で諦めたら、えりかに笑われる。それに、ゆりにだって顔向けできないわ!」
デザートデビルの一撃が、地面に叩きつけられる。
さつきは辛うじて背後へと逃げるが、逃げ切れなかった番の身体が衝撃で浮いた。人間の身体は、一旦宙に浮くと着地の瞬間までは無防備なままだ。
そこへ、別のデザートデビルが拳を振るう。番に避ける術はない。
ただ、叩きつけられるのみ。誰もがそう思った瞬間だった。
「おどきなさいっ!」
「ほらっ、これでもくらいたまえっ!」
「しっかり捕まるぜよっ!」
一つ目の言葉と共に、唸る拳と番の間へ一台のワゴン車が入り込む。
二つ目の言葉は、デザートデビルへと激突するオートバイを乗り捨てた男から。
そして、三つ目の言葉は、車から身を乗り出し、番の身体を確保した男から。
番を確保すると車は止まり、オートバイを乗り捨てた男がすぐさま合流する。そして、再び走り出す車。
オートバイをまともに顔面にぶつけられたデザートデビルはすぐに我に返るが、その頃には車は離れている。
呂律の回らぬ、既に言葉になっていない叫びをあげ、デザートデビルは地面を叩くのだった。
車から降りるのは番、そして番を掴まえた男、オートバイに乗っていた男、車を運転していた女の順。
「ありがとうございます」
番の礼、そして言葉を重ねるように口々に礼を言うももかたち。
「礼には及ばんきに。しかし、あのデカブツに正面から立ち向かうとは、なかなか肝の据わった、見所のある男ぜよ」
「相変わらず馬鹿だね君は。あれはどう見ても無謀だろう。まあ……勇気は認めるが」
「長の入院生活でも、コブちゃんのツンデレは治らなかったのよねぇ」
「……佐相。君のその勘違いっぷりも、いっそ懐かしいよ」
「あら嬉しい」
そこで女……佐相が改めて一同に向き直り簡単に自己紹介を始めた。
三人は、学生時代からの腐れ縁であった。原因はよくわからないが、三人同時に昏睡状態に陥って入院していた。
佐相が一人だけ先に目覚め、退院せずに二人の面倒を見ていたところに今日の異変。そしてそれを待っていたかのように目覚める二人。
三人以外には誰もいなかったので、使えそうな機材を勝手に車に積み込んで、他の人間を捜すことにした。
そこで見つけたのが、怪物に襲撃されている番達だったのだ。
「それじゃあ、貴方達もプリキュアに助けられたんですか?」
「プリキュア?」
顔を見合わせる三人。
「聞いたことあるような気はするけれど……」
「むぅ……なんぜよ……ちびっこくて青くて……」
「真の美しさを知る少女……か」
呟いて再び顔を見合わせる。
そして、互いに同じ表情を見つけた。
プリキュアなど知らないはずのに、何故か記憶の中にある明確なイメージ。それに対する戸惑いである。
だが、それを口にするより早く事態は進展した。
怪物が再び動き出していたのだ。
いや、再びという言葉は適切ではないだろう。それは、先ほど番達を襲った怪物とは明らかに別個体だ。
しかし、脅威であるという点においては同じもの。
それも一体ではない。数体が、彼女たちの集まった地点、植物園に向かい歩き始めている。
まるで、何者かに指示を受けているかのように。
いや、見渡す限りの砂漠の中で、生存者は彼女らだけのようだ。そう考えれば、気付いた怪物たちが向かってくるのもうなずけるだろう。
複数の怪物が一点を目指し集まってくる。
逃げる。という選択肢はなかった。次に向かう先はない。ここから逃げたとしても、行く場所はないのだ。
自然と、男達は肩を並べていた。
背後にいる者達を守る。言葉はなくともその想いは同じだった。
勝ち目など、なくても。
彼らの意志は固まっていた。
それでも、限界は来る。
人間である限り、限界は来る。
人間である限り、立ち向かう。だからこそ。
人間であるがゆえに、限界はある。
怪物に徒手空拳で立ち向かうのだ。抵抗の手段など何もない。潰されないように逃げまどい、籠もるべき建物を破壊され、集めた物資を粉砕される。
餌食となり、無様に逃げまどう。
武術など、怪物相手に何が出来ようか。
剣道など、怪物相手に何が出来ようか。
ましてや、その多くが戦う術すら持たぬ者らに、何が出来ようか。
それでも、叫ぶ。
それでも、抗う。
それでも、立ち上がる。
出来ることはただ一つ。四人の帰る場所を守ること。
彼女たちを帰ってきたとき、迎えるべき者は誰もいない。絶対にそんなことにはさせない。
だから……
番とさつきは走り出す。怪物の目前へと。
皆無にはさせない。四人の守った仲間を皆無にはさせない。
数が二つ、減るだけ。それなら、それだけならば……
「うぁああああっ!」
「来いっ!」
「こっちじゃあ!」
「さあ、来たまえ!」
二人、いや四人の叫びへと怪物は目を向ける。
驚く番とさつきに並ぶように、熊本と古府浦が走っていた。
握り拳をつくり、親指を立てる。それだけで、伝わるモノがある。
頷きあった四人は、怪物の足下をかいくぐるように足を速めた。
怪物の牙が輝き、無骨に節くれ立った醜悪な腕が振り上げられる。
重厚かつ忌まわしい咆哮をあげ、怪物は足下の四人へと襲いかかる。
避ける。
ただ、避ける。
反撃などはない。いや、不可能だ。
ただ時間を稼ぐため。プリキュアが戻ってくるまでの時間を稼ぐため。
四人は走る。
それでも、限界は来るのだ。
やがて速さを失う四人を、避けようのない一撃が襲う。
刹那――
黒の輝きが怪物の両足を薙ぐように掠め飛ぶ。
「こっちに来い」
聞き覚えのない男の声。
振り向く番はそこに、奇妙な仮面を被った男の姿を見る。
「だ、誰です?」
「質問は後だ、君たちは下がりなさい」
重ねて尋ねようとする番をやや強引な仕草で黙らせると、男はさつきに向き直る。
「明堂院さつき。君なら、わかるな」
さつきは頷く。
一目でわかる力量差だ。
自分たちとこの男の差はあまりにも歴然としている。それがわかるだけの気配を男は発しているのだ。
「君たちもだ」
熊本と古府浦は顔を見合わせる。
またも同じ感覚。
プリキュアの話を聞いたときと同じく、覚えがないのに覚えがある、奇妙な感覚が二人にまとわりついていた。
「……博士?」
自分の口から出た言葉に、さらに首を傾げる熊本。
何故だ、と深く考える暇もなく、四人の前に新たな人物が立った。怪物の足を刈った黒い旋風が、人の形を取って現れたのだ。
「早く下がれ。邪魔だ」
黒いシンプルなドレスの少女。
おかっぱの黒髪で、何故か片目を閉じている。
「何をしている? 早く下がれと言っているだろう」
奇妙に苛立つような視線に、四人は素直に一歩引いた。
「もっとだ。もっと離れていろ。その場所は危険だと言っているのだ」
仮面の男が四人を守るように一歩前に出る。
「言うとおりにしたまえ。ただの人間がデザートデビルを相手には出来まい」
だったら、その女の子は。と言いかけた番は、次の瞬間立ち止まった。
唖然とする番の前で少女は……
「プリキュア、オープンマイハート!」
風に吹かれるように舞い上がったドレス。無数に伸びた黒の輝きが少女とドレスを繋ぐ。
少女の身体に巻き付いた黒の煌めきはやがて、また別の形のドレスを生み出した。
いつの間にか少女の身体は成長し、さつきと同世代のシルエットへと変わる。
「……五人目の……」
「プリキュア……?」
黒のプリキュアが軽やかに、颯爽と降り立った。
「宵闇に薫る一輪の花、キュアシャドー!」
誇らしく凛とした姿を、四人は声もなくただ見つめるのみ。
敢然と雄々しく、
燦然と艶やかに、
黒のドレスを身に纏いし、
片翼の翼を翻す戦士。
新たなるプリキュア、ここに降臨。
怪物群が歩みを止める。あたかも、キュアシャドーの威に恐れをなしているかのように。
そして叫び。
それはデザートデビルのものではない。その背後、無数の怪物を従えるかのように異形を晒す、さらなる怪物を呼び寄せる悲鳴。
さらなる怪物の名はグレートデビル。それは、デザートデビルをさらに凶悪化したかのようなシルエットを持つ異形。
魂の絶望を取り込み、枯れ果てた心の花を奪い尽くす穢れしもの。人の心を砕き、魂を冒涜する忌まわしき存在。
キュアシャドーの前に立つのは、グレートデビルであった。
異形の威容を見上げる熊本。その隣では気押されたように、しかし一歩も引かずに古府浦が立っている。
「こんな奴が……」
知らないはずの記憶が語りかける。その存在は危険だと。あの頃の自分たちですら、勝てないかも知れない相手だと。
「……あの頃……?」
「それでも、逃げる気はないんだね?」
熊本の呟きを気にも留めず、茶化すような口調で当たり前のことを確認するように、古府浦は笑う。
熊本は当然だと頷き、力強く断言する。
「当たり前ぜよ。男が、簡単に背を向けられるかじゃき」
それでこそ、と古府浦も頷いた。
次に二人は、プリキュアの言葉にさらに首を傾げることとなる。
「ふん……。人間に戻っても変わらんな、お前達は……いや、それこそが本来のお前達だったのだろうな」
あの時。
復活したキュアムーンライトに、勝てぬとわかっていて立ち向かった三人ならば。
数合の撃ち合いで弾かれた自分を……ダークプリキュアとして居丈高に、格下への軽蔑すら隠さずに接していた自分を……それでも咄嗟に抱き留め救った男ならば。
いわゆるお姫さま抱っこをされたことを、キュアシャドーは今更ながらに思いだす。
「僕たちのことを知っているのかい? ……僕には及ばずとも、君ほどの美しい女性のことをこの僕が忘れるはずはないと思うのだけどね」
赤らむか、と感じた頬が瞬時に平常に戻る。
ああ。やはりこの男はコブラージャだった。あの男がクモジャキーであるように。
キュアシャドーは、ひどく素直に納得していた。
「いずれ、話すこともあるかもしれん。とりあえず、今は下がっていろ」
その言葉を待っていたかのように、番とさつきが二人の手を引いた。
プリキュアならば、という思いがある。プリキュアならば、信用できる。プリキュアならば、この場を任せることが出来る。
プリキュアならば、信じよう。命と魂の危険など忘れよう。
熊本と古府浦にも、その気持ちはすぐに伝わった。
また、同じだった。何も知らないはずなのに、何故か記憶が訴えかける。
プリキュアならば、大丈夫だと。
事が済んだら、昏睡中の自分についてしっかりと調べてみるべきだな、と古府浦は考えていた。
四人が去ると、グレートデビルの前に立つのはキュアシャドーと仮面の男だけになる。
「行けるか? キュアシャドー」
「キュアシャドーとしては初陣ですが、この身体は、ムーン……」
キュアシャドーはそこで言葉を切り、やや嬉しそうに首を振った。
「……姉さまとの戦いを覚えています。いいえ、たとえ覚えていないとしても、戦うべき時が今なら、私は戦います、父さま」
「そうか」
二人は並ぶ。幾多もの異形に立ちはだからんとばかりに。
鉄壁の護りを見せつけんとばかりに。
ここから一歩も通さない。
ここから一歩も下がらない。
異形の群は怯む気配もなく、ただ二人の護りを蹂躙すべき歩みを早める。
「シャドー。敵は多い」
「はい」
「一旦退き、ゆり達を待つことも出来るのだぞ」
「はい」
しかし、シャドーの背は応えていた。
否、と。
今の自分が、あの四人と共に戦うことなど出来ない。共に戦う資格などない。
四人は、自分を認めるだろう。姉さまは、自分を許すだろう。
それでも、自分は自分を許せない。
少なくとも、今は、まだ。
「私の力が不安ですか? 父さま」
「誰であろうと、一人で戦い続けることは難しい」
それは知っている。教えてもらったではないか、彼女らに。
大地に咲く一輪の花に。
海風に揺れる一輪の花に。
陽の光浴びる一輪の花に。
そして、
月光に冴える一輪の花に。
「私には、父さまがいます」
今は、共に戦えなくてもいい。
今はひっそりと、宵闇に薫る一輪の花でいい。
「そうか」
仮面の男が頷いた。
「ならば共に行こう。我が、娘よ」
「はい」
二人の会話の間も怪物の歩みは止まらない。
縮まる距離。
キュアシャドーは、静かにグレートデビルを見上げていた。
苦悶する魂を飲み込み、さらに肥大化したデザートデビル。それがグレートデビルの正体であると、キュアシャドーは看破していた。
「憎いか? 魂を奪われなかった者を妬むか?」
キュアシャドーは語りかける。
「魂を奪われ、心の花は枯れ、異形に取り込まれた貴様は、取り込まれなかった者を羨むのか?」
咆哮が響いた。
豪腕が唸りをあげ、キュアシャドーの立っていた地面に叩きつけられる。
瞬前、翼を広げたキュアシャドーはグレートデビルの顔正面へと飛ぶ。
「恨み続けるならば、それは貴様の過ちだ。私と同じ、過ちだ」
右手の先が光り、漆黒のタクトが現れる。
「私と同じ過ちは、誰にも繰り返させないっ!」
叫びに呼応するかのように、シャドータクトが光る。
キュアシャドーから放たれる力場のような薄光が、シャドータクトへと集められていく。
そして集まった光は、刃状の力場へと変化していた。
「花よ蘇れ、プリキュア・シャドーフォルテ・ブレード!」
剣と化したタクトを振りかざし、キュアシャドーはグレートデビルへと肉薄した。
縦一閃。振り下ろした刃はグレートデビルを一刀両断する。
咆哮。魂の呻き、いや、解放への歓喜か。
耳を聾する絶叫を無視し、キュアシャドーはあくまでも軽やかに飛び、地へと降り立った。その背後でかき消えていくグレートデビル。
デザートデビルの群は動かない。いや、動けない。
ゆっくりと、キュアシャドーは振り向いた。
威圧すら忘れ棒のように立ちすくむデザートデビルを一瞥し、キュアシャドーは再びタクトを掲げる。
その数分後、非常識なまでに巨大な拳が地表に打ち込まれる。
「三人とも、久しぶりね」
戦いが終えてからは心の大樹の治癒を見守っていた妖精たち。ゆりは、その妖精達を出迎えていた。
「つぼみたちは、いつもの丘の所にいると思うわ。行きましょう」
元気よく賛同する妖精達と共に、ゆりは丘へと進む。そこでは、つぼみとえりか、いつきが仲良く話している。
見ていると、やはりえりかはいつものごとく、最後の戦いの想い出に浸っているようだ。
変わらない、とゆりは思う。
そして、えりかを見るたびに思い出す、その姉であるももかの言葉。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「伝言があるの」
デューンとの決着の間、人々を護っていたプリキュアがいたこと。
ももか達から伝え聞いたその姿に、ゆりは覚えがあった。
デザートデビルの群を倒した後、巨大化したデューンの拳圧から皆を護り、姿を消したという。
ただ、プリキュアと共にいた仮面の男はこう言ったという。
「君は……来海ももかか?」
そうです、と応えたももかに、男は軽く頭を下げる。
「そうか。世話になったようだな」
その意を問うよりも先に、男は言葉を続けた。
「キュアムーンライト……いや、月影ゆりに伝えて欲しい」
ももかは、言いかけた言葉を飲み込む。
もし自分の想像が当たっているのならこの男は……
だとしたら、どうして……
「今はまだ、その時ではないと」
「今は? まだ?」
「デューンが消えたとしても、地球に降り立った砂漠の使徒は全てが消え去るわけではない。隠れ潜み、生き延びる者もいるだろう。それを捜すのが我らに課せられた義務であり、罪滅ぼしなのだと」
「もし、探し終えたときは?」
ももかの言葉に、男は微かに微笑んだようだった。
「その時は必ず来る。そう、伝えて欲しい」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ゆりさんは?」
つぼみの言葉に、ゆりは我に返った。
周りの会話はちゃんと聞き取れている。会話の中身もわかっている。
ただ、自分の気持ちがももかからの話に向けられていた。
「ゆりさんの夢は何ですか?」
その逡巡にも気付かず、つぼみはゆりに尋ねた。
夢。
ゆりは想う。夢と呼べるもの、それとも希望と言うべきか。
いつか、父と妹と、そして母と自分とが手を取り合う日。
それが何時のことになるのかはわからない。それでも、「その時は必ず来る」のだ。
そして自分は、その時をただ待ち続けるのか、それとも……
「私の……夢? 私も自分の人生、考えなくちゃいけないわね」
その時を、掴むために進むのか。
えりかといつきが何かを言い合っている。
それを耳にしながら、ゆりは気持ちのいい風を感じていた。