「にゃ~」
「事務局長~、仕事してくださいよ~」
「やだー、モフモフするの~」
「え~」
ここはソグド帝国の帝都ソグディアナの一角に立つ連盟本部の一室。気弱そうな金髪のエルフの青年が情けない声を上げる。
青年が話しかけてるのは、400年の歴史を誇る、栄えある連盟の盟主であり事務局長たる存在、フローディア=宮本。モフモフな大きな狼さんの背中で顔をうずめる、可愛らしい花の妖精さんである。
フローディアさんの身長は30cmほどで、3m近い体長の狼である中村さんの上に乗っかる姿はあまり威厳は無い。容姿は十代前半の少女の姿で、クリクリとした目にエメラルド色の瞳、若草色の髪は腰まで伸びていて、蘭や百合に似た花の髪飾りをしている。
服は花びらを集めたようなピンク色のドレス。背中からは蝶々に良く似た羽が一対、その羽の模様は宝石をちりばめたように輝いている。万人の彼女に対する印象はきっと「カワイイ!」であるが、それでも彼女は紛れも無く青年の上司であった。
と、
「フラウ、青年を困らせるな」
「む、しょうがないな」
とても渋い声で大きな白い狼である中村さんがフローディアを嗜めた。すると渋々、モフモフを名残惜しそうにフローディアが透明な宝石の羽を広げてふわりと宙に舞う。
エルフの青年はホッとした顔で大きな樫の木の机の上に書類を置いた。フローディアはふわふわと机の上に着地し、書類に目を通し始める。書類はA4ほどの大きさの紙で、それを読むフローディアの姿が紙に丸々隠れるぐらい。
「今月は…、13人かー。最近増えてるよね。中村さんどう思う?」
「何かが起こる前兆ではないか…と思うが」
「あるいは、もう何かが起こってる。そう考えたほうがいいんじゃないかなってボクは思うよ」
ここの所、数が多い。何の数が多いかというと、発見される同胞の数である。いままでは年に多くて数人というペースであったものが、この数年、指数的に上昇傾向にあった。
「だが我々は我々の出来る事をするのみだろう」
「だね。国だとか世界を救うなんてのは、勇者か何かに任せればいい。ボクらは、ボクたちがやることは400年前から変わらないし、変えるつもりも無い」
花の妖精はクスリと笑う。白い狼も鋭い牙をむいて笑った。彼女にとって白い狼は特別な存在。白い狼にとって花の妖精は唯一無の存在。
「それで、その13人は今どうしている?」
「若い子ばかりだね。10人は今の家庭で満足な暮らしが出来てるみたい」
「他は?」
「一人が孤児院で保護された…ストリートチルドレンって奴だね。ライカンスロープとのハーフだってさ。後の二人は南方から輸出されてきた奴隷みたい。フリギアで保護されたらしいよ」
「奴隷か…」
「そっちは遠いから会いにはいけないけど、ハーフの子は本部で保護されたから会いにいけるね。じゃあ行こう、すぐ行こう」
そう言うとフローディアは翅を羽ばたかせてふわりと浮かび上がり、ドアの方へ。狼さんものっそりと立ち上がりそれに続く。
「ちょ、事務局長っ? 仕事はっ?」
「後はまかせたよユーノ君っ♪」
「は? 待って下さいぃー」
二人はエルフの青年を一人置いて部屋を後に。気弱な青年は唖然とそれを見守るしかなかったとか。
「ということで、やってきました孤児院ですっ」
やってきたのは連盟が運営する孤児院。保護された同胞だけでなく、他の子供たちも受け入れている帝都最大の慈善施設だ。
「フラウちゃんだー」「カワイイーっ!」「おうた歌って~」「中村さん乗ってもいいー?」
二人(二匹?)が孤児院の門をくぐると、とたんに子供たちがワラワラと近くによってくる。中村さんは怖い顔をしているが、モフモフなので子供たちには大人気だ。
子供たちを適当にあやしていると、院長が現れる。
「ほらほら皆、中村様が困っておいででしょう。フローディア様、ようこそおいで下さいました」
マーシャ院長は子供たちを散らせると深々とお辞儀をしてくる。彼女、マーシャ院長は孤児院出身の老婆で笑顔を絶やさない優しい感じの人物。とはいえ昔は中村さんのお尻にしがみついたりするお転婆さんだったのだが。
「マーシャ、報告にあった子に会いに来たんだけど、いる?」
「はい、こちらです」
マーシャ院長に連れられて孤児院の建物の中へ。そうしてフローディア達はその中の一室に案内される。院長はトントンと扉を叩いて断りを入れてから、部屋の扉を開いた。
中はこじんまりとした洋間。その真ん中にあるテーブルと椅子に、一人の少年が腰をかけていた。年のころは12~3歳ぐらいだろうか? 黒髪の頭の側面から、特徴的な灰色の狼の耳が生えている。
うつむき、年に似合わない据わった目をして、じっとテーブルをみつめる姿は、どこか人を寄せ付けまいという雰囲気すら感じさせた。
「っ!? 妖精に…でっかい犬?」
少年は部屋に入ってきた面々に目を丸くして驚く。フローディアはそんな少年の様子にクスリと笑みを浮かべた。
「そう、ボクは花の妖精。実は絶滅危惧種なんだよね。フローディア=宮本っていうんだ、よろしくね」
「ミヤ…モト?」
「で、こっちが中村さん」
ペコリと中村さんが頭を下げる。一方、少年は酷く狼狽した様子だ。
「君の名前はなんていうの? お姉さんに教えてみなさい」
「や…ヤマダ・ケイスケ」
「こっちでの名前はないんだ?」
「お、おいっ、判るのかっ? 俺のことっ?」
少年がガタンと椅子を後ろに倒して立ち上がる。よほど驚いたらしい。少年、ヤマダ君は目を見開いてフローディアに駆け寄った。フローディアはウインクをする。
「判るよ」
「う…嘘だろ?」
「疑い深いなー。じゃあ、こういうのはどう?」
そうして、フローディアは深呼吸をして一呼吸置いた後、
歌い始めた。
兎追ひし かの山
小鮒釣りし かの川
夢は今もめぐりて
忘れがたき故郷(ふるさと)
それは、「ふるさと」。小学校の音楽の教科書にも載っている、故郷の野山を遠い地から懐かしむ、かつて文部省が「日本国」の歌として作った、日本人なら誰もが知る唱歌。
「に、日本の歌だ…」
「にゃは、リクエストしてくれたら他の歌も…、あれ?」
少年は床にうずくまり、肩を震わす。そうして、ポタポタと頬を伝う雫が、石床に黒いしみを作った。少年はしばらくそうした後、腕でゴシゴシと涙をぬぐい、立ち上がる。
「す、すみませんいきなり…。なんか、すごい安心して…、なんていうか、ありがとうございます」
少年はフローディアに頭を下げ、年相応ともいえる笑顔を向けた。実のところ、本人すらも知らないが、少年は数年ぶりに笑ったらしい。
「それにしても、本当にいろんなヒト?がいるんですね、この世界は」
「まー、ボクと中村さんは特に特徴的かな」
その後、フローディア達は件の部屋でマーシャ院長抜きで談笑を始める。少年は初対面時とは打って変わって、表情が豊かで、話したくて仕方ないという雰囲気だ。
「俺みたいなのって他にもたくさんいるんですか?」
「いる。自分が把握しているだけでも1000名は超える」
「1000…ですか。フローディアさんと、中村さんもそうなんですか?」
「うん。ボクらは転生者って呼んでるけどね。日本という異世界から、死して輪廻転生した人々。ボクなんか、前世は男だったんだよね~」
「マ、マジっすか?」
「マジ。今じゃこんな、頭に花とか乗っけた妖精さんですよ。まあ、実のところ男か女になるかは完全に半々なんだよね。よかったね、性別とか体形一致してて。中村さんとか、ケダモノだし」
そんな言葉に中村さんが顔をしかめる。
「ハハハ。でも、なんで俺が転生者…でしたか、ソレだって判ったんですか?」
「名前だね。ヤマダ・ケイスケなんて、こっちじゃありえない名前だから。それで、孤児院から報告があったんだよ」
残念ながらこちらの世界では和風な国は存在しないのだ。
「報告ですか?」
「うん、この孤児院、ウチが経営してるから」
「…」
ヤマダ少年が凍りつく。
「ウチって、フローディアさんが…ですか?」
「いやいや、ボクじゃなくて、ボクら、連盟。『東京タワー連盟』で、だよ」
「と、東京タワー連盟…ですか?」
少年の顔が引きつる。なんというか、お前らネーミングセンス無ぇなって感じの表情。
「おや、なんでそんな名前なのかって表情じゃないか」
「い、いえ、別にそんなことこれっぽっちも思ってませんよ」
「謙虚さは日本人の美徳だな、少年。だが少年の考えは正しい。この脳内お花畑妖精のネーミングセンスは壊滅している」
「誰が脳内お花畑かっ!!」
中村さんがボソリと呟き、フローディアがムキーッと激昂する。少年はそんな二人のやり取りにぶっと噴出した。
「で、なんで東京タワーなんですか?」
一通り笑った後、少年は妖精に尋ねる。そんな質問に、妖精はウムと胸を張って答える。
「日本のシンボォルっ、東京タワーっ! これで決まりぃっ!!」
「ええーっ」
超残念な返答に、何言ってるのこの脳内お花畑妖精的な表情になる少年。
「いやー、東京タワーとか名乗ったら、日本出身のヒトなら判るかなって。ボクらが日本と関係があるってこと。それにさ―」
「?」
「ちゃんと、目印になるようにって、遠くから見てもココにあるんだって判るようにって、そういう願いを込めてみたんだ」
異世界における、元日本人の、元日本人による、元日本人のための互助組織。『東京タワー連盟』。
もし何かの間違いで、キミが右も左もわからない異世界に放り出されても、ボクらがにココにちゃんといるよって判りますように。
※ あとがき なんだぜ ※
『妖精文書』とか書いてる矢柄です。ちょっとスランプに陥ってまして、リハビリに書いてみました。どないだったでしょ?
『妖精文書』の方は、今、全体を改修的なことしてます。5月までにはUPできたらなぁと思ってます。