お久しぶりです。何とか書く時間と気力が確保できましたので、感想欄やメッセージなどにあった日本に戻った実のその後や、ユウナが日本に転生してきたら?などを見てみたいと言った声があったので、ちょっとばっかし外伝という形で書いてみます。
本来は日本での話は書く予定がなかったので、時系列とか設定とかにかなりの矛盾や無理があるかもしれませんが、「その時不思議な事が起こった」で納得してください。お願いします。何でもしま(ry
多分、超不定期更新になると思いますが、長い目で見てやってください。
「………またあの夢」
小鳥の囀りを聞きながら、一人の女性が目を覚ます。まだ少し眠気の残る頭を軽く振り、意識を覚醒させると女性は無意識に呟いた。
「あの人は………」
はっきりしてくる意識とは逆に、夢で見た光景は徐々に薄れていく。
思い出そうとするのは、夢に出て来る一人の青年のこと。名前も顔も靄がかかったようにはっきりとは思い出せないが、物心付く頃からいつも夢で見ていた。自分がピンチの時には必ず助けにきてくれて、思うだけで心が暖かくなるあの人のことを。
女性───北瀬優奈は、ベットの上でどうにか夢の内容を思い出そうとするが、いつもおぼろげな記憶しか思い出すことができないでいた。
最初は自分自身が夢の中で作り上げた理想の男性像なのではないかと思っていた。でも、時が経つにつれてその考えは薄れていく。何故か分からないが、あの人は何処かにいるという根拠もない確信を抱くようになる。特にここ一年間はその思いが益々強まるばかり。
「あ、いけない。もうこんな時間」
いつの間にか時計の針は進み、そろそろ支度を済ませないと遅刻してしまう時刻を示していた。下から聞こえてくる母の声に慌ててベットから飛び起きて軽く身だしなみを整える。そして、下に降りるとぼんやりとテレビを眺めながら用意してあったトーストを口にする。
「今日一番運勢なのは………おめでとうございます!おとめ座の貴方です!」
朝食を完食してそろそろ家を出ようと席を立つと、テレビでは丁度占いのコーナーが始まっていた。自分の星座が一番の運勢だと聞いてなんとなく立ち止まる。
「今日は思いがけない運命的な出会いが貴方を待っている事でしょう。気になるラッキーカラーは───」
運命的な出会いがあると聞いて、夢に出て来るあの人の事を思い浮かべる。
「………会えるかな」
優奈は占いというものをあまり信じていない。が、人は自分の信じたいものを信じる傾向にある。普段は占いなんて当たるも八卦当たらぬも八卦と思いながらも、もしかしたら………と少し気分が高揚している自分に我ながら単純だなと苦笑する。
「いってきます」
「いってらっしゃい。気を付けるのよ」
「はーい」
家を出ると大学へと向かう。その足取りは心なしかいつもより軽やかだった。
「北瀬先輩!いきなりですみませんが、前から好きでした!俺と付き合ってください!お願いします!」
大学の2コマ目の講義が終わった後。天気がいいのでどうせなら外でお昼ご飯を食べようと友人と後輩に誘われて中庭に向う。その移動中に優奈は唐突に呼び止められ、空き教室でこれまた唐突に告白されていた。
相手は確か同じ講義を受けている一つ年下の子だったかと思い出す。以前に講義を受けた時に少しノート見せてあげたことと、何度か挨拶を交わした事があるくらいでその他に接点はない。なのにいきなり呼び止められ、告白をしてくるものだから驚いて少し固まってしまった。が、優奈は硬直から復帰すると頭を下げて手を差し出し続ける後輩に、いつもと同じ言葉を口にする。
「その、ごめんなさい」
「………っ!駄目ですか」
「はい、心に決めた人がいるのでお付き合いできません」
「心に決めた人………ですか………その人は………いえ、何でもありません………」
「あの、ごめんね」
「いえ、此方こそいきなりですみませんでした………」
優奈は、とぼとぼと肩を落として去っていく青年を申し訳なさそうに見送る。
「いやはや、相変わらずの人気だね。そろそろ告白された回数が三桁に届くんじゃない?」
「夕映」
先程の彼の代わりに一人の女性が教室に入って来る。彼女の名は、緑川夕映。優奈とは中学校から大学まで一緒に過ごした仲であり、一番の親友だ。さっぱりとした性格でどこか男っぽさを感じさせる彼女は、優奈をいじることを毎日の楽しみにしていたりする。
「え、三桁って、それ本当ですか!?」
「本当だよ、優奈は昔からモテモテだったからねー」
「はぁ~、モテるのは知ってましたが、そこまで凄いとは思いませんでした。流石は優奈先輩ですね!」
「あの、美亜ちゃん、あんまり夕映の話を真面目に聞かないでね?」
キラキラとした目で凄いと捲し立てるのは、優奈の後輩である天城美亜。身長が百七十を超えてスレンダーなモデル体型の夕映とは違い、ぴょんと跳ねたサイドテールが特徴で、へたをすれば中学生にも間違われかねないほど童顔かつ小柄な女性だ
「でも、毎回もったいないよねー。今の子って確かサッカー部のホープでかなり人気のある子じゃなかったっけ?何度かテレビにも出たことがあるって聞いたこともあるし。ってか、美亜ちゃん確か同学年だよね?何か知ってる?」
「天野君ですか?確かにイケメンの部類ですし人気がありますね。国体経験者ですし、勉強も上から数えたほうが早かったと思います。狙ってる子は多いですよ~」
「ほほう、そんな将来有望そうな子をいつも通りばっさりと切った訳ですな」
「ばっさりって………お付き合いするつもりがないから、きっぱり断ってるだけなんだけだけど」
困り顔で溜息を付く。
優奈はとにかくモテる。容姿は控えめに言ってもその辺のモデルやアイドルの数段上。夕映が勝手にエントリーした大学のミスコンで、特に何もアピールしていないのにぶっちぎりで優勝してしまったり、街に買い物に出かけた際に一日で3人もの芸能スカウトから声を掛けらる等の伝説が残っている。そんな彼女には玉砕覚悟で告白してくる男が後を絶たない。その結果が三桁近い撃沈数だった。
また、物腰柔らかく穏やかで優しい性格から男性のみでならず同性からも広く好かれている。一部の女性達からは良い子ぶって、と嫌われてたりもするがそんな連中は極少数。特に年下の後輩達からはその落ち着いた雰囲気と相まって憧れのお姉様といった目で見られていたりする。ちなみに天城美亜もその一人だ。
「それにしてもさ、前から気になってたけど心に決めた人って一体誰なの?長い付き合いの私ですら全く心当たりがないんだけど」
「あ、それ私も気になります」
「………え、えーと」
「断るための方便って感じでもないよね。優奈は嘘付けばすぐ顔に出るからそれもないし」
そんな彼女は生まれてから今日まで一度たりとも誰かと付き合ったことがない。告白してきた男達の中には、イケメンな男、勉強ができる男、スポーツが出来る男、果てはその全てを兼ね揃えたハイスペックな男もいた。だが、どれほど顔がよくても、勉強やスポーツが出来ようとも、誰一人として受け入れようとは思えなかった。友達としてならまだしも、そこから先は全く考えられない。
もし、例外がいるとすれば───それはたった一人だけ。
「その、秘密ってことで」
「えぇ~」
流石に夢の中に出て来る名前すら知らない人とは言えず、言葉を濁した。口を尖らせてブーイングをする夕映を適当にあしらいながら、早くお昼にしようと話題を逸らす。
昼食を食べ終わると三コマ目の講義が行われる大講義室へと向う。次の講義まではまだ少し時間があるが、テレビに何度も呼ばれたことがある人気の教授が教鞭を振るうので、なるべく早めに席を取っておかないとバラバラに座る羽目になってしまう。
大講義室に到着すると優奈達と同じ考えの学生は多く、既に半分近い席が埋まっていた。二百人規模で座れる大講義室も講義開始の十分前にもなれば超満員となってしまうだろう。何処かいい席がないかと、すり鉢状の講義室の上からキョロキョロ見渡す。
「おーい、優奈~、夕映~、美亜ちゃん、こっちこっち!」
席を探していると、最前列の少し後ろに陣取った友人が手を振って優奈達を呼んでいた。彼女は天海萌菜。大学に入学して初めて出来た友達であり、幾つかの講義を一緒に受ける仲だ。セミロングの綺麗な黒髪で黙っていれば良家のお嬢様っぽい女性だが、性格は真逆。所謂ムードメーカータイプのお調子者で時々面倒事を引き起こしたりもする。
「席とっといたよー」
「ありがとう、萌菜」
「こんな前の方を取っておくなんてやるじゃん」
「ありがとうございます、先輩」
礼を言って席に着く。
「いいの、いいの、でもその代わりといったらなんだけど、昨日の政経のノートを見せてください!優奈様、おなしゃす!」
「………見当たらないと思ったらやっぱり寝坊してたんだね」
「………えへへ」
思いっきり目を泳がせる萌菜に、優奈はまったくもう、と一つ溜息を付く。あまり甘やかすのは本人の為にならないと分かっているが、萌菜の事情を思えば仕方がないかと思いながらノートを手渡す。無論、次は寝坊しちゃダメよと釘を刺すことも忘れない。
「流石私の嫁!いや、本当に助かるわ~!」
「優奈、ちょっと甘やかし過ぎじゃない?それから萌菜、優奈は私の嫁だからね。何度も言わせないで」
「お願いだからその嫁って言うのはやめて………」
「ふふふ、先輩達は本当に相変わらずですね」
ノートを掲げてありがたや~と拝む萌菜。その頭をうりうりと小突く夕映に美亜は苦笑を浮かべる。優奈は自分を嫁呼ばわりする二人に米神を抑えるも、いつもの事かと早々に諦めた。
『そろそろ席に付いてください。私語は慎むように』
そんなやり取りをしていると講義が始まる時間となっていた。二百人が収容可能な講義室はいつの間にか満席となっており、禿げ上がった頭部が眩しい教授が講義の準備を済ませるとマイクを使って学生たちに呼びかける。それまでガヤガヤと騒いでいた連中もすぐさま静かになり、優奈達もノートを広げると真面目に講義を受ける。
『───それでは今日はここまで。次週は確認を兼ねた小テストを予定してますので復習を忘れずに』
講義が終わり、教授が出ていくと同時に学生達は机に突っ伏したり、その場で体を伸ばしたりして体を解す。
「ふいー、終わったー!」
「ん~体がバキバキだわ。司馬先生の授業は面白いんだけど1コマ90分は長いよねー」
「ですね、まだ慣れないです」
「まあ、ちょっと長いかなって思うけどね」
講義の途中で少し休憩を挟む人もいれば、時間が勿体ないとそのままぶっ通しで講義を行う教授もいる。先程の教授は後者だったので講義の終了後は疲れた学生達で埋め尽くされている。とはいえ、内容自体は分かりやすく面白いので授業を途中で抜ける学生は殆どいなかったりもするが。
少し休憩した後、レジュメとノートを鞄にしまうと講義室の出口へと向かう。
「せっかくだからこの後遊びに行こうよ。夕映も今日はバイトなかったよね?」
「や、昨日急に連絡が来て出ることになってる。けど8時からだからそれまでは付き合うよ。優奈と美亜ちゃんはなんか予定ある?」
「今日は特に予定がないので、遊びに行くのならご一緒させてもらいたいです」
萌菜が遊びに行こうと提案すると夕映と美亜も乗り気のようだ。優奈が今日受ける予定の講義は先程ので最後であり、この後は家に帰るだけとなっている。なので優奈も萌菜の誘いに乗ろうとした。
「私も特に予定は───………」
講義室の出口付近に座っていた一人の青年を見るまでは。
「………」
「優奈?どうかした?」
硬直する。
指一本動かすことすら出来ない。足はその場に根を張ってしまったかのように地面から離れようとしなかった。体がまるで自分の物ではないかのよう。呼吸すらままならない中で、優奈は視線の先にいる青年から目を離すことが出来ない。
「ゆ、優奈先輩?」
「ちょっと、本当にどうしちゃったのよ?」
その場で呆然と立ち尽くす優奈に、一体どうしたのかと三人は顔を見合わせた。特に夕映は腐れ縁と言っていいほどの長い付き合いだが、このような反応をするのは初めて見る。何時も冷静で大抵の物事には動じない優奈。それがここまで呆然自失としている姿など想像もできなかった。また、近くにいた他の学生達も優奈の異変に気付いたようで、一体何事かと注目が集まりつつあった。
「………あの人がどうかしたの?」
「………」
夕映は優奈の視線の先に一人の青年がいることに気が付いた。恐らくその人物が異変の原因だと思って問いかけてみるも反応は返ってこない。いよいよもって本格的に心配する三人だったが、優奈は今それどころではなかった。全く動かない体とは正反対に、その脳裏には様々な光景が流れ込んでくる。
(何これ………)
知らない景色、知らない文化、知らない人々、知らない世界。
知るはずのない光景が浮かんでは消えていく。見たことも聞いたこともない、まるでファンタジーのような世界。現実にあるはずのない世界に何故か懐かしさを感じる。そんな自分自身に困惑する事しかできない。
そして、不意に視線の先にいる青年と目が合った。
「っ!?………ユウナ?」
「………ぁ」
目を見開き驚きを顕わにする青年。決して大きくない声。思わず漏れ出たかの様に呟かれたその名は、しかし喧騒の広がる講義室の中で優奈の耳にしっかりと届いた。
優奈ではなくユウナ。言葉に出せば同じはずのその一言を聞いた途端、先程とは比較にならない感情が濁流の如く流れ込んでくる。
瞬間、全てを思い出す。
シン、召喚、究極召喚、ガード、祈り子、ザナルカンド、ブリッツボール、幻光虫、エボンの教え、スピラという世界、信頼できる仲間達、
そして、最愛の───
「………っ!」
無意識に駆け出す。鞄をその場に放り出し、人目も気にしないで広いとは言えない通路を青年に向って真っ直ぐに駆ける。
「な、ちょっと!?」
「優奈!?」
「先輩!?」
ぎょっとしたのは夕映達だ。まさかの優奈の行動に驚いて制止することも出来ず、声を上げることしか出来ない。まだその場に残っていた学生達も何事かと視線を向ける。
「実っ!」
だが、周囲の目など気にも留めないで、優奈はあろうことか勢いそのままに青年の胸の中に飛び込んだ。
授業終わりで何時もならば喧騒に満ち溢れているはずの大講義室は、あまりの事態に静まり返っていた。それもそのはず。大学では下手なアイドルよりもよほど有名人である優奈が公衆の面前でいきなり男に抱き着き、あろうことかそのまま押し倒してしまったのだ。その光景を目撃してしまった学生達の衝撃は計り知れない。
当の本人はそんな周囲の状況に目もくれず、男性の胸に飛び込んだまま頭をぐりぐりとこすりつけて幸せそうな表情をしている。誰にでも優しく、御淑やかの代名詞であると同時に、告白してきた男の悉くをばっさり切り捨ててきたあの優奈がだ。
ある者は自分の頬を思いっきり捻り夢ではないことを確認し、またあるものは意識が飛びそうになっている。優奈とは長い付き合いである夕映は親友のあり得ない行動に目を点しており、美亜はあわあわと慌てるばかり。そして、特にその中でも反応が顕著な萌菜はというと我に返るとわなわなと震えながら叫んだ。
「わ……わた、私の嫁が寝取られたああああぁぁぁぁぁっ!?」