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No.26622の一覧
[0] 【マクロスF】オモイノナミダ(アルト・クラン、アフター)[神帝院示現](2011/03/21 14:33)
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[26622] 【マクロスF】オモイノナミダ(アルト・クラン、アフター)
Name: 神帝院示現◆abd73541 ID:990df39d
Date: 2011/03/21 14:33
  <お読みになる前の注意事項>

・本作品は、TV版マクロスFを基にしています。劇場版は見ていないのもありますが、作品の都合上反映されていません。

・本作品は、カップリングとして書いてはいないもののミシェル×クラン至上主義の方にはお勧めしません。
(ミシェル×クランが元になってはいますが、ミシェル死亡前提のクランとアルトの話ですので)

・以上踏まえた上で、お読みくださいますよう、お願いいたします。





   ~マクロスFアフターストーリー短編SS~ 『オモイノナミダ』


 俗に言うバジュラ戦役が終結して、数年が経過し、バジュラ本星への入植もようやく落ち着きを見せ始めた。
 バジュラ本星の一角には、バジュラ戦役において戦没した軍人、民間人を悼むための碑が置かれ、その周辺にマクロスF内にあった墓地が移設された。
 その一角に、ミシェルの墓も安置されている。
 この日は、もう何度目かになるミシェルの命日で、ミシェルの墓の前には喪服姿のクランとアルトがいた。少し離れた場所にルカもいるが、ルカは、周りに集まった兵士らしい集団に指示を飛ばしていて、二人に構っている余裕はなさそうであった。
「すまないな……毎年」
 クランが、目を伏せながら、呟くように言った。その視線は、ミシェルの墓に向けられている。
「友人の墓参りなんだ、毎年来るのは当たり前だろう?」
 アルトも目を伏せながら、答える。その視線は、やはり、ミシェルの墓に向けられている。
「それでも……忙しい中時間を空けさせてしまったんだ……すまない」
「謝るな。俺が好きで来ているんだ。誰かに謝られるようなことじゃない」
 二人はお互いを見なかった。見れなかった。
 しばしの沈黙が、二人の間に流れた。
「……また、出世するらしいな。今度は准将か」
 話題を変えるようにクランが話題を振る。アルトはそれに肩を竦めて、溜息を吐いた。
「まだ決まったわけじゃない……。大佐の身分だって、俺には重いくらいなのに……准将なんてな……」
 当時中尉だったアルトは、終戦後すぐに最終決戦の功績から大尉に昇進した。それはまず、順当な昇進だったと言える。アルトを昇進させないことには、他の者を昇進させることが難しかったからだ。
 しかし、最終決戦中にレオン・三島が失脚する騒ぎがあったことで、アルトを取り巻く状況もいささか変化した。当時の軍も政府も当時の全ての責任をレオンに押し付けて、全て穏便に処理するつもりであったのだが、民衆の反発や不満は、彼等の予想よりも大きく深いものであった。
 それらの反発や不満をどうにかして和らげようと画策したのが、早乙女アルトという時の人を英雄として祭り上げ、フロンティア政府の一員とすることで、政府に向けられる反発や不満を和らげようとしたのである。
 軍人としての功績は申し分なく、容姿端麗で若く、腕も良い。何よりも、元天才女形だけあって演技力が非常に高い。英雄として祭り上げるには、この上ない人材だった。
 その策略によってアルトは瞬く間に大佐まで昇進し、殆ど形の上ではあるもののフロンティア政府の一角を担うようになっていた。
 口では重いといっているが、本来持ち合わせている役者としての才能からか、それとも元々政治家としての才能があったのか、ハッキリとはしないものの、与えられた職務、求められる役を完璧にこなしていた。
 それが、民衆の更に高い支持を生み、今やアルトは、国民的英雄の一人としての地位を築いている。
「英雄様が、偉く気弱じゃないか」
「俺だって……たまには弱音を吐いてみたくもなるさ……こんな日だし……クランの前だし、な……」
「アルト……」
 クランが、心配そうな顔でアルトを見る。アルトは、顔をクランに向けることなく首を振る。
「何を言ってるんだろうな、俺は……忘れてくれ。どうにも今日の俺はおかしいらしい……」
 アルトは、そのままミシェルの墓に背を向けると、ルカに声をかける。
「ルカ!」
 ルカはすぐに、アルトの元に駆け寄ってくる。
「何ですか? 先ぱ……いえ、大佐殿」
 ルカは、戦後英雄として祭り上げられたアルトを補佐するためにアルトの副官として、常に付き従っている。
 様々なコネクションを持ち、生まれから政治方面にも強いルカがアルトを補佐していることで、アルトはただの政府の手駒にならずにすんでいるという側面もあり、アルトはルカを重宝している。
「先輩でいい……車を回してくれ。仕事に戻る」
「先輩、今日くらいは休んでくださいよ。もう一ヶ月休みとってないじゃないですか」
「いいんだ……いずれ休みなんていくらでも取れる。短い時の中で、休んでなんていられるか……動きたくても、動けない人間だっている。それなのに、俺が弱音を吐いて休むわけにはいかない……たとえ俺が、ただのマスコットや客寄せパンダであったとしても」
 アルトは恥ていた。弱気になっていた自分を、休んでしまおうとしていた自分を。
 そんなこと、している場合ではないというのに。平和になったといっても、それはまだまだ脆いものだ。磐石にしなければならない、なんとしてでも。そのためになら、自分の命くらい、幾らでもかける。
 疲れたから等というのは、理由にならない。
「立ち止まっている暇はない」
「……アルト」
 奥歯を噛み締めながら歩き始めたアルトにクランが躊躇いがちに声をかける。
 その声に、アルトは振り返り、そっとクランを見た。
「この後、私に付き合ってくれないか? その……一人でいたくなくて、な……」
 アルトは、俯いたクランの後ろにあるミシェルの墓を見て、軽く目を瞑った。
 やるべきことは多いし、たった今、それを再認識したばかりでもある。だが、今日という日にクランにこう言われて断ることなど到底できそうになかった。
「……食事なら付き合おう。ルカ、すまないが……」
 アルトは、ルカを見ずに声をかける。
 ルカは、アルトが自分を見てないのを承知の上で、頷いた。
「わかってます。ただし、食事の後は、家に帰って休んでください。今日これ以上の仕事は絶対にだめですからね」
「……わかったよ」
 アルトは、諦めたように肩を竦めた。その後ろでルカは、クランに対して、深々と頭を下げた。



 二人の食事は、墓地近くの小さなレストランでということになった。
 遠くまで移動して食事をする理由はなかったし、気取った店では、あらぬ誤解を受けかねない。
 良くも悪くも、アルトは今や有名人であるから、あまり目立つ行動は取れなかった。墓地近くのレストランならば、それほど人もいないであろうというのも理由の一つだった。
「最近、どうだ?」
 湯気を上げているハンバーグを切りながら、アルトがクランに聞く。
「どう、と言われてもな……それなりに元気にやってる、としか答えようがないな」
「そうか……」
 アルトがそう呟くと、しばし沈黙が二人の間に流れる。
「アルトこそ、どうなのだ?」
「忙しくはあるが、元気にはやってるよ」
「……ランカやシェリルとは、進展があったのか?」
「二人とも忙しいからな……ここ数ヶ月は、会えてもいないよ……メールのやり取りはしてるが」
 ランカもシェリルも、紆余曲折はあったものの、今や押しも押されぬアイドルだ。
 休みなどまったく無く、忙しく働いている。
「寂しくは無いのか……?」
「寂しいと思っている暇もないよ」
 アルトは苦笑した。
 そのアルトに、クランは悲しそうな表情を浮かべた。
「会える時に会っておいた方がいい……じゃないと、私みたいに……」
「クラン……」
 俯くクランにアルトは持っていたナイフとフォークを置き、腰を浮かせてクランの頭に手を置き、そっと撫でた。
「すまない……やっぱり俺は駄目な奴のようだ」
「そんなことは無いと思うが……子供扱いは止めろ。こんな形でも、十分に大人なんだからな」
「わかってるが、つい、な」
 笑いながら言うと、アルトは手を離して、腰を下ろした。
 クランは、少し名残惜しそうにアルトの手を見ていたが、すぐにアルトを見る。
「しかし……色恋は相変わらずか」
「悪かったな。そういうお前だって……」
 そこまで言って、アルトは口を押さえた。
 アルトの言葉にクランは少し暗い表情になったが、すぐに表情を戻した。
 少し気まずそうにアルトは視線をそらしたが、しばし考え込んでから、意を決したようにクランを見る。
「クラン……今日、聞くのは、デリカシーが無い、って言われても、仕方ないかもしれない……もしかしたら、嫌われるかもしれない……でも聞いておきたい……お前のことだから、聞いておきたい」
「……なんだ?」
「……新しい恋をする気はないのか?」
「アルトとか?」
「違う……そうじゃない……そうじゃないんだ、クラン……」
 アルトは、目を瞑り顔を背ける。拳を握り締め、悔しそうな、悲しそうな顔をする。
「もう、何年も経つんだ……時間じゃないのかもしれないが、それでも……」
「アルト……」
「……俺が言うべきことじゃないのかもしれないが……ミシェルだって、ずっとクランが一人でいることを望んじゃいないだろう……」
 ゆっくりを握った拳を解き、アルトは顔を覆った。
「……すまない……こんな日にこんなこと……」
「……今日のアルトは謝ってばかりだな」
 クランは、苦笑を浮かべると、腰を浮かせてアルトの頭を撫でた。
「アルト、気を使わせてすまない……それから、ありがとう」
「……クラン……」
「私も、このままで良いと思っているわけじゃない……仇をとる……ミシェルが死んで、ずっとそのことを考えてた。そして、それは、あの戦いで終わった……全部消えたんだ……」
 アルトの頭を撫でる力を、少し強める。
 少し痛かったが、アルトは甘んじて受けた。
「空っぽになった。何も……残らなかった……ただ、ミシェルとの思い出だけが……微かに残っていたが……それではとても、補いがつかなかった……」
 手が止まる。クランの声に嗚咽が混じる。
「戦うしか能が無い私には、どうして良いか、分からなかった……遺伝子同様、不器用なんだ、私は……吹っ切ろうと思っても……まだ、ミシェルと過ごした時間の方が長いから……まだ……補いがつかないんだ……」
 クランの手が、アルトの頬へと移る。
 アルトは、顔を上げ、クランを見上げた。
「ミシェルと過ごした時間と同じ時間が経ったって、補いなんかつかないだろうけど……でも、もう少しだけ、気持ちを整理する時間が欲しいんだ。掛け過ぎかもしれないが、私は、不器用だから……もうちょっと、待って欲しいんだ……」
 クランは、もう片方の手もアルトの頬に当てる。
「それに、私は幸せだ……幸せ者だ……アルトにこんなに心配してもらえるんだから……」
「クラン……」
 アルトは、クランの手に自分の手を重ね、涙を流した。
 歯を食いしばって止めようとしても、止まらなかった。
 勝手に、溢れ出てきた。
「私にまた恋ができるかはわからないけど……きっと変わって見せるから……」
 クランは微笑んでいたが、その双眸からは、涙が溢れていた。
「見ていてくれるか? アルト……」
「当たり前だ……当たり前だろ、クラン……」
 アルトは、両頬に触れていたクランの手をそっと離すと両手を合わせるようにしてクランの両手を包み込んだ。
 そのままクランと自分の手に額を当てる。
「ずっと見守ってる……クランが望んでくれる限りずっと……だから約束してくれ……」
 アルトの手は震えていた。声も震えていた。
 アルトが再び顔を上げると、その顔は涙に濡れ、悲しそうな、不安そうな、そんな目でクランを見つめていた。
「何も言わないで、どこかにいかないでくれ……今のクランを見てると、どこかに行ってしまいそうだから……消えてしまいそうだから……」
「そんなことは……」
 ない、とは言い切れなかった。
 どこかでアルトの言っている言葉に納得していたから。
「どこに行ってもいい……クランの好きなところに……行きたい所に……この星を離れたっていい……今のクランを今の俺は……今の俺には止められない……」
 やっとの思いで言葉を紡ぐ。涙が、嗚咽が、邪魔をしてくるが、それでも必死に言葉を紡ぐ。
「でも……せめてその前に言って欲しい……急にいなくなったりは、しないでくれ……もう、友達を……仲間を……大事な人を失うのは、嫌なんだ……」
「あぁ……必ず、アルトには言うよ……他の誰に伝えなくても、アルトにだけは……」
 クランの返答に力の緩んだあるとの手から自分の手を抜いて、クランはアルトの頭を抱き寄せる。
「アルトは……アルトは、仲間で、戦友で、上官で、友達で……きっと今の私にとって、一番大事な人だから……」
「きっと、俺もだ……」
「そんなこと言うと、ランカとシェリルに怒られるぞ……まぁ、私も恨まれるだろうが……」
 クランは、そこで、ふとアルトの髪を結んでいる紐に目を留めた。
「……なぁ、アルト」
「ん?」
 クランは、アルトの髪を結んでいる紐を解いてアルトから体を離した。
 アルトの髪が、ふわりと解けて、広がる。
「この紐を私にくれないか?」
「別に構わないが……」
 訝しげにクランを見る。クランは笑顔で紐を自分の手首に巻いて、結んだ。
「これで私は忘れない。今日の約束を……アルトが自分を大切に想っていてくれてるってことを……約束で、証で……絆だ……」
 クランは、結んだ紐にそっと触れる。大切そうに。
「これを見るたびに思い出すよ、今日のアルトの言葉を……これに触れるたびに思い出すよ、アルトの温もりを……」
 暖かいものに触れているように、ホッとした表情を浮かべる。
「だから私は大丈夫。私は、きっとまた歩き出せる……アルトの、おかげだよ」
 クランはそこでようやく腰を下ろし、アルトに微笑んで見せた。
「アルトが、この数年、ずっと私のそばで支えてくれたから……今日、私の手を引いてくれたから……だから……」
 少しだけ、ほんの少しだけ、言葉を切った。この言葉は、サラッと言って良いものじゃないと思ったから。
 何度も言っているけれど、それでも、これから言うのは、それ以上に重くて、意味があるものだから。
「ありがとう」
 アルトは、その言葉を噛み締めるように己の中で反芻して、己を満たし、そして答える。
「こちらこそ……」
 アルトも言葉を少しだけ区切った。クランの言葉の意味と重さを感じ取ったから。サラッとは言えなかった。
「ありがとう」
 止まっていた、停滞していた何かが、今動き出したような気がしていた。
 いや、きっと動き出したのだろう。
 ずっと止まっていた何かが。



 クランとアルトを乗せた車が、クランの家の前で停車する。
 運転席からアルトが、助手席からクランが降りる。辺りはすっかり暗くなっていた。
「家まで送ってくれてありがとう」
 クランは明るい笑みを浮かべた。墓地の時のような暗い顔は、していなかった。
「いくらクランでも、暗い夜道を女性一人で帰すわけにはいかないだろ」
 アルトが肩を竦めていうと、クランは頬を膨らませた。
「私でもっていうのは、どういう意味だ?」
「新統合軍少佐殿でも、って意味だ。未だに勝てる気がしない」
「今だから勝てないんだ。指導部に組み込まれてから、まともに戦闘機に乗ってないだろ?」
「まぁな……イベントでは乗っているんだが……」
 戦役後、国民的英雄に祭り上げられたアルトは、それこそ政府の仕事や各地の慰問、政府主導のイベントや民間報道機関による取材などをこなさなければならず、イベントなどで愛機に乗ることはあっても、戦闘訓練にすら参加できない日々が続いていた。
「訓練を継続してる私に勝てなくて当然だ。それに、クァドランに乗らなくても、守ってもらうほど私は弱くない……けど」
 顔を逸らし、照れくさそうにクランは続ける。
「心配してくれるのは、嬉しかった……」
「……そうか……少しは、送った甲斐があったな」
 アルトは照れくさそうに微笑を浮かべると運転席に戻ろうとする。
「あ、アルト!」
 クランに呼び止められて、運転席に戻るのを止めてクランを見る。
「なんだ?」
「その……なんだ……一杯付き合わないか? いい酒が、あるんだが……」
「構わないが……クランの部屋でか?」
「部屋に酒があるんだから、当然だ……駄目か?」
 不安そうな目で見てくるクランに、アルトは苦笑しながら肩を竦めた。
「いや、ご馳走になるよ」
 今日の自分は、どこかおかしいのかもしれない。アルトはそう思いながらも、クランが笑ってくれているなら、それでいいとも思っていた。
 そして心のどこかで、シェリルとランカに少しだけ後ろ暗い気持ちを感じてもいた。
 別に疚しい事はしていないのだが。



 クランの部屋は、よく片されていて、所々にぬいぐるみ等が置かれている。
 アルトは、部屋の中を見回す。
「よく片付いてるじゃないか」
 クランは、恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「あまりジロジロ見ないでくれ……恥ずかしいだろ」
「あ、あぁ、すまない」
 アルトは、見回すのを止めて、クランを見る。
 クランは、キッチンからウィスキーのビンとグラス、氷を持ってくる。
 そのまま部屋の中におかれたテーブルの所にあるソファーに座る。
「座らないのか?」
 立ったままのアルトを見上げて、クランが聞いてくると、アルトは無言で、クランが座ったのとは反対側のソファーに座った。
「……アルトと飲むのは、随分久しぶりだな」
 クランは、言いながら二つのグラスに氷を入れ、ウィスキーを注ぐ。
 なみなみと注がれるウィスキーを見て、アルトは僅かに眉を顰める。
「ロックをそんなになみなみ注いで大丈夫か?」
「酔いたい気分なんだ……付き合ってくれないか?」
「……今日変なのは、俺だけじゃないみたいだな……」
 アルトはそう言うと、なみなみ注がれたウィスキーを一息で飲み干した。
「先に酔い潰れるなよ。今日は徹底的に付き合ってやる」
「そう来なくてはな」
 クランも一息でウィスキーを飲み干した。



 小一時間ほど経っただろうか、テーブルの上には既に数本のウィスキーのビンが転がっている。
 クランもアルトも顔を赤くしていて大分飲んでいることが容易に知れた。
「……アルト」
 グラスの中の氷を揺らしながら、クランがふと声をかける。
「ん?」
「レストランで、お前は私に約束させたな……何も言わずにいなくなるなと……」
「……あぁ」
「じゃあ、お前はどうなんだ?」
 クランは、じっとアルトの目を見つめた。
 アルトは、クランの目をじっと見つめ返す。目を逸らしてはいけない気がした。
「私は、お前の方が心配なんだ……どこかに飛んでいってしまうんじゃないか……心配なんだ……」
「俺が、か?」
「アルトは、どこまでも飛んでいける翼がある……どこまでもどこまでも飛んでいけて……私の追いつけない所まで飛んでいってしまう……そう思えてならないんだ……」
 不安そうに語るクランにアルトは僅かに苦笑を浮かべた。
「俺に翼なんてないさ……あったとしても、もう無くしてると思うし……今もあったとしても、もう飛べないよ……今の俺には、背負うものが多すぎるからな」
 アルトは、どこか悲しそうに見えた。
「それでも……背負うものがなくなった時、どこかへ飛んでいってしまうんじゃないのか……?」
「背負うものがなくなるのは、俺が死ぬ時だ……そうじゃないといけない」
 厳しい、追い詰められた表情でアルトは淡々と言った。
 揺るぎのない声でハッキリと。
「アルト……」
「だから心配するな、俺はどこにも行かない……どこにも飛んで行ったりしない……飛んでいけないからな」
 厳しい表情を崩して笑みを浮かべながらアルトは、グラスに残っていたウィスキーを飲み干す。
 そんなアルトをクランはしばし見つめていたが、意を決したようにヘアバンドをはずした。
「アルト!」
 クランは立ち上がり、ヘアバンドを持った手をアルトに突き出した。
「アルト、お前はまだ飛べる! お前の翼は、まだ羽ばたける!」
「クラン……おまえ……」
「でも、羽ばたかせないし、飛ばせない!」
「えぇ~……?」
 アルトは、どう反応していいか一瞬分からなくなった。
「飛べようが飛べまいが、勝手にどこかに行くようなことはさせない……だから約束しろ! 私に黙ってどこかに行ったりしないと! 私に何も言わずに消えたりしないと!」
 アルトは、目を見開いた。そして、すぐに微笑を浮かべた。
「あぁ、わかった。俺も約束するよ……勝手にいなくなったりしないって」
「よしっ」
 クランは満足気な笑みを浮かべると、アルトのそばまで移動してヘアバンドを無理やり頭に通した。
 ヘアバンドは、頭で止まらず、首まで落ちたが、クランはそれを気にせずに腰に手を当て、胸を張る。
「私は、アルトから髪留めの紐をもらったから、アルトはそのヘアバンドを持っていてくれ……それは、いつだって私の代わりにアルトを見てるからな!」
「クランの変わりか……」
 アルトは、ヘアバンドにそっと手を触れる。
「あぁ……わかったよ、クラン。このヘアバンドを見るたびに思い出すよ、クランとの約束を……そして触れるたびに思い出すよ、クランの温もりを……だから、俺は約束を忘れないし、破らない……これで、いいか?」 
「……うん」
 先ほどまでの威勢の良さはどこへ行ったのか、静かに優しくクランは頷いた。
 そのまま、アルトの横に座り込み、自分のグラスとアルトのグラスを並べて、ウィスキーを注ぐ。
 アルトにグラスを手渡し、自分もグラスを持つ。
「アルト、乾杯をしよう」
「何にだ?」
「私とアルトの約束に、かな」
「わかった……」
 アルトはそう言うと、クランを見つめる。クランもまた、アルトを見つめ返した。
「クランとの約束と……今日という日に」
「アルトとの約束と……アルトと出会えたことに……」
 グラスが触れ合い、涼やかな高い音が響いた。
「「乾杯」」
 二人は、何倍目ともしれないウィスキーを飲み干した。



 アルトがふと目を覚ますと、アルトはソファーに据わりながら眠ってしまっていた。
 どうやら、飲んでいる間に眠ってしまったらしい。
 眠気と酔いでうまく働かない頭のまま辺りを見回すと、自分の太腿を枕にクランが眠っていた。
 それを認識してアルトは気恥ずかしくなった。
 それでも、可愛く寝息を立てているクランを起こすのは躊躇われたため、そのまま動かなかった。
 クランの頭を躊躇いがちにそっと撫でると、クランは気持ちよさそうな表情を浮かべたが、すぐに少しだけ寝返りを打って顔が見えなくなる。
 それを少しばかり残念に感じながら、アルトはもう一度頭を撫でる。
「なぁ、ミシェル……もう少しだけ、見守っていても、良いかな……? もう少しだけ、守っていてやりたいんだ……目を離すと、心配なんだ……なぁ、ミシェル……俺、クランを守りたいんだ……」
 アルトの目に涙が溢れ、何滴かの涙がクランへと落ちる。
 その後はもう言葉にはならなかった。
 ただクランが起きてしまわないように必死に声を押し殺し、嗚咽を押さえ込んだ。
 せめて今だけでもクランには穏やかに眠っていて欲しかったから……。



 クランが目を覚ました時、クランはアルトの太腿を枕に横になっていた。
 それが気恥ずかしくて、でも心地よくて、クランは目を瞑ってその感触を温もりを感じていた。
 そうしてどれほど時間が経っただろう。それほど経ってはいないとは思ったが、正確な時間はわからない。
 ただ、頭を撫でられたのは、目を瞑っていてもわかった。
 アルトが起きたのだろうということも、優しい表情で撫でてくれているであろうことも、なんとなくわかった。
 撫でられるのは心地よかったが、それが表情に出て気づかれたくなかったし、その表情を見られるのも恥ずかしかったから、寝返りを打つフリをして表情を隠した。
 頬にアルトの太腿の感触と温もりが伝わってきて、心地よかった。
 鍛えても筋肉の付き難いアルトの体は、柔らかくて、気持ち良い感触をしていた。
 その感触を楽しんでいると、アルトの声が聞こえてきた。
「なぁ、ミシェル……もう少しだけ、見守っていても、良いかな……? もう少しだけ、守っていてやりたいんだ……目を離すと、心配なんだ……なぁ、ミシェル……俺、クランを守りたいんだ……」
 その言葉にクランは思わず目を見開いて、すぐに硬く目を瞑った。
 思わず泣きそうになったが、それも堪えた。体が震えそうになるのも必死で押さえつけた。体が強張ったのを気取られないように、必死で自分の感情を押さえつけた。
 今の言葉を聞かれたとわかったらアルトは困った顔をするだろう。
 自分が聞いて良い言葉じゃなかったはずだから。
 アルトは、自分を大切に想ってくれている。守りたいと想ってくれている。上辺だけじゃなく、心から、心の底から……。
 今日交わした約束以上に、今の言葉が、それを自分に伝えてくれていた。
 アルトの涙が、自分に落ちてきたのをクランは感じた。
 暖かい、涙だった。
 自分は、アルトを泣かせてしまっている。優しいアルトを……普段は優柔不断で、ランカやシェリルに振り回されて、それでも二人を傷つけないように必死になってるアルト……どこまでもお人好しで、優しくて……自分よりずっと大きくて、強いアルト……。
 この数年、ずっと自分を支えてくれた。どんな気持ちで、感情で、自分を支えてくれたのか、それはわからない。でも、ミシェルのことをずっと胸に置いて、ただ自分を守ることにもミシェルに許しを得ようとするくらい、アルトは、真剣に思ってくれている。自分に対しても、ミシェルに対しても……真面目に、真剣に、誠実に、優しく、暖かく、己に厳しく……。
 自分はどうなんだろうか……アルトの優しさに甘えっぱなしで、ミシェルを失った事で自分ばかりが傷ついているって思っていたんじゃないのか……。
 アルトは全部抱えて、背負って、それでも自分を守りたいって……。
 自分は、アルトにそれほど想ってもらう資格なんて、あるのだろうか……。
 いろんな考えが、クランの中を駆け巡った。
 悪い方向に、悪い方向に、自分を貶めるようなことまで考えながら。
 それでも、クランは、嬉しくてたまらなかった。
 嬉しくて嬉しくて、涙が止まらなかった。
 自分をそれほどまでに想ってくれる人がいることに……その人が真剣に自分やミシェルと向き合っていてくれることに……全部ひっくるめて自分を考えていてくれることに……。
 嬉しさと悪い考えがない交ぜになった思考を、どれほど続けていたのか、いつの間にかアルトが寝息を立てていることにクランは気づいた。
 クランは、アルトを起こさないようにゆっくりと静かに起きると、アルトの前に立って、そっとアルトの頬に触れた。
 起きる様子はない。
 じっとアルトを見つめ、クランは、嗚咽交じりの声で語りかける。
「ミシェル……もう少しだけでいいから……アルトのそばにいていいかな……? アルトを、支えたい……アルトを守りたい……アルトに……アルトに……想っていてもらいたい……」
 クランの双眸は、涙で溢れていた。
「今のアルトを放っておけない……そばで支えてあげないと、すぐに折れてしまいそうだから……私は、アルトを守りたいんだ……アルトはずっと、私を支えてくれた……守ってくれた……こんな無骨で、不器用で……ミシェルのことで塞ぎこんで、空っぽになった私を……ずっと……」
 クランは、アルトの首に両腕を巻きつけて、抱きしめた。
 起きてしまうかもしれない。それでも構わなかった。
 聞かれても構わない。これは、本心だから……。
「そんなアルトに想われる事が、大事にされることが……心地良いんだ……」
 涙が止まらない。嗚咽が止まらない。感情が、溢れてとまらない。
「すまない……ミシェル……すまない……アルト……ごめん……ごめんなさい……」
 何で謝っているのか、自分でもよくわからなかった。
 それでも、謝った。謝り続けた。
 泣き疲れ、謝り疲れて、眠るまで、ずっと、ずっと……。



 翌朝、クランがソファで目を覚ますと、エプロン姿のアルトがキッチンで料理をしていた。
「……アルト?」
 寝ぼけ眼を擦りながらアルトをよぶと、アルトは、振り返る。
 フライパンを片手に、優しい笑みを浮かべて。
「おう、寝ぼすけ、ようやく起きたな?」
 アルトは、またクランに背を向ける。
「もうすぐ朝飯ができるから、ちょっとまってろよ」
「あぁ、うん……」
 何とも自然な振る舞いにクランはあっけにとられていたが、アルトが運んできた朝食を見て頭が覚醒してきた。
「って、何でアルトが朝食を!?」
「いや、勝手に作るのは悪いかなと思ったんだが……よく眠ってて、起こすのも悪いと思ったからな。かといって勝手に帰るのも、な……」
「だから朝食を?」
「ま、そんなところだな」
 料理を運び終えて、アルトはソファーに腰を下ろす。
 クランも座りなおした。
「随分手の込んだ朝食だな……?」
「一人で生活してるからな。料理も自然とできるようになった」
「ふぅん……」
 クランは、料理を一口、口に運んだ。
「おいしい……」
 クランは驚いていた。思った以上においしい、アルトの料理に。
「そうか」
 嬉しそうな笑みを浮かべると、アルトも食事を始めた。
 しばらく、無言で食べていたが、ふと手を止めてクランがアルトに話しかける。
「なぁ、アルト……昨夜のことだけど……」
「ん? 昨夜のこと?」
 アルトは首を傾げる。
「いや、なんでもない……」
「そうか?」
「うん……」
 クランは、聞けなかった。
 昨夜のアルトの言葉のことを。
 改めて聞きたかった。確かめたかった。その必要なんてないのに、もう一度直接聞きたかった。
 でも、聞けなかった。
「アルト」
「うん?」
「一つ、頼みがあるんだが……」
「頼み?」
 クランは、じっとアルトを見据えた。
 真剣な表情で、じっと。
「……私をアルトの側近にしてくれないか?」
「側近に?」
 アルトは訝しげな表情になった。
「そのくらいなら幾らでも何とかなるが……どうしてまた?」
「……私なりの、決意……いや、ケジメかな……駄目、か……?」
 真剣な表情のクランをしばし見据えていたが、すぐにふっと微笑む。
「クランがそうしたいなら、手配するよ。今日にでもルカに言っておく」
「すまない……ありがとう……」
「気にするな。丁度優秀な側近が欲しい所だったからな」
 そう言うとアルトは食事に戻った。
 クランも、少しだけ嬉しそうな表情をすると食事を再開した。



 食事を終えたアルトは、クランの家の前に止めていた車に乗り込むと、エンジンをかける。
 運転席側の扉の前には、クランが立っていて、アルトを見送ろうとしている。
 アルトが、運転席の窓を開けると、クランは窓の淵に手を掛ける。
「それじゃあ、またな……クラン」
「あぁ……次は、側近として、かな」
「そうかもしれないが……そうなる前に一度会いたいな」
「そうだな……」
 お互いに微笑み合うとアルトは首に掛けたヘアバンドに触れる。
 クランも窓の淵から手を離し、手首に巻いた紐に触れる。
「じゃあ、いくよ……クラン」
「気をつけてな……アルト」
 アルトは車を出した。
 クランはしばらく車を目で追っていたが、いずれ見えなくなった。
 それでも、クランは、しばらくそのままそこに経っていた。
 手首に巻いた紐に触れながら……。


   <了>


   ~あとがき……という名の言い訳~


 はじめまして。神帝院示現と申します。Arcadiaでは初投稿になります、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
 さて、今回、自身初めてマクロスFの二次創作短編SSを書いたわけですが、いかがだったでしょうか?
 できるだけないように心がけてはいますが、拙い部分、読み難い部分、誤字脱字があるかもしれませんが、どうぞご了承の程を。

 劇場版公開記念的な意味合いで今回投稿しましたが、内容はTV版を元にしています。
 劇場版が好きだー!という方には申し訳ないですが、あくまでTV版です。

 今回は、実験的な意味合いが大きく、まず、アルトとクランの話に需要があるのか否か、というところから、不安があるのですが
 カップリングという形にならないよう書いてはみましたが(今回に限り、私の中の勝手な考え方でカップルになっていなければ、カップリングではないということで)好き嫌いあるかもなぁ、とも思いますし
 また、この話、今回一話完結の短編として書きましたが、続きを書くべきか否か、非常に悩むところでして。
 続きを書くと、確実にアルト×クランの話になる上に、ランカやシェリルも出てきての泥沼になるでしょうしねぇ……。
 続編希望があれば、書いてみようかな、とは思ってます。一応構想はありますから。

 それにしても、普段TS物や逆行物をメインに書いてる私にしては珍しいアフター物だったので、この短い文章でも意外と苦戦しました。
 内容上ちょっと重くなってしまいましたしね。

 それでも、楽しんでいただけた方が一人でもいらっしゃったら幸いです。


 最後に、趣味の投稿をしている私が言うのもおかしいのかもしれませんが、先の震災で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。


 それでは、皆様、またの機会に。
 


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